プローテウスの艦娘たち   作:佐伯美鈴

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―海から生まれた「私たち」に捧げる。





10月18日1700~10月19日1400

【駆逐艦時雨①】

「珍しい苗字だね」

 

―私も今まで同姓の方にはお会いしたことがありません。呼びにくければ「しーちゃん」と呼んでください。みなさんそう呼びますから。

 

「遠慮しておくよ」

 

―私は「時雨さん」とお呼びしても?

 

「うん。改めて確認されるとちょっと照れるな」

 

―今日は貴重なお時間を割いていただいてありがとうございます。ただ、正直意外でした。

 

「どうしてだい?」

 

―いえ、過去のこととはいえ一般的には「海軍の失態」とされている事件のことですし、インタビューに応じていただけるとはあまり期待していなかったもので。

 

「正直ジャーナリストとか記者の人と話をして、いい思い出というのはあまりないんだけどね。でも自分が見た「本当のこと」を話すのに特に理由はいらないと思うよ」

 

―なんだかすみません。

 

「いいさ、気にしないで。僕もちょっと失礼だったかもしれない。ただ、君には話してもいいと思ったのは本当さ」

 

―ありがとうございます。では、短い時間ですがよろしくお願いします。

 

 

(…これは本心だろうか。本当に僕は「あの日」の出来事を人に話したいんだろうか…いや、いい、決めたじゃないか、大切なのは「真実」だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛防備戦隊機密第一八一七三三番電

「宿毛湾の230度20海里に駆逐イ級らしき艦影1の目撃情報あり。脅威度低なるも豊後水道方面警戒を要す」

 本電、佐伯防備戦隊、呉防備戦隊ともに受信。

 

 四国と九州を隔てる豊後水道の入り口で、小型の駆逐イ級1隻が民間ヘリに目撃されたのは10月18日の17時ごろであった。直ちに愛媛県の宿毛湾泊地と大分県の佐伯湾泊地から警急配備の第2駆逐隊(1ヶ月前から長期入渠中の駆逐艦春雨を除く)と第4駆逐隊の計7隻が出撃し警戒に当たったが、日没後ということもあり発見には至らず、よくある「はぐれ」の迷い込みと判断された。とりあえず威嚇の爆雷を投下したところ外洋に向けて遁走するイ級が確認され、各地の監視哨からもひとまず特異動向は報告されなかったため警戒態勢は緩められた。結果としてこれは宿毛防備戦隊が報告したのとは別の個体であったらしく、先のイ級は鯨のように潜水と浮上を繰り返しながら北上し続け、瀬戸内海に侵入しつつあった。

 

【呉鎮守府管区情報】

「19日午前1時、呉鎮守府発表。愛媛県・高知県・大分県・宮崎県・山口県・広島県沿岸に発令されていた「深海棲艦警戒情報」は「深海棲艦注意情報」に切り替えられました」

 

 本土の近海に駆逐イ級の幼体がまぎれこむことは珍しいことではなく、深海棲艦の出現当時のような大規模な襲撃は絶えて久しかったため、沿岸住民の危機意識も低下していた。むしろ人々の注意は陸に向いていた。それまで一般には恐ろし気な巨大海獣の姿で認知されていた深海棲艦に、ヒト型が存在するという事実が徐々に世の中に広まっていた時期である。「敵」は異形の怪物の姿だけではなく、隣人に似た姿をも持つという新たな恐怖が形作られつつあった。

 

【呉鎮守府管区情報】

「19日午前3時、呉鎮守府発表。愛媛県・高知県・大分県・宮崎県・山口県・広島県沿岸に発令されていた「深海棲艦注意情報」は全て解除されました」

 

 呉鎮守府は交通機関の停止や工場の操業制限など市民生活への影響が大きい「警戒情報」「注意情報」を夜明けまでに解除しようとあせったように見える。後知恵ではあるが、雨で視界も悪い、しかも深夜に警戒を緩めるべきではなかった。配信されたエリアメールのほとんどは見過ごされ、警戒情報の発令自体に気づかなかった人々が多かった。

 

 さて、10月19日は、朝方に降ったやや強い雨も昼前にはすっかり上がり、あちこちにできた水たまりもたちまち干上がって秋らしくない蒸し暑い日になった。

 気温は最高25℃、湿度は70%。ただ、空はどこまでも透き通って青く、空気も澄み切って、風さえ吹き渡ればまず申し分の無い行楽日和と言えた。呉市の多くの人々にとって、この日は隣り合う日々と区別のつかないごくありふれた秋の週末になるはずだったのである。

 

佐田岬監視哨機密第一九〇一四〇番電

「付近の海底検知器で水圧異常を感知す。付近行動中の友軍潜水艦ありや」

本電、宿毛防備戦隊、佐伯防備戦隊受信。呉防備戦隊受信記録なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦時雨②】

「その日は朝に雨が降って、でも昼前にはすっかり晴れていたと思う。蒸し暑いくらいで、ちょっと暑いねって言いながら秋雲といっしょに鎮守府を出たのが、確か12時半過ぎだったかな」

 

―朝の雨のことと、暑かったことはみなさん記憶に残っているみたいですね。当日は何のために外出されたんですか?

 

「いわゆる「公用外出」だね。軍隊のことだからあまり詳しいことは言えないけど、ちょっとしたお使いのようなものさ。急いで先を歩きたがるからよけいに汗をかいちゃったんだ」

 

―……駅に着いてから何を見たかを教えてください。

 

「駅に着く前に秋雲が小銭が足りないって言いだして、先に行ってほしいって僕に言ったんだ。それで先に駅の階段の下まで来たところで、いきなり頭上を砲弾が通り過ぎる音がした。「近い!」と感じて伏せたところで駅舎に命中したのがわかった」

 

―続けてください。

 

「伏せた姿勢のまま顔を上げたところで2回に分けて銃声が聞こえて、すぐにそっちに駆け出したんだ。そうしたら駅から逃げ出す人がたくさん見えて、みんなすごく慌ててた。駅員さんも「駅から出て!」て叫んでて、みんなすごく怖がってた」

 

―そんな中、時雨さんは逆に駅に入って行こうとしたんですね?

 

「うん、自然に体が動いたというのかな。艦娘だからというか。とにかくそこに行かなくちゃいけない、て思ったんだ。階段を駆け上がって改札の方に行ったら人だかりがあって、そこに…

 

―「彼女」がいた

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【広島県警察本部総合通信指令室 交信記録】

「本部より呉PS(警察署)管内。呉市宝町の海岸で深海棲艦らしき物を見たとの110番入電。近い移動どうぞ」

「呉3はPSから」

「それでは呉3 願います、110番。呉市宝町中央桟橋ターミナル付近の海中で深海棲艦らしき物体を見たとの付近住民女性からの通報。事件性の有無等も含め現着次第調査方、一報願います。整理番号〇〇番」

「呉3了解」

 

 呉駅から直線距離で約500メートルの中央桟橋フェリー乗り場に全長約15メートルの駆逐イ級の幼体が現れたのは10月19日の午後1時すぎのことだった。事前の警報がまったく無かったため、周辺は逃げ惑う人々で混乱状態となった。付近のショッピングセンターから撮影された動画を見ると、このイ級はまず桟橋の横に流れる川を内陸に向けて遡航しようとしたが、ふいに方向を変えて桟橋付近に這い上がろうと短い脚を動かしてもがいているのが分かる。

 やや離れた商店街で撮影された別の動画には周囲を不安げに見回す住民の姿が映っているが、状況を理解している様子はない。何事かを拡声器で呼びかけながら走り去るパトカー、防災無線の音声、そして危急を知らせようと誰かが乱打する車のクラクションで、肝心な情報はまるで聞こえない。動画の中ほどで撮影者が何か喋っているが、海側へ右折する陸軍の装甲戦闘車2両の轟音でそれもかき消されている。

 陸軍は湾内の監視警戒のために市内警固屋地区に小部隊を配置していた。この2両は定時交代のために偶然市内を走行中だったもので、異変を感じてただちに海側へ転進した。

 装甲車はいったん目標まで500メートルの地点まで接近したが、射線上に建物が入るために後退し、川にかかる橋の上から射撃態勢を取った。

 市街地に深海棲艦が出現した際は軍が制圧に当たり、警察・消防が住民の避難誘導にあたることになっていたが、結果として警官隊が深海棲艦と至近距離で相対し、陸軍部隊がその後方から攻撃するという形になってしまった。

 警官隊はイ級の脚部を射撃して行き足を止めようとしたが、拳銃では何の効果もなかった。車両に体当たりされ、蹴散らされる。ここで装甲戦闘車が35ミリ機関砲の射撃を開始し、次いで誘導弾を発射して命中弾を得た。イ級は横転し、主砲を発射しながら川に転落。ここで呉鎮守府を緊急発進した第11駆逐隊の駆逐艦4隻が到着し、雷撃により止めを刺した。

 住民や観光客の重軽傷者23名。別に警察官7名が負傷した。

 そして、イ級が川に転落したときに放った1発の砲弾が多くの人々の運命を変えることになる。

 この1発が流れ弾となって呉駅の駅舎に命中したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦秋雲①】

「それで、小銭を崩して戻って来たら大パニックだし時雨はいなくなってるし、何なのこれって思ってさ、そしたら警察とか警戒隊とかが駅に走って行くのが見えたから、駅で何かあったな、てのは分かったんだ」

 

―爆発音や銃声は聞かなかったんですね?

 

「聞こえなかったなあ。いや、イヤホンしてたしさ」

 

―その後駅に向かったのは何故ですか。

 

「理由?なんで」

 

―時雨さんを探そうとは思いませんでしたか?

 

「あー…まあ、艦娘としての女の勘ってとこかな」

 

―そっちに時雨さんがいると思った?

 

「そっちに体が動いたのさ」

 

―それから何を見ましたか?

 

「駅の階段までは来たんだけど、逃げる人でいっぱいでどうしようもなくてさ。そしたら警察の人が「逃げろ!死んじゃうぞ!深海棲艦だ!」て秋雲さんの肩を押したのさ。私服だったから艦娘だと分からなかったんだろうね」

 

―深海棲艦って言ったんですね?

 

「言った」

 

―その言葉を聞いてどう思いましたか。

 

「まあ陸上型深海棲艦てのがいるにしても、いくらなんでもいきなり駅に深海棲艦がいるわけないでしょ、電車に乗るわきゃないんだし。でもどっちみち現場には行かなきゃと思ったんだ。そしたら後ろですごい大声がして、振り向いたら初霜ちゃんがいたのさ」

 

―初霜さんは何て言ってたんですか?

 

「「海軍警備隊です!通ります!」みたいな感じだったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦初霜①】

「銃声は始めに拳銃のが数発、少しして小銃のが数秒間激しく聞こえました。危ないと思ったので、持っていた飲み物を置いて姿勢を低くしていました。たぶん2、3分くらいそうしていたと思います」

 

―駅前の商店街のライブカメラで見ると30秒ほどですね。

 

「そうですか?」

 

―そうですね。そして周囲を見回してから走り出しています。途中で周りに何か言っていますが、あれは何を言っていたんですか?

 

「姿勢を低くとか建物の陰に隠れてとかそういうことです。それで、駅まで来たら階段の下で秋雲さんが警察と言い争っているのを見ました」

 

―言い争っていたんですね?つまり、口論していた。

 

「そうです。」

 

―……秋雲さんはそう言いませんでした。

 

「うーん、でもあれは言い争いと言ってよかったと思います。何か言い合って、警察の人が秋雲さんの腕を掴んで、秋雲さんがそれを振り払ったのを見ました」

 

―初霜さんも当日は公用外出だったんですか?

 

「偶然駅にいただけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央桟橋の状況を知らない駅構内の人々は、この爆発を砲撃とは考えず、何らかの事故と考えた人が多かった。最初の119番通報は爆発と火災の発生を知らせている。

 

 事件後、駅構内の防犯カメラの映像が海軍省によって公開された。音声は録音されていない。

 

 動画の開始から15秒後、砲弾が駅舎に命中してカメラが揺れ、天井から部材が落下する。

 続けて画面左上から白煙が吹き寄せてくる。

 旅行用カートを引いて逃げる人や両手を前方に押し出すように振りながら声を上げる駅員、テナントの従業員などが画面を左から右に駆け抜けていく。やや遅れて年配の女性をわきから支えるようにして別の駅員と店員のような服装をした女性が足早に通り過ぎる。

 その5秒後、作業着姿の男性がふらふらと歩いてきて観光案内版の傍に倒れこみ、背広姿の男性が後から追いついて傍らに膝をつき、何か話しかける。

 ほぼ同時に男性が現れたあたりの白煙の中から黒服の少女が現れ、画面右側に向かう。

 同時に画面右側から走りこんできた警察官2名は一瞬少女の方に顔を向けるような動きを見せるが、すぐに倒れた男性の方に注意を向ける。

 1秒後、やはり画面右側から走りこんできた海軍警戒隊員2名は少女に顔を向けると直ちに小銃を構えて数歩後退し、一度画面から消える。同時に警戒隊員が姿を消したあたりから発砲煙らしき白煙が数度弾けたようにもみえるが、爆発の白煙と混ざって判然としない。

 直後、警察官2名は驚いたような仕草で警戒隊員のいるらしい方向と少女の方を見た後、拳銃を抜いて少女に対し発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦時雨③】

「改札の前まで来たら、俯せに倒れた女の子の周りに人が大勢集まっていて、何人かが銃を構えてた。床に血が広がって、みんなが大声を出してた。「こいつ武器を持ってるぞ!」って誰かが叫んで、女の子に台車を投げつけたんだ。警察の人がぶるぶる震えながら「こいつはヒト型の深海棲艦だから離れて」って僕に言ったけど、僕はすぐに女の子の傍に行って耳を顔に寄せたんだ。まだ息があった」

 

―女の子の様子を覚えていますか?

 

「口をぱくぱくさせて何か分からない言葉を言ったけど、僕にはこの子は深海棲艦じゃないってすぐに分かったから、できるだけ大きな声で「この人は違う!」って言ったんだ」

 

―見て分かるものなんですね。

 

「普段から深海棲艦を見ているからね。多少色白できれいな人は確かにそういうふうに見えるかもしれないけど、見れば分かるよ。艦娘なら深海棲艦と人間を見間違えるはずがないさ。恐怖に駆られて誤射したんだってすぐに分かった」

 

―周囲の人たちはどう反応しましたか?

 

「全員が大声で叫んでた。冷静な人は誰もいなかったと思うし、誰も人の話を聞いていなかった。僕だって叫んでいた。誰かが倒れたままの女の子を蹴って、帽子が飛んで、警戒隊が小銃に着剣するのが見えたとき、「だめだ、これに飲み込まれてはいけない」って思ったんだ」

 

―「これに飲み込まれる」とはどういうことですか?

 

「関係ない女の子を皆で殺そうとしている、そのパニックに飲み込まれるって思ったんだ。これは正しくないことだって分かったし、止めなきゃ、助けなきゃって思ったんだ」

 

―それで女の子を抱きかかえた。防犯カメラを見ると何かを叫んでいます。

 

「何て言ったかな、確か…「これは殺人だ!」って言ったんだ。みんなの目から野蛮さを感じたんだ」

 

―時雨さんも少女と一緒に人々に取り囲まれる位置にいました。いくら艦娘とはいえ艤装が無ければただの女の子です。命の危険すらあったと思います。時雨さんから見て周囲の人はどう見えましたか。野蛮に見えましたか?危険を感じましたか?

 

「彼らが野蛮な人だという意味ではなくて、彼らも悪い人ではなかったし、みんな怖がってた、怯えていた。だから、この子もだけど…うん、でもどうだろう…?」

 

―どうぞおっしゃってください。

 

「この子の命もだけど、この人たちも助けなきゃって、強く感じたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦秋雲②】

「それで、初霜ちゃんが海軍警備隊を名乗って身分証を見せたら、警察が「上です」って言うから一緒に階段を上がったんだよね。そうしたら人が集まって大騒ぎしてるのが見えた。その中心あたりから時雨が何か叫んでるのが聞こえたから、最初は時雨に何かあったんだと思ったのさ」

 

―それから何を見ましたか。

 

「時雨のところに行こうとしたら、そこでまた別の警察か警戒隊員に「近づいちゃダメだ」って肩をつかまれて、振り払おうとしたら床に倒されちゃって…痛かったよ、ひどくない?」

 

―初霜さんはそのときどこで何をしていましたか?

 

「初霜ちゃんはたぶん時雨のところに行ったと思う」

 

―見ていないんですね?

 

「取り押さえられてたからね、その後は引きずられて駅の外に出されちゃったし。助けを呼んで車を回したのは初霜ちゃんなんでしょ?」

 

―そのようです。初霜さんが警察に止められなかったのはなぜでしょうか?

 

「初霜ちゃんに聞けばいいでしょ」

 

―秋雲さんを取り押さえたのは警察官か警戒隊員かどちらか覚えていますか?

 

「どうかなあ、俯せだったしね」

 

―その後のことを聞かせてください。

 

「駅から引っ張り出されて、そしたら朧がロータリーに車をつけていて、そこからそのまま中央桟橋の応援に行ったのさ。あっちも大変だったし」

 

―現場の状況はどうでしたか。

 

「けが人はほとんど運ばれた後で、混乱はしてたけど多少は収まってたから、実際にやることはあんまりなかったね。10駆のみんなも揃ってたし。救急車が来るまでの間けが人に声をかけるとか、それくらい。でも現場で制服の艦娘の姿を見せて住民を落ち着かせるのが大切だって夕雲が言ってた。あと、みんな慌てて逃げたんだろうね、カバンとかサンダルとかがたくさん落ちてて、歩道に積み上げられてたのを覚えてるかな。後からショッピングセンターに商品を搬入するトラックが来て「まだ入れませんか」って言うから、朧が「今はそんな時じゃないでしょう」ってすごい剣幕で怒りだして、ちょっと大変だったのさ」

 

 駅構内の防犯カメラに秋雲の姿は映っていない。秋雲が取り押さえられた階段付近がもともとカメラの撮影範囲に入っていないためであろう。午後2時半ごろ中央桟橋で撮影されたニュース映像には、リボンを負傷者の腕に巻く秋雲の姿が画面隅に小さく映っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駆逐艦初霜②】

「それで、秋雲さんが腕を振り回したら警察の人もその気になったのか秋雲さんを地面に引き倒したので、さすがにまずいと思って、「私たちは呉鎮守府の艦娘です。何が起きたんですか」と言って割って入ったら、「今、駅の中で攻撃を仕掛けてきたヒト型深海棲艦が射殺された」と言うので、それで秋雲さんといっしょに階段を上がりました」

 

―そこで、防犯カメラに写っている現場に直面したわけですね。

 

「はい。床に大きく広がった血だまりの中で、時雨さんが女の子を抱き抱えて叫んでいました」

 

―時雨さんは何を言っていましたか?

 

「「救急車を呼んで」とか「この子は違う」って叫んでいました。あ、秋雲さんはそれを見て突然騒ぎはじめて、それで朧さんに連れられて、いやそれはもっと後ですね。警察の人に引っ張られて外に連れ出されたんです」

 

―倒れている女の子を見てどう思いましたか。

 

「普通の女の子だとすぐに分かりました。艦娘が見分けられないはずはないです。だから深海棲艦はまだどこかにいるのだと思って、「撃たれた深海棲艦はどこにいるんですか」と近くにいた兵隊さんに聞いたら「あれがそうです」と小銃の先で女の子を示しました」

 

―防犯カメラの映像だと時雨さんの傍に駆け寄った後、人々を抑えるように両手を広げて立っています。

 

「これは誤射だ、すぐに病院に運ばなきゃいけない、助けなくてはいけないと思いましたから。それに周りの皆さんはまだその女の子を攻撃しようとしていたし、時雨さんまで危ない状況にいるように見えました。とにかく海軍の艦娘を名乗ってここから運び出さなくてはいけないと思いました。だから「海軍呉鎮守府の艦娘です。この女性は我々が掌握します!」って大声で言いました」

 

―「掌握する」という言い方は一般的なんですか?

 

「普通はしません。ただ「保護します」はおかしいし「鹵獲します」もあまりといえばあまりだし、その場で思いついたんです」

 

―その後海軍の公用車が来て、海軍病院まで搬送することになるわけですね。運転していたのは誰ですか?

 

「朧さんです」

 

―なぜ普通の救急車で搬送せず、しかも付近の病院ではなく車で10分以上かかる海軍病院を搬送先にしたのでしょうか。

 

「他にもけが人が大勢出ていましたから、近くの病院の対応能力が逼迫していると考えました。設備の充実した海軍病院への搬送の方が確実だと思ったからです。間違った判断だとは思いません」

 

 駅での負傷者は重体の少女を除いて37名で、うち重傷が19名。中央桟橋での負傷者の救護も必要だったから、初霜の判断には矛盾がない。ただ、救急車並みに早く到着した公用車の存在や、現場の遺留品や血痕や防犯カメラの記録まで手早く「掌握」した海軍特別警察隊の活動など、海軍の手際が良すぎるのも事実である。

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