過保護なしぽりん(39)   作:佐倉もち

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しぽりん(39)大洗を去る

「普通科二年っ、西住みほっ!今すぐ生徒会室に来い!!いや、来てくれっ!頼む西住ぃいい!!」

 

そんな悲鳴のような放送が校内に響き渡った。

スピーカーから流れた声はひび割れて聞き取りづらかったけれど、おそらく昨日の生徒会の人だと思う。

それもとっても焦っているようだった。

 

「みほ、これって昨日の人だよね?」

「また戦車道の話でしょうか?」

 

武部さんと五十鈴さんが私のことを案じて声をかけに来てくれた。

二人共、昨日のやり取りのせいで私と同様に生徒会の人たちのことをあまり良く思っていないみたいだ。

特に武部さんは明らかに不機嫌そうに眉をよせている。

 

「行く必要ないって!あんな失礼な人たちのとこなんて!」

「え、でもなんかすごく必死そうだったし……」

「たしかに、なんだかとっても焦っていましたね。『タノムニシズミイー』って」

 

五十鈴さんのこれはモノマネのつもりなのだろうか。

あまりに棒読みすぎて、真似する気が有るのかすら微妙なところだけれど……。

 

「もうっ!あんなのほっとけばいいの!」

 

武部さんは腰に手を当てて、プリプリと言った表現がぴったり似合いそうな感じで怒っている。

けれど、昨日あんなに居丈高だった人たちがあんなふうに言ってくるのは少し気になる。

それに、このまま無視をするのも何となく気がとがめるのも確かだ。

 

「一応、様子だけ見に行くっていうのは?」

 

私がそう言うと、武部さんは「このお人好しぃ!」とひとしきりプリプリしたあと、「ほら、さっさと終わらせよっ!」と、私の手を握って引いていってくれた。

 

生徒会室までの道中も、「みほは優しすぎ!」とか、「悪い男に騙される!」とかさんざんなことを言われたけれど、それが私を心配しての言葉だというのは痛いくらいに伝わってきた。

五十鈴さんも「うふふ」と笑いながら私の後ろをついてきてくれ?。

生徒会と会うのはちょっと怖いけれど、こうして二人がついてきてくれるのならとっても心強い。

 

「……いくよ、みほ。ほんとにいいの?」

「うん」

「きっちりお話がついたら、今日こそ三人でお茶しましょうね?」

「華、その案採用!」

「わ、私も賛成!」

 

三人で顔を見合わせ、武部さんが生徒会室のドアを三度ノックする。

もう一方の手は私の手を握ったままだ。

ぎゅっと握られた手があったかくって、ずっと離したくないと思ってしまう。

 

『どうぞ、入ってください』

「……え?」

 

生徒会室から聞こえた声に、私はとても聞き覚えがあった。

毎日聞く声、すごく怖いけれど、やさしい声。

 

私の理解が追いつく前に、武部さんが生徒会室のドアを開ける。

 

「ええぇっ!?おかっ、なんでっ!?」

 

私達の目に飛び込んできたのは、生徒会室のソファーに腰掛けるお母さんと、その前で同じくソファに座り、真面目な顔をしている生徒長の姿だった。

 

「ようやく来ましたね……」

「待って、どうしてお母さんがいるの!?」

 

お母さんはソファーから立ち上がり、私達の方へ歩み寄ってきた。

なんでお母さんがこんなところにいるのかとか、どうして生徒会長は黙っているのかとか、聞きたいことが多すぎて私の頭はパンク寸前だ。

 

「みほの母です。みほがいつもお世話になっているそうですね」

「え?みほのお母さん?」

「まあ、凛々しい素敵なお母様ですね」

 

二人共、お母さんの突然の出現に面食らっているようだ。

いや、一番衝撃を受けているのは紛れもない私なのだけれど。

 

「武部沙織です!みほさんには末永くお世話になっております!」

「沙織さん、間違ってますよ?はじめまして、クラスメイトの五十鈴華です」

 

二人がそれぞれお母さんにむかって頭を下げた。

普通ならお母さんに友達を紹介するなんてちょっと恥ずかしいというか、照れくさいところなんだろうけれど、ほんとに今はそれどころじゃない。

 

「じゃなくて!お母さんがどうして学校にいるの!?しかも、生徒会室にっ!」

 

私が黙ってうつむく生徒長を指差すと、お母さんはちらりとそちらを一瞥しただけで、視線をすぐにこちらに戻した。

 

そして、武部さんとつないだままの私の手に視線をおとし、じっと見つめた。

そしてお母さんは静かにゆっくと目をつむると、ちいさく何かを口の中でつぶやいた。

 

なんと言ったのかは聞こえなかったけれど、お母さんはとってもつらそうな顔をしている。

この顔は見覚えがある。

いつ、どこでみた表情だったろうか?

 

「みほ……」

「え?なに?」

 

お母さんは何かを決意したかのようにゆっくりと目を開けた。

そして、私にすごく真剣に、そして苦しそうな顔でこう告げた。

 

「みほ。この学校を選んだのは私の失敗でした。転校したければ、今すぐにでも次の学校を探しましょう」

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「ごめん、西住ちゃん……。それから、そっちの二人にも。本当にごめん」

 

話の最後に生徒会長はそういってもう一度私に頭を下げた。

それに合わせて、あとから合流した残りの生徒会の二人も私に頭を下げる。

 

あれから、私達は会長からことのあらましを全部聞いた。

 

この学校が廃校になってしまうということ。

それを唯一阻止する方法が、戦車道の全国大会で優勝するということ。

いち生徒である私にそれを伝えることができず、あんな手段をとってしまったこと。

 

後悔の表情を浮かべながら、会長は真剣に語ってくれた。

 

それらを全部私に伝えたあと、会長たちは私と、武部さん、五十鈴さんの三人に向かって「ごめん」と言った。

会長の告白を、私達は何も言うことができずにただただ黙って聞いていた。

 

私はまだこの学校に来てからたったの2週間だけれど、一年以上ここに通っている武部さんたちは一体どう感じたのだろうか。

さほど長い時間を過ごしていない私でさえ、この学校には愛着がある。

 

お母さんと暮らし、新しい友人ができ、色んなものが光って見えるこの学園鑑での暮らし。

それをずっと見てきたこの二人は……。

 

「みほ、ごめん」

「武部、さん?」

 

武部さんはそう言って一歩前に出た。

それまでずっと握ってくれていた手のひらが、すっと解けてすり抜けていった。

思わずすがろうとした私の手が、掴みそこなってなにもないところをさまよった。

 

「私も、ごめんなさい」

「五十鈴さん……」

 

そう言って同じように五十鈴さんも武部さんの隣に並んだ。

私からは二人の背中しか見えなくて、今どんな顔をしているのかなんてわからない。

……友達なのに。

それが、無性に悲しかった。

 

「会長。普通科2年、武部沙織。みほの代わりに、私が戦車道やります」

「同じく、五十鈴華です。この学校を守りたいのは、私も一緒です」

「え……」

 

二人はまっすぐ会長に向かってそういった。

 

「みほ。みほが戦車道が嫌いなのは知ってる。だから、私達が代わりにやるよ」

「せっかくみほさんとお友達になれたのですから、卒業式まで一緒にいたいですからね」

「二人共……」

 

二人は私の代わりに戦車道をするという。

学校を守るため、もっと一緒にいるため……。

 

私だって、武部さんと五十鈴さんともっと一緒にいたい。

この学校にだってなくなってほしくない。

 

けど、私が戦車道をやったら、またみんなに迷惑をかけてしまう。

前の学校のときみたいに二人にも嫌われてしまうかもしれない……。

それに、お母さんだって……。

 

「あなたは、どうしたいのですか?みほ」

 

それまで、一貫して無言でいたお母さんが、不意に私に声をかけた。

どうしてお母さんがここにいるのかとか、生徒会とどんな関係があるのかとか、いろいろ聞きたいことが頭に浮かんだ。

けれど、今私が言うべきことはそんなことじゃないとわかっている。

 

「あ、あの……」

 

心臓が痛い。

お腹が重い。

手が、冷たい。

 

けれど、言わなくちゃ。

 

「お母さん、私、お母さんとの暮らし、すごく楽しいよ。二人でごはん食べるのも、テレビ見るのも、一緒に掃除するのだって……」

 

この数週間、本当に、楽しかった。

私が戦車道から離れたから。

戦車に乗るのを辞めたから。

お母さんとこうして仲良くなれた。

 

それは紛れもない事実だ。

 

けど、私はもうわかっている。

それはただの『きっかけ』に過ぎないって。

だから、大丈夫なんだって。

 

「わがままを、言ってもいいかな?」

「……ええ」

 

もしかしたら、お母さんは怒るかもしれない。

嫌がるかもしれない。

けど、また前みたいに冷たい関係に戻ることはない。

 

もう、私は……。

私達は大丈夫。

 

「普通科2年、西住みほ、です」

 

私は前を向いて、武部さんと五十鈴さんの間に割り込んだ。

背中を見るんじゃなくて、隣に立ちたいと思ったから。

守られるんじゃなくて、一緒に戦いたいと思ったから。

 

二人は間に入った私の手を握って、笑ってくれた。

 

「私、戦車道やりますっ!」

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

『普通科2年、西住みほ、です!』

『私、戦車道やりますっ!』

 

みほは、自分の意思で戦車道をやることに決めた。

 

はじめ、戦車道しかしてこなかったあの子のことが心配で、私はこの学園艦までみほにくっついて来た。

けれど、きちんと料理をし、学校に通い、友達まで作ってみせた。

 

元来、明るく元気な子なのだから、これくらいできて当然だ。

私の西住流としての教えが、彼女に合わなかっただけなのだ。

 

だから私は、あの場でみほに条件を出した。

 

『西住流ではなく、貴女自身の戦車道を見つけなさい』

 

あの子と、あの子の友達には鉄の掟も必要ない。

それ以上に固い絆が、すぐに結ばれるだろう。

 

『貴女が正しいと思ったことをなさい』

 

西住流としては間違っているけれど、あのとき友人を助けようと動いた彼女を、私は母親として正しいと思った。

あのときは、立場としがらみに縛られた私は、褒めてあげることができなかったけれど、今ならそんなもの全部捨てて言ってあげられる。

 

『友達を、大切になさい』

 

言うまでもなく、みほはこの学校での出会いを大切にするだろう。

 

だから、もう私がいなくても大丈夫。

きっとあの子は一人でもきちんとやっていけるだろう。

 

むしろ、自分の戦車道をみつけるのには、私がそばにいてはじゃまになる。

私は西住流しか知らない。

西住流でしか見ることができない。

西住流しか、あの子に教えてあげることができない。

 

だから、私はこの学園鑑を去ることにした。

あの子が学校から帰ってくる前に、あまり多くない荷物をまとめ、カバンひとつを抱えて。

大きなものは後で送ってもらえばいい。

 

この学園艦に来たときは、あの子もそうだろうけれど、私だって不安が大きかった。

今までろくに会話をしてこなかったツケが回ってきたと、自分を恨んだりもした。

あのとき、そんな心境で降り立ったこの発着場も、今ではすこし違って見える。

 

あの子は、私との二人暮らしを楽しいと言ってくれた。

 

私だって、楽しくないわけがなかった。

 

本当に、楽しかった。

 

できることなら、ずっとこうしていたいと思うほどに。

 

連絡船の煙が遠くに見える。

これで、楽しい日々も一旦の終わりだ。

 

夏休みにでもあの子が帰ってきたときに、また一緒に料理でもしよう。

次はまほも一緒に。

 

きっと、またあったときも今日までと何も変わらずに楽しく過ごせる。

私達は、家族なのだから。

 

「お母さんっ!」

 

背中に、大きななにかがぶつかった。

抱きつかれた、それも、抱きついてきたのがみほなんだ、そうわかるまでに少し時間がかかった。

みほはいま学校で授業を受けている時間だったし、何も言わずに出てきたのだ、私がここにいることだってわかるはずがない。

 

「聞いたよ。お母さんが、私のために怒ってくれたこと。私に説明するように言ってくれたことも」

 

後ろを振り返ろうとしたけれど、強い力で抱きつかれて、みほの顔を見ることができない。

 

みほたちが生徒会室にやってくる前に、私は生徒会長の角谷さんからすべてを聞いていた。

もちろん、みほの母としてひとしきり【文句】を言わせてもらってからの話だったけれど。

 

その後、みほにもきちんと説明し、謝ることを約束させた。

そして、彼女の事情と反省の態度をみて、戦車道を行うかも含めて、みほの選択に任せることにした。

もちろん、みほがどの道を選ぶにせよ、多少の支援はしようと思っている。

 

その結果、みほは戦車に乗ることを選んだ。

 

「私、わがまま言うって言ったよね」

 

みほはいつの間にこんなに力強くなったのだろう。

体だけでなく、心まで強く。

 

「お母さんと一緒にいたい!きっと、戦車道をはじめたら色々迷惑かけちゃうと思う。帰りも遅くなるし、お手伝いとかもできなくなっちゃう……」

 

背中越しで良かったと思った。

 

「けど、お母さんに一緒にいてほしい。私は弱虫で、臆病で、すぐに逃げ出すだめな子だけど!」

 

泣いている顔なんて、娘に見せるものじゃない。

 

「お母さんがいてくれれば、どんなことでも頑張れるから。全国大会だって優勝して、武部さんや五十鈴さんと一緒にちゃんと卒業してみせるから……」

 

そう言われてしまえば、私にはどうしようもない。

娘のわがまま一つ聞けずして、何が母親か。

 

「みほが小さな頃、やんちゃなあなたのわがままにはいつも手を焼かされてきましたね」

「……ごめん、なさい」

 

みほは小さな声で言った。

 

「謝る必要はありません。わがままを言うのは子どもの特権です。そして、それを聞いてあげるのも、親の役目です」

「おかあさん…」

 

連絡船の姿は、もうすぐそこまで来ている。

もう、私がアレを待つ必要もなくなってしまった。

 

「帰りましょう、私達の家へ」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

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