第18話・甘い、柔らかい、膝枕
月曜日の朝、雷牙と我夢、七海が2年の教室に入って来た。
雷牙「おはようございます」
我夢「みなさま」
七海「ご機嫌麗しゅう」
東海林「おお」
西「おはよう」
大吾「何が、ご機嫌麗しゅうだ、こっちとら、憂鬱だつーの」
雷牙「そんなこと言わずに、大吾殿、月曜の朝、しゃきっといたしましょう」
初「ライくんの言うだよ、大吾、ほら、しゃきっとしよ」
伊吹「初の言うとおりよ、ほら、あんた達も」
東海林「え~」
西「でも」
南国原先生「真田と日向の言うとおりだ」
雷牙「……」
海野兄弟「……」
初「あ!」
伊吹「先生!」
南国原先生「お前たち、月曜日だぞ、しゃきっとせんか、しゃきっと!」
大吾「でもよー、お袋」
南国原先生「お袋と呼ぶなー」
そう言って南国原先生は、少年に向かってチョークを投げつけた。
大吾「見切った」
少年はチョークが脳天に当る直前に体重を後ろにかけ避けたが、そのまま倒れた。
南国原先生「よし、HRを始める、日直」
伊吹「起立、礼」
HRが終わり、4時間目・体育。
男子たちは、体育着に着替えている真っ最中で、雷牙は上半身を脱いでいた。
雷牙「……」
大吾「ん?」
雷牙「どうしましたか、大吾殿?」
大吾「兄弟、どうしたんだ、その痕?」
それを見て男子達は呆然、雷牙の脇腹には大きな痕があった。
雷牙「ああ、これですか、実は」
回想
先週末、土曜日は、雷牙は三好兄妹の兄・太郎入道に、日曜日は、三好兄妹の妹・不二子に、それぞれ鍛錬に付き合ってもらっていた。
日曜日のこと、雷牙と不二子は近くの小川に移動してきた。
不二子「ほれ、はよう服を脱げ」
雷牙「……は?」
不二子「脱がねば打った所を冷やせまい。ほれ、はようせい」
雷牙「わっ……ちょっ……」
問答無用で上着を引っぺがされてしまった。
そうして雷牙がおろおろしていると、不二子は持ってきたタオルを川に浸して濡らし、
不二子「ふむ。やはり脇腹が一番酷いか。くっきり痕がついてしまっておるな」
雷牙「冷たっ!?」
固く絞ったタオルを脇腹に押し付けられ、その感触に、思わず声を上げてしまった。
不二子「痛みはそれほどでもないのか?」
雷牙「ああ……強く押されると、さすがに痛いが、冷やしたら少し落ち着いた」
不二子「ここがその程度なら、他の部分も、たいした事はなかろう」
不二子さんそう言って微笑むと、そのタオルを私に押さえさせて、自分は新たなタオルを濡らし、身体を拭くようにして、他の打ち身の具合を調べて行く。
不二子「何度見ても、丈夫そうな身体をしているな、骨にも異常はなさそうじゃ」
雷牙「太郎入道と不二子さんが、いつも、手加減してくれるおかげですよ」
不二子「手加減? そんなものをした覚えはないぞ」
雷牙「だが、いつも、いつも、片手で相手をしてくれたではないですか……」
不二子「儂も兄者も、使っていたのが片手だけだったというだけで、本気で、お主を叩きのめすつもりで打ち込んでいたぞ?」
「もっとも、利き手ではなかったら、なかなか思い通りにはいかんかったがな」
雷牙「何?」
あんなにも簡単に私をあしらっといて、利き手じゃなかっただなんて……。
雷牙「……はぁー、まさか、ここ何年も、お前たちに鍛えてもらっていたが、まさか、利き手ではなかったとは、はぁー、真田雷牙一生の不覚」
そう言って肩を落とす雷牙に対し、不二子は彼の肩をトントンした。
不二子「そう言うな。毎回、最終的に両手を使わせているぞ。兄者も儂も、見込みはある方だと思っておるぞ」
雷牙「本当か!?」
それを聞くと雷牙は、立ち上がった。
不二子「こんな時に嘘をついてどうする」
雷牙「……そうか?」
不二子さんにそんなふうに言ってもらえると、やっぱり嬉しい。
などと不二子と話をしていると―。
ガクンッ。
雷牙「!?」
突然、私の膝が折れ、へたり込んでしまった。
雷牙(え!?)
不二子「ふむ、はやり、かなり疲れが溜まっておったようだの」
雷牙(一体、どう言うことだ!?)
何とか立ち上がろうとするものの、足に力が入らない。
不二子「ほれほれ、そう無理をするでない」
言いながら、私の胸をポンと押す不二子。
実際、不二子の手には大した力は入っていなかったはずなのに、雷牙はそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
雷牙「一体なぜ、こんな、普段はこんなことないのだが?」
不二子「まあ、そう言うでない。さっきも言ったが、兄者も儂も、お主には見込みがあると思うぞ」
雷牙「そう言ってもらえると救われるが……」
だが、いくら豪傑の不二子さんが相手とは言え、女の人相手に何年も一本も取れずに、しかも、このざまというのは、男としてみっともないと言うか……。
不二子「これからも、暇を見て、鍛錬に付き合ってやろう、兄者も同じことを言うであろう」
雷牙「はい、これからもよろしく頼みます、私はもっと強くなりたいのです」
不二子「ああ。強くなるためには鍛錬あるのみじゃからな。そうよの……、儂と兄者がついて、数年も鍛錬を見てやれば、それなりのものにはなれるじゃろ」
雷牙「す、数年……」
それまで、私は生きていられるだろうか……?
不二子「何を言うておる。強さとはそう簡単に身につくものではないぞ?」
雷牙「はい、それは分かっております」
不二子「しかし、今、お主に必要なのはこれじゃな」
言いながら、私の頭の方に回り込んできた不二子はーー。
雷牙「ふ、不二子さんっ!?」
不二子「どうした?」
雷牙「いや……膝枕なんて……」
不二子「気持ち良いじゃろ?」
雷牙「それはそうだが……、でも、恥ずかしいです」
不二子「何を一人前のことを言うておる。そう言う台詞は、儂と兄者と互角に戦えるようになってから言うことじゃ」
雷牙「……」
不二子「それに」
不二子さんがニンマリ笑う。
うっ……。なんだか嫌な予感。
不二子「気持ち良いじゃろ?」
やっぱり……。不二子さんの目は、私をからかう気満々だ。
雷牙「……」
私は何も言い返せない。
と言うのも、不二子さんの言う通りだからだ。
不二子の体は鍛え抜いてはいるが、堅いかって言うとそんなことはまったくなく、柔らかく温かくて、まさに極上の感触。
しかも、甘い匂いまでしてくるし、上を見れば大迫力の胸が否応なく目に飛び込んでくるのだから、男としては溜まったもんじゃない。
不二子「ほれほれ、どうなんじゃ?なんとか言うてみい」
雷牙「……」
不二子「おや、どうやらお主は儂の太ももが気に入らなかったようじゃの。では仕方がない。そこらの石ころでも枕にしてもらうか」
雷牙「ごめんなさい、それは勘弁してください」
不二子「では、どうなんじゃ」
ますますニヤニヤしながら私を問い詰める不二子さん。起き上がれない私には、屈することも出来ない。
雷牙「……気持ちいいです」
なんだか、屈辱だ……。
不二子「そうそう。人間素直なのが一番じゃ」
不二子さんが私の額に手を当ててくる。
ちょっと冷たい不二子さんの手が、火照った額に気持ち良い。
雷牙「ふぅ……」
不二子「今は無理をせんと、ゆっくりと休むと良い」
思いかけないほど、優しい不二子の声。さっきまで感じていた屈辱も忘れ、私は目を閉じる。
あ……、ダメだ……。
なんか眠くなってきた……。
不二子「お前が今すべきことは、傷を治すことじゃ。儂の膝くらい、いくらでもかしてやるでの」
不二子さんゆっくりと私の頭を撫でる。
心地よいその感触に身を委ね、私は意識を手放したーー。
ん……。
私は眠っていたのか……?
ああ、そうか。私は河原で寝てしまったのか。
それにしては、なんだか寝心地が良すぎるような?
特に頭の下が温かくて、すっごく心地良い。
なんだか、いつまでもこうしていたい気分だ……。
?「ん? 目が覚めたのか?」
ん? 誰かが私を呼んでいる? この声も心地良い……。
不二子「これ、起きたのかと聞いておるに」
……っ!?
不二子「やっぱり目が覚めておったか」
一瞬、何が起こっているのかわからなかった。
なぜなら、目を開けると真上から不二子さんが私を見下ろしていた、微笑んでいるのだから。
不二子さんに膝枕されていると気がつくまでには、一瞬の間が必要だった。
それに、なにかがおかしい。
確か眠る前には昼間だったはずなのに、なんでこんなに暗いんだ?
雷牙「……? は?」
不二子「どうした、狐につままれた顔をしおって」
雷牙「なんでこんなに暗いんだ?」
不二子「なんじゃ、まだ寝惚けておるのか? なんでもなにも、もう夜じゃぞ」
雷牙「……へ?」
夜? なんで夜なんだ?
えっと……、もしかして、私が夜になるまで寝ていたのか?
雷牙「わっ、私っ!?」
ガバッと体を起こそうとしたら、体がふらついた。
不二子「ほれほれ、無理をするでない」
不二子さんがそっと私の体を押さえ、膝枕の体勢に。
そのままひっくり返るよりずっと良いが、これはこれで恥ずかしい。
雷牙「あの……。もしかして、不二子さん、ずっと膝枕しててくれたんですか?」
不二子「当たり前じゃ、寝ているお主を放り出すわけにいくまい?」
ふはぁぁぁ~~~。ここまで来ると、格好悪いどころの騒ぎじゃない。
穴があったら入りたい気分だ……。
不二子「まあ、そうしょげるな」
雷牙「しかし……」
不二子「お主、儂と兄者の鍛錬は久しぶりじゃろ?」
雷牙「言われてみれば」
不二子「なら仕方がない。儂も兄者もあそこまでついてこられただけでも大したものよ」
不二子さんは私をからかうわけでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
不二子「それに……」
雷牙「……??」
不二子「それにお主の寝顔を見ているのも、悪くなかったぞ」
雷牙「そうですか……」
不二子「くくく……」
さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、すっかりいつもの不二子だ。
不二子「それにしても」
雷牙「どうかしましたか?」
不二子「お主も不思議な男よ」
雷牙「どういうことですか?」
不二子がいきなり何を言い出したのか、意味が分からない。
不二子「男の顔をしたかと思えば、次の瞬間には小僧に戻ってしまう。どれがお主の本当の顔なのやら……」
雷牙「そんなこと言われましても、分かりません」
不二子「まあ、そんなところも含めて、お主なのかもしれんな」
雷牙「……」
不二子「なんじゃ、納得いかんという顔じゃの」
雷牙「納得いかないと言いますか……」
不二子「なんじゃ、言うてみい」
雷牙「はい……。私としては、男の顔の方が良いです」
不二子「事実は事実じゃ、仕方あるまい?」
雷牙「はい……、そうなんですけど。やっぱり、不二子さん、太郎入道に頼られるようになりたいです」
私は不二子さんの目を見ながら言ってみた。
言われた瞬間。不二子さんはキヨトンした顔になる。
ふう……。やっぱりそう言う反応か。まあ、不二子さんと私じゃ差があり過ぎる。
不二子「まあ、なんじゃ。今後の努力に期待、というところかの」
なんて答えが返ってきた。
見れば、不二子の目許がほんのり染まっている。
これは、すこし期待しても良いってことか?
なんてことを考えていると、私まで恥ずかしい。
照れ隠しもあって、
雷牙「今何時になりますか?」
と聞いてみると。
不二子「もう、夜中じゃな」
雷牙「もう、そんな時間か、そろそろ戻らぬと、みんな心配する」
不二子「まあ、儂がついておるんじゃから、心配すると言うことはないと思うが、そろそろ風も冷たくなる。もう帰った方が良いかもしれん、お主もそろそろ立てるんじゃろ?」
雷牙「はい、大丈夫です」
ちょっと名残惜しい気もするけど、不二子さんの膝から頭を放し、立ち上がる。
うん、疲れは残っているが、よろづよまで歩くことくらいは問題はなさそうだ。
と、そんな私を見て、不二子さんがまたニヤリ。
この笑は良からぬことを思いついた顔だ。
不二子「帰ると決めたは良いが、お主を膝枕してたせいで、儂は足が痺れておる」
不二子さんはいったい何を言い出す気なんだ?
不二子「と言うわけで、お主は儂をおぶってよろづよまで帰れ」
雷牙「は?」
不二子「じゃから、儂は足が痺れておるから、お主は背中に乗って帰ると言っておるのじゃ」
雷牙「さっきまでそんなそぶり全然なかったじゃないですか!」
不二子「おや、いいのか? 男を見せる好機じゃぞ?」
雷牙「ん……」
不二子「ほれ、どうする? ここで良いところを見せれば、儂もお主に惚れるかもしれんぞ?」
雷牙「分かりました、おんぶすればいいんですね!?」
不二子「そうそう、その意気じゃ」
私が背中を見せると、不二子さんが乗ってくる、足が痺れている様子なんて、まったくなかった。
雷牙「よっ」
気合を入れて立ち上がる、がー。
雷牙「うわっと……」
やはり疲れが残っているらしい、そのままふらついてしまう。
不二子「ほれ、しっかりせい。そんなことでは儂を虜にすることなどできんぞ」
足を踏ん張り、体勢を立て直す。
不二子「おおっなかなか頑張るではないか」
不二子は楽しそうにし立ててくるけどーー。
雷牙「うっ」
不二子「今度は何じゃ? 忙しい奴じゃの」
何とか歩き始めたは良いいものの、今度は背中が気になって仕方がない。
だって、私が歩くたびに、背中に大きくて柔らかいものが当たるんだから。
不二子「ほれ、頑張れ頑張れ」
不二子、わかってやっているな……。
私からじゃ不二子の顔は見えないけど、きっと思いっきりニヤニヤしているんだろうなぁ……。
一歩足を進めるたびに、背中にフニュンと当たる。
自然と私は前屈みなってしまう。
不二子「どうした、そんな前屈みになって。それでは歩きにくかろう?」
うう……。今晩はきっとモンモンとして、眠れないであろうなぁ。
そんなことを思いながら、ふらつく足を踏みしめ、私はよろづよへと急いだーー。
回想終わり
雷牙「…とまあ、こんなことがありまして」
男子たち「……!」
雷牙「み、みなさん?」
2年生の男子たち、海野兄弟を除いた全員興奮した表情をして、よだれもたらしていた。
男子F「極上の太もも」
男子G「滑らかな肌、それに」
東海林「しかも、甘い匂いまでしてくる、それに」
西「上を見れば大迫力の胸が否応なく目に飛び込んでくるだなんて、それ、そんな」
雷牙「?」
大吾「男としては溜まったもんじゃないか!」
雷牙「どうしたんですか、みなさんそんなに興奮して、よだれもたらして?」
男子たち「今の話を聞いて、興奮するわ、なんて羨ましいんだ、お前は!」
兎にも角にも、4時間目・体育が終わり、生徒達は昼食を食べる準備の真っ最中だった。
初「ライくん、今日のお昼ご飯は?」
雷牙「今日ですか、今日は」
?「おい、小僧」
雷牙「?」
生徒達「!?」
声の聞こえるほうに視線を向けるとそこにいたのは。
三好兄妹・妹の三好不二子、彼女は背を低くして、雷牙の教室に入って来た。
雷牙「不二子さん」
不二子「おう、小僧、今日も作ってきてやったぞ」
不二子は風呂敷で包んだ八段重ねの重箱を雷牙に渡した。
雷牙「ありがとう、不二子さん」
不二子「残さず、全部、食べるのだぞ」
そう言って、不二子は雷牙をヘッドロックしながら、頭をなでなでした。
それを見て、男子たちは、表情していた。
つづく