伝説はいつだって勝手に始まっている   作:七件

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俺たちそもそもイナズマイレブンじゃないってよ

 

 

 

 家に帰ってまず俺がしたことは、ゲーム『イナズマイレブン』の覚えている限りをノートに書き起すことだった。いや正確にはお風呂に入って夕ご飯をガツ食いしたことだがまあそれは良いだろう。

 

 俺の知る限りの『イナズマイレブン』知識をノートに書き写していく。

 

 まず、ストーリー。

 

 一応書いていくが、こいつはほぼ崩壊していると言っても良い気がする。

 サッカーを利用した陰謀に巻き込まれるのは面倒だと思っていたので、ぶっちゃけちょうど良かった。超次元サッカーを楽しみたい、青春がしたい、原作キャラと会話してみたい。この三つだけで正直お腹いっぱいである。

 

 次にキャラクター。

 

 モブについてはあまり知らない。

 俺のデータはロマンを重視してメインキャラのみでストーリーをクリア、友人との対戦もそのまま行っていた。覚えているのは、四天王や27回話しかけることで仲間になる『たまごろう』ぐらいだ。

 

 メインキャラについてだが……考えを巡らせていると、シャーペンの芯がぺキリと折れた。

 

 今のところ見かけたのを含めると、円堂、染岡、半田、そして土門の四人。ああ、あと響木監督か。

 

 土門は完全に予想外だが、帝国のスパイはまずないだろう。この世界の帝国学園は弱小とはいかないものの、大会での成績はあまりパッとしないものだったはず。普通に雷門へ入学しただけな気がする。

 

 そうだ。

 この世界は俺の知っているらしいイナズマイレブンの世界とは、全く異なる歴史を辿っている。いわば、パラレルワールド。他の部分にも改変が及んでいる可能性は充分あり得る。

 

 俺は未だに円堂が初め、響木監督に対して向けていたあの眼が忘れられなかった。

 背景が変われば人物像も大きく違っていくものだ。そこにいったい何かがあると言うのだろうか。

 

 思い立ち、40年前のイナズマイレブン優勝に関してネットでザッと検索してみる。しかし特別有力な情報を得ることはできなかった。円堂大介についてもほとんど不明、彼らが優勝した後に交通事故で亡くなっていることだけが原作通りだ。これも故意に伏せられているのだろうか。そして本人は実は生きている……いや、そんなことをする必要がどこにある。

 

 影山が関わっているのならば身を隠すのも分かるが、そもそも彼らは帝国学園に勝利しているのだ。

 

 ネットに載っていた、優勝カップを掲げているイナズマイレブンの写真を隅の隅まで凝視してみたが、しかし影山は見当たらなかった。隅の方で小さく写っている円堂大介に意外と控えめなんだなという気付きはあったが。次いで相手の帝国学園にも影山の名前はなかった。

 

 ……影山はどこいった。

 

 

 俺は机に突っ伏した。

 ゴツンという音が部屋に虚しく響き渡る。

 

 ただえさえ練習でクタクタになっているというのに、これ以上頭に追い打ちをかけるのはやめておこう。だいたい、俺が鬼道な時点で全く違う世界なんだから。前世なんて意味が分からない、やっぱり俺は頭がおかしくなってしまったんだ。春の陽気に充てられて幻覚を見た。そうだ、そうに違いない。

 

 俺が鬼道なら指笛を吹けばペンギンが来るが、現実世界そんなことは万一にもない。俺は立ち上がり、初めて指笛を吹いた。

 

 

 

 ーーピョコッとそれは顔を出した。

 

 その一匹と俺は確かに目があっていた。つぶらな瞳、丸っとした頭、鋭そうなクチバシ。そしてそいつは周りを見渡して、焦ったようにすぐに頭を引っ込めた。

 

 

「春奈!! ペンギンだ!! ペンギンが出たぞ!!!」

 

「サッカーし過ぎてとうとう頭がおかしくなったんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 出る時は出るよ」

 

 

 

 

 

 ーーこの世界は前世と全く世界が違う。

 

 例えば『鬼神の如く』という比喩表現があるだろう。

 しかしこのイナズマイレブンの世界では、まさに、鬼神が憑いているように肉眼で見えるのだ。それはサッカーに限らない。バスケやテニスなどのスポーツ選手、パフォーマーや街頭で演説する政治家、果てには一夜漬けで課題を終わらそうとしている学生にさえ現れる。

 

 それが、この世界の普遍的な事実なのだ。

 

 ピッチャーが投げた球に始祖鳥が宿り、迎えるバッターは虎を背負う。

 なんて光景は、野球では日常茶飯事。

 中学生から高校生にかけてこの現象は起きやすいため、前世と違って学生の試合は好んで観られる傾向があるらしい。

 

 

 ……そういやこんな世界だった。

 俺はガックリ肩を落として、そのままベッドにダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷門中に入ってからかなり経った。淡々と地獄の如き特訓を繰り返している内に、自我が溶けてきて自分が何者か分からなくなってくる。いったい俺が望んでいたイナズマイレブンライフはこんなものだっただろうか。

 

 気付けばあんなにもいた一年生部員の半数以上は退部届けを出していた。毎年恒例らしく、サッカー部の先輩は「今年は意外と骨のある奴が多いな」と笑っていた気がする。

 人数の多い雷門サッカー部は四軍まで存在し、完全に分かれて練習を行っているから、他の生徒を見る機会がほとんどない。俺たちはその中で三軍の位置にいる。三軍の先輩方とも会話する暇があれば練習練習練習練習……とんだブラック部活だ。

 

 

 

 

 バスに揺られながら、俺は紅葉に彩られた移りゆく景色を眺め、ため息を漏らした。隣を座る土門が目敏く気付いたようで、「ご機嫌ななめだな」と意地悪い顔で突いた。

 

「……別に」

「いやあ、嘘だね」

 

「巳漣はワクワクしないのか?」

 

 すると後ろに座っていた円堂が乗り出し、割り込んでくる。

 

「ワクワク?」

「イナズマイレブンの試合を生で観れるんだぜ?」

 

 そう、中学サッカー界の一大イベント、フットボールフロンティアが始まった。そしてもう終わる。三軍の一年生が関われる試合などひとつもなかった、ただそれだけである。ゲームと違うことといえば、このフットボールフロンティア。春季大会ではなく、秋季大会なのだ。一年生が多い理由がようやくわかった気がする。

 

 このバスは決勝戦が行われるスタジアムに向かっていた。

 

 雷門は木戸川清修を真正面から打ち負かし、今年も栄光を我が物にするのだろう。

 

「そりゃあただの観客としてだったら楽しみかもしれねえけどよ」

 

 円堂の隣に座る染岡が、ケッと唾を吐くように言った。

 

「随分弱気だなあ、染岡くんは」

「そうだそうだ」

 

 土門が茶化し円堂が援護するので「弱気とかそういう問題じゃないんだよな」と俺は染岡側に立つ。ため息を吐いた理由はただ単に休暇の少なさについてだったが、確かに染岡が思うような気持ちがないとは言い切れなかったからだ。

 

「なんか光が見えないというか、泥沼に頭から突っ込んでいる気がするというか」

「なんだよそれ」

「分かんねえからモヤモヤしてんだよ。な、巳漣」

「そうそう」

 

 円堂はううんと首を傾げる。

 

「まあでもほら、入部してから雷門中サッカー部の試合を観るのって、意外と初めてだし。俺は楽しみだよ」

 

 2対2となり膠着状態になった俺たちに一石を投じたのは、通路を挟んで染岡の隣にいた半田の言葉だった。俺たちはまあ確かにな、と今までのことを思い返す。

 

 度々三軍の先輩方は練習試合を行っていたが、サッカー部の方針上、俺たちはその日も地下にこもり練習に励むハメになったので、どんな試合だったのかさえ教えて貰えなかった。ただ、フットボールフロンティアの決勝戦だけは、サッカー部全員でその試合を応援しに試合を観に行けるのだ。

 

 しかし楽しみだと円堂に同調していた半田だったが、スタジアムが近付くにつれて段々と顔色は悪くなっていった。

 

「……イナズマイレブンになれるのかな、俺たち」

 

「あんなに辛い特訓をしてきてなれなかったら、それこそ嘘だろ」

 

 土門は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 俺たち五人は、初め似たような実力として振り分けられ練習内容が被っていたことから、徐々に仲良くなった。俺が運命を感じて張り切ったこともあるが、朝練昼練と学校生活のほとんどをサッカーに捧げた俺たちが、ある意味戦友のようになっていくのに時間は掛からなかったのである。

 

 

 

 

 若干テンションが下がりつつ、気付けばスタジアムに着いていた。フットボールフロンティアの決勝戦が行われるのは、少し交通の便が悪い、示契スタジアムとかいう、めちゃめちゃヤベエ名前をしているスタジアムだ。なんでも、ここは40年前雷門中がよく利用していた合宿場で、優勝を機にスタジアムを建てたらしい。そのため毎年このスタジアムで決勝を行うのは恒例となっている。サッカー協会とのズブズブ具合もそうだが、もっと良い名前あっただろ。読みが死刑はありえない。

 

 

 渋滞していたこともあり、席に着いた時には、ちょうど試合開始のホイッスルがスタジアムに鳴り響いていた。応援団の野太いエール、トランペットは空気を震わせ、歓声は止まない。それらはまるでうねり、命を宿している大きな生き物のようだった。

 

 

 ボールは開始から依然雷門中がキープしていた。俺の知っているキャラはいなかったが、どこか大人が子供をあしらうような軽さを見せて、あっという間にゴール前まで運ばれている。木戸川清修のGKは2年の軟山弱。名前からして弱そうだが、シュートされる前にDF西垣守の意地の【キラースライド】が決まると、一気に木戸川清修はラインを上げ、カウンターの体制に入った。FW武方友は【ムーンサルト】で【ジグザグスパーク】を上手く避けていく。

 

 武方三兄弟の巧みなパス回しが通り、そしてついに、ボールはエースストライカー豪炎寺修也に託された。

 

 

 【ヒートタックル】で雷門DFを吹っ飛ばし、再びボールはサイドの武方勝へ。そしてダイレクトでボールを蹴り上げる。

 

 

 豪炎寺は高く舞い上がった。

 

 ボールの回転方向に合わせてスピンし生まれた業火を宿すキックは、焼き尽くさん勢いを殺さずボールを正確に捉える。一直線に放たれたシュートは誰の目にも追えなかった。まさに、彼こそがエースストライカー。

 

 が、しかし。

 

 ボールはネットを揺らさない。

 否、キーパーが止めたのではない。

 一直線に向かった先は、ゴールポスト。弾かれてあらぬ方向に飛び、線を超えた。

 

 

 

 

「ああっ!!」

 

 半田は頭を抱え心底悔しそうに呻いた。

 俺が驚いて半田の方を向くと、その視線に気付いた半田は照れを隠すように頭を搔いた。

 

「いつもイナズマイレブンの相手側を応援しちゃうんだよな」

 

 スタジアムの観客席を見渡すと、確かに喜んでいる数の方が少なかった。

 

 俺はどうだっただろう。

 憧れるのはイナズマイレブンだ。

 けれど、応援するのはいつだってイナズマイレブンではなかった。

 

 「わかるわかる、オレもだよ。まあ、今回は木戸川清修に知り合いがいるからってのもあるけどさ」と、それに土門は同意を示した。

 

「知り合い?」

「ほら、さっきゴール前でパスカットした背番号2のDF。西垣守って名前なんだよ」

「円堂と同じ名前じゃん」

「名は体を表すって言うけど、二人に関してはまさにそうだな」

 

 

「ん? 呼んだ?」

 

 名前に反応して円堂がこちらを向いた。

 土門の友達と同じ名前なんだと伝えると、しかし「へえ」と存外関心なさげに頷いた。微妙な空気になりそうだったので、俺は話を振る。

 

「円堂はどっちを応援してるんだ?」

 

 その問いに、円堂は試合から目を離すことなく、興奮気味に答えた。

 

「応援っていうかさ、あの木戸川清修のストライカーすごいよな! 見たろ、さっきのシュート! グルグルグルって回って、ドッカーンって炎を纏ってさ! あれを直接受けたらどんなにビリビリするんだろうって」

 

「さすが円堂だな」

 

 土門と半田は顔を見合わせて呆れたように笑った。

 鉄塔広場で会わずとも、やっぱり円堂は豪炎寺のシュート力に惹かれるのか。と俺はある意味感心していた。

 

 そうこう話しているうちに、試合は瞬く間に展開していく。

 

 雷門DFは疾風の如く速さで相手を抜き去り、ボールはMFへ。そしてGKは、ボールを取られることはない、という確たる信頼のもと、前へと走り出していた。

 

 まさか。

 俺は息を呑んだ。

 

 MFが真上に上げたボールは、雷雲を呼び寄せカミナリと成って地に堕ちる。抜群のキック力を持つFW、コートの端から走り出した勢いを持つGK、そして起点となったMF。3人の力が重なり、ボールはDF陣の必殺技を蹴散らしてまっすぐゴールネットへ。

 

 【イナズマブレイク】は、まるで薄氷を破るかの容易さで【カウンターストライク】を突き破った。

 

 

 俺は思わず腰を抜かして椅子に尻をついた。

 

 あれが、【イナズマブレイク】か。

 

 未だにその余波がスタジアムを揺らしている。これでも破れないネットはおそらく超合金でできているのだろう。とは言ったものの、まさかここで初お披露目とは予想だにしていなかった。いや、理性的に考えてみれば当然っちゃ当然なのだが、【イナズマブレイク】と言えばあの3人という先入観が思考を停止させたというかなんというか。

 とにかく、「まさか」、そして「マジか」。

 周りが興奮に酔いしれているなか、俺がこぼした言葉はこれくらいだったが、その2つには“ガッカリ”といった感情がないと言えば、まるっきり嘘になる。

 

 その後も、

 イナズマ落とし、イナズマ1号、炎の風見鶏、エトセトラエトセトラ……

 目を覆いたくなるほどの感動潰しの数々。見知らぬ奴らが次々決めるものだから、まるで寝取られたような気分になる。

 そうして俺が失意のどん底まで落ちている中、雷門イレブンは赤子を捻るような感覚で、どんどん点を稼ぎ、圧倒していった。

 

 木戸川清修も何度かチャンスはあったものの、まるで神様に見放されたかのように、豪炎寺のシュートはことごとく枠内を捉えなかった。

 

 そして後半ラスト1分。

 

 最後の最後、死力を尽くした一閃は、今まで見たどんなシュートの中でも一番の爆発力があるように思えた。ポストギリギリを狙った軌道、【ねっけつパンチ】は何秒も遅れて繰り出された錯覚を起こすほどの衝撃。ネットを焼き切り突き抜けていったボールに、スタジアムは歓喜の声に溢れ、今日イチの盛り上がりを見せた。

 

 去年ほどワンサイドゲームじゃない。木戸川清修は最後の最後で一矢報いた。彼らの今後に期待が寄せられている。

 それが今年の総評だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスから降り、河川敷をトボトボ歩く五人。今日は試合を観戦する日とあって、久方ぶりの完全なオフだった。

 

「あの最後のシュート、すごかったよな!!」

 

 円堂は顔を輝かせ、声を弾ませるが、俺たち四人の心は全く動かない。円堂はひとり、首を捻る。

 

「なんだよみんな、元気ないな」

「……圧倒的な差を見せつけられて、俺たちは現在進行形で傷心中なんだ」

 

 自分で説明するのも悲しくなってくる。しかしさすがは我らが太陽円堂守。

 

「まだ、オレたちは始まってもいないんだぜ? 挑んでもいないのに、どうして差があるって決めつけるんだよ。オレたちはまだまだ強くなれる可能性を秘めている。諦めなければサッカーは終わらない。イナズマイレブンはきっとそれを伝えてくれたんじゃないか」

 

 さすがサッカーを愛する気持ちで不可能を可能にしていく男の言葉は違うぜ。

 俺はすっかり絆されていたが、しかし半田と染岡の表情は晴れず、いつもは円堂の肩を持ち、盛り上げ役に徹する土門も今回に限っては口を閉ざしたままだ。

 サッカー部もなかなかに意地悪だ。わざと今日をオフにして、練習に没頭させず考える時間を与えるのだから。それを振り払うように、円堂はみんなに声をかける。

 

「とにかく特訓あるのみ! イナビカリ修練場は開いてないし、今から河川敷でサッカーやろうぜ!」

 

 その声は、空虚に響き渡った。

 そういえば、ゲームでも何かを成すまで円堂の声は誰にも届かなかった。学校から廃部にするぞと尻を叩かれ、豪炎寺が加入して、帝国から一点を奪って。ようやく彼らは自信を手にしていった。それから何度も苦境に立たされるが、その度に円堂はみんなを鼓舞していく。その時彼の声は、容易に届いたのだ。

 確かに円堂の言葉は励ましになる。けれど人間は誰も彼も強くない。目に見える成果がないと辛くて苦しくて溺れたような感覚になるから、空を悠々と飛び回る鳥が気まぐれに声をかけているみたいに、励ましの言葉はくぐもって聞こえてしまうのだ。本当は円堂だって、濁流の中で必死に藻掻いているというのに。

 俺は知っている。けれどみんなは知らない。

 俺だけがおかしくて、みんなは正常。

 

 

「海、行かないか?」

 

 

 もどかしさに首を掻き毟りたくなって、苦し紛れに出た言葉は、自分でもなんだかおかしかった。

 

「うみぃ?」

 

 一番に反応したのは、意外にも半田だった。

 

「気分転換に。まだ時間はある。門限にも引っかからないはずだ」

 

「さみぃだろ」

 

 染岡が至極当然のツッコミを入れる。

 寒気が這い寄る季節、海の家なんかはとっくに閉まっていることだろう。

 

「いいなそれ。夏休みなんか部活で全部潰れたし、行ってなかったよな」

 

 反面土門は行く気満々だ。

 

「どうせ今日くらいしか自由な時間ないだろ」

 

 そう皮肉げに笑う。

 半田も最初は面を喰らったようだったが、土門の言葉に乗せられて納得しているようだ。

 

「行こうぜ、海」

「なんで海なんだよ。しかも季節外れだしよ」

「海だぞ海」

「だからよお」

 

 しかし頑固な一面がある染岡は、理由を知りたがった。

 

 なんで海なんだっけ。

 俺も考えてみる。

 そして頭の中に浮かんだ答えは、こじつけに等しかったが、ある意味正解のように感じられた。

 

「入学式当日に、河川敷で俺と円堂でサッカーしていたんだ。でもその時、コントロールが狂って俺の蹴ったサッカーボールが川に落ちた。きっとあのまま川に流されて、多分海に辿り着いているんじゃないか。だから今からでも取りに行きたいんだよ、海に」

 

 馬鹿馬鹿しい理由に、さっきまでの空気の重さも相まって、みんなは声をあげて笑った。一番大笑いしていたのは、あの場にいた円堂だった。「そんなに気にしてたのかよ!」と心底驚いているようだ。続けて半田が「とっくに海辺から離れて今頃太平洋だろ」、「いやアメリカに着いてるんじゃないか」と土門が茶化し、染岡が「そんな理由じゃあ見に行くしかねえな!」と豪快に賛同する。

 

 

 五人でぞろぞろと、俺たちは遠足を楽しむ小学生みたいに、電車に乗って海に向かった。

 

 冷え切った砂が靴の中に入る。

 寒かった。けれどさざなみは、海の広さを雄弁に語ってくれた。俺たちは、自分たちの悩みがいかにちっぽけなのかを思い知らされた。誰も言葉にはしなかったが。たとえば海にイナズマブレイクを撃ったとしても、海はきっとただそこにあるだけなのだ。川に落としたボールが海を揺蕩うように、放たれたボールはぼちゃんと落ちて、アメリカまで運ばれていく。綱海の気持ちが分かった気がする。

 

 サッカーボールは見当たらなかった。

 

「やっぱりアメリカまで渡ったんだな」

 

 それが土門の考えで、みんながそれに納得した。

 

「途中でサメに食われてたりして」

 

 対して円堂が冗談めかして言うと、染岡なんかは「バカ言ってんじゃねえ!」と、海に行くのに一番消極的だった癖に誰よりも怒るので、なんだかおかしくなって、みんなひとしきり笑い合った。

 中途半端な秋の海にはなにもない。だから走りにくい砂浜で鬼ごっこをしたり、罰ゲームで海に足を浸からせたり、砂を固めてボールに見立て、誰が一番綺麗に散らせるか勝負したり。そうこうしている内に、日は赤く染まっていた。

 

 

 

「イナズマイレブンになれるかな、俺たち」

 

 夕日を眩しそうに眺めながら、半田はいつかの言葉を繰り返した。

 

「なろうぜ」

 

 俺たちは声を合わせて、力強くそれに答えた。

 

 

 

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