◇
「此度のドイツの起こしたVTシステムの事件。あれに織斑一夏を解決のために動員したのはいささか無策すぎるとは思わんか千冬? 私情で護国の力を危険にさらすな」
「申し訳ありません訃堂様」
千冬が頭を下げる。
深夜のIS学園の取調室にて、千冬と楯無はモニター越しに訃堂と会話していた。今回のVTシステムによる事件の事後報告を2人は訃堂に行っている。
「まぁ良い。結果的には白式との親和性が大きく向上し織斑一夏は零落白夜をかつてのお前の域に徐々に近づけつつある。これは善きことだ」
訃堂は、倉持技研がバッテリー交換ついでに行った白式と織斑一夏の適合率が195%。実にいつ第二段階への形態移行……セカンドシフトしてもおかしくない状態にあることを把握して喜んでいた。要は機嫌がいい。なので今回千冬に『果敢無き哉』までのことは言わなかった。
千冬もまた、『果敢無き哉』という訃堂からの最大限の侮蔑の言葉を聞かずに済んでよかったと内心ほっとする。千冬はあれを聞くと怒りのあまりモニターを叩き割りたくなる衝動に駆られるからだ。
「楯無よ。お前は今回のVTシステムの事件を分析する?」
訃堂は楯無の見解を聞く。
「そうですね。緒川の忍の方に依頼してシュヴァルツェア・レーゲンの残骸の国際IS委員会による調査を覗いてもらったのですが、報告によると、ドイツは織斑先生……失礼しました。エージェント織斑千冬の人格データをもとに安全と完成された、VTシステムを使用したナビゲーションシステムを実装していたようです。実際ラウラ・ボーデッヒの証言によると最初は不快感と少しの強制力を感じる程度の的確なアドバイスをされているような感覚だったとのことなので、今回の完全なVTシステムとなり果て、無差別に敵と断定した対象を攻撃するようになったのは完全にドイツの想定外で、ラウラ・ボーデヴィッヒがシステム根幹にあったエージェント織斑千冬の人格に強く感応し引き寄せられた結果だと思われます」
エージェント織斑千冬。千冬の風鳴機関における肩書。それはIS学園における風鳴訃堂の代行者という意味で授けられたものだった。当然この肩書を千冬は快く思っていない。
楯無の発言は続く。
「私の分析では、現状のドイツ軍の軍備増強の姿勢の表れと、国外への技術進歩のアピール。特に統合防衛計画においてライバルである欧州連合へのアピールという側面が強いと思われます。またVTシステムを安全化することで最初にVTシステムを開発して無惨な結果を残したロシアへの当てつけという目的もあったのでしょう。おそらくは機を見てIS学園にてVTシステムを応用したナビゲーションシステムの力を公表し、他国の新型機を叩きのめすことでその存在を知らしめ、成功という結果で国際IS委員会にもVTシステムを使用したナビゲーションシステムを認めさせたかったのでしょうが……。ドイツ軍は見事に様々なことを見誤り今回の事件を巻き起こしたと私は考えています。以上です」
「そうか。楯無の分析が当たっているのであれば……。ドイツめ。らしくない失態だな」
訃堂はそう言ってモニターの向こうで失笑した。
「楯無、千冬よ。織斑一夏の覚醒は急務だ。そして着実にこの国の悲願である最強の抑止力を取り戻すというのが叶いつつある。今まで通り織斑一夏を護り、育て、護国の力へと完成させるのだ。ではな」
楯無と千冬の返事を聞く前に通信を切る訃堂。モニターに風鳴家の紋章が浮かぶ。
楯無は訃堂が聞いていないとしてもモニターに向けて「はっ」と言って頭を下げるが、千冬はそうはしなかった。
「楯無」
「なんですか織斑先生?」
楯無は護国のために生み出されたくせに訃堂に敬意を払わない千冬に内心苛立ちながらも穏やかな表情で首をかしげる。
「一夏はこの先、護国のための力となるだろうか?」
「どういう意味ですか?」
そうなってもらわねば困ると楯無は眉をひそめる。
「あいつの夢はヒーローになることだ。日本を護るだけの存在では満足しないかもしれないと思ってな」
そう、誇らしさと悲しさをにじませた顔で告げる千冬。もう千冬は一夏の夢をヒーローごっこだと言ったりはしない。ヒーローを真剣に目指しているのだと理解し、応援すらするようになっている。
「国を護る以上、それくらいの器量を持った男になってもらわねば困ります。しかし彼の役目は風鳴機関が白式で戦うことを認可させた以上は風鳴機関の意志の元、護国のためだけに働いてもらわねばなりません。あなたと一夏君はそもそもそのために生み出されたのですし、今のあなたの役目は一夏君を護国のためを思って行動する立派な日本男児にすることですよ?」
「……癇に障ることを言うなお前は」
自分と一夏の生み出された理由を口にされて苛立つ千冬。
「苛立たれても困ります。あなたと一夏君がこの世に生を受けたのは訃堂様のご意思があったからなのですから。親孝行するのは当然ではありませんか?」
「……そうだな。お前は心底そう考える奴だったな」
千冬はそう言って取調室を出て行った。
楯無はため息をつく。
「全く。姉弟そろって人間としては十分に立派過ぎるからああいう風なのかしらね。八紘様と弦十郎様の影響が良くも悪くも濃い姉弟ですこと」
楯無は扇子を広げる、扇子には『……』と、今の楯無の、風鳴兄弟への尊敬と少しの失意を織り交ぜた何とも言えない複雑な感情が描かれていた。
◇
◇
「美結よ。儂に何用だ?」
「申し訳ありません。訃堂様」
訃堂はIS学園への通信を切った後、背後に控えていた美結の方を座っている椅子を回して振り返る。
「よい。お前が急ぎの用事で儂のもとに顔を出したのだ。責めたりなどせぬ」
訃堂という男は他者を罵るときや、自分のシナリオ通りに事が進んだときにのみ笑うような男だ。そんな訃堂が他者を思いやっての優しさをにじませた微笑を浮かべているのは奇妙を通り越して不気味と表現せざるを得ない。
美結は笑顔になる。そして訃堂に突然彼の自室に入室した訳を話す。
「実は、篠ノ之束が先ほど特赦されテロリストから一般人へ戻りました」
「真か?」
訃堂は表情を引き締める。
「はい。たった今、国連と取引し、あらかじめ国連や世界各国が篠ノ之束に提示していた特赦条件であるISコアの設計図を公開するという条件を満たしたようです」
「何が狙いだ、あの女狐め」
顔をしかめる訃堂。
「どうやら妹に、テロリストとしてではなくただの姉として、第4世代ISを譲渡。というかプレゼントしたいようです。それに日本国内での譲渡許可を得るために日本政府には7月初旬には自分の作った十数機のISを新造したコア付きで提供すると言っています」
「罠だな」
訃堂はそう断じた。
「でしょうね。狙いが何なのか分かりませんが間違いなく罠です」
「第4世代機のチェックは可能か? 千冬がされたことを織斑一夏にまでされるのは不味い」
「そこは問題ないようです。第4世代機『紅椿』に事前なチェックは風鳴機関で行ってよいと篠ノ之束が言っています」
「そうか。奴はどこにいるかわかるか美結?」
「ご安心を。すでに日本国内にいることを把握しています。訃堂様の命令一つでノーブルレッドを監視として派遣する準備もできています。篠ノ之束にも日本においては活動に監視がつくという条件を飲ませました」
美結の用意周到さに訃堂は満足げに笑みをこぼす。
「さすがは美結だ」
訃堂は手招きする。美結は迷わず訃堂の前に行くと跪いた。そして頭を撫でられる美結。
「ではノーブルレッドを早速篠ノ之束の監視としてつけるとしよう。7月初旬に送るという篠ノ之束製のISには風鳴機関で最大限の警戒をさせる」
「はい」
美結は撫でられてうれしそうな顔で頷く。
「篠ノ之束よ。お前はまだまだ利用できるから生かしはやるが、どのような計略を張り巡らせているのかは知らぬが神州日本を再び大火で凌辱させようなどという魂胆であれば儂は容赦なく貴様を黄泉へと送ってくれるわ」
「そうですね。その時は私もご一緒します」
「うむ」
美結の瞳の奥には憎悪の炎が燃えている。それはかつて日本を焼いた者や篠ノ之束という白騎士事件で日本を再び焼きかけた女への憎悪の炎だった。
つまりは風鳴訃堂と同じ目だ。美結もまた過去から現代へと生きる亡霊なのだ。
◇
side織斑一夏
VTシステム事件から2日後。現在教室ではSHRをやっていた。教室にシャルロットとラウラ・ボーデヴィッヒの姿はない。シャルロットはSHRの最後に現れて性別を告白し、まずはクラスメイトに謝罪することになっているからだ。一方でラウラ・ボーデヴィッヒは事情は知らないがまだVTシステムでの負担があるから休んでいるのだろうと思っている。
俺は箒の方をちらりと見る。箒はVTシステム事件の際はまともに話せれたが、それ以降は相変わらず俺を避けている。
あれがきっかけでまともに話せるようになったら良かったんだがな……。
「では皆さんにこれから重大かつ真剣なお話があります」
山田先生がそう言って教卓から離れ、代わりに織斑先生が教卓に立つ。
さて緊張の瞬間だ。どうかみんなが納得しますようにと俺は祈る。
「諸君、これから話すことは、あるIS学園生徒が親から虐待されていた環境の中で命令されて性別を偽らされていた件についてだ」
教室中がざわつく。
「まずはその少女が諸君らクラスメイトに事情があったとはいえ性別を偽り接していたことを謝罪したいとのことだ。デュノア……入ってこい」
教室と廊下を隔てる自動ドアが開く。そこから金髪の美少女が現れた。しっかりとスカートをはき、胸はコルセットで締め付けるようなことはせず、髪型は同じだが髪を結っていたものをゴムから白いリボンに変更している。
「え、デュノア君?」
「まさか、女の子?」
「え、今でもなんだか織斑先生がとんでもない家庭事情を言ってたよね……」
女子たちがざわめく中。シャルロットが口を開く。
「シャルル・デュノア改めシャルロット・デュノアです。皆さん騙していてごめんなさい」
頭を深く下げるシャルロット。
それから織斑先生の要点だけ抑えて、なおかつシャルロットが男装していた件で攻められることのないように上手な事情説明を行う。
「このようにデュノアは止む得ない事情があった。どうかお前たちの良心がデュノアのことを受け入れることを私は期待するし祈っている。それができる生徒であると私はお前たちを信じている」
「デュノア君……いやデュノアさん……」
「辛い目に遭ったんだね……」
「気にしないで、シャルロットさん!! 責めたりなんかしないよ!!」
「あー、私の初恋……」
教室の女子たちを見渡してみるが、おおむねシャルロットの辛い家庭事情を汲んで、納得してくれている。現実を受け入れられないという顔をしている女子もいるが、シャルロットにガチ恋していた勢なのだろう。それに関してはご愁傷様ですとしか言えない。
「こんな僕ですがこれから皆さんと本当の僕で接していけたらなと思います。どうかよろしくお願いします」
「では重要な話は以上だ。デュノア。自分の席に行け」
千冬姉に促されてシャルロットは自分の席に歩いていく。
まぁおおむね、クラスの人たちはシャルロットを受け入れてくれたしよかったと言えるだろう。
安心だ。まぁいざとなれば響さんと俺で護ればいい。そんなことが無いのを祈るが。
すると。
「失礼します」
教室の自動ドアが開いた。
俺はドアの方を見る。そこにいたのはラウラ・ボーデヴィッヒだ。
「ああ、ボーデヴィッヒか。もう大丈夫か?」
「はい教官。あ、すいません織斑先生。もう大丈夫です」
憑き物が落ちたとしか言いようのないすがすがしい表情で教室に入ってきながら織斑先生とそんなやり取りをするラウラ・ボーデヴィッヒ。
「よし、ではお前も席につけボーデヴィッヒ」
「はい先生。ですがその前に……」
ラウラ・ボーデヴィッヒはいつかのように俺の前に歩いてきた。
「なんだよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ?」
不穏な雰囲気は感じないのでとりあえず敵意は出さずにそう言うとラウラ・ボーデヴィッヒは頬を赤く染めた状態で……俺の胸ぐらをつかんできた!?
「ど、どういうつもりだ!?」
俺は焦る。敵意を感じないのにこんな行動をとってきたラウラ・ボーデヴィッヒに対してだ。まさかVTシステムの後遺症があるんじゃ!?
「織斑先生!! ラウラ・ボーデヴィッヒを再検査してください!! 敵意を感じさせずにこんな行動をとるのは明らか不自然です!! ごめんな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺があと少しでも早くお前を助けてたらこんなことにはならな――――」
俺の言葉が突然遮られた。
そうやって遮られたか。それはラウラ・ボーデヴィッヒにキスをされるという形でだ。
は?
やがて唇を俺の唇から離すラウラ・ボーデヴィッヒは紅い顔で高らかに宣言する。
「お前は私の嫁にする!! 決定事項だ。異論は認めん!!」
よ、嫁? 婿じゃなくて?
というか俺のファーストキスが……。
俺はとんでもない展開のあまりフリーズ気味になる。
『えぇぇぇぇぇぇ!!!?』
クラスの女子たちが大きな悲鳴を上げる。
山田先生は真っ赤な顔でオロオロし、織斑先生は頭を抱えている。
「ぼ、ボーデヴィッヒ!?」
箒が叫び。
「な、衝撃が連続しすぎてますわ? いったい今日はなんですの?」
セシリアが崩れ落ちる音がした。
「え、ボーデヴィッヒさん……?」
シャルロットが困惑し。
「大胆すぎでしょ」
立花さんが驚愕のあまりか震えた声で呟く。
その直後チャイムが鳴る。
こうして波乱のSHRは終わりを告げた。
そして俺のさらに目まぐるしい波乱の日常が始まる。
第2章これにて終了です。
そして、お知らせがあります。
申し訳ありません。本作「IS 翳り裂く白夜」は次の章である第3章の投稿が終了次第、未完とさせていただきます。
理由は作者のうつ病等です。本作は50話ほどストックを作ってから投稿を開始したのですが、日に日に悪化するうつ病等と戦いつつ投降開始してから各話をチェックと調整しながら新たに作り出せたお話はわずか8話でした。そのことから考えて完結は難しいと感じ、お話として切りのいい第3章で投稿を終了することにしました。現実逃避のための一次創作はいくらでもできたのですが、趣味として楽しむ二次創作は、今の私には苦しいです。
あらすじの追記にもあるように、第3章の終了後はおまけとして、各種設定と、自分用に作っていた作中世界のこれまでの出来事とこれからやるはずだった全ての完結までの大まかな流れを、読みやすくして投稿します。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。そして大変申し訳ありません。最後まで書ききれずにごめんなさい。