本当にありがとうございます!
「えっと、ポーション持っただろ。あとおやつも用意したし、武器は……あっても無くてもあんま変わんねぇか」
とりあえず壊しちゃっても大丈夫そうな武器をいくつか見繕っていると、半開きになっていたドアを開けて誰かが入ってきた。
「短剣の研磨を頼みたいんだガ、今大丈夫カ?ライライ」
「アルゴか。ちょっと準備が終わるまで待っててくれや」
背の低いアバターに独特のイントネーションでしゃべるこのプレイヤーは情報屋のアルゴだ。
俺は武器、彼女は情報と売っているものは違えど、お互いがSAOで数少ない商売をしているプレイヤーなので仲良くなるのにそこまで時間はかからなかった。
武器強化の素材や食材アイテムの情報なんかも扱ってくれてるから本当に助かっている。
自分でフィールド出て情報収集なんて絶対したくないしな。
「研磨の依頼ってことは、アルゴもボス攻略に参加するのか?」
「ボスの情報が合っているか確認に行くだけだから後ろから見ているだけだヨ。まア道中は長いし研磨は念のためだナ」
「ってことはボス部屋までは行くんだよな?なあ俺も連れてってくれよ」
その言葉を聞いて「えー…」と露骨に嫌がる素振りを見せてくる。
結構傷つくんだけど。
「最前線でライライを庇いながら戦えるのなんてキー坊くらいだヨ。それにオレっちが戦闘向きのビルドじゃないことは知ってるだロ?」
「じゃあ敵が出たら全力で逃げる方向で。俺も敏捷に極振りしてるからアルゴに着いて行けるはずだし」
今回は経験値が欲しいわけじゃないから、mobが出てもその場に留まる必要は無い。
だったら一人でも行けるんじゃ、と思うかもしれないがたくさんポップしたら話は別だ。
アルゴなら危険の少ない道を選んで通るはずだし、それなら俺でも大丈夫なはずだ。
「んー……じゃあ付いてきてもいいけド、代わりに今日の夕飯作ってくレ。最近
「そんなんでいいのか?」
面倒くさそうにしてたからコルをたくさん要求されると思ってた。
あるいはいい武器とか。
さすがに悪いので研磨を無料にすることにして、受け取った短剣を研磨石で研ぎ始める。
「あまり自覚が無いみたいだけド、ランクの低い食材であれだけの味を作り出すなんてすごいことだゾ。初めて食べたときなんてオネーサンほんとびっくりしたヨ!」
「ランクが低くたって食材の組み合わせや料理法、味付けで全然違ってくるんだぜ?NPCの出してくる料理はまじなめてる」
味が良いのに固くて食べにくい肉があるなら煮込むなり挽肉にすればいい。
独特の臭みのある魚だったら香草を使って臭いを消せばいい。
味付けが物足りないのなら素材を取ってきて調味料を作ればいい。
それだけのことだ。
まあ、調味料の素材調合比率は俺の場合かなり細かくしているから他の奴には真似できないだろうし、誰よりもおいしくできてる自信がある。
……今んとこ料理スキル取ってる奴に会ったこと無いから分からんけど。
「あれだけうまく作れるのに売れないってもったいないナ」
「栄養が体にいかないからみんな食わないんだよ。でも満腹感は残るからいいダイエットになるんだけどなー」
「そういえばちょいちょい食べてるオレっちも一ヶ月で2キロ痩せたナ」
「オレなんて10キロ痩せたぞ」
「減りすぎだヨ!それ大丈夫なのカ!?」
数値が衝撃的だったのか焦ったように問いただしてくる。
心配しすぎじゃね?
最近変わったことと言えば目眩と立ちくらみが増えたこととあばら骨の線がよく見えるようになったくらいなのに。
とりあえずいまいち釈然としてない顔をしているアルゴに研磨を終えた短剣を渡した。
「まあこの話はどっかに投げ捨てといて、準備もできたし早く行こうぜアルゴ。ボス戦始まっちまうよ」
「せめて捨てないで置いとくんダ、ライライ。変死した男子高校生のニュースが近々流れそうで怖いヨ……」
まだ気遣ってくれる姿を見て、じゃあこの前長時間ダイブしすぎて体に塵が積もってたことは絶対に言えないなとか、ていうかアルゴまじいい奴、なんて考えながら俺は先に歩き出した小さな背中を追いかけ、慣れ親しんだ工房を後にした。
道中特に変わったことも無く早々とボス部屋に到着してから約五分後、攻略隊のメンバーが現れた。
好奇心で見に来た、と言うと馬鹿にされそうな気がしたので「自分の作った武器がどう使われているのか見たい」ともっともらしいことを言って誤魔化す。
アルゴは毎回見に来ているらしくて特に何も聞かれてなかった。
キリトは俺がいたことに若干驚いたものの「がんばれよ」と声をかけると、いいとこを見せたいのか先ほどよりも張り切った様子でみんなと一緒にボス部屋へと入っていった。
「そういえばアルゴ、三層のボスってどんな奴なん?」
「でっかい蜘蛛型のモンスターだな」
「げぇっ最悪……」
俺は足や体毛がたくさん生えた虫が苦手だ。
毛虫とかムカデ、そしてもちろん蜘蛛。
今日キリトに盾にされたときマジで怖かった。
というか虫全般嫌いだけど。
チョウチョきれいとか言ってる奴よくいるけどあれ蛾と何が違うの?
なんてどうでもいいことを考えていたら、キリトが巨大蜘蛛相手に猛然と突っ込んでいってた。
ブォンっ!と蜘蛛の二本の足が、通常のmob相手じゃ絶対に体験することの無いだろうスピードで振り抜かれる。
俺が危ない!と思ったのもつかの間。
キリトは体を無理矢理ねじ込むようにして二本の足の間を通過した。
「はぁぁ!」
気合いの入った声と共に、剣身に強い光が灯される。
片手剣2連技<バーチカル・アーク>
弱点であろう顔をV字に切りつけられたボスは耳をつんざくような叫び声をあげ、再びキリトに向かって足を振り抜こうとした。
そこに事前に打ち合わせでもしてたのだろうか、直撃する直前に盾持ちのプレイヤーが間に滑り込み攻撃を防ぐ。
ガァァン、と蜘蛛の足と盾の激突する音が部屋中に響き渡る中、すでにキリトは右側に回り込み攻撃態勢に入っていた。
はき出された糸をまた紙一重で躱しながら再びソードスキルを発動。
圧倒的な機動力と反応速度、そして思い切りの良さで敵のHPバーをガリガリと削っていくその光景を、俺は呆然と見ていた。
「……すげぇな、キリトの奴。」
「キー坊は色々と規格外の強さだからナ。あんな戦い方真似しようと思ってもできないヨ」
「俺だったら最初の攻防で間違いなく死んでるわ」
それになんでか知らんけど、キリトのソードスキルだけ滅茶苦茶速い。
システムが動かす技なのだから、その威力や速さは筋力値や俊敏準拠なはずなのに、明らかにそれだけじゃ無い。
どういうことなのか分からずうんうん唸っていると、そんな俺に気づいたのかアルゴが説明してくれた。
曰く、あれは<ブースト>と呼ばれるシステム外スキルらしい。
ソードスキルの技の軌道をなぞって体を動かすことでスピードや威力を上げるんだそうだ。
技の軌道を少し変えたりもできるらしく一見使い勝手が良さそうに聞こえるが、かと言って誰にでもできる訳じゃない。
動きが少しでもシステムに沿ってないとソードスキルはキャンセルされてしまうのだ。
この判定がまたシビアらしく、現在まともに戦闘で使いこなせているのはキリトだけらしい。
どんだけだよあいつ。
縦横無尽に動き回る黒い片手剣士サンのおかげか、気がつけばボスのHPも残りわずか。
LAボーナスを狙ってレイドのメンバーが全員攻撃に移る。
色めき立ち統率が取れなくなった攻略隊が蜘蛛の足でなぎ倒されていく中、一人攻撃を弾いてボスに近づきとどめを刺したプレイヤーはやはりキリトだった。
え、あんな威力の強い攻撃をパリィできたの?と今日何度目か分からない驚愕。
ボスの大量のポリゴン片が溢れる中、剣を振り切った体勢のまま一人悠然と立つその姿に、人一倍戦闘が不得意な俺は強く憧れた。
あんな風に戦いたい、そう思った。
溢れる感情を一旦抑え、キリトの元に駆け寄る。
「ライ、見てたか!今日はお前が来てたからいつもよりさらに強気で攻めたんだけど、どうだった!?」
俺やったぜ、と言わんばかりに嬉しそうに報告してくる剣士に軽く笑いながら、俺はこう答えた。
「めちゃくちゃかっこよかった!」
キリトが俺の中で
あの衝撃的なボス戦から一ヶ月後、永遠に続いて欲しいと願っていたβテストはついに終了の日を迎えた。
別にすぐに正式サービスが始まるんだからいいじゃないか、と思うかもしれないが少しの別れでも寂しいものがある。
キリトやアルゴにもしばらく会えなくなるしな。
俺はあれからも相変わらず生産スキルや趣味スキルばかりでずっと遊んでいたが、たまにフィールドに出て剣の腕を磨くようになった。
キリトのあの戦い方をイメージしながら、剣を振る。
結局ブーストは習得出来なかったけど、一人でモンスターと戦えるようになったし、実力も中の上くらいにはなったんじゃないかと思う。
いつか、キリトの隣で戦ってみたいな。
正式サービスが始まったら、いつかそんな日が来るかもと楽しみにしていた。
だから、この時俺は思いもしなかった。
SAOが、この素晴らしい世界が、一万人もの人間の人生を大きく狂わせることになるなんて――
これでβテスト編終わりです。
次回から正式サービス編に入ります。