怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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それと、感想、評価ありがとうございます。励みになりますし、参考になります。


指揮官は邪推し、渋い顔をする

 

 

 相対する両者の間にあるのは──笑顔だった。

 

 端正な顔を微かに歪めて、皮肉な笑み、とも取れる笑顔を浮かべる──飛鷹(ひよう)型航空母艦二番艦、隼鷹(じゅんよう)

 

 まさに、曇りも無い、屈託の無い……晴れやかで、溢れんばかりの笑顔を浮かべるのは──P級装甲艦、プリンツ・ハインリヒ。

 

 だが、時に笑顔とは相手を威嚇する、遠ざける、流すためにも使われることがある。

 

 果たして、二人の笑顔はなんの意味を持っているのだろうか。

 

 そこにあるのは、親愛か。

 

 それとも、敵意か。

 

「ねぇ、アナタ。私の指揮官(オサナナジミ)知らない? ここ最近、姿が見えなくて……」

 

「えっと、その、オサ、オサ──オサカナ? って、何のこと?」

 

「──アナタ、オサナナジミを知らないの?」

 

 隼鷹は衝撃を受けたかのように目を見開いた。

 彼女とって、【オサナナジミ】とは日常にあって当たり前のことだからだ。

 

 何をするにしても必ず【オサナナジミ】がいる。

 

 朝起きて、隣にいるのは勿論【オサナナジミ】だ。

 一緒に朝食を食べるのも【オサナナジミ】。

 顔を洗い、歯を磨いて、身支度をする瞬間も【オサナナジミ】と一緒。

 お互いに職場が違っても近くまで【オサナナジミ】と一緒に出勤する。

 出勤して、抜錨して、訓練をして、そして、出迎えてくれるのは【オサナナジミ】。

 退勤する時間も【オサナナジミ】と一緒で、二人肩を並べて帰る。

 一緒に夕飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に趣味をして、一緒に肩を並べて、一緒に、一緒に、一緒に……。

 

 【オサナナジミ】とは、いわば自身の半身だ。いや、心臓と言っても良いかもしれない。

 

 そこにあって当たり前。

 無いと生きていけない存在。

 

 それが、隼鷹にとっての【オサナナジミ】。この世の全てだ。

 

「──つまり、指揮官(オサナナジミ)は私の大切な人……。ずっと、ずっと、ずぅーっと前から一緒にいたわ」

 

 遠い記憶に思いを馳せる隼鷹の姿は健気で、儚く、それで情熱を感じさせるものがあった。

 事情を知らないものからすれば、それは……それは、もう美しく見えたであろう。

 

 だが、隼鷹(・・)だ。

 あの、隼鷹(・・)なのだ。

 

 ちょっと考えれば誰にでも分かることだろう。

 そもそも、彼女たち『KAN―SEN』は『キューブ』と呼ばれる特殊な物質から生まれてくる。

 故に、彼女が語る【オサナナジミ】という存在は無理があった。

 

 大半の者はそれで察する。察せて当然とも言える。

 あ、関わらない方がいいな、と。

 

 だが、ハインリヒは『幼馴染み』というのを知らない。

 故に間違いにも気が付かないし、違和感というのを感じない。

 

 今、ハインリヒが知っているのは隼鷹が語る【オサナナジミ】というものだけ。

 

 だからこそ、純情で純粋の塊のようなハインリヒは隼鷹の両手を掴み、目元を潤ませながら迫った。

 

「──ぜッ~~ったい! 見つけようね! いや、見つけなくちゃ! そんなの、一緒にいなきゃダメだよっ!!」

 

 ああ、何と素晴らしいんだろうか【オサナナジミ】とは。

 それは、一緒にいなければダメだ。一緒にいることが正しい(・・・)ことだ。

 

 両想いの結ばれて当然のカップル。

 昔の甘酸っぱい婚約の約束。

 苦難を越えて、逆境をはね除けて、遂に結ばれる二人。

 

 恋とはグッドエンディングで無ければならない。

 

 愛とはハッピーエンドで無ければならない。

 

 そのために……その再会(ものがたり)に一役買えるのならば本望だ。

 

「……ええ、ありがとう。そうよね、片時も離れてはダメよね」

 

 一瞬、ハインリヒに気圧されかけた隼鷹ではあったが、その言葉を聞いて目を伏せる。

 そして、これまでにない晴れやかな笑顔を浮かべた。

 

「──だって、私たちは【オサナナジミ】だから」

 

 記憶が無かろうと。

 思い出を忘れていようと。

 あの時の約束を忘れていようと。

 

 自分と指揮官が【オサナナジミ】という事実に変わりない。

 

「ジュンヨウ! 急いで探そう! きっと【オサナナジミ】くん? 多分、待ってるよ!」

 

「そうよ、待っているわ。今、行くから……指揮官(オサナナジミ)

 

 二人は連なって賑わいを見せる町中の方へと足を進め始めた。

 

 

 

 そんな、一部始終を少し離れたところから見ていた足柄(あしがら)川内(せんだい)の二人は、お互いに顔を見合わせる。

 

「……あれ? なんか、割と普通に……というか、仲良さげに歩いて行きましたね」

 

「ああ。会話は聞こえなかったが、なんか意気投合してたな、アイツら」

 

 別に言葉が通じないとは思っていない。

 だが、会話自体が通じないと二人は思っていた。

 

 何故なら、日頃から隼鷹のことを知っているからだ。

 

 平時はそこまで酷くはない。

 一応、普通に意思疎通は出来るし、戦場においても頼りになる存在だ。

 

 だが、そこに指揮官が絡んでくると、それはもう別人のように人が変わる。

 否、変わるというよりかは本性を現す、といった方が良いかもしれない。

 

 指揮官を【オサナナジミ】と思っているのは勿論のこと、時には空想がこちらにも飛び火することがあった。

 

『あの時、私と指揮官が一緒に過ごしていたのをアナタは見ていたでしょ?』なんて、言われてどう答えればいいのやら。

 

 そんな隼鷹とあの鉄血の彼女は平然と会話をし、剰え一緒に行動して見せている。

 

 余程、カリスマ性があるのか。……もしくは、同類か。

 

 何であれ、持ち場を離れて追うべきか、それとも、隼鷹を放っておいてこのまま監視を続けるか。

 

「私、二人を追いかけます。川内さんは引き続き監視任務の方を」

 

「そりゃあ、別にいいけどよ……もしもの時、お前は隼鷹(アイツ)を抑えられるのかよ?」

 

「それは……」

 

 出来ない、とは言わない。

 ただ、出来るとも言えなかった。

 

 暴走した隼鷹を抑えている風景は何度も見たし、実際に手を貸したこともある。

 だが、それを一人で抑えられるかと聞かれれば、すんなり首を縦には振れない。

 加えて、あの隼鷹と意気投合したと思われる鉄血の彼女が、その同類ならば、もう抑えることなど叶わないだろう。

 

 それは、川内も同じこと。

 隼鷹一人ならば抑えることも出来ただろうが、重巡洋艦であり、しかも鉄血という過剰(バケモノ)艤装を装備した彼女──ハインリヒが隣にいるとなれば、その難度は格段に跳ね上がる。

 

 故に、川内は口籠もる足柄に言った。

 

「いるだろ、適任が」

 

「え?」

 

 適任? あの隼鷹をどうにか出来る適任がいただろうか。

 

 首を傾げる足柄を尻目に、川内は意気揚々と携帯を取り出すと慣れた手つきで画面をタップした。

 

「……あ、もしもし。ああ、俺だ。ちょっと隼鷹をどうにかして欲しいんだが」

 

『──えっ』

 

 携帯越しから聞こえてくる間抜けな声。

 

「アイツの姉だろ? どうにかしろよ」

 

 川内が掛けたのは隼鷹の姉──飛鷹(ひよう)だった。

 まあ、飛鷹だから隼鷹を抑えられるかと言えば、全くもってそんなことはない。

 要は、面倒事を押しつけたかっただけである。

 

『いやいや、いきなりどうしたんですか、川内さん? 話しが見えてこないんですけど……』

 

「だから、お前の妹が何やかんやあって、鉄血のヤツと町の方へ行ったんだわ。もし何かあったとき、お前が責任とれよ」

 

『何やかんやってなにっ!? そもそも、その理屈は可笑しいでしょ!? というか、どういう状況ですか、ソレ!?』

 

 隼鷹が鉄血の人と町に? 訳が分からない。

 いや、そもそも仲良く一緒に行っている風景が思いつかない。

 良くて敵意、悪くて攻撃の二択しかしないようなあの隼鷹が……。

 

 飛鷹の脳裏に浮かび上がるここ最近の隼鷹の姿。

 以前から少々、危ない子ではあったものの、ここ最近はそれに拍車が掛かっている。

 

 ぶつぶつと譫言のように独り言を零すのは勿論のこと、夜中にふらりと消えては、赤城に首根っこを掴まれ部屋に投げ捨てられる毎夜。

 時折、目の焦点が合わないままこちらをじっと見つめてきて……流石に姉としての同情とヤバイという恐怖が入り交じる。

 

 今の隼鷹を指揮官に預ければ悲惨なことになるのは目に見えているが、自分が楽をするならばそれが手っ取り早いな、とこの頃思ってたり、思ってなかったり。

 

『って、あの、鉄血の人たちってもう出歩いて良いんでしたっけ? 許可が下りるのは指揮官との事前──』

 

「んじゃあ、俺たち監視に任務に戻るから。よろしくな」

 

『あっ、ちょ、川内さ──』

 

 容赦無く通話を切った川内は、そのまま携帯の電源も切ると「よしっ」と満足げに息を吐いた。

 

「なっ?」

 

「なっ? じゃないですよ。明らかに問題を押しつけただけじゃないですか!」

 

「んだよ、じゃあ、鉄血(あっち)はほっといてもいいのかよ」

 

「い、いや、そういうわけではないんですけど……」

 

 足柄にとってはどっちもどっち。

 緊急性を考えれば隼鷹の方を直ぐにでも対応すべきだと思っている。

 だが、与えられた監視任務を放棄することは得策ではないし、これが陽動というものであれば、なおのことである。

 

「と、取り合えず指揮官に連絡しますっ! それから指示を仰ぎましょう!」

 

「……まあ、そうなるよな」

 

 事態がややこしくなると思っていた川内は、できる限り指揮官の与り知らぬところで済ませたかった。

 何故なら、指揮官が絡めば更に入り組み、絡まり、解けなくなる問題へと昇華されることが分かっているからだ。

 

 ……まあ、でも自分にはそんな関係のないことか。

 

 と、川内は楽観的に思いながら昼下がりとなった青空を見上げた。

 

 

 

 一方、川内から連絡を受けた飛鷹は急いで準備すると、部屋から飛び出した。

 今さら責任を取らされる、なんて事に臆したのでは無く、単純に隼鷹が何をしでかすのか不安なのと、その近くに鉄血がいるということが飛鷹の焦燥感を煽っていた。

 

 まだ、隼鷹単身がしでかすのなら何時ものことだ、と言い含められる。

 だが、鉄血の艦に何かあれば、そのしでかしは外交問題へと発展しかねない。

 ただでさえ、今回の合同演習でピリピリしているというのに、初日から問題が発生したともなれば目を当てられない。

 

「もうっ、勘弁してくれっ……!」

 

 先ほど、任務を終えたばっかりだというのに。

 思わず本音が零れ出る。正直、泣きたいぐらいだ。

 だが、それを我慢して飛鷹は空母寮舎から出ると同時に式神を空へと放った。

 

 雑多に形取った紙は空を切りながら、姿形を偵察機へ変えて、空へと羽ばたいていく。

 

 一機は指揮官がいる方へ。もう三機は飛鷹が向かわんとしている町の方へ。

 これで直ぐにでも見つかってくれれば僥倖──ではなく、問題は見つけた後だ。

 

 どう説得すればいい。というか、状況がどうなっているのかも分からない。

 隼鷹が暴走気味なのか、それともまだ大丈夫な状態なのか、それすらも分かっていない。

 

 そんな、今にも絶叫したいぐらいに精神的に追い詰められ始めている飛鷹の前にふらりと出てくる人影。

 

「──あら、飛鷹さん。そんなに急いでどうしたんです? え? 大鳳(わたし)ですか? ……フッ、大鳳は間抜けも間抜け。大間抜けでした。所詮、私は頭の抜けた装甲空母。今から部屋に引き籠もろうかと思っていたところ何です。ああ……指揮官様に会いたい。会いたくて、会いたくて、大鳳どうにかなっちゃいそう……。でも、こんな大鳳を指揮官様に見せられない……。ああっ、指揮官様! 大鳳はっ、大鳳はっ! ……そう思いますよね、飛鷹さん?」

 

 飛鷹は絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ヤバっ、これチョー可愛くない?」

 

「へぇ、素敵なヘアピン……あっ、でもこっちの方が熊野(くまの)には似合いそう」

 

「えーっ、ちょっと地味過ぎじゃない? まあ、着けてみるけど……どう? 似合う?」

 

「んー……あー、やっぱりちょっと合わないかも。あっ、こっちは?」

 

「いや、鈴谷(すずや)。それさっき私が選んだヤツじゃん」

 

 露店が立ち並ぶ街中の一角で、最上(もがみ)型重巡洋艦三番艦、鈴谷と同じく最上型の四番艦、熊野が二人で楽しそうにショッピングを楽しんでいた。

 

 これから忙しくなる前に少しでも、と以前から計画を立てていた二人は、思う存分ノビノビと休日を過ごす。

 ショッピングを楽しんで、最近出てきた甘味を味わって、また店を回って。

 

 だが、二人は近くで町の人がざわつき始めたのに気が付いた。

 

「んっ、今日なんかイベントでもあったっけ?」

 

「そういったのは聞いてないけど……」

 

 二人にとっては休日ではあるが、普通に人にとっては平日。

 そんな休日でもなければ、祝日でも無い今日にイベントなど起こしはしないだろう。

 

 だからこそ、二人は疑問に思って、ざわついている方向へ視線を向ける。

 そこには、ある一角を町の人が早足で横切ったり、壁際に寄って少しでも避けようとしている空間があった。

 

 そして、そこをよく見てみれば、余りにも町の雰囲気にはそぐわない鉄の塊が動いている。

 いや、アレは艤装の類い。そして、熊野にとっては随分と見覚えのある鉄の塊でもあった。

 

「──はぁ? 何であんなところにアイゼンくんがいるわけ? っていうか、ハインリヒ? なんで?」

 

「熊野、その横にいるのって……隼鷹さんじゃない?」

 

「……マジ?」

 

 鈴谷と熊野はお互いに見合った。

 

 

 




勝手ながら短編から連載に変更しました。下手にストーリー性を加えたのが悪かったと思っています。

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