迎えた大洗女子学園との試合の日。天候は快晴とはいかなかったが、雨でないだけまだマシだ。
観戦席には多くの観客が座っており、中にはBC自由学園でも大洗女子学園でもない学校の生徒もいる。それだけ、伝説を打ち立てた大洗女子学園に興味のある学校が多いのだろう。
その観客たちに混じり、曙光と真壁は座っていた。
「意外だな、真壁も戦車道を観るなんて」
「まぁ、ちょっと気になるところがあってな」
曙光の記憶では、真壁は戦車道に対して別段興味を示してもいなかった。どういう心境の変化かと思ったが、恐らくはここ最近で親しくなった砂部のことがあるのだろう。そこに関しては、親友として深く聞かないでおく。
さて、試合開始を待つ間、仕方なく周囲を軽く見回すが、やはり観客は多い。
「戦車道の試合って初めて来たけど、結構人気なんだな」
「何か、少し前まではこんなに多くはなかったらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。何か、戦車道はマイナーな武芸で人気も落ち気味だったらしい」
真壁がどこからから仕入れた情報を聞いて、曙光も感心したように頷く。そう言えば、そんな感じのことをマリーも言っていたような気がした。
そんな曙光たちは、物見遊山で試合を観に来たのではない。マリーが試合中に食べるケーキを運んできたのに加え、この試合の出来次第ではBC自由学園の行く末が変わるのもあり、見届けたかったからだ。
「で、ウチのチームはまだ来てないんだな」
観戦席の正面に据えられたモニターを見て、真壁が呟く。ディスプレイが左右で二分されており、右側には大洗女子学園のチームが戦車と共に映っているが、左側のBC自由学園の枠には芝生以外映っていない。まだ、戦車も乗員も来ていないのだ。
「ああ、予定通りらしい」
大洗のスパイには、BC自由学園は分裂状態と嘘の情報を掴ませた。その情報はギリギリまで本当と思い込ませたいので、マリーたちもまた試合が始まるまでは芝居を続ける。それを今、試合会場に遅れて来るという形で示しているのだ。
「勝てるのかねぇ、全国優勝校に・・・」
「それは、信じるしかない」
マリーによれば、内乱が収まった後で再度OGのアズミと言う人を呼び、作戦の立て直しを協力してもらったらしい。チームがまとまったために、戦略の幅も広がったからだ。なので、より勝てる可能性の高い作戦を遂行すると言う。
しかし、いくら協力した強さが未知数とはいえ、相手は全国大会のチャンピオン。こちらの作戦がどこまで通用するかは分からないし、戦車に乗らない曙光や真壁には予測もできない。出来るのは、ただ勝てるようにと祈るだけだ。
「おっ、来た」
ディスプレイに、BC自由学園の戦車が映る。だが、先頭を走る2輌―――ARLとソミュアは車体をぶつけ合ったり砲撃したりと、醜い小競り合いを見せている。
それを見た観客たちは、ざわついている。噂には聞いていた、BC自由学園の内部抗争を目の当たりにして、驚きを隠せないのだろう。しかし、既に内部抗争は収束している。つまり観客まで騙せているわけだ。
((・・・不安だ))
一方、その様子を見た曙光と真壁は、心配になってきた。
確かに内部抗争は一応の終わりを見せたし、曙光や真壁はそれを自分の目で見て知っている。
だが、例え演技と分かっていても、ああして喧嘩している様子を見ると不安になる。長い間、本当の意味で争っていた光景を見てきたからかもしれないが、不安なのに変わりはなかった。
それと同時に、今日の試合のどこかで、何かのアクシデントをきっかけにそれが再発しないかと、気がかりでもある。疑うわけではないが、あのいざこざを見てきた人間として、心配になるのは仕方なかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
試合を行うのは、山岳エリアと田園エリアを擁す広大な土地。
挨拶を終えた後、BC自由学園と大洗女子学園は、それぞれのスタート地点へと移動する。
「果たして、奴らは上手く引っかかるだろうか・・・」
移動中に、ソミュアから身を乗り出す安藤が思案する。偽の情報を掴ませて、挨拶の場でも一芝居打ったが、向こうの勘が鋭かったらすぐに演技とバレてしまうかもしれない。
「大丈夫よ。向こうは私たちのこと、本当に仲が悪いって思っている感じだし」
「マリー様が大丈夫と言えば大丈夫だ。我々が心配することもなかろう」
「・・・そうだな」
マリーが安心させるように告げると、押田も同調する。ほんの少し前なら、このやり取りだけで充分諍いの原因になり得たが、押田の言葉に安藤が大人しく同意した時点でかなりの進歩だ。
「さて、それじゃおさらいをしましょうか」
「「はい」」
スタート地点までの間に、マリーと押田、安藤で作戦を再度確認する。
相手はまだ、こちらのチームが分裂していると思っているので、この状況を活用しない手はない。
なのでまずは、フラッグ車のマリーのルノーFTが護衛にARLを1輌連れて丘の上へ移動。その後は、安藤率いるソミュア部隊と、押田率いるARL部隊がそれぞれ別方向から大洗チームの後方へと迂回しながら向かう。
丘の上に待機するマリーたちが相手の動きを監視し、頃合いを見て安藤・押田の両部隊が攻撃ポイントまで移動し、そこで一気に叩く。
「その攻撃ポイントが、川に架かる橋ですね?」
「そうよ」
「きっと向こうは、マリーさんのフラッグ車が丘にいると思い込むだろう。そして、丘まで最短で行くには橋を渡るしかない。周りは急な斜面だし、迂回ルートは私たちが塞ぐ」
地図によれば、マリーの待機する丘近くには川があり、そこに橋が架かっている。大洗側から丘まで最短で向かう道はそこしかなく、それ以外のルートは安藤と押田の部隊がそれぞれ大洗の後方へ回り込みつつ牽制するのだ。
安藤の説明に、押田は頷く。
「我々がそれぞれ、別方向から二手に分かれて移動するのも、ルートを塞ぐのと同時に、私たちがまだチームワークができないと思い込ませるためだな」
「そういうこと」
マリーは押田の言葉に頷き、手に持つ扇子で砲手席に座る砂部の頭を軽く撫でる。すると、砂部は意図を察し、車内のクーラーボックスからショートケーキを取り出して皿に載せ、フォークを添えてマリーに差し出す。試合前に曙光から渡されたそのクーラーボックスの中には、試合中にマリーが食べるためのケーキが詰まっている。
「驚いた。まさか、安藤さんたち外部生が、こんな綿密な作戦を考えられるとは」
「それほどでもないさ。押田くんたちエスカレーター組の連携に比べれば」
今回の作戦だが、大まかな方針はマリーと押田をはじめとしたエスカレーター組が決め、OGのアズミが助言をしつつ、安藤含め外部生が細かいところを詰めた感じだ。なので今回の作戦も、エスカレーター組と外部生が協力して立てた作戦ということになる。特に外部生は、伊達に受験戦争を勝ち抜いてBC自由学園に入学してはいない。こうして頭を使うことは得意だった。
「さあ、今日は私たちの強さを見せつけて、大洗をぎゃふんと言わしめましょう」
ショートケーキを一口食べる。いつもながら、曙光の作るケーキは美味しかった。
マリーはにこっと笑い、手の中でフォークを回す。
「Vive la」
「「BC!」」
『Allez!!』
マリーの宣言に押田と安藤が続き、さらには隊員全員が応える。
戦車の上で風を感じながら、マリーはショートケーキの二口目を食べる。
(せっかく彼とここまで来たんだもの。ちゃんとしなきゃね)
紆余曲折を経たが、曙光と協力して両陣営の関係を改善させることはできた。それに今日は、その曙光も観に来てくれている。それならば、格好いいところを見せたい。
そして何より、今のマリーは心が高鳴っている。
何せ、危なっかしかったこのチームが、初めてちゃんと連携して試合に挑めるのだ。
今まではマリーも、戦車道に向き合う際は、如何にして分裂状態だったチームをまとめるかを第一に考え、心から楽しいとは思えなかった。
しかし、今は違う。反りが合わなかったお互いは手を取り合い、本気で大洗に勝とうとしている。それならば、ようやくマリーも戦車道に真剣に打ち込むことができるのだ。心躍らないはずもない。
―――いつか、マリーが戦車道を楽しいって思えたら、いいな
曙光の言葉が蘇る。
今日の試合がまさにそうなると、マリーは自信を持って言えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
試合序盤は、まだ両者の間に距離があるため、いきなり砲撃が始まったりもしない。
BCチームは、フラッグ車のルノーFTとARL1輌が丘へ向かい、残りのソミュアとARLは車種ごとに部隊を形成し別方向へ進軍を開始。
一方の大洗チームは、スタートして少ししてから、偵察のため八九式中戦車とポルシェティーガーを先行させる。戦車道に明るくない曙光や真壁は、戦車の名前はディスプレイに表示される情報を頼りにするしかない。
やがて八九式は安藤率いるソミュア部隊、ポルシェティーガーは押田率いるARL部隊をそれぞれ発見。各部隊の進路からして、チームワークではなくそれぞれが大洗の後方からの包囲殲滅を狙っていると判断したらしい。そして、本隊は浅瀬を経由してBCチームのフラッグ車がいるであろう丘へと向かい、偵察に出た2輌はそれぞれの部隊を尾行して動向を監視することにしたようだ。
もちろん、これはマリーたちにとって予想通りの動きである。
「上手くいくかね・・・」
「作戦自体は悪くない、と思う。素人目線だけど」
一応、マリーからどんな感じの作戦なのかは大まかに説明をしてもらったが、門外漢の曙光には作戦の良し悪しも判別できないでいる。なので、素人なりにどうなのかを考えた結果『悪くない』と判断したまでだ。
だが、大洗チームは狙い通り浅瀬を渡り、当初のBCの攻撃ポイントである橋へと順調に向かっている。
そこで、動きがあった。
「おっ」
小さな農村のようなエリアを移動していたソミュア部隊が、突如動きを止める。そして、尾行していた八九式に向かって発砲を始めたのだ。さらに、ほぼ時を同じくして、ARL部隊も田園地帯で、監視していたポルシェティーガーに向かって発砲。交戦状態に陥る。
観客たちは、ようやく砲撃が始まったことに歓声を上げる。曙光と真壁も、戦車同士の本格的な撃ち合いを見るのは初めてだったので、昂りを感じる。
しかして、試合の方は順調に流れている。戦闘を始めたソミュア部隊とARL部隊だが、それぞれ1輌ずつその場に残して尾行を足止めしつつ、残りの車輌は前進を再開。そして、大洗チーム本隊の後方およそ数キロの地点で両部隊が合流した。
「あんな動きもできるんだ」
曙光がポツリと零す。
東西からやってきた両部隊が、真正面から接近する。ぶつかりらないかと冷や冷やしたが、計6輌の戦車は車体を擦りもせず、華麗なすれ違いを見せ合流を果たし、大洗の目指す川へと向かう。これには、曙光や真壁だけでなく、周りの観客たちも『おお~』と感嘆の声を挙げる。会場に来るまでは仲が悪そうだったから、意表を突かれたのあるだろう。
「大洗、どんどん近づいているな・・・」
「きっと、マリーたちも気付いていると思う」
曙光も真壁も、のめり込むように試合を注視している。
モニターには、フラッグ車・ルノーFTがいる丘に順調に近づいている大洗チーム本隊の映像が流れている。
一方で、肝心のルノーFTと護衛のARLだが、その乗員が戦車を降りて『ペタンク』というフランス発祥の遊戯に興じている映像が出てきた。おまけに、隊長のマリーはルノーFTの上で居眠りをしている。その傍で、砂部が直射日光がマリーに射さないよう日傘を差していた。
「・・・本当に大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫、なはず」
いくら相手を油断させるにしろ、ちょっとばかし演技が過ぎやしないかと、曙光も真壁も心配になってくる。そういう作戦なのは分かっているが、不安が拭えない。
しかし、映像が切り替わり、ソミュア部隊とARL部隊が大洗チームに気付かれないよう川に向かっている様子が映し出される。その瞬間、試合の流れが読めなくなってきたのか、観客たちはどよめき始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こちら安藤隊、位置についた」
『了解。押田隊も配置完了、指示を待つ』
攻撃ポイントの橋からおよそ300メートルあたりで、岩陰に隠れるように安藤のソミュア部隊が展開を終える。無線で押田にそれを伝えると、向こうも丁度展開を終えたようだ。
今のところ、大洗チームはフラッグ車・ルノーFTとその護衛・ARLに気付かれないように、そろりそろりと橋を渡っている。ソミュア部隊には、大洗チームが奇妙な動きを見せたらすぐに伝えるように言ってあるが、このまま大洗チームが橋を渡りきるようであれば、その直前で砲撃を開始するつもりだ。
「エスカレーター組は、上手くやってくれるでしょうか・・・」
「案ずるな。向こうの連携力も中々のものだ」
不安そうな操縦手だが、安藤は安心させるように告げる。
いがみ合っていた時は腹立たしかったが、エスカレーター組の戦車は連携力が強い。元々プライドが高いからか、自分たちの戦いを華麗に仕立てようという共通意識があり、エスカレーター組の部隊は統率が取れている。受験組もそれなりのものと思ったが、向こうはそれ以上だ。
「今は状況が違う。信じてみよう」
安藤が言うと、砲手と操縦手も頷く。
と、その時。照準器越しに大洗チームの様子を窺っていた砲手が声を上げる。
「大洗、増速!気づかれたかもしれません」
それを聞いた安藤は、無線機を手に取る。
「総員、砲撃開始!」
◆ ◆
安藤からの指示の直後、待機していたソミュア部隊とARL部隊が発砲を始める。
狙っているのはもちろん戦車だが、より重点的に狙っているのは、その大洗チームの戦車が渡る木製の橋だ。あの橋を崩せば、フラッグ車を含めた大洗チームの戦車は川に落ち、横転などすれば即刻行動不能で白旗判定になる。
「よし、進路は断った!退路も狙え!」
ARLから戦況を窺う押田は、丘側の橋が崩落したのを確認した。次は、大洗チームが渡ってきた方も狙う。
「外部生の作戦、ドンピシャでしたね」
「ああ。流石は、受験戦争を勝ち抜いてきた者と言ったところか」
装填手が砲弾を装填しながら話しかけると、押田も力強く頷く。
争っていた頃、受験組は自分たちの頭の良さを引き合いに出してきたが、こうして今回の作戦が上手くいったのを見ると、それも認めざるを得なくなる。口惜しいことに、地頭の良さで言えば、受験組の方が一枚上手だ。
すると、橋の反対側も崩れ落ちる。これで大洗チームは橋の上で立ち往生だ。
(砲手の腕も、中々悪くないな)
押田は自分の部隊に指示を出しながら、蜂の巣状態の大洗チームと橋を観察する。
ARL部隊が大洗チームの戦車を狙っているのに対し、安藤率いるソミュア部隊は橋脚や底面部を積極的に狙っているように見える。ソミュアの火力では戦車の装甲を抜けないため、橋を狙うのは合理的な手段だ。それでもなお、戦車よりも狙うのが難しい丸太を組んでできた橋脚を撃ち抜くのは、相当な腕がなければできない。普段の模擬戦で、ARLのターレットリングを狙い撃つほどだし、小さなウィークポイントを狙うのは向こうにとってお手の物なのかもしれなかった。
精緻さ、計算高さについては、押田も安藤たちを認めている。その成果を見せつけられて、外部生なりの強さも同時に実感した。
「流石、外部生だ」
敵対していた時は鬱陶しかったが、味方になると頼もしくなる。
そのことに、押田は笑った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一転して、大洗が窮地に陥った。
今の状況に、観戦席は大いに湧きあがっている。まともに戦えるか不安だったBCが、全国大会優勝校の大洗を追い詰めているのだ。下馬評を覆す目の前の試合に、誰もが驚きを隠せずにいた。
曙光と真壁は、緊張と興奮のあまり無意識に拳を膝の上で握り、鼓動も早まっている。
大洗チームは、どうすることもできずBCの砲撃に晒されている。反撃するように撃ち返してはいるが、砲撃を受けて不安定な橋の上では狙うのもままならず、気休めにしかなっていない。足止めを受けていた偵察の八九式とポルシェティーガーも本隊との合流を図るが、戦域マップを見る限り距離が離れすぎていた。この調子では、到着するまでに橋が崩落する。
(行ける・・・!)
度重なる砲撃で橋脚がぐらつき始め、崩壊も秒読みに近い。そうなれば、もはや勝利したも同然だ。
心の中で、曙光は叫ぶ。拳を握る。
だが、流石は全国大会優勝校。ただでやられるつもりはなさそうだ。
「お・・・?」
橋の上の1輌の戦車が動き出す。それは、この試合から新たに追加されたらしい、Mk-Ⅳという戦車だ。その戦車は前へと進み、崩落した橋の先端から岸辺に降りようとする。本来ならそのまま縦にひっくり返るはずだが、Mk-Ⅳは全長が長いため、そのまま橋と岸辺を繋ぐ梯子のような状態で止まった。
観客たちはざわつく。曙光も大洗が血迷ったかと思う。
だが、驚くべきことに、橋の上の大洗の戦車たちは、その梯子のようになったMk-Ⅳの上を渡って橋からの脱出を始めたのだ。
「「なっ・・・!?」」
曙光と真壁は揃って声を上げる。観客たちは、この絶体絶命の状況を打破する奇策に歓声を上げる。
BCチームも大洗が脱出を図ろうとしているのを見て、前進して戦車の撃破と橋の破壊を急ごうとする。だが、橋の半分を落とすよりも大洗チームが退避するのが一歩早かった。
「ああっ・・・」
悔しそうに真壁が声を洩らす。
だが、曙光は未だモニターから視線を逸らさない。まだ橋の半分に大洗の戦車は残っており、BCチームも前進して戦車を狙いつつ、残った橋の崩壊も狙う。しかしそれでも間に合わず、大洗の戦車が先に全て岸辺に降り、その直後に橋が爆散した。
「惜しい・・・!」
歯ぎしりする曙光。
それでも攻撃の手を止めないBCだが、大洗も足場が安定したことで本格的に反撃を始める。また、偵察に出ていた八九式とポルシェティーガーが合流し、逆にBCチームの後ろから攻撃を仕掛けてきた。
やがて、川の近くで上手く戦えないのもあり、形成が悪いと踏んだのかBCチームは一時撤退を始める。大洗チームも深追いすることはなく、戦いは一度仕切り直しとなった。
「惜しかったな・・・」
無意識に緊張していたが、曙光は溜息をついてそれを解す。真壁も大きく唸る。
一方観客たちは、BCチームが予想外の戦いを見せたこと、大洗チームがそれ以上の奇策で窮地を脱したこと、2つの意外な出来事に胸を打たれたのか、拍手を贈っている。曙光と真壁も、軽く拍手をした。
橋の上で戦車を一網打尽にする作戦は良いと思ったが、流石は優勝校。一筋縄ではいかなかった。
しかしこれで、受験組とエスカレーター組が協力すれば、あのように優勝校であっても追い詰められると証明できた。今後の試合にも、この成果は必ずや作用するだろう。状況は仕切り直しだが、今はBCチームの方が一歩リードしていると思うし、このペースを保ったまま試合に勝ってほしい。曙光は、『がんばれ』と念を飛ばした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦略的撤退を決めたBCチームが向かうのは、田園エリアの中でも入り組んだ地形のボカージュ地帯。しかしながら、BC自由学園艦にもボカージュ地帯を模した訓練場があり、こうした場所も慣れたものだ。
地形はもちろん、試合の流れも握っているので、落ち着いて慎重に戦えば大丈夫なはずだ。
「ここからはどうするんだろうな」
「分からない・・・元々、あの橋で勝負を決められれば決められるつもりだったしな・・・」
隣に座る真壁は、BCチームがボカージュ地帯に展開する様子を眺めながら訊ねてくる。曙光も、これから先の作戦はマリーからは聞いていなかった。言った通り、あの橋で決着をつけるつもりだったので、ここから先は手堅く戦うしかないのだろう。
だが、ボカージュ地帯に展開している様子を見る限り、役割分担はできているように見える。機動力に優れたソミュアが周囲に展開して哨戒、火力の高いARLはボカージュの内側に据えて逐一敵を撃破する態勢を敷いていた。
「・・・マリーたちは、割とのんびりしてるんだな」
ディスプレイに、フラッグ車の様子が映し出されるが、そこで真壁が呆れたように笑う。
ルノーFTに載るマリーと砂部、祖父江の3人は、ボカージュ地帯の深部に当たる場所に護衛のARL1輌と共に陣取ると、シートを広げてお茶会を始めた。取り出したケーキは、紛うことなく曙光が持たせたものだ。他にも、コーヒーを淹れるための簡易的なコンロやコーヒーサイフォンまで持ち出している。
「まぁ、そう簡単に攻められる位置じゃないから大丈夫とは思うけど、相変わらずだな・・・」
その様子に、曙光も呆れつつも安心感を抱く。
しかし忘れてはならないが、今はまだ試合中。大洗も試合を諦めてはいない。
ほどなくして、大洗チームもボカージュ地帯へとやってきた。装甲が厚いとされるポルシェティーガーを先頭に隊列を組み、中央の広い通りを進む。しかし、そこはBCもマークしていた場所であり、ソミュアとARLが協力して迎撃を始める。
だが、戦闘が始まると、その場でも砲撃は数輌に任せ、残りの車輌―――主に車高が低い戦車―――は、脇道に逸れて、別方向から侵攻を開始した。
「あれ、いいのか?」
「いや、あの先にはまだ別の部隊がいるし、マリーたちはそれよりさらに奥にいる。心配ないんじゃないか」
時折モニターに表示される俯瞰図を観ながら、曙光と真壁は試合の行く末を見守る。素人なりに、どこでどう動くのか、どういう状況なのか考えてはいた。とりあえず今の段階では、まだ大丈夫だと思っている。
しかし、進路を逸れた大洗チームの中からある戦車―――ルノーB1bisというらしい―――が、1輌だけさらに別行動を始めたのを見て、曙光と真壁は眉を顰めた。
◆ ◆
『
「心得た、Mon amie!」
押田の無線に、安藤から援護を求める通信が入る。
安藤のソミュア部隊とARL数輌は、先ほど大洗チームと交戦を始めたと報告が入った。だが、流石に大洗も一点突破ではなく別方向からの侵略を企てたらしい。安藤たちの戦力ではそこまで手が回らないから、押田たちが対処するしかない。
「押田隊、12時半の方向!撃て!!」
冷静に方角を見極めて、押田は自分のARL部隊に発砲指示を出す。
流石に最初の砲撃で命中することは滅多にないので、相手の動きを観察しつつ、次の砲撃準備に取り掛かろうとする。
だが。
『押田隊長!ソミュアに攻撃されました!』
ARL部隊の1輌からそんな報告が入ってきた。
声の主は、東側に展開させていたARL2号車の車長。だが、その東側にソミュアは配備させていなかったはずだ。
「寝ぼけたこと言うな!」
だから押田はそう返す。少し前だったら、すぐに外部生が勝手なことをしたと勘繰ったが、外部生との争いも既に終わり、押田も外部生のことを信頼している。そんなことをするとは考えられなかったし、今は大事な試合中だ。
ところが、その直後に押田のARLも後方から攻撃される。命中はせず、砲塔を掠めただけのものだ。
即座に押田は周囲の様子を窺うが、自車の後方を走る巡回中の
「何だと!?」
戦車の位置関係からして、今攻撃したのはそのソミュア以外には考えられない。押田はすぐに、操縦手と砲手にそちらを狙う様に指示する。だが、まずは警告の意図を籠めて、そのソミュアの進路を狙い発砲させた。
『ちょっとちょっと!何するんですか!』
「それはこっちのセリフだ!こっち狙ってきただろうが!」
停止して不満げな反応を見せるソミュアに対し、押田も身を乗り出して抗議する。
『はぁ!?んなワケあるわけないじゃないですか!半月前ならともかく今は仲間でしょうに!』
しかし、なおもソミュアの乗員は否定する。その剣幕からして、はったりを噛ましているようには聞こえない。それに、ソミュア乗員の言う通り、今は半月前と状況は違ってちゃんとしたチームメイトだ。試合中に仲間を攻撃するメリットもない。
「それもそうだな・・・」
冷静になった押田は、ソミュアの乗員の言葉を信じることにした。
「よーし、戻れ。流れ弾か見間違いだろう。疑って済まなかったな!」
『分かりゃいいんです~』
押田が謝ると、ソミュアの乗員も大して傷ついていないノリで返事をし、その場を離れていく。
だがその直後、押田のARLはまた後方から攻撃された。しかも、こちらにちょっかいを掛けるような、同じ掠り傷。
「やっぱやりやがったな!惚けやがって!」
今度ばかりは頭に来た。近くにいるのは、やはり先ほどのソミュアのみ。さっきの言葉も嘘っぱちだ。
戦車の天板を叩き、即座に信地展開させて先ほどのソミュアを狙うよう指示する。
そして、そのARLの攻撃は見事にソミュアに命中し、白旗判定となってしまった。
◆ ◆
「あっ、見たぞ!何てことしやがる!」
その様子を遠巻きに見ていた別のソミュアが、巡回ルート近くにいる1輌のARLに接近する。
ようやく仲良くなれたと思ったエスカレーター組が、理不尽に同じ受験組の戦車を撃破したのだ。しかも、気を抜けない試合中に。憤るなという方が無理な話だ。
なので、報復として、手近な場所にいたARLに素早く接近。模擬戦の時のようにターレットリングを撃ち抜き、白旗判定をもぎ取る。ARLは動きがそこまで速くないので、接近も狙撃も容易だった。
だが、近くにいたもう1輌のARLがソミュアを砲撃を開始する。ソミュアは小回りの利く車体を生かして逃げながら応戦しつつ、部隊長に報告する。
「安藤隊長!エスカレーター組、謀反乱心!押田隊と交戦中!なお3号車が奴らに撃破されました!」
◆ ◆
「ぬ・・・っ!?この・・・やはり化けの皮が剥がれたか・・・!」
仲間からの報告に、安藤は歯ぎしりをする。
長い間続いた諍いも終わり、一致団結してこの試合に臨み、一時は大洗を窮地に追い詰めた仲というのに。さては、大洗を追い詰めたことで、逆にこちらの実力を知って危険視したのだろうか。
何にせよエスカレーター組は、やはり受験組を快く思っていなかった。だから、試合のどさくさに紛れて自分たちを弾圧しにかかったのだ。
「敵は大洗じゃない!身内だ!!」
安藤が声高に宣言すると、ソミュア部隊はARLが集う地点へと移動を始める。
◆ ◆
曙光と真壁は、揃って頭を抱えた。
せっかく大洗を出し抜いて試合の流れを掴み、連携も高まっていたというのに、こんなことになってしまうとは。
モニターで戦況を見ていた曙光と真壁には、押田たちのARLにちょっかいを出していたのは、大洗チームで別行動をとっていたルノーB1bisだと分かっている。しかし、その砲塔のカラーリングはBCチームのソミュアと同じものに変わっていた。それが、BCチームがソミュアと見間違えた原因だ。
大洗チームの狙いは、見ての通りBCチームの連携を崩すためだろう。先ほどの橋の戦いで、協力したBCチームがどれだけ強いかは向こうも思い知ったはずだ。しかし、元々BC自由学園の内部抗争は向こうも知っていただろうし、それが収束してからまだ日にちはそこまで経っていない。マリーも懸念していた、その脆い協力関係を大洗チームは突いてきた。
鉄壁の連携を突破できないなら、その根元を突いて仲間同士で争わせればいい。悔しいが、その目論見は見事としか言えない。
(マリー、早く気付いてくれ・・・)
モニターでは、大洗そっちのけでソミュア部隊とARL部隊は派手な砲撃戦を始めている。
だが、最悪なのは隊長のマリーがこの状況に気付いていないことだ。彼女が早く気付けば、被害を最小限に食い止められる。けれど、ボカージュ地帯の奥の方にいるせいで、前線の状況が見えていない。そのせいで、仲間割れしている現状に気付けず、気づけばソミュアとARLがさらに1輌ずつ撃破されていた。このままでは、全員同士討ちで脱落する。
他の観客たちは、呆れて笑ったり、勝負はついたと離席し始める。
早く気付いてほしい、と曙光と真壁は手を合わせて祈る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ソミュアとARLがそれぞれ2輌撃破されて少し経った後のこと。
「「?」」
砂部と祖父江が、コーヒーを飲む手を止める。自分たちがいる区画で、急に地面が揺れ始めた。戦車の振動によるものだろうが、相手チームの侵攻でもフラッグ車に何の連絡もないのはおかしい。マリーも、ケーキを食べる手を止める。
すると次の瞬間、護衛についていたARLの近くに、どこからかの砲撃が着弾する。すると、即座にその場を離れようとした。
「あなた!勝手に持ち場を離れるとは何事ですの?」
「いいのよ。
祖父江がすぐに無線機を取って叱責の言葉を飛ばす。砂部もケーキを食べながら、そのARLの方を向く。
だが、マリーは大して気にしない。ここまで敵が接近しているのに何の連絡もないのは、隊長のマリーに心配を掛けさせないためだと思った。
『ありがとうございます。遠慮なく叩き潰させていただきます』
護衛のARLは、マリーの言葉に嬉しそうな語調で応えて、前線に赴いた。
『安藤部隊を!!』
最後に不穏な言葉を残して。
「「「!?」」」
途端、マリーたちはくつろぎムードを放り投げて、戦闘に参加する準備を始めた。
先んじて祖父江がルノーFTに乗り込みエンジンを点け、砂部が砲撃準備を整える。そして祖父江が発進させたルノーFTにマリーは飛び乗り、ボカージュの向こう側から聞こえるエンジン音を頼りに進路を取る。
マリーが、ボカージュの一角を撃ち抜くように砂部に指示すると、狙い通りにボカージュに穴が開くと外へと飛び出す。丁度、押田のARLと安藤のソミュアが真正面からかち合う寸前だった。
「「な・・・っ」」
突然フラッグ車のルノーFTが飛び出たことに、押田も安藤も驚いた様子だ。両方の戦車の操縦手も驚いたのか、戦車を停止させている。
「あなたたち、仲の悪いお芝居はもういいから!」
「お芝居ではない!」
マリーが宥めようとする。だが、押田と安藤はまた以前のように剣呑な雰囲気で言い争いを始めてしまう。
「やっぱり外部生とは協力できません、こいつらは敵だ!」
「それはこっちのセリフだ!このマルモン元帥!」
「何だと!?手を出してきたのはそちらではないか、このヤギの乳!」
「人のせいにするな、この傀儡ポンコツチーム!」
ヒートアップした2人は、マリーなどそっちのけで言い争いをする。
しかしマリーもまた、何故このような状況になってしまったのか、周囲の状況を確認した。
「!?」
するとその時、押田の後方にいたARLの1輌を砲弾が掠める。全員がそちらを見ると、ボカージュの隙間から
「見ましたかマリー様!今のが動かぬ証拠です、砲撃用意!」
「もう、まったく!」
押田の指示で、ARLは一度後退し、ソミュアに狙いを定め直そうとする。だが、そこでマリーはARLの砲身をバランスを取りながら渡り、押田に近づく。押田も、隊長のマリーが危ない位置にいるので迂闊に戦車を動かせず、操縦手に停止するよう告げた。
「あのねぇ。一体何輌のソミュアをやっつけちゃったわけ?」
「2輌です!」
憮然とした態度で質問に答える押田。そんな彼女に、マリーは扇子を向けてさらに問う。
「じゃ、残りは?」
「決まってるじゃないですか!残りは2輌に決まって・・・」
子供でも分かる引き算に反発する押田。
だが、自分で答えてどうやら今の状況に気付いたらしい。
この試合に投入されたソミュアは全部で4輌。自分たちが裏切りと判断して粛清したのも2輌だから、残りのソミュアは2輌で間違いない。
そして今、自分たちの目の前にいるソミュアは2輌。
しかし、先ほど見えた
「あれっ?じゃあさっきのは・・・」
「あなた糖分足りてないんじゃありませんこと!?」
ようやく間違いに気づき、呆けた顔をする押田を割と本気で叱るマリー。しかし、過ぎたことを試合中に責めても仕方がないので、今はまずあの謎の
入り組んだボカージュ地帯を走り回るが、やがてマリーは交差点で1輌の戦車を発見した。それは、上部砲塔だけカラーリングを変えていた、大洗のルノーB1bisだ。間違いなく、この車輌が混乱を引き起こした真犯人だろう。
即座に押田と安藤にここへ来るよう告げると、すぐに2人の車輌はルノーB1bisの前に姿を見せた。対してルノーB1bisは、もはや勝ち目がないと悟ったのか、何もしてこなかった。
生憎、無抵抗の相手は撃たないなどの義理をBC自由学園は持ち合わせていない。なので、容赦なくARLとソミュアは発砲し、ルノーB1bisを撃破する。
そして、押田と安藤はそれぞれ向かい合い、帽子を取る。
「安藤くん・・・疑って済まなかった。許してくれ・・・」
「押田くん・・・分かってくれればいいんだ」
真剣に自らの非を認め合う2人。その様子をマリーは眺めながら、新しく取り出したティラミスを一口食べる。
そしてマリーは、BCチームの生き残った全ての車輌を自分の下に呼び寄せて、周囲に配置させつつ移動を開始する。仲間割れで4輌失い、その隙に大洗チームの展開を許してしまった。
「完全に囲まれている!ボカージュを脱出して、仕切り直しだ!」
押田の言葉と共に、BCチームの車輌がエンジン音を上げた。
◆ ◆
ボカージュ地帯は、BCチームにとっては庭のような場所であり、有利に試合を進められるはずだった。
しかし今や、大洗チームに包囲され、有利なはずの地形は大洗の掌中のものとなっている。恐らくは、BCチームが仲間割れをしている間に、地形を把握したのだろう。
どうにかしてボカージュから脱出を図るBCチームだが、曲がり角を曲がる度に大洗チームと遭遇し、不意の一撃を喰らって撃破、迎撃、進路変更や撤退を余儀なくされる。それでも、どうにか巻き返そうと反撃して、戦車を数輌撃破することは成功していた。だが、状況はややBCチームが不利なうえでの一進一退となっており、1輌撃破する度に自分たちも1輌撃破されている。
そしてついに、BCチームの残りがマリー、押田、安藤の3人の戦車だけになった。
対して、大洗チームはまだ7輌も残っている。
「「・・・・・・」」
素人の曙光と真壁でも、この状況は絶体絶命だと分かる。
しかしそれでも、マリーたちは勝負を諦めていない。まず、押田のARLと安藤のソミュアが八九式を前後から挟み、マリーのルノーFTが撃破する。そして、そのまま大洗チームのフラッグ車を探しだす。
そこで、大洗のフラッグ車―――ヘッツァーというらしい―――が姿を現し、マリーたちの戦車が3輌で追う。
しかし、角を曲がった先で別の戦車―――Ⅲ号突撃砲とのことだ―――が待ち伏せをしており、先頭を走っていた押田のARLと相討ちになる。ARLが撃破され立ち往生したため、マリーと安藤は別方向からフラッグ車を狙うことにした。その際、押田はマリーたちに激励のジェスチャーを送る。
「あっ・・・!」
曙光が声を上げかける。
転進した先には別の大洗の戦車―――今度は三式中戦車―――がいて、マリーのルノーFTを狙っていた。しかし、ルノーFTは逆に三式中戦車との間合いを詰め、砲身の向きを見定めてから回避する。あえなく三式中戦車の攻撃は外れ、後続の安藤のソミュアが三式中戦車の動力部を狙撃し、撃破に成功した。
それでも、今度はポルシェティーガーが角から姿を現した。
途端、ルノーFTの後ろを行くソミュアが増速し、ルノーFT後部にある橇を突き飛ばし、無理矢理ルノーFTの進路を変える。だが、ソミュアはそのままポルシェティーガーへと突っ込み、砲撃を受けて撃破されてしまった。
安藤のソミュアの行動は、マリーのルノーFTを庇うためのものだ。つまり、少なくとも安藤はまだ試合を諦めておらず、勝敗を最後に残ったマリーに託したのだ。
「頑張れ、マリー・・・」
試合を悲観せずに、曙光はモニターを注視したまま口にする。隣に座る真壁や、周りの観客など今は気にもしなかった。
ただ、モニターの中でマリーのルノーFTは、追跡してきた大洗チームの戦車―――Ⅳ号戦車―――を回避し、フラッグ車のヘッツァーを探す。ほどなくしてヘッツァーは見つかり、ルノーFTはそれを追う。正直、ルノーFTの性能でヘッツァーを撃破できるかは微妙なところだったが、ただ無様に敗北をするよりも挑戦する方が価値はある。
「あ」
だが、そのルノーFTの前方に、巨大な何かが横から飛び出してきた。
それは、最初の橋での攻防でも活躍していた、Mk-Ⅳ戦車だ。その大きな車体にルノーFTは真横からぶつかり、一歩も前に進めなくなってしまう。
そして、その背後からは、Ⅳ号戦車とポルシェティーガーがルノーFTを狙っている。
「・・・・・・」
唇を噛む曙光。
次の瞬間、砲声が試合会場に響いた。
『大洗女子学園の勝利!』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦車の撤収作業と、マリーが気まぐれに開いた大洗とのケーキパーティを終え、学園艦に戻ったのは夜だった。
曙光は、早く休みたかった。初めて公式戦を生観戦して興奮が冷めないのもあるし、多くの意義があるはずの試合で負けてしまい、自分の中の悔しい気持ちをどうにかしたかった。
しかし、返る途中でマリーに呼び出しを喰らい、今はBC自由学園の普段使うサロンへと向かっている。当事者のマリーだって疲れているだろうに、どういうつもりだろうか。
「失礼するよ」
断りを入れてから、サロンに入る。
窓の近くに、マリーは立っていた。しかし、部屋の明かりは点いておらず、マリーは窓の外を眺めている。一目見ただけで、異様だと思った。
「悪いわね、遅くに呼び出して」
「いや、気にしなくていい」
窓の向こうの夜空には、雲が広がっていて満天の星も月も見えない。だが、マリーはそこをじっと見ている。
曙光は、そのマリーの横に立とうとはせず、ほんのわずかに距離を開けて後ろに立つ。
「ケーキも用意できていないけど・・・」
「いらないわ」
マリーをもてなす時は欠かさないケーキ。それをマリーは、『いらない』と言ってのけた。これだけでもう十分な異常事態だ。
「ただ、ちょっと話がしたいの」
マリーは振り向くと、硬い表情を見せた。普段見せることのない表情に疑問を抱きつつも、曙光は話を聞くことにした。
「試合・・・負けちゃったわ」
「・・・観てたよ。惜しかったな」
曙光が言うと、マリーはおどけるように笑う。その笑みを見ると、曙光の胸が痛む。
「流石、全国優勝校ってところかしら」
「あの戦車の上を渡るのはすごかったな」
「ええ、私もびっくりしちゃった」
BCチームの作戦が成功して、あと一歩のところまで追い詰めた時は、マリーも曙光も勝利を確信していた。だが、それも大洗の奇策によって叶わず、またその作戦の破天荒ぶりに驚いたものだ。
「でも、あの時は外部生もエスカレーター組も協力していたわ。その後も、押田も安藤も今までのこと謝ったのよ?考えられないわ」
「それは・・・確かにな」
今までの仲の悪さを考えれば、お互いに協力し、あまつさえ非礼を詫びるなどあり得ないことだ。それができるほどに、マリーと曙光で仲を取り持てたことは大きかった。そうして築けた信頼関係を持って、大洗にも勝てると思ったのだが、結果はあの通りだ。
「・・・でもねぇ、盲点だったわ。まさか、その根っこを突かれてチームワークを崩されちゃうなんて」
試合のことに触れると、そこは避けて通れない。
タイプの違う2つの陣営が協力すると、鉄壁のチームワークが組めることは証明された。だが、お互いに和解してからまだ日が浅いせいで、そこを相手に見抜かれてしまった。その部分については、向こうの方の観察眼が鋭かったと言わざるを得ない。
「でも、試合自体は楽しかったわ」
「そりゃよかった。マリーだって、楽しい試合がしたかったんだろ?」
「ええ。本当に良かった」
試合の後で、大洗チームと気まぐれにケーキパーティを開いたマリー。その付き人の砂部と祖父江に加えて、彼女たちの分のケーキを持ってきた曙光と真壁も手伝いに駆り出されたのだ。
その際、マリーは大洗チームの
観ていた曙光も、BCチームが一歩リードしていた時も、最終盤でマリーたちがフラッグ車を追跡していた時も、楽しいと思った。仲間割れした時は残念だったが、初めて見た試合としては面白かったと思う。
「・・・でね」
そこで、マリーの表情が翳りを帯びる。
空気が変わったのを、曙光は感じ取った。
「もっと早く、私が気付けば、試合の結果も変わってたんじゃないかって思うの」
仲間割れが起きた時、マリーは砂部、祖父江と共にケーキタイムを続けていた。事態に気付いたのは、護衛のARL車長が偶然にも発した言葉のおかげだが、あれが無ければBCは共倒れだったかもしれない。
何とか最悪の事態は避けられたが、もっと早く気付いていれば、マリーの言う通り試合の流れも違ったのかもしれない。それこそ、勝つことだってできたはずだ。
「・・・はぁ」
溜息と共に、マリーは曙光に寄り掛かる。倒れるほど軟でもないが、唐突なマリーの行動に驚く。
「・・・負けちゃった」
夜風のように冷たい声。
それでようやく、マリーも悔しがっているのだと気づいた。ケーキパーティで、大洗のメンバー相手にはにこやかに振舞っていたが、それも強がりだったのだろう。
「・・・マリーは頑張ったと思う。俺は戦車道にはそんな詳しくないし、観てただけだけど・・・」
「・・・・・・」
「戦車に乗ってるマリーはカッコよかった」
ボカージュ地帯で安藤、押田と協力して戦車を撃破したり、フラッグ車を追跡する様子を、曙光はその目で見ていた。それはハラハラすると共に、戦車を駆るその姿をカッコいいと本気で思ったものだ。
結果がどれだけのものであっても、そこは確信を持って言える。
曙光の目に、マリーはとても輝いて映っていた。
「・・・そう」
身体を預けるかのように、マリーの重みを感じる。曙光の胸板に顔を埋めたまま、顔を上げようとはしない。
こうなると、棒立ちでいるのも少し気まずくなる。だが、突き放すのは気が引けるし、逆に背中に手を回すのも馴れ馴れしい。
その末に、曙光はマリーの頭にそっと手を置いた。
「・・・っ」
ほんの少し、マリーの身体が強張る。
だが、すぐに力が抜けて、曙光に身体を預けてくる。そして、曙光の背中に腕を回してきた。
「・・・・・・」
強く抱き締めるように、曙光の服を掴むと、マリーの身体が震えているのが分かる。
マリーはずっと、『我慢』していたんだろう。
それを理解すると、自分の中にある悔しさや未練が薄れて、今はただ目の前にいるマリーを労いたいと思う気持ちが強くなる。
今だけは、エスカレーター組の代表でも、BC自由学園戦車隊の隊長でもない。
マリーという、1人の少女を癒したい。
「・・・よく頑張ったよ、マリー」
静かに曙光は、頭に載せていた手でゆっくりと髪を撫で、もう片方の手をマリーの背中に回す。
他に誰もいないサロンに、少しだけ乱れた息遣いが聞こえてくる。頑なに視線を上げないマリーが今どうしているのか、曙光にはよく分かった。
「・・・・・・」
曙光は静かに、マリーの髪を撫でながら、背中をさする。
腕の中で、マリーが震えている。
今この場にいるのは、曙光とマリーだけ。誰かの目を気にすることもなく、ただ自分がやりたいことをすればいい。
庶民の曙光が、お嬢様のマリーを慰めても、許されるだろう。
「・・・お疲れ様」
静かに告げると、マリーを抱きとめる力を少し強くする。
それで、マリーが曙光の背中に回す腕にも力が入ったけれど、少しも痛くない。マリーが肩を震わせ、曙光の胸の辺りに熱を感じるのは、そう言うことだろう。
そんなマリーを何も言わずに抱き留めながら、曙光は目を閉じる。
今になって、ようやく自分がマリーのことをどう思っているのか、理解することができた。
だけど今は、その言葉を伝えるに相応しくない。
自分の腕の中で、静かに涙を流しているマリーを気遣うことだけに、今はただ集中したかった。
学園艦に乗ってから、曙光は寄るところがあると言ったので、真壁は大人しく1人で寮に戻ることにした。
ただ、寮へと向かう真壁の足取りは軽くない。人生で初めて戦車道の試合を目の当たりにして、心が昂り疲れたのと同時、その試合に負けてしまって悔しさが心を支配しているのもあるからだ。
しかしそれでも、ねぎらいの言葉を贈るのは欠かさない。
「送信、と・・・」
メールを送信して、真壁は一息吐く。
送った相手は砂部と祖父江だ。内容はもちろん、試合の感想と励ましの言葉である。試合後にマリーが開いたケーキパーティで砂部や曙光たちと手伝いをしていたが、その際はそう言った言葉を掛ける雰囲気でもなかったので、結局は言えなかった。
試合の当事者として、経緯がどうであっても、敗北という結果にマリーたちは大いに悔しがっただろう。そこへ、素人の真壁が四の五の言っても逆に傷つけてしまうかもしれないから、無難にメールで伝えることにした。
できれば、男として何か気の利いた言葉でもビシッと掛けてやりたかった。しかし、今回は門外漢であるが故に迂闊なことが言えない。自分は結構チキンだよな、と思いつつ寮へと足を速めたが、ほどなくしてメールの着信があった。送り主は、祖父江だ。
『真壁さん、ありがとうございます。
今日はわざわざ試合を観に来てくださったのに、あのような結果になってしまい、恥ずかしい限りです。
けれど今回の試合は、とても実りの多いものでしたので、これをまた次へ生かそうと思います』
前向きだな、と真壁は思いつつ、『頑張ってね』と返事をする。
すると、またしてもメールが来た。今度は砂部からだったが。
『今、電話してもいいですか』
即決即断。『OK』とメールを返した。
それから1分と経たずに、電話がかかってくる。砂部からと確認するや否や、『応答』をタップした。
「もしもし?」
『もしもし、真壁さんですか・・・?すみません、こんな遅くに・・・』
「いやいや、大丈夫。問題ないよ」
電話の向こうの砂部は、聞いた限りでは落ち込んでいる様子が無い。真壁は、向こうの声に注意をしながら、慎重に口を開く。
「今日は、試合お疲れ様。観ていたよ」
『お恥ずかしいです・・・あのようなことになってしまって・・・』
電話口の砂部は、申し訳なさそうだった。真壁も試合前には見に行くと言っていたので、せっかくの試合があの結果だから、当事者としても申し訳ないんだろう。
「でも、観ていて面白かったよ」
『そうですか・・・?』
「ああ。結果としては残念だったけど、戦車道の試合は初めてで楽しかったよ」
決して真壁は、砂部を励ますためにそう言ったわけではない。本当にあの試合は観ていて楽しかった。途中で仲間割れが起きたのは惜しいが、受験組とエスカレーター組が協力して大洗チームを追い詰めたのは観ていて爽快だった。
何しろ真壁は、ずっと受験組とエスカレーター組がいがみ合っている所しか見なかった。協力するなど、少なくとも自分が在学中は実現しないと思っていたから、自分の目で協力してる様子を見られたことに、感動すら覚えたものだ。
『そう言ってもらえると・・・嬉しいです』
だが、真壁が言っても砂部の気はまだ晴れないらしい。
「・・・あのさ、砂部さん」
『はい?』
そんな砂部に、真壁は言いたいことがある。
「前に俺が、受験組が大きな抗議活動を計画してるって情報、伝えたでしょ?」
『ええ・・・』
「それで、砂部さんはそれをマリーさんに言ったんだよね」
実際、あの時の真壁の予想は当たり、安藤をはじめとしたタカ派はその7日後に、エスカレーター組の陣地に乗り込んだ。
だが、その際にマリーや曙光たちが仲裁し、その場どころか両陣営の諍いまで収めたという。その場に真壁はいなかったが、後になって曙光から話を聞いた。
「だったらさ、今日の試合で受験組とエスカレーター組が協力できたのも、砂部さんが力を貸したからでもあるんじゃないかな」
『・・・どうしてですか?』
「俺は曙光とマリーさんの間に何があったのか知らないけど、きっと早いうちにマリーさんにその情報を伝えられたから、あの日までに準備する時間ができたんじゃないかなって思う」
曙光と話をした時、『6日あって良かった』とぼやいていたのを思い出す。聞いた話では、両陣営を納得させるためにマリーと協力して、『チョコレートたい焼き』なるお菓子を作っていたらしい。
恐らく砂部は、真壁が情報を伝えたその翌日にはマリーに伝えていたのだろう。そして、決して真壁の渡した情報を押田たちのような受験組を嫌う勢力には渡さなかった。砂部が穏健派なのは知っているが、真壁は砂部が状況を好転させようとして動いたのだと信じている。
「だから、砂部さんのおかげでもあるんだと思うよ。お互い協力できたのは」
『・・・それはちょっと、買い被りすぎですよ』
「でも俺は、そう思ってる。だからさ・・・」
一度真壁は、区切ってから伝える。
「あまり、自信をなくさなくていいんだよ。少なくとも俺は、砂部さんは頑張ってたと思っているからさ」
たとえ相手がどう思っていても、それだけは伝えたい。
すると、電話の向こうの砂部は、少しだけこちらの言葉を理解するのに時間を要したらしい。やがて、『ええと・・・』と言葉を選びながら返した。
『すみませんでした・・・何だか、試合があんなことになってしまって、ネガティブな気持ちになってしまってました』
「ああ、分かるよ。そう言う気持ちになるの、俺だってあるし」
『ええ・・・ですが、真壁さんとお話しできて、気持ちが楽になりました。ありがとうございます』
「いやいや、元気になったようで良かったよ」
口ではそこまで気にしない風を取るが、内心は飛び跳ねて喜んでいる。自分のおかげで気持ちを上向きにできたのなら、それはとても嬉しい。
『それではまた、学校でお会いしましょう』
「うん、分かった。それじゃ、お休み」
『はい、おやすみなさい』
心なしか、砂部の語調はとても軽やかだった。真壁の励ましの言葉は届いたようで、一安心である。
そして、また明日学校で会えるのだとすれば、それもまた楽しみだ。抗議活動が活発化した際は、両方の校舎の往来も憚られたし、チョコレートたい焼きの件以降も大事を取って会わないでいた。つまり、会うのは少し日数が開いている。
久方ぶりとは言い過ぎだが、また会えるのがとても嬉しくて、楽しみで仕方ない。
寮へと向かう真壁の足取りも、自然と軽くなっていた。