授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
『宿題忘れるなよ~』と言いながら教師が教室を出ると、勉学に勤しんでいた生徒たちは大きく息を吐いたり伸びをしたりと、思い思いに疲れを発散する。
「次選択授業だっけ?」
「早く着替えなきゃ・・・」
周りの女子たちは気楽そうに、次の授業のことを話している。その会話を聞きながら、同じく授業を受けていた
「曙光、行こうぜ」
「ああ」
同じクラスの男子・
真壁と共に曙光がクラスを出ると、他にも5~6名ほどの男子が外で待っていた。人数が揃っているのを確認して、全員はまず職員室へと向かう。そこで
「あー・・・いやだいやだ・・・」
後ろで心底嫌そうにしている真壁。曙光だって、今から乗り込む場所を思うと気が滅入るが、それも全て自分たちで望んでのことだから仕方がない。
休み時間でワイワイと賑わう廊下を抜けて、突き当りを右に曲がったところにあるのは、厳かな雰囲気のする鉄の扉だ。壁には窓が取り付けてあり、眼下には道路が伸びている。この扉は渡り廊下の丁度中間に設置されているのだ。渡り廊下は外から陽の光を取り入れているものの、壁や床などは年季が入ってくすんでおり、薄暗い感じがする。
その鉄の扉に、曙光は職員室で受け取った鍵を差し込み、ゆっくりと回す。重い金属音が廊下に響くと、鍵を仕舞ってから曙光はノブに手を掛ける。
「開けるぞ」
後ろにいる男子たちに注意してから、曙光は扉を手前に引く。
扉の向こうに広がっていたのは、一転して目が眩むほど煌びやかな空間だ。磨かれた大理石の床、繊細な装飾が施された窓枠、新雪のように真っ白な壁紙が、容赦なく曙光たちの目に『高貴さ』を叩き込んでくる。先ほどまで自分たちが歩いてきた木目調の床や業務用の窓、コンクリートにモルタルのくすんだ壁とは比べ物にならない。
まるで、この鉄扉が何かの境界線のようだ。
「目に悪いな、こんな晴れた日は特に」
「全くだ」
曙光が愚痴ると、真壁も大きく頷く。うんざりするほど豪勢な内装に辟易しているのは、曙光だけではないのだ。
「今日の授業、何だっけ」
「食品衛生学。昨日言ってただろ?」
「いや、分かってるんだけどさ・・・何か話していないと視線が気になって仕方ないんだよ」
廊下を歩きながら、周りを気にするかのように真壁が話しかけてきた。
豪勢な造りの校舎を歩き進むにつれ、生徒たちの姿も見えるようになってくる。だが、先ほど通ってきた廊下と違い、それほど騒がしくはなく、また生徒の髪の色もやや日本人離れした色の女子ばかりだ。
そして、その誰もが、廊下を歩く曙光や真壁たちに、忌避と嫌悪の入り混じった視線を投げかけている。さらには、何かひそひそと陰口も叩いているかのようだ。
真壁の言う通り、こんな針の筵な場所を歩く間は、何か無駄話でもしていないと気が滅入りそうになる。そんな時曙光たちは、歩調を少しだけ早めてそそくさとその場を去ろうと決めていた。早く教室に行きたい、と普通だったら絶対に思わないようなことを真壁が言ってのけるが、今は同意見だ。
あちらこちらからの視線と陰口に晒されながら廊下をいくつか曲がると、ようやく本来の目的地である調理実習室が見えてくる。
ところがその手前で、曙光は廊下の脇に何かが落ちているのを見つけた。
「・・・これって」
「ハンカチか?」
曙光が足を止めて拾い上げると、真壁がそれを横から覗き込む。後ろに続いていた男子たちは、足早に調理実習室へと入っていく。そんな彼らを尻目に、曙光は拾ったそれをよく見てみる。花柄のレースに縁どられた真っ白なそれは、紛うことなくハンカチだろう。手触りだけで高価と思えるそれには、隅にオレンジの糸で『Malie』と刺繍が施されている。
「まさか・・・」
その刺繍を見て曙光がぽろっと呟いた直後、後ろから話し声が聞こえてきた。
「本当にこの辺りなんですか?」
「記憶が確かなら何だけど、ね」
1人は少し低めの声、もう1人はややふわふわと柔らかい感じの声。
その声に曙光と真壁が振り向くと、その声の主も丁度角を曲がってきたところだった。腰まで届く淡い金髪の女子と、ウェーブがかった明るい金髪の女子の2人組。曙光と真壁もその2人は知っていた。
「あっ、貴様!」
そこで曙光を見て指を差してきたのは、明るい金髪の女子。具体的に彼女が指差しているのは、曙光の持っている白いハンカチだった。
「それはマリー様のものだぞ!すぐに返せ!」
マリー様、と聞いて曙光は確信した。このハンカチの刺繍は名前だと。
そんなことを考えていると、金髪の女子はつかつかと曙光に歩み寄ってきてハンカチをふんだくる。
「どうぞ、マリー様。見つかりました」
「ありがとう、
そして『押田』と呼ばれた女子は、さも自分が見付けたかのように、『マリー様』と呼んだ淡い金髪の女子へ白いハンカチを手渡す。それから、2人はその場にいた曙光と真壁に何も言わず、その場を立ち去ろうと踵を返した。
その時、先端がロールされたマリーの淡い金髪が翻り、さらに彼女は曙光を一瞥して持っていた扇子をひらひらと振って見せた。
「・・・馬鹿にしているのかね」
「考えるだけ無駄だぞ」
その仕草に曙光は肩を竦めるが、真壁は肩を叩いて教室へ行こうと促す。
「あれが落とし物拾った相手に対する態度かよ」
「今更だろ、あんなの」
押田の曙光に対するキツイ当たり方に、真壁は憤慨している様子だ。しかし、彼女たちが厳しい視線と言葉と態度を向けてくるのは今に始まったことではない。曙光も完全に達観していた。
こんなことは、この学校では当たり前なのだから、と。
―――――――――
岡山県に本籍地を置く、BC自由学園。
この学園は少し特殊な学校であり、元々は『BC高校』と『自由学園』、それぞれタイプの異なる2つの学校だった。しかし、両校の学園艦の老朽化に伴い、新しい学園艦を建造することになったが、学園艦の莫大な維持費を削減するために、行政側の指示でこの2校は合併された。
そんなBC自由学園の雰囲気は、一言で表すと『剣呑』だ。
何故かと言うと、まずは合併前のBC高校が一般校だったのに対し、元自由学園は中高一貫のお嬢様学校だ。この時点で、合併しても息が合わないのは想像に難くない。
案の定、合併後の元自由学園のお嬢様方は、一般人ばかりの元BC高校生を見下してきた。当然、元BC高校生からしてみれば、それはたまったものではない。学園艦の老朽化は誰のせいでもないし、お上の指示には逆らえないにもかかわらず、望んでもない合併の結果自分たちが蔑まれるのだから、この仕打ちはあんまりだと。
それでも、合併後に学園の主権を握ったのは、元自由学園側だった。その理由は潤沢な資金を持っているからと、それもまた元BC高校にとっては理不尽に思える。
それから元自由学園側は、露骨なまでに元BC高校側をこき下ろすようになった。
まず、新たに建造された学園艦は、元自由学園側と元BC高校側で半分に分断され、校舎の造りは『豪勢』と『質素』(当たり前だが前者が元自由学園側で、後者が元BC高校側)の対極にされる。同じ学校のはずなのに、領地と校舎が別の点で不平等だった。
また、合併前の両校にあったブドウ農園や畑、家畜や水産物の養殖場は全て元BC高校側に押し付けられる。一方で、元自由学園側には、まるで宮殿の庭のように整備された穏やかな緑地が広がり、産業とは無縁の環境が築かれた。
ここでついに元BC高校側も堪忍袋の緒が切れて、平等な扱いをするように抗議活動を始める。だが、お高く留まった元自由学園側は相手にせず、両者の間には溝が深まるばかりだった。
それから数十年経った今でも、両者の軋轢は改善していない。
変わったことと言えば、元自由学園側が『エスカレーター組』、元BC高校側が『外部生』と称されるようになったぐらいだ。
元自由学園は中高一貫のお嬢様校で、女子(特にお金持ち)に限り内部進学ができる。しかし、元BC高校は共学の普通校だったため、入学試験に合格すれば男女とも高校からの入学が認められていた。
しかし、合併当初から男子の比率は女子より少なかった。さらに両陣営の対立が続く影響か、年々男子の入学人数は減少しており、昨年を持って男子の受け入れは終了。現在BC自由学園に在籍している男子は十数名程度しかいない。
BC自由学園の内部抗争は周知の事実だが、それでも今まで入学しようとしてきた男子は、もちろん相応の理由を持つ人間がほとんどだ。中には、刺激的な出会いを求めるような猛者もいたが。
何であれ、どれだけ時が経とうとも、様相が変わっても、エスカレーター組と外部生の対立は続いている。
十年単位で続くこの諍いが終わる兆しなど、全くなかった。
どうも、こんばんは。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
BC自由学園を舞台とした今回の物語、お楽しみいただければ幸いでございます。
感想・ご指摘等がございましたら、お気軽にどうぞ。
最後までお付き合いいただければ幸いでございます。
それでは、今回もどうぞよろしくお願いいたします。