「みほ。こっちもあなたの荷物みたい」
「わかった。あ、カッター借りていいかな?」
私はみほにダンボールを開けるためにカッターを手渡した。
こうして二人で何かをするというのは、すごく久しぶりのような気がしてならない。
いや、実際に久しぶりなのだろう。
私はこれまで、まほとみほには私と同じ道を歩んでほしいと思っていた。
そのために私ができることは何でもやってきた。
彼女たちがいつでも戦車に乗れるよう、庭にⅡ号を置いた。
小さい頃から、戦車道を習わせた。
高校だって、私と同じところに入学させた。
そして、その全てがみほを不幸にしていたと知った。
「痛っ」
「どうしたの?」
「大丈夫、ちょっとダンボールの端で……」
みほの指先には薄っすらと赤い筋ができていて、深くはないけれどなんとも痛そうだった。
「少し出てきます」
「え?まだ荷物も途中じゃ……」
「鍵はもっていくわ」
私は絆創膏を買うために、財布だけ持って家を飛び出した。
まだ荷解きも始めたばかりで、どこに救急ポーチがあるのかわからない。
であれば、買ってきてしまったほうが早いと判断したからだ。
学園艦に乗るのは、何年ぶりだろうか。
高校生以来だから、約20年ぶりくらいか。
まほはあの頃の私とそっくりに育っている。
戦車の乗り方まで瓜二つだ。
まほに関しては何も心配していない。
彼女からも、この道が自分に合っていると言ってもらえたし、来年はドイツに留学したいと相談も受けている。
戦車道が彼女の糧になってくれていると、確信が持てる。
けれど、みほは違った。
あの子は優しすぎる。
『撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし』
西住流では、みほの優しさが、みほ自身を傷つけてしまうだろう。
だから、私はみほを戦車道から引き離すことにした。
そして西住流の枷から解き放つために、西住流を名乗ることすら禁じた。
みほもはじめは驚いていたけれど、戦車に乗らなくても良いと言ってからは明らかに肩の荷が下りたような表情をしていた。
きっとこれで良かったんだと思う。
「いらっしゃーい」
コンビニはすぐに見つかった。
サークルKという、あまり見ないコンビニだった。
私はまっすぐに衛生用品の棚に向かい、絆創膏やらガーゼやらをカゴの中に放り込んでいく。
「……こっちのほうがいいかしら?」
絆創膏の中に、他よりも値の張る商品があった。
傷跡が残らず、きれいに治るらしい。
とりあえず、その絆創膏もいくつか放り込んでおく。
ついでに、必要なものもいくつか買っていくことにする。
ガスや水道はここに到着すると同時に、開栓してもらい、家具や家電も購入したものが事前に送った荷物と一緒に届いている。
けれど、細々とした日用品はこちらで買おうと思っていたため、まだ揃ってはいなかった。
コンビニの店に並ぶそれらは、いくらかは割高になっているけれど、後でもう一度買い出しに行くくらいならここで買ってしまったほうが楽だ。
そう決めて、これらもまた適当にカゴの中に放り込む。
コンビニでこれだけ買い込むことなんてそうはない。
普段は眠気覚ましに缶コーヒーやタブレットくらいしか買うものもないし。
あっという間に、かごはずっしりとした重さになってきた。
まあ、88㎜の徹甲弾に比べれば、まだまだこんなもの重いうちに入らない。
ドリンクのコーナーで自分の缶コーヒーも一つかごに入れた。
機械で淹れた紙コップのコーヒーも売ってはいるけれど、なんとなく好かなくて私はいつも飲み慣れた缶コーヒーを買ってしまう。
「……みほは、どんな物がいいのかしら?」
昔はとにかく甘いものが好きだった。
それも、華やかなものを特に好んでいた。
いちごみるくとか、マカロンとか。
ケーキだって、フルーツがどっさり乗ったものを一番に指差して、「これがいい!」と飛び跳ねていた。
まほも、そういうものが好きなことは知っていたけれど、いつも一番にみほに選ばせてあげていた。
あの子達は、今でもそういうものが好きなのだろうか?
悩んだ挙げ句、パックのいちご牛乳と、水やお茶も買うことにする。
ついでに、食べながら作業ができるように、甘いものをたくさん。
私がこんなに食べたら、きっとすぐにお腹の回りに肉がつくことだろう。
ただでさえ、これからは仕事で外に出ることも少なくなるのだし。
「袋、いりますよね?」
「……お願いします」
カゴいっぱいに商品をいれた私に、店員の子も若干ひき気味だった。
この子も学生だろうか?
みほも戦車道がなければ、相当に時間が余るはず。
アルバイトなんかをしたいと言い出すかもしれない。
それとも、何か他の部活動でも始めるのだろうか?
あの子は運動神経が良いから、どんな部活動でも活躍するに違いない。
「ありがとーございましたー」
背中越しに元気のいい声を聞きながら、私は大きな袋を手に持って家への道を急いだ。
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「ええっ、どうしたの?これ」
「適当に必要そうなものを買ってきただけです。ほら、これ」
急に家を飛び出したお母さんは、少しして大きなコンビニの袋を2つ、両手に下げて帰ってきた。
そして、テーブルの上に買ってきたものを並べ、その中から私に小さな箱に入った絆創膏をくれた。
普通の絆創膏じゃなくて、ちょっと高いやつ。
箱の中には4枚しか入っていない。
別に、こんないいヤツじゃなくて普通のでいいのに。
というか、ちょっとダンボールの端で切ったくらい、放っておいてもすぐに治る。
「大丈夫だよ、ほら、もう血も出てないし」
「……貸しなさい」
お母さんはそう言って私から箱をさっと奪い取り、絆創膏を取り出すと、台紙を剥がして私の指に巻き付けた。
大きいやつを指先に貼るものだから、何度もぐるぐると巻きつけることになり、大怪我をしたみたいになってしまった。
そして、お母さんは満足気に残ったゴミを自分のポケットにいれると、さっさと元の開封作業に戻っていった。
人差し指にはられた大げさな絆創膏。
これを見ていると、なんだかとても懐かしい気持ちになってくる。
そういえば、お母さんとこうして手を触れるのなんていつぶりだろうか。
「そこのお菓子は適宜食べて構いません。飲み物ものみなさい」
「えぇ……、こんなにたくさん?」
テーブルの上にはまだ、飲み物やお菓子がどっさり積まれている。
もう一つのビニールには、洗剤とか、日用品が入っていた。
「お母さんは、どれ食べるの?」
私はなんとなく聞いてみただけだった。
その質問に、お母さんは荷解きの手を止めて不思議そうに私を見た。
「私は大丈夫。みほが食べたいものを食べなさい」
「これ、私一人で食べるのっ!?」
4、5人でパーティーできそうな量のお菓子を私一人で食べるのは、少々無理がある。
というか、こんなに食べたら絶対にお肌とかお腹とかが大変なことになるに決まっている。
ただでさえ、戦車に乗ることもなくなるというのに。
恐る恐るそのお菓子を手に取ると山の下の方に小さなめな可愛らしい袋があるのに気づいた。
中には、ピンクと茶色の可愛らしいマカロンが2つ並んで入っていた。
「ねえ、お母さんもこれ食べない?」
「……それ、みほの好きなやつじゃなかったかしら?」
私が子供の頃、ケーキ屋さんで「あれが良い!」と駄々をこねて、初めて買ってもらったマカロン。
可愛いし、美味しいし、なんて食べ物なんだと衝撃を受けたのを覚えている。
あまりの美味しさに、みんなにも食べてほしくて、お姉ちゃんやお母さんの口に突っ込んで回った。
そして気がつくと、いつの間にか箱は空になってしまっていて、悲しくて泣き出してしまった。
お姉ちゃんが必死に食べてしまったことを謝って私をなだめてくれたけど、食べてほしくて配って回ったのは私だ。
そのせいでお姉ちゃんが申し訳無さそうにしているのを見て、余計私は涙が止まらなくなってしまった。
結果、お母さんがすぐに新しいのを買って来てくれた。
そして、今度は二人が私の口にマカロンを突っ込んで、泣き止ませてくれた。
そんなドタバタな初マカロンだったけれど、それ以来私の好物になっている。
「2つあるんだから、1個お母さんの」
「……また、泣いたりしないでしょうね?」
「……覚えてたんだ」
私がそう言うと、かすかにお母さんが笑ったような気がした。
気のせいかとも思うほど、かすかに、一瞬だけだったけれど。
「どっちをくれるの?」
「えっと……、じゃあピンクの方かな。お母さんっぽいし」
「ピンク?茶色い方ではなくて?」
お母さんは意外そうな顔をした。
そんなに不思議だろうか?
私の中では、お母さんはピンクっ!って感じなんだけど……。
「じゃあ、いただくわ」
「はい、どうぞ」
私が包を開けて、お母さんに差し出す。
そして、一つずつ手にとって、ほとんど同時にかじりついた。
「美味しいっ」
「美味しい……」
そして、今度は同時に言った。
そして二人して顔を見合わせると、今度は間違いなくお母さんが微笑んだ。
私もなんだか嬉しくなって、くちのところがへにゃってなってしまう。
「さあ、急ぎましょう。夕飯は外で食べることになると思うけど、それまでには片付けるわよ」
「うん。私はあと少しだから」
「じゃあ、それが終わったら、キッチンの棚の組み立て、できるかしら?」
「わかった、あのでっかい箱だよね」
その後は二人して部屋の片付けを頑張った。
ちょこちょこ手を止めては、お菓子の袋を適当に開けて、二人でつまみながら。
お母さんがいちご牛乳を飲んでいるのを見て、やっぱりピンクに合うな-と思ったり、お母さんの荷物の中にパソコンとか、タブレットとかが入っていて意外に思ったり。
はじめはお母さんと一緒に大洗に行くのは不安で仕方なかったけれど、こうして戦車道抜きで過ごす二人の時間は、思ったよりも普通に過ぎていった。
あれから、お姉ちゃんからメールの返信は来ないけれど、落ち着いたらお姉ちゃんともこうして仲良く、普通に過ごせるに違いない。
また、こうして家族で一緒に穏やかに過ごせるのも、そう遠くはないかもしれない。
「お母さん、これ、美味しいよ」
「ん、本当ね、また買ってきましょう」
きっと、このあとご飯を食べに行っても、ふたりともお腹いっぱいであんまり食べられないに違いない。
けど、そんな事も含めて、私の大洗での日々は楽しく穏やかに始まった。