いつの間にかビッチになってた件について 作:naonakki
大きな入道雲が浮かぶ青空から降り注ぐ陽の光が容赦なく俺の体を照りつけてくる。そのあまりの暑さにアスファルト上の空気がゆらゆらと揺れて見える。そこにミンミンと元気すぎる蝉の鳴き声がこの暑さに拍車をかけてくる。
……本当、夏なんて嫌いだ。
「あっつい……」
全身からとめどなく溢れ出る汗を拭いながら思わずそんな言葉を漏らす。学校指定の白地のシャツのボタンの一番上を外し、胸元をバタバタと仰ぐが大して効果はない。生ぬるーい風が上半身を抜けるだけだ。
「もう、さっきからだらしないわね。制服も着崩しちゃって……。」
「んなこと言ったって暑いんだから仕方ないだろう?」
そんな俺を呆れながら見つめてくるのは幼馴染の美穂だ。小さいころから一緒にいたので、本当の姉弟のような関係性だ。学校指定の夏服に身を包む彼女はぴょんぴょんと揺れるポニーテールがよく似合う美少女である。この夏の太陽にも負けない明るく元気な性格の彼女はこの暑さの中でも凛とした姿勢を崩さない。
なぜ美穂は汗を大してかいてないんだ? 本当に同じ人間なのかと疑うよ。
「まじで夏なんてなくなってしまえばいいのに。」
「えー、私は夏好きだけどね。いいじゃない、いろんなものが元気いっぱいって感じで。」
「元気すぎるんだよ……。まあ、彼女でもいたら話は別だろうけどな。一緒に海とか花火とか祭りとか行けたら最高なんだろうな……。」
ちなみに俺は彼女いない歴=年齢の悲しいステータスの持ち主だ。一度でいいから彼女と熱く燃えるような夏を過ごしてみたいものだ。そして良い雰囲気になった後は……グフフ。
「……ふーん、彼女欲しいんだ?」
俺が妄想に耽っていると、美穂がじっとこちらを見つめがながらそんなことを聞いてきた。
「美穂……、この世の男子高生で彼女が欲しくない奴なんていないぞ?」
今度は逆に俺が呆れながら美穂にそう言葉を投げかける。彼女との夢の高校生活は男なら誰もが憧れることだろう。しかし、それを実現できる男子高生が一体どれほどいることか……。この世は残酷だと言わざるを得ない。
「かずも彼女欲しいってこと?」
「当たり前だろう? 俺の夢は高校の間に愛する彼女と童貞を捨てることだぞ。」
「どっ!?……、そ、そんな事平気で言ってるから女の子に避けられるのよ!」
「……え? 避けられ……てる?」
美穂は顔を真っ赤にして怒ってくるが、そんなことがどうでもよくなる衝撃事実に頭をガツンと殴られたような錯覚に陥る。
……確かに俺は女子から避けられている気がしないでもなかったけど、本当に避けられていたのか……。死にたくなってきた。
なぜだ……、俺は素直な気持ちをそのまま口にしていただけなのに。童貞を捨てたいなんて世の中の男子が等しく思っていることだろう? そうだよな?
「はー、かずは見た目はそれなりに整っているんだから黙っていればモテると思うよ? ……まあ、それはそれで困るけど。」
美穂が何か言っていた気がするが、ショックのあまり聞き取れなかった。どうせ大したことではないだろう。
それより、女子から避けられているこの現状に対してどう対策を取ればいいのやら……。このままでは俺の夢の高校生活が音もなく崩れさってしまう。
その後も美穂と何かしらの会話をしたような気がするが、何も頭に入ってこず、気づいたら家に着いていた。
「……ただいま。」
俺が自宅のリビングに入り元気なくそう呟く。エアコン……は付いておらず室内にもうだるような暑さが籠っていた。沈んでいた気持ちがさらに沈んでいくようだ。
「おかえりなさい。……あら? 随分と元気がないですね兄さん。」
俺を出迎えてくれたのは、ソファに腰を下ろす一個違いの妹、舞香だ。姿勢よく背筋を伸ばしている妹は、肩まで伸びた黒く艶のある髪をかき上げながらこちらを振り返ってくる。身内贔屓なしで完成された容姿を誇る舞香は学習面も優秀ときたものだ。親の優秀な遺伝子をすべて舞香に奪われたに違いない。
「……あぁ、どうも俺は女子から避けられているらしい。」
「……? 今更ですか? 昔からのことではないですか。」
淡々と答える舞香の言葉にとどめを受けた。もう立ち直れない。昔から避けられていたのか、俺は……。どうりで彼女がまったくできないわけだ。
「まあまあ兄さん。もしもの場合は私が兄さんをもらってあげますよ? なので安心してください。」
「それで安心してたらいよいよ俺も終わりだよ……。」
舞香の冗談にげんなりしつつそう答える。流石の俺も妹に手を出すほど腐ってはいない。……いや、本当に。舞香はそんな俺を妖しげな笑みを浮かべながら「冗談ではないですがね」と、何かを喋った気がしたが声が小さかったせいで聞こえなかった。
……はぁ、とりあえずシャワーでも浴びよう。こう暑いとすべてが嫌になってくる。そう決め、その場で汗まみれのシャツを脱ぎ捨て、風呂場へと向かっていこうとする。
「……まったく兄さんは。服くらい脱衣所で脱いでください。そういった女性の目を気にしない言動が避けられ要因ですよ。」
「え、これもだめなのか?」
「……ええ。外では絶対にしてはだめですよ? 私であれば別に構いませんが。」
舞香は立ち上がりこちらに近づいてくると呆れたのように溜息をはき、俺が投げ捨てたシャツを拾いあげる。洗濯機に入れてくれるつもりなのだろうか。しかしそのシャツを顔を若干朱に染めながら見つめているのはなぜだろうか? 息も若干荒くなっているように見える。
「難しいもんだな……女心っていうのも。後、その服、悪いから俺が洗濯機にもっていくよ。どうせ風呂場に行くし。」
洗濯機は風呂場のそばにあることもあり、舞香が持っているシャツに手を伸ばすが、舞香はなぜかその手を引っ込めてきた。
「いえいえ、これは私が持って行っておきますのでご安心を。」
「いや、俺シャワー浴びるからついでに持っていくよ。汚いだろう?」
「いえいえ、これは私が持って行っておきますのでご安心を。」
「……そうか? ならお願いするよ。」
ニコニコとした表情を浮かべる舞香はなぜか頑なに俺が脱ぎ捨てたシャツを自分でもっていくと聞かなかったのでそのまま俺は風呂場へと向かっていった。
……何だったんだろうな、舞香の奴。
シャワーを浴び、スッキリとした俺は、多少気持ちが落ち着いた。
下心を隠さない俺は避けられていたという事実。よく考えれば当たり前の事であるが、その事実は結構堪えた。
これからは下心を隠していくべきだろうか?
……しかし、素の自分を隠した末に彼女ができたとしても心の底から喜べるだろうか? いや、喜べないだろう。
そうだよな、無理して自分を変える必要はないよな。そのうち素の俺を受け入れてくれる女の子が現れてくれるさ。
と、半ば強引に結論付けてその日は寝た。
いい夢が見れた気がする。
「はぁ、あっつい……。」
次の日も相変わらず太陽がギラギラと大地を照らす中俺は学校へと歩を進めていた。家から出て5分と経たず、全身から汗が噴き出してくる。いつものようにボタンの一番上を開けて、胸元を仰ぎながら学校へと向かっていく。
美穂は今日、部活の朝練があるので一人での登校だ。舞香もたまに一緒に登校するが、今日は生徒会の関係で俺よりも一足早く家を出ている。
一人で登校すること自体は珍しいことではないので、それはいい。
いいのだが……
いつもの朝とは違う何かが二点あった。違和感といってもいい。
その違和感の一点目は
……見られてる?
そう、家を出てからというのもやたらと視線を感じるのだ。向けられる視線の元を辿っていくと必ずそこに女性がいた。女子中学生からOLなど年齢はバラバラだったが、例外なく女性がそこにいた。
そして俺が視線を向けると、バッと顔を逸らされる。まるでこちらを見ていたのがばれないように振舞っているようだった。顔を赤くしている者もいた。
……なんだ? 俺の顔に何かついているんだろうか? それとも寝ぐせがやばいとか?
色々と可能性を探るが正解は見つけられない。その状況に暑さも相まってイライラしてきてしまう。そのイライラをぶつけるようにシャツのボタンを乱暴な手つきでさらに一つ開け、バタバタと上半身に風を送り込む。相変わらずぬるい風だがシャツの下に籠っていた熱が多少は逃げていったおかげで気持ちがいい。その心地良さから「はぁ~」と息を吐きながらバタバタと胸元を仰ぎ続けていたのだが、そんな俺の状況に反して向けられる視線はさらに増えてしまった。
……なんなんだこれ? 何が起きているんだ? まったく分からない。
そして二点目の違和感。
全身に力が入らないのだ。別に筋力に自信があるわけではないが、それでもこれまでの全力を100%とすれば、今は50%程度しか力が出ない。
これもまたはっきり原因が分からない。病気でないことを祈るが。
そんなこんなで何も解決しないまま、学校へと到着した。
周りからの視線は増えるばかり。力も出ないまま。
……はぁ、やっぱり夏は嫌いだ。
すべてを夏のせいにして、俺はトボトボと教室へと向かっていった。