「今日、学校の、あと、カフェに、行きま、せんか……。逸見……っと」
メールの本文に、なるべく簡潔に要件だけを打ち込んだ。
本当はもっと色々と書きたいことも有るし、装飾だってつけたいところだけれど、隊長はこういうわかりやすい方が好きなんだと思う。
隊長から届くメールはいつも短いものばかりで、要件だけがきちんとまとめて送られてくる。
「とうっ」
送信ボタンを押して、メールが送信されるのを見届けた。
後は隊長が携帯を見てくれるのを祈るだけだ。
「西住隊長、来てくれるかなぁ……」
最近の隊長は少し様子がおかしい。
これは私だけではなく、隊の仲間のなかにも同じように思っている者がいる。
見た目も言動も去年までと何一つ変わっていない。
けれど、戦車に乗っているときだけは別人のようになってしまった。
冷静ではなく冷徹に。
用心深くではなく執拗に。
ずっと後ろで隊長を見ていた私たちだからこそ気づくくらい、曖昧な変化だけれど、確実に何かが変わっている。
それに、練習量もかなり増えている。
最上級生になったからとか、全国大会が近づいてきたからとか、そんな風でなく、何かに追われるように戦車に乗り続けている。
戦車道の訓練が終わった後も、一人でトレーニングをしているところも見たことが有る。
あんな風に一心不乱に戦車道に打ち込む隊長を、盲目に尊敬するほど、私の目は腐っていない。
そういうわけで、隊長の息抜きと、もし何か隊長の抱えている物があるのだとすれば、私なりに相談に乗ろうと思い、隊長をお茶に誘ったのだ。
もちろん、隊長と二人っきりでお茶をして帰るなんてビッグイベントに心が踊っていないとは言わないけれど。
隊長と副隊長として親睦を深めつつ、私が頼れることを隊長にアピールする。
そのうち、プライベートでも遊びに行ったりなんかしたりして……。
「エリカ、ここにいたのか」
「うわっひゃっ!た、隊長っ!」
突如現れた隊長に、私は変な悲鳴を上げて飛び上がった。
そりゃあ、いろいろ妄想していた相手がいきなり背後に現れれば、驚くに決まっている。
「すまない、驚かせたか?」
「い、いえ!ちょっとびっくりしたけど問題ありません!」
隊長は私に対して申し訳無さそうな表情を浮かべた。
私は慌てて否定したけど、どことなくシュンとしている。
直接口には出せないけれど、こんな隊長もちょっと良いなと不覚にも思ってしまった。
「そ、それで、私になにかごようでしょうか?」
もしかして、さっきのメールを見て私に直接返事をしに来てくれたのだろうか?
だとしたら、OK?
ならさっそくこのまま……。
「エリカに頼みがあってな。練習予定を隊員たちにメールで送っておいてほしいんだ」
「え?あ、ああ、はい!了解しました!」
隊長はそういって私に手書きのメモで予定表を手渡した。
メモには、隊長のきれいな文字で、細かく予定が書き込まれていた。
やはり、以前よりも練習量が増えている。
「わざわざ来ていただかなくとも、連絡してもらえれば私から伺ったのに」
こんな雑事で隊長の手を煩わせてしまったことに、申し訳のなさを感じてしまう。
ただでさえ、練習ばかりで時間がかつかつだと言うのに。
「いや……実は今、携帯を持っていなくてな」
「……え?」
携帯を持っていない?
寮に忘れたとか?
じゃあ、私がさっき送ったメールは届いていないのか。
「実は、春休みに実家に戻ったとき、そのまま置いてきてしまったんだ」
じゃあ、隊長は新学期が始まってから携帯を持たずに過ごしているのか。
今どき携帯を持たずに生活をすることができるのだろうか。
私だったら、3日くらいでギブアップするに違いない。
なにせ、趣味インターネットの、携帯依存だ。
「不便じゃないのですか?」
「まあ、私に連絡してくる人はいないからな。こうして部隊に連絡を回すのに、エリカに任せるのは申し訳ないけれど」
「いえ!このくらい喜んでやります!」
隊長にものを頼まれるなんて、めったに無い。
ほんの小さな雑用だけど、こうして頼りにされるのはとても嬉しい。
「あの!隊長、この後お時間ありますか?」
「私か?訓練はないから、少し戦術の資料を漁ろうと思っていたところだ」
やはり、この人に休むという考えはないらしい。
であれば、ここは私が強気にいくしかないだろう。
「でしたら、私とお茶しに行きませんか?……えっと、学校の近くにあるカフェのコーヒーが美味しいと隊の皆が話していまして……」
私の必死のアピールに、隊長は少し何かを考える仕草を見せる。
私のカフェへの誘いは、戦術資料に負けるのか?
さすがに、それは凹む……。
「わかった。実は、少し懐も温かいんだ。3年になってから、お母様からの仕送りが増えていてな」
「ほ、本当ですか!」
遠目からしか見たことはないが、隊長のお母様に全力で感謝の念を送る。
おかげで私は当初の計画を進められそうだ。
後は、コーヒーを飲みながら自然に体調のことをいろいろと聞いていけばいい。
ついでに、ケーキとかも食べながら。
「じゃあ、私は教室にカバンを取ってくる。隊の皆への連絡は任せた」
「はい!すぐにやっておきます」
隊長は私の返事を聞くと、自分の教室に向かって踵を返した。
隊長はすぐに戻ってくるだろう、今のうちに頼まれた要件を……。
「ん?」
私がメールを送るよりも先に、隊の一斉送信で連絡メールが回ってきた。
件名には『緊急連絡』と書かれている。
私はこれをチャンスだと思った。
隊長は今携帯電話を持っていない。
であれば、すぐさまこの内容を隊長に伝えてあげれば、私が使える奴だとアピールすることができるのではないだろうか。
そう考え、私はメールを開いた。
そこには一枚の画像ファイルが添付されていた。
「っ!!なによ、これ!!」
画像は一枚の新聞記事。
携帯で写真を撮ったのだろう、細かい文字はよく見えない。
けれど、見出しと写真だけでも十分内容はわかる。
これは……、こんなものは……。
「みほ……。私はあんたを絶対に許さないっ!」
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
「誰がこんな記事の許可を出したんです」
『大洗で戦車道復活!西住流の親子がタッグを組んで全国大会に挑む!』
『真の西住流は大洗にあり!』
私が生徒会室のテーブルに叩きつけた新聞記事には、一面にそんな見出しが踊っている。
ご丁寧に、私とみほがⅣ号の前で会話をしているところまで写真に収められている。
こんな記事を許可した覚えも、写真を取られた覚えもなかった。
私達は、西住流の名前を出さないと言うことを事前に取り決めていた。
それを、3日も立たないうちにこんな風に学校新聞として取り上げられるとは思ってもみなかった。
「すみません。放送部の仕業です……」
そう言って、小山さんは放送部のことを説明してくれた。
大洗女子の正式な部活動で、それなりに歴史のある部らしい。
そこの王大河という生徒が、事あるごとに学園館内のスクープを狙って走り回っているとのこと。
今回は私がその対象となったそうだ。
「すぐに回収の手配をしてきます」
「……よろしくおねがいします」
小山さんは申し訳無さそうに言って、駆け足で生徒会室を出ていった。
学園艦のなかでしか流通していないローカル紙だといえど、回収はそこそこ大変な作業だろう。
「すみません。こちらでも把握しきれていませんでした」
生徒会長の角谷さんがそう言って頭を下げた。
一部活動が勝手にやったことだ。
流石に、そんなところまで責任を取れというのは筋違いだとわかっている。
「西住ちゃんの家の名前は出さないって約束だったのに……」
「まあ、遅かれ早かれ知られることです。今回は仕方がないでしょう」
私達は、西住流の名前をださないという方針で一致していたのには理由がある。
私が支援すると言っても、西住流の師範として直接指導を行うわけではない。
多少、経験者として練習の方針などにアドバイスをするくらいだ。
それに、一つの学校のバックに戦車道の流派の一つが付いているとなれば、不平等だと中傷されかねない。
そういった事態を防ぐための配慮でもある。
今日だって、わざわざ外部から指導者を招き、その人に初めての指導を一任するつもりでいる。
「まあ、おかげで関係各所からの電話が鳴り止みませんけど」
「……学園鑑でしか配布されていないはずなんですが」
今日の朝イチで千代から電話がかかってきて、その電話で新聞記事の存在を知った。
学園艦で生活する私よりも、外部の千代のほうが早く情報を手に入れていたのはどういうことなのかと疑問に思ったけれど、そのおかげで対応の準備をすることができた。
千代には「どうしてそんな面白そうなことに私を誘ってくださらなかったんです」とか「一人だけ女子高生に囲まれて若い気になって」とか散々ないわれようだったのだけれど……。
「それにしても、西住ちゃんとしほさんの写真、よくとれてますねー」
角谷さんの一言で、初めてじっくりと写真を見た。
今までバタバタしていて、こうしてよく見ようとはしていなかった。
「……写真の腕は、いいようですね」
Ⅳ号戦車の前で談笑する私とみほ。
みほは優しそうに笑っている。
周りにはみほの友人も写っていた。
「しほさん、いい顔ですね」
「……私が?」
自分の写真写りが良くないことくらい、よく知っている。
雑誌の取材なんかで取られるときも、目つきの悪さで何度も取り直しになるくらいだ。
「……」
自分の顔を見て驚いた。
私が笑っている。
これは本当に私なのだろうか?
私とみほが、親子だけでなく、年の離れた友人のようにも見える。
こんなことって……。
「……しい」
恥ずかしい、と。
思わず口からこぼれ落ちた。
こんなものが世間に出回ってしまっているなんて。
千代があんなふうに私をいじった理由がようやくわかった。
「この王大河という生徒、すくなくとも私に気づかれずに写真を撮れる程度には腕が立つようです。戦車道に引き入れれば、役に立つかも知れませんね」
恥ずかしさをごまかすため、私はそんなことをまくし立てた。
実際、こんな風に遠方から狙われていたとしたら、戦車道だったら確実に撃破されている。
私のすきをつけるものはそうはいない。
「じゃあ、大河ちゃんも候補に入れるってことで」
「戦車道に来たら、まずは砲弾を担いで学園鑑を一周してもらうとしましょう」
私はこの騒ぎの被害者なのだ。
練習には関与しないという約束だったけれど、少しくらい口を出してもいいだろう。
「お、いーですね。騒がせた罰くらいは受けてもらわないと。な、かーしま」
角谷さんが、これまで生徒会室の片隅で置物とかしていた河嶋さんにそう投げかけた。
いつもならあーじゃないこーじゃないと口をはさみたがるのに、今日はやけに静かだ。
「ひゃっ!はやうい!そ、そうですね!」
「……」
「……」
河嶋さんは声を裏返して、明後日の方に視線を裏返しながら返事をした。
その瞬間、私と角谷さんの視線が交差して、二人の見解が一致した。
「かーしま。怒んないから言ってみ?」
「にゃ、にゃにをでしょう?」
私は冷や汗をダラダラと流す彼女を横目に、件の新聞記事を手にとった。
その瞬間、彼女の顔に「まずいっ!」という文字が浮かんで見えた。
私は記事を端から流し読んだ。
内容は非常に詳しく、戦車の種類と特徴だとか、戦車を見つけた経緯だとかが詳しく書かれいる。
内部の誰かが情報をリークしない限り、こんなものはかけないだろう。
そして、記事の後ろの方に小さく書かれているその文字を見つけた。
『インタビュー協力・河嶋桃』
「すみませんでしたああああっ!こんな記事に使われるとは思ってませんでしたぁああっ!」
河嶋さんの大きな声が生徒会室に響き渡った。
「だって、王のやつが『河嶋さんの活躍を記事にするんで』とか言うもんだから!」
必死に言い訳をする河嶋さん。
「かーしま、ペナルティー」
「砲弾担いで学園鑑一周ってところかしら」
「そんなぁあああ!!!」