約束のケーキ   作:プロッター

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第2話:挨拶のケーキ

 曙光良己は、争いごとを好まない性質だ。

 それは幼少期の時のことが原因だが、それ以来曙光はできる限り人との衝突を避けようと努めてきた。

 そんな彼が、諍いごとの絶えないBC自由学園に入学したのには、もちろんそれなりの理由がある。外部生とエスカレーター組の抗争を目の当たりにするのも、全て覚悟の上だ。

 だが、いくら自分の意思でここに来たとはいえ、やはりいざこざを近くで見続けていると、心が疲れてしまう。待遇の落差については、確かに曙光も思うところはあるが、かと言って改善を訴える抗議活動に積極的に参加したことはない。その活動は、遠目に見てもエスカレーター組と取っ組み合い寸前になるほどには物騒だから、そんな場所に進んで行きたくはなかった。

 けれど同時に、このままの状態がずっと続くのも良くないとも思う。同じ学園にも関わらず露骨な差別、それをどうにかしようとする抗議、どちらを取っても周囲を疲弊させ、同時に荒ませてしまうのだから。

 最適な解決策は、一方が妥協し、他方の意見が押し通ることではない。お互いに相手の良さを認め、手を取り合うことだ。

 しかし、心の中で何度そう考えていても、曙光にはこの長年にわたる諍いを治められるほどの力はない。それを理解しているから、実際に行動したこともない。

 自分だけでは何もできないからこそ、この対立を遠巻きに見ているしかなかった。

 

 

―――――――――

 

 

 そんな曙光にも、避けられず、譲れない戦いがあった。

 

「・・・じゃ、決めるか」

「ああ」

 

 昼休み。昼食を終えた曙光は、真壁と共に廊下に出て、別のクラスの男子数名と合流する。

 そして、真壁が神妙な顔で切り出すと、曙光含め全員が拳を前に突き出し、数秒ほどの沈黙を挟んでから。

 

『最初はグー!じゃんけんホイ!』

 

 勝負は一瞬で決まった。

 曙光だけがチョキ、他は全員グーだ。

 

「あー・・・畜生」

 

 忌々しげな曙光に、他の連中は安堵した様子だ。そんな中で、真壁が同情するように肩をポンポンと叩く。

 

「それじゃ、『挨拶』よろしくな」

「はいはい・・・」

 

 曙光は肩を落として、エスカレーター組の校舎へと向かう。

 いかに校舎も価値観も違っても、昼休みの時間であることに変わりはなく、廊下を行き来する生徒も多い。その中で感じる視線には、やはり敵意や悪意が見え隠れし、相変わらず胃に優しくなかった。

 そんな視線に晒されながら、曙光は調理実習室へと辿り着く。棚から包装用の箱を用意し、教室の冷蔵庫からケーキを数種類ほど取り出して、丁寧に箱の中へと詰めていく。

 

(早いところ済ませよう・・・)

 

 胃が痛むのを感じながら、曙光はケーキの詰まった箱を携え実習室を後にする。

 用意したこのケーキは、真壁の言う通り『挨拶』のために用意したものだ。

 外部生はエスカレーター組から快く思われていない。元々外部生は『粗忽』『野蛮』などと印象付けられているし、そんな中に混じる男子など、箱入りのお嬢様からすれば嫌悪の対象でしかないだろう。

 そこでこのケーキこそ、そんなお嬢様方の機嫌が少しでも良くなるように用意したものだ。意味合いとしては、『挨拶』というより『ご機嫌取り』の方が正しい。

 しかし、流石にエスカレーター組の女子全員にケーキを用意するほどの余裕はない。なので渡すのは、エスカレーター組の代表である1人の女子。その人物こそ、先日曙光が拾ったハンカチの持ち主であるマリーだ。

 

(さて、どこにいるか・・・)

 

 校舎を歩きながら、マリーの姿を探す。

 マリーという人物が大のスイーツ好きなのは、外部生の間でも知られた話だ。エスカレーター組との闘争に参加しない曙光や真壁でさえ知っているのだから、その信憑性は言うまでもない。

 とにかく、それを知った曙光を含め平穏に過ごしたい人間は、代表のマリーにケーキを渡して機嫌を取りつつ、あわよくば待遇の改善も検討してもらえれば、と考えた。

 しかし、今年の初めからケーキを月に1回程度渡しているが、一向に改善の兆しは見えない。もしやこの取り組みは無駄なのでは、と思わなくもなかったが、一度止めたら何をされるか分からないので、挨拶のケーキを渡すのは続けている。

 だが、マリーにケーキを私に行くまでの間に、エスカレーター組のお嬢様から棘のような視線を向けられるのは心苦しい。なので、このケーキを渡しに行くのは1人だけで1回ずつ、後腐れの無いじゃんけんで決めてきた。今日初めて曙光はじゃんけんで負けたので、挨拶に行くのも初めてだが、前回行った男子がやつれた様子だったので、内心では恐ろしかった。

 

「・・・何でこういう時に見つからないかね」

 

 口の中でボソッと呟く。

 マリーが見当たらない。彼女の見た目は、華やかなビジュアルの多いエスカレーター組の中でも目立つ方だが、今日はなかなか目に入らなかった。あまり長時間うろついていると、比例して周囲の視線を鋭くなるので、早いところ用事を済ませて帰りたい。

 ただ、マリーを探し回る上で避けたいのは、押田だ。エスカレーター組のナンバー2の彼女だが、外部生に対する態度の厳しさはトップクラス。エスカレーター組との抗議活動に参加する生徒たちからも、要注意人物とみなされている。先日のハンカチの件もあり、曙光は押田に対し苦手意識を持っていた。

 それでも曙光は、マリーを探し続ける。まだ昼休みなので、もしかしたら学食にいるのかもしれない。だが、学食なんてエスカレーター組の女子が大勢集うので、そんな場所へ行くのは御免被りたい。もしや、前回の挨拶に行った男子が疲れた様子だったのは、学食に行ったからだろうか。

 そこで、学食に行くのは気が進まない曙光は、連れ立って歩く2人の女子を見つけた。それはマリーでも押田でもなかったが、その2人を見て曙光は『ラッキー』と心の中でガッツポーズを取る。

 

砂部(いさべ)さん、祖父江(そふえ)さん。こんにちは」

「あら、どうも」

「ごきげんよう」

 

 声を掛けると、2人の女子は振り向いて、気に障る様子もなく笑みを返してくれた。

 緩やかなウェーブがかかった明るい茶髪の女子が砂部、ロールのおさげと背中でまとめた淡い金髪の女子が祖父江だ。この2人はエスカレーター組では珍しく、外部生に対して偏見を抱かず普通に接してくれる。移動教室の際に何度か挨拶をしているうちにそれに気付き、こちら側の校舎に来て会った際は一言二言交わす程度には知り合いになっていた。

 そんな2人を見つけたことをラッキーと思ったのは、そうした理由だけではない。

 

「すみません、マリーさんがどこにいるか分かります?」

 

 砂部と祖父江は、マリーの友人であり、同時に付き人として一緒に行動することが多いという。なので、先日マリーと一緒に押田が行動している場面に曙光が出くわしたのは、運とタイミングが悪かったということだ。

 この2人なら、マリーの居場所を知っているだろうと曙光は思った。けれど2人は、揃って表情を曇らせる。

 

「それが、私たちも知らないんです・・・」

「そうなんですか?」

「はい・・・。実はマリー様、『1人になりたい』と仰ることがたまにあるんです。どこにいるかも教えてくださらなくて・・・」

 

 砂部と祖父江の言葉に、曙光も『ほう』と少し疑問を抱く。

 曙光はマリーと話をしたことがなく、どんな人物なのかも具体的には知らない。『ケーキ好き』や、抗議活動に参加するクラスメイトから『高飛車でわがまま』などと噂に聞く程度だ。

 そんなマリーが『1人になりたい』とは、何かの理由があるのか、それともわがままの一環か。

 

「マリー様も『そういう気分なの』としか・・・あまり深入りするのも気が引けまして」

 

 心配そうな砂部。祖父江も同じく、その表情はさほど明るくない。その様子を見ると、マリーに対してあまり良い印象を抱いていない自分を申し訳なく思ってしまう。

 

「曙光さんは、マリー様へ差し入れでしょうか?よろしければ、私たちからマリー様へ渡しておきますよ」

 

 不安な話を変えるように、祖父江が曙光の手にある袋を見て提案する。それは曙光からすれば願ってもないことだ。一刻も早く用事を済ませて、冷たい視線に晒されるここからおさらばしたかったから。

 しかしながら、曙光の中にある良心が、ブレーキを掛ける。

 

「・・・いえ、せっかくですけど、これは自分で渡そうと思います」

「あら、そうですか?」

「はい。ですが、もし昼休みが終わるまでに見つからなかったら、伝言と一緒に渡してもいいですか?」

「ええ、それでしたら」

 

 例え目的がご機嫌取りでも、こうした贈り物は本人に渡すべきだと思っている。その相手が、自分たちにとって目の上のたん瘤のような人であってもだ。でなければ悪い印象を抱かれかねないし、今までケーキを渡してきた男子が直接マリーに渡していたとすれば、卑怯な気もする。

 そんな背景もあって、砂部と祖父江はもしもの時に頼ることにし、一旦別れた。

 だが、その後は本格的にマリーを探さなければならず、またしばらくは周囲から疑念と忌避の目を向けられることになる。

 

(本当、どこにいるんだ・・・?)

 

 自分で渡すと言ったが、どこにいるのかは皆目見当がつかない。お嬢様のマリーは、一般市民の自分とは違う時間の過ごし方をしているのだろうとは思うが、それだけだ。

 あてもなくウロウロとしているだけだと、視線を集めるだけでしかないので、一先ず屋上にでも行くことにした。曙光のクラスメイト曰く、エスカレーター組の校舎も屋上は外部生の校舎同様開放されているらしい。ああした場所をお嬢様は好まないだろう、と曙光と真壁は当初笑っていた。

 その屋上へ、曙光は多くの視線を浴びながら向かう。階段を最上階まで上がると、金メッキの意匠が施された白塗りの扉が現れる。これが屋上の扉だろうが、こんなところにまで金を掛けるとは、と内心呆れた。

 その悪趣味な扉を開けると、太陽の光と、学園艦特有の潮の香りが混ざる風に、曙光の身体が晒される。

 

 そこに、マリーはいた。

 

 まさか、と思わずにはいられない。お嬢様に合わないと思っていた場所にいたのだから。

 しかし、屋上の柵にもたれ掛かるマリーは、ぼーっと遠くを眺めているらしく、曙光に気付いた様子もない。

 その背中からは、寂しさを感じた。

 

「・・・・・・」

 

 温室育ちの世間知らず、鼻につくほど高飛車で、いつも外部生を見下している。砂部や祖父江と言った例外もいるが、それが外部生のエスカレーター組に対する印象だ。マリーのハンカチを拾った際に、小馬鹿にするように扇子をヒラヒラ仰いだ時は曙光もイラっとしたし、先のイメージそのままだとも思った。

 だが、今のマリーからは、そんな印象を少しも感じ取れない。他のエスカレーター組はもちろん、外部生の誰とも違う雰囲気が、今のマリーからは漂っている。

 その姿に、曙光は思考がわずかに止まってしまった。

 パタン、と曙光の後ろで扉が閉まる。その音はマリーにも聞こえただろうに、振り向きもしない。緩やかな潮風に、縦ロールの髪が靡くのも気にしていないように見える。

 探していた目当ての人が見つかったのだが、さっさと声を掛けて用事を済まそう、とは思えなくなった。それでも、マリーに用事があるのは確かなので、慎重に声を掛けることにした。

 

「・・・こんにちは」

 

 静かに近づきながら、声を掛ける。

 するとマリーは、声を掛けられたと認識したのか、ゆっくりと曙光の方を振り向いた。視線が合う直前、曙光にはマリーの表情が気だるげに見えたが、次の瞬間にはふわりとした表情を浮かべていた。

 

「あなたは・・・ハンカチの時の」

 

 ハンカチを拾ったのはつい1週間ほど前だったが、曙光のことは覚えていたらしい。

 

「あの時はありがとう」

 

 お礼を言われた。

 ただでさえエスカレーター組の外部生に対する態度は厳しくて、両者の溝は深い。人としてごく自然な、感謝されることさえ夢のまた夢だと思っていたので、とても意外だ。件のハンカチの時も馬鹿にされたと思っていたから、猶更。

 

「・・・お礼を言われるのが、そんなに意外?」

「あ、いえ・・・」

 

 驚いているのを見透かされたのか、怪訝な目をマリーに向けられる。曙光は思わず視線をそらしてしまうが、マリーは持っていた扇子を口元に添えて、小さく息を吐いた。

 

「私がお嬢様だからって、外部生にお礼を言わないとでも思ったのかしら?」

「・・・すみません」

「まぁ、謝らなくていいわ。そう思われても仕方ないし」

 

 多少の皮肉が混じっていても、不思議と今は嫌悪感を抱かない。むしろ、第一印象とは違うマリーへの驚きが勝っている。

 曙光が驚いているのもさして気にせず、マリーはまだ柵にもたれ掛かる。あまり上品とは言えない仕草に引っ掛かりを覚えつつも、曙光はマリーの横に立つ。

 マリーは、景色ではなく、眼下の校門で繰り広げられている抗議活動を眺めていた。

 当事者は、やはり外部生とエスカレーター組。外部生が抗議の声を上げ、エスカレーター組はそれを冷ややかな目で見つつ自分たちの主張を返す。

 内容は、専ら学食のメニューの改善だ。

 BC自由学園は、食事とナンパのメッカとされるアンツィオ高校に劣るものの、食事にはこだわる校風だ。しかしながら学食のメニューときたら、エスカルゴ定食だのフォアグラ定食だのと、貴族階級の趣味嗜好を反映したものしかない。外部生は、たかが学食にそこまでの高級料理は求めていないし、高い値段の割に量も少ないため、即刻の改善を求めている。もちろんエスカレーター組はその要求を飲まず、今日に至るまで両陣営の小競り合いは続いていた。もっと言えば、現在の外部生とエスカレーター組の軋轢の主な原因はそれだ。

 

「エスカレーター組だとか、外部生だとか・・・そういうのはもう考えないようにしてるの」

 

 そんなお互いの言い争いを見下ろしながら、マリーはつまらなそうに呟く。

 

「なんかもう、疲れちゃったのよ」

 

 ため息交じりに洩らしたマリーの言葉に、曙光の関心が刺激される。その言い草は、何か深いわけがあるようにも聞こえる。

 

「・・・エスカレーター組の代表となれば、そう感じることもあるんですか」

「代表って言うのもねぇ、なろうと思ってなったわけじゃないし」

「そうなんですか?」

 

 曙光が興味を示したことが、マリーにとっては新鮮だったのか、エメラルドグリーンの瞳を向ける。

 

「話、聞きたい?」

「まあ、興味はあります」

「いいわ。それなら話してあげる」

 

 言ってマリーが浮かべた笑みは、ここで最初に見た背中のように寂しそうに見えた。

 

「私のお母様は、BCの出身だったの。だから私も、ここに入学したわけ」

 

 内部抗争などで悪目立ちしているが、BC自由学園は地元でも指折りの名門校だ。裕福な家庭の令嬢は、中等部から入学することが多いらしい。

 資産家の一人娘であるマリーも、例に漏れず中等部から入学したと言う。その前にマリーは、BC自由学園がどんな学校かを母に聞いたところ、『面白い学校よ』と答えてくれた。その表情が微妙に苦笑だったのにも関わらず、マリーは額面通りにその言葉を受け取って、表情を輝かせたそうだ。

 

「でもねぇ、高等部に進学して・・・お母さまの言葉は皮肉なんだって分かったわ」

「・・・内部抗争のことで?」

「それ以外何があるっていうのよ?」

 

 その諍いを目の当たりにして、マリーは真っ先に転校を考えたそうだ。しかし両親からは、見聞を広めるため、『争い』を知るために残りなさいと言われてしまった。マリーは小学校も私立で、いわば箱入り娘。喧嘩や闘争などは知識でしか知らない。それを自分の目で見るよう言われたのだ。

 

「最初はびっくりしたわ。皆いつも睨み合ってるし、ちょっとつついたらすぐ掴み合いになるんだもの」

「そうですね・・・俺も最初は驚きました」

「でしょ?だから、皆仲よくすればいいのに、って思ったわ」

 

 曙光も入学前に、この学校がどんな状況なのかは聞いていた。それでも、実際に見てみたら想像以上で驚いた。人並みに喧嘩などを見てきた曙光でさえそうなのだから、箱入り娘のマリーが驚くのも無理はないだろう。

 

「お母様がやってたって言う戦車道も始めてみたんだけど、そこも同じ感じで」

 

 BC自由学園の特色の一つである戦車道。乙女の嗜みである武芸のそれを曙光は詳しく知らないが、マリーの母も在学中は履修していたとのことだ。それに倣ってマリーも戦車道を始めたが、エスカレーター組と外部生の合同で実施される戦車道も、やはり同じく剣呑な雰囲気だそうだ。

 

「模擬戦でさえ、実弾を使って戦うのよ?普通は練習弾なのに」

「そこまで?」

「そこまで、よ。まるで毎日が革命と鎮圧を繰り返してるみたい」

 

 詳しく知らないからこそ、曙光は戦車道で何をしているのかも分からない。それでも現状を考えれば、マリーの言うような緊張状態にあるのも仕方ないだろう。

 さて、その戦車道だが、そこでマリーの才能は()()()()()開花したという。

 戦況を幅広く見る目や、終始乱れない冷静さ、発想の柔軟さは戦車道にもってこい。その能力に加え、実際に戦車道でも成果を挙げたことで、マリーは戦車道の隊長に選ばれたとのことだ。

 

「それで隊長になって、思ったの。私が隊長になれたなら、皆を仲良くさせられるんじゃないかって」

 

 BC自由学園の特色で、乙女の嗜みである戦車道の隊長に選出されたことで、エスカレーター組の代表格として扱われるようになった。

 それなら、自分の声は鶴の一声となり、長い間続いていたこの諍いを止められるのではないか。そう思わずにはいられなかった。

 

「私だって、あなたたちの言う『温室育ち』とか『世間知らず』なんでしょうね。けど、喧嘩してるのを見るのは嫌だし、仲良くなれればいいのにって思ったのよ」

 

 マリーの言葉に、曙光は頷く。仲良くしてほしいとは、自分も思っていたのだから。

 そして同時に、マリーもまた同じ考えを持っていたということに、驚いた。

 

「けど、甘かったわ。皆ちっとも言うこと聞いてくれないんだもの」

 

 マリーが仲を取り持とうとしても、エスカレーター組も外部生も止まらなかった。

 『仲良くしよう』と言うと、エスカレーター組は『外部生に屈するようだ』『学校の品位が下がる』と拒否し、外部生は『憐れまれているようだ』『結局自分たちの待遇は変わらない』と拒絶した。

 その後も何度も仲直りを試みても、エスカレーター組も外部生も一歩も妥協せず、結局争いは収まらないままだ。何をどう言っても、両者の間の溝はあまりにも深すぎたのだ。

 

「そんなことばっかりで、もう疲れちゃったの」

 

 マリーは、エスカレーター組の代表格にまで上り詰めた。

 だが、それによってより近くでエスカレーター組と外部生のいざこざを目にするようになった。その中でお互いの仲を取り持とうとしても、何も解決せず、進展さえない。

 そうしているうちに、マリーの心は疲弊してしまったのだ。

 

「だからもう、エスカレーター組とか外部生とか、そういうのは難しく考えないようにしたの。だって考えるだけ無駄だから」

 

 つまらなそうに、柵に顎を載せるマリー。

 

「それでも、ああして喧嘩しているのを見ると、『仲良くすればいいのに』とは思うけどね」

 

 未だに諍いを続ける校門近くを見下ろすマリーの視線は、先ほどと同じくつまらなそうだが、話を聞いた今ではその目に宿っている感情はまた違うと、曙光にも分かる。

 曙光は、内部抗争については遠巻きに見ていることしかなかった。巻き込まれるのが嫌だったから。

 だから、わがままで高飛車だと思っていたマリーが、一時的とはいえ最前線でこの争いをどうにかしようとしていたことなど、全く知らなかった。

 他の連中と同じで外部生を見下しているものと思ったが、本当はマリーも外部生のことをちゃんと考えてくれていたのだ。それも、一方が我慢し他方が手を差し伸べるのではなく、お互いに理解して手を取り合うことを望んでいた。

 

「・・・マリーさん、ちゃんと考えてくれていたんですね・・・。誤解してました」

「実際、私は何も成し遂げてなんていないし」

 

 初めて真実を知って、誤解したことを詫びるが、マリーには大して響いていないらしい。それは決して、謙遜などではないだろう。

 

「私だけじゃないかしら。エスカレーター組でこんなこと考えてたのなんて」

 

 他のエスカレーター組には悪いが、その通りだと曙光は思う。今もまだ外部生に冷ややかな視線を向ける連中はもとより、砂部や祖父江のような争いの終わりを求める人はいても、相互理解の末に手を取り合う未来を追求する人などいないのではないだろうか。

 

「だからこの先、お互い仲良くなるなんて無理じゃないかしら?」

 

 それは、自分にはもう何もできることはないと、暗に言っている。曙光もそれは分かった。

 だが、その言葉を聞いた曙光の口から、自然と気持ちが連なり始める。

 

「・・・でも、仲良くしてほしいとは思ってるんですよね」

「それはもちろんよ。だって、周りがギスギスしてると息苦しくてもっと疲れちゃうし」

「だったら、今からでもまだ間に合うんじゃないですか?」

 

 曙光の言葉に、マリーは視線を向けてくる。表情は、疑問を示していた。

 

「マリーさんはエスカレーター組の代表で、まだお互いに仲良くしてほしいと思っているのなら、まだやり直せると思います」

「・・・・・・」

「俺だって、お互いにいがみ合っているのは見ていられないですし、何とか仲良くなってほしいと思っています。俺の力も貸せるだけ貸しますから・・・また、目指してみませんか?」

 

 争いごとを恐れて、極力関わらないようにしてきた。

 しかし心の奥底では、この長年に渡るいざこざが終わり、学園全体が仲良くなれたらと願っている。

 そして今、目の前には自分と同じことを考えて、それが成せる力を持ち、成そうとした人がいる。理想も考えも違うと思っていたエスカレーター組に、だ。そう考えると、もしかしたらそれを実現できる日が来るのではないかと、思わずにはいられない。自分の近くにそれができる人がいるのなら、力を貸すことだって曙光は惜しまないつもりだ。

 

「イヤよ」

 

 けれど、マリーは首を横に振った。

 

「言ったじゃない、もう疲れたって。どうして私がタダでそこまでしなきゃいけないの?」

 

 マリーからすれば、間近で見てきて心が疲れる争いになど、もう関わりたくないのだ。難しく考えるのは止めて、全ては流れのままに、成すがままにと傍観に徹し、あれこれ考えるのも嫌になった。元々マリー自身わがままな性格だから尚更だし、今までどうにかしようとしてきただけでもうたくさんだ。

 曙光も、そんなにうまい話はないか、と肩を落とす。

 

「それより、それケーキよね?頂戴な」

「ああ、はい。どうぞ」

 

 マリーが指差したのは、曙光が手に提げていた紙袋。元々は、この中にあるケーキを渡しに来たのだと、今更ながら目的を思い出した。

 このケーキも、マリーに前向きな対処をして欲しいと願ってのものだったが、先ほどの話を聞いた後ではそれも叶いそうもない。そう思いながら、曙光は紙袋を渡す。受け取ったマリーは、その場で中から包装用の箱を取り出し、器用に蓋を開ける。だが、中に収められているケーキを見て、わずかに眉を下げた。

 

「今日もモンブランは入ってないのね」

「好きなんですか?モンブラン」

「私の一番好きなケーキよ」

 

 ショートケーキやチーズケーキ、カヌレやタルトなどの色とりどりのケーキが詰められているが、マリーの言う通りモンブランはない。

 曙光は、マリーの一番の好物がモンブランと聞いて少し得をした気分だ。同時に、申し訳なくも思う。

 

「モンブランは、俺もですけど、みんな難しいって言うんです」

「そんなに手に入らないものかしら?」

「いや、作るのが難しいんですよ」

「え?」

 

 マリーの表情がぽかんとする。中々お嬢様らしくないその顔に、曙光も思わず笑みが零れそうになる。

 

「そのケーキを作ったの、俺たちですよ」

 

 BC自由学園の特色の一つは戦車道だが、他にも食品関係のカリキュラムが充実しているという面がある。それが、曙光がここへの入学を決めた最大の理由だ。

 その中でも、製菓関係の授業には力を入れており、授業の一環でケーキなどの菓子を作る機会が多い。だからこそ、曙光を含めた食品の授業を選択している生徒たちは、自然と菓子作りの技術が向上していく。そして、それなりの自信もあるからこそ、こうして挨拶のケーキは全て自分たちで作ってきた。これは、砂部や祖父江にも話していない。

 

「そうだったの。知らなかった」

「ただ、モンブランは中々難しくて、作れる奴がいないんです」

「ふーん・・・」

 

 まさか外部生の手作りと思ってはいなかったのか、箱の中のケーキをまじまじと眺めるマリー。曙光の言い訳がましい言葉にも、適当な相槌しか打たない。

 やがてマリーは、何かを思いついたように、曙光の顔を見上げた。

 

「・・・ねぇ、さっきの話なんだけど」

「?」

「外部生とエスカレーター組が仲良くなれるようにするって話よ」

 

 曙光は目を白黒させる。『疲れた』と言ったマリー自ら、その話を蒸し返したのだから。

 

「あなたが私のためにもっとケーキを作ってくれたら、考えてあげてもいいわ」

 

 人差し指を立てて、マリーは提案する。

 なおも曙光は、驚いた。対価を要求されたとはいえ、マリーが本当に動いてくれるとは思わなかったのだから。

 

「どうして、急に?」

「そうねぇ。前に私が何とかしようとしていた時って、私の味方があなたたちの側にいなかったのよ。あなたも、仲良くしてほしいって思っているんでしょ?」

「それは、もちろん」

「だったら、もしかしたらできるのかも?って思って」

 

 マリーは以前、1人で事を成そうとして、失敗した。しかし今、秘かに同じ志を抱いていた人間がいると知り、協力者を作れば状況も変わるのではないかと、思い始めたのだろう。掲げる目標が簡単に達成できないからこそ、誰かの力を借りると言うのは曙光にも理解できる。

 その『誰か』に選ばれたのは、曙光だ。

 

「けど、あの見てて疲れる喧嘩にまた向き直るのは、私もちょっと嫌よ。だから、条件付きなの」

「・・・その条件が、ケーキと」

「そう。それとモンブラン」

 

 付け加えられた事項に、曙光もわずかに口が引き締まる。

 

「私が納得できるモンブランを、1週間で作りなさい」

「・・・1週間」

「もう一度考えてほしいのなら、これぐらいはしてくれなくちゃ」

 

 マリーは、心が疲れたと言って一度目を背けている。そこへまた目を向けるよう曙光が頼んだも同然だから、マリーが相応の対価を要求することは何もおかしくはない。

 曙光としても、それはすぐに理解できた。マリーがまた、和平のために動いてくれるのであれば、いくらでも力を貸す。ケーキを作るぐらい安いものだ。第一条件が挑戦したことのないモンブラン、しかも期限が1週間と言うのが若干ネックだが。

 

「・・・分かりました。必ずや、作ってみせます」

 

 曙光は頷いた。最初の条件をクリアするのは簡単ではないだろうが、この機会を無駄にしたくない。

 返事を聞いたマリーは、改めて曙光の目を見る。

 

「あなた、名前は?」

「曙光です。曙光良己」

 

 そういえば名乗ってなかった、と曙光が思う目の前で、マリーは『よし』と何やら満足げに頷く。

 

「よろしく頼むわね、曙光」

 

 今日初めて、マリーは笑みを浮かべる。

 同時に、予鈴の鐘が鳴り響いた。

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