約束のケーキ   作:プロッター

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第5話:未知の味

 昼休みになると、エスカレーター組の生徒は昼食を学食で摂る。

 しかし受験組は、学食の高価な食事を嫌い、自前の弁当を用意するか、有志が始めた屋台へ赴き庶民的な料理を楽しむ。

 受験組の代表格ともいえる安藤は、基本的に後者だ。エスカレーター組への抗議活動に参加することも多いが、自ら屋台を営む。

 

「はい、お待ちどう」

「ありがとうございまーす」

 

 出来立てのたい焼きを渡すと、買い求めた生徒が笑みを浮かべてお礼を言う。その様子に満足しながら、安藤は次のたい焼きを作り始める。

 

「焼き鳥いかがですか~」

「出来立てのたこ焼き、美味しいですよ~!」

 

 周りから聞こえる、他の屋台の掛け声を聞くと、ここは賑やかでいいものだと心底思える。こうした活気のある喧騒が、安藤は好きだった。

 反対に、エスカレーター組の校舎は静かすぎて落ち着かない。静かすぎると逆にそわそわしてしまうし、それに輪をかけて向こう側の鼻にかけるような高飛車な態度が気に喰わなかった。

 

「どーも、安藤」

 

 そんなことを考えていたら、曙光が顔を見せてきた。つまらないことを考えるのは止めて、安藤も努めて笑みを作る。

 

「よう、曙光。久々な気もするな、こっちに来たのって」

「ああ、そうかもなぁ・・・」

 

 安藤が記憶している限り、これまで曙光は週に2~3回のペースで屋台に足を運んでいた。だが、この1週間ほどは、教室で弁当を食べるでもなく、かと言って別の屋台に行くわけでもない。なので、ここに来たのは随分と久しぶりな感じがする。

 曙光もそんな自覚はあったようだが、『それよか』とポケットから財布を取り出しながら安藤を見る。

 

「たい焼き2つ、いいか?」

「はいよ。100円な」

 

 半ば話題を逸らすような注文だったが、安藤は気にせずたい焼きを用意することにする。

 1個50円のたい焼きは、手間暇を考えればコスト度外視もいいところだ。それは安藤のたい焼きだけでなく、ここの屋台全てに言えることだろう。それでも、安藤を含め全ての屋台の持ち主は、『普通の学生の財布に優しいこと』を第一に考えている。エスカレーター組に対するささやかな反発でもあるこの活動には、赤字など些末な問題だ。

 

「まさかと思うけど、今日の昼をこれだけで済まそうとか言わないよな」

 

 標準的な体形の曙光が、これだけで午後の授業を乗り切れるとは到底思えない。たい焼き二つを渡しながら訊くが、曙光は笑って首を横に振る。

 

「いやいや、それじゃ流石に少ないって。他のもちゃんと買うから、ありがとうな」

「まいどー」

 

 たい焼きを受け取った曙光がお礼を言うと、安藤も挨拶を返す。

 そこで客の流れが少し切れたので、何の気なしに曙光の様子を窺うことにする。丁度、安藤の屋台の2つ隣で、たこ焼きを注文しているところだった。

 

(・・・何でたこ焼きまで2つ買うんだ?)

 

 そこで、引っ掛かりを抱く。たい焼きだけならまだ納得できたが、同じ料理を2つずつ買っているのは少し気になった。

 曙光は別に偏食ではないと、友人の安藤は知っている。それに、いくら標準的な体形でも、それなりに腹に溜まりやすいたこ焼きを2つも買うとは、そこそこに食べる方でなければ難しいだろう。彼が健啖家と言う話も聞かない。

 さらに、恐らく繋がりはないだろうが、気掛かりなこともある。それはここ最近、曙光がエスカレーター組の校舎に出入りする機会が多いということだ。

 元々、学年の男子がご機嫌取りのためにケーキをマリーに渡している話は聞いたことがある。食品の授業もあってエスカレーター組の校舎に出入りする機会があるのも知っているが、曙光はさらにそれ以上に頻度が多い。

 今現在、曙光の周りで何かが変わっているのは明らかだった。

 

「すみませーん、たい焼きくださいな」

「あいよ」

 

 しかしそこで、別の生徒がたい焼きを買いに来た。

 そこで安藤も思考は一旦切り離し、屋台の営業に取り組むことにする。安藤も、同じ外部生に対しては邪険にしたりなど絶対にせず、仲良くしたいと思っていた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 安藤が疑問を抱いた、昼の曙光の行動。

 答えは至ってシンプルで、マリーから頼まれたのだ。

 

「持ってきたぞ」

「ありがとう」

 

 放課後、いつものサロンにやってきた曙光は、マリーの前に屋台で買った料理をそれぞれ皿に移して差し出す。

 先日マリーから、『外部生の食べる屋台の料理を食べてみたい』と頼まれたので、今日その約束を果たす形で買ってきたのだ。頼まれた翌日に履行しなかったのは、他のエスカレーター組に、エスカレーター組のマリーや砂部たちと、受験組の曙光や真壁の仲が良いということをアピールする必要があったからだ。

 

「出来立てじゃないから味は幾分落ちてるけど、そこは勘弁してくれよ」

「ええ、分かったわ」

 

 料理はすべて、ここへ来る前に調理実習室のレンジで十分に温め直した。当然、できてから時間が経っているので、たとえ温めても質は落ちてしまう。その点はマリーも理解しているのか、とやかくは言わなかった。

 今日だけではないが、放課後にマリーと会うまでは時間を空けるよう言われている。その理由は、放課後になった直後ではまだエスカレーター組の生徒が大勢残っているのと、マリーが戦車道の練習があるからだ。なので、曙光自身はマリーに会うまで時間に余裕があり、その間にケーキやら料理の準備をする時間ができた。

 

「これは何?」

「たい焼きだ」

「へぇ・・・面白い形をしてるのね」

 

 まずマリーが興味を持ったのは、安藤謹製のたい焼き。彼女が作ったとは言っていないが、それでも鯛の形をしたこの菓子は興味をそそられたらしい。

 ただ、大真面目に『ナイフとフォークを頂戴?』と言われた時は失笑してしまった。ただ、それは手で食べるものと説明するのも野暮かなと思い、念のため用意しておいた食器をマリーへと手渡す。

 すると、マリーはまるでステーキでも食べるかのように、ナイフとフォークで上品に尻尾の部分を切り取る。そして静かに口へと運ぶが、そういう食べ方をされると庶民の食べ物までセレブのものに見えてしまうから不思議だ。

 

「・・・不思議な味ね、だけど美味しい」

 

 一口食べたマリーは、じっくりと味わうように目を閉じる。出来立てなら生地もサクサクとしたものだが、一度冷めたものを温め直すとどうしても柔らかくなってしまう。それでもマリーは気に入ってくれたらしく、一口目を食べ終えればすぐにまた一口を食べていた。

 気に入ったようで、一先ずは安心しながら次の料理を準備する。

 

「それは何?」

「たこ焼き」

 

 たい焼きを上品に食べ終えたころ合いを見計らって、曙光はたこ焼きを差し出す。舟を模した器に載ったそれも気になるようで、まじまじと眺めている。『美味しそうな香り・・・』とマリーが呟いたのも、聞き逃さなかった。

 一応、食べるための爪楊枝も添えておいたのだが、マリーはたこ焼きにフォークを差してそのまま口に運ぶ。普段から爪楊枝で差して食べる曙光からすれば、フォークでたこ焼きを食べるマリーがとてもシュールに見えた。

 だが、そこで曙光は『あ』と思い出す。

 

「熱いかもしれないから気を付けて―――」

「あふっ!?」

 

 注意も空しく、マリーは顔を真っ赤にして身悶えた。温める時間はたい焼きと同じぐらいにしたはずだが、一口に収まるサイズでは温まる程度も違うらしい。

 とりあえず、未だ悶絶するマリーに水を差しだし、マリーはそれを一息に飲み切る。あれではたこ焼きの味も分からないだろう。

 

「もっと、早く注意して、頂戴・・・」

「悪い」

 

 今回のことは、曙光のミスなので素直に謝る。コップ一杯の水を飲み、ようやくマリーも落ち着いた様子だ。

 

「マリーは普段、こういう熱い料理とか食べたりしないのか?」

「そうね。大体が『温かい』って感じのものだから、驚いちゃった」

 

 言われてみれば曙光も、ここ最近学食で食べる高級感ある料理は、いずれも『温かい』が主なイメージな気がする。コーヒーは別だろうが、『熱い』とは意外と庶民的な料理でしか味わえない感覚のようだ。

 今度はマリーも、息を吹いて冷ましてから一口食べる。

 

「ん!美味しい!」

 

 今度はちゃんと適温で食べられたらしく、また味も気に入ったようで、ぱっと表情が明るくなった。

 そんな様子を見ていると、曙光も少し気持ちが和む。こうして誰かが、自身に馴染みのない料理を食べて、今のマリーのように嬉しそうな表情を浮かべているのを見ると、自分もまた嬉しくなる。どちらかというと食品を作る側にいる曙光も、その姿に自然と唇が緩む。

 

「でも、ちょっと味が濃いかしら」

「まぁ、屋台の料理は大体そんなもんだ」

 

 屋台の料理に限らず、曙光たちが普段食べる料理の味付けは割と濃い。学食の料理はそこまで濃くないので、ああいった料理に慣れていると、このたこ焼きのような料理は新鮮に感じるのかもしれない。曙光からすれば、逆にこうした料理に慣れ親しんでいたので、学食の料理に物足りなさを抱いたものだ。

 

「曙光たちは、こういうのを普段食べてるのね」

「大半はな。毎日ってわけじゃないが・・・」

「ふーん・・・たまになら、こういうのもいいかも」

 

 最後の1つまで食べ終えたマリーは、満足したように目を細める。

 だが、曙光はそのマリーの口元にソースが付いているのに気付いた。

 

「子供じゃないんだから・・・」

 

 曙光は呆れながらハンカチを取り出し、その口元のソースを拭き取る。

 一方で、拭いてもらったマリーは、何やら驚いた様子で曙光のことを見ている。視線に気づいた曙光は、『どうした?』と訊いてみた。

 

「いつもそうやって拭く時は、砂部や押田は『失礼します』って断りを入れてから拭いてくれるの。だからびっくりしたわ」

「とりあえず、砂部さんたちがどれだけ苦労しているのかは分かった」

 

 これでは『お嬢様』と言うより『お姫様』だと思う。そんな彼女の世話をする砂部たちには同情した。

 そして最後に、マリーに焼き鳥を差し出す。買った時のまま串に刺さっており、それを一目見てマリーはきょとんとしたが、恐る恐る串を手に取って、香ばしい焼き鳥を口へ運んだ。

 

「んー、これも美味しいわ」

「それは何よりだ」

 

 これにもマリーは、微笑みで美味を表現する。これだけ良い反応を見せてくれるのだから、作っている側も知れば嬉しいことだろう。エスカレーター組の代表が食べているという時点で、信じられないかもしれないが。

 そうしてマリーが焼き鳥も食べ終えたところで、曙光は問う。

 

「今日持ってきたのはまだほんの一部だけだけど、美味しかったか?」

「ええ。けど、ちょっと味が濃いのが気になるかしら」

「なら、少し味を薄めれば、エスカレーター組にも受け入れられるかもしれない・・・と」

「私はそう思うわ」

 

 全体的に高評価を貰えたが、ネックになるのはその味の濃さらしい。

 しかし、味を薄める方法はいくらでもあるにせよ、先ほどマリーが食べていたような料理は味が濃くてなんぼのものばかりだ。あまり薄味を希望すると、元々の風味を大事にしたい外部生からは顰蹙を買いかねない。

 

「曙光はこういう料理は作れるの?」

「あまり得意じゃないな・・・菓子類は得意だし、他もまあ作れるけど、こういうのはまたちょっとした技術が要るし」

 

 生活費の節約のために自炊する曙光は、簡単な家庭料理程度なら作れる。菓子を作る技術も、将来を見据えて会得していた。だが、屋台で安藤たちが作るようなたい焼きやたこ焼きなどの特殊な料理は、曙光も作れない。試しに味を薄めたものを作ろうというのも、無理な話だった。

 

「明日はどうする?また持ってこようか?」

「んー・・・明日は普通にまた学食で食べましょうか。もう少し、私たちが平等に接していることをアピールしなくちゃいけないし」

「分かった」

「また今度、別の料理を持ってきて頂戴」

 

 お互いのことを理解し合うのと同時に、周囲にも理解してもらえるように行動しなければならない。その兼ね合いから、明日はまた先日のように学食で食べることになった。

 ただ、マリーが『次』も期待しているのは、それだけ屋台の料理に興味を持ち、また気に入ってくれたのだと、理解した曙光は少し嬉しい気持ちだ。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 翌朝。

 

「曙光、ちょっといいか?」

 

 登校したばかりの曙光に声を掛けてきたのは、安藤だった。

 しかしその声は、普段接するような気さくなものではなく、やや鋭いもの。穏やかでないのは感じ取れたので、曙光も大人しく従うことにする。

 安藤に連れられて辿り着いたのは、屋上だった。エスカレーター組の校舎と違い、屋上の扉はただの鉄扉だし、塗装も所々剥げている。

 

「珍しいな、安藤が呼び出すなんて」

「いや、なに。少し気になることがあってな」

 

 落ち着いたところで曙光が話しかけると、安藤は振り向いて唇を緩める。

 その態度は普段と変わらないようにも見えるが、彼女の三白眼は曙光の些細な変化も見逃さないとばかりに光っている。最初に呼ばれた時点で分かっていたが、あまり喜ばしい話ではなさそうだ。

 

「気になること?」

「ああ。最近、曙光が昼休みになると姿を消したり、屋台の買い物の量が増えたり。それに、放課後はエスカレーター組の校舎にも割と頻繁に行ってるって噂も聞いたんだ」

 

 口元こそ笑っているし、表情も若干惚けた調子だが、一言一言に疑念が混じっている。

 安藤の『気になること』を聞いて、曙光も息を呑む。自分の行動は、事情を知らない安藤にも察せられてしまうほどに、目立っていた。

 

「で、だ。曙光、単刀直入に訊くぞ。何か企んでないか?」

 

 真っ直ぐに、問われる。嘘や誤魔化しは効かないと、直感で悟る。

 かと言って、正直に答えるのも憚られた。安藤は、外部生組のリーダー格。曙光のやろうとしていることは、待遇改善を目指す彼女とは少し道がズレている。

 それと、マリーに被害が及ぶのも避けたい。自分がマリーに頼んで協力してもらったのに、自分のせいでマリーまで悪く言われてしまうと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。かと言って、この状況でだんまりとは得策ではないだろう。

 

「分かった、話す・・・。だけど、約束してほしい」

「?」

 

 だから曙光は、素直に明かすことにした。

 しかしそのうえで、1つだけ条件を示す。

 

「もし責めるのなら、()()()を責めると」

 

 責めるな、とは言わない。この学校の事情と、自分が置かれている立場を考えれば、それは到底無理な話だから。

 だからこそ、それが今できる曙光にとっての最大の妥協だ。

 安藤も、その言葉で曙光が並々ならぬ事情を抱えているのが窺えたのか、静かに頷いた。

 

「・・・分かった」

 

 頷く安藤。それで曙光も、少しだけ気持ちが軽くなる。

 ただ、自分のしていることがグレーラインにあることを考えると、慎重に言葉を選びつつ話すのを念頭に置かなければならない。

 それを踏まえ、曙光は口を開く。

 

「マリーと協力して・・・俺たち受験組とエスカレーター組が、どうにか仲良くできるようにしている」

 

 口にした途端、安藤は目を見開いた。案の定の反応だと思う。

 

「・・・お前、あの人と知り合いだったのか?」

「最近知り合った・・・。まぁ、きっかけは置いといて、あの人も何とかお互いに和解できないかって思っていて、俺はその話を聞いたんだ」

「・・・で、協力することになったと」

 

 曙光は争いごとが好きではないし、この学校の情勢においても中立的な立場を取っていた。安藤だってそれは知っていたはずだし、だからこそその曙光がマリーとコンタクトを取っていたことに、驚きを隠せないのだろう。

 

「エスカレーター組の校舎の出入りが多いのは?」

「マリーと会って話をすることが多いんだ。昼メシの時は、受験組にも大人しいのがいるっていうのと、お互いに仲がいいことをアピールするためにな」

「ほー・・・」

 

 今のところ、安藤は曙光に対して悪い印象を抱いている風には見えない。

 しかし、どことなくムッとしている感じがする。同じ受験組の仲間が隠れてコソコソエスカレーター組と仲良くしているのは、さほど面白くないのだろう。

 

「屋台の料理を多めに買ってたのも、俺たち受験組が普段食べているものの良さを少しでも知ってもらうためだったんだよ」

「なるほどな・・・」

 

 一応、気になっていたところが明らかになったので、安藤は納得したように腕を組んで頷く。

 

「だが、納得がいかん」

 

 そして、そう返した。

 これぐらいで納得してもらえるとは曙光も思っていなかったが、ひりつくような雰囲気を安藤は醸し出している。曙光も口をつぐんだ。

 

「お前が、エスカレーター組に利用されてるって可能性は?受験組の曙光を懐柔して、エスカレーター組の仲間を増やし、より盤石な体制を整えるため、とか」

 

 協力を申し出たのは曙光だが、それはマリーの意思でもある。今こうして協力するまでには、マリーの好物を持ってくるなどの経緯があったが、今の段階で曙光はマリーと対等な関係にあると思っている。

 しかし、安藤の疑念も至極尤もと言える。安藤はエスカレーター組と衝突する機会が多いから、簡単にエスカレーター組を信用できないのだ。2人が協力していると言うより、曙光がマリーに篭絡されたと言う方が考えやすいのだろう。

 

「それと、曙光のやっていることは、言うなら話し合いだろう?そんなので解決するようだったら、今日まで私たちは下に見られてない。結局は私たちが訴え続けないと、変わらないんだよ」

 

 今まで長い間続いている闘争が、話し合いで済めばどれだけいいだろう。

 しかし、それだけで改善されるようであれば、誰も苦労はしない。加えて安藤も、エスカレーター組の連中が自分たちを小ばかにするような視線で見てきたのを、思い知っている。

 この深い因縁が、話し合い程度で済むはずがない。

 

「・・・・・・」

 

 安藤の言い分も、曙光は分かる気がした。

 もっと言えば、曙光は本来安藤たちと同じ立場にいる人間だ。諍いを嫌がる平和主義者でなければ、安藤たちのように抗議活動に勤しんでいたことだろう。

 しかし、今の曙光は安藤のような考えではない。

 

 ―――ああして喧嘩しているのを見ると、『仲良くすればいいのに』とは思うけどね

 

 あの時のマリーの言葉は、裏があるようには聞こえなかった。

 それからも、マリーには曙光をだまくらかして利用しようとしている風にも見えなかった。協力してくれている砂部と祖父江だって、利害得失を考えて動いているようではない。それさえも全て演技なら大したものだが、今の曙光は彼女たちを信じている。

 

「・・・少なくとも、マリーはそうじゃないと思う」

「何?」

「俺を利用して、有利に事を進めようとしているとか、そんな風に俺は見えなかった」

 

 無意識に自分の手が握られている。

 曙光たち外部生の扱いを考えれば、安藤のような言い分も仕方ないとは思っている。けれど、その固定概念こそ改めなければならないと、曙光は考えていた。

 

「・・・・・・」

 

 曙光に言われて、安藤も口を閉じる。

 安藤は、マリーと同じく戦車道を履修している。加えて、受験組のリーダー格なのもあり、戦車隊では受験組で構成された部隊の隊長も務めていた。

 その安藤から見たマリーと言えば、いつもケーキを片手にふわふわとした感じで状況を眺めている。時折下す指示は一応の要領を得ていても、隊長としては威厳が足りない。実績と能力があって隊長に就いたのは知っているから、一概には侮れないし、あんな風体でもエスカレーター組では慕われている。

 そんなマリーのことを、敵対する外部生のはずの曙光も信用している。曙光の目や言葉からは、それが騙されたり篭絡されたからといった盲目的なものではないと、伝わってくる。戦車道で養われた勘も含めて、それを安藤は汲み取れた。

 

「それに、今までと同じでいるのも、駄目だと思う」

「今まで?」

「安藤たちが、俺たちの待遇を改善しようと頑張ってくれているのは分かってる。けど、向こうは全然気にもしない。そうじゃなかったら、受験組の待遇も今とは全然違ったはずだ」

 

 エスカレーター組に少しでも聞く耳と考える頭があれば、毎日のように続く抗議活動にも意味はあるだろう。それこそ、話を聞く姿勢を取ったり、友好条約を結ぼうとしたり、何かしらのアクションを向こうも起こすはずだ。

 だが現実は、双方とも何度代替わりをしても状況は一向に変わらず、エスカレーター組は冷ややかな視線を向け続けるだけ。進捗など無いに等しく、泥沼化している。

 

「だけどマリーは、お互いに仲良くなれるようにって考えているし、実際に行動もしてくれてる。これは、大きなチャンスだと思うんだ」

 

 これまでも、マリーと同じことを考えているエスカレーター組の人間はいたかもしれない。だが、マリーほどの立場でそのことを考えている者は、恐らくいなかったのだろう。

 エスカレーター組の代表が、現状を憂いて協力してくれる。これは受験組にとって考えられないことで、転機と言っても過言ではない。自ら活動の陣頭に立つ安藤も、それがどれだけ重大なことかは分かる。

 安藤は腕を組み、曙光の言葉をよく考える。

 

「・・・できるのか?本当にそんなことが」

「今はまだどうなるか分からない。けど、精いっぱいのことはやりたいと思う」

 

 流石に今の段階から、実現することができるかは自信を持って答えられない。それでも今、できる限りのことを全てやり遂げる覚悟はある。

 

「・・・分かった。そこまで言うのなら、やってみろ」

 

 やがて安藤は、肩を竦めて笑った。

 一応は認めてくれたらしく、曙光も少し緊張がほぐれる。だが、安藤は『ただし』と付け加えた。

 

「私たちはこのまま抗議活動を続ける。だから、曙光は曙光で、マリーさんと話を続けていい」

「・・・助かる。ありがとな」

 

 安藤と曙光のそれぞれが、別の方向からアプローチを仕掛けて事態の改善を図る。それについては曙光も賛成だ。自分の行動がどう転ぶかは分からないので、安藤たちにも抗議活動を続けてもらえると、多少気は楽だ。

 頷くと、安藤は曙光の肩を叩く。

 

「・・・お互い、頑張ろう」

「ああ」

 

 安藤は気さくに笑ってくれる。

 ここが彼女の良いところだなと、曙光も改めて思った。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「すまん」

 

 その日の放課後、曙光が平謝りをしてきた。

 いつものサロンでの突然の行動に、マリーはダックワーズと呼ばれる菓子を咥えながら首を傾げる。

 

「俺たちが会って、お互いに仲良くなれないか話してるってこと、安藤に話した」

「あら」

「その・・・俺が色々動いているのがバレて、安藤に訊かれて隠し通せる気がしなくて・・・」

 

 同じ戦車道を履修しているのに加え、安藤は外部生の部隊長だ。だからその人柄をマリーも十分に理解していた。

 なのでマリーは、ダックワーズを食べ終えても、いつも通りのゆったりとした笑みを保つ。

 

「まぁ、私たちのことって、周りから胡散臭くも見えちゃうわよね」

「そうなんだよな・・・けど、安藤からは認めてもらえたから、一先ずは問題ないと思う」

「そ。けど、この先はちょっと難しそうね。もっといろいろ食べてみたかったけど・・・」

 

 マリーとしても、自分たちの行動がただでさえ目立つ上に、屋台の食べ物を持ってきてもらうのは少々リスキーと把握していたらしい。今後、学食で食べるのは続けるにしろ、他の外部生にも目につきやすい屋台へ行くのは、控えた方がよさそうだ。

 

「けど・・・マリーに相談しないで安藤に話したのは、本当に悪かったと思う」

「どうして?」

「真壁と違って安藤は受験組のリーダーで、抗議活動もしてる。そんな立場の奴に話したりしたら・・・マリーにも何か迷惑が掛かるんじゃないかと思ったから。本当に、ごめん」

 

 続く曙光の弁明に、マリーは手を止めた。

 明かした相手の立場を考えれば、謝るのも当然と思う。せっかくの積み重ねがご破算になるかもしれないと案ずるのも仕方ない。

 しかし、マリー1人のことを考えてくれていたのは驚きだ。

 協力するためとは言え、マリーのためにモンブランを作ってきてくれた時もそうだったが、この曙光という男は存外マリーのことを考えてくれている。BC自由学園に和平を、という大きな目的があるのは確かだが、マリー本人を心配しているのが今の言葉で分かった。

 何だか、新鮮な気分だ。

 

「・・・まぁ、いいわ。今回はお咎めなしだったんでしょ?」

「面目ない・・・気を付ける」

 

 反省する曙光の言葉に頷いて、マリーも最後のダックワーズを食べ終える。口元を拭き終えて、マリーは『ご馳走様』と曙光に言葉を掛けた。

 

「ねぇ、曙光」

「ん?」

「今度の日曜、寄港日でしょう?」

 

 マリーが言うと、曙光は棚の上に置かれたカレンダーを見る。その日はマリーの言う通り、学園艦が寄港する日だ。母校ではないが、そこそこ大きな港町で、外部生たちは早くも休日の計画を立てている。

 曙光はカレンダーを見て理解したらしく、『そうだな』と気楽そうに呟いた。

 

「もし曙光さえよかったらなんだけど、その日一緒に出掛けない?」

「え?」

 

 ただ、マリーの言葉は予想外だったらしく、曙光はポカンとした視線を向けてきた。

 

「また急に、どうして?」

「純粋な興味、かしら。ここ最近、受験組のあなたと色々話したりして、少しずつ知ってきているけれど、お休みの日とかはどう過ごしているのか気になったの」

 

 マリーが曙光と知り合ってから、そこそこ日にちは経っている。ただ、話をするにしても、授業の合間の学食や、こうして放課後に会う時だけで、完全なプライベートの時間をどうしているのかは分からない。

 休日一つとっても、身分の差と言うものは出るだろう。マリーはその点が気になる。

 

「後はまぁ、親交を深めるということで」

 

 それに加え、マリーは自分で言うのもなんだが、曙光ともそれなりに仲良くなれたと思っている。仲が良い人同士で休日を一緒に過ごすのは、エスカレーター組でもよく見られるし、それと同じ感覚で曙光と休日を過ごしてみたいと思ったのだ。

 

「まぁ、もう曙光が誰かと約束をしているのなら、無理にとは言わないわ」

「いや、それは大丈夫だけど・・・」

 

 質問に曙光はやや食い気味に答える。それを聞いて、マリーは安心した。

 

「それじゃ、一緒に出掛けましょう?」

「・・・ああ」

 

 改めて約束が決まると、マリーはコーヒーを一口飲む。

 ただ、ほろ苦くて温かいコーヒーを口の中で転がすように味わいながら、マリーは少し考えこむ。

 曙光は、屋台の料理を持ってきたり、ケーキを作ってくれたりと、マリーの期待に応えてくれている。それに対し、マリーは評価すると同時にある程度の感謝の念も抱いていた。

 自分の中に仕舞い込んでいた、お互いに仲良くなってほしいという思いを、曙光は掘り起こした。そのことに責任感もあってか、曙光は自分のために動いてくれている。口だけでなく、行動が伴っていた。

それを見ていると、この学園に和平をもたらすことが『できるのではないか』と思わせてくれる。一分の不安もあるが、一度自分が諦めたその目標を実現させられると思えるようになって、マリーは気持ちが幾分か軽くなっていた。そこに、マリーは感謝しているのだ。

 また、曙光に対して友情や親しみを抱いているのも事実だ。昨日屋台の料理を食べていた時も、曙光はマリーに対し堅苦しい態度で接してはいない。親しい男友達と言うものに縁がなく、また気楽に接し接せられる人間といられるのは、実に心地よい。

 だからこそ、そんな曙光のことをもっと知りたい。

 気が早いかもしれないが、マリーは曙光と出かけられる日が、とても楽しみだった。




 曙光が安藤と屋上で話した日の昼休み。いつも通りに曙光と真壁は学食へ向かい、マリーや砂部、祖父江と待ち合わせて昼食を摂ることになっていた。
 この五人で集まる際、テーブルは最初の予定通り分けており、その組み合わせは日々異なる。この日のテーブルの組み合わせは、曙光とマリー、真壁と砂部と祖父江と分けることになっていた。

「マリー様、お隣失礼しますね」

 だが、席に着こうとするタイミングで、マリーの隣に祖父江が座った。マリーの向かい側に座る曙光は、急にどうしたのかと驚く。

「あの2人は、今は2人きりにさせた方がよさそうで」

 笑みを浮かべて、祖父江は真壁と砂部の方を見る。
 曙光とマリーもそちらを見ると、そこには穏やかな様子で談笑する真壁と砂部の姿が見えた。どうやら2人での会話を楽しんでいるらしく、他人が入り込む余地など無いようにも見える。周りから、軽蔑とも興味とも違う妙な視線を向けられているのにも気づいていないようだ。

「・・・確かに、そっとしておいた方がいいかもですね」
「うん」

 曙光とマリーも頷き、あの二人に関しては今は干渉するべきではないと結論付ける。
 そして、祖父江を含めた3人で食事を始めた。

◆ ◆

 そんな風に(良い意味で)距離を置かれているとは知らず、真壁は砂部との昼食を大いに楽しんでいた。

「じゃあ、真壁さんは菓子職人を目指してここに?」
「まぁ、学費が安いのもあったし、喧嘩については多少目を瞑っていれば我慢できたから・・・」

 1週間程度で、真壁は砂部とかなり打ち解けられた自覚がある。最初は砂部に対して敬語が抜けなかったが、今は砕けた口調で話せていた。だが、曙光のように気の置けない親友相手にするような素の口調はまだ少し怖い。
 そして、話をしている内に、砂部はかなり聞き上手な性格をしているとも分かった。こうして2人で話をして、話題を提供する確率は半々だが、相手の話を聞いて相槌を打つのは砂部の方が上手い。真壁も人の話を聞いていて、反応に困る時は有耶無耶な返事を返してしまうが、砂部はそんなことはなく親身になって聞いてくれる。これも、お嬢様として身に付けた素養なのだろうか。

「・・・やっぱり真壁さんも、この学園の諍いには、胸を痛めてるんですか?」
「そりゃあ、ね。ここにいる以上は嫌でも目にしたり、話に聞いちゃうし・・・」
「そうですよね・・・」

 だが、自分の受け答えで話が悪い雰囲気に流れつつあるのは、流石の真壁でも察せた。
 なのでここは、自分で話の流れを変えるに限る。

「でも、ここに来たから菓子の技術は上達したと思う。ちゃんとしたカリキュラムが組まれてるから、勉強もできるし」
「あぁ、そうですねぇ。それは確かに、この学校を志望する方が多く仰ってます

 その真壁の意図を察してか、砂部も笑顔を見せて話に乗ってくれる。悪い流れは断ち切れたようで安心だ。

「真壁さんも、授業でお菓子を作っているんですよね?どんなお菓子が得意なんですか?」
「うーん・・・洋菓子ならマカロンなんだけど・・・和菓子の方が得意なんだよね」
「和菓子、ですか?」

 率直な意見を聞いて、砂部が首を傾げる。
 BC自由学園は確かに製菓関連に力を入れているが、洋菓子がメインのイメージが強い。なので、真壁が和菓子が得意と言うのも珍しかった。

「洋菓子も得意と言えば得意なんだけど、和菓子の方が性に合ってるって言うかな。ただ、授業は大体ケーキを作ることが多くて、作るのは休みの日の趣味ぐらいなんだけど」
「そうなんですか・・・和菓子を・・・」

 すると砂部は、フォークを置いて実に興味深そうに真壁の方を見る。朗らかな笑身を浮かべている印象が強い砂部からは、少し想像がつかない表情だ。

「恥ずかしい話なんですけど、私・・・お菓子を食べるのが好きなんです」
「そうなんだ?」
「ええ。ケーキも好きなんですけど、真壁さんから和菓子と聞いたらすごく興味が湧いてきて・・・」

 お菓子好きとは、また新しい一面を見て得をした気持ちになる。
 そして、だからと言って何もしないほど真壁も朴念仁ではなかった。

「それだったら、今度作って持ってきてあげるよ?」
「よろしいんですか?」
「もちろん。誰かに食べてもらえるのは嬉しいし、作ること自体はそんなに手間でもないから」

 菓子作りには、真壁は絶対の自信を持っていた。半端な出来のものは他人に食べさせないし、自分で納得がいかなければ納得いくまで技術を磨き続ける。将来職人を目指す者として、そこには一切の妥協を持ち込まない。
 それと同時に、誰かに自分の作った菓子を食べてもらえるのは本当に嬉しい。調理実習の時間もそうだが、誰かに食べてもらって感想を貰うことは、自分の成長にもつながる。相手がお菓子が好きだと言って、かつ意中の人であればなおさらだ。

「では・・・今度、いただいてもいいですか?」
「ああ、もちろん」

 砂部がにこっと笑う。
 その柔らかな、温かい笑みを見ると、真壁の心が掴まれるような感覚になる。改めて、自分が砂部を好きなのだと改めて認識させられる。

「・・・それと、砂部さん」
「はい?」
「その・・・」

 だからこそ、今のような平行線の関係を続けることに、気を揉んでしまう。それを打破するために、こうして昼食の時間に会話をするだけでなく、他の時間も一緒に過ごして仲を深めたいと思う。
 ぶっちゃけ、デートしたい。
 幸いにも、次の日曜は寄港日だ。出掛け先に困ることはないし、デートと言わないにしろ一緒に出掛けるだけなら大丈夫かもしれない。

「・・・ごめん、何でもないや」
「そうですか・・・」

 だが、誘う直前になって怖くなった。
 やはりどれだけ砂部のことが好きでいても、身分の差はどうしても埋まらないし、それを理由に拒絶されることが怖い。分かる限りの砂部の性格からその可能性は低いのだが、性格や理由云々を抜きにしても断られるのが恐ろしい。
 結局、自分から切り出した話を自分で打ち消してしまい、砂部からも怪訝な表情を向けられた。
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