今回から正式サービス開始編に入ります。
第五話 選んだ道
2022年11月20日。
SAOの最初の拠点であり広大な広さを持つ始まりの町。
どのくらい広いかと言えば、今現在この町で生活している約9000人のプレイヤーに窮屈感を感じさせないくらい、と言えば分かるだろうか。
町の中心にある広場だけでも、詰めれば約1万人入れる広さを持つ。
最も、【あの日】のことを思い出したくないからか、今はほとんど人通りは無い。
だが、そんな広場に繋がる大通りは多くの人で溢れかえっていた。
というのも、ここにはプレイヤー経営の露店が数多く並んでいるからだ。
俺がお互いの店の相乗効果を狙って商売人たちに呼びかけた結果なのだが、予想以上に客が集まってもはやごった返し状態だ。
「おいにーちゃん!ブラックベアー肉の串焼き3本くれ!」
「こっちは特製肉団子串とハードバード串を2本ずつだ!早くしてくれ!」
「俺は食材の買い取り頼む!」
「はいはいあんたが90コルで次の人は100コルね!買い取りとコルの支払いはそっちの店員に頼む!」
そんな中で俺は何をしているかというと、露店で串焼きを販売している。
アイテムストレージから下ごしらえの済んだ肉を取り出し、串に刺して網の上にのせる。
ジュージューと食欲を誘う音と共に香ばしい香りが辺りに漂い、それに誘われてさらに客が集まってくる。
いつの間にかどこの人気アトラクションだよってレベルの長蛇の列ができあがっていた。
さすがに手が回らなくなってきたので雇っている人たちに新たな指示を飛ばす。
「あっくんはそっちの列の人たちに対応して!カマンさんは注文の多い肉団子を優先的に焼いてくれ!ダイゼンさんはボア肉の買い取りを目標より多めに頼む!食材が無くなってきた!」
「分かりました!」
「うふっ任せてぇん」
「了解でっせ」
メンバーの返事聞きながら俺もすぐに作業に戻り、再び肉焼きマシーンと化す。
なぜ、仮想世界でこれだけ食べ物が売れているのか疑問に思う人もいるだろう。
こちらで飲み食いしたところで現実の自分の体に栄養が行くわけじゃ無い。
ただ満腹感が生じるのみで、現実での食欲が落ちて普通のご飯をあまり食べられなくなってしまう。
だからせいぜいこっちの世界ではお菓子をつまむくらいで、こんなに肉をがっつりと食べる人なんて本来はいないはずだったのだ。
仮想世界から抜け出せなくなったりしなければ。
…いや、はまり過ぎてとかそういうことじゃ無くて。
そして俺の頭がおかしくなったわけでも無くてだな。
狂っているのは俺ではなく、この世界と制作者である茅場昌彦だ。
細かい説明は省くが、このSAOはクリアまで脱出不可能のデスゲームになったのだ。
うん、ごめん省きすぎた。
もう一回。
俺がマジリスペクトしてたSAO制作者の茅場昌彦さんがナーブギアに細工を施して、リアルで頭から外された時とゲーム内でHPバーがゼロになったときに高圧電流が流れるようにしたのだ。
なにそれ怖い。
で、現実に戻るためには百層ある浮遊城のフロアボスをすべて倒さなくちゃならない。
クリアできたらその段階で生きているプレイヤーを全員解放してくれるんだそうだ。
と、まだ大雑把だけど説明は大体こんな感じだ。
まさに詰みゲー、無理ゲー。
いや(支配者がいるという意味で)神ゲーかも。
なんてどうでもいいことを考えていたら、近くで店を出していたはずのプレイヤーが慌てたようにこちらに走ってくるのが見えた。
何事ぞ。
「ライさん大変です!リズさんが客と言い争いになってて…どうやら、クレーマーみたいなんです。お願いです、助けに行ってやってください」
「えー…なんで俺が。それに今忙しいんだよ」
いい奴そうに見えるけど、その実俺に全部丸投げしているだけだよね?
相手の顔をしっかりと見返しお断りの意を表しつつも、手は料理のコマンドを高速で入力している。
打ち過ぎて指が覚えちゃってるよこれ。
本来ピコンピコンの入力音もピピピピピ!と目覚ましのアラーム音みたいになっちゃってて、現実世界だったら腱鞘炎になってるレベル。
「生産系スキルのこと一番把握しているのはライさんじゃないですか。あんなに詳しいガイドブックかけるくらいなんですから。私もさっき言い争いの内容を聞いたんですけど、さっぱり分からなくてどうしようもなくて…」
なるほど、助けようとはしてたのね。
俺たち商売をしているプレイヤー同士は正式サービス開始から現在わずか2週間しか経ってないにも関わらず、すでにお互い協力し合う体勢が確立されつつある。
商売人は基本、フィールドに出るのが怖くて戦えない奴が多く、外に出ているプレイヤー達に下に見られやすいことが一番の原因だろう。
店が増え始めた最初の頃は侮蔑の言葉を投げかけられたり、商品をただでよこせだの恐喝されてしまうことが多く、それに対抗するために自然と横の結びつきが強くなっていった。
ちなみにそんなことをしてきた輩は全部の店で出入り禁止にされた。
主に俺がみんなに呼びかけた結果である。
プレイヤー経営店がどれだけありがたい物なのか思い知れ。
土下座でもすればまあ許さないこともない。
あと、スキルに詳しい俺はいつの間にかこの集団のリーダーみたいになってしまっていた。
というより責任者か。
なんかあるとすぐに俺の所に来やがって。
ちなみに、ガイドブックというのは俺が生産系スキル、趣味系スキルの紹介と効率のいいスキルレベルの上げ方、チュートリアルクエの場所なんかを書いた指南書のことだ。
もちろん無料だ。
買えなかったせいで仕方なくフィールドに出た結果死亡、なんてことになったら目覚めが悪いからな。
調子に乗って書きまくっていたら最近のラノベくらいの厚さまでにはなっていた。
とあるや劣等生くらいだ。
まあ、そのことは置いといて。
とにかく、他の奴らで対処出来ないのなら、確かに一番知識の多い俺が行くべきだろう。
激しく行きたくないけど。
絶対面倒くさいことになるじゃん、これ。
今回クレームを付けられている鍛冶師プレイヤー、リズベットは少し気の強いところもあるが、自分に非があるなら誠意を持って謝ることのできる子だ。
つまり、客が厄介な奴なことは間違いない。
大方、屁理屈こねて賠償金でも請求しているのだろう。
「はぁ…」
思わずため息。
まあでも、クレーマーはきちんと対処しないとまずい。
ほっとくと他の店にもこういう輩が来るようになっちまうし。
最悪出入り禁止にすればいいけど、言い分の聞かないでそんなことしたらプレイヤー達からひんしゅくを買ってしまう。
しょうがないな。
何をけち付けに来てんのか知らんけど、この忙しい時間帯に俺に余計な手間かけさせられた分、八つ当たりもかねて完全論破してやんよ。
従業員三人に店を任せ、ちゃっちゃと終わらせるべく小走りに現場へと向かった。
「俺のアニールブレードを壊しやがってこのアマぁ!ゴチャゴチャ言ってねぇで12000コル弁償しろよ!」
「何嘘言ってんのよ!あたしが壊しちゃったのはスチールソード!せいぜい800コル程度じゃない!」
あたしが目の前にいる不良っぽい見た目の男と言い争い始めてすでに10分が経過していたけど、いっこうに終わりは見えなかった。
そもそもの発端は、強化を頼んできたこの男の剣をあたしが破壊してしまったことだ。
なんで壊れちゃったのかは分からないけど、あたしが原因なんだと思う。
すぐに砕け散ったスチールソードを弁償しようとしたんだけど、この男は剣がなくなったのをいいことに、あたしが今一番高価格で取引されているアニールブレードを壊したと言いがかりをつけてきたのだ。
12000コルなんて大金払えるはずがないし、そもそも払う必要なんてない。
「みんなも聞いてたよな!?俺のアニールブレードが砕け散る音を!鍛冶の腕が悪いだけじゃなくて誠意までないんじゃ救いようがねえなあ!」
「だ、だから違うって…」
力なく反論してみるけど、現状は私の方がずっと不利だ。
この男が言うとおり、破砕音を聞いていた人はたくさんいた。
でも、なんの剣が鍛えられていたかなんてちゃんと見ていた人はいなかったのだ。
今集まって来た人たちは私が全面的に悪いと思っているだろうし、徐々に「過失を認めろ」「さっさと払え」なんてヤジが増え始めている。
男もわざと人を増やすように大声で抗議しているので、現在進行形であたしの店の評判は落ちて行ってるはずだ。
なんで、こんなことになったんだろう。
がんばってスキルを上げて開店して、最近はよく利用してくれるお客さんも増えてきていたのに。
SAOの中に閉じ込められ絶望し、それでもなんとか切り替えてここまで来たのに。
じわり、と目尻に熱い物を感じるけど、ここで泣いたら負けを認めるようなものだ。
相手に見られないように顔を伏せて涙を堪えていると、ここで初めて罵倒以外の言葉が聞こえてきた。
「なんでこんなに人集まってんだよ…どいたどいた、はいちょっと通してねー…押すんじゃねぇよ!」
ぷはぁ、と人混みの中から現れたのは、灰色がかった短髪でやせ形の青年だった。
あたしたち商売人にとって恩人であり、生産、趣味系スキルに関してのことなら誰よりも頼れる存在。
「リズー大丈夫かー?お前四面楚歌にも程があるだろ、これ」
「……ライ!」
じろり、とあまりいいとは言えない目つきで野次馬、そしてクレーマーの男を睨めつける。
この行為だけで彼が私の味方であることが分かる。
ライが来たところで未だに私が不利であることは変わらない。
それでも、これでもう大丈夫だと思ってしまうのは彼に絶対的な信頼感があるからだろう。
まさかあたしの方に援軍が来るとは思ってなかったのか、クレーマーの男は一瞬面食らったような顔をしていたが、すぐにライに食ってかかり始めた。
「てめぇ!そいつを庇うつもりかよ!こいつは俺の愛剣を壊しやがったんだぜ!?」
「へぇ、なるほど壊したねぇ……詳しく聞かせてくれよ、何があったのか」
にやり、と笑って余裕を見せるライに怯んだ様子の男だったが、一気にまくし立てるように説明を始めた。
「……って訳なんだ。なぁ?どう考えてもあいつが悪いだろ?」
「だからアニールブレードじゃないってさっきから……」
なんど繰り返したか分からないこのやり取り。
いい加減うんざりしてくる。
ライは黙って聞いていたけど、自信たっぷり、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。
「リズ、こんなことをずっと言い争っていたのかよ」
「こんなことって、だってあいつが嘘ついて……」
「あいつが何の剣使ってたなんてどうでもいいんだよ。問題はそこじゃ無くて、どうして剣が突然砕け散ったかってとこだ」
へ?と思わず間抜けな声が漏れる。
周りの野次馬達も同様だ。
ただ一人、焦ったように反論したのはクレーマーの男だった。
「な、なんでって……壊れたのはこの女の腕が悪かったからだろ!」
「生産スキルに腕の善し悪しなんて概念ねぇよ。全部道具とスキル熟練度依存だ。それぞれに確率があって、基本それに準拠した結果が出るんだよ。それでな」
すう、と一息おいて続きの言葉が紡がれる。
「普通の武器を強化して壊れる可能性なんてそもそもねぇんだよ」
……え?
だ、だって……
「な、なに言ってんだてめぇ!現にこうして剣が……」
「普通の、って言ったんだよ俺は。なあリズ、お前エンド品強化したらどうなるか知ってるか?」
「へ?」
エンド品、つまり強化試行回数を使い切った武器のことだ。
成功しないことはだけは分かるから、もちろん強化なんて今まで試したことはなんてない。
でも、この場で言ってきたということはまさか……
「エンド品は強化したら砕け散るんだよ。それ以外で武器が壊れることは、戦闘なんかで耐久値が無くなる場合を除いてシステム上ありえない」
「な、何言ってやがる!俺のスチールソードは+1だったんだぞ!」
「スチールソード!?あんた今、スチールソードって言ったわね!」
「……っ!?いや違う!今のは言い間違えただけだ!みんな、信じてくれ!」
今の失言で空気は完全に変わった。
あたしに向いていた敵意はすべてクレーマーの男へと移動する。
野次馬達は男が必死に自分を弁護しても白い目を向けるだけだった。
「でも、+1の武器ってことはエンド品じゃないんですよね?なんで壊れたんですか?」
野次馬の一人がおずおずと訪ねてくる。
「スチールソードの試行回数は3回が限界だけど、必ずしも+3になるとは限らねぇ。なあリズ?」
こくん、とうなずいて説明を繋ぐ。
「失敗すると強化した分から-1されるのよ。だから、3回強化を試みて、二、三回目のどっちかで失敗したら……」
「+1になる!」
野次馬達ががはっとしたように声をあげる。
クレーマーの男は何か言い返そうと口を開くも、この状況をひっくり返せるような言葉が出てこないのか、むなしく口をパクパクさせるだけだった。
それを見てライはあたしや野次馬達に向けて抜群のドヤ顔を見せる。
「さてと。おい、そっちの三人。お前ら確かギルドMTDのメンバーだよな?こいつ黒鉄球に連れてってくれや。あと、さっきリズに罵詈雑言浴びせた奴ら謝れよ。冤罪だったんだから」
その言葉で何人かの人たちが申し訳なさそうな顔で輪から出てきた。
みんな謝罪してくれたけど、彼らも悪気があったわけじゃないので気にしていない。
この騒ぎも、今となってはむしろ店のいい宣伝になったかもしれない。
災い転じて福だ。
クレーマーの男はがっくりと項垂れた状態で牢屋へと連れて行かれた。
腹いせにゲシゲシと何発か蹴りも入れたし、あとは彼らに任せておけば大丈夫だろう。
「ライ、本当にありがと。あんたが来なかったらどうなっていたか…」
「気にすんな」
「気にするわよ、あんた店ほっといてこっち来たんでしょ?しかもお昼時だから一番忙しい時間帯じゃない……戻らなくていいの?」
「確かに店員達には負担かけちまったなぁ。まぁピークはもう過ぎただろうし、別に急いで戻んなくてもいいだろ。ついでに他の店の様子も見てくるわ」
そう言うとさっさと身を翻して去ろうとするもんだから、慌てて引き留める。
「待って待って!まだ何もお礼してないから!」
「お礼されるほどのことしてねぇよ……いやそれ売り物だろ!お前もまだそんなに金に余裕あるわけじゃねぇんだからいらねぇって!」
露店販売していた武器をいくつかライに渡そうとしたけど、全く受け取ろうとしない。
あたしとしてもここで引きたくなかったからぐいぐい押しつけ、相手も断固として突っぱねてくるからなんか嫌な物を押しつけ合ってるみたいだった。
心外なんだけど。
「いいから早く受け取りなさいよ!」
「え?なんで怒られてんの?これ俺が悪いの?」
「そうよ!大体あんた、あたしが店始める時もたくさん資金出してくれたじゃない!ちょっとくらい借りを返させなさいよ!」
ラインハルトという男は、自分がβテスターであることを隠さない珍しいプレイヤーだ。
それでも彼は正規プレイヤー達から目の敵にされず、むしろ慕われている。
スタートダッシュを決めた他のβテスター達と違い、始まりの町の人間を見捨てなかったからだ。
ガイドブックの無料配布に始まり、商売を始めようとするプレイヤーには自分の稼いだお金を使って資金を用意してくれる程の献身ぶりだ。
本来ならどんなに臆病で戦えないような人でも、コルが無くなれば日銭を稼ぐためにフィールドに出てモンスターと戦う必要がある。
仮想世界のくせに空腹の欲求があるからだ。
そんな中、フィールドに出ずにお金を稼げたおかげで今までどれほどのプレイヤーが命を失わずに済んだか。
あたしもガイドブックにお金、そして今回の騒ぎでもまたお世話になったから、少しくらいお礼をさせて欲しかった。
「……分かった。この短剣だけ貰うな。後はいいから」
「じゃあ代わりに今度ご飯でも奢るわね」
「料理人に何言ってんだよ。むしろ作ってやるよ」
「やったぁ!」
「そこは遠慮しねぇのかよ!?」
はっ!しまった!
いや、だってライの料理おいしいからつい。
材料費はあたしが出さなきゃとか、何作ってくれるのかなーなんて考えていたせいだろうか。
あたしは、ライのさっきまでとは一変した影を落とした表情と、小さくポツリと放った呟きに気づくことはできなかった。
「……むしろ、ごめんな。俺は、βテスターのくせに……」
誰の耳にも入らなかったその言葉は、仮想世界のデータに残ることも無くむなしく霧散した。
最後の台詞の真意に関しては次回説明します。たぶん。
あと、今回ちょっぴり出したダイゼンさんなんですけど、この人って原作でどこに登場しているか知っている人いたら教えてください。
他のいくつかの作品で見かけたんでオリキャラじゃないはず!と勝手に解釈して登場させてしまった訳ですが、駄目だったらすぐ変更します。