きっと、僕らが大人になり思い出すのは、あの日の事だろう。
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都会の喧騒。
そう呼べるほど人の数もそんなに多くなく、派手な景観も特に見当たらない。
どちらかと言うと今は静寂の言葉が似合うそんな背景を思わせる公園前の階段。
時刻は朝の8時ちょうど。そこに一人の女性がいた。
(う~ん、早く来すぎちゃったかなあ)
待ち合わせは9時だったはずだ。
どうやら楽しみすぎて一時間も早く来てしまったらしい。
日曜のまだ朝とあってか、人も少なく車通りもあまりない。暇を潰そうと思っていても今から店へ行くと逆に間に合わなくなるかもしれない。
まさに絶妙な中途半端感が凄かった。どうしようか思案したところで結局その場にいることにする。
季節は春。朝ということもありまだ若干の肌寒さを残しつつある今。
ダッフルコートのポッケに手を入れ少しでも暖をとる。
ちょうど太陽が建物の陰に隠れているせいで余計に寒さを感じてしまいそうだった。
どこか近くのコンビニへ行く選択肢もあるにはあるが、もしもそうしたとして待ち人とすれ違いになるのだけは絶対に嫌だと切り捨てる。
もう意地でもここで一時間待つ覚悟をしたところで、視界に入ったのは階段。
よくある深い段差の階段ではなく、低い段差で一~二歩は踏めそうな広い面積の階段だった。
思い出の場所、というよりは思い入れのある場所と言ったほうが正しいか。
ここを通ることは何回もあれど、ここで待ち合わせをするのは初めてだったりする。
(ふふっ、懐かしいな~)
まるで昨日の事のように思えた。
それほど彼女の中ではその日の、彼との出会いに大きな意味をもたらしたのだと思う。
あの時の自分ではいつもの事だったが、今思えば彼にとってはあまりにも衝撃的すぎる出来事だっただろうと思い出しながら。
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『ん? ……え、嘘っ、ひ、人がたお、倒れて……ええ!?』
平日の早朝。
まだ人通りも少なく車もあまり見かけない通路の階段で、少年はとんでもないものを見てしまった。
倒れているのだ。
木でもなく、電柱でも信号機でも看板でもなく、人が。
『ああああ、えと……こういう時ってどうすれば……! そうだ、い、意識の確認しなきゃ!』
突如、思いもよらない事態に遭遇すると人間は思考停止かパニック状態になりやすい。
この少年が即座にそうならず行動に移せたのはそういう知識に強いのか、または高校生というまだ未熟故の咄嗟の判断か。
とりあえず声をかける事にした。
『あ、あの、大丈夫ですかっ?』
軽く声をかけるも起きる様子はない。
周囲に人はいないしこれはいよいよ救急車かと思った矢先、近づいたからこそ気付いた。
『……あれ、もしかして……寝てる?』
この人、いいや、女性……と呼ぶにはまだそこまで年齢はいってなさそうだ。
女の子が寝ていた。それも運動するためなのか服装は半袖に半パンといった軽い運動着のようだ。
だとしても。
だとしてもである。
『こんなところで女の子が寝てるって、どういうこと……?』
ここはどこかの休憩所でもない。公園のベンチでもない。
階段だ。そう、ただの階段で軽装の女の子が早朝から気持ちよさそうにすやすやと寝ている。
これだけでもちょっとした事件というか問題がありそうなのだが、もし見つけたのが自分ではなく悪質な人間だったとしたらと思うとゾッとした。
ならば不幸中の幸いかと結論付けたところで本題に入る。
無事は無事。しかし今のこの状況ははっきり言って異常。
このまま見て見ぬ振りで放っておくという選択肢はまずない。となればやはり少し無理矢理にでも起こすのが得策だろう。
『あ、あのっ、すいません、こんなとこで寝てたら色々とアレなんで、起きてくださいっ』
いくら非常識な場所で寝ているといっても相手は女の子だ。
乱暴に起こすのは気が引けるので出来るだけ優しく体を揺さぶって起こしてみる。
『……全然起きない』
ピクリとも起きる気配がなかった。
何なら優しく体を揺らしたせいでさっきよりも気持ちよく寝ているようにも見える。
『仕方ない……少し強引だけどこの人のためだ。あのっ、起きてください! 他の人の迷惑になっちゃうかもしれないので今はとりあえず起きてくださいってば!!』
周囲に人がいないのを確認してから大きめの声を出してさっきより体を大きく揺さぶる。
すると。
『……んん、んみゅう』
ようやっと起きる気配のなかった眠り姫が産声を上げた。
『あと3時間だけ~……』
『いやがっつりだな』
思わず言ってしまう。
階段で寝るほどだ。この少女、これだけ睡眠に貪欲なのだとしたら今の発言も本気かもしれない。それだけは阻止すべきだろう。
『いやダメですってば! 起きてください! 今はまだしも人が増えてきたらやばいですって!』
『むぅ~……なぁにぃ~?』
『何じゃなくて起きてください! そんな服装してるんだから運動するつもりだったんでしょ!?』
『んん~……はっ!? そうだったっ。彼方ちゃん同好会のみんなと朝練するんだったっ』
『やっと起きた……』
何か突然起きた。
これでとりあえず大事にならずに済んだようだ。
『ふわぁ……わざわざ起こしてくれてありがとうね~。彼方ちゃん、余裕持って出てきたけどこのままだったら遅刻してたよ~』
『い、いえ、まあ放っておく事もできなかったし、大丈夫ですよ』
起こしたはいいがこの女の子。
あまりにも警戒心がなさすぎるのではないだろうか。いや、こちらの見た目からそんなに歳が離れていないのを見越して警戒心を解いてくれているのかもしれない。
一度起きれば何のその。
行き先が同じ方向だからとついでに途中まで一緒に歩くこととなった。
『朝練って言ってましたけど、運動部なんですか?』
『ん~、そうでもあるけど、そうでもなかったりって感じかなあ』
『どっちなんだ……』
やけにおっとりしすぎだと思うのは気のせいか。
この少女の見た目のイメージと性格からして、まだ話して数分程度の少年でも分かるくらいには運動部に向いていないのではと思う。
『スクールアイドルって、知ってる?』
こちらの顔を覗き込んでくるように近づいてきた。
寝ていても美少女と判別できるほどだ。こうして目覚めた少女をよく見ると、余計にその可愛らしい目鼻立ちが目立つ。
改めて見つけたのが自分で良かったと思いつつ、聞かれた言葉に対しての答えを導き出した。
『詳しくは知らないですけど、聞いたことはありますよ。確か高校生の女の子達がアイドル活動をする事を言うんですよね? って、え、ま、まさか……』
『ふふん、そのまさかなのさ~。彼方ちゃん、虹ヶ咲学園でスクールアイドルやってま~す』
ふわふわと自信満々に言っているとこ申し訳ないが、普通に半信半疑である。
というかこのおっとり少女が歌って踊っている姿を想像できない自分がいた。他のスクールアイドルの子に着いていけているのだろうかと初対面ながら心配してしまうほどだ。
『あ~、その顔、彼方ちゃんを信用してないな~?』
『いや、そういうわけじゃ……すいません。ちょっと想像できないなって思ってました……』
何故だか嘘はつけなかった。
そんな少年の反応に少女は最初こそ頬を膨らませていたが、やがて笑みを零す。
『うんうん、正直に言ったから許してあげよう』
『それは何よりです』
『じゃあそんな君にぃ、彼方ちゃんの連絡先を教えるのでスマホを出すのです』
『はい、分かりまっていやいやいやいや、何で急に!? 突然すぎません!?』
あまりにも自然な流れすぎて普通にスマホを出すところだった。
先ほどから若干会話が噛み合ってるような噛み合ってないような感じをずっと繰り返している気がする。
初対面なのにいきなり連絡先交換とはハードル高すぎではとあたふたしている純情な高校生少年。
対して自分を彼方ちゃんと呼称する少女は平然とこう言った。
『彼方ちゃんがちゃんとスクールアイドルしてるよって証拠の動画を送ってあげるから~。これでも結構評判良いんだよ?』
『な、なら自分で動画検索できるので交換する必要は……』
『それと~』
『……それと?』
本当に。何の警戒心もなく、だ。
どうして初対面の自分にこんな柔らかい笑顔を見せられるのかと疑問を持つほどに。
目の前の少女はそれこそそこいらの男子なら一発で落ちてしまいそうな優しい表情ではにかんだ。
『彼方ちゃんを起こしてくれたお礼がしたいので、また別の日に会えないかなあって』
『……ッ』
こんな事を言われて断れる男子がこの世にいるのだろうか。
いいや、いなければならない。この少女、普通に人を警戒するという気持ちを持ち合わせていないのである。
自分だからまだいいものの、これが良からぬ考えを持った男性ならどうなっていたことか。
厳しい現実を教えてやることもまた一つの優しさなのだ。
『……ごほんっ。いいですか? まずあなたは警戒心がなさすぎます。もし僕が裏でクズのような思考を持っていたらどうなるか分かりますよね? 本当なら今も危険な状況かもしれませんよ?』
『だって君はそんな事しないって分かってるもん。あんなとこでわざわざ彼方ちゃんを起こしてくれるくらい優しいし』
『……それが危ない事に繋がる可能性だってあるんです。僕がここであなたの連絡先を手に入れたとして、あなたの連絡先を悪用、またはあなたに不当な要求をする場合だってあるんですからね』
『でもしないでしょ?』
『……いや、まあ、そりゃあしませんけど……』
『ほら、分かるもん。彼方ちゃん、意外とそういう見る目はあるんだよ~。だからね、君が良ければ彼方ちゃんのお礼に付き合ってくれないかな?』
『……はい』
完全敗北ここに極まれりであった。
どれだけ危険な事を教えたとして、今少女の前にいるのは自分自身。なら言った通り不当な要求をするかと問われれば、答えは絶対にノーだ。
そんな度胸も悪心も生憎この少年は持っていない。どちらかというと正義感のほうが強いのだ。
お互いのスマホを出し連絡先を交換する。
まだ会ってたった数十分。
まさかの女の子との連絡先交換最短ベストを更新した。というか初対面でこんな事するの自体が当然初めてだった。
『はい、ありがとうねえ。これで空いてる日とかに連絡入れたら、彼方ちゃん頑張ってその日は起きるからっ』
『いつもそんな眠いんですか……』
『色々あるんだよ~色々~』
『はあ』
とはいえ、である。
不思議な縁で知り合った女の子との連絡先交換。
友人が聞けば怒り狂いそうなシチュエーションだった。
実際体験してみるとむず痒い気分になる。何というか照れもあるが、それ以上に高揚感を抱いているのに自分で驚いた。
そう、初対面なのにまるで友人のように話しやすいのだ。
少女のおっとりオーラのおかげか、それとも案外こういうペースの話し方が自分に合っていたのかは分からない。
ただ、今のところ少女とのふわふわした会話が心地いいのは確かだ。
二人しかいない通路を歩いていて思う。この時間がもっと続けばいいのにと。そんな不思議な感覚があった。
『あ、ねえねえ』
『はい?』
『そういえばどうして君はこんな早朝から歩いてるの~? 彼方ちゃんは朝練があるからだけど、どうしてかなあって』
『ああ、僕は今日日直なんで少し早めに行こうと思ってたんですよ。ついでに運動がてらランニングするために今は制服着てませんけどね』
少女も軽装だったが、自分も後から着替えるためラフなロングTシャツとズボンなのを忘れていた。
『そうだったんだ~。じゃあ彼方ちゃんランニングの邪魔しちゃったかな? ごめんね?』
『だ、大丈夫ですよっ。真剣に走るつもりもあまりなかったし、軽い気持ちだったんで。それより、あなたはまだ時間大丈夫なんですか?』
自分はまだ余裕があるが、少女は同好会と呼ばれるメンバーと待ち合わせをしているらしい。
のんびり話しながら歩いているが大丈夫なのだろうかと思った矢先。
『……ああ~! もうすぐ集合時間になっちゃうよ~!』
『あれま』
どうやら割とまずいらしい。
普通に慌てていた。
『お話するの楽しくなっちゃってたからつい……ごめんね、彼方ちゃんもう行かなきゃだよお』
『待ち合わせ時間には最低でも10分前にいるのが基本ですからね。僕もこのまま自分の学校に行くので早く行ってあげてください』
若干の名残惜しさを感じつつも早く行くよう促す。
少女の反応を見るに、本当に会話が楽しかったようで時間を忘れていたらしい。
『あのね、スマホでまた連絡するからね、その時にお礼させてもらう日とか決めようね?』
『分かりましたんで、ほら、間に合わなくなりますよ』
『うぅ~……それじゃあ、またね~!』
『ええ、それでは』
急いでいるようだが走っているスピードはお世辞にもそんなに早くなかった。
雰囲気や喋り方がおっとりしていると走りまでおっとりペースになるのだろうか。
『何だか、本当に不思議な人だったな……』
去って行ったのをただ見送ってから思う。
今思えば自分も初対面相手によく普通に話していたなと驚いた。
けれど、決して嫌な感じは全然しなかった。
むしろもっと話していたい。そう思えるような相手なのは確かだ。
そしてこれが、少年と少女の最初の出会いだった。
あれから月日が進むにつれ色んな事があった。
彼女の事をたくさん知ることができた。
名字が近江という事も知り、近江さんと呼ぼうとしたら膨れっ面で下の名前で呼べと言われ、溺愛している妹がいるのも分かった。
いつもお互い暇な時間を見つけてはメッセージアプリで何てことのないやり取りをし、彼女からの返信が途絶えるとほぼ100%の確率で寝落ちしている事も後に判明した。
彼女の所属する虹ヶ咲学園。
あそこはこの辺りでも有名な私立の高校で、学校自体が一般の高校よりもスケールが大きく様々な学科があり人気のお嬢様学校というイメージがあった。
当然、近江彼方もその一員なのだからおっとりお嬢様な女の子かと思いきや、実はそうでもないらしい。
家は普通の団地、母が働いているが家計を助けるために彼女自身アルバイトを掛け持ちし、特待生のため奨学金のために成績上位をキープしなければならず、夜も遅くまで勉強していて果てにはスクールアイドル活動をやっている。
彼女のことを知っていくと分かる。
こんなに色んなことを詰め込んでいれば疲れて急に眠くなるのは必然だ。
本人が苦労と思っていなくとも疲労は蓄積し、彼女の体を追い詰めていく。
誰かのために頑張れる優しい少女。無茶を無茶とも思わず無理な生活を繰り返している少女。
一つ年上の少女。これも連絡先を交換してから分かったことだ。
自分よりも一つしか年齢が変わらないのに、家族のため、愛する妹のため、好きなもののために頑張る少女はきっと尊いのだと思う。
しかし。
しかしだ。
だからといってこの事実を知り、そのまま放っておいたらこの先どうなってしまうのかは少年でも容易に想像できた。
このままじゃダメだ。無理が祟って良くない事が起きてしまってからではもう遅い。
あれから少女との仲は良くなっている方だと思う。
それでも所詮は友達止まりの他人でしかない。彼女のために何かできないかなどと、それはただのお節介の範疇に過ぎない。
でも。
だけど。
少女が誰かのために頑張れるように、だ。
少年も誰かのために支えになろうとしていることも、きっと一緒なのだ。
いつものメッセージアプリでの会話の事だった。
≪彼方さん、近々妹さんにも会うことってできますか≫
≪遥ちゃんに? またまたどうして?≫
≪少し話したい事があって≫
そこからの流れは早かった。
まず妹の遥に会い、姉の現状について何か思うことはないかと聞いたところ。
案の定心配していたようで、どうにかできないかと悩んでいたらしい。
ああ見えて近江彼方という少女は自分の好きなものや人については頑固なところがあるようだ。
だから遥が何か言ったとしても、苦労とすら認識していない彼女の前ではすれ違いが起きて当然だった。
なので出来るだけ彼方に勘付かれないよう、遥にも助言をしつつ彼方がギリギリ無理をしないラインまで譲歩できる提案をさせたところ、上手くいったらしい。
家事の全てをこなしていた彼方。それを遥も分担して手伝うという形で落ち着いたと遥から連絡が来た。
『で、何でまたあんな場所で寝てたんですか……』
『うーん、実は彼方ちゃん、元々寝ること自体が好きだったり~』
『だからって階段で寝るのは心臓に悪いんでやめてください』
平日の早朝。
初めて会った場所、というよりは初めて遭遇した場所でまた彼方が寝ていたところを発見した。
『朝練ってどうも着くまでに眠くなるんだよね~』
『そんな理由で寝られたら見つけたこっちはひとたまりもありませんよ……』
『えへへ~。あ、そういえば君はまた日直かな?』
『そうですよ。なので彼方さんを見つけた時はあの日にループしたのかと思いました』
まったく同じ場所、まったく同じ軽装、まったく同じ寝相で遭遇したらそう思ってしまうのも無理はない。
まさか朝練がある度に寝ているんじゃないだろうか。
『そうだねえ。でも、あの日と今は絶対に違うよ~』
『いや、そんなことは分かってま』
『だって今の方が彼方ちゃん達仲良くなってるもんねえ』
『……、』
何故恥ずかし気もなくこんな事が言えるのか。
彼女のことはもうそれなりに分かってきたつもりだが、そこだけは未だに分からないでいた。
あの日からお互い仲も深まり、色んな事を分け隔てなく話せるようになったからか。
それとも少女がただおっとりマイペースなだけだからなのか。それは近江彼方という少女にしか分からない。
もはや照れ隠しだ。
純情少年ができるせめてもの反抗がぷいっと顔を背けて言葉を放つことだった。
『それより朝練はいいんですか? 寝落ちしてたし、また遅刻しちゃうんじゃないですか?』
『はぅあっ!? そういえばそうだった……』
『もはや恒例行事ですね』
『……むぅ』
何だかジト目で見られている気がして振り向くと、案の定だった。
『えと……どうか、しました……?』
『……今日の夜、空いてる?』
『え……ま、まあ、一応は……な、何故?』
『もっと話したいなあって思っただけ~。だって朝だとそんなに時間ないんだもーん』
『……僕はいつでも歓迎ですよ。彼方さんが起きていたら、ですけどね』
『なぁんでそういうこと言うのかな~? 彼方ちゃん頑張って起きてるよーんだ』
『ははっ、じゃあ夜、彼方さんからの連絡楽しみにしてます』
『うーん……にへへぇ~そっかそっか~。楽しみにしてるか~っ』
『ほら、早く行かないと遅刻しますよ』
『じゃあまた夜ね~!』
『ええ、また』
お互い手を振り別れる。
何だか異様ににへらとニヤついていたが、何だったのだろうか。
見えなくなったところで手を降ろし見る。
これも初めて会って別れる時との違いだった。
名残惜しくも手を振り合う。
そんな関係にまでいつの間にか進展していた。
もう。
もう、だ。
ここまで来てしまえば確信するしかない。
断定するしかない。
不純な思いはどこにもない出会いだったはずだ。
普通の友好関係で満足していたはずだ。
それなのに、気持ちだけが独りでに溢れていってしまう。
大人からすればまだまだ子供で、高校生なら誰もが大人への階段を登る途中。
そんな未熟なままの想いがとうとう、ここへ来て恐れも知らずに芽生えた。
別に恋がしたかったわけじゃない。ないならないでそのままでも良かった。
なのに。
若さ故の歯止めはどうやらきかなかった。
立ち止まっていた少年も。
立ち去って行った少女も。
(ああ、僕は)
(ああ、私は)
お互いがお互い、もっと一緒にいたいと願っていた。
無自覚でどうしようもない感情。きっかけは些細なもので自覚するようなものでもなかったのに。
気付けばもう。
((あの人に恋をしてるんだ))
お互いが恋に落ちていた。
────────────―
先に言ってきたのは彼からだったのをよく覚えている。
恋心に気付いてから意外と早かった記憶もあった。
思えばあの時から既にお互いを好きだったのだと思うと、こそばゆい感覚と笑みが零れる。
結局、少女も少年も惚れた相手には弱いのだ。
恋人になった途端、少年は少女の負担をもっと減らそうと自分もバイトを始めだした。
自分のために無理はしなくていいと断りもしたが、その時にはもうお互いの性格を知っておりすぐに無駄だと諦めた。
少年の本当の狙いは、少女の負担が減れば眠くなることも少なくなり自分との時間がもっと増やせるという魂胆もあったのだが。
しかし、そのおかげもあってか実際彼方の負担は減り、少年と過ごせる時間も増えたのは確かだ。
自分のスクールアイドルのライブに来てもらったり、一緒に妹の遥のライブを見に行ったりもした。
本当に、子供みたいな些細なきっかけで始まった恋。
それでも、充分に幸せだった。そしてそれはこれからも続いていく。
目線の先にあるのは公園前の階段。
全てはそこから始まったのだ。
と、懐かしい思い出に浸っていたら視界に見慣れた人影が映った。
「あれ、もう来てたの?」
あの時から数年が経過し、今ではすっかり敬語も取れた彼が来た。
「もう、彼方
「これでも一応約束の30分前には来たんだけどね……」
そこで気付く。
昔の思い出に耽っていたらいつの間にか30分もたっていたのだ。
「あ、今あの日のこと思い出してたでしょ~」
「ええ、何で分かったの?」
彼の視線が階段に向けられていたので気付いた。
きっと彼も思っていたに違いないと確信しながら、
「だって彼方さんも同じこと思ってたからねえ」
「ああ、なるほど。だから珍しく今日の待ち合わせはここにしたんだ」
「ぴんぽんぴんぽ~んっ。大正解ですっ」
同じ日のことを思い出していた。
たったそれだけで嬉しいと思うのは許されるだろうか。
こんな些細な事で幸福を感じられる二人もあの日から成長し、もう二十歳を迎えたところだ。
成人し、まだ社会には出ていないが子供から大人への仲間入りを果たし、今は大学生となった。
自然とダッフルコートから出した手を繋ぐ。
そんな動作もいつしか慣れており、今となっては当たり前になっていた。
お互いの体温を手に感じながら歩んでいく。
「ねえねえ、彼方さん、今日はマイ枕作りたいんだぁ。一緒に作ろうよ~」
「去年も作ってなかったっけ……」
何気ない会話が今日も続いていく。
この先の二人の行方はまだ分からない。確定できる未来なんてものはどこにもない。
想像もつかない無数のストーリーだけが広がっていく世界。
それでも。
彼と目が合うだけで分かることがある。
彼の笑みで幸せを感じられる。
彼の優しさで心が満たされる。
二人の恋が夢のように消えていったとしても。
(目が覚めたらあなたがいて)
(不意に起きる君の瞳を見て)
初めて会ったあの日を思い出し、彼女達はまた成長していく。
子供から大人へと。10代から20代へと。
そして。
((愛してるって伝えたい))
恋から愛へと。