プローテウスの艦娘たち   作:佐伯美鈴

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呉市への深海棲艦の襲撃事件と、真相をさぐる「珍しい苗字の女性」。
時雨、秋雲、初霜の語る事件の風景は細かな食い違いを見せる。
そんな中、もうひとりの駆逐艦娘が語り手に加わる。

・登場する人物・団体・名称・地名等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・初投稿です。



10月19日1600~10月19日1730

 午後4時18分、ニュース速報で「重体の女性1名死亡」が報じられた。この事件唯一の死者である。

 海軍の行動はとにかく迅速であった。午後6時半には呉鎮守府司令官の記者会見が開かれ、午後7時のニュースでその模様は大きく報じられた。

 呉市内へ駆逐イ級の侵入を許した責任を率直に認め、警察・消防・陸軍の活動に謝意を述べた。

 その一方、砲撃により駅で負傷者が出たことを「痛恨の極み」とし、少女の誤射による死亡については、少女が武器を持っていると誤認した警察官がまず発砲し、海軍警戒隊員が続けて発砲したとされ、「断腸の思い」と深く謝罪し、最後に司令官の解任が発表された。被害者は広島市内在住の未成年の女性と発表され、プライバシーに配慮して氏名等の公表は差し控えられた。現場の防犯カメラの映像も人物の顔にぼかしが入れられた形で一部が公開された。

 私も記者会見の場にいたから当時の様子は鮮明に覚えている。海軍の失態をてきぱきと説明し、流れるように自らの解任を発表する鎮守府司令官の姿に違和感を抱いたのが、この事件を追おうと決めたきっかけだったからだ。

 

 世間的には事件はこれで収束した。深海棲艦の出現当初、沿岸部で千人規模の死傷者を出す被害が相次いだころと比べれば、むしろ海軍と艦娘の対応力が向上したため「死者1名程度」で済んだと捉える人が多かったし、誤射や流れ弾で周辺に被害が出ることは、責任こそ問われたものの「戦時にはある程度有り得ること」と捉えられていた時期である。警察官2名は特別公務員職権濫用等致死傷罪で告発されたが不起訴処分となった。一件落着というわけだ。

 ただ、あまりにも事件の概要がすっきりとしすぎている。後処理の手際が良すぎるという印象は私の中にわだかまりとして残り続けた。

 そしてもうひとつ。被害者となった少女について、プライバシーへの配慮から氏名や住所が公表されなかったとはいえ、あまりにも何の情報も出てこないのである。この情報社会において、友人知人や家族なども含め、誰からも触れられない死者がはたして存在するものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【駅構内の飲食店の店員】

「土曜日のお昼時でしたから、お客さんも多くいらっしゃいました。そこへ突然大きな音がして、何か爆発して、天井が落ちてきたんです。慌てて店の外へ飛び出したら駅員さんが「逃げろ!」って言って私を引っ張ったんです。そこであの黒い服の女の子を一瞬見ました。抜けるように肌が白かったのを覚えています」

 

―映像を見ると、建物の破片から舞い上がった白い粉をかぶって全身が白く見える人もいます。あれと同じではありませんでしたか?

 

「あれとは違います。恐ろしいくらいに肌が白くて美しくて、それにあの瞳、透き通るような薄い紫で、だから外国の方だと思ったんです。だからテレビで流れていた映像はちょっと違うなって、もっと色の白い女の子でしたよ」

 

 

 

【市内在住の男性】

「その黒い服に長いスカートの女の子のことは覚えています。私が広島駅から呉に行く電車に乗って、二つ目の駅で、足音もなくすっと乗ってきました。その子の周りだけ空気がひんやりと冷たく感じるような、色の白いきれいな女の子でした」

 

―その女の子について他に覚えていることはありませんか?

 

「じろじろ見てたわけではないし…すみません」

 

―その女の子は呉駅で降りたんでしょうか。

 

「たぶんそうだと思います」

 

―テレビで放送されていた事件の映像と比べて、どうですか?

 

「見た目は間違いなく同じ人です。ただ、実際にはもっと色白のような…でも映像が粗いのでこんなものだと言われればそうかもしれません」

 

 現場にいた市民の証言によく出てくるのが少女の肌の白さである。しかし、防犯カメラの映像ではそれほどの色白には見えない。海軍が映像を公開した際に顔にぼかしを入れたのは、プライバシーへの配慮だけが理由なのだろうか。

 

 

 

【駅のテナントの従業員】

「爆発の瞬間は何かの事故だと思いました。次に銃声が続けて聞こえて、お恥ずかしいお話ですが腰が抜けてしまいまして、同僚の肩を借りて駅中に出たら警官や兵隊が大勢いて、「外に出ろ!」と怖い顔で言われたので階段を降りようとしたら、女の子が一人床に組み伏せられていました」

 

―どんな女の子でしたか?

 

「茶髪で、髪は長かったです。腰くらいまではあったと思います。白いワンピースを着ていましたが、床に押し付けられたせいで汚れてしまっていて、「どうしたんですか」と声を掛けたら警官に「早く行け」と怒られました。その子はとても取り乱した様子で、激しく暴れていて、「あたしが行かなきゃいけないんだ」と叫んでいました」

 

 テナントの従業員が見た床に組み伏せられた少女は、秋雲や初霜の証言通りに解釈すれば秋雲のことであろう。

 広島駅から二つ目の駅は向洋駅である。近くを流れる川に接して海軍が出資する福祉施設があり、戦災孤児を積極的に入所させていることで知られていた。川沿いの船着場から船を出せば呉鎮守府へは1時間ほど。艦娘の長期療養や臨時の宿泊所として秘密に使われることもあると噂されていた。

 

 

 

【福祉施設の隣のコンビニの店員】

「施設の子たちが汽車に乗るときはよくうちに寄りますから、だいたい分かります。でも、いったいなんでそんなことに興味を持つんですか。みんな挨拶のできるいい子たちですよ」

 

―すみません。気を悪くされたら申し訳ありません。ただ、どうしてもはっきりさせなければいけないことがあるんです。この写真の中に、10月19日に近い日付で見覚えのある女の子はいますか?

 

 店員の女性は数人の写真を指し示した。海軍の駆逐艦娘総覧であることを伏せて見せたのはフェアではなかったかもしれない。しかし、収穫はあった。事件の1か月ほど前より、1週間から10日に一度程度施設を訪れていた艦娘の存在が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

【福祉施設 施設長】

艦娘との関わりについての取材のメールのやり取り

「お申し越しの件ですが、当施設の概要につきましてはホームページに記載されているとおりであり、ただ子どもたちの将来のため健全な生活をサポートすることのみが我々の使命であると考えております。艦娘についても、当施設として公式の関わりはございません」

 

―海軍病院と施設との間で小型船が行き来している件について

「当施設は海軍から一部の出資を受けており、これはホームページ上の財務諸表でも公開されております。そして、正規の事務手続きを経たうえで海軍との間に民生品の授受等の業務が生じることがあり、そのような活動の一部が目に触れたものであると考えます」

 

―施設の船着き場で担架や車いすに乗った少女たちが目撃されている件について

「当施設で対応困難な疾病等について海軍病院に診察や検査を依頼することはしばしば起こりえます。海軍病院が民間の患者を受け入れることも以前から日常的に行われており、なぜ貴殿がこのようなことにお問い合わせの価値を見出されるのかいささか理解に苦しみます」

 

―呉の事件の1か月ほど前に艦娘が貴施設に療養のために入所したという噂について

「繰り返しになりますが当施設として公式の関わりはありません。また、あくまで当施設は福祉施設であり、艦娘を入所させる理由がありません。また、入所者個人に関する質問にはお答えできません」

 

―「公式の関わり」が無いということはそれ以外の関わりは存在するのか

回答なし。

 

 

 

【県警本部長】

「何だね君は」

 

―呉駅での深海棲艦襲撃事件についてうかがいたい点があるのですが。

 

「答える必要はない。全ての資料は公開されている」

 

―その資料についてです。防犯カメラの映像では先に発砲しているのは警察官ではなく警戒隊員に見えます。しかし調査報告書では…

 

「調査報告書に書いてあることが全てだ」

 

―現場で艦娘を取り押さえようとした警察官の証言も直接確認したいんです。取り押さえた場所と艦娘の服装について…

 

「帰りたまえ」

 

 

 

【市消防局担当者】

「10月19日午前11時45分に福祉施設周辺の住民から施設の非常ベルがずっと鳴っているとの119番通報がありました。現場到着後、報知器の誤作動だったと施設側から説明があったので、出場した隊は撤収しました」

 

 

 

 

 

【駆逐艦朧】

「あの日は色々予定が入っていました。車を回してあちこちに行くように言われていたんです。鎮守府の軽バンの空きが1台しか無くて」

 

―公用外出ということですか。

 

「大した用事ではないんです、秘密でもありません。細々とした物の仕入れとか、送迎とかです。午前中は役所から山の方をぐるっと回って、お昼に一度鎮守府に戻りました」

 

―午後の予定はどうなっていたんですか。

 

「午後は隣町まで人を送ることになっていたのですが、急に初霜さんを駅まで連れて行ってくれって提督に言われました。お昼を食べてからと思っていたのですが、あわててキーを持って駐車場に出ました」

 

―お昼がおあずけというのはつらいですね。

 

「秋雲がニヤニヤしながら「かわりに食べておくよ」って言っていました。一言多いんですよ、いつも。それで初霜さんを車に乗せて駅まで送っていったら、少し手前のところで「ここでもう大丈夫です」って言って車を降りました。ただ、朧はお腹が空いていたので、いっそ鎮守府に戻る前に何か買ってお昼をすませてしまおうかと思って、路肩に車を止めて少し考えていたんです。そのうちにあちこちからサイレンが聞こえ始めて、何かおかしいと思って車の向きを変えたところで砲声と爆発音を聞きました」

 

―どうぞ続けてください。

 

「どちらにせよ鎮守府に戻らないといけないと思っていたら、初霜さんから携帯に電話がありました。駅にすぐ来てほしいってかなり慌てた感じでした」

 

―駅で何を見ましたか?

 

「時雨さんと初霜さんたちが血まみれの人を抱きかかえて駅のロータリーのバス停のところにいました。周りに警察や消防の人がたくさんいました。時雨さんの服も、よく着ているお気に入りの服だったんですが、一面に血が付いていて、最初は時雨さんも怪我をしたのだと思っていました」

 

―……消防隊員がいたんですね?

 

「救急車の人って言うんでしょうか、何人かいました。初霜さんに「本当にいいんですか」ってかなり大きな声で言っていました。駅のロータリーもかなり無理をして入ったんです。パトカーや救急車がどんどん来ていましたから」

 

―そしてそのけが人を海軍病院に運んだ。

 

「そうです。初霜さんが乱暴にドアを開けて、座席を倒して、女の子を運び込みました。顔は見えませんでしたが、胸から下は血まみれでした」

 

―その女の子を見てどう思いましたか。

 

「出血を見て、「ああ、これはダメかもしれない」と思いました。戦場でさんざん見ましたから、だいたい分かります。でも病院に連れて行けば助かるかもしれないと思って、車を飛ばしました。クラクションをばんばん鳴らして、信号も一方通行も無視して、途中でお巡りさんが見ていましたけど赤い棒を振って「行っていい」って合図してくれました」

 

―女の子を見て何か他に気づいたことはありませんでしたか?

 

「………かわいそうだと思いました。ただ普通に日々を暮らして、それでいいはずなのに、こんな目にあっていい人なんて誰もいるはずがないのにって思いました」

 

―他に、女の子を見て気づいたことはありませんでしたか?本当になかったですか?

 

「……ありません」

 

―……どうぞ続けてください。

 

「病院に着くまで、ずっと声をかけていました。「しっかり」「がんばって」「あたしがついてる」って声が後ろから聞こえてきて、朧は前を見て運転していたから声だけを聞いていたんですけど、だんだん声がしなくなってきて……」

 

―すみません、辛かったらもう…。

 

「……いえ、大丈夫です。病院に着いて車を搬入口につけたら、お医者さんとか看護師さんがわっと飛び出してきて、その女の子を運んでいきました。時雨さんも初霜さんも病院の中に入っていって、そこで急に一人になってしまって、あまりにたくさんのことが一気に起こったのでしばらくぼんやりとしていました。「あ、お昼を食べる途中だった」って思い出したんですけど、おかしいですよね、それどころじゃないのに。ちょうどそこに提督から電話がかかってきて、中央桟橋の応援に行ってほしいって言われました。そうは言っても車の中は血まみれだし、一度鎮守府に戻りたいって言ったんですけど、提督は、ダメだすぐ行きなさいって、いつもの優しい感じがぜんぜんなくて、しかも途中から駅に秋雲を迎えに行くようにって、話が変わってきたんです」

 

―司令官からの電話はいつごろでしたか?

 

「2時半過ぎだったと思います。それで、仕方なく駅まで行ったらまだ駅前は大混乱でした。ロータリーに入れずうろうろしていたら秋雲本人から電話がかかってきて、もう駅はいいから中央桟橋に迎えに来てほしいって言われました。もういいかげん腹が立ってきていたんですけど、中央桟橋まで行きました。秋雲は腕まくりをしていて、制服のリボンも外して、けがをした人たちにペットボトルの水を配っていました。最初はいつもの調子だったんですが、血まみれの車内を一目見たらものすごく驚いて「なにがあったのさ!」って聞いてきました」

 

―ちょ、ちょっと待ってください。秋雲さんが「なにがあったのか」って言ったんですか?

 

「はい、そうです。秋雲は「提督に朧の車で鎮守府まで送ってもらえって言われたんだけど、こんな車は嫌だ」って言い始めて、朧も気が高ぶっていたからそこで言い合いになってしまって」

 

―搬入のトラックのことは覚えていますか?

 

「覚えています、ひどいことを言ってしまったと思います」

 

―誰も責められないと思います。

 

「結局秋雲を助手席に乗せて帰りました。鎮守府まで車でならほんの1分くらいなんです。それなのになんでわざわざ秋雲を迎えに行かされたのか、後で提督に聞いたんですが、ただすまないすまないと繰り返されて、それで終わりです」

 

―今振り返ってみて思うことはありますか?

 

「…思い出すのは車の中の血の色と、空が青かったこと、それにたくさんの人の剥き出しの強い感情にさらされたことです。それと、あの燃えるような夕陽。あのひどい一日の最後に秋雲と夕陽を見たんです。あの日の夕陽はステンドグラスみたいに透き通った赤が紫の雲に映えて、泣きたくなるくらいきれいでした。秋雲は泣いていました。朧も一緒に手を取って泣きました。その時、朧の中で何かが変わって、少し世界の見方が変わりました」

 

―どういうことでしょう。

 

「みんな嘘をついています。みんなそれぞれ大切なものがあるのは分かります。それを守りたい気持ちも分かります。でもそのために朧の大好きな人たちが嘘をついているのは嫌でたまりません」

 

―朧さん自身は大切なものを守るためだったら嘘をつけますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―すみません。本当にごめんなさい。

 

「…いいんです。朧は今でも朧の大好きな人たちが大好きです。でもその置き場所がちょっとだけ変わったっていう、ただそれだけなんです」

 

 

 

 

 

 事件の3か月後、白露型駆逐艦5番艦春雨は海軍駆逐艦娘籍から除籍された。

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