プローテウスの艦娘たち   作:佐伯美鈴

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朧との対話の後、しーちゃんは時雨と再度対話する。

・登場する人物・団体・名称・地名等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・初投稿です。



駆逐艦時雨としーちゃんとの好ましからざる対話

【駆逐艦時雨④】

―本当にありがとうございます。2回目のインタビューに応じていただけて。

 

「いいさ、大して忙しいわけでもないからね。雨は大丈夫だったかい?」

 

―お気遣いなく、この季節なら濡れてくるのも悪くないものですよ。

 

「そうさ、雨は悪くない、悪いものではないからね。さて、本題に入ろう。僕としては知っていることはみんな話してしまったと思っているんだけどね」

 

―あの後色んな方からお話をうかがいました。私なりに色々と考えるところもありましたし、事実を明らかにするのが正しいことなのかどうかも悩みました。でも、私は私の「知りたい」という気持ちに嘘をつくべきではないと思ったんです。

 

「うん、君の気持ちを大切にしていいと思うよ」

 

―ありがとうございます。では時雨さん、そうですね…「カントリー・ロード」という歌を知っていますか。

 

「知ってるよ。♪That I should have been home yesterday, yesterday」

 

―「♪Country roads, take me home. ♪To the place I belong」

 

「ふふ」

 

―どう思われますか?

 

「何がだい?」

 

―「故郷(ホーム)に帰りたい」その気持ちは人間でも艦娘でも同じなんでしょうか?

 

「そうだね、そうだと思う。この世で一番自然な気持ちさ」

 

―深海棲艦でも?

 

「さあ、どうだろう。考えたこともないな」

 

―「艦娘・深海棲艦同根説」はご存じですね?

 

「よく聞く与太話だね。根拠はないよ。艦娘にとっても人類にとっても深海棲艦は敵としか言いようがないと思うな」

 

―でもしっくり来るんです。海で沈んだ船たちの魂、そこには怨念や無念もあれば勇気や毅然といった物語もある。光が当たれば艦娘を生み、同時にできた影は深海棲艦を生む。そして、沈んだ艦娘は当然…。

 

「深海棲艦に、か。確かに分かりやすいね。でも、その説は海軍も公式に否定しているし、何の根拠もないよ」

 

―光の当たり方が、その「海から生まれたモノ」の在り方を決めるのであれば、今、艦娘である者も、その存在に、精神に、影が差せば「轟沈」という事実を経ないでも深海棲艦になりうる、深海化する。心当たりはありませんか?

 

「ないね」

 

―導かれるようにまっすぐに鎮守府や泊地などに接近する「はぐれイ級」、あれはホームスピードで母港を目指すかつての艦娘と考えたことはありませんか。

 

「ないよ」

 

―私の取材に二つの仮定を加えると、疑問点が全て解消するんです。ひとつは今のお話です。

 

「『深海化した艦娘はホームを目指す』」

 

―そうです。そしてもうひとつの仮定は、『秋雲さんはあの日一度も駅に行かなかった』。

 

「あははは」

 

―おかしいんですよ。秋雲さんは中央桟橋での出来事はよく覚えているのに、駅での出来事の細部を話せない。それに、警察官と口論した場所と取り押さえられた場所についての話が曖昧だったり、初霜さんの行動を見ていなかったり、それにおそらく、床に広がった血だまりの印象が無いんです。見ていないはずがないのに。

 

「秋雲にそんな嘘をつく理由があるかな」

 

―秋雲さんには理由は無いんです。あの日駅にいた誰かの身代わりで、秋雲さんは『駅にいたことになった』。

 

「なかなか面白いね」

 

―だから、朧さんが秋雲さんを迎えに駅へ行くように言われたのも、「駅にいる秋雲さん」を見た「証人」をもっと作りたかったからです。実際の秋雲さんの行動は、鎮守府から直接中央桟橋に救護活動に向かって、ずっとそこから動かなかったんでしょう。秋雲さんが気を利かせて駅ではなく中央桟橋に来るよう朧さんに電話したことでこの仕掛けは失敗した。それはそうですよね、中央桟橋にいるのにわざわざ駅まで行って迎えを待つ理由が無いですから。それに、成功していたとしても、結局秋雲さんの服装が途中で変わっていることになって、仕掛け自体にあまり意味が無いんです。

 

「ずいぶんいいかげんな仕掛けを考えた人たちがいるんだね」

 

―きちんと考える余裕がなかったんでしょう。それに、駅にいた誰かの身代わりと嘘の証言を頼むにしても、秋雲さんを選んだのはまずかった。秋雲さんは嘘をつきとおすには気が弱くて繊細過ぎるし、逆に観察力は強すぎた。証言の中のよく覚えている部分と実際に見ていない部分の差が大きくなってしまった。きちんと嘘をついた初霜さんとの差も大きくなってしまった。

 

「続きが聞きたいな、名探偵さん。犯人は僕かな」

 

―…時雨さん、ここからは仮定です。私の考えたお話です。脚本です。そう思って聞いてください。あの日、時雨さんと、時雨さんに同行した誰かは、長い間具合を悪くしている別の誰かの、何度目かの『お見舞い』のために駅に向かった。心配者の上司は不測の事態に備えて「しっかり者」にこっそり後を追わせた。しかし、不測の事態がよりによって二つ起こってしまった。ひとつはイ級の襲撃、もうひとつは、ひょっとしたらイ級の接近が関係したのかも知れない、感応して引き金になったのかもしれない、元々不安定だったコンディションが決定的に悪化し、そのお見舞いを待つ「誰か」は、ついに深海化してしまった。療養中の「どこか」から逃げ出した彼女は懐かしいホームに、母港に、仲間に会いたくて、本能のままに呉を目指した。

 

「それはちょっとひどいシナリオだね、君は脚本家に転職するのだけはやめておいたほうがよさそうだよ。深海棲艦が電車に乗ってやって来たとでも言うのかい?それならデパートで買い物する深海棲艦だっていそうじゃないか!」

 

―現場の駅に駆け付けた時雨さんは撃たれて倒れている少女の正体を一目で理解した。だって艦娘が「深海棲艦と普通の女の子を見誤るはずはない」わけですから。時雨さんはその艦娘が深海棲艦として処理されようとしていることに耐えられなかった。その前に、海軍の手で全てを「掌握」して、その子を救おうとした。「この子は違う」「救急車を呼んで」。遅れて駆け付けた「しっかり者」は一瞬で事態を飲み込み、時雨さんに行動を合わせて、自分を送ってきた公用車を呼び戻すことを思いついた。ただ、「同行者」は目の前の事態を見て、狂乱して取り押さえられた。

 

―そして車を回し、搬送の途中で気が付いた。もう間に合わない。もうこの子は助からない。そして、海軍病院に着くまでのわずかな時間で、当事者全員の口裏を合わせ、少女を人間のまま、あるいは艦娘のまま死なせてあげようと考えた。しかし時雨さんは、「しっかり者」はともかく「同行者」がとても嘘をつけるような性格ではないことを知っていた。その同行者を艦娘として絶対的に信頼していたからこそ、嘘がつけない性格であることにも絶対の自信があった。だから少しは嘘つきがうまそうな、せめて髪の色くらいは似た身代わりを一人用意する必要がある…。

 

「それが秋雲だと言いたいのかい?」

 

―そうです。病院に着いた時雨さんは、「同行者」と「しっかり者」を抱き込み、次いで急いで司令官に連絡を取って抱き込もうとした。朧さんを抱き込まなかったのは正解でした。彼女はうまく嘘なんかつけるわけがないし、搬送した少女の正体に気づいても、誰にも漏らさないはずです。朧さんには口止めだけすれば十分だ。司令官も即座に賛成し、朧さんと秋雲さんに連絡を取って、秋雲さんが駅にいた証拠を補強しようと仕掛けを打って失敗した。その時秋雲さんは単に駅に行って迎えを待てと言われただけで、この、言わば「謀議」に加わるよう説得されたのは夕方以降鎮守府に帰ってからでしょうから、よかれと思って朧さんに勝手に連絡を取ってしまった。素直に駅に行ってくれれば、テレビに映らなくても済んだかもしれないのに。

 

「朧の話を信じすぎじゃないかな」

 

―そして司令官は事態の収拾のために上層部を抱き込み、速やかに海軍が現場を掌握することを後押しした。上層部としても、ヒト型深海棲艦が市街地に紛れ込んだという事実と、状態不安定な艦娘が深海化したという危険な事実を隠蔽したかった。駅で撃たれたのは「深海棲艦」ではなく「艦娘」でもなく「少女」でなくてはならなかった。

 

―あとは、海軍の警戒隊員はヒト型深海棲艦を即座に識別して迷いなく引き金を引ける、つまり「ヒト型深海棲艦など珍しくもない」という海軍内部の「常識」を隠蔽するために、「先に発砲したのは警察だ」ということにして警察を押し切ればいい。そして、警察を悪者にする交換条件に呉鎮守府司令官の解任というカードを用意した。

 

「証拠も根拠も無しに、よくもまあそれだけのことを思いついたね」

 

―そうです。証拠はなにひとつありません。さっき言った通りこれはどこまで行っても私の「脚本」にすぎません。私の取材はここまでです。世間に公開したところで与太話扱いで終わりでしょう。どこにも発表することはありません。ただ、私は自分の「知りたい」という気持ちにだけは忠実でありたい。そして私は真実にどれだけ近づけたのかだけは知りたい。それだけなんです。

 

「それで、真実は君に門を開いたのかい?」

 

―時雨さん、悪い顔してますよ。

 

「ふ、ふ、ふ」

 

―私たちにはそれぞれ守るべき、守りたいものがあります。それを守るためであれば、真実だって常に姿を変え得る。言い換えれば、大切なものを守れない「真実」など、「真実」の価値に値しない。少なくとも時雨さんはそう考えているのではありませんか。自分の守りたいもののために、自分一人が信じる真実を頼りに、全てを背負ったつもりになって、孤独を受け入れるつもりなのではないですか。

 

「君が僕について言っていることは、君自身が今やっていることと敷き写しのようにそっくりだよ?」

 

―お互い自分勝手なものですね。

 

「門の向こう側にいるのが真実すら変幻自在に変えられる存在だとすれば、君自身の「真実」はだいぶ分が悪いんじゃないかな。誰にも予言を信じてもらえない呪いをかけられた予言者の運命を知っているかい?」

 

―そうですね。でも、それは私も時雨さんも同じじゃないですか。それに、黙って冷たい雨に打たれ続けることを選んだ人に、使ってくれないだろうとはいえ、傘を差しだす人がいたっていいじゃないですか!なんで時雨さんはそんな何かも分かったって顔をして静かに笑っていられるんです?

 

「しーちゃんは優しい人だね。でもね、こうも言えないかな」

 

―止まない雨はない、と?

 

「…僕を揺さぶろうとしてる?」

 

―そういうつもりはありません。ただ…時雨さんは雨が止むことを望んではいないように見えます。でも、雨に打たれ続けているのは時雨さんだけではありませんよ。そうでしょう?

 

「雨は止むものさ。いつかはそうなるよ」

 

―そういうものでしょうか。

 

「もう時間だね」

 

―…そうでしたか。申し訳ありません。今日はありがとうございました。今日のことは忘れないと思います。

 

「僕もさ。もう会うこともないだろうけど」

 

―さびしくはないですね。

 

「傘立ての傘を忘れないでね」

 

―私は自分のを持っていますよ。

 

「じゃあ一体誰のだろう?」

 

―さあ…。

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