「キェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
部室に上原歩夢の気合が轟く。
そして大上段に構えた木刀を一息で振り下ろす。空を切り、風を叩く音が響く。
その様相と声はさながら、『二の太刀要らず』と謳われた薩摩示現流の剣士と評しても過言ではないだろう。
「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
そんな歩夢の掛け声は当然、部室外にも聞こえてきているわけで。
「ちょ! この奇声は何ですか!?」
優木せつ菜が下手すれば転ぶような勢いで部室の扉を開け、入室する。
彼女の
「あ、せつ菜ちゃん。お疲れ様! 今日も早いね」
「おつかれさまです! 今日も一日フルパワーで頑張りましょう! ……ってそんなことはどうだって良いんです! 今の奇声ですよ! どうしたんですか歩夢さん!?」
「演劇部にお願いして、木刀を借りて素振りしてたんだよ?」
「いや、何でですか!?」
木刀を手近なテーブルに立て掛け、歩夢は手持ちのタオルで汗を拭う。
その所作の美しさと艶めかしさは、オタク趣味の関係から二次元や三次元の美少女を見慣れているせつ菜ですら唾を飲み込むほどである。
「そうだねぇ……ほら、私って侑ちゃん絡みでせつ菜ちゃんに迷惑をかけたでしょ? 具体的にはアニメ第12話『花ひらく想い』で」
「え、ええ……そうですね。でもあれは歩夢さんが気にすることではありませんよ! 何より歩夢さんはちゃんと自分で答えを出せて貫けました! それだけで私は嬉しいですよ!」
せつ菜の言葉に嘘はなかった。結果として、歩夢はちゃんと己の中で決着を着け、スクールアイドルフェスティバルも大成功中の大成功へと導けたのだ。
これ以上の事はない。
だが、それとこれとは全く話が違う。
「……で、それと今の歩夢さんの素振りには何の関係が?」
「色々考えたけどやっぱり侑ちゃんって可愛すぎると思うんだよね? アニメでは良い感じに気持ちを整理できたとしても侑ちゃんが素敵なのは変わりないよね?」
「ハイ、ソウデスネ。ア、ワタシ、ヨウジガアルノデ――」
せつ菜は無意識に足を部室の出入り口へ向けていた。
しかし既に歩夢が回り込んでいた!
「わっ」
「今のままだと多分私、侑ちゃんに夜のスクールアイドルフェスティバルを申し込んじゃうと思うんだ。あ、考えると胸の高鳴りが止まらないよ。せつ菜ちゃんも“始まったのなら貫くのみです!”って言ってくれたんだし、良いよね?」
「いつか私の名言集に入る台詞をそういう風に解釈しないでください。……というか歩夢さん、それ多分怒られる奴ですよ。何というか巨大な力に怒られる奴です」
「だから私、間違いを起こさないように精神を鍛えようと思ったんだ」
「実に良い考えですね」
せつ菜は後半“何言ってるんだろう”と思いながらも相槌を打つ。
「それで、具体的にはどうやって鍛えるつもりなんですか? あ! それなら私がアニメで勉強した精神修行の方法が――」
「んー……ごめんねっ。アニメオタクの意見は聞いてないかな?」
「おう表に出ましょうか?」
徐々にヒートアップしていく二人。このままだと木刀とパイプ椅子による協奏曲が奏でられる事は明白だったので、一旦、お茶で喉を潤すことにした。
「とりあえず今までの話を整理しますと」
そう前置き、せつ菜は続ける。
「歩夢さんは侑さんのことがやっぱり大好き過ぎて、だけどそれだと熱くなってしまうから、そうならないように精神を鍛えたい。こういうことで良いでしょうか?」
「うん、良く出来たねせつ菜ちゃん」
「そのちょくちょく上から来るのは何ですか?」
「気にしないでせつ菜ちゃんっ。ファイトだよっ?」
「あ、それなんかすごい煽られている感じしますね? しますねぇ?」
またしばらく煽り合いが始まり、再び落ち着く二人。
そしてまたお茶を
「このお茶美味しいですね。どこで買ってきたんでしょうね歩夢さん」
「確か、彼方さんが最近開拓したスーパーで買ってきたって言ってたような……」
「流石彼方さんですね! ところで精神修行の話でしたが……」
「うん? どうしたの?」
「無理して抑え込まなくても良いんじゃないでしょうか?」
「え……?」
歩夢は思わずオウム返しをしてしまった。
手元にあったお茶を飲み干した後、せつ菜は話を始める。
「結局あの時通りですよ。歩夢さんは我慢しなくて良いんです。誰よりも強く、真っ直ぐに想いを表現できるのが歩夢さんじゃないですか。だからそんな良い所を自分から潰さなくても良いと、私は思います。きっと侑さんも同じことを言うんじゃないでしょうか?」
「せつ菜ちゃん……」
せつ菜の言葉を噛みしめるように
今まで気負っていた物が抜けていくような感覚。
それを確認したせつ菜は笑顔でこう締めくくる。
「だからもう、奇声上げないでくださいね?」
「うん、分かったよ。確かにもう一週間続けてたからそろそろ喉が痛くなってきたんだよね」
「一週間も続けてたとか頭大丈夫ですか?」
「せつ菜ちゃんパイプ椅子構えて。決着つけよっか?」
立ち上がり木刀を掴む歩夢。それに呼応するようせつ菜も立ち上がり、パイプ椅子を掴む。
とうとう始まる高咲侑の正ヒロイン頂上決戦!
血で血を洗う
その時だった。
「あれ? 歩夢にせつ菜ちゃん? 何やってるの?」
部室の扉を開けたのは、
きょとんした瞳で二人を見やる。
直後、歩夢とせつ菜は木刀とパイプ椅子を放り投げ、がっしりと肩を組む。
「なんでも無いよ侑ちゃん? 今せつ菜ちゃんとお話してただけだから」
「はい歩夢さんの言うとおりです! すっごく楽しくお話してました!」
「ええ~!? 二人だけでずるいー! どういう話してたの? 私にも教えてよー!」
それを聞かれるとだいぶ面倒なことになるので、歩夢とせつ菜は全力で結託し、話を反らす。
しばらくすると侑も諦めがついたのか、唐突に歩夢へ近づく。
「歩夢!」
「ど、どうしたの侑ちゃん?」
歩夢の肩を掴み、侑は目を輝かせる。
「歩夢が歌っていた動画を見返してたんだけどやっぱり歩夢はすごいよ! キラキラしてる!」
「え!?」
「これからも一緒に頑張ろうね。そしてその姿を私は一番前で観ていたい。ううん、絶対に観るんだ! だから――」
ああそうか、と歩夢は得心した。
せつ菜の言う通りだった。こんなに真っ直ぐ向かってきてくれる存在に対して、どうして己を誤魔化す必要があるだろうか。
歩夢は自然と侑へと抱きついていた。
「侑ちゃんやっぱり大好き!!」
一瞬あっけに取られた侑。だが、侑は彼女をしっかりと抱きしめ返す。
「私もだよ歩夢。私も大好き!!」
◆ ◆ ◆
翌日、せつ菜は部室へと向かっていた。
昨日のことに関しては、忘れたいことも一部あったが、それでも意義のあることだった。
そう己に言い聞かせる。
「さぁて! 今日も頑張りますか!」
切り替え、今日も部活に打ち込むべく、せつ菜は部室の扉を開け放つ――、
「チョェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「歩夢さんまたですか!? 何なんですかもう!?」
再び木刀を振るい、汗を流す歩夢はにこりと笑い返す。
「あ、せつ菜ちゃんお疲れ様。う~ん、やっぱり侑ちゃんって素敵すぎて、大好きすぎて頭おかしくなりそうなんだよね! だからこうして――」
「もう嫌ですぅ! また同じことの繰り返しは嫌ですぅーー!!!」
優木せつ菜の絶叫が、学校中に響き渡る。