右腕の蝶   作:紙粘土

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前編

-1-

 

 

こんな話を聞いたことはないだろうか。「戦いに傷つき倒れた男を、偶然通りかかった娘が手当てする。二人はやがて、恋に落ちました」……それは在り来たりなストーリーだ。

話のバリエーションとして例を述べるなら、男が実は某国の王子だったり、女が不幸を背負っていたりする。「どっかで聞いたような話」に特殊な設定を付加することで、ドラマ性と新鮮さを与えているのだ。よってこの手のストーリーには実に様々なパターンがあり、著者により展開も結末も大きく異なる。それでも尚「どっかで聞いた」という、ともすれば不名誉な言葉を振り払えないのは、結局のところ読み手もまたどこかで王道的な展開を求めているからかもしれない。

 

魔物が現れれば勇者が立ち上がり、姫が攫われれば王子が駆けつけ、「この仕事が終わったら結婚しよう」と告げた男は死ぬものだ。そこに現実的にはどうこうという推測は無粋で、要するに読み手は〝浸れ〟ればよい。そんなことはあり得ないと理解してても、カタルシスは訪れるのだ。無粋なことさえしなければ。

 

何故今、彼女がそんなことを考えているのかというと、その「無粋なこと」を現在進行形で考えているせいだろう。無粋を侵す理由は一つだ。極めて王道的なよくあるパターンが、本の中の夢物語でなく、実際に自身に起きている。

 

水没林の近場にある小さな村の、彼女は姫でも令嬢でもなければ絶世の美女というほどもない娘であった。客観的に容姿について言及するなら、よくいる程度に可愛らしい。

趣味は読書だ。学術的なものでなく、恋愛ものを好んで読んだ。そんな彼女がモンスターの生息する水没林の入り口付近に足を運んだのは、亡き両親の墓参りの帰りであった。連れとはぐれてしまっていたのだ。

とはいえ村へは一里もない比較的安全圏でのことであり、モンスターに遭遇さえしなければ、帰還は別段困難でもない。幸いなことに天候に恵まれ、彼女の足取りも軽やかだった。

恐ろしいモンスターが現れるのなど、ハンターでなければたどり着けない奥地のことで、この辺りはせいぜいブナハブラが飛び回っている程度だろう。さほどの危機感もなく川沿いの獣道を進んでく。順調なら夕方には家に着くものと思われた。立ち止まったのは、人が倒れていたためだ。

 

端正な面立ちをしたその男は、彼女の見たことのない武器を背負っていた。薙ぎ倒された巨木にもたれかかるようにして、意識がないのかぴくりともせず目を閉じている。

負傷があった。流れる血が足場の水に赤を混ぜ、それを吸おうとブナハブラが上空をわらわら飛び回る。警戒してるのか、まるで様子見のような飛行であった。

 

 

「大丈夫ですか……!」

 

彼女は咄嗟に声を上げた。男はウンともスンとも言わない。もしかして、死体なんじゃ……。咄嗟に浮かんだ考えに、背中がぞくりと冷たくなった。だがそれはやがて杞憂に変わる。男の背中がかすかに上下したのだ。おそらく呼吸のためだろう。

男は、生きてる。安堵は直後に次の危機感を齎した。生きているなら、手当てしなければ死んでしまいそうではないか。

 

「大丈夫ですか!」

 

彼女はもう一度繰り返した。今度は駆け寄りながらのことだった。彼女の接近にブナハブラがざわめくように距離を取る。

泥濘む足場は駆け足をまだるっこしいものにして、急ぐほど粘ついた音を出す。跳ねた泥が服の裾を汚すけど、彼女は全く気にしなかった。

 

と、上空を群がる赤い虫の群れの中に、一匹だけ黒い影があるのに気付く。羽音がする、虫なのは間違いない。しかし目を凝らしても、彼女はその虫の正体がまるでわからなかった。黒と群青の混じる羽は見ればみるほどブナハブラと異なっている。見たことのない虫だった。リオレウスやグラビモスには色違いの亜種がいると聞いたことがある。ブナハブラにも亜種がいるのか。そんなことを考えていれば、黒い虫が徐々に巨大化するではないか。いや、違う。巨大化ではなく、接近だ。ブナハブラが距離を取る中、その虫だけがむしろこちらに向かって飛んでくるのだ。彼女は思わず悲鳴を上げた。正体不明の大きな虫が飛んでくる……それは恐怖以外のなんでもなかった。

 

「お、起きて……!起きてください!虫が来ます!」

 

がちがちと唇を震わせながらも、彼女は男の肩を揺さぶった。膝が既に踊っているのに、自分だけ逃げようという決断には至らない。起きてください、逃げましょう、虫が来るんですよ。ブナハブラじゃないんです、見たことのない……。そう怯えながらも必死にせども、やはり男は反応がない。

 

次の恐怖はすぐにきた。速い。黒と群青の羽を持ったその虫の、飛行速度がえらく速いのだ。あんなに遠くにいたはずなのに、風を切ってみるみる接近してくるではないか。しかも、よく見れば虫の前足のあたりが翡翠色に光ってる。遠目には〝そういう色の体の一部〟に思えたそれは、ぽたぽたと液体状の何かを抱えていたものだった。

液体を抱えるなど不可能だ。その不可解は目を凝らせばすぐに分かった。なにか、膜のようなものに覆われている。腹袋だろうか、虫はまるで妊婦のように腹を膨らませ、透明の膜の内側に翡翠色の液体を溜めていたのだ。

 

毒かもしれない。彼女の恐怖が拍車をかける。死んでしまう、自分も、男も。脅迫概念が揺さぶる指に力を込めさせ、無意識に涙をこさえた顔で必死に叫ぶ。お願い起きて!危ないんです!

だけどやはり、男はぴくりともしなかった。

 

 

 

 

 

ぷつっ、と気の抜けた音がする。それは彼女に絶望を与える音だった。近場で見る謎の虫は、美しい羽を持っていた。例えばマボロシチョウに形が似ている。

それが男の腕にとまって、口の先端にある針を腕へと突き刺したのだ。

膨れた腹がみるみる縮む。膜の中の液体が減る。すぐにわかった、これは注射だ。注射器と同じ原理で、腹の液体をこの男の体内へ流し込んでる。彼女にはもう、それが毒としか思えない。

 

「だ、だめ……!やめて……」

 

無論だが虫が彼女の言うことを聞くはずもない。そこに彼女が存在しないかのようだ。注射は、あっという間に終わってしまった。

 

 

 

ぱしゃ、ぱしゃ。

背後から水音がした。必死になるあまり気付かなかった背後の気配は、彼女にもう一つの絶望を与える。

黒い虫の齎したのは「他人の死」という絶望だったが、今度の絶望は「自分の死」だった。水棲の肉食モンスターであるルドロスが、濁った川からずるりと体躯を持ち上げる。眼光は彼女を真っ直ぐ射抜いた。食う気なのだと、すぐにわかった。

 

今度は悲鳴も出ない。

頭の中は疑問符で埋まった。ルドロスが、こんな浅瀬にいるなんて聞いたことない。通常群れをなすはずなのに一匹しかいないのも妙だ。

秒刻みに迫る死を前に、混乱する自分と他人事のように疑問を浮かべる自分が、頭の中で同居している。

今すぐ全力で走って逃げれば、なんとか生き延びられるだろうか。いっそ死んだふりでもしてみるべきか。非現実的な考えが、浮かんでは消えてを繰り返す。足は根っこが生えたみたいに、ただの一歩も踏み出せない。そうしてる間に、ずるずると腹這いにも似た動きで接近されてるというのにだ。どうしようもない。祈ればいいだろうか。咄嗟にそう思ったが、彼女は祈る神の名前も見つからなかった。

 

 

 

 

 

「無視してたわけじゃないんだ」

 

声は、背後からした。

 

彼女の横髪が、ぱらりと落ちた。

 

 

まばたきを二回する。ルドロスは赤く染まっている。

鉈とも棍ともつかない棒状のそれは、先ほどまで男が背負っていたものだ。見たことのない武器だから物珍しさにまじまじと見た。だからよく覚えてる。

背負われていたはずの武器が、ルドロスの腹から前足にかけてを斬り裂いていた。先端は足の付け根に突き刺さり、ずぷりともう一押しされる。瞬間ルドロスが白眼になるから、そこに心臓があるのだと彼女は知った。

 

自分の真横に腕がある。武器を目で追えば、それを持つ腕があるのは当然だ。

 

「君の呼びかけで意識が戻った。反応が遅れて、申し訳ない」

 

あの黒い虫が、武器を持つのと反対の腕に止まってる。

誰が喋っているのか、誰がルドロスを殺したのか、誰がこの武器を使ったのか。一人しかいないはずなのに、混乱のせいで彼女は理解するのに時間を要した。

男が、生きていたのだ。死んでいなかった。

 

「悪いけど、肩を貸して貰えないか。左足が動かないんだ」

 

見上げれば、端正な面立ちは瞳をしっかり開いてた。彼女は泣きながら、こくこくと頷いて男の腕を受け入れる。

 

 

この日が、非現実的かつフィクションであれば王道的な、彼女の毎日の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

バルバレから来たというその男は、黒と群青の羽を持つ虫を「オオシナト」だと教えてくれた。曰く操虫棍と呼ばれる武器で、あの長い棍とオオシナトを駆使して彼は狩猟を行うらしい。

 

あの時、オオシナトが腹に抱えていたのはエキスと呼ばれる液体で、モンスターから採取されるそれはハンターに注射することにより様々な効果を与えるようだ。翡翠色のものは回復の効果がある。毒じゃないから解毒薬はいらないと、調合書を片手になんとかニガ虫と解毒草を調合させようとしていたところ彼に言われた。彼女は拍子抜けしたようだったが、同時に嬉しそうな顔だった。

 

 

「申し訳ない、ベッドを占領して」

 

男が横たわるのは、彼女が使うベッドであった。

なんとか村まで帰ったものの、残念なことに小さな集落でしかない彼女の村に医者はいない。隣町まで便りを出しましょうと彼女は言ったが、あっさり男は「寝てれば治る」などという。ハンターは、その大概の怪我を「寝て」治すというから驚きだった。それだけで治癒してしまうなど、普段の鍛錬がそうさせるのか。彼女にはよくわからない。

結局、じゃあ私のベッドをどうぞと申し出て今に至る。医者がいないのと同様に、民宿の類もまたない村だった。

 

「いいんです。ゆっくり休んでください」

 

彼にベッドを譲り、ソファを寝床にした彼女は笑う。左足は骨折だろうか、不自然なほど腫れ上がっていた。狩猟による負傷ではなく、大自然にやられたらしい。

 

「調査依頼だ。このところ、水辺の狩場に変異が度々起こってる」

 

水没林もその例に漏れず、チャナガブルやガノトトスなど、水棲モンスターが度々妙な行動を取っているらしい。

ある種は大量発生し、またある種は焦ったようにテリトリーの拡大を図ったようだったが、原因は依然として不明なままだ。

だが過去の記録を辿るほど、こういった異常は決まって各地に伝わる脅威の前触れだという。アルバトリオンの襲来、ミラボレアスの出現、アマツマガツチが降り立ったなんてこともある。此度の変異もその例に該当するのではと危惧したハンター協会は、手練れに調査依頼を出したというわけだ。

彼の不幸は、調査の帰りに大規模な岩雪崩に巻き込まれたことにある。結局のところ自然が一番恐ろしい、と彼は言う。

「どんなに切れ味の鋭い武器も、どんなに頑丈な造りの盾も、自然だけは倒せないし防げないからね」

そう語る瞳は遠くを見ていた。人間なんて、クーラードリンクが無ければ火山に「いるだけ」で力尽きてしまうのだ。

 

指先をちょいと動かせば、天井の柱の一つを〝自分の場所〟と決めたオオシナトがひらひらと舞いながら寄ってくる。餌の時間だ。彼はポーチから猟虫の餌を取り出して、オオシナトに与えてた。

 

「あんたの家、気に入ったのかな。警戒心の強いやつなんだけど、あそこの柱にいついてる」

 

操虫棍使いというものは、猟虫と意思の疎通が出来るのだろうか。表情や仕草に感情表現を見つけられない彼女には、気に入ったと形容される要素もまたわからない。それでも、なんだか褒められたようで嬉しくなった。

 

「そんなに珍しい?操虫棍。ここら辺に来たら、よくなんだそれって聞かれるんだよね」

 

「初めて見た……というか、聞いたこともなくて。鄙だからでしょうか」

 

「うーん……そっか。バルバレには少なくなかったけどな。この辺りってクエストの受付はどこ?」

 

「一番近いのはモガです。バルバレって、賑やかな街なんですよね?」

 

「賑やかっていうか、がやがやウルサイ。そっか、モガか。随分遠くまで来たな」

 

彼は各地を転々とするハンターらしい。主な拠点はバルバレだが、ユクモやドンドルマも幾度も行った。それでも、モガの方に来るのは初めてらしいが。

生まれはシナトの辺りだと教えてくれた。猟虫の名がオオシナトなのと、なにか関連があるのだろうか。もっと詳しく聞きたくなったが、彼が眠そうにしたので会話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-3-

 

夜風の穏やかな夜だった。あれから一週間近く経ち、彼の怪我は大分に癒えた。

その日不意に目覚めるとベッドに横たわる姿がなくて、代わりに外から物音がする。彼女は眠気眼を擦りながら外に出る。目に入ったのは、月光を背に数メートル上空まで跳ねる操虫棍使いの姿であった。

彼女は短い悲鳴をあげた。屋根から落ちたのかと思ったのだ。

だが予想に反して男の身体は華麗に宙を翻し、半月の弧に沿うようにして体躯がくるりと反転してゆく。宙返りだった。すぐにそうとわからなかったのは、人間離れした跳躍の高さのせいか。あるいは、身のこなしがあまりに美しかったせいかもしれない。

重力をまるで感じさせない軽やかさで、やがて爪先がトン、と地面についた。一度だけ賑わいのある港町で大道芸人が宙返りをしたのを見たことがある。だが彼のそれは比べ物にならないくらいに洗練された動きに見えた。オオシナトがひらひら舞ってる。完成された一つの動作に、彼女はまばたきも忘れてしまった。

 

……ハンターというものは、身の丈を超える大剣を振り回したり、大仰なハンマーを叩きつけたり、あるいは彼方まで弓を放つものだと思った。恐ろしいモンスターを狩猟するには、恐ろしい武器を使いこなす必要がある。どこか人間離れした、狩猟する人間もまた畏怖を周囲に与えるような恐ろしい人。それが、彼女の価値観におけるハンターだ。

悠々として物腰の柔らかい彼もまた、そんなハンターの一人と知るからこそどこか遠慮が拭えない。だからこの一週間、彼女の態度は同年代でありながら、彼を目上の人のように扱っていた。

だが美しい顔をした彼は、その動きまで美しいのか。恐怖がじわじわ後退してゆき、代わりに別の感情が擡げ出す。

 

「起こした?うるさくしたつもりはなかったんだけど……申し訳ない」

 

彼女がそこにいると気付いた彼は、そう言って額の汗を拭った。彼も彼とて、彼女が遠慮とも畏怖ともつかぬ壁を持って接していると気付いてる。人の良い性格なのはなんとなく察してた。だからこそ、息苦しくとも怪我人である自分に「出てけ」と言い出せないのかと解釈していた。冷静に考えれば、恋人でも家族でもない若い男女が、一つ屋根の下では気が疲れるのは当然だろう。

 

 

「……すごい、ジャンプですね。ごめんなさい、こちらこそ邪魔をしてしまって……」

 

「……邪魔じゃないよ。こうやって、竜の背中に飛び乗るんだ」

 

「竜の背に……?」

 

彼女には想像すらつかない。だがあの跳躍力なら、巨大なモンスターの背中に飛び乗れても不思議じゃなかった。

 

 

「ちょっと肩慣らしっていうのかな、治癒の具合を確認したくて。もう大丈夫そうだ、あんたのおかげだ」

 

「そんな……私はなにも、」

 

「いや、ベッドを使わせてくれたし、御飯もすごく美味かった。本当に。普段は適当に焼いた肉ばっかなんだけどさ、あんたの飯本当に美味かったよ」

 

……彼は、何を言おうとしてるのだろうか。美味し〝かった〟と、何故過去形で述べるのだろうか。本当にと念押ししながら礼を繰り返されるから、彼女は彼が何を切り出そうとしてるか自然と察する。怪我は、もう大丈夫だと言っていた。それはつまり、ここに居る理由が喪失したことになる。

 

 

「こ、これから、どうなさるんですか……?」

 

彼がその言葉を切り出す前に、彼女は咄嗟の疑問を投げた。無性に聞きたくない言葉だった。怪我が治って、礼を言われて、その先に続く一言はきっと、ここから彼がいなくなる挨拶に違いないから。どうしてこんなに唐突に、芽生えた感情が膨らむのだろう。妙な焦燥が心臓の音を大きくしてゆく。

 

 

「……孤島の調査、かな。水没林の調査報告を提出した返事が来た。他の地で別のハンターが調査した内容と合わせて協会が吟味して、変異の中心地が特定できそうなんだ。まだハッキリしてないことも多いけど、モンスターの異変は海に近づく程規模が大きくなってる」

 

彼の真剣な眼差しは、大きな使命感を携えていた。海から変異が押し寄せてくる。巨大な何か……脅威が迫っているかもしれない。それを調べるのも、迫り来る何かから人々を守るのも、立派なハンターの仕事の一つだ。彼が孤島へ赴くのもまた、至極当然の選択だろう。

 

「あの、隣の奥様が……や、野菜お裾分けしてくれて……。ハンターさんは身体が資本って」

 

「……ああ、前にもお裾分けしてくれた方だよね。ここの人達は、余所者なのにすごく良くしてくれた」

 

 

まただ。〝くれた〟……また彼は過去形で言う。

 

「たくさんで、わたし一人じゃ、た、食べきれなくて」

 

だから、その。つっかえつっかえ彼女が言うと、やがて彼は彼女の意図を朧ながらに掴み始める。

自分に対し遠慮がちで、どこかびくびくとした彼女の態度は、彼に壁を思わせていた。早く出て行ってやらなければと、ずっとそう思わせるほど。

だが今の彼女の態度はどうだ。野菜だとか、量が多いからとか。これではまるで……。

それがあまりに意想外で、彼の目がキョトンと丸くなる。彼女は、何を言おうとしてるのだろうか。

その言葉が、もしかしてと浮かんだ予想通りだったら。遠慮と畏怖に阻まれて、ぎこちないばかりだった生活の、本質が今変わろうとしている。

 

 

「あの、次の、その、宿とかは……?」

 

 

「……まだ、決まってない。孤島に人の住むところはないから、定期船の出てる集落周辺を探すつもりだよ」

 

瞬間彼女の顔が、はっとしたように輝いた。一抹の希望を得たように。

 

 

「ここからも……!二日に一度、孤島に、船が、その、あるんです」

 

彼女が何を言おうとしてるのか。彼の予想が確信に近づく。何故そんな情報を言うのか。何故今言うのか。それを問うのはきっとひどいことだろう。なにせ彼女の顔は真っ赤で、目など今にも泣きそうなのだ。

 

 

「あの、もしご迷惑じゃなかっ、」

「迷惑じゃなければ」

 

だから彼は、彼女の声を遮った。きっとその先は、男の自分が言うべきことだと思ったのだ。

 

「……あんたの家を拠点に出来たら、帰るたびにあんたの美味い飯が食べられるのか。その、お裾分けしてもらった野菜の」

 

「……あ、え、うそ」

 

「……嘘なんかつかないよ。あんたが、嫌じゃなかったら、……嬉しい、けど」

 

 

……このうぶな女は、その意味をわかっているのだろうか。彼はふと考える。自分がハンターだとかそれ以前に、男であるって事実を忘れてないか。

それを問おうとしたけれど、彼女が花のような笑顔を咲かせてみせたから、彼は最後の疑問をそっとしまった。

今は彼女が嬉しそうで、その笑顔で自分もまた嬉しくなった。今夜はきっと、それだけで十分な夜だった。

 

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