伝説はいつだって勝手に始まっている   作:七件

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vs.帝国

 

 

 

 ーー豪炎寺が加入した。

 

 あの円堂が珍しく部活を休んで、何をしているのかと思えば、豪炎寺の勧誘をちゃっかり成功させていたのだ。キャプテンが休んでいるのに、副キャプテンも部活をほっぽり出してその様子を見に行くことは許されなかったので、どうやって入部の後押しをしたのかは預かり知らぬところではないが。まあ円堂だし、分かり合うのに言葉はいらない、ボールで想いは伝わるとかなんとか、そういう感じだろう。今は素直に喜んでおこう。

 

 

 と、思えたのも、豪炎寺がシュートを打つまでだった。

 

 

 部員全員が唖然としていた。

 ゴールネットから大きく外れた位置。壁にめり込んだサッカーボールが芝生に落ちてバウンドする音がやけに響いた。困惑とともに訪れた静寂を破ったのは、染岡だった。

 

「やべえな」

「だろ?」

 

 円堂が満面の笑みで頷くが、多分そういう意味じゃない。

 

 後に俺はこう語った。

 とんだエースストライカーをつかまされたものだ、と。

 

 

 トラップ、ドリブル、パス、などなど。それらは全て一流なのに、シュートだけがどうも狂っていた。枠に入ればどんなキーパーをも貫くが、入るかどうかは運任せ。「ロマン砲扱いしろということか?」と、つい本人に訊ねてしまったが、「ゲームメイクはお前がやるんだろ。好きにしろ」と言われてしまった。原作と全く違うのは、背景やストーリーだけじゃない。頭で分かっていても、そう簡単に受け入れられないものもある。豪炎寺は2人技や3人技に大きく関わってくるが、そいつはいったいどうすればいいんだ、という不安もあった。だが原因を探ろうにも帝国戦までそんな猶予は残されていないように思えるので、不動という懸念材料もあるが、現状これで戦う他あるまい。

 

 ただ唯一確定事項なのは、四軍の点取り屋は今後も染岡に変わりはないだろうということだった。

 

 

 しかし豪炎寺が入ったことで、四軍イレブンは12人となってしまう。つまりひとりはベンチウォーマーと化す。話し合いの結果、目金が外れることになった。ゲームのステータスと大差ない動きなので、順当ではあるのだが、心苦しい決断だった。

 

「やっぱり努力なんて意味がないんですよ」

 

 目金はかなりのショックを受けたようで、部室の隅っこでいじけている。そこで円堂の出番だ。

 

「俺たちは目金がいるから無茶できるんだ。どんな役目でもこなせるおまえだからこそ、誰が交代してもいいと思わせてくれる。努力は無駄なんかじゃ決してなかったんだよ。ついてきてくれて、ありがとな、目金!」

 

 目金のメガネは涙でびちょびちょだ。

 前世に円堂がいたら、俺はもっと頑張れただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり桜も散って、緑に色づく街が窓を流れていく。

 練習に励んで日々を消化して、ついに決戦の日がやって来た。このイナズマキャラバンっぽいバスに乗るのは2回目だ。

 

「まさか、俺たちが出向くとは……」

「なんか不都合なことでもあるのか?」

 

 ある意味縁のある土門が不思議そうに言った。

 

「車酔いしやすいんだ」

「なるほど、だからか」

 

 土門は一年の2人をわざとらしく見やってから、肩をすくめた。ただの方便だったが、先程の事件の要因について、間違った理解を与えてしまったらしい。ただ訂正したところで何かが変わるわけでもないので、俺は沈黙で答えるしかなかった。

 

 事件はバスの席に座った直後に起こった。

 なんとなく決勝を見に行った時と同じ場所に座ってしまい、席数と人数が合っておらず微妙な位置だったため隣は空いていたが、特に気にしていなかった。そして最後に乗って来たのは、栗松と壁山だった。壁山が俺の隣の空席を見て、何を思ったのか「隣に座ってもいいっすか」と申し出るので、面を食らいながらも「ああいいぞ」とそう言うつもりだった。けれど口に出す前に、「ややややっぱりいいっす!」と慌てていなくなってしまったのだ。近くでその一部始終を見ていた土門が、半笑いで気を効かしてくれて今に至る。

 

 ここ最近で一番ショックな出来事だった。

 

 

 原因はひとつ。

 俺がこの四軍に馴染めていないせいだ。

 

 11人集まった際、俺たち四軍は大きく分けて3つのグループがなんとなくできていた。元々サッカー部に入っていた二年生、人数合わせのために集めた二年生、そして、新しく入部してきた一年生。全員が全員、ひとつの方向に向いているだけで、走り方や早さはまちまちだった。円堂のカリスマ性にかかれば、時間をかけてまとまっていく気がしたが、俺たちにはとにかく時間がなかったし、円堂におんぶに抱っこで負担をかけすぎるのも引け目を感じる。だから、俺が最初に提案したのだ。

 

 一年も二年も途中で入って来た奴も、全部平等で、上下関係を作らない。

 

 原作の雷門イレブンもそうだったから、上手くまとまると思ったのだ。

 

 けれど、馴染めなかったのは俺だった。

 中学高校大学社会人と、ガチガチに上下関係に縛られていた。俺の人生に、気安く話せる後輩や先輩ができたことはなかった。きっと神経質で、プライドが高い性格が邪魔していたところもあったことだろう。今世こそ。そうは思っても、前世を思い出してしまえば人格は引っ張られる。図らずとも距離を取ってしまうのだ。

 

 

「俺、そんなに怖いか?」

 

 ただ、変わりたいという気持ちは嘘じゃない。そんな思いもあってか、土門に弱音を吐いていた。

 

「睨んでいるように見えたんだな、たぶん。オレも最初は怖かったし」

「目つきだけでこんなに生き辛くなるものか」

「ああ、あと。サッカーをしている時とか。特に試合中が一番怖いぜ、巳漣は」

「試合中?」

「使えない時は容赦なく切り捨てて、ミスした時のリカバリー指示の声がかなり荒げてるように聞こえる時があったりさ」

 

 自覚がありすぎるところを指摘されて、猛省する他なかった。

 ゲームをプレイしていた時も、操作したキャラに「まさか!」とボールを取りこぼされると、舌打ちをしたり、酷い時は台パンなどもした。

 

 もしかしたら目金を外す際も、強いやつが入ってきたから要らないという、ゲームをプレイする小学生のような無邪気な非情が心のどこかにあって、みんなには透けて見えていたのかもしれない。

 

「それだけサッカーに本気なんだって俺たちは分かってるから良いけど、まだ関わりの薄い一年なんかは、誤解しちまうとこもあるんじゃねえか」

 

 ムキになるのは本気に取り組んでいるから。

 聞こえは良いけれど、人間関係において致命的ではないのか、それは。

 

「そうだと、いいが」

「ま、今は試合に集中だな。そういうのは、全部勝ってからだろ」

「ああ」

 

 俺は大きく息を吐いて、試合に向けて精神を落ち着かせる。そうだ、勝たなければ誤解を解くことすらできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 帝国学園は私立で、言わばお坊ちゃまお嬢様専用の進学校である。これが中学校かよ……という感想が尽きない要塞のような校舎に入る。俺たちはその全てが物珍しくて、圧倒されていた。しかし、試合が行われるグラウンドの方へ向かうごとに、内装はどこか古びたものに変わっていく。通されたロッカールームはお世辞にも綺麗とは言えず、埃や蜘蛛の巣もそのまま放置されている。

 

 俺を含めロッカールームの惨状に不安を抱き始めていた面々だったが、グラウンドを見てそれは杞憂だったと考え直した。

 

 どこまでも天井が高く、フィールドは観客席に大仰に囲まれ、スタジアム並に広かった。古臭さを感じられる所もあったが、人工芝も最近変えたばかりのような、特有の匂いが鼻を突く。

 

 みんながアップをしている最中、俺は尿意を催したことを理由に抜け出した。影山を探すためだ。監督はどこかで見たことあるような気がしたが、影山の面影があるとかではない。それらも探るために、校舎をぐるっと回っていた。

 しかし、俺はすぐに後悔することになる。

 

 

「あのイナズマイレブンが来るんだろ?」

「ばっか、一軍のやつらじゃねえよ」

「でも強いんじゃねえの」

「知るかよ。けどさ、一軍じゃねえやつにさえ勝てなかったら、帝国のサッカー部としてどうなの? って感じだよな」

「言えてる。てかこの試合負けたらどうなんの?」

「改革してこれじゃあメンツも潰れるし、廃部になったりしてな」

「はは、見に行こうぜ」

 

 

 そんな立ち話を耳にしてしまった自分の運のなさを恨みたくなった。苦い球形が喉に詰まっていく。腹の中に落ちて弾けて、血のようにベッタリと張り付いた。

 

 帝国サッカー部が、原作の雷門のような窮地に追い込まれているではないか。

 一点取られたら「データ収集は終わった」とか何とか言って、試合を棄権すればいいのだろうか。けれど、俺たちにも負けられない戦いがある。

 

 これじゃあ、鬼道兄妹について影山に吹き込まれた円堂みたいに、足が止まってしまいそうだ。そう自嘲して、その場を後にする。

 

 

 前世の記憶なんか思い出さなければ

 バスの出来事もあって、そんな気持ちが胸に過ぎったのは、決して気のせいではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィールドに整列する雷門と帝国。観客席にはパラパラと人がいて、冷やかしに来ている生徒が大半だった。

 きっとお互い緊張していた。円陣でほぐした心が、再び固まっていくのを感じながら大きく息を吐く。「勝ちとか負けとか、今は考えなくて良い。それでも逃げ出したくなるなら、この緊張ごと、サッカーを全力で楽しもうぜ」それが、ロッカーの中にぎゅっと詰まって震えていた壁山に、円堂がかけた言葉だった。

 

 勝ち負けを考えるのは、俺たちの仕事なんだ。と言外に言っているように感じた。だから俺も、胸のしこりをロッカーの中に置いてきた。交わした手から震えを感じ取ったとしても、俺の心は平常を保ち続ける。

 

 開始のホイッスルが会場に鳴り響いた。もちろん鉄骨は降り注がない。キックオフは帝国からで、軽くパスを回しながら、徐々に前線を上げていく。

 

 いかつい顔をした寺門にボールが回される。栗松が寺門の前に立ちはだかった。栗松は抜かれる、位置的に壁山なら間に合うだろうか。

 

「壁山、ホーントレインだ!」

 

 俺は壁山に指示を出した。

 しかし、彼は脚を止めたまま。まさか、バスのことが尾を引いていたのか。心臓がギュッと掴まれたように胸が痛む。

 どうして上手くいかないんだ、と。

 

 だが、壁山が見つめている方向に視線を合わせ、俺は自分の愚かさを思い知らされた。

 

 

 

「ここからは一歩も通さないでやんすよ!」

 

 栗松は寺門に必死に喰らい付いていた。

 おそらく練習中の【コイルターン】を駆使して寺門を翻弄しようとしているのだろう。

 

 が、まだ熟練度が足りず、ボールは万丈の元に下げられる。

 

 

「し、失敗しちゃったでやんす……」

 

 どんな叱責が飛んでくるのかとワナワナ震える栗松。

 

 俺はそんな栗松の肩を叩いた。

 紅白戦の時、ディフェンス技があればと、そう悔いていたことを思い出したから。栗松を信じた壁山の姿を見ていたから。

 

「いや、ナイスファイトだ」

 

 

 俺たちは負ければ退部。帝国は負ければさらに辛い立場に追い込まれる。……けれどそれが、何だというのだろう。

 

 勝ちたい。

 

 このメンバーで勝ちたい。

 

 それだけで、今はいいんだ。

 

 

「半田!」

「おう!」

 

 半田は右足に風を纏い、空を切る。周りの空気を巻き込み、フィールド上に大きな竜巻が出現した。

 

 ただ黙って攻撃を受ける相手でもない。

 万丈も対抗して、【サイクロン】を繰り出した。

 

 拮抗する竜巻。吹き荒れる暴風の中についにボールは巻き込まれ、半田に軍配が上がった。ボールは壁山の直下に落ち、影野を経由して俺にパスを回させる。影野は他人の視界から外れるのが上手いから、フリーになっていることが多いのだ。

 

 俺はど真ん中を一直線に突き抜ける。

 まだ始まったばかりなので、体力の少ない選手に無理をさせたくなかったところもある。ゴール前まで運び、染岡にパスを出した。そしてカバーに走る帝国選手を【スピニングカット】で足止めする。

 

「いけ! 染岡!!」

 

 染岡と源田の1対1。

 

「グレネードショットォ!!!」

 

 点取り屋はこのオレだ、とそう叫ぶように。右足に渾身の力を溜め放たれたシュートは、青く煌めき弾丸のような早さでゴールへと飛んだ。

 

 対する源田は両手を胸元でクロスさせ気を溜め、右手に気力を集中させる。そして大きく飛び上がった。

 

 

「フルパワーシールドォォォ!!!!」

 

 

 地面を力強く殴りつけ現れたのは、ペナルティエリアを囲うほどの大きな衝撃波の壁。

 

 それを前に、やがてボールは勢いを失くし、源田の手の内に。

 

 

 染岡は「クソッ」と地面を蹴った。

 今の自分では届かないのか? そんな憤りも込められているようだ。

 

「大丈夫だ。今ので良い」

 

 俺は苛立つ染岡をフォローする。

 

「攻めて攻めて攻めまくって、キーパーの体力を削る。粘り強さなら誰にも負けない、だろ?」

 

 まだまだ試合は始まったばかりだ。そう焦る必要もないだろう。頭が冷えたのだろう、「ああ、その通りだぜ!」と染岡は息巻いた。

 

 

 しかしそう簡単に突破させてくれるほど甘くない。

 原因はおそらく不動だ。

 帝国はパスを多用して、必殺技に頼った戦いを避けている。そしてパスの中心にはいつも不動がいた。

 

 

 前半もそろそろ中盤に差し掛かる。

 そこで大きく試合が動き始めた。

 

 

 ボールを運ぶマックスが【イリュージョンボール】で五条をかわそうとするが、五条の【キラースライド】の方が早かった。審判は笛を吹かない。センターバックの土門は2人にマークされて思うように動けていない。俺と半田もカバーしに行くが間に合わず、帝国は巧みなパス回しで翻弄し、ついにボールは不動のもとに渡った。

 

 

 雷門のフォーメーションは4-4-2。DFが風丸、影野、壁山、土門。MFが、俺、栗松、半田、マックス。そしてFWが豪炎寺と染岡のツートップだ。DF陣で頼れる存在が土門しかいないので、中盤を突破されるとかなり辛い。それを不動は見抜いたのだろう。

 

 

 俺は足を止めて、空を飛ぶペンギンを見上げた。

 大きな力が佐久間、不動、寺門に集まっている。不動の放ったボールはペンギンと共に飛び、そして寺門と佐久間の2人の蹴りが同時に入り、強力なシュートがゴールに向かう。

 

 

「皇帝ペンギン2号ッ!!」

 

 

 ゴールキーパーは、円堂だ。

 

 俺は豪炎寺と共に、円堂に背を向けて走り出した。

 並の技では抜かれないという信頼があったから。

 

 二年生になって俺たちのシュート力は格段に上がってきていると思うが、円堂が一度でも抜かれたところを俺は見たことがなかった。こっそり練習してきた俺の【皇帝ペンギン1号】も止められた。

 円堂は必殺技名を口に出さないが、あれはおそらく、ゴッドハンドを使っていた、と今なら確信を持って言える。隠し立てる意味があるのだろうか。そう疑問に思っても、直接問い質すことができず、もどかしいところだが、試合においてこれ以上ないほど頼もしい。

 

 

 そして俺の読み通り、ボールは白煙を上げて円堂の右手に収まっていた。どう見ても【ゴッドハンド】です本当にありがとうございました。

 

 

 

 

「豪炎寺」

「なんだ」

 

 誰もが帝国のシュートを見届けていた中、フィールドを逆走するように駆ける俺たち。

 豪炎寺にシュートを任せることに躊躇いが無いと言えば嘘になる。何度も打たせてその全て外されでもしたら、豪炎寺への脅威度は減り、相手に優位を取らせてしまうからだ。

 

 だが、もし当てることができれば。

 

 

「100発中1発だけで良い。今ここで、その1発を出してくれ」

 

 

 豪炎寺は口の端を上げた。分かっている、とでも言いたげに。

 円堂がキックしたボールは俺の足下に届く。手薄になった後衛を【イリュージョンボール】で軽く抜き、俺は豪炎寺にボールを託した。

 

 

 空を舞い、炎を纏うその姿は、確かに美しかった。

 源田は素早くフルパワーシールドを繰り出す。けれど、唸りをあげる炎炎の劫火を前に、それは紙のように薄いのだ。

 刹那、雷が堕ちたような爆音が、フィールドに轟いた。

 

 ああ、そうか。

 これは、雷火だ。

 

 

 豪炎寺のシュートは、帝国ゴールをネットごと貫いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝つことが全て。

 

 不動にとってそれが、変わることのない真理だった。

 

 幼少期の親という存在は、子供にとってひとつのアイデンティティである。親の存在は絶対で、多くの言動が親に結びつく。彼にとってもそれは例外ではなかった。母のお叱りは真っ当で、父の言葉は全て真実。

 特に父という存在は、家の中では王様だった。

 

 だが、そんな王様も一歩家の外に出れば奴隷のひとり。

 

 膝をつき、頭を地べたに擦り付ける様は、この世で一番ブザマな姿だった。不動の中で、ガラガラと何かが音を立てて崩れ落ちる。

 

 どうしてこの男は、醜態を晒すんだろう。どうして自分は、こんなにも惨めな思いをしなければならないんだろう。

 

 答えはすぐに出た。

 彼は幼かった。幼かったからこそ、答えは単純なものになる。

 

 

 この男が、負けたからだ。

 

 

 母は負けた男を認めなかった。母の言葉は呪いになって、不動の思想をさらに強固なものにした。

 

 そんな中、耳に飛び込んできたのは、帝国学園のスポーツ推薦の話だった。帝国学園は文武両道の精神を掲げ、どの部活動も一定の成績を収めている。しかしことサッカーにおいては、ここずっと低迷していた。そこで帝国学園は重い腰を上げて、強いサッカー選手を求めたのである。

 

 それはまさしく、汚泥を這いつくばるように生きてきた不動にとって、蜘蛛の糸だった。まだお金に余裕があった頃、不動はサッカーのクラブに入っていた。その中でもかなり筋が良いと、そう監督に言われたことを覚えている。ボール捌きには自信もあった。そうして不動は、帝国の門を叩いたのである。

 

 

 

 だが、必死な思いをして帝国に入学できたとはいえ、勝者になれたとは微塵も思えなかった。サッカー部には負け犬しかいなかったのだ。

 

 不動は許せなかった。

 

 イナズマイレブンに一矢報いた者が英雄となる、この中学サッカーの歪なあり方を。

 

 勝負とは、勝つために存在するのだ。

 勝利を追い求めず賢ぶる奴らが死ぬほど嫌いだった。

 

 柄にもないことをしている、という自覚がありながらも、不動は負け犬どもを奮い立たせることに注力した。サッカーはひとりではできない。それをよくよく理解していたから。ワンマンチームさえも、そのひとりを輝かせるためにまとまっているのだ。

 イナズマイレブンに心の芯をポッキリ折られた上級生がいなくなってからが、不動の本番である。

 

 誰もがサッカー部を嘲笑う。何の成績も残せないくせに、部費を貪る寄生虫だと。推薦なんかで金をまたばら撒いて。さっさと廃部になれば良い、と。

 

 片手間の悪意を間に受けて、段々と下を向く部員に、不動の苛立ちは最高潮を達した。

 

 

 

「勝手に負けてんじゃねえよ、なぁ?」

 

 

 

 負け犬が嫌いだった。

 惨めな奴が惨めだと自覚しながらも何もしない様を見るのが心底嫌だった。

 

 不動は勝ちたかった。

 そしてそのチャンスが、唐突に降って湧いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 青と黄色のユニフォームは、晴れた日のカミナリを意味しているのだ、とは誰が言い出したことだったか。

 

 40年前稲妻のように現れて、優勝を掻っ攫った雷門イレブン。まさに晴天の霹靂。中学サッカー界に激震が走った。無名だった中学を、元プロの監督が立て直し、一年で這い上がって来た、と。

 

 しかしそれは、未だ止まない。青く広がった空には、今でもカミナリが鳴り響いている。

 

 いつしか雷門のユニフォームは、恐怖の象徴へと変わっていった。

 

 不動は不気味だと思った。

 いったいどんなサイボーグ人間が来るかと思いきや、何処にでもいそうな、緩いノリのサッカー部がゾロゾロと物珍しそうにグラウンドを見渡しているからだ。

 

 同じように感じた者は少なくなかったらしい。万丈はそのおかっぱ頭をぐしゃぐしゃと掻きながら「気色の悪い」と吐き捨てる。

 

「一軍じゃないなら当然じゃないんですか?」

「去年もそれでボコボコにされていたぞ」

 

 背の低い成神が源田を見上げて問うと、源田は苦い顔をしてそれに答えた。

 

 あまつさえ雷門のキャプテンは、「全力で楽しもうぜ」と握手を求める始末。正直吐き気がした。勝利に拘らなくても勝利は自ずと手の内にある、とでも言いたいのか。「ああよろしくなぁ、一軍にもなれない負け犬さんよ」そう返したのは意地だと不動自身分かっていたが、キャプテンは「一軍になってみせるさ」とバカ真面目に答えるので、こっちこそバカバカしくなった。

 

 

 

 

 

 

 そしていよいよ、戦いの幕は切って落とされた。

 

 前半、帝国は終始押されていた。

 勢いの乗った雷門の猛攻は止まず、今の帝国にそれを捌き切る能力はなかった。木戸川清修のエースストライカーのシュートを前に、戦意を失いかけた選手がいたのも大きな要因だろう。染岡のシュートも一度や二度なら弾いた源田だったが、弾いたボールを取られ、複雑な軌道を描きどんなところからでも枠に入れてくる【スネークショット】に手を焼き、ついに得点を許してしまった。

 

 だが、不動の心はまだ負けていなかった。

 

「木戸川清修のエースストライカーを引き抜いたんだ。それくらい仕事しなきゃなあ?」

 

 そう煽り、心を奮い立たせる。

 

 冷静に分析すれば、雷門イレブンは穴だらけだった。選手のレベルがバラバラでチグハグ。それらを薄氷の上で繋げているのは、あの巳漣という名のMFだと、不動には分かっていた。

 だからこそ、突ける隙がある。

 

 あんなにも強いシュート力を持っているというのに、巳漣が豪炎寺に打たせないのは、何か制限があるからだ。ならば染岡を徹底的にマークすればいい。

 

 加えて、雷門の守りは脆い、ということも不動は見抜いていた。キープ力がとにかくなく、バテ始めている選手もいる。それはこちらも同じだったが、監督はそんな生ぬるい鍛え方を俺たちにしなかった。

 

 後半が始まる。帝国は選手交代で栗松から目金に代わる。が、特に変わるものがあるわけもなく、戦力的にほぼ同等だ。後半に入って支配率は帝国が勝っていたが、決定打を打てなかった。

 

 あの、ゴールキーパーさえ抜ければ。

 

 不動は、雷門のキャプテンを睨みつける。

 握手を交わした時から気付いていた。こいつはただでは抜かせてくれないな、と。だが【皇帝ペンギン2号】を止められるとはつゆほど思ってもいなかった。その後も、佐久間と咲山の【ツインブースト】や寺門の【百裂ショット】は、円堂の【爆裂パンチ】を前にことごとく散った。

 

 

 帝国が攻めあぐねている中、勝利の女神は雷門に三度目の微笑みを見せた。

 

 佐久間に土門の【キラースライド】が入り、いつの間にか上がっていた巳漣にボールは渡された。カウンターが見事決まったのだ。だが不動はそこまで窮地に立たされたとは思っていなかった。染岡を警戒するようにDF陣に伝えてあり、源田もかなり回復しているので、自分たちが戻るまでは持ち堪えてくれるだろう、とたかを括っていたからだ。

 

 それが間違いだった。

 思いがけないところに、伏兵とは潜んでいるものだ。

 

 巳漣は染岡にパスを出す。しかしそのパスは大きく上げられており、どこか不自然だった。その不自然さの答えに気付いたところで、既に手遅れ。源田は油断していた。染岡のシュートに備えていたために。

 

 半田は飛び上がった。

 不安定な位置取りでも、彼には関係ない。

 

 ダイレクトシュートは枠を捉えた。

 

 ゴール端を狙った半田の【ローリングキック】に源田は反応できなかったのである。

 

 

 3-0

 後半残り僅か。

 結果は既に決まっているようなものだった。

 

 膝をつく源田は、力なく笑う。「悪いな」と。ボールを止められず失点を許すキーパーで、ごめん。そう言いたいのだろうか。不動は許せなかった。止められなかったことではない。源田が謝ったことについてだ。その姿が、自らの父親に重なったから。ブザマな姿を晒し続けて、挙句保険金のために死に逃げ、負けを認めた父親に。

 

 

「オレたちはまだ負けてねぇよなあ!?」

 

 

 不動は立ち上がることができない源田の胸ぐらを掴んで、無理矢理引っ張り上げる。

 

「なに勝手に諦めちゃってるわけ? そんなフヌケにゴールを任せたつもりはねぇんだけど」

 

 不動は、キャプテンの立居振る舞いや在り方など微塵も興味はなかったし、士気を常に上げられる存在になれるとも思っていない。けれども、勝ちたいと願う意志だけは見逃すことはなかった。

 勝手に諦めたフリをして、負けた時の言い訳に使おうだなんてそんな甘っちょろい考えなど、さっさと捨ててしまえ。勝ちたいなら、勝ちたいと思えばいい。縋ればいい。それをバカにする奴らなど、蹴散らしてしまえばいいのだ。

 

 不動は源田のユニフォームを強く握りしめた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 源田の瞳に再び闘志が宿る。

 そしてそれは、不動含めた帝国イレブンも同様。

 

 彼らはまだ負けていない。

 

 

 

 屈辱のキックオフ。だが、これはチャンスに他ならない。

 順調にパスを回していくが、万丈の前に半田が立ちはだかった。そして、大きな竜巻を巻き起こす。万丈もそれに対抗した。

 

 再び【サイクロン】同士の戦いだ。

 試合開始された直後起こったそれは、半田に軍配が上がった。だが、万丈は負けられなかった。お前たちとは覚悟が違うのだ、と。追い詰められた静かなる狂犬は牙を剥く。

 

 2つの竜巻はコマのようにフィールド上で激しくぶつかり合い、ついに決着した。

 

 ボールはちょうど帝国の選手、辺見のもとへと落ちる。

 

 

 体格を生かした【ホーントレイン】で止めようと走り出す壁山を、辺見は【かまいたち】で避けて、風丸のマークを突破した不動へとボールは渡る。

 

 

 その瞬間、ゲームメイカーの煩わしい指令がはたと止んだ。

 

 半田が押し負けするとは、想定もしていなかったのだろうか。カバー出来る位置にいたのは風丸と目金。

 

 ーーこれを待っていた。

 

 不動は声を張り上げた。

 

 

「こいよ源田ァ!!!」

 

 

 風丸の【クイックドロー】を、ムーンサルトの要領でボールを足に挟み飛ぶことで避ける。タイミングさえ合わせれば不動にとって容易だった。そして目金を軽く抜かし、一気にゴール前までボールを運ぶ。

 

 

 だがゴール前の悪魔はそこにいる。

 

 

 練習で一度も成功したことがなかった。しかし、ここで成功することでしか、あれを突破する道が見えない。

 

 不動は、力の限りを振り絞った。今この瞬間だけは、神にさえ祈っていた。今まで飲まされてきた苦渋の全てを受け入れるから、勝利をくれ、と。

 

 

 柄にもなく全身全霊叫んだ。

 魂のさけびだった。

 

 

「ーーデスブレイク!!!」

 

 

 不動の蹴り上げたボールは、不動の後方へ飛ぶ。そして全てを拒絶するかのように、赤黒いトゲで覆われていった。それはまるで、彼の在り方を表しているかのように。

 不動は切り返しボールの方へ、つまりゴールネットを背にして駆ける。GKの源田とFWの佐久間が飛び、ボールを捉える。それと同時に不動は地を蹴り上げ、反転し、その全てを叩き落とした。

 

 逆三角形を形作り、三者の力の全てを託されたボールは、ゴール一直線。

 

 

 対する円堂は、拳を握り締め、左足を高く掲げた。

 

 

「正義の鉄拳っ!!!」

 

 

 ダンで踏み込み、ギューンで腰を入れ、ドカーンで弾く。

 

 拳に棘が突き刺さる。円堂は顔を顰め、痛みに怯んでしまいそうになった。けれど踏ん張るしかない。ゴールの前に立っているのは、たったひとり。仲間のプレーの全てが託されている。へそと尻に力を入れ、足で地を踏みしめる。

 

 入れ、入らせない。

 

 二つはせめぎ合い、そしてついに、勝敗は決した。

 

 

 

 ネットは揺れている。

 線の内に、ボールは所在なさげに転がっている。

 あの難攻不落の要塞が、おとされた瞬間だった。

 会場は歓喜に沸き上がった。

 

 

 

 

 ーーしかし、不動の中で溢れた感情は、怒りだった。

 

 

「手ぇ抜いてんじゃねえ!!」

 

 気付けば不動は、円堂に掴みかかっていた。

 

 勝者の情けが、一番嫌いだった。上から手を差し伸べて、善人ぶれることを享受されていると気付けない間抜けどもが。

 

 円堂はキョトンとした顔で、怒りに震える不動を不思議そうに見上げていた。それがさらに油を注ぎ、不動はどうにかなってしまいそうだった。

 

「不動!」

 

 佐久間は様子のおかしい不動を円堂から引き離す。

 

 不動は、そこでようやく荒れ狂う激流から現実に引き戻される。ふと見下ろすと、円堂のグローブは擦り切れていて、赤く血で滲んでいた。

 

「今のシュートすごかったな! ほら、まだ手がビリビリしてる。でも次こそ止めてみせるぞ!」

 

 

 不動は、ガツンと頭を殴られたような気分になる。

 歓声はバカみたいに響いていて、その中に仲間たちの声も含まれていた。

 

 不動は振り向いた。

 

 みんなが歓喜している。

 肩に成神を乗っけて一緒にガッツポーズをしているのはだいでん、万丈と辺見は拳を突き出して合わせ、今のプレーについて五条と寺門らに興奮気味に語る咲山を、源田が肩を叩いて称えた。

 

 

 一番負けていたのは、どうやら自分だったらしい。

 ああくそ、と悪態を吐きながらも、不動の勝利への執念は湧き上がってくる。

 

 

「まだまだ点をぶんどってやろうぜ?」

「次の試合でな」

 

 佐久間は満足げに口の端を上げて、審判の方を見やった。ちょうどホイッスルが鳴り響いた。それは試合終了の合図だった。

 

 不動は試合のボードへぼんやりと視線を移す。

 

 3-1

 

 帝国は、負けた。

 確かに、敗北を喫したのだ。

 

 だのに響き渡る歓声。それが煩わしくて仕方がない。

 

 

「サッカーってこんなに熱いんだな!」

「ナイスファイト!!帝国!!」

「1点返した!!すげぇよ!」

 

 

 不動は顔を大きく歪めて舌打ちをするが、歓声に呑み込まれて誰の耳にも届かなかった。それが余計に苛立ちを加速させるのだけれど、今日だけはいいか、と思ってしまっている自分がいることを、不動は否定はできなかった。

 

 

 

 

「全てコントロールしてますっつう面しやがってよ」

 

 試合中、散々煮え湯を呑まされた巳漣に対して、不動は投げやり気味に皮肉をかけた。

 

「そう思うか?」

 

 観客席を虚ろに眺めていた憎きゲームメイカーは、困ったように眉尻を下げる。不動は、知ったことか、と心の底から吐き捨てたが、しかし。そういやこいつらも中学生だ、という至極当然の事実に思い至ったのである。

 

 

 




 
 
 

イナズマブレイクと対を成す技がちょうどよくあったのでデスブレイクを選びました。若干低次元仕様にはしています。他意はないです。
書き溜めていた分を放出しました。ある程度溜めたら再開する予定ですので、気長にお待ち下さい。
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