自分の気持ちを出せなくなったのは、いつからなんだろう?
ふっと、たまに考えることが多くなった気がする。
学校の友達や、侑さん達と一緒にいる時は少しも気にならないけど……たまに家で一人の時や学校の授業中、唐突に考えることがある。
そのことを考えると、少しだけ悲しい気持ちになる。
でも“あの時”に気づいてしまったから、もう遅い話だと思ってる。だからもう今はちゃんと自覚してるし、みんながこんな私を受け入れてくれるからもう大丈夫だけど――だけど私は、みんなが羨ましいと思う。
私もみんなみたいになれたらと思う。普通に、当たり前のことができたらなって。だけど、私には……まだ難しい。
私は、他の人よりも感情を顔に出すことが苦手。
楽しいのに怒ってる。そんなことを言われても、私には感情の出し方が分からなくて、気づいたら周りに人がいなくて、友達はできなかった。
だけど高校生になってから愛さんに出会って、スクールアイドルを始めて侑さん達と出会うことでみんなと繋がることができて、私にもクラスの友達ができた。こんな私にも、友達ができた。
私にも変わることができることを教えてくれたみんなが、私は大好き。
でもスクールアイドル同好会の部室で楽しく侑さん達と話している時のみんなを見る度に、私はみんなのことを見ていると楽しい気持ちになるけど、そんなみんながたまに“羨ましく”見えることがある。
昔に比べたら、私はすごく変われたと思ってるけど……まだ変わりたいって思ってる私が、ずっと心にいる気がする。
あの日に愛さんに会えたから、あの時にスクールアイドルに会えてみんなに会えたから、私は変われた。少しだけ、前の私より変わることができたんだと思う。
だから、もう少しだけ……私は変わりたいって思う。今よりも、もう少しだけ前に進めたら良いなって。
今は璃奈ちゃんボードがあるから大丈夫だけど、私は思う。
私も――みんなみたいに笑ってみたいって。
◆
「今より表情を豊かにしたい?」
日曜日の午前練習が終わった後、少し遅れて私が部室に戻ると先に戻っていたみんなが楽しそうに話している中で、こっそりと璃奈ちゃんがそんなことを私に言っていた。
思わず私が璃奈ちゃんに訊き返すと、璃奈ちゃんはコクリと頷いていた。
「うん。私にはこの璃奈ちゃんボードがあるけど、私も……侑さん達までとは言わないから、少しは表情が出せると良いなって」
スケッチブックを顔の横まで掲げて璃奈ちゃんがそう話すが、彼女の後半になるにつれてどことなく元気がないような声になっていた。
それは少し前に、璃奈ちゃんが悩んでいたことだ。璃奈ちゃんは自分の表情に対してすごく劣等感を持っている。
みんなと繋がりたい。その気持ちを持っていてもその劣等感が邪魔をしていたけど、愛さんやみんなのお陰で璃奈ちゃんは自分なりの答えを見つけることができた。
スケッチブックや自作で作った『璃奈ちゃんボード』で表情を表す。それが璃奈ちゃんの答えだった。スクールアイドルとしてステージに立つ時は、自作の電子型の璃奈ちゃんボードを使ってる。
そうやって自分を変えることで、璃奈ちゃんはスクールアイドルとして成長して、スクールアイドルフェスティバルでみんなと歌うことができた。
そんな変わることができた璃奈ちゃんが更に自分を変えたい、そう言っているんだ。
私は璃奈ちゃんの話を聞くと、間髪入れずに答えていた。
「わかった。璃奈ちゃんがそう言うなら協力するよ」
「……ほんと?」
不安そんな顔で璃奈ちゃんが訊いてくる。と言っても、表情はあまり変わってないけど。
会ってしばらくしてからだけど、私は璃奈ちゃんの表情がわかる時がある。雰囲気? いや、どっちかと言うとなんとなくってのが正しいかもしれない。
璃奈ちゃんが『璃奈ちゃんボード』を出す時、どんな表情を出すか悩んでいる時に私が先に言ってみると、璃奈ちゃんが驚いている時がある。璃奈ちゃん的には合ってるらしいから、多分私はそういうのが得意かもしれない。
「うん。せっかく璃奈ちゃんがそう言ってくれたんだもん。むしろ協力させてほしいくらいだよ」
不安そうにする璃奈ちゃんに、私が笑って頷いた。
璃奈ちゃんは多分少し驚いた表情……をすると、少し俯きながら目をこちらに向けていた。
「……ありがとう」
あっ、可愛い。璃奈ちゃんボードなくても、璃奈ちゃんは可愛い。
そんなお礼を言ってくれた璃奈ちゃんに、私は心から協力したいと思った。
「ん〜? なになに? 愛さんに内緒でゆうゆとりなりーは二人で何を話してるのかなぁ?」
ふと気がつくと、近くに興味深々で愛ちゃんが私と璃奈ちゃんにそう訊いて来た。
うーん、なんで答えれば良いんだろう。私が愛さんに返す言葉を少し悩む。
チラリと私が璃奈ちゃんを見ると、目が合った璃奈ちゃんがコクリと頷いていた。
「良いよ。別に内緒の話じゃないから」
そう言った璃奈ちゃんの顔を見て、私は頷いた。
本当に嫌がってないみたいだ。なら、大丈夫だと思って。
「そっか、じゃあ――」
私は愛ちゃんに、さっきの璃奈ちゃんの話をすることにした。
愛ちゃんに私が話している間に、いつの間にか気になったのかみんなが聞いていて、気づけば全員が私の話を聞いていた。
璃奈ちゃんが止める様子もないから、私も大丈夫と思ってさっきの話をする。
そして一通り話を終えると、みんながなるほどと納得したように頷いていた。
「なるほど、璃奈さんの表情のことですか。でも璃奈さんはそのことはもう気にしてないと思ってたのですが……?」
せつ菜ちゃんが納得していたが、少しの疑問を璃奈ちゃんへ素直に訊いていた。
確かに、この部室にいるみんなが思うことだと思う。そのことはもう自分なりの答えを見つけているんじゃないかって。
だけど璃奈ちゃんは“その先”のことを言いたいんだと思う。
「うん。私はもう気にしてないよ……でも、私もみんなみたいな表情ができたら良いなって思うから」
その答えに、せつ菜ちゃんも納得したんだと思う。せつ菜ちゃんが納得して「わかりました」と胸に手を当てて答えていた。
「では接越ながら、私も協力しましょう! 璃奈さんの熱い想い! しっかりと感じましたよ!」
そして胸の前でグッと拳を作り、熱くなっているせつ菜ちゃんを見て、璃奈ちゃんが「頼もしい」と答えていた。
「良いんじゃないかしら? 璃奈ちゃんがこう言ってるんだから、私は手伝うわよ?」
「うん! 私も手伝うよ! 璃奈ちゃん!」
果林さんとエマさんが続いて答える。周りのみんなも同じように頷いていた。
「じゃあ、早速どうするかみんなで考えてみる?」
とりあえず私がそう言ってみる。みんなの意見を聞いてみよう。
みんながそれぞれ考える仕草をする。そんな中、楽しそうに愛ちゃんが璃奈ちゃんへ近づいていた。
「ふっふ……! りなりーがそんなことを言ってくれるなら、この愛さんにまっかせなさい!」
悪巧みしてるような顔だった。いや、良い意味でだと思うけど。
「愛ちゃん、何か良い案あるんですか?」
「ゆうゆ! 愛さんの手に掛かればりなりーを笑わせることなど簡単!」
頼しそうに私に向かって愛ちゃんがサムズアップした。
そして愛ちゃんが自信満々に璃奈ちゃんに向き合うと――
「失礼っ!」
今まで私が見たことがない俊敏さで、愛ちゃんが璃奈ちゃんの背後に回っていた。
急に背後に回られたことに璃奈ちゃんが驚く。そして愛ちゃんの手が璃奈ちゃんの脇腹に伸びると――
「えっ? わっ……!」
「それそれ! どうだっ!」
愛ちゃんが璃奈ちゃんの脇腹をこちょこちょとくすぐっていた。
愛ちゃんが「それそれ!」と手を動かして、璃奈ちゃんのお腹をくすぐる。
璃奈ちゃんが驚いて身体を動かしていた。お腹をくすぐられるなんて、私や歩夢なら間違いなく笑うと思う。
ものすごく古典的なやり方だけど、普通なら誰でも間違いなく笑うはず……だけど。
「くっ、くすぐったい……!」
くすぐられている璃奈ちゃんは、全く表情を変えていなかった。
いや、変えてはいるけど口がへの字になっているくらいだった。
「見事なまでに表情が乱れてませんね」
「璃奈ちゃん、笑って笑って〜」
そんな光景を見て、せつ菜ちゃんと彼方さんが各々の意見を話す。
少し経っても愛ちゃんにすぐずられる璃奈ちゃんが一向に笑わないので、どうやら愛ちゃんの作戦は失敗したみたいだ。
「くすぐりはダメみたいだね。愛ちゃん」
「いやいや! りなりーはくすぐりが弱いはずだよ! アタシには分かるよ!」
「や、やめてっ……」
私が愛ちゃんにやめるように促すが、愛ちゃんが諦める気がなかった。璃奈ちゃんが少し嫌がっているみたいだ。
どうやって愛ちゃんを止めようか、そんなことを考えていると私の視界に入っていた璃奈ちゃんの表情が少し変わっていた。
「むぅ……!」
驚いていた表情から、璃奈ちゃんが目を少しだけ吊り上げていた。
背後でくすぐっていた愛ちゃんに、璃奈ちゃんが俊敏にくるりと回って愛ちゃんと向き合う。
「えっ? りなりー⁉︎」
「しつこい人には、おしおき」
そしてすかさず璃奈ちゃんの両手が愛ちゃんの脇腹へ伸びていた。さっきの愛さんと同じように、璃奈ちゃんが愛ちゃんの脇腹をくすぐっていた。
その瞬間、愛ちゃんが身体をびくっと跳ねらせて身体をよじっていた。
「あはははっ! や、やめてっ! くすぐったいって!」
「むぅ……!」
必死に逃げようと身体をよじる愛ちゃんだけど、璃奈ちゃんが珍しく逃さないようにしがみついていた。
「おおっ! りな子が珍しくやり返してますよ!」
かすみちゃんの言う通り、珍しい光景だった。
璃奈ちゃん、多分怒ってるんだろうな。あんな風に怒る璃奈ちゃんもかなり珍しいと思う。
くすぐりから逃げようとする愛ちゃんを必死に逃さないようにしている璃奈ちゃんなんて見ることはない気がする。
「あぁ、もう収集つかなくなってしまいます! ほら二人とも、そろそろくすぐり合うのはやめましょう!」
そしてそんな璃奈ちゃんと愛ちゃんを見て、見かねたしずくちゃんが二人を止めに入っていた。
しずくちゃんに止められて、その場に倒れ込む愛ちゃんと勝ち誇った顔をしてる気がする璃奈ちゃんが仁王立ちして、そこにいた。
思っていた光景と……かなり掛け離れてる気がする。
正直なところ、くすぐりで笑えるなら璃奈ちゃんも苦労してないと思う。もしかしたら、とは思ったけど……ダメだったみたいだ。
「うーん……どうしたらいいのかな?」
ひとまず愛ちゃんと璃奈ちゃんのキャットファイトが終わったところで、私が腕を組んで考えてみることにした。
顔の運動? いや、多分違う。
歌を歌ってる時? これも違う、これならもうスクールアイドルの璃奈ちゃんなら笑ってるはず。
色々と私も考えてみるけれど、これと言って良い案が出てなかった。
「ねぇ、侑ちゃん。ならみんなの好きなことをしてみるのは、どうかな?」
私が悩んでいると、隣に立っていた歩夢がそう提案してくれていた。
「好きなこと?」
「うん。みんなが好きなことって、楽しいってことだと思うんだ。だからみんなの楽しいと思うことをしてみるのも良いのかなって。璃奈ちゃんが好きなこととは違うかもしれないけど……みんなと楽しいことをしてみれば、きっと“楽しい”って気持ちになって楽しくて笑ってくれるかもなって思うんだけど」
歩夢がそう言って、私の反応を伺ってくる。
みんなの楽しいこと、か……
歩夢の意見を聞いて、私は少し考えてる。
そして私の中で答えが出ると、私は大きく頷いた。
「うん! やってみよう! ときめいた!」
「ほんと! 良かったぁ〜!」
私の反応を見て、歩夢が嬉しそうに笑っていた。
良い意見が出たから、早速行動に移すのみ!
私が時計を見ると、まだお昼になった頃だった。
「みんな! 午後は予定ある? 午後から璃奈ちゃんに協力して色々やってみようよ!」
本当なら今日の練習は昼までで、午後からは休みになっていた。
私がそう言ってみんなの予定を訊くと、
「大丈夫ですよ! 生徒会で急ぎの仕事もありません! なので午後は私も璃奈さんに協力しますよ!」
「可愛い私も今日は暇なので協力しますよ! 侑先輩!」
「演劇の練習は今日は休みだから、私も大丈夫ですよ」
「彼方ちゃんも〜今日はバイトないから大丈夫〜」
「わたしは果林ちゃんと買い物に行く予定だったけど、璃奈ちゃんに協力するよ。良いよね? 果林ちゃん?」
「まったく……良いわよ、エマ。私も協力するわ」
「愛さんも夜にお店手伝うだけだから、バッチリオッケーだよ!」
「私も手伝うよ、侑ちゃん!」
みんなが揃って頷いてくれた。
私も大きく頷くと「よーし!」と声をあげて、大きく拳を上に掲げた。
「みんな、今日は協力して璃奈ちゃんに笑ってもらおう!」
『おぉー!』
みんなが私に続いて、揃って声を出してくれた。
「……みんな、ありがとう」
そんな私達を見て、璃奈ちゃんはいつも通りの顔でポツリを言ったていた。
◇
みんなで昼ご飯を食べて、時間は気づけば少しお昼を過ぎたぐらいになっていた。
「じゃあ早速はじめよう! 最初の人! お願いします!」
「ではまず私達から行きましょう!」
「まずは可愛い私とせつ奈ちゃんですよ!」
部室でみんなが顔を合わせる中で私がそう言うと、せつ奈ちゃんとかすみちゃんが声をあげていた。
みんながせつ菜ちゃんとかすみちゃんを見る。そして二人がみんなを見渡すと、グッと拳を握りしめていた。
「熱い想いを伝えれば笑顔が溢れてきます! なのでみんなでグラウンド十周――」
「えっ……?」
あっ、みんなの顔が引き攣った……なんでかすみちゃんも驚いてるの?
「と、言いたいところですが、今回はやめましょう」
ほっとみんなが胸を撫で下ろしていた……だからかすみちゃんも安心してるの?
そんな時、せつ菜ちゃんとかすみちゃんが席を立って部室の隅に向かうと何かを取り出していた。
その何かを両手に持って、二人が戻ってくるとそそくさと機敏な動きで私たちの前で何かを準備していた。
「食後は皆さんは動きたくないでしょうから、映像鑑賞なんてどうかと思います!」
そして準備が終わると、せつ菜ちゃんが胸を張って誇らしげにしていた。
準備していたのは、部室で映像を見るためのスクリーンとプロジェクターだった。
ちゃんとした本格的なモノだと思う。視聴覚室とかで見るような機械だった。
「こんな機械、どこから持ってきたの〜?」
彼方ちゃんが私の疑問を訊いてくれていた。
「映画研究会から借りてきました。すぐ返すので割と簡単に貸してくれましたよ」
「こんな凄いものを準備する必要、あったんですか……?」
「なにを言っていますかしずくさん! 映像は迫力が大事です! テレビで見るよりずっと良いですよ!」
「これから見るものをこんなスクリーンで大迫力で見るなんて中々ないですよ! 可愛いかすみちゃんに感謝してほしいくらいです!」
言いたいことはわかる気がするけど、せつ菜ちゃんとかすみちゃんの本気の度合いが私達とは違う気がした。
「それで、なにを見るの?」
スクリーンとプロジェクターを見ながら、璃奈ちゃんが首を傾けながら訊いていた。
璃奈ちゃんに訊かれて、せつ菜ちゃんとかすみちゃんが二人揃って笑みを見せていた。
「ふふっ……これを遂に皆さんに見せる日が来ましたよ」
「私もかすみさんが手に入れたと前に聞いた時、震えました。あれを本当に入手できるなんて……!」
「可愛い私に任せればこんなものですよ!」
そしてかすみちゃんが鞄の中から何かを取り出すと、それを机にドンっと置いていた。
みんながかすみちゃんが置いたモノに視線が向けられる。
それは一枚のDVDケースだった。
可愛いパッケージデザインに、九人の女の子が載っているものだった。
「あれ?」
「侑ちゃん?」
「……えっ?」
「……侑ちゃん?」
私が不思議そうにする歩夢に気づく暇もなく、そのDVDケースをよく見ると、思わず勢いよく立ち上がっていた。
慌ててそのDVDケースを近くで間近に見ると、私はそのDVDケースの正体を知って全身の鳥肌が立った。
「こ、これ……あの伝説のスクールアイドルの……!」
「おぉ! 流石は侑先輩! これの貴重さが分かるとは!」
「こんなもの、どこで……?」
「実は私の友達から借りてきました。なんと町外れのDVDショップで中古で売られてたとかで」
中古ショップにこんな貴重なモノが売ってる……?
明日から学校帰りに中古ショップ巡りをしようかと本気で悩みはじめたところで、隣にいる歩夢が私の方をトントンと軽く叩いていた。
「ねぇ、侑ちゃん。あのDVDの中身知ってるの?」
「えっ⁉︎ 歩夢知らないの⁉︎」
私がDVDケースを指差して歩夢に向き合うと、私はあのDVDの内容を伝えることにした。
「スクールアイドルの頂点を決めるラブライブ! それが始まって二回目に頂点に立った九人のスクールアイドル! その人達が街を使って実現したスクールアイドルのためのライブの映像だよ!」
「そんなに凄いの?」
「凄いなんてものじゃないよ! 当時の映像データがネットにないから有志の人達が作った配布DVDがあるって聞いてたけど、まさか本当にあったなんて……!」
いまいち理解してなかった歩夢に、私が思わず熱く説明する。
これなら、このDVDなら璃奈ちゃんも笑ってくれるかもしれない!
「見よう! 璃奈ちゃん! このライブはきっとすごいよ!」
「う……うん、見る」
私の熱い想いが伝わってくれたみたいで、璃奈ちゃんが頷いてくれた。
「そこまで侑が言うなら、見ても良いんじゃない?」
「うん、私もそのスクールアイドルに興味あるよ!」
果林さんとエマさんも頷いてくれる。
せつ奈ちゃんとかすみちゃん、そして私が熱く話したことで、みんながかすみちゃんの持ってきたDVDに興味を示してくれたみたいだ。
「早速、見よう! せつ菜ちゃん!」
「もちろんですよ、侑さん!」
そしてせつ菜ちゃんとかすみちゃんがスクリーンの位置を調整してプロジェクターの用意にDVDを入れると、すぐにスクリーンに映像が映し出された。
そうして始まった伝説のライブに、私達は見惚れるようにスクリーンに見入っていた。
あっという間に、気づけばライブの映像は終わっていた。
「すごかった……!」
見終わった後、私は思わず呟いていた。
「こんなライブができるなんて……」
「感動ものです……! 私もこんなライブがしてみたいです!」
「かすみんも、感動です……!」
私とせつ菜ちゃん、かすみちゃんが感動して身体を震わせる。
私が周りを見ると、みんなも感動したような顔をしていた。
やっぱり伝説のスクールアイドルはすごい! 私もみんながこんなライブをしてくれるように応援頑張らないと!
「ねぇ、璃奈ちゃん! これから璃奈ちゃんも表情が豊かに……!」
私が璃奈ちゃんの方を向くと、いつも通りの璃奈ちゃんがいた。
「うん。凄かった」
「でしょ! ライブを見てる時、ときめかなかった⁉︎」
「ときめいた」
「だよね! だよね! ときめいたよね!」
やっぱりスクールアイドルってすごい! みんなをときめかせてくれる!
これなら璃奈ちゃんも、笑顔になってくれるはずだよ!
「でも〜このライブ見てる時〜みんな璃奈ちゃんの顔見てたぁ〜?」
『あ……』
私とみんなが声を揃えていた。
わ、忘れた。確かにみんな感動してたけど、みんな映像に夢中になってて誰も璃奈ちゃんの顔を見てない。
璃奈ちゃんがときめいたって言ってたから、何か変化があってもよかったと思うけど……
「もう一回、見る?」
「無理だと思いますよ。小説とかでも言えますが、こういうのは初見で見た時が一番感動するんです。回数を増やすと慣れてしまいます」
歩夢の提案に、しずくちゃんが首を横に振っていた。
確かに……すごいライブとかも何度も見ると感動が薄れちゃうかもしれない。
「くっ……私としたことが映像に夢中になって璃奈さんのことを見るのを忘れてしまいました……!」
「かすみんもあまりの衝撃に映像の世界に入り込んでしまいました……伝説のスクールアイドル、なんて恐ろしい……!」
「あなた達が提案したんだから、そこはちゃんと見なさいよ」
せつ菜ちゃんとかすみちゃんが揃って膝を落として落ち込んでいる姿に、果林さんが冷静にツッコンでいた。
「でも楽しかったよ?」
璃奈ちゃんがそう言ってくれるが、フォローになってなかった。
なら私達はその楽しい璃奈ちゃんの顔を見てないといけなかったんだから……
「つ、次……次に賭けよう! 次の人! お願いします!」
私が苦し紛れに次の人へ促す。
そして次に声をあげたのは、果林さんとエマさんだった。
「仕方ないわね、エマ。次は私達の番よ」
「うん。じゃあ早速、みんな服飾同好会に行こ?」
「服飾同好会にですか?」
エマさんの話に、せつ奈さんが首を傾げる。
そんなにせつ奈さんに、果林さんが答えていた。
「私はファッションが好きなの。女の子なら、誰でも可愛い服は好きでしょ?」
「可愛い服とか色々着ると、楽しくなっちゃうよね」
果林さんに続いて、エマさんがそう話す。
確かに可愛い服を着ているスクールアイドルを見ると、楽しくなっちゃうな。いや、今回は見る側じゃなくて着る方になるのか。
「璃奈ちゃんは、可愛い服は好きかしら?」
「可愛いのは好き」
「なら良かったわ。とびきり可愛くしてあげるわ」
「うん。お願い」
璃奈ちゃんも乗り気みたいだ。どことなか璃奈ちゃんも楽しそうに見える。
果林さんが璃奈ちゃんを連れて部室を出て行く。それに続いて、エマさんやみんなが部室を出て行く。
「侑ちゃん、私達も行くよ?」
「あ、うん。ごめん、今行く」
歩夢に促されて、私も歩夢を追い掛けるように部室から服飾同好会向かうことにした。
◆
それからは、気づけば夕方まで色々なことをスクールアイドル同好会のみんなでしていた。
果林さんとエマさんの案で色々な服を璃奈ちゃんに着せてファッションショーをした。璃奈ちゃんも楽しそうにしていたけど、そこまで表情の変化はなかったと思う。
歩夢の案で家庭科同好会に行ってお菓子を作ったりもした。甘いものは誰でも笑顔にしてくれるって歩夢が言っていたけど、璃奈ちゃんの表情は変わらなかった。本人的には、すごく楽しかったらしい。
演劇部にも行ってみた。しずくちゃんの案でスクールアイドル同好会のメンバーで簡単な演劇をすることになった。しずくちゃん的には、演じることで表情の変化が出るかもと言っていたがコレも良い結果にはならなかった。私も演劇を初めてやってみたけど、意外と難しい……楽しかったけどね。
愛ちゃんはスポーツが好きだから、運動部関係の同好会に行って色々なスポーツをしてみた。これに関しては気づいたら色んな同好会の人達が集まって運動会みたいになっていたので、みんなで遊ぶのに夢中で璃奈ちゃんの笑顔に関しては誰も見れていなかったから、結果としては残念な形になっていた。
ちなみに最後の彼方ちゃんの案であるお昼寝は、速攻で却下された。
「結局、みんなで普通に遊んでただけだったね」
みんなで帰りながら、歩夢がそう言っていた。
私は学校帰りの道を歩きながら、隣で歩く歩夢に頷いた。
「そうだね。どこも楽しくてときめいたけど、璃奈ちゃんの表情を豊かにできるのは……うまくいかなかったよ」
「でも璃奈ちゃんも、楽しそうにしてたみたいだから」
「まぁ、そうなんだけどさ」
午後の時間を全部使っても、結局は思ってた結果が出なかった。
みんな少し落ち込んでいる気がしたけど、璃奈ちゃんが楽しかったと言っていたので良しと思うことにしているみたいだった。
午後からの璃奈ちゃんは、あえて璃奈ちゃんボードを使っていなかった。
みんなに表情を見てもらいたいって璃奈ちゃんから言われたことだから良いんだけど、あんまり良い結果にならなかったから複雑な気持ちになる。
「表情って、難しいね」
私がそんなことを呟いた。
「そんなに難しいことかなぁ?」
歩夢がそう言って、首を傾ける。
「考えると難しくない? どうして笑うとか、なんで悲しいとか?」
改めて考えると難しい気がしてきた。人の表情とはなんだと、哲学的なことを考えている気がする。
「そんな難しく考えることでもない気がするけど……表情って、自然と出てくるって思うから」
「表情を出すのが難しくても?」
璃奈ちゃんみたいに表情の出し方が分からない人だっているし、歩夢みたいに表情が豊かな人もいる。人によって違いはたくさんあると思う。
「表情を出すとか、出せないって話じゃないよ」
「……どういうこと?」
「意外と、何も考えない方が良いって話だよ」
歩夢の話してあることが、私にはイマイチ分からなかった。
後ろでみんながそれぞれ話しているのを聞きながら、私が歩夢の話に首を傾ける。
「そういうことだと思うよ」
「……えっ?」
「今、侑ちゃん考えてたでしょ?」
「うん、そうだけど……?」
言い当てられて、私が言い淀む。
クスッと歩夢が笑うと、私に向かって歩夢が微笑んでいた。
「そうやって自分の気持ちで表情は出てくるんだよ。色々な気持ちになって、色んなことを知って、笑ったり泣いたり、悲しんだりするって思うんだ」
歩夢がそう言って「だから――」と言葉を続けた。
「今は、そんなに急がなくても良いと思うよ」
「そんなものかなぁ?」
「多分、そういうものって思うな。私は」
簡単でないような、難しいような……?
分かるようで、分からない。
難しいと思っても、意外と簡単……?
「やっぱり、分からないや」
くすくすと笑う歩夢を横目に、私がなんとなく後ろにくるりと振り向く。
私と歩夢の後ろには、みんなが歩いていた。
せつ奈ちゃん、かすみちゃん、しずくちゃんと愛ちゃん、果林さんにエマさん、彼方さん。
そして一番後ろに――
「…………」
そして一番後ろにいる璃奈ちゃんがいて、私の目に入った光景に、私は思わず目を奪われていた。
みんなが歩く道、私を入れて十人が歩く一番後ろに、一人の女の子がいる。
表情を出すのが苦手だけど、誰よりも人との繋がりを大事にしている。素直で、けれど不器用で、だけど素敵な女の子。
そんな女の子が私達の一番後ろで、先を歩く私達を見ているその顔に――私は見惚れていた。
いつもは、変わらない表情だったのに。みんなに見せる表情は口元は変わっても、表情を変えるのが難しいと悩んでいたのに。
みんなの歩く最後尾で、璃奈ちゃんがみんなを見ている目はとても楽しいと言いたげにしていて。その顔は――
――ほんとうに小さく、柔らかい笑みで笑っていた
「そっか。なんだ……簡単なことだったんだ」
「え? 侑ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。歩夢」
また、くるりと回って、私は前を向いた。
何故か、その笑顔を見たことを歩夢に、みんなに言うことを躊躇っていた。
そっか、自然と出てくる。そういうことなんだ。
やっぱり歩夢には敵わないなぁ……こんなに簡単な話だったのに。
「……なにかあった?」
「別に、なんでもないよ」
「ほんとぉ?」
「ほんとだって」
しつこく訊いてくる歩夢を、それとなく誤魔化す。
そんな私の耳に後ろの声が聞こえていた。
「でも結局、りなりーの表情は固いままだったかぁ。愛さん、ざんねん」
「でも楽しかったよ。愛さん達と遊べて、私は楽しかった」
「可愛いこと言ってくれるねぇ! このこの〜!」
「わわっ! 璃奈ちゃんボード! あせあせ!」
愛ちゃんと璃奈ちゃんが楽しそうに話している声が聞こえる。
声だけで、顔は見れないけど、二人は多分笑っていると思う。
そんな楽しそうな声を聞いて、まだしつこく訊いてくる歩夢を誤魔化しながら――私は、思った。
きっと変われるよ、璃奈ちゃん。
遠くない先で、璃奈ちゃんが満足できる顔で、私やみんなと楽しく笑える日が来るって。
偶然見れた見惚れるような表情。ひとりの女の子で、ひとりのスクールアイドルの女の子の素敵な笑顔で笑えるように。
璃奈ちゃんの笑顔を思い出しながら、私はそう思った。