<<<聖堂教会八ヶ山教会・神父室<<<
サガラがコーヒーを入れてくると言って十分。
「遅ぇな」
いくら何でもコーヒー二杯にこんな時間掛かるか?
膝を揺らし苛立ちながら更に待つこと三十分。
「遅い!」
ソファを立ち上がり、サガラが去っていった扉の奥へ進む。客人だぞ俺は!?一体どんな教育を受ければそんな真似が出来るんですか!?汝、隣人を助けよとは聖書にもそう書いてあるでしょうが!(疎覚え)いや、あいつたしか通常の教徒と派閥違うって言ってたから聖書読んでないのか。どっちでもいいか。どっちでもいいわ。一体どんな教育を受けてきたんですかね!?(二度目)
質の良いカーペットを踏みつけて木枠の戸を開け、大理石で出来た薄暗い廊下を蹴り進む。数メートルも進めば何も見えなくなるほど暗い道だったが、生憎俺は陰陽師。明るくする術も当然ある。
「『光...れ』っと」
符を流れて、生まれた魔力の光球が赤茶色の壁と大理石の白い床を照らし出す。そのまま給湯室を探す為に廊下を進んでいくが、何故かドアは一つも見つからず、窓すら存在しない長いだけの通路だった。
なんで作ったんだ?教会の外観から、現在歩いているのは正面から見て礼拝堂の右の辺り。延々と続く長い廊下を渡っていると、段々ホラーゲーやってるみたいになってきた。薄ら寒いものが背筋を流れる感覚に背中を押されて足を早める。
体感で十五分程歩いた壁が続いていく先、最後は駆け足になって漸くたどり着いた終着点で、一つの鉄扉が見つけた。青銅色の簡素な、いや手を掛ける溝もドアノブも無いのっぺりとした扉は、表面が磨かれてまるで鏡のようだった。
この扉以外見つからなかったからこの先か?鏡合わせの自分と右手を合わせ、嫌な緊張感を漂わせるそれを無言のまま押して先へ行く。ホラゲーならボス戦前なんだが、セーブができないのがリアルの辛い所だ。辛たん。
まぁ何も起こらねぇとは思うが。思いの外滑らかに開いた先は、
「倉庫、か」
見渡す限りに金属製の棚に多くの木箱や衣服などが陳列された、それはもう巨大な倉庫だ。光球を増やして奥まで飛ばすと、ここがかなりの広さを持つことが伺えた。
ここは教会だぞ?慈善事業にしても廃品回収なんてやるのか?頭の中で靄のように疑問が膨らんでいく。
目的不明の蒐集物。もしかしなくても何かある筈だ。淡い期待と興味のままに足音を殺してそっと手前の棚を覗く。煤けた硝子の盃、折れた刀剣に拳銃?作られてから長い時間が経過していることが素人目にも伺えるそれらは丁寧にラベリングされており、フランス語だかドイツ語だかで書かれた紙が手前に貼り付けられている。その部分は読めなかったが、唯一、四桁の数字が書かれた部分だけは読むことが出来た。
更に進んでいくと、馬鹿でかい大斧が、錆びついたナイフが、ぼろぼろになった布が。多種多様な道具達が山のように此処には眠っている。珍しいところだと映画のネガフィルムのようなものも置いてあった。
期せずして出会った数々の逸品に思わず溜息が漏れる。どれか一つくれぇ持って帰ってもバレねぇかな。結構高値で売れそうなやつばっかだもんなぁ。特にあのエジプトでよく見る棺桶とか。いや、流石に無いか。だが...
「魔術の秘匿、ね」
食器や武器、衣服類など多くの物が安置されたこの倉庫はまるで小さな博物館だ。
・・
いや、歴史博物館と言うべきか。
此処に並ぶ多くの道具。聖堂教会の教え。そして───四桁の数字。道具とは何かに使う為に存在するものだ。考古学者ならこれらに歴史的な価値を見出すかも知れない。だが、此処は聖堂教会。歴
・・
史に携わり、そしてそれ以上に神秘に深い関わりを持つ。予想通り、ある目的があってこれらは集められたのだとしたら。俺は無意識に唾を飲んだ。
───兎に角サガラを探せばいい話だ。そう思って振り返ると、
「やぁ」
「ひょい」
あ、腰やった。目眩で消えかけた視界を絞り出したなけなし理性で保つ。ぺちん。情けない音を鳴らして大理石が尻を受け止め、閑静な聖なる領域に生者の叫びが響き渡る。ガシャンと音を立てて、神父の後ろでおどろおどろに扉が閉まった。
喉が渇いて仕方がない。叫び果てて掠れた声で後ずさり震える両目に映るグラサンが言う。
「本当に残念だよ...」
「キャーーー!」
「ふむ。ここは見つかってしまったね、の方が良かったかな?」
「どっちでも良いわクソ神父死ねぇぇぇぇ!!」
雷撃と火炎が目の前の神父に襲いかかる。しかし彼に当たる直前でシャボン玉が弾けるように消えてしまう。随分とまぁ用心深い神父様だよ天に召されろ!!
「はははは、これはこれは。全く派手な手品だ。流石愁利君すごーい。うわーやられたー」
「黙れぇ!」
情けない位の満面の笑みから吐き出される棒読みの滝。大人げないって言葉知ってる?ねぇ?それいい年した大人が言っていい台詞?ねえ??コーヒーカップを両手に体を震わせるグラサンにアドレナリンは燃え盛る。魔術回路にあらんばかりの魔力を注ぎ、ばら撒かれた符が鮮やかに弾け跳ぶ。燃やして冷やして風で刻んで感電させる。ありとあらゆる符を叩き込むが、結局カソックに皺一つ付けられずに終わった。
その間妙ちきりんな踊りを踊っている...いや阿波踊り!!
手持ちの半分程を叩き込んだ所で我に返り、出費の一文字が脳裏に張り付く。唇を噛んでグラサンを睨むが、徳島人に効果は無いようだ。べしべしと床を叩いて言う。
「地獄に落ちろぉぉぉ!!!」
<<<聖堂教会八ヶ山教会・神父室<<<
「...そろそろ機嫌を直してくれないかな?」
「うるせぇ」
何杯目か分からない泥のように黒いコーヒーを腹に入れるとシンプルな苦味が脳を刺し、苛立ちを脳細胞ごと磨り潰す。時計の針が時間を刻む音が部屋を流れる中、対面で寛ぐ神父はいつもの笑みを僅かに困ったように歪ませていた。多少気が晴れるも、それ以上に腹に溜まった粘ついた泥のような感情が大きいので収支マイナス。
グラサンを睨むと、意を汲んだ神父が空のカップに真っ黒のコーヒーが注ぎ、それに口をつけてから漸く俺は口火を切った。両手を合わせて形だけの感謝を取ってから名残惜しくもソファから離れる。
「ご馳走様。もう帰るわ」
「良いのかい?」
何が、と言わないのが自分の悪癖だと分かっているのに直さないのだから増々右手に力が入り、引き止められた事で俺の中の理性がこれでもかと訴えてくる。
不意に思考に焦りが過ぎった。迷った挙げ句、全身の力を抜くように肺に溜まった重い空気を吐く。已むを得ず、億劫な気持ちを追い払ってこちらを見るサガラに向かう。
「...今のサーヴァントの召喚具合はどうだ?」
「ふむ、そうだね。現在呼び出されているのは4騎。残るはセイバー、キャスター、ランサーだ」
顔に出さないよう、眉を顰めて内心では安堵する。どうやらキャスター枠は残っているらしい。そうかよ、とだけ告げて部屋を後にしようとした時。俺の背にサガラが徐に問いかけた。
「ところで、サーヴァントは誰を召喚したのかな?差し支えなければ教えて欲しいのだけれど」
不意打ちに尋ねられ肩が強張る。危ねぇ!後ろ向いてて助かった!!ど、どうする...嘘ついて誤魔化すか?誤魔化せるかが問題だが...やるしかないよな。
「教えるわけねぇだろ」
言った直後から後悔が湧き出てくる。つい振り向いて否定してしまった。変に反応すればあちらの思う壺だと、咄嗟に表情を隠そうと顔を伏せる。ちら、と視線を送ると予期したような反応は無く、代わりに無感動な感想が返ってくる。
「そうか、ならいいんだ。今度最後の召喚が御三家によって行われる。私も同伴する予定なんだが...」
急に薄ら笑いを歪め、躊躇するようにサガラが口籠もる。いやーだのうーんだの歯切れの悪く腕を組んで首を捻っている。
何なんださっきから?俺が召喚に失敗したのを分かってるんじゃないのか、いや違う。こいつはうざいし大事な事は言わねぇし胡散臭いが頭は切れる男。完全に演技だ。
一先ずそれは置いておこう。そう考えている間も無言のサガラに業を煮やし、強い口調で問い詰める。すると増々困ったような表情をして、やがて観念したかのように告げた。
その、瞬間。
俺の心に鈍器でぶち抜かれたような衝撃が奔った。さっきとは別物の、震えた音色が口から漏れる。
「あ、さって...?」
「うん。本当に済まない。私もこれは想定外だったんだが、御三家と聖堂教会双方から強い圧力...おっと要望があって開始を早めることにしたんだ。明後日の『遠坂』の召喚をもって、第七次聖杯戦争を開催する」
惚けた口調でそう言うサガラに殴りかかる余裕は、無かった。
たった2日。たった2日で聖遺物を探し出す。ああ、無理だ。いや、元々聖遺物なんて貴重品、一週間でも一年でも手に入るものじゃねぇ。このままじゃ間に合わない、なら───。
心を過ぎる誘惑に知らずと動悸が早まる。そして其れを振り切るようにドアへ駆ける。此処から帰ったら聖遺物探しをしなくちゃいけない。このままだと聖遺物見つけられなかった雑魚マスターとしてスタートするそんなの絶対阻止しなくてはこのままじゃ終わらない終わらせない俺は必ず勝ってみせる。
ドアノブに手が掛かる直前。
視線を扉に映る影に固定して、震えないように息を噛み殺す。
その時。悪魔は囁いた。
「あの...倉庫の中。あれは、全部聖遺物か」
対するサガラは無言。笑っているのか、珍しくそれ以外の渋い顔を見せているのか、背を向ける俺には分からない。さっきの気まずさとは違った緊張が部屋を流れ、サガラとの間に静寂が降りる。
しこたま飲んだはずのコーヒーが全部汗で流れちまっているみたいだ。喉ガラガラでやばい。唇を湿らせて、唾を飲み込む。問い詰めようとした声に被せるように答えは返された。
「そうだ」
「な、なんでだ。聖堂教会はあれだけの聖遺物を溜め込んで、何をしようとしてる」
振り向けない。振り向いたら、きっと俺はしくじってしまう。あの倉庫に眠る数々の聖遺物を思い出す。その数は百や二百ではまだ足りない。それら全ての前にラベリングされた紙。そこには恐らくその聖遺物の名と、発掘年代が記されていた
回想を終えると丁度、サガラが口を開いた。そして再びの静寂を切り裂く、落ち着いた調子の返答がなされる。
「聖堂教会が聖杯戦争の監督を務めてきた事は知っているだろう。あれはその一環。敗者達や、残念ながら戦いの中で我らが主の元へと旅立った者達から収集した物。そして、聖堂教会が長年を掛けて世界中から蒐集した聖遺物。その3割がこの場所に眠っている」
俺はさも驚いたかのように「成程な」と言った。勿論投げ込まれ続ける情報に頭が追いついていないのが分かる。サガラが何を言ってるのかは分からんが兎に角あの倉庫はやべぇものなんだとは理解できたので急遽格好つけただけだ。
それよりも内心で暴れ回る感情を抑える事に苦労させられた。隠れて顔を強張らせる俺を一瞥したサガラが肩を竦める。
「まぁ驚くのも無理は無い。ああ、目的を聞いているのだろう。分かっているから落ち着いてくれ。君も知っていると思うが、聖遺物というのは強力な魔術触媒になりうる。あれ程の数だ、聖杯が悪しき行いに使われたとしても、それに対抗するに十分な量が此処には納められている」
俺はさも納得したかのようにもう一度「成程な」と言った。
ふむ。聖杯をどうするって?
そして...漸く。俺の中の良心が働き出した。聖杯戦争に参加するために、サガラには幾つも借りを作ってしまった。拠点の確保も召喚場所の確保も魔術礼装も全てサガラが用意したものだ。ここで裏切るのは、サガラの善意を踏み躙ることになるんじゃないのか。
罪悪感が心を刺す。焦燥感が胸を焼く。今ならまだ大丈夫だ。俺は偶然見つけた倉庫について聞いただけで終われる。聖遺物なら他を当たればいい。封印蔵から持ち出すのとは訳が違う。
家族や友人の顔が脳裏に浮かぶ。多くの記憶が沸き上がって、そして。
決心がついた頃には、サガラの話が終わる時だった。
「何をしようとしていると、君は聞いたね。ならば私はこう答えよう。正義を、成す為だ」
背後にいるであろう神父ははっきりとそう言った。
それに対し、夢現のまま、そうか、とだけ告げて今度こそ部屋を出る。
<<<聖堂教会八ヶ山教会・応接室<<<
足音が遠ざかっていく。廊下に木霊する靴の音が消えれば、主人のみを残す部屋に静寂が戻る。そうして愁利が部屋を去るまで、硝子に隠された視線はその背を見つめていた。いや、彼が去ってからも、その視線は扉へと注がれた。
能面のような表情も、隠された双眸も、何一つとして読み取ることはできない。
人形のような人間はただ遠くを見据えていた。
==Tips==
ネガフィルム
・所々焼け跡が目立つ映画のフィルム。数年前にドイツから運び込まれた遺物の一つ。枕の下に置いて寝るとバニーの女がジッソウという呪文を唱えてくる悪夢が見れる。