二週間ほど練習を行い、一年生とスカウト組もまあまあ形にはなってきた。マックスは言わずもがな、風丸はドリブルが一番に上手くなり、影野と壁山と栗松も順当に上達している。目金は最初こそ練習を嫌がり、「努力しなくても僕はエースストライカーになれますよ」だとかなんとか抜かしていたが、
「努力することに意味があるんだ。必死になって汗まみれで、側から見たら汚いから、遠ざけたくなるかもしれない。でもなりふり構わず努力することをしないまま生きていたら、きっといつか後悔する気がしないか? せっかくサッカーに興味を持ったんだ。何もしないなんて損だろ」
という前世の俺にもグサグサと突き刺さる言葉の数々を尽くして円堂が説得していくにつれて、絆されていったらしい。今では一番ランニングで声を出している。原作よりも教祖度が増している気がするのは気のせいだろうか。
すると、木野が慌てたようにランニングしている俺たちを呼び止めた。
大事な話があるから、と言われて芝生の上に円を作って座り込む。人工芝独特の匂いがツンと強くなる。地下ということもあって、風丸あたりは「息が詰まる」と愚痴をこぼしていた。俺たちはすっかり慣れてしまっていたが、外にサッカー場があるならそこでやれば良いという意見はもっとものように思えた。
同様にジャージを着て体育座りをしていた木野が、「キャプテンを決めようと思うんだけど……」と、雑談に花を咲かせそうになっていた俺たちを取りまとめる。
「キャプテン? そんなのもう決まってるんじゃないのか?」
半田は「何を言っているんだ」とでも言いたげに首をかしげた。「なあ」と土門や染岡に同意を求め彼らもそれに頷いた。壁山と栗松も察したようにして、スカウト組も「そうだな」と同調する。
「円堂」
「巳漣」
そしてパックリと意見がわれるのだった。
「……円堂だろ」
「え、オレ!?」
俺たち2人は顔を見合わせた。
確かに話し合いの進行役をかってでる機会が多く、一年から怖がられていることもあって、“巳漣有人”は(元が鬼道というのもあるかもしれないが)ある意味の貫禄がある。円堂も自らサッカー部を立ち上げたわけでもないので、引っ張る役割としての自覚はどこか乏しい。
しかし雷門のキャプテンといえば円堂だ。逆に円堂以外あってはならない。というかどう考えても円堂の方がキャプテン然るべきだろ。
そんな想いも込めて、いかに円堂がキャプテンに相応しいかということについて熱弁振るっていたら、「わかった、オレがやる! オレがやるから!!」と投げやり気味に円堂が叫んだ。
若干引かれつつも、みんな特に異論はないようで、結局俺は副キャプテンとなった。
キャプテンの責務を果たすべく、円堂は冬海のところへと向かう。その間に、ちょうど5対5になるので紅白戦をやらないか? という話になった。練習の成果を見せるときが来た、と特に一年とスカウト組が張り切っている。
紅は俺、半田、栗松、目金、風丸。
白は染岡、土門、壁山、マックス、影野にわかれた。
ゴールキーパーは二年の俺と土門が担うことになった。
俺がゴールの前に立つと、自然と4人は集まってくる。
「なあ巳漣。ポジションはどうする?」
半田はそう問う。
基礎から叩き込んだので、誰がどこのポジションにつくかはフワッとしている。半田はMFだが、この紅白戦では唯一シュート技を持っているのでストライカーとして活躍してもらうとして、残る3人だが……
試合が迫っている中ないよりはマシということで、簡単な必殺技を覚えさせている。まず栗松と目金には比較的容易に身につけられる【ジャッジスルー】を習得させた。卑怯かどうかは俺が決めることにするよ。そして風丸は陸上部ともあって走り出しが早いので【クイックドロー】をあっさりとモノにしていた。
「ボールは基本的に半田に集めよう。栗松と目金はまず、ボールを取られないことを意識して、パスを回すか【ジャッジスルー】を使ってくれ。風丸は体力があるから、守る動きを重視しながら立ち回ってくれれば助かる。……あとは、俺の指示通り動いてほしい」
特殊能力とは違うのだが、俺はある時から試合中サッカーコートを俯瞰的な視点で上から見ることができるようになった。空間把握能力とかいうやつだ、多分。言うなれば、ゲームの画面のような。ゲームと違ってタッチペンを出せ! とはならず操作方法は大声一択なのだが、これのおかげで鬼道さんよろしく司令塔のように指示を飛ばして、試合を有利に進めることができる。
「もし指示通り出来なかったらどうなるでやんすか……?」
栗松が勝手に何かを想像して震え上がっている。
「別に何もしないが」
栗松の場合は内心クソ松呼びに変わるだけだ。
木野のホイッスルで試合の開始が告げられた。
キックオフは相手チームだ。染岡が軽くボールを蹴り出し、マックスがドリブルで上がっていく。目金が止めに入るが、【イリュージョンボール】であっさりとかわされる。……もう実戦で使えるようになっているとか、マックス才能マンすぎないか。
「風丸、栗松にパスだ!」
「ああ!」
目金を抜かして一瞬疎かになった足下を狙い、離れたところから一瞬でボールを奪う。フリーになっていた栗松へのパスに、染岡が割り込もうとするも届かず、そしてサイドを上がっていた半田へとパスが繋がった。
半田は一気にゴールへと駆け抜ける。
【ジグザグスパーク】で壁山の動きを止め前を行く、がしかし。壁山の巨体を利用され、寸前まで迫っていた土門の【キラースライド】に気付けなかった。
「半田!」
その声に反応し、間一髪でボールは逆サイドから上がっていた目金のもとへ。が、いつの間にか背後にいた影野にボールはあっさりと奪われてしまった。
「土門はゴールキーパーだろ!」
「ゴールキーパーがゴールの前に突っ立っているとは限らないぜ」
半田はクソっと悪態を吐いてボールを追いかける。
すでにボールは染岡の元にあり、栗松をあっさりと抜き、シュートの体制に入った。風丸の【クイックドロー】は一歩足りなかった。
「行くぜっ! グレネードショット!!」
弾丸のような速さで一直線に向かってくるボール。もはや凶器に近い。ゴールキーパーは毎回こんなものと対峙しているのか。
「スピニングカットォ!!」
衝撃波でバリアを作り出した。即席だった。自分の身体ひとつで止められる気がしなかったのだ。だが、生粋のストライカーのシュートに叶うはずもない。ボールは力強くネットを揺らした。
「よっしゃあ!!!」
染岡は大きくガッツポーズをし、相手チームはハイタッチで互いの健闘を称え合っている。悔しい、悔しいのだけれど、俺たちのメンバーは誰も暗い顔をしていなかった。
「あと一歩だ。あと一歩」
「もしブロック技を覚えていたら止められていたでやんすかね」
「影野さんに背後を取られたことに気付いていれば……!」
「土門には度肝を抜かされたけど、次はそうはいかないからな」
反省と、次に向けての意気込み。
足下に転がった焼け跡が残るボールを俺は拾い上げる。
ああ、サッカーって楽しい。
前世では味わえなかった、いや、味わう前に諦めてしまったそれを噛み締めて、「もう一回だ!」と俺は声を張り上げた。
□
冬海へ無事報告して戻ってきた円堂が紅白戦を目の当たりにして放った第一声は、「ずるい!!!」だった。しかもその場面が、中途半端に上がってしまった栗松のパスに対して、半田が軽いみのこなしで位置を変え不安定な体制からシュートを放ち、見事【ローリングキック】を決めて1-1に追いついたところだったので、余計円堂は羨ましいと感じたようだ。
悔しがる円堂を宥めて、早速本題を聞き出す。冬海から練習試合の詳しい情報を伝えられたはずだ。問うと、「あー」と言葉を濁す。まるで伝えるべき情報を選別しているような。
「練習試合の相手は、帝国学園らしい」
「帝国学園? どこでやんすか?」
「名前は強そうっス」
円堂の態度に、まさか強い学校に当たったのではないかと弱気になっていた栗松と壁山は拍子抜けする。「俺もよく知らないけど、強そうだよな」と円堂も同調していたが、どこか不自然だった。
「ま、どこであろうと関係ないよな! よし、そうと決まれば特訓だ!!」
円堂がサッカーボールを持ってコートの中心へと走るので、みんなそれについて行った。
半田と染岡と土門。俺たちは顔を見合わせる。これでも円堂と一年間共にいた。「練習後に直接俺が聞いてみる」と小声で提案して、何事もなかったように円堂のもとへ向かう。
風丸の視線が嫌に痛かった。
紅白戦を行ったこともあって体力の消耗が激しかったため、普段より早めに練習は終わった。まだまだ練習し足りない、と円堂を河川敷に誘うと、二つ返事で了承された。円堂も物足りなかったのだろう。
河川敷へと向かう道中、お弁当屋でおにぎりを買って食べながら歩く。西日が眩しくて、お米の湯気がはっきりと見える。疲れから足は鉛のように重いけれど、今はなんだかそれが心地よかった。
でもこんな日に限って問題は次から次へと降りかかってくるものだ。
「なあ、円堂。俺たちに隠してることがあるだろ」
おにぎりの塩っけのちょうど良さについて語り合うのもこれくらいにして、俺は嫌なモノをさっさと終わらせるために切り出した。すると円堂はまんまるとした目をさらに丸くして、それから何かを諦めたように乾いた笑いを漏らす。
「オレ、嘘吐くのヘタクソなんだよな」
こういう時、俺は胸の中心あたりがむず痒くなる。奇妙な、けれどハッキリとした違和感。
「冬海に何か言われたか?」
俺はそれを無視して話を聞き出す。
円堂はもう隠す必要はないと決めていたのだろう、躊躇いなくキッパリと答えた。
「実は、試合で一度でも負けたら、四軍全員が退部になるらしいんだ」
「……だから、俺たちが入った時に四軍の奴らはいなかったのか」
俺の声は不気味なほど平生だった。
誰かが作為的に原作通りにしている、それが俺の見解だからだ。いや、もしかしたら咄嗟に驚くことが出来ないくらい驚いていたのかもしれない。
原作では、帝国学園に負けたら即廃部。
尾刈斗中は置いといて、その後すぐにフットボールフロンティアだ。負けられる試合などひとつもない。
原作通りにするならば、それくらい強引な展開があって然るべきなのだ。けれど、それが答えだとして誰が信じるんだろう。そもそも誰が動かしているんだろう。
「なんでそんな訳の分からないことを課せられなくちゃならないんだ」
だから俺は、ありきたりな疑問を提議する他なかった。
「たとえ四軍であろうと、雷門中に負けは許されない。って冬海先生は言ってたな」
思い出して嫌な気分になったらしい、円堂の声はいつもよりパワーダウンしている。
フットボールフロンティアの直前に行われる部内の練習試合は例外に負けても退部にはならないらしいけど、と続けた言葉もどこか弱々しい。
どの試合でも負けることが許されない。そんなプレッシャーをいきなり与えられて、一瞬で立ち直るのは誰だって難しいはずだ。それは円堂だって例外ではないのかもしれない。俺は励ます意味も込めて、今まで考えてきた雷門サッカー部について前世知識を抜いた考察を、円堂に打ち明けることにした。
「……もしかしたら、俺たちは大きな勘違いをしていたのかもしれない」
「勘違い?」
俺が立ち止まったことで、円堂は振り向いた。
「一年の動きを見たが、去年の俺たちとそんなに大差ない部分もある。自惚れではないが、俺たちだって三軍の中で下手な方では決してなかった。円堂はむしろゴールキーパーの中で突出していたように思う」
「そう、だとして?」
「要はさ、一軍がイナズマイレブンになるっていうのは単なる先入観なんだ。数字で上手い順に並べられているわけじゃない。一から四まではほとんどランダム。そう考えることも出来ないか?」
「……ってことはつまり」
「俺たちは弱いから四軍に落とされたわけじゃない。たとえ四軍に落とされたとしても、折れずに立ち向かえる強さがあったから四軍に入れられたんだ。絶対に負けるなっていうプレッシャーは、きっと全員平等に降り掛かっている。そうすることで、俺たちは誰よりも強くなれるから」
「イナズマイレブンを作るためにか?」
逆光で円堂の顔は見えない。
喉からヒュッと音が鳴った。
円堂が指した意味と俺が受け取った意味はその瞬間だけ、全く異なっていた。そう、『イナズマイレブン』を作るため。それを作るために、この世界は機能し始めた。歯車が合わさって、機械仕掛けの運命とやらが強引に動き出すのだ。
「全部、憶測に過ぎないけどな」
俺は首を横に振る。
分からない、何も分からない。
何が始まろうとしているのか、誰のために物語が動き出すのか。
円堂は歩き出した。
「いや、当たってるんだ、絶対に。……そっちの方がずっと気が楽だしな!」
その足取りは、きっとこの世界でスキップをしている人の中で誰よりも軽い。
「確かに、フットボールフロンティアの直前の試合で、一軍を争うのかもしれないから、信憑性は増していると思う」
「ほらな!」
「増しただけで確実じゃない」
「慎重だな」
「頑固なだけだ」
「自分で言うか?」
今にも駆け出しそうな円堂の影法師を踏みながら、俺もついていく。背の高いのっぽの影は、今だけは地の果てまで伸びている気がした。
「あ、そうだ! 数字なんて関係ないんだって話、みんなにしようぜ!」
この世を救済する名案を思いついたかのような勢いで、円堂は声を上げる。
「まだ推測段階なんだ。変に煽らない方がいい」
「そうか? 俺は聞いて元気が出たぞ。まだまだやってやる、イナズマイレブンになるんだって。憶測でも推測でも何だっていいだろ、それでみんながやめないなら。もし間違ってたらその時はその時だしさ」
円堂の顔はきっと晴れやかだ。
しかし、俺は再びあの奇妙な違和感に襲われた。胸がザワザワする。原因を知りたくて探りたいけれど、だのにまるで影に喰われたみたいに、思考は黒く錆びついていった。気付けば俺は納得していた。
「わかった。じゃあ、負けたら即退部の話は、」
「それはやめておこうぜ」
被せるように円堂は制した。
「勝ち負けは努力の成果なんだ。勝ちにだけこだわるサッカーなんて、サッカーじゃない。負けることも勝つことも、その全部に意味がある。勝ちにこだわり続けたら、それを見失いそうになる。オレは、みんなに苦しみながらサッカーをしてほしくない」
「……たしかに、そうだな」
円堂らしい言葉だった。
退部の件は、俺たちの胸の内に留めておこう。約束がひとつだけ増える。心臓の鼓動が煩わしかった。それは未来への不安などでは決してなく、むしろその逆。楽しみで楽しみで仕方がないのだろう。
「……豪炎寺が入ってくれれば、勝つ確率は格段に上がる。俺たちは死ぬ気で勧誘しよう」
再びそう決意を固めるのだった。