伝説はいつだって勝手に始まっている   作:七件

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第一章 雷門がきた
はじまりは春雷


 

 カミナリがおちた。

 

 否、空は青く澄み渡り、雲ひとつ見当たらない。制服を着た少年少女がひとつの場所を目指し、風はやわらかに樹々を揺らしている。

 

 桜が舞う、穏やかな春の日。雷雲など影も形もない。

 

 

 それほどの衝撃を受けたと言った方が正しい。

 

 ここは、

 この世界は、

 

 

 

 イナズマイレブンの世界だ。

 

 

 

 前世の記憶というやつだろうか。

 

 公園で、友人と共に夢中になりながらプレイしていた。時計の針は五時を指して、また明日と、夕暮れに吸い込まれていくような影たちに手を振った。来年はサッカークラブに入ろうぜ。そんな言葉も交わし合って。

 

 脳内にふと流れた映像に、実感は湧かなかった。まるで他人の家のホームビデオを覗き見しているような感覚。しかもところどころ故障しているようで、映像は途切れ途切れ、前世の自分の名前さえ思い出せない有様だった。

 

 

 ーー思い出したのか、はたまた頭が狂ってしまったのか。

 それを確かめる術はどこにもない。ただ俺は、この世界をゲームだと確信してしまった。ただそれだけなのである。

 

 

 そんな心中お構いなしに、雷門中へ向かう道中、イナズマイレブンの記憶だけはどんどん溢れてくる。

 

 

 サッカーRPGのゲームで、部員の勧誘や練習試合を繰り返しながらストーリーを進行させて、弱小サッカー部がフットボールフロンティア全国大会での優勝するまでを描いている。その後、2、3と続き、インフレ化していきスケールが大きくなっていく。

 

 更に続編も出てアニメもあるらしいが、知識だけでそれ以上は分からない。

 

 

 前世説を採用するなら、要は、俺は円堂守が主人公の無印しかやっていなかったんだろう。他に何か思い出せないだろうか。

 

 

 しかしここで、俺は大きな矛盾点に気付き始めていた。

 

 

 俺が雷門中に入学を決めたのは、近かったから、だけではない。

 俺は今世でもサッカーが好きだ、大好きだ。おそらく両親の影響が大きい。だから、雷門中に入ることをずっと楽しみにしていた。

 

 要は、雷門中はサッカーの強豪校なのだ。しかも、40年間、一度も勝者の座を譲ったことがない超強豪校。

 イナズマイレブンは生ける伝説、未だ敗北を知らない。

 

 ……もしかしたら、未来の世界に転生したのかもしれない。ということは、原作のキャラたちは既に世界に飛び立って、引退している頃合いだ。

 

 

「なーんだ」

 

 しゅんと肩を落としたその時、目の前にサッカーボールが転がった。

 

 不思議に思って顔を上げると、下から「おーい!」と声がかけられる。河川敷から大きく手を振る少年。俺は彼の元にボールを蹴り返す。静かに地を寝そべる桜の花びらは舞い上がり、ボールは綺麗に弧を描き、彼の手元に吸い込まれるように落ちていった。

 

 するとその少年は、何故か河川敷の斜面を駆け上がってきた。

 

(え、なになになに)

 

 困惑した俺だが、少年の姿をしっかりと認め、驚愕に目を見開く。

 

 その少年は雷門中の制服を着ていた。折の付き具合からして新品同然だ。そして、頭にはトレードマークともいえる、オレンジ色のバンダナを巻いていた。

 

 

 少年はひと息ついてから、「ボール、ありがとな」そうニカっと白い歯を見せて笑った。

 

「えんどう……」

 

 思わず口から漏れていた。

 少年は「えっ」と目を丸くする。

 

 俺はそこで自分の失態に気が付いた。一度も会ったことがない人間に名前を言い当てられるなんて、不自然極まりない。

 

「いや、あの」

 

 慌てて少年の手にあるサッカーボールをぐりぐりと回し、小さくマジックペンで書かれていた箇所を指さす。文字が汚過ぎて完全に運任せだったが、彼は「おまえ、目がいいな」と感心している様子だった。どうやらうまく誤魔化せたみたいだ。

 

「オレは円堂守! その制服……ってことは、もしかしてオレと同じで雷門中の新入生?」

 

「あ、ああ。俺は、巳漣(みれん)有人だ」

 

「なあなあ、ミレンって、サッカーやってた?」

 

 それが一番に聞きたかったのだろう。

 俺が「うん」と頷くと、

 

「なあ! 一緒にサッカーやろうぜ!」

 

 円堂は目をキラキラと輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 ここはゲームの世界だ。

 

 そんなことはない。

 ここは紛れもない現実で、俺の人生は定められていないはず。

 

 だが、俺はこの目の前の少年を知っている。

 

 受け入れ難い事実のはずが、いつの間にか馴染み、俺はひとつの決意を抱いていた。

 

 

 

 ーーサッカー部に入って、あの画面越しだった青春を、生身で味わってみたい。

 

 

 

 今日から俺は、雷門中学のピッカピカの一年生となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「入学式の前だっていうのにリフティングの練習してるなんて、円堂は本当にサッカーが好きなんだな」

「サッカーが出来るんだ! って思うとウズウズしちゃってさ」

 

 軽い対面のパス練をしながら、かなりの大声で俺たちは会話をしていた。

 

「雷門の近くはクラブチームとか結構盛んだし、そこには入ってなかったのか?」

 

「引っ越してきたんだよ、オレ。前住んでたところはサッカーが好きな人が少なかったから、一緒にやってくれなくてさ」

 

 原作とは違うらしい。

 雷門が40年間無敗なことと何か関わりでもあるのだろうか。

 そのことについて考えを巡らせていると、

 

「巳漣がなりたいポジションってなんだ?」

 

 と、円堂がパスと同時に質問を投げかけた。

 

「まだ決めてないな。クラブだと一番サッカーが上手いからってフォワードやらされてたけど」

 

「ふうん。確かにコントロールが正確だよな、巳漣って。どのポジションでもやれそうだ」

 

「円堂は?」

 

「ゴールキーパー、かなあ」

 

 どことなく歯切れの悪い答えに俺は首を傾げた。

 もっと自信満々に答えるものだと思っていたからだ。

 

「やっぱ変だよな」

 

 円堂はどうやら誤解したらしく、気恥ずかしさを誤魔化すように笑った。俺はなんだか調子が狂って、力んだ蹴りはボールを変な方向に飛ばしてしまう。

 

「「あ」」

 

 二人はボールの成り行きを眺めることしかできなかった。円堂の頭上を大きく越したボールは、ボチャンと水飛沫と共に川の中に落ちてしまった。

 

「ご、ごめん!!」

 

 俺は冷や汗ダラダラで円堂のもとへスライディング土下座する勢いで駆け寄る。当の円堂は咎める様子も見せず、緩やかに流されるボールを呆然と眺めていた。

 

 俺はパニックになってジャケットを脱いだ。

 

「とととと取りに行こうか!?」

「泳いでか!?」

「おう!!!」

 

 あのボールはかなり使い古されていて、円堂にとっても大事なものだったはずだ。俺の不手際で川にどんぶらこと流れていい代物では決してない。

 だが流石の奇行に、円堂は止めに入った。

 

「安いやつだし気にしなくても大丈夫だって! ちょうど買い換えようと思ってたし」

「い、いやでも……」

「じゃあ今日の帰りになにか奢ってくれよ。この辺あんまり詳しくないからさ、オススメのやつ。それでチャラ! な?」

 

 さりげなく、今日の帰りの約束を取り付けてくれる聖人君子っぷりに、俺は円堂に後光が差しているような感覚に陥った。まさかこれが円堂教入信の合図か……?

 

 

 

 

 入学式、ホームルームはつつがなく終わり、俺たちの目指すべき場所はただひとつだった。サッカー部の入部希望者は大勢いる。それを承知の担任は、ホームルーム中にサッカー部室が何処にあるかを丁寧に教えてくれた。入部希望者はホームルームが終わり放課後になり次第、部室へ向かうこと。もし用事があり行けない者は、担任に申し出ておくこと。

 

「……巳漣も入るよな? サッカー部」

「当たり前だろ」

 

 俺は緊張と興奮を隠しきれないままサムズアップする。

 なんと円堂と同じクラスという奇跡が起こったのだ。ということは必然的に豪炎寺とも同じクラス(まだ豪炎寺が転校してくるか不明だが)。まさに青春のど真ん中ではないか。

 

 教室を出ると廊下は大変混雑していた。恐らく部活勧誘に来た先輩方が新入生を囲おうとしているのだ。しかしサッカー部の生徒は誰一人見かけなかった。勧誘しなくとも来るから、殿様のように部室でふんぞり返っているのだろう。

 

 クラス内外問わずサッカー部希望が何人もいるため、彼らの流れに任せて俺たちはサッカー部室へ向かった。

 

 

「何人残るかな」

 

 

 他部活の勧誘を押し退けて突き進んでいるなか、そんな不穏な呟きが聞こえた。円堂に声をかけられるまで、それが嫌に耳から離れなかった。

 

 

 そしてその理由を、俺はすぐに体感することになるのだった。

 

 

 

 本校舎を正面から出ると、まず目に入るのは、整備されたサッカーグラウンドだ。このフィールドでプレイすることは、サッカー選手を志す少年少女にとって最初に叶えるべき夢でもある。

 俺たちはそれを横目に、向かうはあのお馴染みオンボロ部室……というわけでは勿論なく、サッカーグラウンドのすぐ横、そして恐らくイナビカリ修練場と併設されているであろう、大きなサッカー部専用の部室棟だ。

 

 その入り口には、男が柱に背を預けて立っていた。大柄で恰幅の良い男は、50人を優に超えた団体をその鋭い三白眼で一瞥してから、「ふむ」と頷く。左目に入った傷はどう考えてもカタギのものとは思えない。

 

 俺たちはごくりと唾を飲みこんだ。

 おもむろに男は口を開く。

 

 

「今日からお前たちのコーチになる、響木正剛だ」

 

 

 ……ひびき?

 

 

 俺は何度も目を擦った。

 

 ひびき、とは、あの響木監督……?

 

 ゲームの中の彼は、胡散臭いサングラスをかけて、雷雷軒というラーメン屋の店主をやっていたはずだ。それがどうだ。イベントもなしに教える側にいるではないか。

 

「あの、響木正剛……!?」

「スゲ〜!! 初代イナズマイレブンのキャプテンだろ?」

「そんな人に教えてもらえるってことだよな!?」

 

 ひとり困惑している俺を置いて、周りは違う意味で騒めき立っている。

 

 ーーいや、おかしな話ではないのか。

 

 周りの反応に、俺は軽く頭を横に振った。

 ゲームのことばかり囚われていたが、俺だってあの響木正剛のことくらい知っている。

 

 いったい誰に需要があるのか分からないフォルムチェンジに面を食らったが、冷静に考えればなんら不思議ではないのだ。

 イナズマイレブンは四十年間無敗を誇っている。つまり初代イナズマイレブンは優勝した。影山の策略を察知して避けたのか、もしくは全く違う展開を迎えたのかは預かり知らぬ所ではないが。

 そんな彼らがOBとしてコーチを任されているのは不自然ではない。

 

 頭がズキズキと痛む。

 現実と前世の記憶の境界線が曖昧になっているのだろう。切り替えなくてはいけない。

 

 ふと、円堂の反応が気になって隣を見る。

 

 俺はそこでギョッとした。

 

 彼の眼は、まっすぐと響木監督に向けられていた。何か言いたげに複雑に揺らいでいる。しかしその色はやがて透明に変わった。頭に巻いているバンダナを依然強く握りしめているというのに。

 

「円堂……?」

 

 声を掛けられたことで、ようやく円堂は動きを見せた。

 「あ、ああ」と力なく腕を下ろし、

 

「伝説のゴールキーパーに指導して貰えるなんてワクワクするよな!」

 

 と屈託の笑顔を向けられる。

 そのチグハグさに俺は少なからずたじろいだ。それを悟られないように、俺は「確かにな」と何事もなかったかのような顔で頷くしかなかった。

 

 

 イナビカリ練習場は原作通り地下にあるらしかった。もちろん銅像の下などとまどろっこしいことはせず、地下への階段が部室内にあるだけだが。

 

 イナビカリ修練場に入り、俺は思わず「はあ」と感嘆の息を漏らしてしまった。

 円堂も足を止めて、「すげえな」と呟く。

 

 人工芝のサッカーコートがいくつもあり、他にもゴールに向かいボールを自動・手動と切替発射出来るガトリング型砲台や、走らなければそのままマットに一直線の動く床……などなど、なんか超次元らしい練習が出来そうな装置も見える。ゲームだと確かダンジョンチックになっていたはずだ。ゲームがそのままになるという訳じゃないらしい。

 

 

 

 初日ということもあって、設備への説明と新入生の実力を測ったところで終わった。

 

 帰りは雷雷軒にしようか迷ったが、行ったこともないラーメン屋にいきなり誘うのもどうかと思ったので、結局イナズマイレブン要素の一つもない、親がたまに利用する、お弁当屋さんのおにぎりを奢ることにした。すごい喜んでくれた。

 

 家に着き、充足感を胸にベッドにダイブする。

 これでも俺は、サッカーを幼稚園の頃から慣れ親しんでいた。どんなに練習がキツかろうと、耐えられる自負がある。……明日からの練習が楽しみで、眠ろうにも眠れそうにないな、と独りごちていたつもりだったが、目を覚ましたら朝になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく与えられた休憩。水分補給もそこそこに、俺はトイレへと駆け込んだ。別に本当にトイレに行きたくなったわけでもない、休憩する時間を延ばすためだ。急に便意を催したことにしてあと10分は休む。この素晴らしい作戦は前世で編み出した。卑怯とは言うまいな。

 

 未だに呼吸が落ち着かない。

 小学生の時からクラブや習い事でサッカーにガッツリ触れてきた俺をもってしても、「正直キツいっす」と言わざる得ないのだ。ましてや始めたばかりの生徒からしたら地獄そのもの。あの中でピンピンしているのは円堂くらいだ。割と本気で。

 

 必殺技覚えたい! なんて考えはすぐに吹き飛んだ。

 まずは基礎の基礎。60分間走り続ける体力がなくてはお話にならない。加えて必殺技なんてものは体力の消耗が激しい。人間離れした動き、トラックに跳ねられてもピンピンしているくらいの強靭な肉体を得るにはとにかく、体力づくりが一番なのだ。

 全部響木コーチの受け売りだが。

 

 

 洗面台の鏡を睨みつける。

 便所特有の刺激臭と汗の匂い、気休めに置かれた芳香剤は却って逆効果で、疲労も相まって吐き気がしてきた。長く居座るのも難しそうだ。……こんなに辛いなら部活じゃなくてクラブチームにでも入ってまったりやれば良かったかもな。そんな後悔がじわりと心の隙間から這い出てくる。

 

 

 思い返せば前世の俺はヘタレだった。

 

 サッカーに興味を持ったはいいものの、辛くて苦しい練習が嫌になって一向に上手くならず万年ベンチ。それでも辞められなくて、ズルズル続けて青春の大半は犠牲になった。得たものと言えば挨拶の良さと上下関係に対する配慮。

 

 また繰り返してしまうのか、俺は。

 

 

 水道から流れる水を、両てのひらに溜める。すぐにいっぱいになって溢れてしまったそれを、顔にかける。

 

 冷水は俺の心を幾分か落ち着かせてくれた。

 

 イナズマイレブンを生で体感するんだろ俺は。そう意気込んだじゃないか。

 同じくサッカーが好きな妹の春奈は、雷門中に入学した俺にあんなにも憧憬と尊敬の目を向けていただろ。その期待に応えない奴なんてお兄ちゃん失格だ。加えて前世よりも遥かに球感があって、センスがあると褒められたこともある。

 辞める道理などどこにもない。

 

 俺は前を向く。

 癖毛の入ったブラウンヘアーの先に水滴は垂れ、鋭い目つきをした少年は、その血のように紅い瞳で鏡を射殺さんと睨みつけている。

 

 

 ん?

 

 

 ……俺、鬼道有人じゃん。

 

 二度目のカミナリが鳴った。

 

 いやいやいやいや。

 いやしかし。

 

 後ろに髪をまとめてみるとなんかそれっぽいし、俺の名前は有人で妹の名前は春奈だし、春奈はあの音無春奈そのもののような人間だった。

 

 

 だがそもそも俺は、両親を失っていない。共に暮らす春奈との関係だっていたって良好。悲劇もなければ影山もいない。両親がサッカー好きで、俺もサッカーが好き。雷門中学校に入学を決めたのも簡単な理由で、サッカーの強豪校だから。

 

 本物の“鬼道有人”はどこに行ってしまったのだろう。

 

 俺は途方に暮れた。

 

 衝撃の事実が発覚したからといって、今更鬼道ヅラすることなど出来ない。

 帝国学園になんか入っていないし、いきなり髪型を変えてゴーグルをかけマントを羽織り、冷静キャラを装うとか無理だ。厨二病デビューしたのだと思われて周囲から冷ややかな目を浴び、悲惨な学校生活を送る羽目になる。

 

 前世の記憶らしきものを思い出したとはいえ、今までの人生は確かに俺のものだった。誰のものでもない。ネームドキャラに転生した、と言えば単純だが、奪ったように感じてしまうことはないのだ。

 それなのに、ドッと罪悪感が俺を襲った。

 

 

「厄介なことになったな……」

 

 

 鏡を睨む紅い瞳が、今だけは自分自身に向けられているような気がした。

 

 

 




イナズマイレブンの一番のおもひでは、操作が下手すぎて帰宅部にボコボコにされたことです。
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