約束のケーキ   作:プロッター

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第10話:約束のケーキ

 試合から一夜明けたBC自由学園だが、そこまで険悪な雰囲気ではない。と言っても、勘のいい人間であれば、ひりついているのが分かるレベルだ。

 無理もない。何せ、試合前には一致団結して勝利しようと意気込んでいたのに、肝心の試合は途中で仲間割れが起き、挙句に敗北した。あの試合を一部始終見たのは、BC自由学園の全生徒ではないにしろ、噂に聞いた話で仲間割れが起きたことについては知られてしまっているだろう。

 

「大丈夫かな・・・」

「それは実際見ないと分からん」

 

 昼休みを迎え、エスカレーター組の校舎に向かう曙光と真壁は、気が重かった。昨日の試合を見届けており、空気の変化も感じている。だからこそ、どうなるかが不安だった。

 それでも、こうして出張っているのは、それぞれマリーや砂部、祖父江と昼食を一緒にする約束をしているのだ。この先どう転ぶにしろ、今までの関係は続けた方がいいと思ったからだ。

 それでも、あまり穏やかではない空気に、2人の胃に負担がかかっている。

 

「よう、2人とも」

 

 だが、鉄扉を開けようとしたところで、不意に後ろから声を掛けられた。誰だと振り向くと、そこにいたのは安藤だった。

 

「安藤・・・どうした、こんなトコまで」

「ああ、エスカレーター組にちょっと用事がな」

 

 真壁の問いに応えながら、安藤が曙光に代わり鉄扉を開ける。あまりにもあっさりと敵地(?)に脚を踏み入れたことに、曙光も真壁も意外に思いつつも後に続いた。

 

「用って・・・まさか、いきなりエスカレーター組にカチコミかけようとはしないよな」

「そんなことは()()しない」

 

 『用』について曙光が探りを入れるが、安藤は快活に笑って答えた。

 そこからは、流れで3人一緒に歩き出す。安藤の行き先は分からないが、学食ではなかろうか、と曙光と真壁は思う。

 

「昨日の試合の後、押田と一緒にOGの先輩のところへ行ったんだ」

「OGって・・・アズミさんって人?」

「知ってたのか」

「マリーから聞いた」

 

 戦車道だけでなく、OGのことまで知っているのに安藤は驚くが、マリーからの情報と聞くと納得した表情を見せる。前からマリーとつながりがあったことは知っていたので、今さら驚きはしないだろう。

 

「ああ。それでアズミ先輩から、私たちが協力すれば大洗みたいな強豪校の鼻を明かせるって分かったし、優勝だって狙えるって言われたんだ」

「・・・・・・」

「あのたい焼き革命の日に、私たちが分かり合えた時は嬉しかったよ。それまでは、エスカレーター組の連中を出し抜いてやろうとか、下克上を起こしてやるって息巻いてたけど、あの時はそんなこと思わなかった」

 

 受験組がエスカレーター組の陣地を占拠し、チョコレートたい焼きによって諍いが収束したあの日を、誰かが『たい焼き革命』と名付けた。何とも面白響きだと、曙光と真壁は思う。

 角を曲がり、お嬢様たちのクラスの前を通る。お昼時で視線も多く、自分たちのことも見えているだろうが、曙光は感じる視線が気持ち少ないと感じる。以前のように、突き刺さるような、忌避感に溢れた視線はない。

 

「あの時・・・分かり合えて嬉しいって純粋な気持ちは、失くしたくない。だから、もうこの先争うのは止めようと思ってる」

 

 安藤の、受験組の代表の言葉に、曙光と真壁は目を見開く。

 今まで散々虚仮にされてきて、不満を露にしていた受験組の方から、これ以上の争いはしないと方針を決めた。特に、一番その事実に苦汁を嘗めていた安藤からそう決めたのがまた驚きだ。

 

「まぁ、向こうに仲良くする気がなければ、その限りじゃないけどな」

 

 だが、ちょっと付け足した安藤の言葉に、曙光も真壁も苦笑する。

 その通りで、エスカレーター組が態度を改めなければ、事態は変わらない。安藤は歩み寄る姿勢を見せるつもりだし、向こうもそれなりの態度を示してほしいと、曙光と真壁はただ願った。

 さて、廊下を過ぎて階段を降りる曙光と真壁だが、安藤はやはり2人と同じ方角を目指しているらしい。だとすれば、安藤の目的地はほとんど分かった同然だ。

 

「曙光~」

 

 やがて学食までやってくると、先に待っていたマリーが手を振っていた。自分の隣には真壁と安藤もいるのに、自分にしか声を掛けないのがすごい恥ずかしい。

 マリーのそばには、砂部と祖父江、そして押田もいた。マリーが曙光に向けて声を掛けたのに、押田は若干不服そうな顔を見せているが、彼女は彼女で安藤に用があるらしく、朗らかに挨拶を交わしている。砂部と祖父江も、真壁と話をするようだ。

 

「あー・・・曙光と言ったか」

 

 すると、安藤と挨拶を終えた押田が、曙光に話しかけてきた。初めて押田に名を呼ばれたものだから驚いたが、何か少し気まずそうな感じなのが尚更奇妙に思う。

 

「その・・・この間は、すまなかった。確証もなく色々と言ってしまって・・・」

 

 何と、謝ってきた。それは恐らく、あの時マリーのいたサロンで取り巻きと共に曙光を糾弾したことに対してだろう。普段だったらエスカレーター組が受験組に謝罪するなど、絶対にない。特に、受験組を毛嫌いしていた押田から謝られるなんて、夢にも思っていなかった。

 ただ、こうして謝ってくれたのは、押田たちも認識を改めたからだろう。それは曙光としても嬉しいし、押田も嫌々ではなく真摯に謝ってくれているのは分かる。根は悪い人ではないのかもしれない。

 

「・・・いいよ、過ぎたことは責めないし、謝ってくれればそれで十分だからさ」

「そうか・・・。いや、本当にすまなかったな。これからは、仲良くやろう」

 

 曙光も押田のことを責める気はなかった。だから、押田の謝罪を笑って受け入れると、押田も安心したように頷く。そして安藤と共に、学食へと入っていく。

 

「・・・あの2人、仲良くなったんだな」

「昨日の試合の後でね、2人で仲良くしてチームを立て直そうって決めたみたいなの」

 

 安藤と押田の様子を見て訊くと、マリーも少し嬉しそうに答える。同胞もまた仲良くする姿勢を見せてくれて、マリーとしても鼻が高いようだ。

 それから曙光とマリー、真壁と砂部と祖父江も学食へ入る。やはり、学食にいるのは観る限り全員がエスカレーター組のお嬢様だ。受験組の安藤や曙光、真壁はどうしても目立ってしまう。

 しかし、今までと比べると、やはり突き刺さるような視線は圧倒的に減った気がする。曙光や真壁が今まで割と頻繁に出入りしていたのもあるだろうが、大きいのは受験組に対して厳しい態度だった押田が、その受験組の安藤と親しくしているのもあるだろう。押田が安藤たちに対し強気な姿勢を崩さないでいたのは周知の事実だから、今のように穏やかに接していることが、エスカレーター組にとってどれほど重大なことか伝わりやすい。

 

「私たちも食べましょう」

「ああ」

 

 マリーに促され、曙光もマリーと同じテーブルに着くことにする。マリーはフォアグラ定食、曙光はポトフ定食と、初めて昼食を共にした時と同じラインナップだった。決して、必然ではない。

 

「昨日はありがとうね、曙光」

「ん、何が?」

「話を聞いてくれて」

 

 食べ始めようとしたところで、静かにマリーが話しかけてくる。

 昨日のこと、と言えば試合もあるが、サロンでマリーの話を聞いたことの方だろう。すぐに思い当っても、曙光はそれを思い出すと少し恥ずかしくなる。今思えばかなり大胆なことを言ったりやったりしたし、何より自分の気持ちにようやく気付けたのだから。

 

「・・・あれぐらいのこと、礼を言われるまでもないよ」

「でも、ああした不安とか悔しさを全部話すのって、難しいのよ。特に『私たち』は」

 

 忘れてはいないが、マリーや砂部たちは曙光とは違い、お嬢様として思うように振舞えないことも多々あるだろう。さっきマリーが言ったように、言いたいことを素直に誰かに言うことすら、難しいのかもしれない。

 

「砂部さんや祖父江さんにも、ああいうことは言わないのか?」

「ええ、言わないわ」

 

 フォアグラを食べるフォークを置き、マリーは曙光を見る。

 

「だから、あなたが初めてよ。今までもだけど、私が言いたいことをそのまま言えるなんて人は」

 

 穏やかな笑みに、曙光の心が温かくなる。

 だが、その言葉に曙光は小さく笑う。

 

「それ、褒めてるってこと?」

「ええ。とっても」

「そうか・・・ありがとうな」

 

 曙光はポトフからじゃがいもを一欠けら掬い上げて、小さく頭を下げる。慣れ親しんだ庶民の味と比べて若干薄味のそれを楽しみつつ、曙光はマリーに話しかける。

 

「今日もまた、放課後にサロンか?」

「ええ、ケーキを用意して頂戴ね」

「了解」

 

 放課後の予定が決まったところで、学食の入口の方を見る。

 すると、受験組と思しき数組のグループが、おっかなびっくり学食に入ってくるのが見えた。今までは、そんな人たちはほとんどいなかったのに。

 そして気付いたのは曙光とマリーだけでなく、他のお嬢様たちも同じだ。それでもとやかく騒いだりあからさまな目を向けることがないのは、やはり意識が大きく変わったからなのだろう。あのたい焼き革命のことや、代表の押田と安藤が連れ立っていたり、マリーと曙光でコツコツ積み立ててきたことが、ようやく実を結んだかのようだ。

 

「・・・少しずつ、変わっていきそうだな」

「そうね」

 

 悩んだ末にエスカルゴ定食を持ってテーブルに着く受験組グループを見届けながら、2人で頷き合う。その近くに座っていたエスカレーター組の女子たちは、ぎごちなくも挨拶をしているようで、いきなり掴み合いなどに発展しそうな空気もない。

 自分たちのしてきたことは、無駄にならずに済んだ。

 その結末を見届けながら、曙光とマリーは昼食を再開する。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 夕方になり、曙光はマリーが待っているいつものサロンへと向かっていた。最初の内は、ここまでの道さえも縮こまっていたものだが、事情が変わった今は何の憂いもなく歩くことができる。

 

「ごきげんよう」

「どうも」

 

 行く途中で、この前とはまた別の、名前を知らないお嬢様とすれ違う際に挨拶を交わす。初めての時は実に驚いたが、今後はこうして身分の差など関係なしに挨拶をするのが当たり前になっていくのだろう。そう思うと、心が躍る。

 

「お待たせ」

「待ってたわ」

 

 辿り着いたサロンの戸を開けると、やはりマリーは待っていた。

 早速、曙光はコーヒーを淹れる準備を始め、さらに持ってきた特別仕立てのケーキをマリーの前に差し出す。

 

「あら、これって」

 

 その差し出されたケーキを見て、マリーの唇が緩む。

 それは、試合の前にマリーから作ってほしいと頼まれていた、大きなモンブランだ。通常の3倍ほどの高さがあるそれは、盛り付けにかなり苦労した。

 

「言ってただろ?食べたいって」

 

 曙光は出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、それをマリーの下へと静かに運ぶ。前までは多少音などを立てても特に気にしなかったが、マリーと接するうちにそうした所作にまで気を遣うようになってしまった。嬉しいような、悲しいような成長だ。

 

「それじゃ、遠慮なくいただこうかしら」

「ああ、召し上がれ」

 

 フォークを手に、マリーは器用に山盛りモンブランの頂点を切り取る。これだけの大きさとなれば、ちょっとした拍子にすぐ倒れてしまいそうだが、マリーならその心配もなさそうだ。

 

「はむっ」

 

 上品に、けれど心待ちにしていたように、マリーはモンブランを口に運ぶ。

 普段から言動がふわふわしたり時にわがままだったりと、振る舞いに育ちの良さが垣間見える時もある。それでも、好物のケーキを前にする際は、子供のような純粋な表情を見せる。曙光は、その表情に変わるのを見るのが好きだった。

 

「んっ、美味しい♪」

「それはよかった」

 

 そして満足そうに目を細めるマリー。苦心の末にできたものなので、曙光もそうした感想を貰えて嬉しい限りだ。

 

「でも、もうちょっと大きいのがよかったわ」

「無理言うな。それでも精一杯頑張ったんだぞ」

 

 マリーとしては、さらに大きめのサイズを所望していたらしい。しかし、そのサイズにするまでにも、分量の計算やら高さの研究やらで大変だったのだ。それ以上の高さなど勘弁してほしい。

 しかし、マリーは美味しければそれでいいのか、パクパクと特製モンブランを食べ進める。

 

「ん、美味しかったわ」

 

 5分と少し程度で、マリーはモンブランを食べ終えた。作るのに数時間もかけたのに、あっけなく食べられてしまったと思うと物悲しいが、料理とはそういうものだ。そこは仕方ないと割り切る。

 

「ごちそうさま、曙光。ありがとうね」

「どういたしまして」

「これだけじゃなくて、いつもケーキを作ってくれて」

 

 カップを手に、マリーが曙光にお礼を告げる。その口ぶりが、先ほどのモンブランだけではなく、これまでマリーのためにケーキを作ってきたことに対するものと、曙光も遅れて気付いた。

 

「・・・昼休みのこと、覚えてる?」

「?」

「ほら、外部生の子たちが学食に来たでしょう?それで、私たちの方からも挨拶をして。あんなの、少し前は見られなかったわ」

「・・・ああ、確かにな。俺だって前はずっと屋台か弁当だったし」

 

 あの日、マリーと出会わなければ、曙光はずっと学食に行くことはなかっただろう。それどころか、受験組とエスカレーター組は未だに争い続けているはずだ。

 

「やっとここまで来られたのも、あなたが力を貸してくれたからよ」

「俺はただ・・・言われただけのことをやっただけだし」

「その言われた通りのことも全部できなきゃ、今みたいにはならなかった」

 

 曙光は、受験戦争を経てこの学園に入学していても、身分の差なんて大きな問題を解決する方法なんて考えもつかなかった。ただ仲良くなればいいのにと思うだけで、何一つ行動を起こそうとはしなかった。

 だから、同じ考えだったマリーと協力関係になるのが決まってから、曙光は自分にできることは何でもやると決心したのだ。それが今の自分にできる精一杯のことと思って。

 

「これでも、あなたには感謝してるのよ?ついに、願ってたことが実現できたんだから」

「・・・そうだな。まさか、こうなるとは俺も思わなかった」

 

 無理だと思っていた『和解』という目標が、実現しつつある。その過程には色々あったが、あのマリーと手を組んだことだけでも十分驚きであり、何が起きるか分かったものではない。

 ここまでの道のりを思い返して、曙光は小さく息を吐く。

 

「・・・ここに来るまで色々あったけどさ」

「?」

「マリーと話をしたり出掛けたりして、いけ好かないと思ってたエスカレーター組の見方も大きく変わった。それに、マリーの印象も随分変わったよ」

 

 それに、曙光自身がマリーに対して別の感情を抱くとも、思わなかった。

 曙光の言葉に、マリーは笑う。

 

「ふーん・・・最初は私のこと、どんな風に思ってたの?」

「ケーキ好きで高飛車で、わがままな人」

「あらひどい」

「最初はな。けど、今は違う」

 

 歯に衣着せない曙光の評価に、マリーも顔が若干曇るが、その印象もかつての話だ。マリーのことを全く知らなかった時に抱いていた、イメージだ。

 

「今もたまにわがままなところはあるけど、ちゃんとこの学校のことを考えているのは分かった」

「・・・・・・」

「それと、ケーキが好きなのは前から変わってない。いつも、美味しそうにケーキを食べてる」

 

 わがままなのは、今も変わらない。ケーキが好きなのも、ブレていない。

 けれど、受験組とエスカレーター組が仲良くなってほしいと思う程度には、優しい心を持っているのが新たに分かった。人は見かけによらないと、マリーを見ると強く感じる。

 そして昨日の試合の後、このサロンで曙光が見たマリーの別の一面。試合に負けたことの悔しさ、自分の油断からくる後悔を抑えきれずに、涙を流した。その様子は、彼女がエスカレーター組の代表でも、BC自由学園戦車隊の隊長でも、気品あるお嬢様でもなく、1人の少女であることを痛感させられた。

 

「そんなマリーのことが、俺は好きだ」

 

 マリーの手が止まる。

 曙光の言葉の意味を理解しようとしているのか、表情がぽかんとしている。曙光だって、人生初の告白をしたものだから、心臓が身体を突き破りそうなぐらい跳ねている。取り繕って笑顔を浮かべるのがやっとだ。

 

「・・・ふ~ん」

 

 1分か、10分か。分からないが、それぐらい曙光にとっては長い時間を経て、マリーは笑みを見せた。

 

「私のこと、好きなの」

「ああ」

「友人ではなく異性として?」

「ああ」

 

 改めて聞き返されると、非常に恥ずかしい。しかし、嘘偽りのない気持ちだから、自信を持って頷き返す。

 やがてマリーは、カップを置く。

 

「・・・私ね、よく分からないの。恋とかそういうのが」

「え?」

「だって、男の人とこんなに仲良くなったことなんてないし、誰かにときめいたことだってなかったもの」

 

 とてつもなく、不安を煽られる。背中に汗が浮かぶ。

これは、言外にフラれているのではないだろうか。

 

「でも・・・曙光、ちょっとそこに立ってくれる?」

「あ、ああ・・・」

 

 唐突なマリーの頼みに、曙光は応じてマリーのそばに立つ。

 すると、マリーもまた同じように立ち上がると。

 

「えいっ」

 

 ぽふっ、とマリーは曙光に抱き着いてきた。

 昨日とは違い、気軽な調子だ。そうであっても、突然すぎて曙光は感情の整理がつかない。

 

「今の私は・・・こうしたい気分なの」

 

 芯のあるような響きの言葉を、身体を預けたままマリーは告げる。そのまま背中に腕を回してきたので、曙光も同じようにする。今度は、そこまで時間はかからなかった。

 

「・・・だから私も、あなたのことが好きなのかも」

 

 腕の中でマリーは、楽しそうに、嬉しそうに気持ちを伝えてくれる。

 自然と、曙光がマリーを抱きしめる力も強くなった。

 

「ありがとう、マリー」

 

 マリーは嫌がる素振りも見せず、静かに身を委ねている。自分も離れたくないのか、曙光を抱きしめる腕にも少し力が籠っていた。

 

 

「これからも、よろしくね?曙光」

「ああ、もちろん」

「当然、ケーキもよろしくね」

「当たり前だろ」

 

 腕の中で告げるマリーの言葉に、曙光は頷き返す。

 これまで作ってきたケーキは、最初はご機嫌取りのため、それからは協力してくれるお礼の気持ちも込めてのものだ。しかし、問題が解消されつつあるのなら、それもいずれ不要になるだろう。

 それでも曙光は、これからもケーキをマリーのために作り続けるつもりだ。

 なぜなら、ケーキのことが大好きなマリーのことが、曙光は好きなのだから。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 数日後、マリーは安藤、押田とともに、アズミに連れられて無限軌道杯の2回戦を観に行くことになった。これはマリーたちが教えを乞うたアズミの提案で、自分たちが敗れた大洗女子学園の戦い方を学ぶためだ。

 

「準備はできた?」

「はい、大丈夫です。アズミ先輩」

「後は、マリー様を待つだけです」

 

 ヘリポートでアズミが訊くと、安藤と押田が返事をする。

 その答えに頷きつつ、アズミはヘリポートの端に立っているマリーに目をやる。アズミは、マリーが自由気ままな性格をしているのは知っているが、今はヘリを待たせているのであまり時間をかけたくもない。

 そのマリーは、校舎の方を眺めている。まるで、何かを待っているかのようだ。

 そんな様子を疑問に思っていると、そのマリーが眺める方から誰かがやってきた。

 

「すまん、遅くなった」

「本当、遅いわよ?」

 

 駆けてきた男子は、まずマリーに詫びを入れる。マリーも少しご立腹な感じではあるが、それでもその男子の姿を見ると声に弾みが含まれたと、アズミは感じ取った。

 どうやら、マリーが待っていたのは彼らしく、その男子と並んでアズミたちの下へと向かってきた。

 

(なんだか、あの子のあんな顔・・・見たことないかも)

 

 マリーの表情が、自分の記憶にはないような、穏やかな風だ。ケーキを前にする時のようなパッと明るい感じでも、戦車道の試合の際に見せたキリっとしたものでもない。始めて見る新鮮な顔だ。

 すると、そのマリーに珍しい顔をさせた男子がアズミの方へと歩いてきた。

 

「アズミさん、ですよね?マリーから聞いています。BCの曙光です」

「あら、ご丁寧にどうも」

 

 挨拶に面食らうアズミ。BC自由学園がすでに男子の受け入れを終了しており、今は学園に男子もほとんど残っていないのは知っていた。なので、もはや絶滅危惧種と言っていいぐらいのBC男子を前にして、何か珍しい戦車を前にした気分だ。

 その曙光と名乗った男子は、肩に提げていたクーラーボックスを差し出してくる。

 

「これ、中にケーキが入っていますので。向こうで皆さんと食べてください」

「あら、いいのかしら」

「ええ。元々マリーから頼まれてたんですけど、せっかくだからと思いまして」

 

 曙光の口ぶりに、アズミの食指が動く。

 マリーのことは親しげに呼んでいるし、大のケーキ好きのマリーがわざわざ受験組の個人に頼んでいるのだから、かなりの信頼を寄せられているのだろう。あのマリーからそんな信頼を勝ち得た曙光がどれほどのタマかは、アズミにも分かる気がする。

 

「ありがとう、いただくわね」

 

 その曙光から、クーラーボックスを受け取る。この曙光がどんな人かは気になるが、アズミもケーキはそれなりに好きなので、この中のケーキには期待していた。あのマリーが贔屓にしているようだし、何なら写真にでも撮っておきたい。

 

「・・・・・・」

 

 一方で、曙光の横にいるマリーの様子を伺うと、若干不満そうな顔をしている。具体的には、曙光に対してそんな顔を向けていた。これもまた、マリーにとっては珍しい表情。だが、彼女よりも少々長く生きて世間の酸いも甘いも知っているアズミには、マリーが嫉妬心を持っているであろうことが窺える。

 なるほど、どうやらマリーと曙光はそれなりに親しい間柄のようだ。

 

「さ、それじゃ行きましょうか」

 

 アズミが告げると、試合の内容を確認していた安藤と押田、それからマリーがアズミの方を見る。

 どうやら曙光は、ここまでケーキ運び兼見送りに来ただけのようだ。今回の観戦はあくまで戦車道の一環なので、戦車に乗れない男の曙光は当然お呼びではない。忘れてはならないが、学校の授業もあるので行けたとしても欠席扱いになる。名残惜しそうな表情だが、ここでお別れだ。

 

「気を付けて」

「ああ」

「当然だ」

 

 曙光が声をかけると、安藤と押田が頷く。特に、押田は強気な返事をして見せたが、曙光には気を悪くした様子もない。彼女の物言いには慣れっこのようだ。

 そしてマリーはというと。

 

「ねぇ、曙光」

「ん?」

 

 曙光を呼び止める。

 そして意識が向けられた直後、マリーは少しばかり背を伸ばして、キスを交わした。

 

「あら」

「おっ」

 

 意外なものが見られたと、アズミと安藤は唇が緩む。

 

「曙光貴様ァ!何をマリー様と不埒な真似をォ!!」

 

 一方押田は、尊敬するマリーの行動を受け入れた曙光に対してお冠だ。まるで親の仇を前にするかのような剣幕だが、当の曙光は驚きのあまり、マリーが唇を離した後も表情が驚愕に染まったまま動かない。

 

「さ、行きましょう?ケーキが不味くなっちゃうわ」

 

 そんな風に場の空気を思いっきり崩したマリーは、軽やかな足取りでヘリへと向かう。怒りに震える押田は安藤が押さえてヘリへと連行される。アズミは、曙光に向けて『見せつけてくれるじゃない』と笑顔だけで伝え、ヘリに乗り込む。

 

◆ ◆

 

「行ったのか?」

「ああ」

 

 飛び立ったヘリを見上げていると、後ろから真壁がやってきた。どうやら、普段使わないヘリポートに曙光が向かっていくのが見えて気になったらしい。

 

「みんなは、戦車道の試合に?」

「観に行くだけだがな」

「で、お前は見送りか」

「マリーにケーキを頼まれてな」

 

 踵を返し、校舎へと戻ることにする。だが、隣を歩く真壁がニヤついているのが、少し気になった。

 

「何だよ」

「いやぁ、まさかなぁ。人前でああもイチャつくとは、意外と仲良かったんだな」

「な・・・っ」

 

 指摘され、言葉に詰まる。まさか、あの現場を見られてしまっていたとは。安藤たちの前だったからただでさえ恥ずかしかったのに、おまけに親友にまでバレているとは、穴があったら入りたい。

 

「・・・一応言っておくが、あれは俺も予想外だったんだからな」

「じゃ、それだけマリーさんがお前のこと好きってことだろ」

 

 弁明するが、それは逆にマリーの曙光に対する気持ちの証明にしかならなかった。こういう面に関しては、真壁は妙に敏いと思う。とはいえ、マリーからそう思われているのは嬉しいので、悪い気はしない。

 

「照れてやんの」

「やかまし」

 

 揶揄ってくる真壁を肘で突く。

 そこで、曙光は一度立ち止まり、振り返って空を見る。既にヘリは、ゴマ粒程度の大きさにしか見えなかった。

 聞いた話では、試合会場は戦車道連盟が所有している南半球の土地らしい。だとすれば、今の季節でも会場は暑いだろうし、いかに戦車道でそこそこ鍛えていてもマリーはばててしまうかもしれない。頼まれてケーキを持たせたが、早いうちに食べないと傷むだろう。もし不満だったら、またケーキを作るだけだが。

 そこまで考えて、自然とマリーのことを考えてしまっている事実に、自分で可笑しくなる。どうやら自分は、かなりマリーのことを強く想っているようだ。

 

「・・・・・・」

 

 ふと、先ほどマリーと触れた自分の唇に手をやる。

 あの時、ほんのわずかの間だけでも感じた温もりは、覚えてしまっている。

 

「初めてのキスの味はどうだった?」

 

 そんな曙光を真壁が茶化したので、報復として膝の裏を軽く蹴ってやる。

 キスがケーキのように甘く感じたのは、秘密にしておいた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「―――ってことがあって」

「へぇ・・・マリー様が」

 

 校舎の前で曙光と別れた真壁は、エスカレーター組の敷地にある庭園を砂部と歩いていた。

 少し前だったら、砂部がいたとしても、こうして公にエスカレーター組の敷地を出歩くことはできなかった。それができる程度には、関係も改善されてきているのだ。

 それに、この庭園は芝生や植え込み、舗装されたレンガの小路など見どころが多い。ガサツなイメージの強い受験組を今まで頑なに招かなかった理由も、分かる気がした。

 

「なんだか、イメージがつかないですね。マリー様って、そういうのとは縁遠いような気もして」

「あぁ、それは分かるかも。たまに話すときも、何だかなぁって思うことがあったし」

 

 曙光と一緒に学食で昼食を摂る際、真壁もマリーと同席することは何度かあった。しかし、マリー自身ふわふわしているというか、言葉に掴みどころがないような感じがして、うまく話ができなかった記憶がある。

 そんなマリーの心を射止めるとは、随分なことだと真壁は思った。

 

「そう言えば、砂部さんは試合を観に行かないの?」

「ええ。今回は、押田さんと安藤さんが後進の育成の参考にするために試合を観に行くようなものですし」

 

 隊長車に乗る砂部と祖父江は、厳密には副隊長などの役職は持たない。マリーの付き人としての使命も、どうやらアズミという先輩が受け持つらしく―――甘やかしはしないだろうが―――今回砂部と祖父江に出番はないと言う。

 

「・・・あの、真壁さん」

「ん?」

 

 石造りのガゼボに着いたところで、砂部が笑みを浮かべる。

 

「昨日は、本当にありがとうございました。突然電話したのに、お話を聞いてくれて・・・」

「あぁ、あのこと?いいよいいよ、気にしないで。負けた後でナイーブになっちゃうのは分かるし」

 

 どうやら、夜更けに自分の都合で電話を掛けたことを未だ悔やんでいるらしい。真壁からすれば、試合に負けたことに対して気が重くなる気持ちは分かるし、そうして頼ってくれるのも個人的には嬉しかった。マイナス要素など、真壁には1つもない。

 

「・・・昨日。真壁さんに電話をしたのは・・・あなたと話がしたかったからなんです」

 

 しかし今、そう告げた砂部の雰囲気は、普段よりも静かなイメージがする。決して、悲しみや苦しみなどの暗い印象はない。

 

「前に、曙光さんが責め立てられ、マリー様との関係もなくなった時もなんですけど・・・無意識に私は、あなたと少し話がしたいって思ってたんです」

「え?」

「自分の中で整理がつかないほどの悩みとかを抱えてしまうと、押し潰されそうになってしまって・・・そんな時、ふとあなたに話したいって、思ってしまったんですよ」

 

 砂部が笑みを浮かべて、真壁の顔を見上げる。

 だが、真壁はその笑みに意識を割くことができず、ただその耳に入ってくる言葉の意図を汲もうと必死だ。何故に今その話をするのか、それよりも自分のことをそこまで頼ってくれていたのか。

 

「もちろん、自分の都合だけであなたに話をするなんてことは、無礼だとは思っていますけども・・・」

「・・・無礼なんかじゃないよ。頼られるのは、嬉しいし。砂部さんを放っておくわけにもいかないから」

 

 昨日の試合の後は、恐らく落ち込んでいるだろうと予想はしていたが、砂部の『電話したい』というサインがなければ、その落ち込みの度合いも分からなかった。

自分たちの立場や、戦車道ができるできないの差もあって、迂闊に声を掛けられなかった。しかし、砂部の方からそうした助けを求められれば、必ずそれに応える覚悟はある。それぐらいには砂部が好きだし、それ以前にそういう性格だ。

 

「それは・・・本心でしょうか?」

「もちろんだともさ」

「・・・そうですか」

 

 砂部の瞳が、わずかに揺れた。

 どきりと、真壁の心臓が跳ねる。魅惑的というか煽情的というかで、直視するのが若干憚られてしまう。

 

「・・・あの、真壁さん」

「?」

「マリー様と曙光さんの提案で、こうして話す機会も増えたんですけど・・・ね」

 

 視線を一旦落とし、先ほどと違って妙にもじもじとしながら言葉を紡いでいく。

 決して真壁はナルシストではないが、『まさか』と砂部の行動を()()()()方向に推察してしまう。

 

「真壁さんは、私にお菓子を作ったり、色々言葉を掛けてくれたり、話を聞いてくれたり・・・頼ってほしいって自信満々に言ってくれて」

「・・・うん」

「それって・・・私にとってはどれも新鮮なことだったんです。育ちの環境もあって、親しい男の方も真壁さんが初めてなんですけど・・・」

 

 すると、砂部は顔を上げて真壁の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 この場だけは、視線をそらしてはならないと、真壁の本能が警告していた。

 

「だから、私は真壁さんのことが・・・その・・・」

 

 しかし、言葉の勢いは尻すぼみ、視線もだんだん落ちていく。

 それなりに察しがいい真壁も、きっと自信がなくなってきてしまったんだろうとすぐに分かった。

 だとすれば、真壁のすべきことは一つだし、()()は自分が先に言っておきたい。

 

「俺は砂部さんのこと、好きだよ」

 

 いずれは伝えようと思っていた気持ち。聞いた瞬間、砂部も視線が上がった。

 

「優しく笑うところとか、お菓子が好きっていうのもそうだし、内部分裂してた時は俺たちにも普通に接してくれていた。それだけ優しい砂部さんが、好きだ」

 

 言えるだけの気持ちを伝える。それでもう、悔いはない。

 砂部は、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「・・・真壁さん、ありがとうございます」

「・・・・・・」

「おかげで、私も自分の気持ちに正直になれそうです」

 

 そして砂部は、真壁の空いている右手をそっと両手で静かに握った。

 

「私も、真壁さんのことが好きです」

 

 告げられたその言葉に、真壁は砂部の手を握り返して自分の気持ちを示し伝える。

 それから少しの間は、何も言わずに笑って見つめ合った。

 

「・・・ありがとう、砂部さん」

「私こそ・・・お礼を言いたいですよ」

「これから、よろしくね」

「こちらこそ」

 

 そうして、お互いの気持ちを認め合うと、握っていた手を放す。

 そこで真壁は、視線を横に逸らした。

 

「・・・曙光とマリーさんが何をしたってのは、話したよね」

「ああ、そうでしたね・・・」

 

 関係が進んでいたのは、2人にとってもなじみ深い曙光とマリーの方が先だった。それが微妙に、真壁は悔しい。

 だが、それを抜きにしても、真壁は砂部と恋人同士になれたという確証が欲しかった。

 

「・・・もし、砂部さんが嫌じゃなければ・・・なんだけどさ」

「いいですよ」

 

 だが、まだ訊いている途中だが、砂部は頷いた。何を訊こうとしたのかなど、話の流れでお見通しらしい。明け透けだった自分の思考が恥ずかしくなる。

 しかし、砂部は既に覚悟を決めているのか、ほんの少しだけ顔を上にあげて、目を閉じている。確実に、『待っている』顔だ。

 ここまでされて、躊躇いや遠慮など無粋でしかない。

なので真壁は、静かに自らの顔を近づけていく。

 やがて、お互いの距離がゼロになる直前。

 ガサッ、と草木のゆれる音が近くでした。

 

「「!?」」

 

 思わず、2人揃って体勢を崩してその音の出所を確かめようとする。

 その先には、茂みに隠れて様子を窺っていた、曙光と祖父江がいた。視線を向けられたその2人は、決まりが悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「・・・ケーキを、祖父江さんたちにも用意していて」

「せっかくだから砂部さんも呼んで、と思ったんですけど・・・」

 

 言い分から察するに、曙光たちは最初から2人のことを尾行していたのではないらしい。大方、真壁たちを見つけたが雰囲気がいつもと少し違って様子を窺っていたということだろう。

 

「・・・なんかお邪魔しちゃいけないみたいですし、出直しましょうか祖父江さん」

「そうですね曙光さん。それでは、ごゆっくり~・・・」

 

 そして2人は、本当に申し訳なさそうに、その場をいそいそと離れる。

 全くもう、と真壁は思う。2人に悪意がないのは分かるが、寄りにもよって肝心かなめの場面で水を差されるとは思わなかった。こういう雰囲気はそう何度も来るわけではないのだし、大概にしてほしい。

 

「・・・ゴメンね、砂部さん。何か―――」

 

 いたたまれずに謝ろうとする真壁。

しかし謝罪の言葉は、砂部が先んじて唇で口を塞いできたせいで、最後までは言えなかった。

 

「・・・今、この時を逃したら、いけないと思って」

 

 唇を離した砂部の顔は真っ赤だ。

 その反応は実に可愛らしいが、不意打ちにキスを受けたところで、真壁の心に火が点く。ここまでされて何もしないほど、真壁は消極的ではない。それに、不意打ちではちゃんと気持ちの準備が整っていなかった。

 

「俺の方からしてもいい?」

「・・・はい」

 

 だから今度こそ、もう一度場と気持ちを整えて、砂部と唇を重ねる。

 少しだけ、ほろ苦かった。

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