約束のケーキ   作:プロッター

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第7話:初めての戦車道

 真壁は、前から月曜日が憂鬱なものと思っていた。

 苦手な授業、エスカレーター組と受験組の闘争など、頭を悩ませる課題と向き合わなければならぬ一週間の始まり。そして、その先にある貴重な休日まで異様に長く感じさせられる、何とも気が滅入る日だ。

 

「~♪」

 

 だが、鼻歌交じりに校門を抜ける真壁からは、そんな憂鬱さは感じられない。周りを歩く生徒たちから、若干奇異の目で見られていても気にしないほどには上機嫌だった。

 一方で、他の生徒たちは月曜の憂鬱さから目を背けながら、休日どう過ごしたかを話している。やれ話題の映画の出来はどうだっただの、やれ屋台のたこ焼きはついつい買ってしまうだの、コンビニスイーツは当たり外れが大きいだのと、他愛もない話で盛り上がっていた。

 そんな学友たちの話を小耳に挟みながら、真壁はクラスの戸を開ける。

 

「はよーっす」

 

 いつものように気軽な挨拶を誰に向けるでもなくすると、クラスメイト数名から『おはよー』と肩肘張らない返事が返ってくる。

 それを聞きながら真壁は自分の席へ向かうと。

 

「おはよう、曙光」

 

 頬杖を突き、微睡んでいるとも呆けているとも取れない態度の親友がいた。

 それなりに長い付き合いがあるが、今のような姿、さらに挨拶に反応も示さないとは中々に珍しい。

 

「・・・ああ、おはよう」

「おう」

 

 わずかに遅れて反応を示す曙光。何かあったのは明白だと思いつつ、真壁は席に荷物を置く。

 

「で、どうした?朝からそんな腑抜けた感じで。お前らしくもない」

「そう見えたか・・・?」

 

 曙光の前の空席に失礼して、いつもの軽い調子で話しかける。こういう時に何の遠慮もなく話しかけられるのが、親友の利点だ。

 

「休みの日に何か嫌なことでもあったか?」

 

 一先ず考えられるのは、真壁のあずかり知らない場所で、曙光が何かの不幸に見舞われた可能性。特に曙光は、休みの日に『用事がある』と言っていたから、それ関連のことが一番考えられる。

 そしてどうやら図星だったらしく、曙光はわずかに唸る。

 

「何があった?」

「いや・・・別に嫌なことがあったわけじゃないんだ」

「じゃあ、何が?」

「それは・・・あー・・・」

 

 真壁の言葉を否定しつつも、もごもごと何が起きたか言おうとしない。

 親友の意外な一面を面白がりつつ、真壁も少し頭を働かせる。嫌なことではないと言いつつも何があったか言わない点は、少し不思議だ。本当にそんなことはなかったのか、それとも真壁に心配させまいと嘘を吐いたのか。曙光の場合、そのどちらも考えられる。

 ただ、ここ最近で曙光の周りにあった出来事を考えれば、おのずと答えは見えてきた。

 

「マリーさんに関係あったり?」

「・・・まあ、な」

「何、一緒に出掛けたりしたの?」

「なんで分かるんだ」

 

 流石にそこまで聞くと、あっさり曙光は認めた。その表情は、観念したかのような笑みだ。

 しかして真壁も、その事実に笑う。随分自分と似たような休日の過ごし方をしていたものだ、と。

 

「やるじゃないか、あのマリーさんとデートなんて」

「デートじゃない。一緒に出掛けるぐらい、友達同士でよくあることだろ」

 

 真壁のからかいにも正面から反論する曙光。

 当然ながら、この話は声を潜めて交わしている。受験組にはエスカレーター組、あるいはマリーを快く思っていない人も少なからずいるため、お互いに悪いことが起きないよう、声を大にするわけにはいかなかった。

 

「一緒に出掛けただけなら、何でさっきまでボケーっとしてたんだよ」

 

 そう訊ねると、曙光は視線を逸らす。曙光が自分で言ったように、ただ友達同士で出かけただけなら、失礼を働いたりしない限りは後ろ髪を引かれはしないだろう。

 今の曙光は、地に足がついていないようだ。

 

「もしやと思うけど・・・マリーさんに気があるとか?」

「それはない。全くない」

 

 探ってみたが、曙光の答えは間髪入れずに返ってきた。どうやら、流石にそこまでの気持ちは抱いていないらしい。現時点で、であるが。

 そんな真壁の心情を掴んだのか、曙光は『チッ』と舌打ちをする。

 

「この話はやめだ。真壁は、休みは何してた?」

 

 ごく自然な流れで、曙光は同じ質問を真壁に返してきた。

 

「・・・あー、言えん」

 

 だが、曙光がマリーとのことを隠していたように、真壁も隠したいことがあった。なのでここは、ノーコメントを貫かせてもらう。

 しかし、曙光の目がすっと細くなる。

 

「・・・俺の休日を暴いておいて自分は白を切るって、不公平と思うんだ」

 

 隠したい事実があるのに気付いたのは、向こうも同じらしい。それに、確かに真壁は曙光に自白させたわけではなく、ずいずいと深入りしたのもある。ある程度の申し訳なさも拭えなかった。

 

「・・・女子と、出掛けた」

 

 そんなわけで、罪悪感もあり明かすしかなかった。誰と、と明確に言わなかったのは、最後の心の防衛ラインの表れでもあるが。

 

「砂部さんか」

 

 そんな真壁の悪あがきもあえなく崩れ去る。ピンポイントで当てられて、曙光以上に真壁も唸った。

 その通りで、真壁が月曜なのに朝から上機嫌でいられたのも、休日に砂部と出掛けられたからだ。故意に狙ったものではなかったものの、自分にとって好きな人と一緒に過ごす時間とは、それだけで何物にも代えがたい。その経験があれば、辛い一週間も何のそのだ。

 一方曙光は、そこから真壁を突いていじくるような性格ではない。心底感心したかのように、腕を組んで『ほぉ~』と息を洩らした。

 

「意外だよ。まさか、そこまで仲良くなってたなんて」

「いや、違う。出先で偶然会って、砂部さんも1人だからってことで一緒に回ることになっただけだ。誘ったとかじゃない」

「ああ、そういう・・・」

 

 真壁も砂部と仲良くなれた感じはしていたが、やはり身分の差について思うところはある。できることなら、カッコよくデート・・・もとい街歩きに誘いたかったが、その部分が邪魔をした。それだけが、今の真壁にとっては心残りである。

 すると曙光は、『だけど』と付け加えた。

 

「知らない街で偶然会って、一緒に歩くのOKしてくれたんだろ?なら、ある程度お前のこと信頼してるって考えていいんじゃないの?」

 

 その言葉に、真壁の腹の中に何かが落ちるような感覚がした。

 自分の中で引っかかっていたこと、いまいち不安で仕方なかった要素に、納得できた気分だ。

 

「2人とも、おはよう」

 

 だが、そこで後ろから声を掛けられた。登校してきたばかりの安藤だ。曙光と揃って『おはよう』と返すが、今真壁の座る席が元々安藤の席だったと思いだし、慌てて自分の席に戻る。

 あと少しすれば、朝礼が始まり、また一週間が始まりを告げる。

 だが、真壁の心の中は、靄が晴れたかのように晴れやかだ。普段感じる気の重さや憂鬱さなど、少しもない。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 黒板に教師が方程式を書いていき、曙光はそれを余すことなく板書する。

 だが、もはや目で認識したものをそのまま手に持つシャープペンでアウトプットするだけで、心は全く別のことを考えていた。

 

―――曙光と話をしたり食事をするのも、楽しかったわよ?

 

 休日に、マリーと出掛けた時に言われた言葉。

 曙光はあの言葉を、マリーは特に含みなど持たせずに言ったのだと、心では理解している。だが、同時にあの言葉が嬉しかったのも事実だ。

 最初はマリーと出掛けることに戸惑っていたが、蓋を開ければどうと言うことはない、普通に友人同士で出掛けるような内容だった。マリーがお嬢様然としていて最初に面食らったが、それぐらいだ。

 それに何であれ、一緒に出掛けたマリーが楽しんでくれたのなら、それで十分だった。自分と出掛けて不快な思いをさせるのは嫌だったし、多少の災難がマリーにあってもそれを『楽しかった』とまとめてくれたから、それは嬉しい。

 だが、実際言葉でそうした感想を言われるのは、それ以上に嬉しかった。いや、ただ単に嬉しいだけでなく、それ以上に心に響いた。

 そしてその嬉しさが自分の中に残ったまま消え去らず、先日外出したという事実がいつまでも頭に残っている。それで心が何だか浮ついているのだ。

 だが、頭を振って授業に集中する。昨日からずっとこんな調子で、朝になっても中々意識が改善しない。結果、真壁にまで気取られる始末だし、いい加減に気持ちを落ち着かせなければならない。

 

(気分転換・・・か)

 

 この事実を一度棚上げするためにも、何か別のことをしたい。具体的には、一度も経験したことのない何かで、一度リフレッシュしたい。

 何かないか。考えを巡らせていると。

 

(あ、そうだ)

 

 1つ、閃いた。

 同時に、シャープペンの芯がパキッと折れた。

 

◆ ◆

 

 1時限目の終わりを告げる鐘が鳴り、エスカレーター組の教室も空気が少し弛緩する。

 だが、砂部と祖父江だけは、未だに気持ちが張り詰めている。二人だけでなく、クラスの一部の女子も同じだ。

 それもそのはずで、クラスメイトであり、エスカレーター組の代表でもあるマリーがご機嫌斜めな様子だからだ。

 

「あの、マリー様・・・どうかなさったのですか?」

「・・・別に、何でもないわよ」

 

 砂部が不安そうに尋ねる。マリーは何でもないように振舞うが、不調は誰の目に見ても明らかだ。

 今朝からどうにも落ち気味な表情だし、授業中も起きてこそいたが窓の外ばかりを眺めていて、授業を半分も聞いていたか定かではない。

 祖父江と砂部が視線を合わせる。だが、2人にはマリーがなぜこうなったのか理由も分からなかった。

 

「ですが・・・マリー様、見るからに気分が優れていなさそうでしたので・・・」

「私たち、心配です・・・」

 

 祖父江も一緒に、マリーの不調を探る。

 するとマリーは、2人が本当に心配そうなのを察したのか、砂部たちを見て小さく息を吐いた。

 

「身体の方は問題ないわ。ちょっと、気になることがあっただけ」

「気になること、ですか」

「もしよろしければ、私たちがご相談に乗りますよ?」

 

 砂部と祖父江が訊ねる。

 するとマリーは、今日初めて笑みを見せてくれた。

 

「実は昨日、曙光と出掛けたのよ」

「曙光さんと、ですか」

 

 マリーのカミングアウトに、祖父江は意外そうに声を洩らす。砂部もまた、驚いたように目を見開いた。

 祖父江も砂部も、マリーと曙光が協力関係にあることは知っているし、外部生に対して偏見は抱かない。それでも、休日まで一緒に出掛けるとは少々予想外だ。

 

「友達同士だし、普段曙光がどんな感じで出掛けるのかも気になったから、どうせなら一緒にって思ったの。まぁ、お互い適当に見て回るだけになっちゃったんだけど、楽しかったわ」

 

 そう話すマリーの表情は、生き生きとしている。ケーキを食べる時のように。それだけで、マリーはその日は本当に楽しんでいたんだろうなと分かる。

 

「でも、昨日の別れ際にね言われたの・・・」

 

 ―――ちょっと明日の昼は、別でいいか?

 

 エスカレーター組と外部生の相互理解のため、外部生にも善意が存在することを周囲に伝えるために、曙光がマリーと学食で昼食を摂っているのはもちろん知っている。その話を持ち掛けたのはマリーで、曙光はその希望に応えてほぼ毎日同席していた。

 しかし昨日は、初めて曙光から断ったと言う。

 

「それは残念ですが・・・曙光さんにも何か予定があったのでは?」

「ですね・・・。それが一番考えられますけど・・・」

「分かってるの。それは分かってるの。だけど・・・何だかちょっと、モヤっとするの」

「モヤっと・・・ですか」

 

 砂部も祖父江も、この学園で長いことマリーの付き人をしているが、こうして誰かに対して『モヤっと』するのは初めてな気がする。似たようなシチュエーションだと、砂部や祖父江が約束をドタキャンした時、マリーは少しぶー垂れる程度で収まった。だが、こうして誰かに『モヤっと』した感情を抱いたことはないと思う。

 

「どうして、そう思われるのですか?」

「だって、曙光と仲良くなれたと思ったのに・・・。それに、お昼の時間も楽しかったのよ?それなのに・・・」

 

 マリーがやきもきしている理由は、砂部と祖父江からすれば微笑ましいものだ。要するに、仲良くなれたと思った相手から、そっけない態度を取られたのが少しばかり嬉しくなかったということだろう。

 

「まぁ・・・それは今日の放課後にでも聞こうと思うけれど」

「そうですねぇ・・・。理由が何であれ、直接聞いてみるのが良いかと」

 

 放課後に会う約束はしているんだ、と祖父江は心の中で感心する。

 すると、机の上に置かれていたマリーのスマートフォンが、メールの着信を告げた。最初マリーは、気だるげな様子で画面をタップしたが。

 

「・・・あら」

 

 メールを読んだと思しきマリーの表情は、先ほどと打って変わって明るくなる。どうしたんだろう、と砂部と祖父江が様子を窺うが、上機嫌なマリーはすぐに種明かしをしてくれた。

 

「今日の放課後、曙光が戦車道の見学に来るみたい」

「あら、そうなんですか?」

「ええ。気になるからって、メールが来たわ」

 

 言うとマリーは、早速メールの返信にかかる。心なしか、画面をタップする指も軽やかだ。

 その様子を見守りつつも、砂部と祖父江は不思議に思う。

 曙光とのことで一喜一憂する様は、ただ共通の目的を有しているから、ただの友人だから、と単純な理由で片付けられる態度には見えない。普段はふわふわした感じのマリーでも、人間関係で、周囲にも分かるほど態度が変わったこともなかった。

 また、『戦車道を見に来る』だけでここまで嬉しそうにするのも初めて見る。OGや、マリーの噂を聞きつけて見学をしに来る生徒がいると聞いても、普段なら『そう』で済ましていたのに。

 

((もしや・・・))

 

 そこで砂部と祖父江は、ある仮説に辿り着く。年頃の女子的には、ごく自然な仮説に。

 だが、頭の中で即座にそれを否定する。何せ―――やや失礼かもしれないが―――あのマリーだ。そんな気持ちが芽生える可能性は低すぎると、ある種諦観する。

 ともかく、マリーの機嫌が直ったようでまずは一安心だ。

 

「ね、2人はお休みの日はどうしていたの?」

 

 すっかり上機嫌になったマリーは、問いかけてくる。

 先に口を開いたのは祖父江だ。

 

「私は・・・少し体調が優れなくて。寮にいました・・・」

「あら、大丈夫なの?」

「ええ、ゆっくり休んでいたおかげか、今はいつも通りです。御心配には及びません」

 

 笑みを浮かべて、快復したのをアピールする祖父江。マリーも頷いた。

 そしてマリーの視線は、その隣にいる砂部に移る。砂部がどう過ごしたのかも気になるのだろう。

 

「私は・・・港街を散策していました」

「そうだったの。1人で?」

 

 そうマリーが訊ねると、なぜか砂部の耳のあたりが赤くなった。祖父江も気づいたらしく、『?』な顔を浮かべる。

 

「・・・真壁さんと」

「あら」

「まあ」

 

 視線をわずかに逸らしながら答えると、マリーも祖父江も心底びっくりしたように、口元に手を当てた。その反応で余計に照れ臭くなったか、砂部はぎゅっと目を閉じてしまう。

 

「意外・・・そこまで仲が良かったのですね」

「いえ、偶然出会っただけです。それで、真壁さんもお一人とのことでしたので、せっかくだからと・・・」

 

 マリーは『へぇ~』と一定の興味を示すが、祖父江はそれ以上に興味がある。いかに育ちの良いお嬢様でも、男との接点が少ないエスカレーター組では、割とこうした色恋の話に興味を持つ人間は多い。祖父江もその一人だ。

 

(少し前までは、こんなこともなかったんですけどねぇ)

 

 その傍らで、祖父江はふと考える。

 今もまだ、エスカレーター組と外部生の諍いは絶えない。しかし、エスカレーター組の生徒が外部生、しかも男子と外出するなんてことは、前までは考えられなかったことだ。何しろお互いに、必要以上の興味は持とうとせず、関わることさえ論外とされていたのだから。

 マリーや砂部が、エスカレーター組の男子とのことで変わりつつあるのは、驚きも興味もあるが、感慨深さも祖父江は抱いていた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 放課後、曙光はマリーに伝えた通り、戦車道の訓練を見学しに来た。と言っても、訓練場のど真ん中に乗り込みはせず、見学用の建屋から遠目に見るだけだ。

 見学用の建屋も、校舎と同じように陣営ごとに分かれている。建屋は大体3階建ての家程度の高さがあり、訓練場を区切る柵のすぐそばに建てられていた。そこからでも肉眼ではまだはっきり見えないため、双眼鏡を用いて見るのだ。

 以前マリーから聞いたが、実際に戦車を動かして行う訓練はほぼ毎日行われているらしい。午前の選択科目の時間と、午後の放課後の2回に分けて行われるとのことだ。午後は大体が模擬戦らしく、今もまたそれらしき訓練が行われていた。

 

「・・・すごいな」

 

 双眼鏡から見る光景に、曙光の口の中で言葉がにじむ。

 戦車道に関しては、曙光はずぶの素人だ。武芸の概要は知っているものの、細かいルールは知らないし、戦略を練る頭も無い。

 そんな曙光では、今行われている訓練に対して陳腐な感想しか述べられない。

 動いている戦車は、大きく分けて3種類。銀の機体の大型の戦車と、薄いグリーンの小ぶりな戦車、そしてひときわ小さなダークグレーの戦車だ。

 見る限りリードしているのは、大きな銀の戦車。その内の1輌から押田が身を乗り出しているのを見るに、あの大きな戦車はすべてエスカレーター組の車輌だろう。受験組とエスカレーター組の緊張状態を鑑みれば、1種類の戦車を両陣営で分けて使うとは考えにくかった。

 そして、大型の戦車はまとまって陣形を構築しているように見えるし、その後方にいるダークグレーの小さな戦車からは、マリーが身を乗り出しているのが見えた。とすれば、必然的にグリーンの戦車は安藤率いる受験組の部隊だろう。

 ただ、素人目に見ても、エスカレーター組の銀の戦車が強そうだし、それと比べ受験組の戦車は弱そうに見える。実際、エスカレーター組はその大きな車体と強そうな主砲に物を言わせ、受験組を押しているような感じになっていた。

 それでもエスカレーター組のワンサイドゲームにならないのは、受験組もそれなりにトリッキーな戦術を駆使しているからだ。受験組の戦車は、車体が小さい分小回りが利くらしく、不規則な動きでエスカレーター組の戦車を攪乱している。さらに、一瞬で速度を上げるとエスカレーター組の戦車に肉薄し、砲台と車体の間に砲身を押し込んでそこを撃ち抜き、行動不能に追いやった。

 

「おー・・・」

 

 エスカレーター組は大型の戦車で悠々と戦い、受験組は小型の戦車で軽やかに戦う。お互いの陣営は、それぞれの戦車の特性を生かして戦っている模様だ。

 それにしたって、チームを両陣営混成にすれば戦力のバランスは均一だし、戦略の幅も広がるだろう。全体的に、効率が悪いような気もする。ここがどんな学園かを考えれば、その実現も不可能に近いが。

 

「おっ」

 

 すると、安藤が身を乗り出す戦車が、エスカレーター組の大型戦車を撃破した。やり方は、先ほど見たような砲台の付け根を狙った一撃だ。どうやら、安藤たちの戦車では、押田たちの戦車の装甲を撃ち抜くのは不可能らしい。

 だが、押田たちもそれは分かっているらしい。安藤の戦車目掛けて別の銀の大型戦車が発砲し、安藤の戦車が撃破される。見れば、それは押田の戦車の砲撃だった。

 

(マリーは後ろで指揮・・・か)

 

 エスカレーター組のリーダーであるマリーは、戦闘が行われている区域から離れた位置にいる。無線で指揮を執っているようにも見えるが、戦闘に参加する意思は見られない。ただし一番小さな戦車で、曙光から見ても性能は低そうに見えるため、撃破される可能性が高いからかもしれなかった。

 そして気付けば、受験組のリーダーである安藤の車輌が撃破されたことで、模擬戦は終了となったらしい。エスカレーター組の銀の大型戦車は悠然とした様子で車庫へと戻り、受験組の連中は地団太を踏んでいるのが見える。おまけに、マリーの言っていた通りで、模擬戦にもかかわらず実弾が使われていたらしく、撃破判定を受けた戦車はピクリともしない。

 曙光は今日初めて、戦車道というものを目にした。しかし、所有する戦車の不平等さや、バランスの取れていない模擬戦など、どうにも腑に落ちないところがいくつもあり、全面的に満足とまではいかなかった。

 だが、その辺りの疑問は後でマリーに訊くとして、今は感傷に浸らず校舎へと戻ることにする。何せこの後は、マリーにケーキを持って行かねばならないのだから。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 マリーの待つサロンへと向かう道中。

 

「ごきげんよう」

「あっ、こんにちは」

 

 名前も知らないエスカレーター組の女子に、挨拶をされた。

 ベリーショートの金髪の人物だが、曙光はその人物と面識がない。記憶を掘り返して見るが、食堂で姿を見かけたことがあるような、と思う程度だ。

 だが、今一番重要なのは『それが誰か』ではなく、『エスカレーター組の女子が挨拶をした』ことだ。

 入学以来、そんなことは一度もない。受験組とエスカレーター組は、少しでも突けば取っ組み合いが始まるほど剣呑な関係だ。それもまだ根本的には解決していないはずだが、受験組の曙光にエスカレーター組のお嬢様が挨拶をした。

 

「・・・え?」

 

 それがどれだけ重要なことか、曙光は挨拶をして数歩でようやく気付いた。

 立ち止まり、慌てて後ろを振り向くが、その挨拶をした女子の姿は既に廊下の先の方にある。まるで、挨拶をしたことに何の後ろめたさも感じていないようだが、それが本来普通なのだ。その『普通のこと』が今までできなかったから、余計に驚いた。

 曙光は、再びサロンへ向けて歩き出す。

 

「ちょっと、遅かったわね?」

「ああ、ごめん。意外なことが起こってさ」

「意外なこと?」

 

 そしてサロンに着くと、既に身支度を整えて待っていたマリーが、不満げな目を曙光に向ける。曙光は持ってきた菓子の皿をマリーの前に置き、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れつつ、先ほどの挨拶の話をした。

 

「それは・・・良い兆候ね」

 

 話を聞き終えたマリーは、満足したように頷く。表情も、心なしか嬉しそうだ。

 

「あなたたちに挨拶をしたってことは、害のない存在と認めているからよ」

「だろうな。それはありがたいことだし、普通のことをしてもらえるってのは嬉しい」

 

 出来上がったコーヒーを、曙光はマリーの下へと運ぶ。そして、持ってきた菓子の皿に被せていた蓋を外すと、中からカヌレが姿を見せた。

 

「確かにここ最近、食堂でも俺や真壁に向けられる視線が、ほんのちょっと少なくなった気もする」

「それは、慣れもあるんじゃないかしら?あなたたちはほぼ毎日、こっちの学食に来てるし」

 

 ただ、慣れにしても、エスカレーター組から刺々しい視線を向けられないのは、大きな進歩だ。それまでは校舎を行き来する度に、胃が縮こまるかのような思いをしてきたのだ。今はそんなことも無くなりつつあるので、曙光も自分たちの行いが決して無駄ではないのを実感している。協力してくれている真壁にも感謝したい。

 だが、そこでマリーは『そういえば』と曙光を見る。

 

「曙光、今日は学食に来てくれなかったわね」

 

 話の流れが変わる。マリーの表情にも、若干の鋭さが滲み出ていた。

 曙光も、そうなってしまうのは当然だと思っている。。自分からそれを言ったくせに、理由も言わなかったのだから。

 ただ、その理由はいくらでも誤魔化しが利くと思っていたのだが、今のマリーはいつになく真剣な顔つきをしている。真実を言わなければ納得してくれなさそうだが、かと言ってそれを正直に言うのは曙光としても恥ずかしい。

 

「まぁ・・・気持ちを整理したかったんだ」

「整理?」

 

 言葉を選びながら、ゆっくりと話し出す。

 いかに自分が恥ずかしくても、マリーから視線をそらしてはならないと思った。

 

「その、マリーと出掛けた日。マリーは楽しかったって言ってくれて、それは嬉しかった。俺も楽しかったからさ」

 

 マリーと反対側にある椅子に、曙光は腰を下ろす。未だマリーの視線は曙光から外されておらず、思わず唾を飲み込む。

 

「けど、マリーから『楽しかった』って面と向かって言われた時・・・何か胸が締め付けられるような感じがしたんだ」

「・・・?」

「だから少し、自分の気持ちを整える時間が欲しかったんだよ」

 

 あの時、笑みとともにその言葉を告げられて、曙光の心の中は温かい気持ちで満たされたようだった。

 しかし同時に、何か得体の知れない奇妙な気持ちに、呑み込まれそうな感覚もあった。それが、胸が締め付けられるような感じの正体であり、そのまま受け入れるのを曙光は拒んだ。

 その感覚は、結局学園艦に戻るまで消えず、かつて抱いたことのない感覚に恐怖した。だから、その発端であるマリーとほんの少しの間だけ距離を置こうと考えた結果、今日だけ昼食は別々にとしたわけである。

 

「何だかいまいち、よく分かんないわ」

「・・・すまん」

 

 説明しても、マリーは首を傾げる。真に納得はしていない様子だ。曙光も、正体不明の感覚が怖かったなんて説明を受けたら、同じような反応を示す自信がある。

 しかしマリーも、あまり難しいことは深く考えない主義のようで、『まぁいいわ』と言いながらカヌレを食べる。表情は一転して明るくなった。

 

「曙光って、意外とそういうの気にするタイプだったのね。私の言葉とか」

「まあ、な」

 

 コーヒーを飲むマリーに向かって、曙光も頷く。

 

「それでも、ケーキの腕は落ちてないんだから大したものよ」

「そりゃ下手なものは食べさせられないし」

 

 どれだけ自分が心に不安や迷いを抱えていても、菓子作りには一切私情を挟まない。それは自らに課している義務でもあった。

 

「まぁ・・・いいわ。ケーキが美味しいし、お昼のことは勘弁してあげる」

「助かる。明日は大丈夫だから、またお昼は一緒にしよう」

「そう?なら、お願いね」

 

 一先ずの許しを得られたので、曙光は安心する。ただ、マリーの微笑みを見ると、やはり曙光の胸はわずかに引き絞られるような思いだ。

 

「ところで今日、曙光は戦車道を見学に来たんでしょ?」

 

 カヌレを1つ食べ終えたマリーが、改まって曙光に訊ねる。頷いて、曙光も自分の分のコーヒーを飲んだ。

 

「どんな感じに見えた?」

「どう・・・って言われても俺は素人だからな・・・。とやかくは言えないけど・・・」

 

 戦車道を初めて見てから、まだそこまで時間が経っていない。所見の整理もままならない状態だったが、それでも見学した模擬戦の色々な感想を、マリーに伝えていく。マリーは、『ふんふん』と頷きながら耳を傾けてくれた。

 

「大きい銀色の戦車はARL44、小振りなグリーンの戦車はソミュア、私のダークグレーの戦車はルノーFTね」

 

 話し終えてから、マリーがまず教えてくれたのは、曙光にとっては分からなかった戦車の種類だ。聞いたところで、名前を覚えるのにも苦労しそうだが。

 

「曙光も言ってたけど、ソミュアは足が速くて、ARLの火力は高い。だから一番いいのは、ソミュアで相手の動きを攪乱しつつ、ARLで撃破することなんだけど・・・」

「そこはBCか」

「ええ。見て分かると思うけど、エスカレーター組のARL、外部生のソミュアの部隊がそれぞれだけで戦っちゃうから、連携できないの」

 

 フォークを一度置き、マリーは溜息を吐く。

 受験組が全体的な性能で劣るソミュアを宛がわれたのは、エスカレーター組の方針によるものだ。プライドの高いエスカレーター組は、戦車道で外部生に劣ることを良しとせず、比較的性能の良いARLを独占して所有してきた。これは、学園が併合されて間もない頃から変わらない。

 受験組も、エスカレーター組の考えは分かっていたし、だからこそ納得できなかった。

 よって、エスカレーター組が扱き下ろす受験組が、性能の低い戦車で、エスカレーター組の高性能な戦車を殲滅させられれば、革命が成し遂げられると信じてやまないのだ。だから、たとえ戦車道の模擬戦であっても、実弾まで使っている。勝てた試しは一度もないらしいが。

 

「流石に公式戦で仲間割れはしないんだろ?」

「それはね。私もその時だけは割と真剣に皆を纏めたわ」

 

 既に終わってしまった、今年の戦車道の全国大会。相手は四強校の一角・聖グロリアーナ女学院と、曙光には聞いただけでも『強そう』としか思えなかった。

 ただ、マリーはそんな相手を前に、いつもの調子では勝てるはずもない、とすぐに悟ったそうだ。

 なので、その時はまだ己の中に残っていた、お互いに仲良くなれるようにという気持ちを全面的に前に出し、どうにかして協力させたと言う。協力と言っても呉越同舟、不承不承と、お互いに牙を剥き合いながら手を組む非常に危なっかしいものだったが。

 結果は、敗退。そのせいで、『手を組んでも勝てない』と皆は思い込んでしまい、ますます仲は悪くなってしまったのだと言う。

 

「そもそも、こんな状態だから大会とかに出ても初戦敗退ばっかりなの」

 

 戦車道で大切なのはチームワークだと、マリーは語る。いくら戦車1輌の練度が高くても、チーム全体で纏まらなければ何にもならない。個々の練度は、模擬戦を見ていた曙光からしても、それなりに高いことは窺えた。

 公式戦で結果を残せないのも頷けてしまう。参戦する他の学校も、戦車の性能はもとより、連携もそれなりに強いはずだ。そんな学校が揃う大会に出ようものなら、簡単には勝てないだろう。

 

「模擬戦が陣営ごとのチームになっているのも、仕方ないか」

「そうね。何度かお互いの戦車を混ぜたチームを作ろうとしたけど、結局仲間割れになっちゃって。練習にならなかったわ」

 

 コーヒーを飲んで、『はぁ』とまた息を吐くマリー。今日見た時は違ったが、仲間割れを起こしたときの有様など、見るに堪えないものだったのだろう。

 

「後さ、ルノー・・・FTだっけ。マリーはあれに乗って後ろで指揮するだけなのか?」

「それはBCの隊長のしきたりみたいなものね。あの戦車で、後方で優雅に指揮を執る・・・ルノーFTの性能自体そこまで高くないのもあるんだけど」

 

 なるほど、と曙光は腕を組む。

 曰く、ルノーFTは学園が所有する戦車で最も小さいものであり、故に特別扱いされている。だから、唯一の隊長が搭乗して戦いに挑むというのだ。しかし性能面では劣るため、後方で指揮に集中すると言う。

 

「曙光は今日、初めて戦車道を見たのよね?どうだった?」

 

 すると、マリーがうきうきとした様子で尋ねてくる。好意的な感想を求めているのは分かるが、曙光は申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「・・・何も知らなかったら、楽しめたと思う。けど、ウチの学校の事情を知ってると・・・素直には楽しめなかった。ごめん」

「・・・まぁ、そんな気は私もしてたわ。謝らなくていいの」

 

 だが、曙光が謝るも、マリーに凹む様子はあまりない。むしろ、否定的な感想も予想していたようだ。

 

「私も、戦車道を始めたばかりの頃は、こんなはずじゃ・・・って思ったの。今はもう慣れてしまったけれど、戦車道を心から楽しいって思ったことは少ないかしら。特に、隊長になってから」

 

 隊長となり、エスカレーター組の代表となったマリーは、現状を良しとしていなかった。だからこそ、一時はお互いの仲を本気で取り持ち、辛うじて共闘させることはできた。しかし、やはり遺恨は深すぎて、現状維持が精いっぱいと悟ったのだ。

 こうした環境で歩む戦車道とは、マリーにとっては心から打ち込めるものとは言えない。楽しいと思ったことも、本当に少なかったのだ。

 

「いつか、マリーが戦車道を楽しいって思えたら、いいな」

「・・・ありがとう」

「こうなった以上、俺も見てみたいし。お互いに仲良くなって、協力して強くなったBCの戦車隊を」

 

 初めて戦車道という武芸を改めて見たが、やはり難解な事情が挟まっているのもあり、心の底から楽しめはしなかった。

 だが、一度この戦車道に触れた以上、一度でいいから爽快な戦いが見てみたい。欲を言えば、BC自由学園の分裂状態の戦車隊が一致団結して、勝利を修める瞬間を見たい。

 それができないことこそが、マリーの悩みの種の1つでもある。

 だが、エスカレーター組と受験組が手を組めば、それも実現できるかもしれない。それを成し遂げるために、曙光はマリーに協力しているのだ。だから、そのために力を貸すことは惜しまない。

 自分にできることがあるのなら、曙光は何でも聞く覚悟だ。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 マリーが普段生活する寮は、外部生とは比べ物にならないほど豪勢だ。各部屋には天蓋付きのベッド、応接用のテーブルセットなどが予め設えており、共有スペースにも。お嬢様とはいえ、学生には不釣り合いなほどに揃っていた。

 その豪勢なベッドに、マリーは制服のまま身を投げ出す。およそ優雅とも気品あるとも言えない態度だが、部屋には自分以外誰もいない。何をしても、誰も咎める人はいなかった。

 ただ、普段からマリーは制服のままベッドに寝転がるような真似はしない。髪が乱れるし、制服に皺がつくし、それを直すように頼むのも億劫だ。では、なぜ今日はそのリスクを負ってまでこんなことをしたかというと、自分の心の中に多くのものが重なって、疲れてしまったからだ。

 

 ―――気持ちを整理したかったんだよ

 

 今日、理由もなく昼食の同席を断った理由。

 出掛けた際にマリーが曙光に向けた言葉は、そこまで深い意味を込めたものではない。だが、曙光はマリーの言葉を深く受け止めていた。正確には、好意的に受け止めてはいたものの、曙光自身の気持ちに収拾がつかなくなってしまったのだが、それがマリーは嬉しかった。

 自分の言葉を真剣に考えてくれるのは、聞き流されるのと比べれば嬉しい。特に相手は、マリーたちエスカレーター組と対極の存在である外部生、ここまで仲良くなれると思わなかった人間だ。エスカレーター組の言葉をまともに聞き入れてくれる者ばかりな外部生だったから、曙光という存在は貴重でもある。

 

 ―――そう言ってもらえると、普通に嬉しい。ありがとうな

 

 ただ、あの外出した時に聞いた言葉は、マリーの中で鐘の音のように長く響いていた。

 あれはきっと、曙光の本心だったのだろう。その時の曙光は、軽口を叩いている風には見えなかったし、曙光はそういう感謝の気持ちを冗談や皮肉で言ったことはない。その辺りに信頼はしている。

 

「・・・・・・」

 

 信頼。

 協力関係を築く上では欠かせないもの。BC自由学園においては、エスカレーター組、外部生のそれぞれの枠組みでは存在していても、お互いの陣営の間にそんなものはなかった。

 けれど、マリーは曙光のことを信頼している。これまで積み重ねてきたものがあるからこそ、そう思っていた。

 だが、曙光の言葉を聞いて、自分の胸に強く響いているこの感覚は、ただ信頼しているだけでは得られないものではないかと思う。

 

 ―――いつか、マリーが戦車道を楽しいって思えたら、いいな

 

「ふぅ・・・」

 

 そして今日言われたことも、マリーは嬉しかった。戦車道を心から楽しんだことがまだ少ないと嘆き、そんな自分を曙光は案じてくれていた。

 それもまた、ただ嬉しいと思うだけではなくて、同じように心に深く刻まれている。

 ただ協力関係だから信頼しているというだけでは、こうはならないのではないか。

 自分の心の中で何かが燻っている。単に手を組んでいるだけだった曙光との関係が、変わりつつある。

 それが分かっていても、マリーは自分の感情が分からない。何せ、こんな気持ちになることなど初めてだから。

 

(曙光、ね・・・)

 

 一度目を閉じて、集中して考えようとする。

 だが、それはドアのノックで遮られた。

 

「誰?」

『祖父江です。遅くに失礼いたします』

「入って」

 

 答えつつ、身だしなみを手早く整える。起き上がったところで、祖父江が恭しく頭を下げて入ってきた。

 

「すみません、お休みでしたでしょうか?」

「いいえ、大丈夫。何かしら?」

「戦車道連盟から、こちらの封筒が届いておりました」

 

 制服のまま寛いでいたことは言及せず、祖父江は脇に携えていた茶封筒を差し出す。

 戦車道連盟から直接、となれば何かしら重要な連絡と考えられる。これまでも、夏の全国大会の時や、()()()()()()()()()()()()など何度も送られてきていた。

 仕方なく、曙光のことはいったん頭から外し、茶封筒の封を解く。

 中に入っていたのは数枚の書類と、1枚のチラシだ。

 

「・・・冬季、無限軌道杯・・・」

 

 書類に目を通したマリーは、その新たに開催される大会の名をぽつりと口にした。




『放課後、学食で会おう』

 休日に真壁とアドレスを交換した砂部は、そのメールを読んで心が躍るような気分だ。
 以前から、真壁が和菓子作りを得意としていることは聞いており、一緒に出掛けた時に持ってくると約束してくれた。その証拠に、昨日は作っている途中と思しき写真を、砂部に送ってくれたのだ。
 マリーほどではないにせよ、お菓子が好きな砂部にとってはとても嬉しいことである。おかげで朝にメールが来てから、授業中も、戦車道の訓練でも、ミーティングやシャワーの間もずっとそのことを考えていたぐらいだ。
 わずかに楽しさを滲ませながら学食にたどり着くが、まだ真壁の姿はない。この時間になると、食品の提供は行われないが、一応自由に使えるように開放されている。今もまた、数組のエスカレーター組の女子がテーブルに着いて談笑しているのが目に入った。
 砂部は適当な席について、真壁を待つことにする。

「お待たせ、砂部さん」

 それから数分と経った頃に、真壁は姿を見せた。手には、お菓子が入っていると思しき紙袋を持っている。

「ごめんね。待たせちゃった?」
「いえ、私も先ほど来たばかりですし」

 そして、デートの前のような挨拶を交わしたところで、可笑しくなってしまう。思わず砂部がニコッと笑う一方、真壁は若干恥ずかしそうに項垂れた。

「ところで、約束のものなんだけどさ」

 そこで、話の流れを無理やり変えるように、真壁は紙袋をテーブルの上に置く。照れ隠しかな、と砂部は思ったが口にはしない。

「おはぎでよかった?」
「はい、ありがとうございます」

 袋から取り出した箱の中には、ふっくらとした小豆色のおはぎがいくつも並んでいた。『美味しそうですね』と言わずにはいられない。

「お茶も持ってきたし、よかったら」
「ありがとうございます・・・」

 袋から水筒を取り出す真壁。カップに注がれたのは、温かいほうじ茶だった。おはぎだけでは口の中が少しねばついてしまうので、飲み物の用意をしていなかった砂部としてはありがたい。

「それでは、いただきますね」
「召し上がれ」

 一つおはぎを手に取り、砂部は早速口に運ぶ。
 途端、自分の表情が緩んでしまうのを堪えられなくなった。

「美味しい・・・です・・・!」

 口の中に広がる餡子の風味に舌鼓を打つ。その砂部の反応に安心したか、真壁も『ありがとう』と笑ってお礼を告げる。
 一つ目をじっくり味わってから、砂部は改め真壁を見る。

「本当においしくて・・・お店で出されても不思議ではないぐらいです・・・」
「それならよかった・・・。もし美味しくなかったらどうしよう、ってよく思っていたし」

 どうやら、持ってきたおはぎは全て砂部に食べさせるつもりらしく、真壁は手を伸ばそうとしない。それを申し訳なく思うが、同時に美味しくてすぐに次のが食べたくて仕方ない自分も、些か食い意地が張っていると砂部は思う。

「作った甲斐があったよ。それだけ喜んでくれるのを見るとさ」

 2つ目のおはぎに口を付けたところで、真壁が告げる。途端、目に見えるレベルで喜んでいたと今頃に気づき、恥ずかしくなってしまう。なので、2つ目を食べ終えると、おはぎの箱の蓋をそっと閉めることにした。

「あれ、もういいの?」
「残りは寮で食べようかなと・・・」

 真壁が訊ねるが、砂部はこれ以上恥ずかしい顔を見られたくないという本心を隠す。

「また何か、作ってほしいお菓子があったら言ってよ。作るからさ」
「いえ、そんな・・・申し訳ないですよ」
「いいって。美味しそうに食べてくれるんだし、作り甲斐もあるよ」

 だが、先ほどの砂部の表情を、真壁は本当に微笑ましく見ていただけらしい。そう思うと、恥ずかしがっていた自分が独り相撲を取っていただけのような気がした。一先ず、真壁が差しだしてくれたほうじ茶で気持ちを落ち着かせることにする。

「ところで、さ。ここに来る途中なんだけど・・・」

 そこで真壁は、話の流れを自分から変えてくれた。これは砂部としてもありがたい。

「実はさ、エスカレーター組の子に挨拶されたんだ」
「えっ?」

 しかしながら、真壁の切り出した話はとても雑談程度で済まされない。

「どなたか、お知り合いの方でしたか?」
「ううん、知らない人。短い金髪の人だったけど、フツーに挨拶してくれたよ」

 元来、エスカレーター組は受験組に対し、排他的な態度を取っている。常日頃から厳しい視線を向けており、挨拶などもってのほかだ。だから、見ず知らずのエスカレーター組の女子が、受験組の男子に挨拶をするなど異常事態と言っても過言ではない。

「真壁さんはどう思われました?」
「そりゃ、驚きはしたけど、もちろん嬉しかったよ。だって、それだけ俺たちのことを信用してくれてるんだから」

 挨拶をするのは社交辞令もあるだろうが、この学園においてはそうとは限らない。身分の違うものに対して、厭味ったらしくない挨拶をすれば、それはすなわち信頼と取ることができる。真壁も、その点は分かっていた。

「いや、本当・・・嬉しかった。だって今まで、コケにされてたんだからさ・・・」

 鼻を掻く真壁を見て、砂部も同様に嬉しくなる。砂部は受験組に対してそうした態度はとらないでいたが、自分以外の誰かがそうしてくれたのを思うと、身内だからなのもあるが気持ちが穏やかになる。受験組に対する意識が変わりつつあるのだ。

「真壁さんは人当たりも良いと思いますし、それこそ今の状況が変われば、仲良くなれると思いますよ」
「えー?俺は別にそんなんじゃないって」

 口では否定するものの、真壁は満更でもなさそうだ。
 砂部から見ても、真壁は割と気さくな性格で、接することに緊張などは不要だ。比べると少し申し訳ないが、マリーとつながりが深い曙光より明るいイメージがある。エスカレーター組と外部生の隔たりが無くなった暁には、交友関係も広がりそうだ。

「・・・・・・」

 そうなることは、喜ばしいことのはずだ。
 だと言うのに、その時を思い浮かべた砂部は、わずかに寂しさを覚えてしまう。まるで、胸に小さな針が突き刺さったような、胸がつかえるような思いになる。

「砂部さん、どうかした?」
「へっ・・・?いえ、何でも・・・」

 不意に真壁から声を掛けられて、砂部は慌てて否定する。
 その自分でもよく分からない感情を振り切るように、ほうじ茶を一杯飲む。
 それでも胸のつかえは、取れなかった。
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