冒険者パーティーでサポーターをしていたルンベックは突然リーダーのケントから追放処分を言い渡される。とくに特異なこともなく、唯一収納魔法しかできないルンベックは、それでも自分をあざ笑いながら追放したあいつらを見返してやると誓うのであった。これは有用な収納魔法で成り上がった末までの物語。

※ストレスフリーではないかもしれないので、読む場合は注意してください。
※この作品は小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。


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「役立たず」とパーティーから追放されて三年、収納魔法を開花させて成り上がった俺が知ったところで今さらもう遅い!

 いつも通り冒険者として依頼をこなし、いつも通りパーティーのみんなと報酬の分配をする。それはいつも通りのことで、今日もそのいつも通りが過ぎていく……はずだった。

 

「ルンベック! 役立たずのお前をこのパーティーから追放する!」

「は?」

 

 だから、いきなり俺が所属するパーティーのリーダーであるケントから、こんなことを宣言される展開なんて、これっぽっちも想像していなかった。

 冒険者ギルドでこなした依頼を報告し、さあお待ちかねの報酬だと思っていた矢先の出来事であった。

 予想だにしない展開でまともな返事ができない。そんな俺を置き去りにして、ケントはなおも続ける。

 

「はっきり言ってルンベック、お前は弱い! 戦闘ではまったく役に立たないじゃないか。その程度の働きで報酬を分けてもらおうと考えるだなんておこがましい! そうは思わないか?」

「ま、待ってくれよ。突然どうしたんだ? 俺達今までうまくやっていけていたじゃないか……。それに俺の仕事はあらゆることのサポートだ。それは戦い以外のことも含まれていたはずだ」

 

 ハッ、と鼻で笑うケント。こんなあざける表情をするところを初めて見た。

 

「たくさんサポートしてきてやったってか? 俺達のおこぼれに与っていただけのくせしてよくそんなことが言えたもんだ。その浅ましさには感服するよ」

 

 何も言い返せない。ケントの言う通り、俺はみんなのサポートしかできないからだ。

 戦闘で前線に立つのはケントを始めとしたパーティーのみんなであって俺じゃない。俺はあくまでみんなのサポート役だ。

 

「で、でもっ。俺だってパーティーのためにと働いてきた。雑用だってなんだってやってきたんだ!」

「……悪いな、ルンベック。俺もケントの意見に賛成だ」

「ダ、ダグ?」

 

 パーティーメンバーの一人、戦士のダグがケントを支持する。まさかの賛成意見にたじろぐ。

 賛成意見を示すのはダグだけじゃなかった。

 

「そうだそうだ! お前はこのパーティーにいるべきじゃない!」

 

 槍使いの男、レオンが歯をむき出しにして言った。

 

「アタシたちの優しさにも限度があるのよ? いい加減身の程をわきまえたらどうなのかしら」

 

 女魔法使いのエステルが冷ややかな目で俺を射抜く。

 

「わ、私も同意見ですっ」

 

 女神官のシャルロッタが追い打ちをかける。

 

 それからも次々と仲間から俺を責める声が上がる。いや、みんな俺のことを仲間だと思っていなかったのか?

 一致団結したせいかヒートアップしていく。

 

「いつもいつも大した働きもしないで報酬をもらっているとか、恥ずかしくないわけ?」

「ルンベックを切ることが一番の節約だぜ。お前の存在そのものが無駄遣いなんだよ!」

「お前さえいなければもっと良い装備が買えるんだよ。空気読めよな。アイテムを出すタイミングがいいからって許されねえぞ」

「本当にそうよね。ちょっと収納魔法が使えて、戦闘前に敵の位置や情報をいち早く調べてくれちゃって、それで普段から気が利くだけでやっていけるほど冒険者は甘くないのよ。少なくともアタシたちが養ってあげる義理はないでしょ?」

「わ、私も同意見ですっ」

 

 俺は反論の一つもできず、ただ悔しくて拳を握りしめていた。

 ひとしきり俺を罵倒して、みんなで俺を笑った。俺を馬鹿にする笑い声が辺りに響き渡る。

 

「……わかった。そんなに俺が邪魔なら、こんなパーティーやめてやる!」

「ルンベック、俺の追放処分を受けるってことでいいんだな?」

 

 厭味ったらしく笑うケントをにらみつける。仲間だと思っていたのに、こんな奴だなんて思わなかった。

 

「ああ、勝手にしやがれ!」

 

 荒々しく席を立った。冒険者としてやっていくための必需品は全部俺が持っている。が、このパーティーから追放されるのだから関係ない。

 

「おい、待てよ」

 

 出口に向かっている途中でケントから声がかけられる。振り向けば、変わらない嫌味のこもった表情で、何かが投げられた。

 宙を舞った物体が硬い音を立てて俺の足元に落ちた。

 

「なんだよ?」

「手切れ金だ。かわいそうなルンベックにリーダーである俺から最後の施しだ。ありがたく受け取れよ」

 

 投げつけられたのは革袋に入った、今回の依頼の報酬だった。

 

「……」

 

 施し。こんな奴らから受け取っていいのか? 俺だってプライドがある。

 だけど当面の生活すらわからなくなった身では貴重な金だ。

 

「……ありがたく、もらっておくよ」

 

 震えそうになる声を必死で抑える。それだけが俺の意地だった。

 投げ捨てられた革袋を拾い、今度こそこの場を後にする。

 まさかこんな別れ方になるとは思ってもみなかった。正直に言えば、ショックは大きい。

 

「このままで……終わってたまるか……っ」

 

 しかし受けたショック以上に、あんな風に俺を見限ったあいつらを見返してやりたい。その気持ちの方が強く、俺の心を強く燃やし続けた。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 悔しかろうがなんだろうが、現実はそう甘くなかった。

 武器をうまく扱えるわけではないし、攻撃魔法が使えるわけでもない。はっきり言って、俺は弱かった。

 だからこそパーティーでは裏方としてがんばってきたのだ。まともに戦えない俺は、唯一使用できる「収納」魔法で、パーティーのアイテム管理を任されていた。

 でもそれだけでは足りない。探してはみたが俺を入れてくれるようなパーティーは見つからなかった。

 現状がどうにかならないかと悩む俺を置いていくように、冒険者の連中は慌ただしくしていた。

 

「聞いたか? 伝説のドラゴンが現れたんだってよ!」

「嘘だろ!? ドラゴンなんてSランクの危険種じゃねえか!」

「だが、もしも伝説のドラゴンを倒せたらこの世の英雄にだってなれるだろうよ。命がいくつあっても足りねえだろうがな」

「おい、その伝説のドラゴンの討伐依頼が出たぜ。すでに名のある冒険者が集まっているんだってよ」

 

 やっぱり冒険者には強さが求められる。それこそ話題のドラゴンでも討伐できれば一気に成り上がることだって夢じゃない。

 でも、俺にできることといえば収納魔法くらいなものだ。荷物運びには便利だが、強さには関係ない。

 話題のドラゴン退治を無視して、俺を入れてくれるパーティー探しを続けた。まずは新たな働き口を確保しないと話にもならない。

 俺は唯一できる収納魔法をアピールした。快適に冒険者活動をできるように働いてみせると自分を売り込みし続けた。

 しかし結局、俺を入れてくれるパーティーは見つからなかった。

 冒険者として働けないのに、いつまでもしがみついているわけにもいかない。生きているだけで金はかかる。俺は拠点としていた町を離れた。

 悔しい気持ちがないわけじゃない。あいつらを見返してやりたいと、心が今なお訴えている。

 

 ……どんなに恨み言を口にしたって仕方がない。俺だって生活があるんだ。

 

 あのときの手切れ金が底を尽く前に、新しい仕事を探す。そう決めて、故郷へと戻ることにしたのだ。

 その道中のことである。

 

「どうされましたか?」

 

 道の真ん中に横転した馬車が一台。その傍らで困った様子の男に声をかける。

 

「いえね、大きな石を踏んで横転してしまったのです。その際に車輪が壊れてしまったものでこの有り様なのですよ。荷物が多いので、どうしたものかと……」

 

 馬車を確認すれば、倒れ方が悪かったのか車輪が使い物にならなくなっていた。これでは馬車を起こしたところでどうにもならないだろう。

 

「これはいけませんね。代わりはないんですか?」

「それが、なくてですね……」

 

 申し訳なさそうに身を縮こまらせる。道のど真ん中でこんなことになれば仕方がないか。

 

「わかりました。よければ力になりますよ」

 

 俺は横転した馬車へと近づく。代わりの部品を取り出して直すつもりだ。

 とはいえ、今の俺は手ぶらである。何も道具を持たない状態でどうするのかと、見守る男の疑問が伝わってくるのがわかる。

 俺は一見何もないところへと手を突っ込む。そこには俺にしか感知できない収納魔法の出入り口があった。

 代わりの車輪、それと工具を取り出す。まさかこんなものが役に立つ日がくるとはな。収納しておいてよかった。なんでも持っておくものだ。

 そのまま手作業で馬車を直した。前に似たような状況になった人の救助依頼を受けていたから、その経験が役に立った。冒険者はモンスターを討伐する依頼ばかりではないのである。

 

「よしできた。これで次の町に行くくらいならなんとかなるでしょう。ん?」

 

 作業が終わったことを男に伝える。けれど反応が返ってこない。どうしたのかと男の顔を見れば、唇を震わせながら目を見開いていた。

 

「あ、あの! そそそ、それは魔法ですか!? いいい、いきなり何もないところから道具が出てきましたが、魔法ですかっ!?」

「え、収納魔法のことですか?」

「ま、まさか本当に収納魔法……!? じ、実在していたのか……」

 

 さっきからどうしたのだろうか? 収納魔法なんて、俺が初めて覚えた魔法だ。そう大したものでもないだろうに。

 俺の反応を見てか、男は収納魔法について力説した。

 いわく、重量を感じることなく運搬でき、収納している間は腐敗とは無縁。盗難や破損の心配もなくなる。商人である自分には喉から手が出るほどほしい、まさに商人にとってどれだけ金を積んででも手にしたい夢のような魔法なのだ、と。

 

「ルンベックさん、私といっしょに商人としてやってみませんか?」

 

 男、マルクスと名乗ったその商人は真摯な眼差しで俺を勧誘した。

 

「俺が、商人……っ?」

「ええ! あなたは商人になるために生まれてきたのですよ! その収納魔法は神からの贈り物に間違いありません。私とこんな形で出会ったのはまさに天啓としか思えません!!」

 

 心が熱くなっていくのがわかる。

 前のパーティーからは「役立たず」とののしられ、追放された。他のパーティーに声をかけても、追放処分をされた奴なんかを入れてくれるところなんてなかった。

 冒険者としてではない。それでも、自分を熱心に誘ってくれることがとても嬉しかった。

 声が震えないように、口の中にたまった唾を飲み込む。それからゆっくりと口を開いた。

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 マルクスの言った通り、収納魔法と商人の仕事との相性は最高だった。大きかろうが、重かろうが、どんなに物が多かろうが関係なく運べる。

 ただ荷運びするだけの雑用特化の魔法だと思っていた。しかし実際に商人として働いてみてわかった。収納魔法についてマルクスの評価はけっして大げさなものではなかったのだ。

 

 マルクスとともに活動して、彼に商人の心得を教わった。

 学びながら仕事をし、各地を回る。これもまた、冒険なのだろうな。

 仕事の面白さを感じてきた。そんなときだった。

 

「く、薬を……薬を売ってくれ……」

 

 俺とマルクスは病魔に侵された地へと足を踏み入れていたのだ。

 病に苦しむのは一人や二人なんてものじゃない。ここら近辺にある村や町の人々すべてだ。すでに死者も出ている。

 

「これはどうにもならないな……」

 

 手持ちの薬を次々試してみるが効果が見られなかった。俺が収納している薬では症状の悪化を防げない。

 どうやら医者もお手上げのようだった。治療法がない病にどう対処すればいいのか。収納していた本を読み漁っても答えは出ない。

 苦しむ人々を前に何もできないのかと歯噛みする。

 

「もしかしたら、助ける方法があるかもしれないぞ」

 

 つぶやくようなマルクスの言葉に希望が湧き上がる。その方法を聞き、俺はすぐに決断した。

 

「この先に水の精霊がいると言われている湖がある。その水はあらゆる傷も病も治せる特効薬と伝えられている。だが、その湖の水は腐りやすく、持ち運ぶのはできないのだとか……しかし、ルンベックの収納魔法ならここまで大量の水を運べるかもしれない」

「なら早く行こう。一刻を争う状況だ」

 

 俺とマルクスは水の精霊がいるとされる湖へと向かった。

 病魔に侵された人々を想うと気が急いてしまう。疲労を感じながらも数日の道のりを超え、ついに湖へと辿り着く。

 

「ここが精霊の湖か……。なんて澄んだ水なんだろう」

 

 疲労で震える体を引きずりながら湖へと近づく。マルクスも今にも倒れてしまいそうな状態だ。

 

「はぁはぁ……。ま、まずは一杯だけみ、水を……」

 

 湖の水を手ですくって飲んだ。疲労困憊だった体がすーっと軽くなった。マルクスも同じで、信じられないような顔になっている。

 

「こ、これはすごい! まるで最高位の治癒魔法のようだ。これならあの病魔すら消し去ってくれるっ」

「おいルンベック。あまり時間はない、急いでくれ」

「ああ、わかってる」

 

 できるだけ大量の水を。そう考えて収納魔法を拡張していく。

 湖の水がみるみる水位を減らしていく、はずだった。不思議なことに湖には何の変化も見られない。

 収納魔法には大量の水が入ってきている。なのに湖は代り映えしない。これも水の精霊の力なのかもしれなかった。

 これなら遠慮する必要はない。限界まで精霊の水を「収納」した。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 精霊の水の効果は覿面だった。

 村や町の人々を苦しめていた病魔は、精霊の水を一口飲むだけですっかり消え失せてしまったのだ。

 

「こ、これはすごい! あれほど苦しかったのに、病などなかったみたいに楽になりました!」

「あの伝説とされた精霊の水が飲めるなんて……。ありがたや、ありがたや」

「あなたは命の恩人だ! 私だけじゃない。ここにいる者すべての救世主です!」

 

 次々と病が治っていく。それは村や町の人々だけではなかった。

 

「おおっ! 娘が助かったのはあなた方のおかげだ!」

 

 領主である貴族の娘にも病が及んでいたのだ。精霊の水を分け与えたところ、たいそう喜ばれた。

 この顛末が噂として広まり、俺の収納魔法は国でもかなりの重要なものとして扱われるようになった。どうやらあの精霊の水を腐らせることなく運べるのは俺の収納魔法だけらしい。

 

「ルンベックが出世できて、俺は自分のことのように嬉しいよ」

「何を言っているんだマルクス。今の俺があるのはお前のおかげだ。マルクスがいなければ、とっくの昔にのたれ死んでいたはずだ」

 

 国王様に能力を認められた俺は、自由に商売ができなくなった。

 その代わり、俺は貴族となった。商人としてではなく、これからは貴族としてみんなのために力を尽くすつもりだ。

 

「マルクスは俺にとって最高の相棒だ。何かあったらいつでも頼ってくれ」

「おうよ相棒! またのたれ死にそうになったらいつでも頼れよな」

 

 俺とマルクスは固い握手を交わした。長い付き合いだったが、ここでお別れだ。

 マルクスは商人としての道を進み続ける。俺は別の道を進むことにはなったが、互いを応援する気持ちは変わらない。

 

 冒険者パーティーから理不尽に追放されたときとは違う。仲間との別れは悲しみもあるが、同時に熱い何かが込み上がってくる。

 

 俺はマルクスといつ再会しても恥ずかしくないように、新たな仕事に精を出した。

 いつしか功績が認められ、他の貴族からも一目置かれるようになった。

 前に精霊の水で病を治した貴族の娘と婚約を果たした。娘はとても美しく、そして俺を強く支えてくれる女性だ。

 順風満帆に日々が流れていく。何もかもが上手くいっていた。

 

「ん、ここは……」

 

 そんなとき、懐かしい場所を通りかかった。

 俺が冒険者として活動していた場所。俺を追放したパーティーと活動していた場所だった。

 

「あなた、どうされましたか?」

「いや、ここには思い出があってな……。少し立ち寄ってもいいか?」

「はい。わたくしもあなたの思い出の地に興味があります」

 

 美しく微笑むのは俺の妻。いつ見ても俺にはもったいないほどの女性だ。

 思い出といっても良いものではないんだけどな。

 ただ、俺を追放したパーティーが今どうなっているのか、ちょっとだけ気になった。冒険者をやっていたころでは考えられないほど成り上がった今の俺を目にしたら、あいつらはどんな反応をするだろうか。

 馬車から降りて、冒険者ギルドを訪ねる。懐かしい空気が俺を出迎えてくれた。

 

「ル、ルンベックさん!? あ、いえ、ルンベック様!」

 

 ギルド職員が俺に気づいた。顔ぶれが多少変わってはいるが、見覚えのある人もいてよかった。

 それにしてもかしこまった態度だ。冒険者をしているときは言葉遣いに気をつけてもらった覚えはない。自分で言うのもなんだけど、国の重要人物となった相手にはそれなりの態度になって当然か。

 

「近くを通りかかったものでね。ここは今どうなっているのかなと気になったんだ」

「ルンベック様に気にしていただけるだなんて恐れ多いです。その寛大なお心に感服いたします」

 

 あまりの低姿勢に笑ってしまいそうになる。

 

「えっと、失礼ですが、そちらのお美しい方は?」

 

 俺の隣に寄り添う妻を見たギルド職員が尋ねる。俺と違って容姿からして冒険者ギルドとは無縁のような女性だから気になったのだろう。

 

「まあ美しいだなんて……。わたくしはフルメリー家侯爵の娘アーメ。ルンベック様の妻ですわ」

「な、なんと!? こ、侯爵様のっ」

 

 慌てるギルド職員が面白い。商人から貴族となって国の重要人物となった俺は平民からも知られているが、アーメは平民の前に顔を出すことは少ないからな。

 しかしそろそろ話を戻そうか。俺は単刀直入に聞くことにした。

 

「あの、俺が前にいたパーティー……あいつらは今どうしていますか?」

「あいつら……もしかして、ケントさんたちのことでしょうか?」

 

 その名前を口にする職員はなぜかばつの悪そうな表情をした。

 

「あの?」

「か、隠していたわけではないのですよ。これは口止めされていたことですので……ええ……」

 

 しどろもどろになる職員に俺は尋ねた。

 

「隠していたことがあるなら、全部話してください」

「は、はい」

 

 ここでようやく、あいつらが俺をパーティーから追放した本当の理由を知る。それは俺がこの地を離れてから、ちょうど三年が経った日のことであった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「まったく……ざまあないな」

 

 俺は墓の前でそうつぶやいた。

 この墓は俺を追放した連中のものだ。

 俺をパーティーから追放するところまではよかったらしいが、そのあとすぐに全滅してしまったのだそうだ。

 

「お前らバカだな。本当にバカだよ……」

 

 冒険者が死ぬことなんてそう珍しいことじゃない。

 だから別に俺が泣いてやることなんてない。あいつらだって、追放した俺に泣かれても迷惑だろう。

 

「俺は、お前らに迷惑かけてばっかりだったか?」

 

 俺は、あのときのことをすべてギルド職員から聞いた。

 

 あの日、ケントはいち早くドラゴンが現れるのだと予感していたのだそうだ。

 一時期恐れられていた伝説のドラゴンではあるが、実際に現れるまでその存在は信じられていなかった。

 ドラゴンは文献の中でしか見られない伝説上の生き物だった。その文献にはあることが書かれていた。

 それは村を襲う予兆。ケントはその予兆を故郷の村で発見したらしい。

 すぐに冒険者ギルドへと報告をした。だが、今まで見たこともない伝説上のモンスターを信じる者はいなかった。

 もし本当に現れたら村どころか国の一大事だ。ケントは国王に報告をしようとお目通りを願った。結果は門前払いだったそうだが。

 俺がいたころの話だ。高ランクの冒険者ならともかく、当時のパーティーはお世辞にも実力者と呼べるパーティーではなかった。

 そうしてケントは俺以外のパーティーメンバーと話し合いをした。俺以外の奴らは、みんな同じ故郷の村出身だったから。

 そして、一つの決定が成された。

 パーティーで唯一故郷の村と無関係の俺を遠ざける。そして、もしドラゴンが村を襲ったときは、自分たちだけで戦うということをだ。

 何も起こらなければ笑い話にすればいい。ひどいことを言ってごめんなさいと、俺に謝ればいい。そうギルド職員に話して、ケントたちは故郷の村へと赴いた。

 その結果はご覧の通り。

 ケントの予想は大当たりだった。ドラゴンは本当に現れて、伝説を体現する強さをもって襲いかかった。

 それは一つの村だけにとどまらず、いくつもの地域に被害が出た。しかも襲われる被害だけではなく、病魔を振りまくことさえあった。以前、俺が精霊の水で助けた村や町はその一部でもある。

 

 最初からケントの報告に耳を傾けていれば、ここまでの被害は出なかっただろう。そんなこと、今さら言っても遅いか。

 

「そこまで動いているんだったらさ……俺にも報告しろってんだよ……」

 

 ああそうだ。被害報告の中でたった一つの村だけ、ただの一人も村人に死傷者が出なかったのだ。

 それは最初に襲われた村。ケントたちの故郷の村だった。

 彼らは勝てないながらも村人を避難させていた。あの伝説のドラゴンから時間を稼ぎ、村の人々を救ったのである。

 その戦いの詳細を、俺は知らない。

 

「その戦いで死んだんだってな。まったく、俺を追放しておいて……ざまあ……ないなぁ……」

 

 何かが、零れた。

 

「……なんでだよ」

 

 なんで俺に言ってくれなかった? いっしょに戦おうと。なぜ言ってくれなかった?

 

「なんでって……そりゃあ、俺には言えないか……」

 

 俺にあいつらを責める資格はない。

 当時の俺は弱かった。戦闘で役に立たない。いてもいなくても結果は変わらなかっただろう。

 ただ無駄に死体が増えるだけ。あいつらはそれがわかっていたんだ。いや、相手がドラゴンなら実力のある冒険者でも死ぬ可能性の方が高い。

 自分たちならもっと死ぬ可能性が高かった。実際に結果も出ている。それでも、ケントたちは退くことなく戦い抜いた。それは大事な故郷だったから。

 俺だって戦いたかった。本当に仲間だと思っていたんだ。仲間の故郷なら、俺は命懸けでも守りたかった。

 ケントたちは、俺のことを仲間と思ってくれていたからこそ追放した。聞き分けの悪い俺はきっと弱いくせに出しゃばってしまっただろうから。

 ケントたちは優しかった。俺は追放されて、命を救われたのだ。そんな優しい奴らを見限ったのは、俺の方だ……!

 

 あのときの俺が弱かったから、誰からも知らされることなく、のけ者にされたまま結末を迎えてしまった。ギルド職員さえ知らされていたことを俺は知らなかった。

 今さらあいつらの優しさを、覚悟を、知ったところでもう遅い。だって、ケントも、ダグも、レオンも、エステルも、シャルロッタも、みんなが帰ってくることはないのだから。

 

「なあ……知ってるか?」

 

 返事がないとわかっていても、言葉を止められなかった。

 

「あの伝説のドラゴンが討伐されたんだぜ。どんなに強い奴が挑んでも倒せなかった伝説のモンスターをだ。誰がやったと思う?」

 

 とめどなく後悔が零れていく。

 

「……俺だよ。お前らが役立たずと言った収納魔法だがな、限界まで精霊の水を吸い込んで不思議な力が働いたんだろうな。収納魔法が進化して空間魔法へとなったんだよ。これがすごいんだぜ。指定した空間を自由に扱えるようになるんだ。あの硬質なドラゴンですら、空間を切り取ってしまえば簡単に首が落ちたんだ。どうだ? すげえだろ」

 

 いくら取り戻したくても無駄だ。

 

「俺は誰もが認める英雄になったんだ。しがない冒険者のころを思えばとんでもない成り上がりだろ? お前らが俺を頼ってきたところでもう遅い!」

 

 本当に、もう遅いんだよ……。

 今がどんなにすごくなったって、あのとき俺が力不足だったのに変わりはない。役立たず? その通りだ。あのときの俺は何もできなくて、あいつらに救われたんだ。

 

「……ごめん。事情も知らないでケントたちを恨んでた。俺がこうして生きていられるのもケントたちのおかげだ……。ケントたちが体を張ってくれたから村人はみんな生きているし、ドラゴンの情報もいち早く入手できたんだ。俺には、絶対にできないことだ……」

 

 いくら後悔しても、今さらもう遅い。ケントたちはとっくに亡くなってしまった。

 目が染みるのを乱暴に手で拭う。俺は言葉を続ける。

 

「俺の空間魔法を応用するとさ、遠く離れた場所でも移動できる転移魔法になるんだ。これを使えば何かあったとき、村の人たちを簡単に避難させることができる。それにもっともっとやれることはあるはずだ。二度と、お前らが無茶しないような、そんな魔法を生み出してやるんだ……」

 

 活用法はたくさんある。正しき英雄になるために尽力すると俺は決めたのだ。ケントたちのような、本物の英雄になると、そう決めた。

 

「……じゃあ、もう行くよ。これでも忙しいんだぜ? 次に会うときは良い土産話を期待していろよ」

 

 墓から背を向けて歩き出す。

「今さら」だとか「もう遅い」だとか、そんな言葉を二度と口にしないでもいいように、俺は全力で生きていこうと決めたのだ。それがあいつらへの恩返しになることを信じて。

 

 



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