「スクールアイドル、ねぇ…」
俺の目の前に突如として置かれた企画書の束。その表紙に視線を落としつつ、俺は肩をすくめた。
「そうです!今をときめく高校生たちが魅せる、青春の輝きなんす!」
隣で力説する部下。こら、唾を飛ばすんじゃない汚ねぇな。
「――っつってもなぁ……これ、そんなに人気なのか?」
「編集長知らないんすか!?それはまずいっすよ!
今更スクールアイドル知らないとか、フィル・テイラー知らずにダーツ投げるようなもんですって!」
「例えが微妙すぎるわ!」
結構知らない人いるだろ。そりゃすごい人だけどさ。
それはともかく――
「こんなんでちゃんと記事にできんのか?」
「任せてください!彼女達への、この僕の迸る熱い思いを筆に乗せ、全米を号泣させる特集を組んでみせます!」
だから唾を飛ばすなって。
入社してから今まで一度だって見たことないほどのやる気を見せている部下を軽く睨み、週間少年誌くらいありそうな企画書の束を手に取る。
……これだけの量、一体いつの間に作ったんだ。
まさかコイツ、就業中に他の仕事ほっぽり出して――おい、なんであっち向いた。こっち見ろ。
『スクールアイドル』
本業よろしく、その青春をアイドル活動に捧げている高校生たちのこと。
その活動はプロのコピーだけに留まらず、作詞作曲はおろか、配信サイトのDL数でランクインを果たしたり、それなりに大きい箱でのライブを満員御礼にしたりとかなり本格的だ。
また、野球でいうところの甲子園にあたる「ラブライブ」なる、全国のスクールアイドルたちが鎬を削る大会も開催されており、その熱は冷めることを知らず年々加熱の一途を辿っている。
そう――これは国内だけに留めておいて良いものではない。アジア、ひいては世界にも波及し得る一大ムーブメントであり――
「――読むのやめていいか?」
「ダメ!ダメです!ここからが良いところなんですから!」
企画書に私情挟みすぎだろ。人に見せるモンは客観的に書け。
中身のないものよりかはマシだが。
――まぁ、書き口はともかくとして、コイツなりに頑張って書いたという熱量は伝わって来た。
ただ、ひとつ、とてつもなくでかい懸念事項がある。
「ウチの雑誌は『伝統芸能専門誌』だぞ?これまでに扱ってきたものとあまりに毛色が違いすぎる。
あんまり上手くいくとは思えんが……」
そう、ウチは「雅」とか「優雅」とかが似合う、古き良き芸能を取り扱う専門誌なのだ。
浮世絵
雅楽
舞踊
海外の美術的価値の高い絵画など
それらを特集している、有り体に言ってしまえば「おカタい」雑誌なのだ。
「それはそうかもしれないっすけど……何かを成すためには、古い考え方は捨てるべきっす!
古来より『偉人』と呼ばれた人達は、当時の固定観念を打ち破ったからこそ世間から認められたんす!
ウチの古臭い芸能誌だって、今をときめくスクールアイドル達を華やかに載せれば、
出生率みたいに年々下降してる売り上げだってドカンとV字かいふ――あだっ!?」
うるさい。古臭いとか売れてないとか言うな。
あと「今をときめく」って言い過ぎ。出版社の人間がそんな貧困な語彙でどうする。
「……なにすんすかぁ……確かに少し過言だったかもしれないっすけど、発行部数が良くないのは本当のことでしょ?ここらで何かひとつ挑戦してみるのも悪くないと思うんすよ」
「まぁ、それは確かにな……」
歯痒いが、コイツの言うことももっともだ。最近は芸術に関心のある人も年々減っていき、業績が芳しくないのも事実。ここらでひとつ、新しい風を吹き込むのも悪くないかもしれない。
公私混同じゃなければ、もっと褒めてやっても良かったんだけどな。
「――わかった。それで、どの学校について特集するんだ?目星はつけてるのか?」
「もちろん!我が出版社のお膝元、『虹ヶ咲学園』のスクールアイドル、
『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』っす!」
逆だ逆。ウチが虹ヶ咲学園のお膝元にある零細出版社だ。よそで絶対言うんじゃねぇぞ。
「それがグループ名か?小洒落た横文字とかじゃないんだな」
「みたいですね。理由はよくわかりませんけど。
あ、そこから下はメンバーのプロフィールなので読んでもらえたらどんな子たちなのかわかると思います」
「表紙と次のページ以外全部!?」
興信所の身辺調査なんか裸足で逃げ出すくらいの量あるぞ。コイツ筋金入りだな。
「言っとくが、俺はスクールアイドルのことなんて一切わからんからな。見て思ったまんまのことを喋るぞ。
さて――」
そう言いながらページをめくり、現れた顔写真を見る。
「まずはこの子っす!上原歩夢ちゃん!2年生で、同好会の発起人のひとりっす!」
「パ○活してそうだな」
「考え得る限り最低の感想っすね!?」
「『別5でお願いします』とか書いてそう」
「どこに!?」
だってしょうがねぇじゃん。よく言うじゃん。ピンク髪はナントカって。
このお団子ヘアとかさ。なんかアレじゃん。
「幼馴染キャラで親しみやすい子なんすよ!何てこと言ってんすか!?」
「こんな子が幼馴染だったら色々と歪むだろ」
「だから何が!?」
「『あ、ごめん。今日も一緒には帰れないの……またね(スマホポチポチ)』とかされそう」
「だから円○から離れろよ!あっ、○光って言っちゃったよ!」
「あとあれだ、やっぱ友達と会ったら『やっはろー』って挨拶――」
「ダメっす。それ以上はダメっす」
確かに、目が覚めるような美少女だ。宣材でコレなら、実際の彼女はもっと素敵に違いない。
「ただまぁ、確かに可愛いな。これでただの同好会ってんだから、最近のJKのレベルも底が知れんな」
「確かに仮にもアイドルってことで、全国的にカワイイ子たちばっかりなんですけど、虹ヶ咲の子たちは特にカワイイです!実家の猫と比べても遜色ないっす!」
その言い方だと猫の方が僅差で勝ってるじゃねぇか。確かに猫は可愛いよな。
それはともかく、この偏差値の子がまだまだ続くのか。楽しみだな。
そして多方面に申し訳ないが、こっからもずっとこんな感じで行く。何せ1ミリもわからんからな。見たまんま脊髄で喋るぞ。
ちなみに、最低限の知識は身に着けるために多少は読み物を漁った。ありがとうpi○iv大百科
「次はこの子っす!1年の中須かすみちゃん!人一倍ストイックな子で、プロ意識のようなものも感じます!でも『かすかす』ってあだ名で呼ばれると怒っちゃうんす」
「かすかす?ひどいあだ名だな。ほぼ悪口じゃないか。許せない」
「編集長がさっき言ってたことよりかは圧倒的にマシです」
アッシュグレーの髪を短く切り揃え、挑発的な笑みを浮かべる少女の写真を眺める。
「自分の部屋の中だとめっちゃ声低そうな子だな」
「なんすかそれ」
「あと、サークルとかコミュニティ壊しそう。『○○くんって面白いね!』ってボディタッチしてきて、実は俺のこと好きなんじゃないかって勘違いさせてきそう。彼女を巡って戦争が起きる」
「推しに姫ムーブさせるのやめてもらえませんか」
「友達以上恋人未満の距離感で、その気があるのかないのかやきもきせて悶々と眠れない夜を過ごしそうだ」
「お知り合いか何かですか?」
俺の中の小悪魔センサーが反応してるから間違いない。
ちなみにこのセンサー、ド○ンちゃんに反応するくらい感度はガバガバだったりする。
「うむ、この子も可愛いかった。次は?」
ページをぱらぱらとめくり、新たな写真が見えたところで手を止めた。
「次は、桜坂しずくちゃん!さっきのかすみちゃんと同じく1年生です。
演劇部と兼任してる、しっかり者の優等生っす!」
大きな赤いリボンが特徴的な、利発そうな面立ちをじっくりと観察する。
「幸薄そう。普段は鞄に入れてるのに、傘持ってきてない日に限って雨降られそう」
「それはちょっとだけわかるっす」
「あと将来ヒモに捕まりそう。『あ……これ?ちょっと、部屋の模様替えしてたらぶつけちゃって……』とか言いそう」
「さっきからほんっとロクな感想出できませんね。よりにもよってDV彼氏ですか」
「あと、この子絶対誰にでも敬語で話すだろ。もし間違ってたら木の下に埋めてもらっても構わん」
「どっからそんな自信くるんすか…」
ぱっと思いつくのは大体こんなところだな。
それにしても、全員が全員こんなに可愛いなんてことあるのか?
アイドルなんて、グループ内のひとりやふたり、「ん?」みたいな子が必ず要るはずだったんだがな。
時代も変わったもんだ。
「そしたら次行きましょう!3年生の朝香果林ちゃん!モデル志望でスタイルも抜群!」
「ふむ……確かに脚がグンバツだな…」
高校生にしては随分と大人びた印象を受ける少女の写真に目をやる
「この手の子は公私のギャップがすごいことが多い。たぶん自室はめっちゃ汚い」
「過去に女性関係で何か嫌なことでもあったんですか?」
「あと、後ろの方が弱そう」
「深くは聞かないでおくっす」
「パンツも3日くらいなら平気で履きそう。お前と一緒だな」
「ただのズボラじゃないっすか!失礼っすね!
僕のはまだ2日目っす!」
冗談で言ってみたらコイツさらっととんでもないこと言いやがった。毎日交換しろ。
「あとは、ショタコン拗らせてそう。年の離れた弟とかいたら溺愛してそうだな」
「果林ちゃんの弟に生まれたかったなぁ……」
順当に気持ち悪いなコイツは。
「よし、次の子は?」
「次は宮下愛ちゃん!2年生っす!運動神経抜群で、交友関係が広いそうです!」
ブリーチではありえない、艶やかな金髪を湛えた今どきの少女の写真を見やる。
「やっぱり、この子の一人称は『あーし』なのか?」
「や、そこまでガチなヤツじゃないっす……そもそも、『あーし』って言うギャルなんて
都市伝説みたいなもんですし……」
「『あ、その本面白いよね。お兄の部屋で読んだよ。あーしは3巻が好き』的な」
「お、オタクに優しいギャル……実在したなんて……」
いや、知らねぇけど。
基本的に俺はギャルや陽キャが得意ではないのだが、この子からはパリピオーラはあまり感じない。
オタクに優しいというのも、あながち間違いでもないのかもしれない。
「どんどんいこう次だ次」
「次は近江彼方ちゃん!3年っす!ライブでは元気いっぱいですけど、結構マイペースな性格みたいですね」
「学校に枕持ち込んでそう。以上」
「いや、他にも何かあるでしょ!?書くの疲れてきたんすか!?」
メタメタしい発言はやめろ。
「こういう半目の子は、大抵寝るのが好きだったりするんだ」
「さぁ、どうなんすかねぇ……」
「……あと、この子実は男だったりしない?」
「しません!」
アメジストの瞳を気だるげに伏せ、宣材もアンニュイな雰囲気の彼女と目を合わせて心の中で謝りつつ、パラパラとページを送って次の写真を探す。
「あと何人いるんだ?」
「あと3人っすね!次はこの子、優木せつ菜ちゃん!2年生っす!」
「ふむ……中二病拗らせてるな」
「同志の匂いでも感じたんすか?」
お前、ちょっとそこに座れ。
「片目だけカラコンとか入れてみたりしそう」
「オッドアイのせつ菜ちゃん……素敵だ……」
「鏡の前で夜な夜なポーズ決めてみたり、事あるごとに『†』使ってみたり、
『この姿は夜を忍ぶ仮の器!その実態は――』みたいな妄想膨らませたり、って感じか?」
「でも女の子がしてるって考えたら、それはそれで全然アリな気がするのが不思議っすよね。
ちなみに、編集長はどこまでしてたんすか?」
うるさい。そんなこと一々俺に聞くな。全部だ。
この話は終わり。次行くぞ次。
「次は3年生のエマ・ヴェルデちゃん!スイスからの留学生っす!おっとりしてて、どこか母性を感じるっす!」
「留学生?日本人だけじゃないんだな」
「この子は特に、スクールアイドルがしたくて来日したらしいっすよ!いやぁ、これは日本のスクールアイドルが世界を席巻するのも時間の問題っすね!」
就業時間中に他の仕事放り出して、こんなもの作ってるお前の席が無くなるのも時間の問題だけどな。
大きなサファイアブルーの瞳を輝かせる少女の写真を注視する。
「……でかいな」
「……はい、でかいっす」
何がとは言わないけど、でかい。これがアルプスの恵みというやつか。
「やっぱりメンバー間で口論とかになった時、都合が悪くなったら『ワタシ、ニホンゴワカリマセーン』って言うのかな?」
「いや、ペラペラみたいっすよ」
そうか、それは残念だ。
「欧米のカントリー娘は、三つ編み以外の髪形にしたら死ぬのか?やっぱり普段着はオーバーオールなのか?」
「偏見もいいとこじゃないっすか!つなぎ以外も着るし、ヘアスタイルだってバリエーションあります!」
そんなもんか。残念。
まぁコイツの言うように、スクールアイドルというのが海外でも認知されているという事実の体現者を実際に目の当たりにして驚いている。
「……さて、長かった同好会の部員紹介も次で最後っす!
1年の天王寺璃奈ちゃんです!」
めくった先の写真を見て、固まった。
――いや、これは写真、なのか……?
「ソフト○ンクの新しいロボット――!?」
「ペ○パー君じゃねぇっす!」
どうやら、れっきとした人間のようだ。
「恥ずかしがり屋だから、ボードで顔を隠してるんすよ。
ライブの時はデジタルのやつになるっす」
「実は人には見せられないほどとんでもねぇブサ――」
「璃奈ちゃんが可愛くないわけないでしょう!?」
え?コイツ上司のこと殴ってきたんだけど。
今までいろいろと言ってきたけど、地雷そこなの?
「いや……でも実際はわかんないじゃん」
「いくら編集長でも言っていいことと悪いことがあるっす!
アイドルなんですから、カワイイに決まってるっす!」
「じゃあお前、その璃奈さん?の素顔見たことあるのか?」
「自分があのボードを外してあげる所で毎回目が覚めます!」
見てねぇんじゃねぇか。期待を裏切らず最後の最後までしょうもないヤツだな。
「まぁ、素顔が可愛いかどうかはさておき、今の時代は顔を出さないアイドルなんてのもいるのか……昔からしてみれば考えられんがな……」
「時代は変わるものですよ、編集長」
わかってるからそのドヤ顔をしまえ。真空パックして二度と外に出すな。
一通り資料を見終わり、分厚い資料の束を机で整え、少し緊張した面持ちの部下に素直な感想を伝える。
「正直、これだけ見ても俺はよくわからなかった。ただ、みんな同好会とは思えないほどの綺麗どころだったし、それぞれの個性も出ていて、面白いとは思った。
ウチの読者層に受け入れられるかどうかはわからないが、役員に一度話をしてみよう」
「ホントですか!?ありがとうございます!僕何でもやりますんで、何か手伝えることがあったら言ってください」
言ったな?そしたらお前は本来やるべきだった仕事をやれ。今すぐ。
その後、部下によって持ち込まれた『スクールアイドル特集』はあれよあれよという間に役員からの承認も降り、学園での現地取材を経て無事に刊行された。
その反響は凄まじく、瞬く間に書店からは姿を消し、メル○リで高額転売まで行う輩まで現れた。
全盛期バブルの時代に樹立した歴代発行部数をぶっちぎりで更新し、俺と部下は役員から表彰された。
さらに余談だが、取材時に会った虹ヶ咲スクールアイドル同好会の面々はとてもいい子たちばかりだった。
知りもせず散々失礼なことを言ってすまないと、心の中で詫びを入れた。