恋愛脳
彼女との馴れ初めは小学校の頃だった。
快活でありながら何処か達観していて、勉強でも運動でも他人の追随を許さず、傍にいる筈なのに遠くに感じるような女の子。
特段、優秀な個性が宿っていた訳ではない、と思う。
きっと彼女は努力の才能に恵まれていたのだ。
だから、誰も彼女に嫉妬せず、ひたすら羨望の眼差しを向けていた。僕もそんな、どこにでもいる雑草の一つだった。
――志村、好きだ。僕と付き合え。
何度も行った告白は、彼女の目にどんな風に見えていたのだろう。
もしかしたら、迷惑に思っていたのかもしれない。数多のモブの中の一人が、一際声高く吠えていると、そんな風に冷たい目を向けられていたような気もする。
志村奈々は男子の間で常に人気だった。
容姿も性格も完璧そのもので、才色兼備を絵に描いたような少女だったんだ。そりゃ、一介の脇役に過ぎない僕と違って、さぞ異性におモテになるだろうさ。
特筆出来るような特徴のない凡人には、釣り合いの取れない恋だ。誰もがそう思って彼女から手を引いた。
志村のように輝く美しい女には、相応のイケメンが付いて回る。それも、嫌味ったらしい自信を上手く隠して、如何にも優しい奴気取りな美男子が。
さわやか系って言うの? 死ねよほんと。堂々と彼女に告白も出来ない癖に、彼女に近寄るんじゃない。気持ち悪いんだよクソイケメンが。死ねよ。あと死ね。
そんな風に穿った偏見で構えていると、中学に上がった頃、志村はそのさわやかイケメンと交際を始めた。
――僕こそ誰より彼女にアピールしていた筈なのに。
どうして。
どうして。
どうして。
地獄のような日々が続いた。
六年間も恋い慕っていた女の子が、僕とは違う男と手を繋いでいる。
……と思っていたら、志村とその男の関係は一か月も続かなかった。
笑っちゃうよな。まぁ、年頃の男女の色恋沙汰なんてそんなものだ。今思い返してみれば、微笑ましい思い出の一幕と言えなくもない。
僕に転機が訪れたのはその後――通算13回目となる告白でのことだ。
――しつこいね、アンタも。
――じゃあ、私よりも凄いヒーローになれたら考えてあげるよ。
志村がヒーロー志望だというのは有名な話だった。それこそ、小学生の時からの話だ。裏を返せば、志村から出された条件は、そんな幼い時期から将来を見据えて走っていた彼女と並べということになる。
無理だとは思わなかった。
――世界の誰より君が好きだ。君の為ならやってやる。
その時に彼女が見せた、呆れるような、感心するような苦笑は、彼女のどんな表情より美しく見えた。
僕は志村と同じ雄英高校に入学し、研鑽に励んだ。
卒業後すぐに、プロのサイドキックとしてデビューを果たし、二年後には自分の事務所を持つようになった。
そして現在。
志村と約束したあの日から、実に約6年が経過していた。
『続いてNo3! やはり今期も伸びてきた! 不死身ヒーロー・エターナル!』
ヒーロービルボードチャートJP
事件解決数、市民からの支持率などを合算して集計されるヒーローランキング。
要するに、誰が一番人気かを決める国民投票みたいなものだ。
その3位に輝いた僕は、実質、日本で3番目に偉大な男と言っても過言ではないだろう。……いや、流石に過言か。5番目くらいとしておこうか。
『彼には身体を再生する様子がグロすぎる、という声も寄せられていますが! 傷付きながらも戦う泥臭い様が、一部のマニアからは絶大な支持を得ています!』
――に、してもだ。
壇上に上がったトップ10のヒーローたちを見やりながら思う。
どうして、彼女がここにいないのかと。
『さて、そんなエターナルですが、前回に続いて三位にランクイン! 今の心境は如何ほどでしょうか!』
もはや約束といっても、形骸化している。
彼女が覚えているとは思わない。というか、覚えていたらいたで気持ち悪いかもしれない。
しかし、僕は気持ちの悪いことに、あの日の約束をいつ何時も忘れなかった。
『あ、あの、エターナル……?』
ああそうだ。少一からの片思いは絶賛継続中だよ。
人気のヒーローになれば、彼女に近づけるんだと本気で思っていた。今の今までずっと。
……馬鹿な生き方をしてきたものだ。しかも、後悔していない所が、馬鹿に更なる拍車をかけている。恋愛脳って僕みたいな妄想野郎のことを言うのかね。知らんけど。
『エターナル、お言葉を……』
「うん? ……ああ。そうだね」
マイクを受け取ると、僕はビジネススマイルを取り繕った。
多くの人が僕を見ている。情けない姿を晒す訳にはいない。
さて、ここで当たり障りのない今後への意気込みでも一発かまして……。
……。
……。
……ああ、違うな。
気付いたらその言葉は、半ば無意識的に出ていた。
「志村奈々。見てるか」
会場が静まり返った。
世界の中心にいる気分だ。
緊張はない。なんてことないさ。だってほら、いつもこうして叫んでた。
「志村、君が好きだ。どうか、僕と結婚して欲しい」
ほんっと我ながら、公共の伝播で歴史的黒歴史を犯してしまったものだと、後悔してもしきれない。
翌日の新聞の一面を僕が飾ったことはもう言うまでもないだろう。
◇◆◇
初めてアイツに告白されたのは、小学校入りたての頃だった。
出会って5秒の出来事だった。比喩じゃなく本当に、アイツったら初対面でいきなり一目惚れだの好きだの何だの言いだして。
正直に言うと、最初は嫌な奴だと思ってた。
時も場所も考えずに何度も何度も告白してきて、私がどれだけ恥をかいたことか。
別に、私の方からアイツへ特別な感情はなかったっていうのに、熟年夫婦だとか言われるようになった日には、アイツに盛大な八つ当たりをしたもんだ。
厚顔無恥で傍若無人で。
何事に対しても潔くて、どんな時も堂々と胸を張っていて。
恥も外聞もなく、自分の気持ちを素直に表現できるアイツのことをカッコいいって思い始めたのは、小学校高学年に上がった時期だった。
というか、好きにならない理由がないじゃないか。
出会った傍からずっと変わらずに自分を好きでいてくれて、どんな場面でも自分の味方でいてくれるような男子だ。純朴すぎた私には、アイツの在り様が眩しすぎた。
そう。私もきっと好きだった。
けど、その思いに甘えすぎてたのも事実だ。
ほんの些細な意地悪のつもりだったんだよ。
どうせ、アイツはずっと私のことを好きでいてくれるんだから。
何をしても、私の後ろに着いてきて、愛を叫んでいてくれるんだから。
子供じみた優越感も相まって、私はアイツを突っ撥ねるような態度をするようになった。
あくまで私からでなく、アイツから歩み寄ってくれる。その構図が気持ちよかったんだと思う。
小学校を出て、中学校に入った。
アイツは変わらず私が大好きだ。当然だ。知ってる。アイツは未来永劫、私のことが大好きだ。
だから――私は別の男子と付き合い始めた。
流石に中学生にもなって、自分がどれだけ異性にモテるか自覚がないなんてことはない。私は可愛かったから、同学年の男子からはよく告白された。……まぁ、誰もアイツほど情熱的じゃなかったけど。手紙とか、友達伝手とか、電子メールとか、体育館裏でこっそりとか。アイツみたいに、男らしく校庭のど真ん中で好きな女の名前を叫ぶような奴は一人もいなかった。
話が脱線した。ともかくだ。私は、アイツ以外の男と付き合い始めた。
理由なんて明白だ。嫉妬して欲しかったからに決まってる。
私を奪うために躍起になって欲しかった。私の為に争って欲しかった。もっともっと、私を見て欲しかったってだけのことだ。
それが悪手だったと気付いたのは、アイツが不登校になったという噂が出回ってからだった。
雛鳥みたいにいつも後ろに着いてきてくれていた男の子がいなくなって、私は産まれて初めて、喪失感というものを味わった。
それから私は素直になった。
お遊びで付き合ってたハンサムくんとは何事もなく分かれたし、それ以来アイツへの態度を軟化しようと心掛けたりもした。
だけど、やっぱり女の子は素直になりきれないものでね。
――好きだ志村。付き合ってくれ。断ったら死ぬぞ。
文言は、半分脅し文句みたいになってた。
通算13回目、アイツからの告白。
私の答えは、自分の心と反するものだった。
――しつこいね、アンタも。
――じゃあ、私よりも凄いヒーローになれたら考えてあげるよ。
馬鹿、そうじゃないだろ。
二つ返事で「はい」or「yes」で良かったってのに、どうしてこう屈折した表現しか出てこないのか。
私は澄まし顔でいながら、内心怯えていた。
今度こそ、流石に見限られてしまうんじゃないかって。
だけど、私は甘く見てたらしい。
アイツがどれだけ私のことを好きだったかってことを。
――世界の誰より君が好きだ。君の為ならやってやる。
その時のアイツの――
『続いてNo3! やはり今期も伸びてきた! 不死身ヒーロー・エターナル!』
――あぁ、アイツ、とうとうあんな所にまで上り詰めちゃって。
志村奈々は電光版に映し出される一人のヒーローに魅入っていた。その最中、彼女の中には最強で最高だったかつての青春の日々が駆け巡っている。
「どうしたんですか、お師匠?」
八木俊典にとって、哀愁漂う恩師の様子というのは小さくない異変だった。
太陽のような彼女の顔に、影が差しているのだから。
「そのヒーロー……“エターナル”、ですよね。もしかして、彼と何か?」
「お前は勘が良いな。その通りだよ。昔、色々とね」
――まぁ、別に悪い仲って訳じゃないさ。
そう言うと志村奈々は、いつもの調子を繕って俊典と組手を再開した。
「さぁ俊典、お喋りはここまで! 訓練再開するよ!」
「はい!!」
「お前はまだまだ強くなれる。そんでもって、私よりの
志村奈々には使命がある。
この社会の闇を牛耳る巨悪と相争うという使命が。
彼女がOneForAllを継承したのは、高校在学中のことだった。
青春真っただ中だった彼女に、突如として訪れた宿命と因縁。魔王と向き合う未来の勇者が、好きな男と手を繋ぐ暇なんてない。
結果、志村奈々は自ら起死界正と距離を置くようになった。
哀しいかな、節度を弁えるようになった当時の起死界は、志村の心に感づいていたのか、一目を憚らず愛を宣言することがなくなったのだ。
志村は電光板に映し出される想い人を見やる。
(自分の選択に悔いはない。あるとすれば――アイツと、疎遠になったことだ)
自らに課された因縁を打ち明けていれば、彼は喜んで手を貸してくれていただろうに。
些細な遠慮が、二人の間に見えない溝を産んでしまった。
志村は少しだけ、瞳の下に寂しさを紛らわせた。
もう彼が、彼女を好きだと叫ぶことはないのだろう。
いいや、それどころか、もう会うことすら――
『志村奈々。見てるか』
――――心が、震えた。
「ふぎゃっ」
志村が硬直したことで、勢い余った俊典が彼女の豊満な胸部に衝突する。
そこにあったのは本来あるべき柔らかな感触でなく、申し訳程度の胸の感触の内側に秘められた、鉱山のように硬い筋肉の塊。
額を抑えて蹲る弟子になんて目もくれず、志村は胸の高鳴りに興じていた。
『志村、君が好きだ。どうか、僕と結婚して欲しい』
年甲斐もなく――と言っても彼女はまだ21だが――乙女のように心臓が弾む。
変わっていなかったのは、アイツもだ。
「……バカ」
俊典には、今の顔を見せたくない。
だって、きっと私史上最大級に緩み切ってるから。
こんな、だらしない女の顔なんて見せたら、弟子に幻滅されてしまうだろうから。
遠く離れた男女が積年の想いを通じ合わせている時、
「ふぅん。あの女の……」
闇の王もまた、“エターナル”を見ていた。
「……ふふふ、面白くなりそうだ」
そこに、地獄のような不吉の笑みを携えて。
主人公
起死界正(きしかいせい)
個性『超再生』
どんな傷でもたちまち回復する
分かる人には分かる