怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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指揮官は熟考し、苦慮する

 

 

「──摩耶(まや)……何でこの場に呼ばれたか分かってる?」

 

 指揮官が座る机を隔てた向こう側には、バツが悪そうに視線を反らしている摩耶の姿があった。

 

「結果はどうあれ、違反は違反。それも命令違反ともなれば……どうなるかは分かっているわよね、摩耶?」

 

 ゆらり、と揺れる赤城(あかぎ)の尻尾。

 艶やかで、温和な声色ではあるが、その目は一切笑っていない。

 

「……僕は間違ったことをしたとは思っていない。セイレーンは殲滅するべき」

 

「状況を考えなさい、と私は言っているの。指揮官様の采配があったからこそ、大事には至らなかったのよ? アナタが重桜のため、指揮官様のためを思うのなら、ちゃんと反省しなさい」

 

「……だけど──」

 

「──言い訳無用。しばらくは謹慎してなさい」

 

 ぴしゃり、と摩耶の言い分を切った赤城は静かに目を伏せた。

 そこには、先ほどのような怒りは感じられない。

 

 それは、もう摩耶の件は終わったことを示しており、この場所から退室しろという意味でもあった。

 

「……了解。大人しく秘書艦でもしておく」

 

「謹慎という言葉を調べなさい。僻地に飛ばすわよ」

 

 赤城の怒りを買うような言葉を残して摩耶は逃げるように部屋から退出していった。

 

「……結果的には良かったんだ。そんなに摩耶を責めることはないんじゃないか?」

 

 今まで沈黙していた指揮官は、摩耶が出て行ったのを見送ってから、横に立つ赤城を見てそう言った。

 それに対して赤城は疲れたように溜息を吐く。

 

「指揮官様は甘すぎますわ。違反者には罰を。武勲を立てた者には勲章を。組織として大切な事です」

 

「それは、そうだが……」

 

 赤城の言うことは正しい。

 それは、よく分かっているし、実際そうしなければ他の者に示しがつかないだろう。

 

 言ってしまえば、これは個人的な感情だ。

 どうしても甘く、優しく、できる限り自由にしてもらいたいと思っている。

 

 だが、その感情は彼女たちの顔色を伺い、媚びへつらう、無意識な潜在的意識から来ているものだと、今の指揮官は知らない。

 

 言葉を淀ませ、何か言葉を言おうと指揮官が口を開いたその瞬間。

 コンコン、と扉をノックする音が響く。

 

 赤城が入室の許可を示す言葉を扉越しにかければ、「失礼します」という言葉と一緒に入室してくる二名。

 

「──第二部隊、旗艦神通(じんつう)及び、第三部隊、旗艦伊勢(いせ)、両名。先ほどの出撃の報告にあがりました」

 

「ご苦労、二人とも。楽にしてくれ」

 

「はい。では、まず────」

 

 哨戒部隊として出撃していた神通率いる第二部隊と、伊勢率いる第三部隊の報告を聞きながら、指揮官は先ほどのセイレーンの動きを思い出す。

 

 陽動や囮を使った侵攻作戦。

 ただ、艦隊や人型セイレーン艦隊を使ったにしては随分と杜撰な作戦にも思える。

 確かに、陽動は成功。本命も小島等に隠れて発見が遅れている。

 

 だが、重桜の重要拠点などを落とすには余りにも戦力が足りていない。

 

「──以上が報告になります。ただ一つ、気になることが……」

 

「気になること?」

 

「はい。本命と思われるセイレーン部隊の来た方向です」

 

 神通は「失礼」と一言いうと、机に広げていた海図に指を置いた。

 

「今回、摩耶率いる近海警備隊は北東に出現した量産型セイレーン艦隊と戦闘。しかし、これは陽動でした。本命は南西より出現したセイレーン艦隊。【スマッシャー】や【チェイサー】がいたため、間違いないかと思われます。ただ、問題はこの後」

 

「──鉄血(グラーフ)たちか?」

 

「その通りです、指揮官」

 

 神通は指を滑らせ、セイレーン艦隊と鉄血がきたルートを照らし合わせるように円を描いた。

 

「……少し可笑しいわね。ルートを考えれば鉄血が来るのは真北からの方が一番近いはず。南西からなんて遠回りもいいところよ」

 

 赤城の言うとおりだ。何かを避けて、遠回りするならばともかく、こう大きく迂回してくる理由は、彼女(グラーフ)たちには無いはず。

 

「なら、あれか? 今回の襲撃は鉄血の仕業ってことか?」

 

「ありえない、とは言い切れないが……自分たちでそれを台無しにする理由はないだろう」

 

 伊勢の言葉に指揮官は否定をした。

 

 あのまま、セイレーン艦隊に攻撃させておいた方が良いに決まっている。

 それを、わざわざ自分たちで破壊する理由はないだろう。

 

 証拠の隠滅?

 何らかの痕跡を消すため?

 

 それなら、セイレーン艦隊を追って南西から来たという理由がつく。

 だが、それはこうして疑われる理由にもなるだろう。それが、分からないほど鉄血は馬鹿ではあるまい。

 

「鉄血も利用されている、と考えてみるのはどうでしょうか?」

 

「それは、時期尚早よ、神通。そもそも、今回の演習自体、随分ときな臭いじゃない……敵の攻撃はもう既に始まっている」

 

「そう見る方が──得策か」

 

 指揮官は机に置かれた固定電話の受話器を手に取って、ある電話番号が登録されているボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『旧重桜寮』。

 森と山、そして海に囲まれたかつての居住区は未だに使用用途が多く、内室は勿論のこと、外壁や水道管といったライフラインすらも整備されており、鉄血(てっけつ)といった外来などが宿泊するには持ってこいの場所であった。

 

「──ええ、問題無く(・・・・)着いたわ。……はぁ? 遅れるって……あっそ、分かった。ビスマルク(あんた)も気をつけなさいよね。ああ、それとオイゲンに言っておいて。サボるな、って……了解。じゃあね」

 

 彼女──アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦ネームシップ、アドミラル・ヒッパーは机に設置された携帯型無線機の電源を切ると、背もたれに身体を預けた。

 

 そんな彼女の目の前に差し出されるカップ。

 空気中に溶けていく白い湯気と、嗅ぎ慣れた芳醇な珈琲の匂いが鼻先を擽った。

 

「首尾の方はどうだ?」

 

「首尾もこうも無いわ。本隊(ビスマルク)たちは予定より遅れるらしいわよ。上層部(ジジイ)どもは未だに言い争ってるらしいわ。ホント、バカみたいにね」

 

 隣に座った彼女──グラーフ・ツェッペリン級航空母艦ネームシップ、グラーフ・ツェッペリンより渡されたカップを受け取ったヒッパーは、心底どうでもよくなったのだろう。

 言葉の節々から不満や呆れが滲み出ており、言葉も投げやり気味だった。

 

「……そうか。なら、我々は待つしか無いということだな」

 

「そうね。……まあ、でも退屈はしないんじゃない? 観光もそうだけど、随分と賑やか(・・・)なところみたいよ」

 

 ヒッパーは鉄格子が張られた窓から見える、森で覆われた眼下の景色を見ながらそう言った。

 

「……フン、確かにそのようだな」

 

 二人はお互いに向き合いながら座り、珈琲の香りを楽しみながら一時の休憩を甘受する。

 そのとき、ふと扉が開いたと思いきや、眉を顰め、何処か険しい表情を浮かべた彼女──グラーフ・ツェッペリン級航空母艦二番艦、ペーター・シュトラッサーが入ってきた。

 

「どうしたのよ、ペーター? そんな何時に増して仏頂面で」

 

「仏頂面は余計よ。それより、二人ともハインリヒ知らない? さっきから見当たらないんだけど」

 

 ヒッパーはペーターの問いかけに首を横に振って否定し、そのままグラーフへと視線を向ける。

 対して、二人の視線を受けたグラーフは、無視するかのようにカップの縁に唇を当てた。

 

「まさか、もう観光にでも行った……とか無いわよね?」

 

「いや、流石にそれは……」

 

 ない、とは言い切れなかった。

 信頼できて、背中を預けられる仲間ではあるが、如何せん行動などは読めない。

 それは、ヒッパーやグラーフとて同じだが、その中でも群を抜いて予測不能なのはハインリヒだろう。

 

「……心配することでもないだろう。観光だろうと、偵察だろうと、ハインリヒもそこまで愚かではあるまい」

 

「まあ、そうね。ペーター、あんたも珈琲でも飲んでゆっくりしなさい。どうせ、何かあれば一報ぐらいあるでしょ」

 

「……ありがとう。私も少し疲れたわ」

 

 ヒッパーやグラーフに促されたペーターは、両肩を脱力させると倒れ込むように椅子に腰掛けた。

 

 そして、少ししないうちに差し出される珈琲。

 安物のインスタントとはいえ、その独特な匂いは気を張っていた身体に安息を与えるのには十分な効力だった。

 

「ふぅ……それで、ビスマルクたちは何時来るって?」

 

「え? ああ、直ぐには来ないわよ」

 

 ヒッパーの要領を得ない説明にペーターは少しだけ考え、そして直ぐにでも察したのだろう。

 簡素な返事を返し、表情を顰める。

 

 彼女たち──鉄血の艦たちも上の意図が全く読めていなかった。

 

 突然、合同演習を決行すると言い出したと思ったら、今度は土壇場で待ったをかける。

 上層部は何がしたのか、何か考えがあるのか、上で意見が割れているのか……何であれ、実際に動くこちら側としては堪ったものではなない。

 

「頭が痛くなる話しね。いっその事、ストライキでもしようかしら?」

 

「ロクな結果にならなわいよ、それ」

 

「時間の無駄かしら……どう思う、グラーフ?」

 

「──さてな。たが、今回の『遊戯』は存外に楽しめそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、指揮官殿。目立った異常は見当たりません。……はい、任務を継続します」

 

 耳に当てていた携帯電話から聞こえてくるのは、機械的な音。

 それが、相手との通話が切れたことを意味しているのを知っている彼女──妙高(みょうこう)型重巡洋艦三番艦、足柄(あしがら)は、携帯電話を制服のポケットにしまった。

 

「……ん? んん? ……あれ?」

 

 だが、その直後。葉や枝が擦れ合う音に混じって唸る声が響く。

 

 森の中(・・・)から双眼鏡で見ていた『旧重桜寮』から視線を外し、首を傾げる。

 

「どうした、足柄? 異常事態でも発生したか」

 

 そんな足柄の様子にいち早く気がついた彼女──川内(せんだい)型軽巡洋艦一番艦、川内は木の上から気怠そうに問いかけた。

 

「あっ、いえ、そんな異常事態というほどではないのですが……一人、姿が見えないんですよね」

 

「ふーん……トイレでもいったんじゃねぇか?」

 

 川内は欠伸を交えながら楽観的に言葉を紡ぐ。

 そして、そのまま瞳を閉じて木の幹に身体を預け、眠る準備へと入った。

 

「ちょ、川内さん? 今、監視任務中ですよ?」

 

「ハッ、それに関しては明らかに人選ミスだな。俺にこんな任務向いてねぇ」

 

「えぇ……」

 

 逆に、そこまで堂々と開き直られると呆れを通り越して、感心すら覚える。

 ただ、優等生を地で行く足柄にとって、それは大したことではない。

 寧ろ、そう言った輩が周りに多いからか、足柄は随分と慣れてしまっていた。

 

「何かあったら直ぐにでも起こしますからね」

 

「はいよ」

 

 一応、念を押しておいた足柄は手に持った双眼鏡をまた目元に近づけ、拡大するレンズ越しに鉄血を見張り始める。

 

 そのレンズ越しには、随分とリラックスした様子で珈琲を楽しむ鉄血の姿が映っていた。

 

 その様子を見て、足柄は鉄血の豪胆さに驚き、首を傾げるほど不思議に思う。

 

 確かに、重桜と鉄血は同盟国ではある。定義的には味方とみて間違いはないだろう。

 だが、それはある日を境に最早外観的なものでしかなくなった。

 

 表面上では、お互いに手を握り合っているかも知れない。笑みを携え語りあっているかも知れない。

 

 だが、その見えない机の下ではお互いに脛を蹴り合っている。

 時には足を踏みつける事だってあるだろう。

 

 それは、最早自分たちも知っている事実だ。それを、鉄血艦(かのじょたち)が知らないはずがない。

 

 それなのに、どうして、ああも隙を晒されるだろうか。

 分かっているのか、それとも分かっていないのか。

 

 ただ、こちらから手を出すことはない。

 あくまでも監視に徹して、何かあれば直ぐにでも報告するのが自分の任務である。

 

 直ぐにでも、折り返しの電話を掛けるのは少し気が引けたが、任務は任務。

 足柄はまたポケットから携帯電話を取りだして──止まる。

 

 その視線を旧重桜寮ではなく、それから少し離れたところにある噴水広場の方へと向けられていた。

 そして、携帯電話を手放すほど大慌てで木の上にいる川内へと声をかけた。

 

「あ、ああれっ! ちょっと、神通さんっ!? あれ、ヤバくないですかっ!?」

 

「おい、そんな大きな声だすなよ。バレたらどうするんだ?」

 

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないんです! あそこを見てください!」

 

 珍しく焦燥する足柄に言われ、流石の川内も事態を重くみたのか、素早く木から下りると、神通が言われる方向を見た。

 

「──あー、これは……少し、ヤバイか?」

 

「いや、絶対少しどころじゃないですよっ!?」

 

 

 

 

 

 

「──こんにちは、今日は良い天気よね。それは、そうと……アナタ、私の指揮官(オサナナジミ)知らない?」

 

Guten Tag(こんにちは)! 私はプリンツ・ハインリヒ! よろしくね!」

 

 少し早い、鉄血と重桜(やべーやつ)の会合が行われようとしていた。

 




次はもっと早く更新できるよう頑張ります……。

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