未来の自分の降霊に成功し(てしまっ)たイデア氏「出来心だったんです思いついたテンションのまま突っ走ったらこんなことに……」ちょっといろいろ受け入れがたいタコちゃん後輩氏「で、あなた今何徹目ですか?答えなくていいので寝てくださいオルトさん呼びますよ」「……言われてみれば徹夜続きだったからトランス入りやすかったのかも……?」「寝ろ。終いにゃウツボ呼ぶぞ」「すぐ部屋戻るんでそれは勘弁!」そんな感じの話。※いつもの人外シュラウド兄※ツイステ受動喫煙※pixivにも投稿
降霊術は危険だと、モーゼス・トレインは何度も繰り返した。この世のものを転送するのであればまだいい、と。物であれ、獣であれ、あるいは竜でさえ、情報の世界から直接降霊された存在よりはよほどマシだと。歴史の中で築かれてきた幾つものおぞましい実例を挙げながら、原始的で感覚的な魔法は、それゆえ時に恐ろしい結末をもたらすのだと重ねて言った。
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召喚術の最も旧い利用法の一つは、予知・予見である。その力を持つ人外か、あるいは未来の存在(この場合多くは術者自身)を情報の次元から降すそれは、最も長く使われ、しかし未だ定式化に至らぬ奇跡の類いに他ならない。
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召喚術Ⅲの最終試験合格要件は、一定以上の魔力と質量を持つ存在(ほとんど必然的に対象が魔物であることを要請される)の転送ないしは降霊である。呼ぶ対象も、それに用いる術式も触媒も教員からの指示は何一つない(行き詰ったと相談があれば話は別だが、ナイトレイブンカレッジの学生は概ね、素直に教員に相談するよりも落第を選ぶ)。そのため召喚対象は多種多様で、試験本番は推奨されている下級生のみならずOBからも見学の希望が寄せられる、(学内限定の)一大イベントと化していた。
タキシードを着こんだルーク・ハントが水晶の平原から麗しき一角の白馬を呼ぶのを、エペル・フェルミエは見学席で目を丸くしながら見ていた。それが了承を得ないままの転送術によるもので、試験が終われば狩りと闘争が始まることを、ラベンダー色の髪の少年はまだ知らない。
式典服のディアソムニア寮生が、わだつみの底に住まう怪物の影を現世に落とす。友人(の兄)から「(見られるのは心底嫌だけれどそれはそれとして君にはきっと必要だと思うから)絶対に召喚術試験見学に参加しろ」と言い含められたスペードのフェイスペイントをした一年生は、その魔法がどこか、自分の代名詞の大釜召喚に似ていると直感し、来年度秋の召喚術Ⅰを取ることを決意した。
寮服姿のハーツラビュル生が召喚陣を描くのに使っているのは、人魚の魔力がたっぷり詰まった錬金宝石を簡易錬成法によって液状化したものだ。ポイントカード三枚を費やして得た「スペシャルサービス」によって、彼自身の魔力特性と調和するような種類の宝石だけで占められている。契約の結果を見届けに来た蛸人魚のオクタヴィネル寮長は合成に掛かった手間暇を思い出して思わず遠い目をした。
服装、触媒と対価、魔法陣と呪文の一音節に至るまで入念に整えなければ、高い評価はまず得られない。そしてそれだけの価値もある。召喚した対象と用いた術式によっては、召喚術士の国際資格試験の代替にすらなるのが世界有数の国際魔法士資格者育成校の召喚術Ⅲである。
「3-B 28番、イグニハイド寮イデア・シュラウド」
淡々と名を呼ぶ教師の声に呼応するようにして、式典服よりも飾り気のないローブに身を包んだ影が立ち上がる。
この世のどこかに実体を持って存在する物質を「転送」する魔法と、摸倣子の海からその一欠片を「降霊」し形を与える魔法。作用機序のまったく異なる二種類の魔法は、しかし纏めて「召喚術」と呼ばれている。イデア・シュラウドが得意とする魔法は、後者だった。それゆえ、彼が最終試験課題に選んだ術式も当然のように、この世ならざる存在を呼び降ろすものだった。
この試験のために用意された結界領域に足を踏み入れたイデアはあっさりとローブを脱いだ。ぱっと見で受ける印象はさておき、効果の話をするのであれば先だって契約者たる蛇精霊を招来したスカラビア生に近いだろう。そのスカラビア生のように輝かしい黄金と貴石に身を包んでいるわけではない。踝まで伸ばされた濃灰色の亜麻衣に鋭い銀色のブローチで留められた黒紫の薄絹の上衣を纏った姿は、その布と糸の一針にまで青色の魔力が込められた、骸布の子の正装である。
「来い」
その一言で人の頭骨を模った浮遊ガジェットを結界越しに呼び寄せ、同時に不要になったローブを触れもせずに外へ放り出す。幾つか記号を囁けば、魔法陣用の画材がふわりと宙に揺蕩った。その液体の正体を知るのは用途を聞いて渋々錬成・保有許可を出したデイヴィス・クルーウェルだけだろう。夕暮れの地平に似て薄赤く輝くHg-Or系合金は、富の主人の末裔が操る魔力炎とほとんど最高と言っていい相性を誇るはずだ。
だが、逆に解せないこともある。NRC生全体でも五指に入るだろうかの異端の天才が、そこまでしなければ呼ぶこと能わない相手を狙っているのであれば、魔力以外に対価が用意されてしかるべきだ。昨年召喚術Ⅱの最終試験(当然評価はAA、というか転送型召喚術の習熟のため実習を受けたいという申請がなければその場で召喚術ⅢもAAをつけていい快挙である)にあたって彼が用意した蜂蜜たっぷりの巨大なデニッシュのような何かが。
宙を漂う液体合金が、大量の魔力を吸い込みながらゆっくりと魔法陣の形を描く。五つの同心円の間には、冥府の古代語で記された呪文に積層して0と1の羅列が混じる。結界越しに内容を読み取ろうと、レオナ・キングスカラーはその新緑の瞳を細めた。
ゆる、と地下の財産で描かれた魔法陣が中心位置を変え、地に降りる。それとほとんど同時に、琥珀金の瞳の術者が跪いた。不釣り合いにも見える髑髏型の機械は、祈るように地に膝をつく炎髪の男の腕にまだ抱えられている。
「我は願う:三百年の先に」
狭義の意味での「古代呪文語」、周辺魔力を震わす魔法言語の一つ。現代の地上においては嘆きの島の住人か、さもなくばゴーストしか扱わない地下の言葉である。
「我は祈る:幽冥より冥府の継ぎし地下の王権に」
今や魔法陣は術者自身を中心に展開されている。召喚──特に降霊における魔法陣の基本は檻であることさえ知らないのであれば、冥竜の一角たる真正のケルベロスと契約を結べるはずがない。それなら。
「我は請う:この身が至る魂の容に」
そうであるならこの、善き忠告者の裔たる青年の目論見として考えられるものはそう多くない。リリア・ヴァンルージュはそこまで考えて唇を嚙んだ。失敗の可能性を考えてではない。止めに入れないことを理解してしまったからだ。成功してしまうだろうと気が付いたからだ。
嘆きの島と天界山の麓には、最も古い形の召喚術を扱うものが今なおいる──そして、青炎の家系はその一つであったはずだ。炎の遺児、冥府の熾火。天界山に住まう銀弓の君の配下に倣って呼ぶなら、巫覡。
詠唱の内容も鑑みればつまるところ彼の目的は──未来視であろう。
「糸杉と柘榴の裔たるあなたの最上の器が、三代目にして最後の地下へ呼びかける」
イデア・シュラウドは、自身が何者に至るのか直観している。螺旋の階段を地下から天まで積み上げるもの、最後の死者。不死不壊なる神々をそのゆえに死者として地下に迎え入れ、いつか人が生死の秘跡を暴きに地下の王国へ至るその時に神秘の最後の欠片として玉座に座す、そういうものに辿り着くのだと理解している。──ただ、その予測を裏付けるものはイデア個人の感覚以外には何もない。
「天へ階を掛けるもの、空と海と地上の異端よ」
未だこの世ならぬものをその身に降ろす未来予知と、忘却の川の彼岸にて微睡むものをこの身に降ろす霊媒現象、それらは紛れもなく、人の身の知りえない知識に対する実証方法の一つである。
最も原始的な降霊術のかたちを、魔法士はオーバーブロットと呼ぶ。最も原理的な降霊術のかたちを、人は神託と呼ぶ。どちらにしても、イデア・シュラウドは研究対象に事欠かなかった。
幾百年の先にて地の奥底に座すものへ、祈るように縋るように、けれど絶対の確信を持って巫覡が呼ばう。
「その知識、その記憶を我に授けたまえ!」
そうして、奇跡は結実する。
魔法陣を巡る多量の魔力が、地下に吸われるようにして消え去り、魔力ではない神秘の気配だけが色濃く残る。揺らぐ青炎も、青の奥にずらりと並ぶ人外の牙も、死体じみた蒼白の肌も、その姿の一切が変わらぬままに立ち上がった「イデア」の、仄光る黄金の瞳と視線が合って、召喚術の担当教員は膝をつかないためだけに全神経を投じる羽目になった。
ふい、と逸らされた黄金が次いで自分を見たことにリリア・ヴァンルージュはそっと安堵の息を吐いた。詠唱が真実であれば、降りてきた(居城からすれば「昇ってきた」と言うべきだろうか?)のは300年後のイデア・シュラウド。現在のマレウス・ドラコニアよりは年を重ねているが、それでもリリアには及ばない。まして妖精と違いその本質が魔力に依らない神の身であれば、魔力量はマレウスやリリアどころか精々セベク・ジグボルト程度とみていい。なれば茨の谷の近衛として対人類戦争を生き抜いたリリア・ヴァンルージュが恐れるような相手ではない。リリアが正面から見遣れば、「イデア」はどこか安心したような──あるいは懐かしむような──色を浮かべて目を逸らした。
思案するように軽く丸めた右手の指を唇に当てた「イデア」が、何かを思いついたように抱えた金属製の髑髏の天頂をこつこつ叩く。すると彼の周囲を囲む魔法陣から、「神々の金属」を地に張り付いたように残して、銀色の液体が浮き上がった。宙を漂う水銀はまるでそこが無重量空間であるかのように真球を形作り、骨と血管の浮いた青白い手の片方がその液球に沈む。
さて。屍衣の子が父祖より継いだ冷たく光る両の黄金は、地下に眠る富の色である。「イデア・シュラウド」の本質は冥神にして工学神であるが、地下の玉座を継いだ身であれば当然、地に眠る財の全ては彼のものだと言えよう。それが金銀であれ、あるいは水晶や珪素であれ。当然水銀もその一つであり、精霊銀や英雄銅といった魔導鉱物もまた然り。ましてやこの世界において錬金術とは夢物語ではない。
拳ほどの巨大な液滴が、赤銅色に輝くのを、その場の全員が見ていた。それが魔法に優越する最も強大なる神秘の一端であるのだと、真に理解したものは少ないが、それでも。人知を越えた行いであると、誰もが理解したことだろう。人の魔法に優越する妖精の祝福よりもなお優先される、魔力に拠らぬ世界の改変権限。神秘の強さに区別を付ける現代の学者らはそれを、権能と呼ぶ。固化した英雄銅の塊が陣外へと押し出さるのと、「現在の」イデア・シュラウドの意識が三百年分の記憶と知識の大河から浮上するのと、どちらが早かっただろうか。
魔法陣の中央に立つ男の唇が開かれようとしたことに、その場に居合わせた生徒の半数と教員の全てとが警戒を露わにした。生徒の残り半数は自分の力量程度では何もできないと判断したものが四割五分、シャマンの器に収まっているとはいえ真正の神格を相手に危機感さえ抱けていない不感の者が五分といったところ。
「我は求む:在るべき場所、在るべき時へあなたがかえることを」
その言葉と同時に、地下の男が再び膝をつく。まるで本当の炎であるかのように広がる炎髪にちらりと赤が灯り、召喚陣の一部が溶け広がって意味を失う。その一瞬の後にはこの大儀式に魔力の大半を注ぎ込んだイグニハイドの寮長が、叱り責められるのを恐れるようにしながら立ち上がった。