夜明け。山の向こうが淡く明るさを増す。朝の冷たく涼やかな空気が体を満たす。鎮守府の営庭の国旗掲揚ポールにフックの金具が風に吹かれて当たる音がする。
包丁がまな板をたたくリズム。コンロの点火。鍋で何かが煮える音。鳳翔が口ずさむ何かの旋律は、記憶にはないがなぜか懐かしい。
廊下のカーテンを開けて回る週番肩章をつけた親潮。カーテンレールをランナーが走る鋭い音が一定の間隔で続く。
コーヒーミルが豆を砕き、テーブルもそれに合わせて小刻みに震える。グリップを回す薄雲の静かな微笑み。
鎮守府の階段を早足に駆け降りる皐月と水無月と文月。望月の足音のみがゆったりと異なるリズムを刻む。
洗濯物を伸ばす高い音。布団を干して叩く択捉たち。佐渡のひときわ高い声。
工廠の明石と夕張、妖精たちの槌音。格納庫の重い鉄扉を数人がかりで押し開ける音。
大淀のペンが走る音。シャープで流麗、長く、早く、短く、遅く、時には連続して。書類が固い床に滑り込むように落ちる音。ステープラー。
速吸が手押しポンプで水を汲む。ポンプがきしみ、水がバケツを叩く。
食器が触れ合う音。会話の旋律が幾重にも重なりあう。たちまちスプーンがカレー皿の底をつつく音があちこちで聞こえ始める。
スプーンがティーカップの中をくるくるとかき回し、高く、そして耳に優しい音。最後にスプーンで一度カップの縁を軽く叩くのは青葉の癖だ。
ゴム跳びで遊ぶ占守たち。目まぐるしく、リズミカルに交差する足とゴム。靴底が地面を叩く乾いた音。顔いっぱいで笑う八丈と石垣。
誰が締めても水滴が落ち続ける古い蛇口。思案顔で蛇口を前に腕を組む朝潮。組んだ手で二の腕を叩く。
ボールの弾む音は重いのと軽いのと2種類。時津風と雪風の歓声は1種類。
宿舎裏の一角は朧と秋雲だけの秘密の場所だ。そのレンガに囲まれた一角を荒起こしする。スコップの先が何度も石に当たる。秋雲のぼやき、朧の合いの手。陽炎も夕雲も綾波も、知っていても何も言わない。あそこは二人の場所なのだ。あそこは花壇になって、次の春には可愛らしい花で埋まるだろう。その時初めて気づいたように、驚いてみせるつもりなのだ。
あの日と同じ夕陽。鎮守府の岸壁の舞風と野分。背中を合わせてゆったりと舞う二人。舞風の伸ばした指先の美しい優しさ、野分の握りしめた小さな手の悲しい力強さ。お互いを労り寄り添うように岸壁の冷たいコンクリートに伏して舞は終わる。
自室の窓から夜空を見上げる時雨。机の上の写真立て。星の海と月の船。不意にガラスの表面に水滴が落ち、そして流れ落ちる。
「どうってことはないさ。これくらい」