fate/”S S”-ダブルエス-   作:歌楽須

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有言不実行!


第八話 見下げる湖面に三日月。橋二つ

<<<東雲荘・303号室<<<

 

 

 

 

 

 

 あの日。サガラとの会談を終えて帰路に着いた俺は部屋に戻った途端、残りの溶液を殆ど使い切って符の製作を始めた。ぐるぐる、ぐるぐると人形が回る。粗い畳にモノクロ紙のの山が立ち並ぶのを俺は終始夢でも見ているかのように眺め続けて、結局は一睡もできずに日が昇り朝になった。

 

 

 徹夜漬けの目に暁光が沁みる。早朝の冷えた空気と相まって、自分の行いを咎められているように錯覚する。

 食べ物は喉を通らず、代わりに喉は常に渇く。三本目のペットボトルを空にして床に転がす。やるべきことは山積みだ。けれど何をする気にもなれず畳の上に丸まって座りこんだ。

 

 

 気がつけば眠っていた。スマホを見れば時刻は午後2時。このまま時間を食い潰すのは意味が無いと思い、教会周りの侵入経路を探すことにした。出来上がった隠形の符をコートの裏地にびっしりと忍ばせて俺は教会へ向かう。

 数時間歩いた先に佇む都会の聖域は、森に囲まれているからかやけに不気味だった。

 正門を通ってすぐさま森に逃げ込む。人目を避けながら森をぐるっと反時計回りに倉庫へと歩く。度々の木が擦れる音と蝉の合唱を聴きながら、教会の外観にふと疑問が湧いた。

 

 

「建物が真新しい...?」

 

 

 照りつける夏の太陽の下でもその熱気を弾き返す大理石の壁は光を反射して純白が爛々と輝く壁は新品同様の美しさを保っている。

 錆びついた表札や敷地を囲むぼろぼろの壁とは大きな違いだ。前回の聖杯戦争は十年前。不可侵地帯の教会を襲う魔術師がいるとは思えないが...まぁ聖杯戦争は大規模な儀式だし、景気づけにその時に改築したのだろう。

 

 

 教会周りを一周し確認は終わった。結果として分かった事は二つ。まず教会の敷地に入る事は簡単。周りを囲む壁は低いし監視カメラも無い。加えて魔術的な結界や使い魔すら見当たらない。陰陽術でなんとかなるだろう。そして森に入ってしまえば夜間なら夜闇の中で見つからない。

 問題は教会自体に入るルートが全く見つからない事だ。

 

 

「どーしよっかなぁ...」

 

 

 木に凭れ掛かり頭を押さえた。昨日見た通り、白亜の壁には窓もドアも通気口すら無い。まるで白の城塞だ。換気最悪だろ、とは思ったが城壁なのに敵を入れる穴を作るのは馬鹿だよな。

 けど、攻める方からしたら最悪だ。建物内に入るには正面扉を通らなくてはいけない。けどこの扉が開くのは午前9時から午後5時までの間だけ。サガラが出て行った後にあの扉を陰陽術で開けて倉庫へ直行。聖遺物を適当に掻っ攫って即退散、という手も考えられるがもしもサガラが戻ってきたら逃げる方法が無い。

 

 

「無理ゲーだわ。いっそのことサガラを気絶させてその後ゆっくり聖遺物を見繕うというのも...いや無理だーあいつクソ強いしー無理ー」

 

 

 あれこれ考えても妙案は思いつかず、溜息を零して湿った大地に寝転がった。風に振り回される枝葉の隙間から透き通った青空が覗く。時々ひんやりと涼しい風がコートから露出した顔を撫でる。都会の喧騒から離れたこの場所をまだ二度目だというのに俺は気に入り始めていた。

 聖杯戦争なんてもんがなければ、珈琲でも飲みながらのんびりしたい場所だと思う。

 

 

 ちら、と視線の端を何かが横切った。一瞬見えた黒い影に体が反射で反応する。符を抜き打ちして構え、周囲に気を配る。がさがさと枝を揺らして現れたのは、

 

 

「鳩...なんだよ驚かせんじゃねぇよ」

 

 

 急に脱力感が全身にのしかかった。両腕をだらりと下げて、一際太い枝に飛び乗る灰色の鳩を見上げる。首を振って周りを見渡している鳩は不意に飛び去って何処かへ消えていった。

 流石野生動物。自由過ぎる。俺もああやって誰の目も気にせず飛んでいければいいのに。

 

 

 

 

 

 .........まて。まてよまてよ?飛んで行く(・・・・・)

 

 

「これは...来たか?」

 

 

 笑いを必死に抑えながら、俺の心に黒い愉悦が膨れ上がる。

 これなら、あの神父にも一杯食わせられそうじゃないか。

 

 

 

 

 

<<<八ヶ山市・瀬川ビル屋上<<<

 

 

 

 

 

 来た。息の詰まる空気を排出する換気扇の裏からその姿を捉えた。鉄門を閉じる細身の背を眺めながら、ついに始まる本番へ向けて心臓が早鐘を打つ。オレンジ色のビルの屋上には轟々と風が吹き付けて、コートが忙しく翻る。

 夕暮れの中、聖域が閉じる音を遠目に聞く。半ば影に埋もれたカソックが段々小さくなるのを見届けて、俺は戦いへの最初の一歩を踏み出した。背中の鞄から取り出したそれに、小声で激励をかけて魔力を込める。

 

 

「頼むぞ、ルパン一号!」

 

 

 俺からの魔力を受けたルパン一号が空を飛ぶ。陰陽術で作られた擬似的な羽毛が空気を叩き、夜闇に溶け込む黒いボディが空を飛ぶ。制作期間約1日と半分。制作費用13万円。目には術者と感覚を共有する遠視の魔術。羽毛一つ一つに隠蔽の符を織り込む事で視覚、聴覚、嗅覚、魔術的に情報を遮断。加えて高い操作性を誇る遠隔操作の術式と結界破りの術式を内蔵した世界に一つだけのラジコ...式神だ。

 

 

 教会へと飛び去っていく小さな鴉を見送る。ルパン一号が豆粒くらいになったところで急いでこちら側の作業に取り掛かる。右瞼に符を貼り付けると、左右の視界が真っ二つに割れてルパン一号の視界が入り込んできた。

 

 

「視界良好。敷地への侵入に成功と」

 

 

 正面玄関前に降りたことを確認し、手元の符を一枚持って魔力を送る。右の視界では一枚の羽が宙を舞い、鍵穴に刺さったのち音を立てて扉が開いた。順調順調。

 

 

 闇に包まれた室内も暗視さえあれば昼と何ら変わりない。同じように扉を開き、続く神父の部屋を通り過ぎついに件の通路へと辿り着いた。陰陽術の風に乗って廊下を突き進む。代わり映えの無い景色に飽きてきた頃、目当ての青銅の扉の前に飛び降りる。

 頼むぜ...。指示を受けた躯体が内蔵された魔力を燃やし、扉を押し開ける。その先に広がる巨大な倉庫には、昨日と同じようにそれらは眠っていた。当然といえば当然だけど、ぴくりともしない道具たちを眺めていると理由も無く。明日も、明後日も今日のように変わらないのだろうと思わされる。

 

 

「さーて...どれにしようか?」

 

 

 闇に冷えた宝物の合間を一匹は飛ぶ。同時に俺はその右目を通して見える数々の遺物一つ一つの「古さ」を陰陽術で測っていった。水晶の瞳が映し出す百年前の拳銃。四百年前の盾。七百年前の食器。流れた時間を一つ一つ確かめ、頁を捲るように見続ける。

 多くの英雄たちの生きた証があった。戦場で血に濡れた槍が、引き裂かれた軍服がそれを物語る。息することも忘れて感動した。輝く星の残骸は死しても人を惹きつける。

 ああ、なんて格好良い。なんて鮮やかだ。ああ............いいなぁ。

 

 

 数十分かけて倉庫の半分を見終えた。既に日は暮れ、左目から見える景色では、街灯とネオンの光が太陽の代わりに街を照らしている。今日は風が強いらしい。さっきから髪が風に吹き飛ばされている。 

 い残りの魔力も心もとないから早く決めてしまおうと、そう思った時。棚の端っこにひっそりと佇む、それを見つけた。

 

 

「年代はざっと1500年前ほど...使用方法不明の破片、ね」

 

 

 半分の視界に映るのは黒檀のように艶やかな一つの木片。掌に乗るほどの小さなそれは今までの聖遺物の中で特別古い物というわけではない。最も古かったのは紀元前二世紀のものだっただろうか。けれど、俺はその破片が言い様のない何かを持っているように感じた。式神を動かし、その様を近くで眺める。

 

 

 ...見れば見るほど只の木の塊だ。魔力感知にも強力なものは引っかからない。けどなんだろうか、なんて言えばいいんだこれ。知ってる。見たことある。あるんだけど...。

 

 

「ああ苛つくなぁ!こう!なんか!こう!!」

 

 

 こい!金回転!...来ない!なんで兄貴と衣沙だけ...。

 え?博也呼符で出た?ははっ。スマホ池に捨ててやろうか(乾いた笑み)。いや、これは関係ない記憶だ。忘れよう。

 

 

 思考を木片に戻す。何か分からないが、この聖遺物には何かがある。いや、これだけの数の中から出会えたのはきっと運命だ。お前にしよう。

 一息間をおいて心を鎮める。小さな満足感と焦りと共にルパン一号を動かし、魔術結界を一時的にバクらせた後、羽毛の中に木片を収める。時間にして十秒程。

 直ぐにそこから飛び去り、風で扉を閉めて全速力で教会を後にする。立つ鳥跡を濁さずってな。

 

 

「...あっ、見えた」

 

 

 教会の玄関を閉めてこちらへ飛び込んでくるルパン一号が見える。既に取り戻した両の視界が羽毛の隙間から見えるごつごつした岩みたいな何かを捉えた。そのまま足元に降り立ったルパン一号は魔力切れでその場にパタンと倒れてしまったが、お構いなしに体から木片を掴みだす。

 

 

 おお、おお!手にしなければ分からない重厚感。画面越し以上の輝きを放つ表面。僅かに残る古い魔力の残照が肌で感じられる。これなら確実に、最高の英霊が呼べる!

 叫び出したい気持ちをぐっ、と抑える。爆発寸前の感情を歯を食いしばって堪え、懐に木片を収める。早く召喚に移ろう。インクは持ってきているから、山へ走れば直ぐにでも召喚の儀式を行える。このままビルを走っていきたいが〜!!

 

 

 弾む心のままに、一歩を踏み出したその時。空を劈く一際強い風が吹いた。上体が揺らぎ、体がふらつく。

 

 

 その時だったんだ。蝿が飛び立つ程の音すらなかった。俺の視界には何も映っていなかった。重ねに重ねた結界は一つとして動きやしなかったのに。

 それでも、そこに居たのだ。闇を引き裂いてそれは現れた。たった数秒で刻まれた敗北。それを俺は知っている。見えずとも感じる、影に塗れたその姿でただ一つ。

 

 

 

 

 

 ──────白い髑髏が、笑っている。

 

 

 

 

 

 小さく背中を押されて、重心を失った体が空を泳ぐ。

 目に見える空は黒かった。白線で枠を引かれている。今、でかい何かが通り過ぎていった。さっきまでの空は星が小さく輝いていたが、今は目に悪い程大きい。

 くる、と体が一回転する。もう一度見えた夜空は何故か何時もよりも大きくて──────

 

 

 生肉を叩きつけた鈍い音が、アスファルトに響いた。

 

 

 

 

 

<<<八ヶ山市・瀬川ビル前<<<

 

 

 

 

 

 刹那の浮遊で臓腑は掻き混ざり、衝撃によって押し潰され崩壊寸前だ。断絶する夜空から白い死が振ってくる。ぼんやりと浮かび上がるのは、数日前の悪夢。前触れも無く現れて、全てを台無しにした元凶。サーヴァント、アサシン。

 

 

 今度こそ殺される。確信はあったけど、恐怖は無かった。

 ただ、冷めた落胆があった。これまでと同じ、目の前で扉が閉まる感覚。積み上げた道がまるごと砕けて消えていく実感。

 心の中に自然に負けの二文字が押し寄せた。

 またか。また失敗するのか。結局何もできずに終わるのか。

 こんなの無いだろう...あんまりだろう。俺が何かしたのかよ。俺が悪かったのかよ。

 俺はただ何か成果を出したかっただけなのに。努力して、結果を出して、兄貴たちに並びたかっただけなのに。

 

 

 ぼろぼろと涙が溢れた。潰れた肺が上手く動かず、呼吸ができない。息することも儘ならず、迫りくるアサシンに意識を割く事など到底できなかった。肺が苦しい。全身が痛い。何とか見えていた視界も段々朧げになってくる。思考が、まとまらない。つらい。いたい。しにたくない。いやだいやだ。

 

 

「げほっ...だれ、か」

 

 

 感覚が薄れる。せめての抵抗に道路を這って逃げる。芋虫のように体を捩り、震える手足で立ち上がる。急いで逃げようとして、右足が動かなかった。怪訝に思い顔を下に向ける。右足に見慣れない何かがあった。黒い布が巻かれていて、暗闇と同化しているそれ。

 これは、そう。大振りのナイ、

 

 

「あ、ああ、あぎゃああああぁ!!」

 

 

 何だ...これ。何だこれ!?骨が砕け、肉が千切れる痛みに足が焼かれていた。限界を迎えた胃が胃酸を吐き出す。酸の汚らしい異臭が鼻を襲った。死ぬ。やばい。死ぬ死ぬ死ぬ!

 足腰に力が入らず、地面に手を付いた。視界はかき混ぜた泥のようにぐちゃぐちゃだ。ひどく冴えた意識が右足の炎のような痛みを機械的に受けている。

 

 

 脳を掻き乱す、純粋な死の予感。逃げれない。叫び声を上げる余裕も無い。

 無言で立ち尽くすアサシンの影を見る。爪のような物を構えた左手には、今俺に刺さる短刀と同じ物が握られているのだろう。後はそれを振り下ろせば、俺は死ぬ。惨めったらしく顔を汚して、物乞いのように頭を地面に伏せている。

 

 

 奇しくも今の俺は、断罪を待つ罪人のように、馬鹿みたいに頭を垂れていた。

 

 

 アサシンが動いた。首筋がひりつく。頭に被さる、死神の影。左手が上がる刹那に浮かぶ、家族と友の顔。まだやりたい事、やらないといけない事沢山あるんだよ。

 死にたく、ないな。

 そう思うと、急に涙が溢れてきて──────何かに後頭部を殴られた。

 

 

「はえ?」

 

 

 殺すなら、ナイフで一思いにやってくれよ。そんな弱々しい拳じゃ死にかけの餓鬼一人殺せない。何故か死んでいない現状に対し、アサシンに苛立ちが募る。直後猟銃で撃たれた獣のような絶叫が聞こえて、髪に何かどろっとした液体がかかった。

 何だ?と疑問を持つ暇も無く周囲の道路が爆発した。火薬によってドカン、と爆ぜるのではなくアスファルトが物凄い音を立てて四散したのだ。嘘でしょ?まだ何かあるの?

 俺今死にかけだよ?オーバーキルだよ??死体蹴りってレベルじゃないよ死体に核爆弾だ。 

 

 戻ってきた視界が何かを映した。最初はゴミ袋かと思ったそれはアサシンの左腕だった。叫ぶ間も無くまた大地が爆ぜる。轟音とともに巻き込まれた左腕が血煙となって消えた。どうやら何かがこっち目掛けて飛ばされているらしい。

 そして気付く。目の前で大地を穿ち、靄のように消えていったそれ。

 飛ばされたのは、「矢」だ。意味分からん威力で飛ばされた矢がアサシンの腕を吹き飛ばし、アスファルトを粉々に粉砕したんだ。

 

 

 三度目の狙撃。振り向いた視線の先から放たれる神域の弓。撃たれて気付くのですら遅過ぎる。死んで漸く気付く程の圧倒的な速度。三度の射撃で道路が完全に叩き割られ、目の前ではアサシンが胴体に一発矢を食らっていた。

 

 

 何が起きているんだ。目の前ではアサシンが壁や電線を跳ね回っていて、ビルや街灯が砕け散っている。

 夢を見ているのだろうか。いや現実逃避している暇じゃない。今、アサシンは俺を見ていない...逃げ切れる。

 怒りとも苦痛とも区別つかないアサシンの猿叫を背中に俺は走った。右足を引きずって必死に戦場から逃げる。暗殺者を一方的に狙撃する技術。脳裏に浮かび上がるのは、弓兵。

 アーチャーのクラス。

 

 

 戦場から遠ざかる為に死物狂いに走る。考えないようにしても髑髏が脳裏をちらついて、無意識に体が押し出される。

 走る。走る。血が足りなくて足が止まりそうになった時、教会の正門が見えた。

 此処から東雲荘までは距離がある。加えて俺の体力はもうゼロに近い。教会の中に逃げ込めば、生き残れる可能性があるかもしれない。

 力を振り絞って道路を渡り、右足を引きずって正門を押す。繋がれた鎖を陰陽術の爆発で強引に叩き切って中へ転がり落ちる。

 

 

 建物を目指し進んでいると、唐突に限界が来た。ふらつきながら道の両脇を挟む木々の内、左側の生えているものに寄りかかる。

 荒い息を零しながら、意識を掻き集め死なないために魔術回路を回す。符を通さない雑な治癒術。癒す、ではなく痛みを消すように体に魔力を巡らせる。全身を苛む激痛は氷が溶けていくようにゆっくりと消えて、じっくり時間を掛けて粗方消え去った。

 

 

「ざっけんなよぉ...おえっ。こんなん、聞いてねぇよ」

 

 

 二騎が争う音が遠くから聞こえてくる。この世のものじゃないと思った。

 何が英霊だ。過去の英雄の魂を蘇らせて使役する?あんな化け物を。馬鹿にしてんのか?あれは、どう見たって人ですらねぇ、あれこそ人の手に余るやつってもんだろ。

 ヒューヒューという呼吸音と喘息が交互に喉を傷つける。声にならない声を上げて右の甲に宿る令呪を見る。マスターの証であり、三回だけ英霊に命令できる呪い?とんだ大法螺だ。これがある限りあんな化け物に襲われ続けるのか。

 

 

 とんだ勘違いをしていた。これは紛れもない戦争で。サーヴァントさえいれば良い、なんて考えている俺じゃあ役不足にも程があった。

 

 

「はっ...確かにこれは「呪い」だよ。全く」

 

 

 立ち上がろうとした時、激痛が右足に広がった。いや、忘れてた訳じゃないけどさ、こんなのどうすりゃいいんだよ、と刺さり続ける凶器に苦笑する。アサシンのナイフは形状的に見ても感覚的に見ても骨まで至っており、強引に抜いてしまえば傷口を広げるどころか出血し過ぎて今度こそ死んでしまう。どうする...このまま刺したままにするか?いや、それこそ出血多量で死んじまう。

 

 

「...死にたくはないもんなぁ...」

 

 

 深呼吸を一つ。コートの袖で血や涙やその他諸々でぐちゃぐちゃな顔を拭う。雲から覗く月明かりに照らされて初めて現状の酷さを知った。恐る恐る捲った服の下、脇腹は内出血で青く感覚的に骨も折れてる。通りで痛い筈だ。

 

 

「怪我なんて...小三の頃に足首捻った時以来なんだけどな」

 

 

 喉から漏れる息が小さくなってきた。気のせいか月が2つ見える。

 死にたくない。死にたくないから、足掻かないと。

 両手を組んで印を編み神経を集中させ、自身と世界を混ぜ合わせる。植物の持つ魔力(もの)。大地に巡る魔力(もの)。空を流れる魔力(もの)。自己の輪郭を広げ、絵の具を混ぜるように繋げていく。

 まだ。まだまだ。集めて、(あつ)めて、小さな欠片を大きな星に。

 

 

 周囲に白い蛍火が浮かぶ。それは段々数を増やして、俺の体を目指して集まってくる。再定義し、広がった自己の内部。外界に流れる魔力が体内を駆け回る。

 

 

「痛っ...はぁ。急急...如律令」

 

 

 体一杯に溜まったそれを、零さないように細心の注意を払いながら、傷口から掬った血に濡れた指を振るう。魔力を得た血液で右足に紋を描く。円の中に込められた文様に治療の術式を込め、暴れる魔力を一気に押し流す。

 魔術回路を全開にしながら、歯を食いしばってナイフを抜いだだだだだだ!

 

 

「うっオ゛ェ゛え゛っ...」

 

 

 痛すぎて吐いた。ああ糞が...もうやだ帰りたい。刺さったナイフが手から滑り落ちる。術式は半端だが成功したようだ。今も流れ出る陰陽術がぷちぷちと音を立てて傷を塞いでいく。息を整え、治療の痛みに慣れた頃、コートの袖を風で裂き、即席の布を作り右股を縛る。これで出血を多少は抑えられるはずだ。

 気が遠くなるような時間、吐き気と意識を持っていかれる感覚と格闘し、やっと立ち上がれる位には回復した。

 

 

 早く教会に隠れねぇと。傷が開かないようにゆっくりと扉を目指す。一歩一歩が酷く短く感じられる。時間が何十倍にも圧縮されたみたいだ。貧血のせいで心臓はゆっくりだが、代わりに鈍い痛みと舌に纏わり付く鉄の味、加えて全身が気怠い。

 虫が進むより遅い速度で道を歩きやっと後半分のところまで来た。希望が見えてきた、その時。

 

 

「ギィッ...!」

 

 

 またぁ!?木陰から飛び出したアサシンにデジャブを感じながら、四度目の襲撃を受ける。

 しかしこれまでのような絶望感や恐怖は感じなかった。アサシンは俺を襲いに来たわけでは無いのか。アサシンは既に体を覆う襤褸を失い、矢が幾つも突き刺さる傷だらけの痩躯を顕にしている。加えて俺を視認したにも関わらず明らかに攻撃の様子が無い。

 いや、攻撃する余裕は無いんだろう。木陰からでた瞬間には既に矢はアサシンを射抜いている。加えて今も矢はアサシン目掛け飛び続けている。そう、つまり俺は動けないのだ。

 

 

「動いたら死ぬ動いたら死ぬ動いたら死ぬ...」

 

 

 ぼかばきゃぐしゃぁ。耳を疑う轟音、そしてそれを聞いた時には次の矢が来る。こんなのどうやって防げば良いのだ。うっかり射抜かれないよう冬眠する兎のように身を縮こませて嵐が過ぎるのを待つ。

 目を開けると、辺りは静まり返っていた。整えられた煉瓦の道は無残な状況に成り果て、アサシンは飛び出てきた方と逆側の森に逃げていったようだ。生きてるって素晴らしい.........。

 物音一つしないが、念の為視界を巡らせて確認。直様室内に滑り込み扉を閉める。しん、と静まったエントランスに誰も居ないことを何回も確認し、へたり込むようにドアに背中を預けた

 

 

「生きてる...あー...良かった」

 

 

 心の底から安堵が漏れる。安全になったと思ってしまえば、手の震えが止まらなかった。実は今まで夢を見ているのでは無いだろうか。いや、現在進行系でHPがレッドゲージなんで夢説は薄いだろうけど。何にせよアーチャーが追っている限りアサシンが自由になることは無いだろう。これまでとは違った、喜びの涙が溢れる。

 

 

 本当に生きてて良かった。アサシンにビルから突き落とされてアイキャンフライ(落下)して地面直撃。足を刺されてゲロ吐いてアーチャーの狙撃に巻き込まれかけ、逃げてまた吐いて、また狙撃されかけて今に至ると。

 クソ過ぎる。クソすぎるよ人生(二度目)。ああ、死にてぇー。いや、生きてる喜びを今知っているんだ、死にたくないのに軽い気持ちで死にたいなんて言う奴はビルから突き落とされて足を刺されてしまえばいい...。

 

 

 体力が戻ってくると、意識も冷静になってくる。室内からは聞こえないが、多分アサシンとアーチャーの戦闘は続いているだろう。このまま教会に立てこもるのも良いだろうが、サガラが帰ってくることを忘れてはならない。どれくらい時間が経ったかは分からないが、できるなら此処を去りたい。だが外にはアサシン。幾らアーチャーがいるとはいえ、安心はできない。

 

 

「命か聖杯か、比べる価値もねぇ。命を大事に連打連打」

 

 

 落ち着いたら喉が乾いてきたな、神父室から拝借するか。立ち上がると、丁度俺の前に礼拝堂へ続く扉があって、その上に天使の彫像が彫られているのが見えた。テレビで見たような、羽の生えた子供が笑っている彫像だ。

 

 

「そうだ」

 

 

 かつ、かつと。足取りは緩やかに、しかして真っ直ぐと前に。ドアノブを回せば、小さな音を立てて扉は来訪者を迎え入れる。 

 

 

 一言で言うと、綺麗な場所だった。

 両脇に収められた無数のステンドグラスから注がれる光が神秘的に部屋を包む。暗過ぎず明る過ぎず、何となく近寄り難い。神聖という言葉がぴたりと当てはまる。

 凍てついた時の中を、恐る恐る長椅子の間に足を伸ばすと自分でも驚く位に足音が響いた。また一つ、また一歩。不相応な異物を弾き出す拒絶感ようなものに後ろ髪を引かれるのを振り払って、無法者は領域を荒らす足音を重ねる。

 光の橋を渡り終えて部屋を横断した俺は後ろの床より一段高い、壇上へと上がった。

 

 

 唾を飲む音すら息が詰まる緊張を引き起こす。亀のように顔を上げて、正面に座す三面の巨大な極彩色を見た。

 態々此処に来たのは、神様という言葉が浮かんだからだった。昔サガラはよく神代や聖堂教会について話してくれて、その度に神なんて眉唾ものを信じるサガラを笑ったものだった。けれど、今だけは違った。本当に死ぬような思いをして、笑ってしまう位情けない姿を晒して、やっと命を繋いだからこそだ。

 神がいるなら、どんな顔なのだろう。そんな馬鹿みたいな疑問が浮かんだのは。

 

 

「結局。神様ってのはどんな奴なんだろうね」

 

 

 ステンドグラスに映るのは星座と太陽。それに天使だけだった。肝心の神が居ないのに、どうして作ったのだろう。いや理由はあるんだろうけどさ。ま、もうどうでもいいや。

 結局は時間を無駄にしただけだったな。溜息を一つ入れてから、振り返って部屋を出ようとした時、足元が赤く染まっていることに気づいた。

 まさか血が垂れたのか?いや違う。ステンドグラスからの光を浴びる乳白色の床に広がる赤黒い痕。いや...これは、

 

 

「魔法陣...?」

 

 

 そう、魔法陣だ。削れて消えた所もあるし赤黒い液体で描かれた円形のそれは殆どが掠れて色が薄まってしまっているけども、確かにこれは魔法陣だ。しかもこれ...英霊召喚用のじゃないか?

 

 

 何故教会に魔法陣が存在するのか、俺には分からない。分からない事は山積みだけど、何となく、感じた事がある。直感に従い、懐から木片を取り出す。

 もしもこれが英霊召喚の為の魔法陣で、まだ使えるのだとしたら...考えるな。もう関係のない事だ。だから──────

 そこからの思考は崩れた体勢を立て直すのに遮られた。教会が揺れるほどの大揺れが連続的に起こり、聴き慣れた轟音が鼓膜を叩く。しかもこれ、近づいてきてるぞ。

 

 

「隠れるか!?いやいやあれ相手だ。どうするどうするどうすりゃあ、いい!?」

 

 

 逃げる。隠れる。倉庫。アサシン。召喚。幾つもの選択肢が見えて、そのどれもがぼろぼろの吊橋に見える。

 一度刻まれた恐怖は何度でも焦りを呼び覚ます。狭まる視界と反対に、思考は段々クリアになる。

 

 

 

 

 

 何で...こんな事になってるんだよ。

 

 

 いや、仕方ないのだろう。誤魔化し続けて軋んだ心に罅が入る。もう限界なんだ。恐怖が消えて、焦りが消えた空っぽの心。中身が消えて、周りの顔が浮かんだ。

 そうだ。皆、どんな顔だったっけか。

 

 

「そうだ...元はと言えばアサシンが悪いんじゃねぇか。そうだサガラもだ。アサシンを仕向けたのだってあいつなのか。ああ、ババアもそうだ。子供が死にそうなんだぞ。あいつも、あいつも、あいつも!何処で何してんだよ!俺は今死にそうなんだよ分かるだろ。あん時手伝ってやっただろ今何処で何してる...俺が助けてやったのに、俺は助けてやったんだぞ!」

 

 

 そうだ。誰も俺を助けてくれない。誰も俺を見ない。俺はおまけか。俺はいらないのか。だからこんな事に?不当だ。不正だ。理不尽が過ぎるだろう。

 

 

「間違っている...こんなの間違ってる。努力した俺が死ぬのは間違ってる!」

 

 

 そうだ。間違ってる。こんな世界は間違ってる。俺が死ぬのは間違ってる。死ぬのはアサシンだ俺じゃない。そうだ、殺してやる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。殺す。間違ってる。間違ってる。死ね。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。間違ってる。誰か。間違ってる。間違ってる。

 木片を魔法陣に捧げる。その上に右手を掲げて、見上げた空にいない誰か()を見た。

 

 

 顕になる赫い(呪い)を掲げる。

 神様、もしもいるなら聞いてくれよ。

 もう失敗はうんざりだ。

 この先の運を全部使ったっていい。

 たった一度だけ。俺にチャンスをくれ。

 

 

「──────素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 

 目を見開く。窓も無いのに風が頬を撫でる。視界が赤い、いや、違う。

 

 

「降り立つ壁には風を!四方の門は閉じ、王国に至る三叉路は循環せよっ!

 

 

 閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。(満たせ 満たせ 満たせ 満たせ 満たせ)繰り返すつどに五度。

 

 

 ただ、満たされる(とき)を破却する!」

 

 

 止まるな。止めるな。魔力が死に体の体を抉る。一瞬意識がトンだ。諦めるんじゃない。まだ何も出来てないから。

 足りない。足りない。アサシンはすぐそこだ。俺はこんな所で終われない。

 

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、

 

 

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ!

 

 

 誓いを此処に。

 

 

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者!

 

 

 

 

 

  ──────汝三大の言霊を纏う七天、

 

 

 

 

 

 抑止の輪より来たれぇっ!天秤の守り手よ!!」

 

 

 

 

 

 硝子が砕け散る音がした。それっきり耳がイカれたみたいだ。さっきから何も聞こえない。

 飲み込まれるような紅を見た。世界を塗りつぶした極光のせいで視界は真っ暗。

 酷使した体から微かに伝わる床の冷ややかさが唯一自分を保つ手綱だ。それを失えば、俺はどうなってしまうのだろうか。

 貧血の二文字が浮かぶ。あんだけ失っちまえば仕方ない。眠い。疲れた。もう十分頑張ったよ。だから、もう──────

 

 

「まさか召喚された最初の仕事が死にかけの介護とは...英霊というのは、何が起こるか分からないな」

 

 

 誰だろう。俺の体を揺さぶったり叩いたりしている。痛いからやめてほしい。散々いたぶった後、そいつは俺を転がした。床の冷たさが心地良い。それに、とても、ねむ、くて、

 

 

「おい!死ぬんじゃない!ええい、当世ではこうして意識を戻すんだろうっ」

 

 

 むにっ、と何かが口を塞いで、空気が喉に流れ込む。何かヌルッとしてるし、視界がやけに白いし、何なんだ。

 

 

 ぼんやりと視界が戻ってきた。ドアップで広がるのは知らない男の顔。唇に触れるのはその知らない男のおんおんおぉぉん

 

 

「あぴゃぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 

 冷たい床をローリング!貞操の危機に封じられた力が開放され、真の姿が覚醒する!

 全く以て知らねぇ野郎だ。ゲームで中ボスが着るような黒い鎧を着ている。何処か刺々しい印象を受けるそれの上の整った顔は西洋風の若い出で立ちでむかつくレベルで整っている。次に目を引いたのは病人みたいに白い肌と金眼白髪。取り敢えず気になるのはなぜ鎧なのかだ。

熱いだろ。いやそれはいい。それはいいがっ!

 極小の確率に賭け、周囲を見渡してもこいつしかいない。その間困り顔の男は何事もないかのように宣った。

 

 

「おお良かった。流石に召喚されてすぐマスターが死ぬのは困る」

 

 

「ハァン!?何言ってんだこの変態コラァ!」

 

 

「いや、そう言われても俺は魔術なんて使えない。人工呼吸というのだろう?」

 

 

「知るか!てか誰だお前!」

 

 

 床を踏みつけて激昂する俺が可笑しかったのだろうか。吹き出して俯いた男は含み笑いを堪えた後、声を出して破顔する。礼拝堂に軽やかな男の笑い声が反響し、まだ安定しない脳にガンガン響く。

 普通にむかつく野郎だと思った。そんな俺の視線を打ち消すように、男は笑って、笑って、笑い尽くした。

 

 

 ふぅ、と息を正した男は居住まいを正し、俺の前に跪いた。

 そして、名乗る。

 その体に秘めた、己が名を。

 

 

「サーヴァント、『シールダー』。召喚に応じ参上した。貴方の剣となり盾となり、勝利を齎すことを約束しよう」

 

 

「ふっざけんじゃねぇぞ!俺まだ彼女すら.........サーヴァント?」

 

 

 男が顔を上げる。今度は鳩が豆鉄砲食らったようにきょとんとした顔だ。

 

 

「もしかして、知らないのか?」

 

 

「サーヴァントって、あれ、だろ?聖杯戦争で戦う、英雄の魂を使い魔にする...」

 

 

 なんだ、知ってるじゃないか。と男は、シールダーは呆れ顔だ。

 大丈夫か?だなんて呑気に聞いてくるシールダーの前で、頬を強く捻る。千切れる位、強く力を込めた。当然シールダーはぎょっとした目でこちらを見るし、いきなり奇行に出た俺を変な目で見る。そして二度ぎょっとした。

 

 

 ぼろぼろと、俺が泣いているからだ。

 

 

「は。はは。ははは!やったぞっ、やった!俺にもできたんだ!ああそうだできるじゃないか俺にだってさぁ!」

 

 

 泣きながら笑う。腹を抱えて、頬を濡らした。右足の激痛も全身の貧血だって最早掠り傷だった。残響が消えて落ち着いた礼拝堂の神聖な空気がもう一度馬鹿の喝采で掻き乱される。そろそろ神様も怒るんじゃないだろうか、いやだからどうした。笑わずにいられるか、堪えるなんてそれこそ馬鹿げている!

 

 

「はははっ!お前っ名前は!?」

 

 

「...シールダーだ。落ち着いたら病院に連れて行ってやろうか?」

 

 

「そうだったな!悪い悪い!」

 

 

「...ほんとにこいつがマスターなの?ちょっと待て今抑止力(アラヤ)に連絡を...クソッ切りやがった!」

 

 

 こ、こいつ....本当に使い魔?怒りのせいで涙が止んで落ち着いてくると、急に羞恥が込み上げてきた。さっきから自己紹介以外全て馬鹿にされたんだが。小馬鹿にしたような視線を向けるシールダーに向かって言う。

 

 

「おいお前」

 

 

「...なんだ?マスター」

 

 

「お前、ムカつくやつだな」

 

 

 分かりやすそうに顔を顰めて返事をしたシールダーは、それを聞いて小さく鼻で笑った。悪どく口を歪ませてべらべらと喋る。

 

 

「ああ、このシールダー。新しき主君に早くも似てしまったようだ。煩わしいなら令呪でも使ったらどうだ?そうすればこの口も閉じるだろうな」

 

 

 うぜぇ。遠回しに令呪を切らせようとしてきやがった。狡っこいことしやがって...。英霊ってもっとこう、格好良いイケメンが出てくると思っていたのに。寿司屋で本鮪を頼んだらビントロが来たような...。

 まぁ良いや。兎に角呼べたのだから。強引に自分を納得させてシールダーに手を伸ばす。

 

 

「愁利」

 

 

「ん?」

 

 

「秋近愁利。俺の名前。宜しく」

 

 

「そうか、マスター」

 

 

「...愁利!だ!」

 

 

「分かった愁利」

 

 

 空から溢れる光の下で、彼のぶ厚く、屈強な手と握手を交わす。こいつ、レスラーみてぇな手してやがる...あ、兄貴と互角だぞ。終始面倒くさそうな表情を浮かべるシールダーに戦慄していると、シールダーが俺の手を無造作に振り払った。

 文句を言おうとした口が広い背中で閉じられる。俺を通り越して前に立ったシールダーは口調を強くして言う。

 

 

「マスター、死にたくなければ動くなよ」

 

 

 意思の籠もった声で告げ、一瞬でシールダーの右手に身の丈もある大剣が、左手にそれ以上の大盾が現れた。それだけで部屋の空気が殺気立つ。そして思考に再び現れる、白髏の暗殺者。

 

 

 そして、耳障りな音と共に壁面の硝子が砕け散る。鮮やかな光の滝の中で唯一色を失った存在、アサシンが長椅子を吹き飛ばして着地する。

 随分とアーチャーにしてやられたらしく息は絶え絶えで全身に裂傷が出来ている。こちらが敵を視認したと同時に、アサシンもこちらを見つけたらしく唸り声を上げてその場を跳ねた。

 

 

 壁を、床を、天井をゴムボールのようにアサシンが跳ねる。影すら残さない速さで縦横無尽に暗殺者は駆ける。だが、シールダーは動じなかった。俺には彼が、笑っているようにも見えた。

 

 

「見た通りアサシンのようだ。マスターを傷つけたのはあいつで間違いないな?」

 

 

「...ああ、そしたらアーチャーが来て...」

 

 

「成程。文字通り、格好の的にされたわけだ」

 

 

 腰を落とし、獲物を構えてシールダーは構える。その背中は、巨大な岩が聳えているようだ

。アサシンを見据え、シールダーは不動。こちらに視線を向けず、ただ言葉のみで闘志を表す。

 それは先程の偏屈で意地の悪い男ではなかった。敵を討ち滅ぼす、獣のような覇気を感じさせる。騎士だ。

 

 

「アサシン。俺のマスターが随分と世話になったようだ。次いでに、俺の手柄になってもらうぞ!」

 

 

 シールダーの気迫に、アサシンは吠えた。獣の咆哮と共にステンドグラスが一斉に砕け散る

。一瞬の間閉ざされた視界に見える、零れ落ちていく硝子とナイフ。その合間を縫って跳び、弾丸のように真っ直ぐに突っ込んできたアサシンが、シールダーの目の前で消え失せる。

 

 

 次に見えたのは、シールダーの大鎧で。突風が髪と服を後ろに追い遣り、果物が潰れるような瑞々しい音が聞こえた。疾過ぎる。危険を感じる余地も無い。あのアーチャーの矢に準じるほどの速度。どう云う理由で、目の前で潰れかけているアサシンが俺の後ろに来たのかは分からない

。俺に分かるのは背後から襲いかかってきたアサシンをシールダーがその小山のような大盾で殴り飛ばしたことと、そのせいで壁が漫画で見るみたいに円錐に砕けていること。

 呆けている俺を一瞥したシールダーは直ぐにアサシンに視線を戻す。獣のような気迫そのままに、そこに転がる瓦礫を掴み、影のようなものがそれを覆って、投げた。

 

 

 壁を貫通した。嘘だろ。アサシンはその場から逃げたらしく既に俺が影も追えない速度で部屋を駆ける音が微かに聞こえる。舌打ちしたシールダーは長椅子を一つ持ち上げて、また影が覆って、宙に投げたそれを大剣の腹で叩き、粉々になった破片が部屋中に飛び散る。

 そして、爆ぜた。

 

 

「ギァァァァ!」

 

 

 黒煙を吹き出して床に墜ちたアサシンはもう限界だ。右足に喰らったらしく太腿から千切れてしまっている。もう死に体だ。殺される恐怖が少し和らぎ、安堵に変わる。加えて自分を襲っていた悪魔と自分がこうして逆の立場に立っている事に優越すら感じた。

 後はその大剣で思い切り叩き切るだけ。そう思っても、シールダーは動かない。

 

 

「...おい、おい!何で殺さねぇんだよ!敵だぞ敵!しかもっ...」

 

 

 遮るようにシールダーが俺の前に立つ。獲物を構え直したシールダーは小声でそっと呟く。

 

 

「狩りで気をつけるのは天候とトラブル、そして止めだ。生き物は死にかけてから文字通り命がけに成る。仕留める瞬間が一番しくじりやすい」

 

 

 俺は言葉に詰まった。英霊であるシールダーの言葉は相応の重みを持つし、何よりアサシンに刻まれた恐怖がそれに納得している。固唾を呑んでゆっくりとアサシンから後退る。光に当たって顕になるアサシンは片手片足を失い、その仮面は半分砕け、腰蓑を覗いてその体は全て曝け出されている。腰蓑に隠されていないならば、凶器は見当たらない。

 

 

「っ!」

 

 

 アサシンがまた消えた。手品のように影すら残さず。今度は後ろを警戒し、シールダーに飛び掛かるが、予期した凶刃は届かず、代わりに見えたのは飛び去る影。

 

 

「あ」

 

 

 蘇る過去の記憶。あの時と違うのは、襤褸を纏っていないこと。

 それと、

 右腕が、柘榴のように赤い。

 

 

「っつ!死ねぇっ!!」

 

 

 初めてシールダーが焦った。見るからに鈍重そうなその鎧を物ともせず宙に飛ぶ。俺に小石がザクザク刺さるが。

 振り上げた大剣が月光を浴びた。英霊の力が荒れ狂い、空気を裂き壊して今にもその首に刃が届く。だが、それでも、振り返ったアサシンは怯えない。遠目でも判る程残虐に。それを見た瞬間に背筋が凍りつくような悪寒が走る。不味い。言いようもないこの恐怖。

 だが奴に何ができる?武器ももう無い。だが見上げるアサシンは笑い、嗤い、口を開いた。

 

 

 「『ザばーニ」

 

 

 「させるぁぁぁ!!」

 

 

 乾いた音を立ててアサシンが爆ぜる。光を浴びて真紅に染まる剣。

 勝った。喜びが溢れるはずだ。熱狂があるはずだ。

 なのに何故、シールダーはあんなにも泣きそうなんだろう。

 

 

「あえ...?」

 

 

 シールダーと建物がぐるっと回る。喉が苦辛い。鉄臭い。何だこれ。

 

 

 「マスター。マスター!何故だ、詠唱は止めた筈だ!マスターに魔術を掛けられていない!なのに...いや、詠唱がキーではなかった?必要なのはそうか。握り潰す心臓と腕か!!」

 

 

 シールダーが顔を歪ませて俺を見ている。うざったいあの男と別人みたいだ。猛烈な吐き気に耐え切れず体を丸めて吐瀉物を撒き散らす。赤い。ああ、そういうことかよ。

 

 

「そうだ令呪を使え!右手に祈るんだ。自分を助けろと!」

 

 

「れい、呪をも、て、命じ...」

 

 

「そうだ頑張れ!こんな所で死ぬお前じゃないだろう!」

 

 

「助...げでっ...」

 

 

 霞んだ眼に映る、赫の輝き。

 手が悴む。自分が消える。消えてしまう。聞こえる声が遠ざかる。溢れる何かが止まった気がする。でも、足りない。足りない。足りない。そっと、上に手を伸ばす。本当は下に向かって伸ばしているかもしれないけど、兎に角上に伸ばした。

 温かい。その温もりを離したくて、思わず、術式を使っていた。大嫌いな自分が消える感覚。

 まぁ、何時も、どう、りだよ...............。




<<<Tips<<<
登場人物:シールダー
真名◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
性別 男
身長 185cm
体重 78kg
出典???
地域イギリス
属性秩序 中庸 人
基本スキル
対魔力(A)
騎乗(C)
直感(C)

第七次聖杯戦争にて秋近愁利によって召喚されたシールダークラスのサーヴァント。漆黒のタワーシールドと全身鎧で身を固めた完全なる暗黒騎士。怠惰で何事にもやる気を出さず、マスターである愁利に対しても皮肉な言動が目立つ。





※この小説はBL要素はありません。健全で健康的で全年齢対象です。
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