冬休みが開け、学校生活がまた始まる。
これまでは、長期休業明けに加え、またいつものように剣呑とした雰囲気に戻るんだろうと憂鬱になっていた曙光だったが、今はそんな心配もない。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
登校途中で、曙光は真壁に声を掛けられた。新雪に脚を取られないように、慎重に近づいてくる。
冬休み中は、帰省する生徒のことを考えて学園艦も母港付近に停泊していたが、今年はかなり冷えたせいか学園艦にも浅く雪が積もっていた。普段は雪なんて降らないものだから、見慣れない景色に心躍る。
「冬休み、どうだった?」
「ん、まぁつつがなく終わったよ。真壁は?」
「ああ、こっちもな」
冬休み中、何度かメールや電話でやり取りはしていた。新年を迎えた時もメールで挨拶を交わしたが、こうして顔を合わせるのは新年に入って初めてだ。
しかし曙光は、マリーの両親の下へ挨拶に行ったことは、まだ明かしていない。曙光とマリーが並々ならぬ関係なのは真壁も知るところだろうが、電話やメールで話すような内容でもなかった。
「マリーさんと会ったりは?」
「したよ。一緒に出掛けたりもした」
「へぇ~。順調に付き合ってるんだな」
実際デートをしたのは本当だし、その程度であれば話しても問題ないと判断したので、そこは素直に明かした。
「お前は?砂部さんとどうなんだ」
「あ~、実家に挨拶に行った」
「何?」
雑談のように語るが、それは相当に重要なことではないだろうか。思わず曙光が視線を向けるが、真壁は照れくさそうな表情だ。
「いやさ、俺みたいな平民がお嬢様と付き合うって、そこまで隠せないだろ?だから、早いうちに言っておこうかと思ってな」
しかも、話した理由は曙光たちとほぼ同じだった。やはり身分の差に関しては、真壁も考えていたらしく、やはりその点はどうしても避けられない課題となっていたようだ。
「・・・で、結果は?」
「快く、OKしてくれたよ」
聞いた話では、BC自由学園で彼氏ができたと聞いた時、砂部の両親は大層驚いたという。真壁が受験組ということで、向こうの家族からは最初疑われたが、真壁本来の気さくな性格が幸いし、打ち解けるのに時間はかからなかったそうだ。
また、砂部が受験組に対して偏見を抱いていなかったのと同じように、砂部の家族も受験組だからという理由で厳しい態度を取ることはなかったらしい。結果、真壁と砂部両人の気持ちを聞き、それを慮った結果交際は認められたのだ。
「いやぁ、助かった。門前払いされたらどうしようかと」
「お前はスムーズに話ができたんだな。ともかく、良かったよ」
曲がり角を曲がり、校舎が見えてくる。
そこで、真壁が曙光を見る。
「『お前は』って・・・」
「まぁ、こっちもマリーの家族と・・・な」
曙光の言葉から、真壁はわずかな情報を嗅ぎ取った。つくづくこの男は、そういうところに気づきやすいと思う。ただ、曙光の様子から、それがどれほど厳しかったものかも感じ取ったようで、あまり多くを追究しようとはしてこない。
「・・・でも、そんなに落ち込んでない辺り、悪い結果にはならなかったんだろ?」
「ああ、一応は認められた」
「なら、よかったじゃねえか」
「本当にな」
冬休み明けから友のいい話を聞けたと、お互いいい気分になりながら校門を抜けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
せっかく受験組もエスカレーター組も和解できたが、長い休みを経て再び関係が悪化してしまった、何てことにはならなかった。
「食器は、音を立てずに使うものですよ?」
「あっ、ごめんなさい・・・使うのに慣れてなくて」
昼食の時間、エスカレーター組が大半を占める学食には、受験組の女子たちもちらほらと見える。未だに学食のメニューは変わっていないが、それでも受験組は文句を言わずに食べている。
ただ、やはり箸で食べる料理に慣れ親しむ受験組の女子は、ナイフとフォークの使い方がおぼつかない。そこで、近くに座るエスカレーター組の女子が
「それで、親戚のおばちゃんに電話したら、野菜送ってくれるって」
「あら、とても優しい方なんですねぇ」
それだけでなく、エスカレーター組の女子と軽い雑談をする生徒も一部いる。お互いに身分が違うからこそ、認め合えば話をすることにも抵抗はなく、また聞く話も知らないことばかりだから、興味が尽きない。
今までは、受験組がここに足を踏み入れることなどほぼ全くなかったのだから、今の光景は十二分に珍しいと言える。
その様子を眺めながら、エスカルゴ定食を淑やかに食べるマリーは、ぽつりとつぶやく。
「変わったわねぇ、ここも」
「そうですね。これまで外部生は、曙光ぐらいしかいませんでしたから」
隣に座る押田もまた同意する。内部分裂をしていた頃は、受験組が出入りすることに難色を示していただろうが、今は不快に思っている様子もない。彼女自身、受験組の安藤たちと昼食にしているし、もう受験組のことを排除しようとは思っていない。初対面でいろいろ言われた曙光から見ても、大分丸くなったと思う。
今日は冬休み明けで、授業も午前中だけだったが、どうせだからと学食で昼食を摂る生徒も多い。曙光も、マリーや真壁、砂部と祖父江に加えて、安藤と押田も同席している。大所帯で食べているので、周りから注目を集めることもあるが、悪いことはしていないので気にしない。
「そういや、押田たちは正月はどう過ごしたんだ?」
「あぁ、正月は親族が揃って食事会を開くんだ」
「へぇ、その辺は俺たちと同じなんだな。ウチの実家は親戚揃っておせちをつついたもんだけど」
「そこは食べる料理の違いだろうな」
真壁の質問には押田が答える。具体的にどんな料理かは、庶民の自分たちには見当もつかないものだろうと思い、聞かないでおく。曙光も、マリーの実家へ挨拶に行った際に出された食事は、食べたことはないが美味しかったことを覚えている。きっとあれ以上に豪華なものだろうと、適当に推測を立てておいた。
「どこもそんな感じ、というわけではないですよ?ほら、真壁さんがウチに来た時はそこまで豪勢でもなかったでしょう?」
「いや、あれでも俺は十分だと思ったけど・・・」
そこでフォローするように、真壁の正面の砂部が話す。
しかし、安藤や押田、祖父江が聞き捨てならないことを聞いたように、視線をそちらへ向ける。
「あら、真壁さんは砂部さんの実家へ?」
「あ・・・。いや、それは・・・」
試すように祖父江が訊くが、真壁はどもり、砂部は頬が紅くなる。なるほど、どうやら真壁が挨拶に行ったのは年の瀬か、と曙光は理解した。
祖父江は、元々2人がそういう雰囲気なのは曙光と共に知っていたので、大して驚きはせずに2人がまごつく様子を楽しみながら昼食を続ける。一方、安藤はにやにや笑っているし、押田はふんと鼻息を吐く。
「あら、2人ともお付き合いしてたの?」
「・・・はい」
ただ、マリーだけは、真壁と砂部が付き合ってるのは知らなかったし、それを敢えて聞かないなんて遠慮もない。結果、改めて関係性を明らかにされた砂部は、恥ずかしく思いつつもどうにか笑みを取り繕い、か細く答える。真壁も道連れに、真っ赤になっていた。
つるし上げられて可哀想に、と思いつつ曙光はポトフ定食を口にするが。
「別に隠すことはないんじゃないかしら?私だって曙光と付き合ってるんだし」
飛び火した。
今度は視線が曙光へと集中する。特に、マリーを慕う押田の視線はやはり険しいものだ。以前のエスカレーター組が受験組に向けるような差別的なものではなく、単純に『何でお前みたいなやつが』と嫉妬に近いものに見える。他の人は好奇心の意味合いが強い。
「何だ、マリーさんと付き合ってたのか」
「・・・ああ」
「ってことは、やっぱり曙光も冬休みはマリーさんの家に?」
「行ってきた。親御さんと話もしてきたよ」
安藤が訊ねてくるが、明らかに全部分かったうえで聞いてきているのが、含み笑いで丸わかりだ。
一方で、押田はマリーに目を向けた。
「マリー様、曙光に何をされたんですか?」
「なぁ、その聞き方はどうなんだ」
何かをしたこと前提で物を訊く押田に、曙光は冷静にツッコむ。
ただ、マリーは動じなかった。
「別に、変なことはされていないわ」
その答えに、押田は安心したように息を吐く。
しかしマリーは、曙光の方を見て。
「ただ、愛の告白を誓ってもらっただけよ」
「曙光ォ!!」
笑って告げた直後、曙光は額を押さえる。言い方はともかく、大体そんな感じのことをしたので否定できない。案の定、押田は憤慨して曙光に噛み付こうとしたが、安藤がそれを宥めた。砂部たちは、何とも微笑ましいものを見る目で曙光を見ている。
そんな中で、曙光はマリーを見るが、素知らぬ顔で食後のデザートのショートケーキを楽しんでいる。曙光と視線が合うと、マリーは片眼をつむって見せた。まるで、『なにも間違ったことは言ってないでしょう?』とでも言うかのように。
実際、その通りだったので、曙光は何も言えなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
授業は午前中だけだったが、戦車道の練習は行うらしく、放課後には演習場に戦車が出てきた。マリー曰く、押田と安藤が戦車道チームも立て直すと躍起になっているらしい。
その訓練を見に、曙光は見学用の建屋で訓練を観察していた。
以前は陣営別のチームに分かれ、戦力も平等とは言えなかったが、今は両陣営の車輌が合同でそれぞれチームを組み、戦力の差もほぼなくなっている。
また、タイプの違う車輌がチームを組んだことで、素人目だが戦い方も今までと違うように見えた。以前はエスカレーター組のARLが悠然と構え、受験組のソミュアは細かく動いて接近戦を図っていた。しかし今は、ARLも積極的に動いて交え、ソミュアはそのARLを守りつつ攪乱のために動き回っている。あれが、以前マリーが言っていた、理想的なBCチームの戦い方だろう。
(やればできるもんなんだなぁ)
模擬戦を双眼鏡で見ながら、曙光は感心する。以前観た時はひどいものだと思ったチームが、意識を変えるだけでここまで戦い方も変わるのだ。陣営同士の諍いを止めることを望んでいて、戦車隊の現状もどうにかしたいと思っていたマリーも、さぞ嬉しいことだろう。
そのマリーは、やはりルノーFTに乗って後方からの指揮に徹している。それは伝統のようなものと言っていたので、仕方なかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦車道の訓練の後、マリーがサロンに出向くのはすっかり習慣となっていた。
そして、曙光がケーキを持ってきて、コーヒーを淹れてくれるのもまたいつもの流れになっている。
「戦車道チームも変わったな」
「観ていて分かったかしら?」
「ああ。ド素人の俺でも分かったんだから、相当だぞ」
コーヒーとモンブランを差し出してきた曙光は、今日の戦車道の訓練を観て嬉しそうだ。マリーもまた、今日の訓練は一味違うと分かっていたので、それが誰かにも伝わったのなら喜ばしい。
フォークでモンブランを切り取り、口へと運ぶ。甘い香りと味が口の中に広がって、とても幸せな気持ちだ。
「美味しいわ」
「ありがとう」
素直に感想を伝えると、曙光は謙遜もせず笑う。
すると曙光は、マリーの正面に座り話しかけてきた。
「1つ気になったんだけど、マリーは戦車道をどこまで続けるつもりなんだ?」
問われて、マリーは一旦フォークを置いてコーヒーで口を潤す。けれどその答えは、前からずっと決まっていた。
「とりあえず、私の気が逸れるまでかしら」
「・・・何というか、マリーらしいな」
気まぐれな答えでも、曙光は苦笑して頷いた。しかし、曙光はまだ気になるところがあったのか、マリーから視線を離さないでいる。
「でも、よくこのBCでは辞めようとしなかったな」
「素質を認められて隊長になれたのは、悪い気はしなかったの。それに、特権でケーキも食べられるからいいかなって」
「本当ブレないな」
戦車道の試合に食べ物を持ち込むこと自体は禁止されていない。試合が長引びき空腹になり、士気が下がるのを避けるためだ。マリーはそこで、隊長の特権でケーキを作ってもらえるようにしただけだ。
試合中に自分がケーキを食べられるのは、頭を使う隊長としても、ケーキが大好きなマリー個人としても非常に有益だったので、今まで隊長の座は降りなかった。
「けど、それもBCにいる間だけだろ?」
「そうよ。だから卒業したら、あなたにケーキを作ってほしいの」
言うと、曙光は肩を竦めた。
曙光と知り合ってから今日に至るまで、曙光の作るケーキはマリーにとってはいつも特別なものだった。こうして戦車道の後サロンで食べたり、大事な晴れ舞台となった大洗女子学園との試合に持ち込んだりと、いずれも普段とは違うシチュエーションだ。
けれどこれからは、今まで特別な意味を含んでいたケーキをいつも食べていたい。
ようやくBC自由学園はまとまりを見せ、戦車道チームも改善しつつある。先の大洗女子学園との試合で、久方ぶりに楽しい試合を体験できたのも、マリーのモチベーションが上がった要因の一つだ。
「・・・分かった。ケーキを作るのは嫌じゃないし、それでマリーが頑張れるんなら」
そして曙光は、頷いた。
「ありがとう、曙光。あなたのそういうところ、私好きよ」
自然と口にする、曙光への気持ち。
ケーキはマリーにとって大事だが、それと同等かそれ以上に曙光のことも大事に思っている。
最初に会って話をした日、分裂しているBC自由学園の現状を憂い、マリーと同じ望みを持っていると知り、今まで協力していた。その中で、曙光は約束を破ったことは一度もない。そして、その曙光のマリーに対する小さな思いやりや正直な気持ちが、マリーの心を大きく揺るがした。
「・・・よかった。てっきりマリーが好きになったのは、ケーキの腕だけかと思ったから」
「あら、失礼ねぇ」
「冗談だ。それに、ケーキが好きなマリーが俺は好きだし、気にするなよ」
曙光が笑うと、マリーもつられて微笑む。
自分で相手のことを好きというのはそこまで恥ずかしくないが、逆に相手から言われると気恥ずかしくなってしまう。同じ言葉を告げただけなのに、この感情はどうも一筋縄ではいかないようだ。
けれど、曙光に対して抱くこの気持ちは、実感するととても心地よい。
そして愛しいというこの感情は、この先尽きることはないのだろうと、不思議と自信をもって言うことができた。
□ □ □ □ □
ケーキを作るうえで、味はもちろん大切だが、見た目も重要だと思う。雑然とした見た目では、食べる気が起きないし、食べなくても『不味い』と印象付けてしまうから。一職人としても、情けない。
だから、調味料や材料を混ぜ合わせたり、焼き上がるのを待つよりも、盛り付けにはかなり神経を尖らせて取り組んでいる。
「・・・じーっ」
しかし、俺がそんな風に集中していることにも気付かずに、愛娘はモンブランが出来上がる様子をじっと眺めている。マロンクリームを何重にも重ねていく様が面白いのだろう。
だが、隣に誰がいようとも集中は途絶えさせず、やがてクリームの絞り器を完成したモンブランから離し、仕上げに天辺に栗の実を載せる。これが、彼女が一番好きな味付だ。
「よし、完成だ」
「わーい!」
完成した途端、娘は手を挙げて喜ぶ。思い返せば、ケーキを作っている間はずっと傍で様子を眺めていた気がした。
「私が持っていくね」
「あぁ、お願い」
率先して娘はモンブランの皿をリビングへ持って行く。それを見送りながら、今度はコーヒーを淹れる準備をする。ケーキほどではないにせよ、コーヒーに対するこだわりもあるので、こちらも丁寧に淹れねばならない。
「お母さんが、コーヒーも欲しいって」
「あぁ、言うと思ったよ」
娘の伝言に苦笑したところで、コーヒーは出来上がった。自分の分、そして娘用のココアと一緒にリビングに持って行く。
「できたのね。待ってたわ♪」
リビングのソファに座っていたのは、マリーだ。出会ったBC自由学園にいた時から変わらずケーキが好きで、こうして食べる時間を楽しみにしている。背丈も大きくなって、大人になったと実感するけど、そこだけは変わらない。
ただ、そんなケーキ好きな面が俺は好きだし、そんな彼女と結ばれたのだから、十二分に幸せだ。
「なんだ、まだ食べてなかったんだ?」
「一緒に食べたかったからよ」
ローテーブルの上に置かれたモンブランには、まだ口をつけていない。昔はコーヒーを出す前にケーキを食べていたが、家族ができてからは3人で一緒に食べるようになった。それは俺としても、嬉しいことだ。
慎重に、完成したモンブラン2つと2杯のコーヒー、そして1杯のココアをローテーブルに置いて、ソファに着く。
「それじゃ、いただきましょう」
マリーが告げると、3人で頷きフォークを手に取る。
マリーも俺も、モンブランを食べるのにはかなり慣れたので、フォークで食べたいところを綺麗に切り取ることは簡単だ。
けれど、まだ娘は慣れていないので、切り取るのにモンブランを少し潰してしまっている。『むー』と難しそうな表情だが、こればかりは慣れだ。ただし、どうにか切り取って一口食べると『美味しい!』と無邪気に笑ってくれる。それだけで、俺の心はとても温かくなる。
「ん~、美味しい♪」
「それは良かった」
そしてマリーも、美味しいと言ってくれる。評価の仕方は具体的ではなく、端的だ。マリーからすれば、食べるのに集中したいから感想が若干疎かになってしまうのだろうし、それは俺も分かっている。
ちなみに、こうしてケーキを作るのは俺だが、朝食や夕食は基本分担して作っている。最初にマリーが作ると言った時はかなり恐ろしかったが、意外にも腕は良かった。恐らく、両家の娘として叩き込まれていたのかもしれない。
「そう言えば、この前の品評会の結果、来たの?」
「ああ、来たよ。それなりに高い評価はもらえた」
マリーの言う品評会は、それぞれの地域から推薦を受けたパティシエが参加して、それぞれテーマに合った菓子を作り評価をしてもらうものだ。俺の作ったケーキはそこそこの評価を貰えたが、それ以上の評価を受けた人も多くいるので手放しには喜べない。
ただ、勤め先の専門店の人たちから推薦を受けて、その期待に応えようとアイデアを考えてから作り上げるまでは、苦しくもあり楽しくもあった。あーでもないこーでもないと知恵を絞り、味も見た目も満足してもらえるように試行錯誤するのは、自分の成長にも繋がる。
「お店の人から、お祝いとかは貰ったの?」
「おめでとうって、言われたよ。それと、
「あら、それはいいわね」
砂部・・・旧姓真壁は、自分の夢だった小さな和菓子店を営んでいる。経営するための知識と技能、経験を全て身に付けたとはいえ、随分と思い切った決断をしたものだと思う。
俺としても、最終的には自分の店を持ちたい。しかし、マリーはもちろん、お義父さんたちにも心配を掛けたくない。だから今は、独立を視野に入れつつ地道に経験を重ねていく。だから、今回の品評会で評価を貰えたのは嬉しいし、店長からも独り立ちも間近だとお墨付きを貰えているので、そこまで悲観していなかった。
「砂部たちも、仲良くやってるみたいね」
「ああ、そうみたいだな」
長い付き合いの友が今も元気に暮らしているのを聞くと、嬉しくなる。それはマリーも同じらしい。
すると、蚊帳の外だった娘が俺の方を見る。
「いさべさん・・・って?」
「あぁ、俺と母さんの古い知り合い。特に、お母さんとは戦車道の試合で会うことが多いんだよ」
口元についていたマロンクリームを拭いてあげながら答える。そこで、思い出した。
「戦車道と言えばだけど、もうすぐイギリス代表との試合が近いんだっけ?」
「ええ。けど、心配いらないと思うわ」
コーヒーを一口飲むマリーは、大きな試合を前に緊張した様子はない。
けれど、今までを思い出してみると、マリーは試合を前にして緊張したり浮足立ったりすることが、全くと言っていいほどなかった。それはちょっとやそっとのことに動じない胆力によるもので、そう言う性格が戦車道に向いているのだろう。
「試合なら、またケーキを作らないとな」
「そうね、お願い。でも、あなたのプライベートもあるし、無理はしないでいいからね」
プロ戦車道選手となっても、試合にケーキを持ち込むスタンスは変わっていない。
そして、そのケーキを作っているのはいつも俺だ。
だが、以前と比べて変わったのは、こうしてマリーが俺のことをちゃんと気遣うようになったという点。学生の時は堂々とねだってきたが、結婚してお互いのことをより強く考えるようになってから、変わったのだと思う。
そしてその心配も、杞憂だ。
「ありがとう。けど、言っただろ?ケーキを作るのは苦じゃないって。それに、マリーがケーキを食べて頑張れるなら、俺は喜んで作るよ」
「・・・それなら、よろしくお願いするわ」
BC自由学園にいた頃から今日まで、ケーキを作ることを苦行と思ったことはない。それに、俺がケーキを作らなかったら、誰もマリーのためにケーキを作らなくなる。そうなれば、当然マリーはがっかりするだろうから、作らない手はなかった。
「試合、一緒に観に行こうか。お弁当持って」
「うん!戦車道、楽しみだなぁ~」
「それなら、応援よろしくね」
ケーキを届けるのだから、試合だって当然観たい。娘もまだ戦車道のことはあまり知らないけど、どんなものかと興味は持ち始めている。観戦には笑って頷いてくれたので、観に行くのは最早決定事項。マリーもそれが嬉しいのか、にこっと笑ってくれた。
「戦車道が気になるなら・・・将来は母さんみたいになりたい?」
愛娘に訊いてみる。そろそろ将来のことを考え始める―――真剣なものではなくて大まかにだが―――頃だし、戦車道の試合が楽しみと言っていたので、少し気になった。
「んー・・・でも・・・」
しかし、どうもそうではないようで、俺とマリーを交互に見る
そして何かを閃いたかのように、ぱっと表情が明るくなった。
「お母さんみたいな戦車乗りになって、お父さんみたいにケーキを作れるようになりたいな」
その答えに、俺とマリーは顔を見合わせると、同時に吹き出す。
きっとそうなるんだろうな、と半ば希望を持ちながら。
これにてマリーの物語は完結でございます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
今回の舞台のBC自由学園ですが、生徒同士で内部分裂が起きており、またヒロインとしたマリーの立場も踏まえ、この抗争をどうするかが作品の鍵としておりました。
また、マリーがケーキ好きであることもあり、それをどのようにして作品に組み込むかに重きを置き、今回の物語を書き上げました。
マリーを描くのは簡単なようで難しく、この作品も苦心の末に完成しましたが、いかがでしたでしょうか。もし、お楽しみいただけたようであれば幸いでございます。
重ねて申し上げますが、ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。