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現代の日本人は働き過ぎだとよく言われる。
家族の顔を見る間もなく朝早く出勤し、残業手当もないまま遅くまで労働を余儀なくされる。
他にも上司が帰るまで自分も帰れない、付き合いで無理矢理飲みにつれて行かれる、有給を使わせてもらえないなど、もはや家族の団らんの時間どころか睡眠時間がまともにあるかどうかも怪しい。
日本人の根が真面目過ぎるのか、それとも周りの空気がその行動を強いるのか。
どっちもだと思うけど、まぁ少し前の俺には全く関係のないことだった。
高校では朝の出席確認の時間に顔を出し、「先生おはようございます。さようなら」と相反する言葉を残し即下校。
そして家に帰ってゲーム三昧だ。
ネトゲとかだとこの時間帯って学生いないからうまい狩り場空いてるんだよね。
課金するほどの経済力が無い中、トップギルドの頭張るには時間と効率で補わなきゃならなかったし、学校なんて行ってられっか。
そういやあのころはボスキャラにも果敢に挑んでたんだよなー……
コマンド入力に関しては最強を誇る俺も、直接体を動かしての戦いにはてんで才能が無かったらしい。
基本臆病だしな、俺。
β時代にはある程度戦えるようになってたけど、今は……
っと、話が逸れたな。
労働時間云々の話をしたが、要するに俺今めっちゃ忙しいってことを伝えたかっただけだ。
「うだー……つ、疲れたー……」
バフン、と宿屋のベットへ倒れ込む。
もぞもぞと布団をたぐり寄せ、頭まですっぽりとかぶり体を丸めた。
今日も相変わらず疲れた。
朝早く起きて食材を仕込み、開店してからは休みなしの高速料理コマンド入力。
昼間のクレーマー騒ぎの後も他の店を手伝ったり、相談に乗ったり質問に答えたりなんかしてたら遅くまでかかってしまった。
なんでちょっとアドバイスするだけで俺の前にあんな長蛇の列ができるんだよ。
なんか人気のお店の列と勘違いして関係ない奴まで並んでたんですけど。
現在時刻は午前二時。
そのまま眠ってしまいたい誘惑を堪え、布団の中でウィンドウを操作しアラームをセット。
二時間後には食材の仕込みをするために起きなくてはならない。
まさか自分がこんな社畜生活を送る羽目になるなんて思いもしなかったが、忙しいと余計なことを考えずに済むので良い。
俺があの日にした選択は本当に正しかったのか。
いや俺にはこれしか出来ることがなかった、と結論づけてから思考はもう放棄している。
それでも、ゆっくりと考える時間があったらきっと俺は後悔するのだろう。
この道しか選べなかったことに。
力が足りず、他の道を――この世界を終わらせる道を選べなかったことに。
なぜ、俺は弱いのか。
なぜ、俺には勇気がないのか。
なぜ、俺はβテスターのくせに安全圏内でのうのうと生活しているのか。
β時代に誰よりも長時間ダイブしていたのは、誰だ?
あいつの隣で戦いたいなんて思い上がっていたのは、誰だ?
正規サービス初日に死にかけ、あいつの命まで危険に晒して無様に始まりの町に逃げ帰ったのは、誰だ?
何度繰り返したか分からない問答を続けていると、仮想のアバターに心臓なんて無いのにも関わらず胸の辺りがずきりと痛む。
俺が始まりの町のプレイヤーに親切にしていることだって、何も全てが善意から来ている訳じゃ無い。
戦うことを放棄した後ろめたさを隠すため、そして人助けをしているという事実で自分の弱り切った心を慰めるため。
それなのにみんな俺の行いを褒め称え、他の攻略へ向かったβテスターのことを、自分たちを見捨てたと貶す。
俺は逃げ、彼らは命をかけて戦っているというのに。
俺の行為のおかげで命を失わずに済んだ人は確かにいる。
でも、それは根本的な解決にはなっていない。
この世界が終わらない限り、プレイヤー達は常に命の危険がつきまとう。
これから、一体どれほどのプレイヤーが命を落とすのだろうか。
予期せぬ事故、PK、MPK、システムの変更で安全圏内が安全で無くなることだってありえる。
何年もかかれば、現実の自分たちの体だって耐えられるかどうか分からない。
俺がやったことは所詮その場しのぎで、結局は無駄なことで……
考えを振り払うようにガバッと起き上がり、パンと両手で頬を引っぱたく。
駄目だ、思考がループし始めている。
気が付けば眠気もすっかり吹き飛んでいて、疲れから来る軽めの頭痛と気怠さが残るだけであった。
ていうか、疲れているのに普通に頭回転してるな。
この生活にも慣れてきたからだろうか。
嬉しくない。
「……ちょっと外の風に当たって来るか」
上着を羽織り、宿を後にする。
路地裏を抜け大通りに出ると、道沿いに並んだ古風なガス灯が辺りを淡く上品に照らしていた。
11月下旬の夜風は肌を刺すように冷たく、コートの襟を立てて肩を竦めるように一人歩を進める。
昼間の賑わいはどこへやら、人の影は見えず嘘のように静まりかえっていて、どこか寂寥感を覚える雰囲気を醸し出していた。
まぁだからって人がいても困るけどな。
たぶん俺、今ひどい顔してるだろうし。
手頃なベンチに腰を下ろし、ゆっくりと息を吐き出して空を仰ぎ見る。
数え切れない程の星々が一つ一つ、まるで宝石のように光り輝き、暗黒の空一面に散りばめられていた。
仮想世界のくせに、やけに自然で幻想的だ。
現実世界で今まで俺が見てきた星空はもっとぼやけていて、別段感動も覚えなかった。
偽物の世界の方がきれいだなんて皮肉な話だなぁ、なんて考えつつストレージから寒さ対策に用意してきたマフラーを取り出して首に巻き付ける。
今までも眠れない時は、こうやって外に出て夜空を見に来ていた。
一日の中で一番落ち着ける瞬間かもしれない。
背もたれにもたれかかり、頭の中がクールダウンしていくことを感じながら俺は静かに目を瞑った。
――――どのくらいそうしていただろうか、ふと人の気配を感じて俺は重たいまぶたを持ち上げた。
のろのろと緩慢な動きで気配の方に顔を向けると、地味目な服に身を包んだ男がこっちへ歩いてきていた。
相手も俺に気づいたようで、柔和そうな笑顔を浮かべて軽く手を振ってくる。
「やぁ、ラインハルト君。元気そう……ではないようだね」
「シンカーさんこそ、顔色最悪っすね。たまには休まないとぶっ倒れますよ?」
「それを君が言うのか」
シンカーさんは疲れているのか力なく苦笑し、俺の隣にドスッと腰かけ天を仰ぐ。
始まりの町最大の相互扶助組織、通称【MTD】のリーダー、シンカー。
この人は日本国内で最大級のネットゲーム情報サイト【MMOTODAY】の管理者だったらしい。
情報が命のSAOでプレイヤー達の指揮をとるには持って来いの人材だろう。
すでに1500人以上のプレイヤーが所属し、始まりの町では知らない人がいないほどの有名人である。
「おお、今日の星はきれいだね」
「……よく見に来るんすか?」
「眠れないときはそうだね。普段は黒鉄宮の周辺だったんだけど、今日はちょっと遠くまで来たんだ……少し話がしたいのだけど、時間いいかな?」
「いいすよ。俺もちょっと聞きたいことがあったんで、ちょうど良かったです」
居住まいを正し、シンカーさんの方へ向き直る。
「それは、君が昼間に捕まえた詐欺師のことかい?」
「ええ。あいつに詐欺の方法を唆した犯人、誰だったか分かりました?」
あのクレーマーの行った詐欺の方法は、はっきり言って見事だと思った。
エンド品を強化したら壊れるなんて正直俺や情報屋のアルゴくらいしか知らないだろう。
鍛冶師のリズですら知らない事実を利用して、被害者としてまんまと賠償金をだまし取ろうとした。
だが、その完璧な手法に対して、実際の駆け引きはお粗末としか言いようがなかった。
まず、リズに法外な金を要求したこと。
12000コルなんて大金、店を始めてまだあまり経っていないリズに払える額じゃ無い。
もう少し妥協した額を提示していれば、俺が駆けつけるほど大きな騒ぎになる前にリズが根負けして払っていた可能性がある。
あっでもあいつって負けず嫌いだからそれは無いか?
でも、普通のちょっと押しに弱い店主だったら払っているはずだ。
そもそも、騒ぎを起こすこと自体不可解だ。
そんな面倒くさいことしなくたって、普通に、「このことを広められたくなかったら口止め料をよこせ」と言えばいいんじゃないのだろうか。
人が増えれば、詐欺がばれるリスクが高まる。
そんなことも分からないような奴が、あの詐欺の手法を考えたとは思えなかった。
だから俺は、方法を教えた黒幕がいるんじゃないかと踏んでいた。
「君の予想通り、あの詐欺は彼が考えたものじゃなかった。だが、肝心の犯人が分からなくてね……見も知らない人物が突然教えてくれたと言い張っているんだ」
「……仲間を庇っているってことっすか?」
「僕も最初はそう思っていたのだけどね、話しぶりを聞いていると違うみたいなんだ。分かったことは、不思議なイントネーションで話す黒ポンチョをかぶった男が彼を唆したってことだけだね」
「黒ポンチョの男、か。居場所は?」
「残念ながらお金の受け取りもなにも指示して来なかったらしくてね。さっぱり分からないんだ」
何がしたかったんだよそいつ。
金が目的じゃねぇの?
シンカーさんも訳が分からない、とでも言うように首を振っている。
「とにかく、クレーマーの男はしばらく預からせてもらうよ。こちらで処遇を決めても大丈夫かい?」
「リズも任せるって言ってたんでいいっすよ。お願いしますね」
結局、ほとんど何も分からなかったがしょうがない。
まぁ、知恵の回る悪意あるプレイヤーがいることだけは分かった。
情報少ねぇ。
「そういえば、シンカーさんの話ってなんすか?俺の話を先にしちゃってすんません」
「気にしなくていいよ。まぁ、話というか、愚痴を聞いて欲しいんだ。最近うまくいかないことが多くてね」
「MTDの人に話したらいいじゃないすか。なんで俺に?」
「内部の人間に弱いところをあまり見せたく無くてね。いらない不安を持たせたくないんだ。
……君ならこの気持ち、分かるだろう?」
……分かる。
俺は、俺を慕って集まってくれた人たちの前で絶対に弱音を吐かないし、表に出さないようにしている。
みんなの前では強くて頼りになる【ラインハルト】でいたいから。
そうすれば、みんな安心できるから。
その俺の考えは表情に出ていたのか、シンカーさんは満足そうに話を続ける。
「君と僕は似た境遇の持ち主だ。人の上に立ち、まとめる立場にある。……まぁ、僕は柄じゃないのだけれどね」
「俺だってそうっすよ。現実じゃ社会的には底辺の位置に居ましたし。……なんでリーダーみたいになってるんすかね」
「みたい、というより僕と君は始まりの町の二大トップと言われているのだから本当にリーダーだよ」
「正直重いっす」
「うん、僕も」
その後も俺たちは、お互い本心を吐露し続けた。
トラブルが多いだの、自分の行動が正しいのか分からないだの、思うようにいかないだのetc。
シンカーさんの悩みはずいぶんと俺と似通っていた。
普段はいっつもニコニコしていて、悩んでいる素振りなんてちっとも見せないから意外だ。
この人も苦労してるんだなぁ。
……なんかこれ、シンカーさんも俺に対しておんなじこと思ってそう。
話は、俺の頭の中に午前四時を告げるアラーム音が鳴り響くまで続いた。
ていうかセットしたまま忘れてた。
めっちゃびっくりしたんだけど。
変な声出したせいでシンカーさんまでビクッとさせちゃった。
仕込みをするために戻らなくてはならないことを告げ、お互いに激励の言葉をかけ合って分かれる。
すっかり冷え込んでしまった体を庇うように腕を回し、気持ち速めに石造りの町の中を移動する。
足取りと気持ちは、行きよりも幾分か軽くなっていた。
シンカーさんの普段の口調ってこんな感じで合っているのだろうか。
ちょっと不安……