過保護なしぽりん(39)   作:佐倉もち

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しぽりん(39)暴走する

「この子は……、置いていこうかな」

 

私は今日この家を出て、遠く茨城の大洗へ行く。

といっても、普段から黒森峰の学園艦で暮らしていたのだから大して変わりはない。

この家にいることだって長期休みで帰ってきたときくらいだったのだし。

 

それでも、熊本が寄港地である黒森峰から、大洗女子へ行くというのは、なんだかすごく遠くへ行くような気分だ。

もう、私はこの家に帰ってくることもないんじゃないかと錯覚するくらいに。

 

別に、私はこの家が嫌いなわけではない。

小さい頃からずっと暮らしてきた家だ。私の家というのはここ以外に存在しない。

 

ただ、最近はちょっと居心地が悪く感じるようになってしまっただけだ。

 

だから、私は帰ってくる場所の証として、このボコたちを置いていくことにした。

この子達が私の部屋を守ってくれていれば、私はいつでもこの家に帰ってこられるような気がするから。

 

次に帰ってくるのは、いつになるのだろう。

夏休み?冬休み?それとももっとさきだろうか。

 

戦車道の家に生まれ、戦車道しかしてこなかったこの私が、戦車道をやめるのだ。

お母さんも、お姉ちゃんも、私のことを良くは思っていないに違いない。

今は少しだけ喧嘩みたいになってしまっているけれど、いつか落ち着いて、仲直りができたときには、またこの家でみんなでごはんが食べられたらいいなと思う。

 

「……みほ」

「あ、お姉ちゃん」

 

私が振り向くと、お姉ちゃんは私の部屋の入口で静かに立っていた。

いつもの黒森峰の制服でも、パンツァージャケットでもなく、ゆったりとしたトレーナー姿だ。

私はこの服は見たことがなかった。

最近買ったのだろうか?

 

もしかしたら、学校のお友達と買い物に行ったりしたのかもしれない。

昔はいろんなことを話したり、一緒に買物に行ったりしていたのに、今ではお姉ちゃんが普段どこで買い物をしているのかすらも知らない。

 

「もうそろそろ、出発だろう?」

「うん……」

「そうか……」

 

お姉ちゃんはそれだけ言うと、静かに目を伏せた。

今、お姉ちゃんは何を思っているのだろう。

 

私が転校して、寂しいと思ってくれるかな?

 

そんな自分勝手な思いが浮かんでくる。

お姉ちゃんなら「戦力が減る」とか、「新しい編成を考える必要がある」とか、またきっと黒森峰のためにあれこれ考えているのだろう。

私は邪魔してばっかりだったし、それほど戦力になれていなかったけど。

 

ああ、でも「これで邪魔な隊員がひとり減った」なんて思われていたら嫌だな……。

 

「駅まで送ろうか?」

「え?もしかして、Ⅱ号で?」

「ああ」

 

Ⅱ号線車。

ドイツの初期の戦車で、ちっちゃくて可愛らしい戦車だ。

なぜか、小さい頃から家の庭に置いてあって、よくお姉ちゃんの操縦で色んな所に遊びに行った。

 

私の、一番大好きな戦車だ。

 

「えっと……、ありがとう。けど、お母さんがタクシーを呼んでくれてて……」

「……そうか」

「うん……」

 

最近、一緒にⅡ号に乗ることもなかった。

お姉ちゃんと久しぶりにⅡ号にのれるというの魅力的だったけれど、もうすぐタクシーもつく時間だし、今更キャンセルはできない。

 

「じゃあ、気をつけて」

「わかった、ありがと」

 

別れの言葉にしてはあっさりとしたやり取りだった。

お姉ちゃんはそれだけ言うと、静かに自分の部屋へと帰っていった。

 

お姉ちゃんが来る前と、この部屋は何も変わっていないはずなのに、急に部屋の中が寒々しくて、ぜんぜん違う部屋に来たみたいだ。

 

「やっぱり、送ってもらえばよかったかな?」

 

いまさらそんな事を言ってもどうにもならないけれど、口からその言葉が出ることを止めることはできなかった。

 

言ってみると、急に寂しくなって、お腹の中が寒くなるような気がした。

 

「いってきます」

 

この部屋を守ってくれるボコたちに別れを告げて、私は静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

「みほ、はやくなさい」

「……はい」

 

私がカバンを持って玄関へ行くと、そこにはすでにお母さんが待っていた。

お母さんはいつもと同じ黒いスーツに身を包み、背筋を伸ばして私を見下ろしていた。

今日もこれから仕事なのだろうか?

土曜日だというのに……。

 

私が普段は学園艦で暮らしているというのもあるのだが、お母さんが家でゆっくりしているところはあまり見ない。

とくに、私が帰ってきた春休みの間はいつも忙しげにどこかに飛び回っている。

この数日間、お母さんと一緒に食事を摂る機会はついぞ訪れなかった。

 

それが私にはいいことなのか悪いことなのかはわからない。

きっと、いまお母さんとともに食事をしたとしても、気まずさのせいで半分も喉を通らないだろう。

それに、味も何もわからないに違いない。

 

結局、深夜にお腹が減って、人目を盗んでコンビニに行く羽目になるのだ。

 

「しばらくはもどってこられないんです。忘れ物はない?」

「えっと、多分大丈夫。必要なものは黒森峰から直接送ったし……」

 

私が手に持っているのは少し大きめのカバンひとつだけ。

お財布とか携帯と、普段使うものと少しばかりの着替えが入っている。

あとは、全部宅配便で送ってしまっている。

 

「そう、タクシーはもう来ているわ」

 

お母さんはそう言って、玄関を出ていった。

一応、私を見送ってくれるようだ。

てっきり、部屋からも出てこないものかと思っていた。

 

家の門をくぐると、一台のタクシーが停まっていた。

後部座席のドアはすでに開いており、私が乗るのを待っていた。

私にはそれがシンデレラの馬車なんかには見えず、どこかに羊を売り飛ばすための荷車のように感じた。

 

売り飛ばされる、というのはいささか語弊があるけれど、私の気分的には大して変わりないはずだ。

 

私は、お母さんになんと言って乗り込めばいいのだろうか。

 

「いってきます」「またね」「ばいばい」

それとも、「さようなら」だろうか?

 

私には気の利いた言葉が思いつかず、そもままうつむいて無言のままタクシーに乗り込む他なかった。

かろうじて、運転手のおじさんには「よろしくおねがいします」と声をかけたのが、私の小さな頑張りだった。

 

「詰めなさい」

「え?あっ……、ごめんなさい。……え?」

「カバン、後ろに積めばよかったのに。邪魔でしょう?」

「え?あ、ごめん……なさい」

 

このまま無言でお別れかと思っていたお母さんが、後部座席の私の横へと乗り込んだ。

どういうことかわからないまま、私は「ごめんなさい」としか繰り返すことができなかった。

 

混乱する私を一人置き去りにして、お母さんは「駅まで」と運転手さんに告げる。

そうして、運転手さんにシートベルトを締めるようにと言われるまでカバンを胸に抱いたまま固まっていた。

 

「貸しなさい」

「あ、うん……」

 

私がカバンを抱えたままシートベルトを締めるのに苦戦していると、お母さんが私のカバンを取り上げた。

そしてそのまま、私のカバンを自分の膝の上へと置いた。

 

私は慌ててシートベルトをしめ、お母さんにお礼を言い、カバンを返してもらおうとしたのだけれど「構いません」と言われ、結局そのままずっとお母さんの膝の上に置かれたままになった。

 

車がいくつかの信号を超えて行くうちに、私もようやく落ち着いてきた。

そうして、今の状況をゆっくり考える事ができるゆとりが出てきた。

なんてことはない、お母さんも仕事か何かで駅に行くのだろう。

丁度いいからと、タクシーに乗り込んだ。

ただそれだけのことだ。

 

「駅からはバスで空港まで、でしたね?」

「あ、うん。そこから飛行機」

「そう……、やっぱり、遠いわね」

 

お母さんはそう言って窓の外を眺めた。

両手は、私のバッグの上に添えられたままだ。

 

「しばらく、この田舎の風景を見ることもないのかしら」

 

窓の外に広がるのは、田んぼに畑。

まさしく田舎という言葉がふさわしい風景だ。

 

そんな環境だからこそ、子供が戦車に乗って遊び回ることもできたのだけれど。

 

「私は、ずっと黒森峰の学園艦だったから……」

「そうね。けれど、私はもうこれに慣れてしまったから」

 

私が顔を上げると、そこには少し寂しそうなお母さんの横顔があった。

私が遠くに行くことを、少しでも寂しく思ってくれているのだろうか?

そんなことを思うと、たしかに私の胸の中には嬉しいという気持ちがあることに気づいた。

 

そして、これは好機であるとも。

 

今なら、お母さんときちんと話ができるかもしれない。

こんなふうなケンカ別れじゃなく、きちんと「またね」といって旅立つことができるかもしれない。

そうすれば、丸一日かかるこの大洗への旅路も、陰鬱な思いをしながら過ごすこともなくなるだろう。

 

「あのね、お母さん」

「なにかしら?」

 

お母さんは表情も姿勢も変えず、声だけで私の話を聞く姿勢を示した。

 

「えっと……、夏休みには、また帰ってきてもいいかな?」

 

そしてそのときは、お姉ちゃんとお父さんも含めて、家族みんなで仲良くご飯が食べたい。

私のほんのささやかな願いだ。

 

「ええ……、私もその頃には一度帰るつもりですし」

「……えっ?」

 

帰るつもり?

もしかして、お母さんもこのままどこか遠くに行くつもりなのだろうか?

そんな話は、聞いていなかった。

いや、そもそも、あの転校を決めた日以来、私はお母さんとまともに話して来なかった。

 

「お母さんも、どこかに行くの?」

「……みほ、あなた何を言っているの?」

 

タクシーに乗ってから、初めてお母さんが私の顔を見た。

その顔は、なにかおかしなものでも見るように、怪訝そうに眉が寄っている。

 

「え?だって、今……」

 

次のお母さんの言葉を聞いて、私はタクシーを揺らすほどの驚きの声を上げることになった。

 

「私も、あなたと一緒に大洗に行くのよ?言ってあったでしょう」

 

「言ってないよっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

「ん?みほからメール?」

 

私の携帯がなることはあまり多くない。

学校の友人達はそれほど頻繁にメールを送り合うような性格ではない。

用事があれば、直接私のもとを訪ねるか、手っ取り早く電話をかけてくるのがほとんどだ。

 

たまに隊に関する連絡がメールの一斉通信で送られてくるか、あとはエリカがとりとめのない話題を送ってくるか。

それくらいしか、私の携帯に活躍の場はなかった。

 

そして、みほからメールが来るのもだいぶ久しぶりのことだった。

タイトルには何も書かれておらず、無機質に【無題】とだけ表示されている。

 

さっきお母様と一緒に家を出たばかりのみほからのメールだ。

なにか嫌な予感がする。

 

私は少しだけ心を落ち着かせて、覚悟を決めると、そのメールを開いた。

 

「えっと……、『お姉ちゃんおかあさんがくるのしってたの!?』。……なんだこれは?」

 

みほからのメールは、漢字に変換されていない部分も多く、少し読みにくかった。

しかし、最近の女子高生はあえてひらがなを使うこともあると聞く。

『ティーガー』よりも『てぃーがあ』の方が可愛いんだとか。

 

私にはよくわからなかったけれど、選挙のポスターが所々ひらがなで表記され、親しみやすく作られているようなものかと納得した覚えがある。

だが、それとも違う。

なにか焦ってメールを打ったのだろうか?

 

だとしたら、みほはなぜそんなにもお母様と一緒の車に乗ることに驚いているのだろうか?

別に、駅まで同じタクシーに乗るくらい……。

 

そこまで考えて、私には嫌な考えが頭に浮かんでしまった。

 

みほは、それほどまでにお母様と一緒にいたくないのだろうか。

一瞬たりとも、同じ空気を吸いたくないほどに。

 

私は胃の中にじゃりじゃりと7.92㎜の機関銃の弾が入っていくような気がした。

それほどにみほとお母様との中は、険悪で、断絶したものになってしまったのか。

 

そしておそらく、みほは私のことも嫌っているに違いない。

だから、駅まで戦車で送ろうとしたときもにべもなく断られた。

そして、こうして私に恨み言のメールまで送ってきた。

 

『すまない。そのことは私も知らなかったんだ。』

 

そんな言い訳みたいな文面を作ってみる。

なんだか、私がお母様を切り捨てて、一人だけみほにすり寄ろうとするみたいだ。

嫌気が差した私は途中でその文面を削除して、別の言葉を打ち込んだ。

 

『お母様もみほとの時間を少しでも過ごしたいと思ってのことだと思う。できれば、私もついていきたかったんだ。』

 

素直な気持ちを書くことにした。

私は決してみほのことを嫌ってなどいない。

みほのことを思っている。

 

だからこそ、黒森峰の戦車道をやめることだって勧めた。

みほにはあの学校の戦車道は似合わないと思ったかからだ。

 

メールを送信したあと、1分も立たずに返信が来た。

 

『絶対来ちゃだめだよ!!』

 

私は手から力が抜け、携帯を床に落としていた。

落ちた携帯からは大きな音がした。

 

どこか壊れたかもしれない。

けれど、そんなことはどうでもいい。

 

どうせ誰からも連絡なんてこない。

 

それよりも、私の中のなにか大切なものが壊れてしまったような気がする。

 

みほに嫌われた。

 

拒絶された。

 

嫌だ。

 

知らずに涙が溢れて、視界が揺れた。

 

学園鑑に帰ろう。

 

あそこには私の居場所がある。

 

戦車に乗ってさえいれば、この陰鬱とした気分も少しは晴れるかもしれない。

 

そうだ、もう私には戦車しかない。

 

「全部、倒そう」

 

そうすれば少しは気が晴れるかもしれない。

 

私は携帯を床に捨てたまま、カバンを手にとって家を飛び出した。

一秒でも早く、ティーガーに乗るために。

 

 

 

 

 

 

 

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