過保護なしぽりん(39)   作:佐倉もち

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しぽりん(39)激怒する

大洗女子学園戦車道隊。

 

彼女たちの記憶は、たしかに私の中に残っている。

戦車道の大家である西住の家に生まれた私から見れば、彼女たちは決して強くはなかったし、才能と呼べるものも感じることはできなかった。

 

どちらかといえば普通の女子高生たちで、学校帰りにショッピングモールで買い物でもしている方が、よっぽど様になっていただろう。

 

けれど、彼女たちの乗る戦車は、今でも私の記憶に強く残っている。

 

大砲が大きいわけではない。

装甲が堅いわけでもない。

車両もバラバラで、足並みすら揃っているように見えなかった。

 

まるで、西住流の対極にいるような戦車たち。

 

踊るように走り、笑うように砲音をあげる戦車たち。

こちらの装甲なんて抜けやしないのに、砲弾をぶち当てて愉快げに逃げていくさまは、戦車が生きているんじゃないかと錯覚したほどだ。

 

なんというか、彼女たちは心から戦車を楽しんでいた。

 

そして、もう一つ記憶に残っている姿は、あの夏の日の彼女たち。

あの日をさかいに、大洗女子戦車道隊はその歴史に幕を閉じた。

あのときに見た彼女たちの、泣き顔が、笑顔が、私には忘れることができない。

 

あれから20年たった今、この学園鑑からは戦車の気配は感じない。

 

それが、今年の春にその歴史を再開させようとしているらしい。

 

戦車道に携わるものとして、私はそれを喜ぶべきだと思う。

戦車道の競技人口が増え、プロリーグに向けて若手を育てる土壌が豊かになる。

なによりも、あの子達の意思を受け継ぐ後輩ができる。

 

けれど、今の私は戦車道の大家、西住流の師範西住しほではない。

 

西住みほの母なのだ。

 

「……なんと、不躾な」

 

みほは戦車道がないからこの学校に転向してきたのだ。

それを、「復活させる事になったから、お前も戦車道を履修しろ」だなどと。

 

みほは、上級生に対しても、勇気を出して反論をしたらしい。

しかし、生徒会の者たちはそれを、恫喝し、脅し、一方的に言うだけ言って去っていったという。

 

そんな者たちが、あの子たちが大事にしていた戦車に乗る?

大洗の戦車道の名を背負う?

想像しただけでも……。

 

「虫酸が走る」

 

私は吐き捨てた言葉の代わりに、グラスの酒を飲み干した。

ここに来てからというもの、仕事の付き合い以外ではお酒をのむことはなかった。

家ではみほがいる。

一人で飲むよりは、あの子と会話をしたかったからだ。

 

けれど、今日ばかりは飲まなければやっていられない。

みほはひとまず落ち着きはしたが、今は疲れ切って眠っている。

静かな家に一人で過ごすには、こういった手段しか私は知らない。

 

母として、大人として。

戦車道を導くものとして。

私にできることはなんだろうか。

 

ぐるぐると考えるうちに、夜は更けていった。

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

『わ、たしは……、戦車には乗りません』

 

私にしては、勇気を振り絞ったほうだと思う。

この学校でも戦車道が始まると聞いて、はじめは確かに呆然とした。

絶望したって言い方でもいいと思う。

あの人の言葉は、私にとってそれくらいの衝撃だった。

 

けれど、一瞬真っ白になった私の頭の中に浮かんできたのは、「どうしよう、お母さんに怒られる……」だった。

せっかく戦車道から離れて、お母さんとは仲直りができたと思ったのに、ここで私が戦車に乗ったら、また前の冷え切った状態になってしまうのではないか。

 

それだけは嫌だ。

 

そう思うと、自然と声が出ていた。

 

『私は、戦車道がないからこの学校に来たんです』

 

けれど、向こうは私の話なんて聞いてくれなかった。

生徒会長と名乗った人は、必死に言い返した私のことを冷たい目で見て言った。

 

『そんなことはどっちでもいいんだよ。ねえ、とってくれるよね?戦車道』

 

お前の意見なんて聞いていない。黙って従え。

生徒会長の目は、静かにそう言っていた。

 

私の目から涙が滲み、零れ落ちそうになったその時、私の肩に2つの温かい何かが触れた。

 

『みほさんは嫌がっています』

『そんなに自分勝手だと、彼氏にも愛想つかされちゃいますよ』

 

私の肩に手を添えて、二人は諦めかけていた私の代わりに、生徒会の人達に向かって抗議してくれた。

いつも一人だった私にとって、こんなに心強いことなんてなかった。

 

その後もいくつかの言葉を交わしたけれど、向こうは頑なに私に戦車道をやらせようとした。

とってくれるなら便宜を図るとか、その逆に取らなければ……、なんてことも言われた。

 

けれど、教室内の他の生徒もだんだんと私達の会話に耳を済ませるようになってきた。これ以上教室でこんな遣り取りをするのは流石にまずいと思ったようで、『明日、答えを聞かせてよ』と言って、彼女たちは退散していった。

 

私なんかよりも、武部さんや五十鈴さんの方が憤慨していたようで、生徒会が去っていったあとも、二人して生徒会への文句を言い合っていた。

けれど、武部さんの『あんな変なメガネかけてっ!絶対モテないよね、あの人!』という言葉には、それまでの緊張感も忘れて思わず笑ってしまった。

 

二人は予定通りにどこかのカフェにでも行って、生徒会の悪口と、対策を話し合おうと行ってくれたけれど、私はそれを断ることにした。

まずは、お母さんに相談しなければと感じたからだ。

 

武部さんと五十鈴さんにはまた今度と約束をして、放課後、私は家への道を急いだ。

 

しかし、家に近づけば近づくほどに、私の胸は不安がじくじくと押し寄せて、息苦しくて、鼻の奥がつんと痛くなっていった。

またお母さんと喧嘩したらどうしよう。

それだけが頭の中をぐるぐるぐるぐると回っていた。

 

家の鍵を開けたとき、私は自分が呼吸をしているのかどいうかすらわからなかった。

 

「おかえりなさい……、みほ?」

 

お母さんの顔を見て、お母さんの声を聞いた途端に、なんとか水際でせき止めていたものがすべて決壊した。

 

「おかあさん……どうしよう」

 

そこまで言ったときには、私はお母さんにおもいっきり抱きしめられていた。

 

あったくて、うれしくて、なつかしくて、やさしくて、ちょっと痛くて……、すごくうれしかった。

 

お母さんの腕が背中に回され、頭にはお母さんのほっぺたの感触がする。

ながいきれいなお母さんの髪が、私の肌にさらさらと触れる。

 

私もお母さんの背中に手を回して、服をぎゅっと摘むと、もっと強い力で抱きしめ返された。

 

お母さんは何も言わずに、ただただ抱きしめてくれた。

私が泣き止むまでずっと。

 

そして、私が落ち着いたのを見計らって、お母さんはリビングで紅茶をいれてくれた。

淹れたばかりの紅茶はすごく熱くて、茶葉の味もよくわからなかったけれど、お砂糖がたくさん入っていてすごく甘いのだけはわかった。

 

紅茶のカップを両手で持って、私はちびちびと大事に飲んだ。

 

その間もお母さんは何も言わなかった。

ただ私の向かいに座って、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。

 

私は意を決してお母さんに今日あったことを話した。

お母さんはそれを黙って聞き、全て聞き終えると一言『大丈夫』と言ってくれた。

 

何が大丈夫なのかはよくわからないけれど、私はその言葉で、心の底から安心した。

 

けれどそこまで話したあと、色々あって疲れ切ってしまった私は、お母さんにうながされるまま自分の部屋に戻った。

 

頭の中はごちゃごちゃだけれど、家に帰ってくる前みたいな不安はなかった。

 

そしてベッドに倒れ込むなり、私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「会長……。西住さんの件ですが、やはりアレはやりすぎでは……」

 

小山は私の机に淹れたてのお茶の入った湯呑を置くと、そう言った。

私が顔を上げれば、小山は困ったような顔をして私を見つめていた。

胸元には、湯呑がさっきまで乗っていたであろうお盆を抱えている。

 

「ああ言うしかないでしょ。じゃないと、学校自体がなくなっちゃうんだから」

「そうですけどぉ……」

 

そう。

大洗女子学園は今年いっぱいで廃校になる予定だ。

つい先日決定したばかりのことで、一部の教職員と私達生徒会のメンバー3人しか知らない事実。

 

おそらく、学園の生徒たちにこのことが告げられるのは年が開けた頃。

今から半年以上は先のことになるだろう。

 

もちろん、そこまで隠しておくのには理由がある。

その中でも最も大きい理由は、この学園鑑が生徒たちの手によって運営されているという点にある。

 

もし、この地球があと1年で滅ぶとしたら……。

真面目に学校で勉強したり、つらい思いをして仕事に行く人が一体どれだけいるだろうか。

 

同様に、もうすぐ取り壊される予定の学園艦の整備や点検を進んでやりたがる生徒がいるだろうか?

あと半年だし。直してもどうせ壊されるんだし。

 

そんな状況になってしまえば、生徒たちに安全な航海を保証することはできなくなってしまう。

ほかにも、いろいろなところで問題が生じてくることだろう。

 

だから、教職員とも協議の上、このことはしばらく生徒たちには伏せておくことになった。

 

「西住さん、いい子そうだったし、ちゃんとお話すれば手伝ってくれるかもしれませんよ?」

「……そうだね。けど、いい子そうだからこそ、あの子に全部背負わせるのは酷ってもんでしょ。わるもんは私らだけで十分だよ」

 

この学校が戦車道を始めるのは、その廃校騒動と関係がある。

この夏に行われる高校戦車道全国大会で大洗女子が優勝すれば、廃校は撤回されるのだ。

 

なぜそんなことになったかといえば、廃校になるって聞いた私が頭に血が登って、ついうっかり文科省に殴り込みをかけたからだ。

その時、どんな話をしたのかはよく覚えていないけれど、眼鏡の役人が戦車道がどうのこうのと言っていて、その流れで優勝すれば廃校撤回との言質をとったのだ。

 

今思えばよくも、まあそんな無謀なことをと思うのだが、その反面、約束を取り付けてきた自分自身をよくやったと褒めてやりたい。

 

そういうわけで、春休みから学校の選択授業に戦車道を増やすためにあれこれやっていたわけなのだが、そんなところに折りよく戦車道の名門から転校生がやってきた。

しかも、実家が戦車道の大家で、その上、大会で準優勝したときの副隊長だったという。

 

渡りに船。どころか、軍艦が名鑑長を乗せてやってきたような気分だ。

 

けれど、彼女に事実を話すわけには行かなかった。

おそらく、あの子は廃校のことを伝えればいやいやだったとしても戦車に乗ってくれるだろう。

けれど、もし負けたら?

 

あの人の良さそうな女の子が、自分のせいで廃校になると思い悩まないわけがない。

 

自然と、私達の対応は一つに絞られた。

 

「私、あんなふうに脅かすなんて聞いてませんでしたよ」

「しょうがないじゃん。他に手はないんだし」

「私達、絶対に嫌われてますよね……」

「まあ、全部終わったら土下座で謝ろっか」

 

そういうわけで、私たちはあの子を脅して、買収して、これでもかと悪役に徹して戦車道に引き込もうとした。

けれど、西住ちゃんの決意は硬かった。

 

彼女が何を抱えているのかはわからないけれど、彼女は「戦車には乗りません」と頑なに拒絶し続けた。

目をうるませて、涙が溢れそうになりながらも、手を強く握りしめて怖い先輩であろう私達に精一杯抗った。

 

「履修してくれないですかね……。戦車道」

「まあ、今日の履修アンケートを集めてみてじゃない?どっちにしろ、西住ちゃん以外にもメンバーが集まるかだってかけみたいなもんだし」

 

単位とか、学食の食券だとかで、どうにか履修してくれる生徒を増やそうとはしてみたけれど、結局みんなが履修してくれるかどうかは賭けになる。

西住ちゃん以外にも何人か戦車道をとってもらいたい子はいるけれど、全員が来てくれるというのは高望みでしかない。

 

「冷泉さんの方にも、直接声をかけてみますか?」

 

冷泉麻子。

常に試験で最高得点を取り続ける天才少女だ。

私達は、彼女にも戦車道を履修してもらいたいと考えている。

そのために、特典のうちの一つとして遅刻見逃し200日なんてものまで風紀委員に認めさせたのだから。

 

「まあ、そっちはとりあえず待ちかなー。来なかったら、後で会いに行ってみようよ」

「……わかりました」

 

そろそろ、全クラスの履修アンケートを集めている河嶋も戻ってくる頃合いだ。

一体、何人いるか。

西住ちゃんは、やはりだめだろうか。

 

「かぁいちょぉおおおおっ!」

 

ドアを勢いよく開けるとともに、大声で私のことを呼びながら河嶋が生徒会室に駆け込んできた。

河嶋の顔はなんでか知らないけれど、涙や鼻水でベチョベチョになっており、私の座る椅子のところまで駆け寄ると、床に座り込んで私の足にすがりついた。

 

「どーかした?」

「もう無理です!私達は終わりです!」

「はぁ?」

「桃ちゃん、ちょっと落ち着いたら?」

 

終わりだとか、死ぬだとか、取り乱した河嶋は意味不明なことを言って泣きわめいている。

河嶋がこんなふうにテンパるのはいつものことだ。

基本、こいつのメンタルはガラス以下なのだ。

 

「あれ?誰かいらしたようですね?」

 

小山がそう言ってドアの方に目をやった。

耳を傾ければ、河嶋が開けっ放しにしたドアの向こうから、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。

もしかして、この足音の正体が河嶋をこんなポンコツ状態にした当人だろうか?

 

「小山ー、かーしま連れてどっか行っといてくんない?」

「わかりました……。ほら、桃ちゃん、立って」

 

小山は泣きわめく河嶋を連れて、廊下に面したドアとは別の、事務室の方へ続くもう一方のドアから出ていった。

お客様と、この状態の河嶋を合わせないようにそちらから移動してくれたようだ。

 

そして、小山がドアを静かに閉じるとともに、足音の主が廊下から姿を表した。

 

「ここが、生徒会室でよろしかったでしょうか」

「……」

 

河嶋が取り乱すのも納得した。

私も、一瞬目を見ただけでこの化け物みたいな人物に飲み込まれてしまった。

身動きができない。

言葉が出てこない。

視線をそらすことですら、できない。

 

「先程、廊下で出会った生徒に案内を頼んだのですが、なぜか走ってどこかに行ってしまったので」

 

河嶋もかわいそうに。

いきなりこんなのに呼び止められたら、泣いて逃げ出すのも納得だ。

 

「西、住ちゃんの……」

「おや、ご存知でしたか」

 

あの西住流の師範。

戦車道の元トッププレイヤー。

そして、西住みほの……。

 

「普通科2年。西住みほの母です。いくつかお尋ねしたいことがあり伺いました」

 

当然、西住ちゃんのことを調べるに当たり、その家のことも調べてはいた。

戦車道の大家だ。その情報は、知っておいて損はなかった。

けれど、資料で目にした顔が、こんなふうにやってくるとは想像もしなかった。

 

「お時間、いただけますね?」

 

何よりも、格が違うと感じた。

人間としての立っている場所が違う。

私は何をしても、どんな手を使っても、どんな些細なことですら、この人には勝てないと本能でわかる。

 

「私は、戦車の上では【鬼】とか【悪魔】とか散々言われてきました。けれど、今の私はそのどれもと違う」

 

彼女が一歩私に近づくたびに、走って逃げ出したい気持ちが魂から溢れ出してくる。

目をそらせば、死ぬ。

動けば、死ぬ。

いや、何もしなくても、私はここで死ぬ。

 

「学校に乗り込んでくる親のことを、モンスターペアレントと言うそうですね……。さすがの私も、自分から【怪物】を名乗るのは初めての経験です」

 

 

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