fate/”S S”-ダブルエス-   作:歌楽須

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第二話 陰陽師の追想

<<<大崎高校・校門前<<<

 

 

 

 

 

 やたらと風が強い。瘤にそれが当たってもやっとする。痛くないのが更にイライラする。ゲームでもやるかと歩きながらスマホを取り出すと充電が無かった。手鏡にランクダウンしたスマホには、右頬一帯に湿布を貼り付けた自分が写る。

 

 

「...クソババアが」

 

 

 日課となった悪態を吐きながら、開いた右手で右頬を擦った。三日経っても治る気配すらねぇ。横を追い越していく車を何となく眺めて歩く。

 勝手に蔵の中身を出したことの罰がこれで済んだのならマシと考えるべきか、あのクソババアを祟るべきなのか。最近こんなことばかり考えている、未練がましい自分に嫌悪する。

 校門を通って目の前に白い学校の校舎が見える。校庭で野球部が怒鳴る声と周りの生徒達の賑やかな談笑の輪を通り過ぎ、下駄箱で靴を変えた。

 今日の授業は特段面白いものも無かったし、適当に術式組んで遊んでるか。そうこうしていれば直ぐに教室に入る。直ぐに窓に凭れる博也に気づいた。向こうも俺に気づいて手を振ってくる。

 

 

「うっす。愁利」

 

 

「おは」

 

 

 その周りの友人らにも挨拶を返して席に着く。教室はわいわいと賑わっている。ああ、そういやあいつどうなったんだろ。俺は死ななかったけど...あいつ調子乗りやすいからなぁ。机にかばんを下ろして教室を眺める。それを横で眺めていた博也と研吾がひそひそと喋っているがバレバレだ。

 

 

「なんか黄昏てるんだけど」

 

 

「持病乙」

 

 

 焼くぞてめぇ。博也に正面からガンつけてやればノリが良いのでガンつけられ返される。調子乗ってんじゃねえぞーこらぁ。至近距離でニヒルに笑う馬鹿二人を見て坊主頭の真司が横で言う。

 

 

「ほんと喧嘩しか出来ない脳筋共は見るに耐えませんわね」

 

 

「全くですわ。お排泄物でござりまする」

 

 

「條亮君それジャパニーズサムライだから」

 

 

「えっ。いやそんな事ないでござりますわよ?」

 

 

「キャラブレブレで草」

「つまんない條亮君つまんない」

「はいカットー」

 無理なお嬢様ロールプレイをした戦犯が叩かれる。この世の常にて御座る。俺なら折れてるけど、こいつ茶番まだ続けるの?

 メンタル鋼鉄の金髪の阿保がまだ甲高い声で続ける。

 

 

「ショートコント、将棋。おーっほっほっほ。今日は将棋を指してみますわよ。ねぇ真司サン?」

 

 

「ええ!?えっと、その、あっと...そ、そうですわねー」

 

 

「棒読みだな...いえごめんあそばせ。ですので相手になってくださらない?」

 

 

「いいですわ」

 

 

 三文芝居から視線を離して時計を見る。時間だから早く終わってほしんだけどな。まともに見てるの俺しかいないし。博也の背中を叩いて小声で会話する。どうする止める?

 博也が言う。いや、半分諦めた目の真司は面白いから続行。

 頷いて半歩離れる。

 場面は棋盤を取り出すところに移り消しゴムの駒が三つ並べられた。

 いや少ない!場面はどんどん進む。それはまるで地獄行きのジェットコースターのような、真司の未来を暗示しているかのようだった。

 駒の一つを高く突き上げた條亮が、

 

 

「これが本当の、高飛車!!!何ちゃって...」

 

 

 全てを悟った真司は優しく笑った。その眼はこのクソつまらん阿保と同類という事実がのし掛かっているとは思えない程に澄んでいた。

 その言葉を境に、二人の姿を見た者はいない。だが俺達は忘れない。一人の勇者と、哀れな聖人がいた事を。きっと.........

 

 

「俺を殺すな、勝手に」

 

 

 お前は黙ってろ。クラス中の心が重なった気がした。

 

 

 

 

 

<<<大崎高校・教室<<<

 

 

 

 

 

 英雄(真司)の死と共に始まった授業だが、結局はいつもの光景に戻ってしまった。いや二人を除いてだが、まぁ誤差だ。教師のおっとりとした声が教室に広がる。どこにでもある日常だ。俺の頬が腫れていることだって、3日もすれば皆慣れてしまう。

 こうしてまたこいつらと駄弁って、遊んで、帰って寝る。予想通り、俺は一限で寝た。

 

 

 気がついたらもう昼休みだ。ふらふらと歩きながら屋上に向かう。錆びたドアを開ければ、快晴の下に灰色のコンクリが広がっている。日陰となる鉄柵の傍に座って、購買で買ったジャムパンとあんぱんを頬張りながら空を仰ぐ。

 

 

 つまらない筈は無い。決して軽んじて良いものじゃない。柔らかく愉快な、でもどこか物足りない。そこまで分かっていて、その物足りないものが分からない。

 

 

 ──兄貴みてぇに才能があれば、衣沙みたいに他を捨ててでも魔術の道に進む程の渇望があれば、もう少しマシになったのか。 

 中途半端(・・・・).........俺はいつもそうだ。才も無く、渇望も無い。ゼロじゃないってのがまた腹が立つ。この日常を捨てきれない、根性無しの心にのしかかるこの重しはどれだけ物を殴りつけても薄れない。そうして結局は忘れてしまう。ジャムパンを嚥下しながら、俺は階段を駆け上がる足音に気づき、すぐに警戒を解いた。

 

 

「おー、いたいた。場所取りご苦労!」

 

 

「誰がお前の部下になったよ?」

 

 

「貴様ぁ!上官に口の聞き方がなってなーい!」

 

 

 研吾と條亮が笑った。揃いも揃って馬鹿しか居ねぇ。ゲラゲラ笑いながら俺のところに集まる友人達と、最近のゲームの話やエロ本の話などとりとめのない話をする。さっきの葛藤なんて忘れて、楽しい今を生きる。

 野球部の山田が三年に告ったんだって。

 まじで?結果は?

 惨敗!こっぴどくフラレたんだと!!あの黒ロン毛可哀想なんだが!

 高校生っぽい呑気な話題もある。特に俺。

 知ってる?駅前の外れにある本屋。あそこは穴場だぜ?

 俺は知りうる汎ゆる情報をリークした。こうして俺らは紳士的ネットワークを形成している。リークした奴はちょっとしたヒーローであり、別の奴がまた新しい情報を更新していき、飽きたと思ったら別の話題に移る。

 

 

 偶に話題が無くなることもあるし、なんか気まずくもなるけど放っておけば勝手に和解するので一ヶ月もすれば慣れる。こうして俺の学校生活は続いていく。

 昼休みも中頃、パンの包装をキレイに畳むことに挑戦していた時、不意に横に座る博也が顔を向けてくる。何か嫌な予感を感じながら、俺は応対した。

 

 

「おい。覚えてるか?あれ」

 

 

「どれだよ。分かるように言えよ」

 

 

 こいつはいつも要点を話さずに勿体ぶる悪癖がある。どうせ面倒な事を言うのだろうが、適当に聴き逃がせばいいか。そう思って思考を半ば飛ばしていたのだが、

 

 

「あれだよ。小学校の時に言ってただろ?『聖杯戦争』の事!」

 

 

 俺はあからさまにキョドった。無意識の内に喉から変な音が出た。ヒョン!?って出た。どうやらそれがいけなかったらしく、会話に飽きてゲームに興じ始めた奴らも俺達の会話に乗ってくる。面白がった博也はにやけ面を益々深めて、ついでに俺と強制的に肩を組みながら得意げに語った。

 

 

「こいつがよー。小学校の時にな?俺が考えた最強のサーヴァントとか言って変なノート見せてきたんだよー」

 

 

「草。厨ニじゃねえか」

 

 

「それな!」

 

 

 條亮の言葉に調子づいた博也はその時の俺の状況をものすごく事細かに説明してくれた。

 

 

 曰く、聖杯戦争では何でも願いを叶える万能の釜。

 『聖杯』を巡って選ばれた魔法使いが戦い、魔法使い達は自分のサーヴァントを戦わせて敵の魔法使いを倒すのだと。

 

 

 そしてサーヴァントとは、伝説の英雄達が蘇った存在であり、街一つ滅ぼせる程の力を持っていると。あの頃の俺は聖杯戦争に憧れており、いつか最強のサーヴァント...『キャスター』を呼び出して聖杯を手にするのだと日頃言っていたのだと。

 

 

 全てを語り終えた後。屋上に降りた沈黙を破ったのは──空気が揺れる程の大笑いだった。いつもむすっとしている眼鏡の野郎(研吾)はさっきまで興味ゼロのような顔をしていた割に一番笑っているし、本日の勇者(真司)は腹を痙攣させていた。奥歯噛みしめる俺の前で、どいつもこいつも抱腹絶倒の手本のように屋上に転がっている。

 うぜぇ。ゲラゲラ笑ってんじゃねえよ。左手で右手を包んで関節を鳴らすと、冗談だと思った奴らがまた笑った。更に俺の怒りゲージが溜まった...。

 さっきから草を生やし続ける條亮が博也に掠れ声で尋ねた。

 

 

「そ...それで?最終的にどうなったん?」

 

 

 そうだな。と急に賢い顔になった博也が斜め45度で言う。

 

 

「三日後、普通に学校来たわ。しかも絶対あの話題出さねぇの」

 

 

 三人死人が出た。死因は腹部筋肉の断裂。真司は痙攣を通り越して顔が白くなっている。いつもなら顔を赤くして回し蹴りを打ち込むところだが、頭に登った血を冷ましながら、俺は唇を噛んだ。肉の切れる嫌な音がして、右手に赤い雫が落ちる。

 俺が黙っているのが不自然だったのか、それとも血を流す俺に驚いたのか。答えは分からないが、不意に顔を上げた博也が目を見開く。それから焦ったような顔をして俺の肩を揺すった。

 

 

「お、おい。悪かったって...十年も前の話だから時効かな〜って。マジでごめんって」

 

 

 無表情のまま右袖を捲る俺を見て。何を勘違いしたか分からないが慌てて人生の素晴らしさを語り始めた博也と、唐突に歌い出した條亮。焦るような表情を浮かべながら、結局何も浮かばなかったらしく静観する事にしたらしい真司。空気が読めない眼鏡は何故か眼鏡を拭いている。

 

 

 そして俺が手首の袖を捲ると、場の緊張は最高潮に高まった。目が泳ぎだす博也、喉が枯れるほど声を張り上げる條亮。諦めて読経の準備に掛かる真司。流石寺の子供。

 そして研吾は眼鏡を拭き終え、満足げだ。雲が太陽を覆い尽くし、白の校舎が灰色に塗り替えられる。タイミングは雲が晴れる瞬間。

 そして、大きく深呼吸して、

 

 

「『白芥子』」

 

 

 制服の右袖に織り込まれた符に光が溢れ、浅緑に輝く風が屋上に吹き荒れる。風に乗って運ばれた魔力が俺たちを包み込むと同時に、その効果を発揮する。封印蔵にて見つかった言霊の秘術に衣沙の幻術と俺の術式を加えた俺のオリジナル術式。効果が出るのに数分が必要だが、それに見合う効果がある。

 

 

 その後もわいわい騒ぐ周りの奴らが、唐突に静かになって次第に虚ろな目をし始めた。

 

 

 魔力の吹き荒れた屋上で、数秒を置いてから虚ろな目から戻った奴から頭を抑えながら周りを見渡している。一番初めに戻った研吾は困惑した表情をしていたが、次第に落ち着きを取り戻し転がった眼鏡を拾い上げる......誤魔化せたみたいだな。

 

 

「...あー。何の話してたんだっけ?」

 

 

「さぁ?お前が中学の時に小便漏らした話じゃなかった?」

 

 

「えっちょ」

 

 

 興味マシマシの馬鹿共をどうやって誤魔化そうかな。

 

 

 

 

 

>>>???・???>>>

 

 

 

 

 

 太陽が照りつける林の中、夏場の蒸し暑い空気が肌を熱していく。小さな子供の体で林を抜けると大きな武家屋敷が見えた。古ぼけた一階建てはどこか不気味で、実家でなければ絶対に近寄りたくない。

 所々破けた大判の本を片手で抱えながら、屋敷の中に向かう。自室に戻ろうとすると何処からか、がらがらという音が聞こえる。

 

 

 ...泥棒かもしれない。警戒しながら木陰から顔を出すと、丁度硝子の嵌った引き戸を開けて見知った顔が覗いている。その女性を見た瞬間。嬉しくなって彼女の元に駆け出した。

 

 

「律さん!今日は何持ってきたの!?」

 

 

 駆け寄ってくる俺を見つけた女性が微笑みながらこちらに手を振る。紺色のシャツに黒のズボンを穿いた正に社会人らしい服装だが、その服装で武家屋敷の前に立つというには違和感のある服装だった。

 

 

「人を見てまず土産を確認する当たり。妹によく似てるわ」

 

 

 頭を強引に撫でられて髪が乱れるも、お構いなしに飛び跳ねて土産コールは続く。頬を突っ張られてもぐりぐりと首に力を込めて前進する。結局諦めたのか腕を下ろした女性が家の中を親指で指すと、台所に葛餅があると教えてくれた。

 

 

 棚から出した皿に葛餅を載せて居間まで運ぶ。暑い中来てくれた律にも食べさせてやろうという、子供ながらの優しさだった。蔵から持ち出した本をお盆代わりにして廊下を歩いていると、角から持ってきた本人が現れる。

 頬を高揚させて早足で声を掛け、律に渡そうとする。その返答は、

 

 

「──何言ってるの?要らないわよそんなの」

 

 

 足が、止まる。提案を断られた事よりも、彼女の言葉が想像つかないほど冷たかったのが何より衝撃だった。どうしたのか、何があったのか、自分で良ければ力になると問う。

 律はいつもと別人のような、刃物のような鋭利で冷ややかな視線を、突如激情に歪ませて叫ぶ。

 

 

「何があった、ですって?あの人がいなくなった事に決まってるじゃない!忘れたとは言わせないわ、あの人は死んだの。聖杯戦争だなんていう訳のわからない儀式に巻き込まれて!」

 

 

 優しかった以前からは信じられないような形相で彼女は捲し立てる。

 何が起きているのかわからない。いつしか手の上にあった皿と本は消え失せ、廊下に居たはずだった二人は畳の広間に居た。焦りのままに律を見上げると、彼女は今も燃え続ける怒りを俺ではなく、いつのまにかそこに居た、視線の先に立つ母に向けていた。

 

 

 八畳敷の上に相対する二人の女性、律と母は対象的な表情で互いを見つめている。スーツ姿の律はいつもの優しい目には爆破寸前の炎を、和装の母は普段の三白眼に確かな情を映しながら、何も言わずにそこに佇んでいた。不意に右を向くと、黙ったまま事態を静観する父と、怯える妹を支える兄がいた。母が言う。

 

 

「彼のことはとても悲しい出来事でした...死体も、見つからなかったと聞きます。しかし起きてしまったことはもうやり直せない。貴方の苦しみは理解出来る。ですから...」

 

 

「理解できる?理解できるですって!?」

 

 

 母の声を遮る律が言う。その顔に涙の跡を残して、人が変わったように怒鳴り散らす。

 

 

「貴女が...貴女がそれを言う資格は、権利は無いでしょう!?あの人がこうなると貴方なら分かっていたはずなのに!貴方は彼を見殺しにした!秋近が、自分の家の方が大事だったのでしょう!」

 

 

 今にも殴り掛かりそうな剣幕の律は、息を整えて言葉を重ねる。

 

 

「...封印蔵の剥離縄を渡して。あれがあれば...あれさえあれば彼の死は報われる」

 

 

「いけません!あの箱の危険性は常に説き続けているはずです...姉さんは、生きながらにして、鬼にでも成るつもりですか?」

 

 

「そうだと言ったら?」

 

 

 母の眼の険しさが増す。右手を裾から伸ばそうとする母に対し、律は左手を腰へ回した。二人を中心に空気が揺らぎ、水を打ったように静寂が広まる。

 一触即発の危機を防いだのは、父の声だった。

 

 

「落ち着いてくれ、落ち着いてくれないか二人共。子供も見ている、君たちが争っても何の得にもならないだろう?ここは...僕の顔を立ててくれないか」

 

 

 立ち上がって頭を下げる父を見て、苦虫を噛み潰したような顔をして律は腕を下ろし、母は安堵したように袖を振った。白くなるほど左手を握りしめた律は踵を返して広間を出ていく。

 

 

 信じなければよかった。その言葉が鼓膜を打ち、そして頭に衝撃が走って...

 

 

 

 

 

「.........うん。秋近君。居残りで掃除ね」

 

 

 ぼやけた視界が元に戻ると、眼鏡を掛けた丸っこい顔の中年...担任が俺の前に立っていて、周りではくすくすと笑う声と満面の笑みの博也がいた。

 俺は居残って掃除をした。一人で。




==Tips==
秋近愁利(あきちかしゅうり)
性別 男
身長 173cm
髪 色素の薄い黒
眼 黒
誕生日 9/11
好きなもの 魔術、陰陽術、偉人
嫌いなもの トマト
イメージカラー 灰色
魔術系統 ■■■■
魔術回路 質D 量D
 地方の三流陰陽師一族に生まれた、そのまた平凡な青年。魔術や幻想を好み、卓越した術師だった兄を尊敬している。秋近家に伝わる封印蔵の所持権を留学中の兄から受け継ぐ。
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