side織斑一夏
束さんが去った後、専用機持ちと先生たちで、急いで花月荘に戻った。ヴァネッサさんら監視の3人は、ヴァネッサさんの傷を治すという理由でどこかに移動した。
現在旅館、花月荘に作った緊急指令室。衛星などの様々な観測機器とリンクしたいくつもの機材がおかれた部屋に俺たち専用機持ちは集められている。箒も一緒だ。箒も一応は日本の専用機持ちに分類されるからだ。なお、暴走を起こしている自立型IS数機や紅椿を束さんから提供されるにあたって、各国に均等に配分したISコアの数を日本だけが大幅に超過して所持することになるため国際社会からいろいろ言われたという話をさっき織斑先生から聞いた。
「みなさん、申し訳ありません」
箒が緊急指令室の中にいる教員や専用機持ちに頭を下げる。
「気にするな。身内ではあるがお前とあいつは違う。お前には一切責任はない」
織斑先生が箒にそう告げると、その後表情を引き締めて俺たちに任務を説明し始めた。
「今回は国際IS委員会に加えて日本およびアメリカから救援要請がお前たちに専用機持ちに下った。IS学園はこれを全力でバックアップする立場にあるので当然お前たちに手を貸す。さて、救援要請に伴う任務の内容だが、日本各地の研究所で暴走した無人IS数機と篠ノ之束柄の配下のISが今現在日本の複数の重要施設に移動し攻撃を行っている。それ等の事態は自衛隊や特異災害対策機動部が対応している。なのでお前たちは、アメリカの暴走した銀の福音という第4世代ISを撃破してほしい」
「第4世代機……アメリカも造っていたなんて」
シャルロットが息をのむ。
「ああ、アメリカによると搭乗者のナターシャ・ファイルスは気絶しているらしい。ある程度のスペックも送られてきている。これだ……」
織斑先生が、部屋中に展開されている空間投影ディスプレイの1つを操作して俺たちの方に向ける。そして説明を始めた。
「ここに書いてあるように、銀の福音は、広域殲滅能力と火力を兼ね備え、スラスターと砲口が一体化した機体だ。背部の1対の翼に備わった計36門に加えて腕部と脚部の各スラスターから着弾と同時に爆発するエネルギー炸裂弾を発射可能だ。近接武器は鋭利なその爪とか両腕部から展開されるエネルギーを纏わせられるブレードだ」
しかし無人ISのテロと同タイミングでこんなことが起こるとはタイミングが悪いな。銀の福音も束さんが暴走を仕組んだのか? でも目的がわからないし、邪魔をするほかのISを停止させたり暴走させたりはしていないから違うか?
まぁその辺は風鳴機関が事態が終わってから束さんの人格などを参考にして予想してくれるだろうからこのことは考えるのはやめよう。
「この機体も全領域で最大限の能力を発揮できるのね……」
おそらく鈴は、エネルギー炸裂弾であるシルバーベルという兵器があらゆる場所で火力を発揮できるうえ、エネルギースラスターとして使用している際はどのような環境でも機体を推進させることが可能という項目を見て、今のように発言したのだろう。
「この銀の福音は東京に向けて超高速で侵攻中だ。なお横浜と沖縄の米軍IS部隊はすでに接触し戦闘不能に追い込まれている。銀の福音の速度にまともに食らいつき戦闘が可能な機体は現状だと白式、そして紅椿。この2機しかいない。なので織斑と篠ノ之にこの任務をやってもらいたいと思う。なおアメリカからの要望というか願いとして、搭乗員のナターシャ・ファイルス大尉はできれば救ってほしいとのことだ。だが、不可能ならば銀の福音と共に撃墜して構わないとも言っている」
こんなものが暴走して東京に到達したら……。考えたくもないが大量虐殺が起きることだってあり得るな。通り過ぎてくれるなどと楽観的に考えないほうがいい。
それにしても、いよいよ人の命を奪わなければならないかもしれない機会がやってきたか……。小より大を優先するのは組織人として当然だしな。でも、ヒーローを目指す者としてアメリカからの要望通りできれば助けたい。相手は第4世代機なのでそんな余裕があるかはわからないし、倒せなければ東京が破壊されて人がたくさん死にかねないので、倒すより大変な救うという行為が成功するかはわからないが、可能な限りは助けるための戦いをしよう。多くの命が俺の肩にかかっているが、ナターシャという人の命も失わせたくない。
そんな決意を胸に抱いていると。
「織斑先生、わたくしのブルー・ティアーズの高機動パッケージ、ストライクガンナーも何とかこのスペックにならついていけますわよ。2機だけで作戦遂行するのは危険ですわ」
セシリアが空間投影ディスプレイを操作しブルー・ティアーズ・ストライクガンナーのスペックを公開する。
確かにセシリアの言う通りだな。2機だけ。しかも実戦経験のない箒と一緒となるとかなり危険だ。
「現状の織斑の戦闘能力は少なくとも国家代表の足元にはいる。それに白式は零落白夜が使える。紅椿は日本の機関から提供された詳細な能力を鑑みるに篠ノ之の腕でも織斑の援護があれば十分に銀の福音と渡り合える。だがブルー・ティアーズでは機体ポテンシャル的に高速戦闘に何とか介入できても撃墜される確率があまりに高い。もうシミュレーション済みなんだオルコット。何とかついていける程度ではだめなんだ」
織斑先生はセシリアに言い聞かせるように告げる。
セシリアは「わかりましたわ」と押し黙る。
「ですが織斑先生。連携能力などから考えても一夏と篠ノ之だけでは作戦遂行は難しいと思われますが……」
ラウラも織斑先生に進言する。
「私も、同じ意見です」
簪もまたそれに続く。
「俺も同じです。箒の現在の力量を俺は知りません。正直言って……2人で倒せますか?」
紅椿がさすがに束さんに暴走などさせられる可能性は、風鳴機関のチェックが入っていることや、束さんが撤退する際に暴走等の行為を取らせなかったことから無いとは思う。しかし箒の能力はほとんどわからない。セシリア、鈴、ラウラのように国家から有事の際の対応能力を鍛えられているわけではない。響さんのように命がけの戦いに身を投じ続けているわけでも無い。ただのテストパイロットであるシャルロットと同じく専用機を持っているだけなのだ。
「そんなに私の力が、そして強さが信用できないのか!?」
束さんの件で苛立っていたこともあってか、自分が信用されていないと感じた様子の箒が声を荒げる。
「落ち着け篠ノ之。ボーデヴィッヒに更識、織斑の意見はもっともだ。お前は最近、織斑を中心に関係を断ってきたのは紛れもない事実。織斑たちがお前の人柄はともかくとして現在の戦闘能力を評価できないというのは当然だ」
「っ!! 確かにそうですが……」
「……だが、織斑と篠ノ之にやってもらう他ない。紅椿はお前以外乗れないようにコアにロックがかかっているとのことだからな。……篠ノ之。命がけだが出来るか?」
「もちろんです!!」
「……わかった。他の専用機持ちはIS学園教員部隊と共に東京の前で防衛ラインを敷いてもらう。万が一、銀の福音を墜とせなかった場合の最後の砦になってくれ。海上自衛隊や、陸上自衛隊がお前たちの後ろでさらに防衛ラインを敷いてはいるがISを配置できていないため、彼らには悪いが戦力として心許ないからな」
『了解!!』
俺と箒以外の専用機持ちが返事をする。
「では織斑と篠ノ之は銀の福音に対抗するための基本戦術を私から説明する。他の全員は山田先生から戦術の説明を受けろ……。日本の市民の命がお前たちにかかっている。頼むぞ……。それでは各自行動はじめ!!」
織斑先生のその言葉を合図に俺たちは行動を開始した。
箒のことはかなり気がかりだが第4世代機。それも束さんが作った機体なのだから同世代機が相手でも劣るとは思わない。心配ではあるが今は信じよう。幸い箒は俺のことを嫌ったりしているわけではないようなので連携も少なくともうまくいくかは置いといて、しようとはしてくれるはずだ。
今回の作戦はノイズ災害以上に多くの人が死にかねない事態を止めるためのもの。いつものように気を引き締めよう。そしてヒーローを目指す者として受け入れるのは辛いが俺は立場上日本の防人でもあるから、俺たちの戦闘能力で助けるのが無理なら躊躇せずにナターシャ大尉諸共銀の福音を撃墜しよう。
だが、そんなことを考えていると、俺の脳裏に茜ちゃんたちがちらついた。
割り切れないが、人殺しになってでも俺はあんな悲劇をもう繰り返してたまるかと強く覚悟した。だが殺すことになれば、1人とその家族に悲劇を与えることになるという矛盾も感じたが、ナターシャという人は軍属なので、本人にもその家族にも覚悟はあるはずだと自分に言い聞かせた。そうでもしないといざというときに殺すという選択を取れそうになかったからだ。
◇
「篠ノ之束を取り逃がすとは……果敢無き哉!!!!」
訃堂は風鳴家の邸宅の自室で憤慨していた。ノーブルレッドからの通信の内容に。
『申し訳ありません』
訃堂の目の前のモニターの中でヴァネッサが頭を下げる。
「何のためにお前たちの生命の維持に必要なRhソイルの稀血を用意していると思うのだ!!」
ノーブルレッド。失敗作である彼女らは人間部分とそうでない部分をつなぎとめるためにパナケイア流体という霊薬が使われている。だが血中にあるそのパナケイア流体が機能するのはRhソイル式という稀血だけなのだ。そしてノーブルレッドは定期的に人工透析する必要がある上に、力を使えば使うほどその流体が濁るため血液をほぼすべて交換する必要すらあるのだ。今回は結局力をまともに発揮しなかったノーブルレッドだが彼女らが怪物としての力を発動すれば言うまでも無く血を交換しなければならない。
だからノーブルレッドは風鳴機関に縋って生きるほか道がないのである。
「人間に戻りたいのだろう? そのための研究資金は用意してやってもいるのだ。務めは果たせ!!」
『は!!』
ヴァネッサが返事をし跪くと、それに続いて跪くエルザとミラアルク。
「此度の日本各地での無人ISの暴走は目的はまだ分かっておらんが、風鳴機関本部やポイントDG、特異災害対策機動部本部『瑞鶴』の3つに重点的に無人ISが割かれている。何か心当たりはあるか?」
『いえ、ありません』
ヴァネッサは表面上申し訳なさそうにした。
「そうか。ならばさっさと風鳴機関本部に帰還しろ。お前たちの力を使えばIS1機ぐらいは足止めできるだろう」
『わかりました』
訃堂はモニター越しのヴァネッサの返事を聞いた後、「以上だ」と告げて、通信を切った。
その後訃堂は椅子から立ち上がる。
「無人ISは先のゴーレムの発展機と思われる機体。ならば美結たちや、風鳴機関の戦闘員。自衛隊に任せておけば何とか制圧はできるであろう。……自衛隊に死者は出そうだが」
訃堂はモニターを思考操作し、ポイントDGの映像を映し出す。襲撃してきた雪音クリス……。シンフォギアとISの融合機体を駆る少女が無人戦車やドローンを次々と撃退しつつ自衛隊のIS部隊のシールドエネルギーを大きく削っていく状況だった。
「なんと果敢無い!!」
1機のIS……いくらシンフォギアと融合しているうえ、大群でかからねば勝機はないと分析された機体ではあるが……一方的に撃破され、それでも何とかポイントDGを防衛できているという不甲斐ない自衛隊の状況に腹を立てる訃堂。
「儂が出るしかないか……。立場上、この儂が動くのは下の者たちが騒ぐ。しかし、状況が好転しないのであればやむを得んか」
訃堂は部屋を出ようとすると、突如モニターに新たな通信が入ったのでそれを開く。
『訃堂様』
通信を送ってきたのは美結だった。
「なんだ美結よ」
幾分か柔らかい表情で美結に問いかける訃堂。
『緊急事態です。篠ノ之束が大量のノイズと共に風鳴機関本部を襲撃しています。なお、その手にはノイズを制御できると思われる聖遺物……おそらく伝説上に存在したとされていたソロモンの杖を握っています』
ソロモンの杖とは、バビロニアの宝物庫というノイズを製造している人工異世界の扉を開き、ノイズを72のコマンドを組み合わせて自在に制御することのできる杖で、フィーネがアメリカより起動するように依頼され彼女に渡されてていたものだ。だが、フィーネの死後、フィーネの魂に乗り移られた束が、記憶を垣間見た際にフィーネの家である森の奥の城にすでに起動した状態で保管されていたことを知り回収したのだ。だから束がそれを持っているのである。
「儂も直ちに風鳴機関本部に向かおう。叢雲を使えるように準備をしておくよう伝えておいてくれ美結よ」
訃堂は外道だが人的資源の価値をそれなりには重要視するような思考を持っていた。大東亜戦争に負けた際に人的資源を軽視していたことが大日本帝国の敗因の一つであると分析していたからである。だからポイントDGよりも先に優秀な人材の多い風鳴機関本部を救援に向かうことにした。
『わかりました。私たちは瑞鶴の防衛で精いっぱいなのでよろしくお願いします』
訃堂は美結の返事を聞くと風鳴家の保管庫に駆けだした。戦装束を身に纏うために。
side立花響
山田先生から戦術をレクチャーされた後、花月荘の窓から外に出てISを纏った私たちは東京の最終防衛ラインとして設定した海上に教員部隊3人と共に向かっていた。現地で、IS学園から、IS学園防衛に割かれる3人を除いた残り6人の教員部隊が合流するようだ。なお2、3年の専用機持ちは楯無さん以外はIS学園の有事に備えての防衛に当たっているらしい。
そんな中私は妙な胸騒ぎがしていた。よくわからないが、不安だった。
お父さんがいなくなった前日と同じような嫌な感じだ。まるで一夏君と篠ノ之さんに何かが起こるかのような感覚を味わっていた。
嫌な予感と言う物だと思う。
「どうしたの響?」
きっと私の表情が優れなかったからだろう。私の隣を飛んでいるシャルロットが心配げに私の方を見つめる。
「なんだか不安な感じがするんだ。なんでだろう」
素直に私は今の心境を口に出す。
「もしかして一夏と篠ノ之さんが心配なの?」
ああ、シャルロットにはかなわないな。未来みたくなんでもお見通しにされてる。
「うん。多分そうだと思う」
私は苦笑しながら答えると。
「立花さんも心配ですの?」
「奇遇ね、あたしもよ」
「……同じく」
オルコットさんと鳳さん、更識さんも同じだったようだ。
「一夏はともかく箒は姉がまたテロを起こしたせいで精神状態が不安定だろうし、いくら同じ第4世代機に乗っていても箒の実力は正直、一般生徒としてトップクラスって程度だしね」
鳳さんがもっともなことも言う。
「同感ですわ」
オルコットさんが頷く。
「篠ノ之は紅椿を手にするまでひたすら貪欲に強さを磨く者、織斑先生が教官だったころの私のような顔をしていた。力を手にしてしまった快楽に溺れてしまわなければいいが」
力に溺れる……か。あの真面目な篠ノ之さんからはあまり想像できないが、実のところ篠ノ之さんが一夏君に照れ隠しで木刀を振るったという事実はあるので想像はできなくても否定しきれないのがますます不安にさせる。
「ラウラはそんな経験があったの?」
シャルロットは、ボーデヴィッヒさんが力に飲まれた経験があったということに少し驚き気味になる。私も、ボーデヴィッヒさんは一夏君に惚れる前は暴力的であっても、力を制御できている印象があったので少し意外だった。
「VTシステムの件だ。あの時私は圧倒的強さを手に入れたと、一夏を倒せる力を手にしたと調子に乗って、その結果力に飲まれたからな」
「ああ、あの時そんな風だったんですのね……」
「うむ」
オルコットさんの言葉に短く返事をするボーデヴィッヒさん。その表情は暗い。
「紅椿の戦闘能力は……おそらく公開されていない、銀の福音のスペックを……上回っていると思う。全身がビームバリアにできる点から考えても、銀の福音の攻撃には相性がいい。だから……篠ノ之さんがよっぽど精神状態が不安定でなければなんとかできるはず」
更識さんが小さく笑った。
「まぁ、命がけなのに恐怖心をあんまり感じてる風じゃなかったしね」
「鈴さんの言う通りですわね。それはそれで不気味ではありますが、箒さんを信じるとしますわ」
「そうだな……」
鳳さんが不思議そうに言った後、オルコットさんがそれに同意する。そしてボーデヴィッヒさんは少し暗い返事をした。
「ボーデヴィッヒさん? ……大丈夫?」
更識さんがボーデヴィッヒさんを心配する。
「ああ、簪。私のことはラウラでいいぞ」
「うん……分かったラウラさん」
「ねぇラウラ。何か思うこところでもあるの?」
シャルロットが「悩みがあるなら話していいよ」と促すかのような声質でボーデヴィッヒさんに声をかけた。
ボーデヴィッヒさんは少し沈黙した後語り始める。
「実は、私は今、一夏以上に篠ノ之の方をとても心配している。篠ノ之とは心を通わせたわけではないが互いを利用しあって目的を遂げようとした過去がある。それに今ならわかるが私はあいつに過去の自分を見て親近感を覚えていたはずだ。少なくともどんな形であれ始めて私が自分から歩み寄った対等な存在なんだ」
「ラウラにとっては初めての友達みたいなものなのね」
神妙な顔の鳳さん。
一方で暗い顔のボーデヴィッヒさんは話を続ける。
「うむ。……だが、VTシステムの事件以降、あいつは私を利用……いや頼らなくなった。私はどう接していいか分からずに近づかず距離を置いてきたが、そのことに罪悪感があった。なにせ私から協力関係になろうと持ち掛けておいて、いざ自分の夢が叶ったら篠ノ之から遠ざかったのだからな。そう言う理由があるからなのか……あるいは、確かな強さを身に着けている一夏と違って、まだ篠ノ之が強さの意味をはき違えているであろうからか……。手に入れた力に瞳が濁っていたから、きっと戦いへの恐怖心がマヒしているからなのか……。すまない、うまく言えないが、とにかく篠ノ之のことで胸騒ぎがするんだ」
ボーデヴィッヒさんはどうやら篠ノ之さんに罪悪感を抱いていることや、一夏君に振られて以降の篠ノ之さんを近い距離で見てきたから今抱えている篠ノ之さんの問題を知っていること、そして篠ノ之さんが恐怖心を麻痺させているのを直感したことで、とてつもなく嫌な予感がしているみたいだ。
ボーデヴィッヒさんをフォローするシャルロットやオルコットさんたち。
……とりあえず、一夏君と篠ノ之さんに何もないことを祈ろう。
私は少し目を閉じて「2人が無事でありますよに」と心の中で呟いた。
◇
銀の福音に向けて太平洋上を全速力で一夏と箒は飛んでいた。ただし一夏はまだ何もしていない。ただ紅椿の背部に白式を纏って乗っているだけなのだ。
これは紅椿のスペック上、白式よりも通常時でも数倍近く速い上に、展開装甲を開いている際はそれを上回って遥かに速いため、白式を乗せて運んだほうが良いと判断されたからだ。
今回の作戦は銀の福音の停止、または撃墜。
それにあたって、一夏と箒が取る戦術は、まず紅椿で銀の福音に高速接近。続いて逃げられないように箒が連続攻撃で銀の福音をその場に縫い留めている間に一夏が零落白夜を最大出力で発動。一夏のやりやすいタイミングで銀の福音を攻撃しシールドエネルギーを0に追い込み、そのままの勢いで銀の福音の機体全体を包み込むほどの大出力の零落白夜の刃であらゆるエネルギーを0にして機能停止に追い込む。その後、ナターシャと銀の福音を回収するというものだ。ただし、白式のシールドエネルギーが半分を切った時点で救出は断念。撃墜を優先することになっている。また、両機のうちどちらかがダメージがレベルCを超えた時点で撤退することになっていた。
一夏はもちろん最悪の事態として、ナターシャを死に追いやることは選択肢の中に入れてはいるが、そうならないようにしようと最大限努力するつもりだ。
一夏は何度目かの新装備との白式のリンクを確認したのち、箒に声をかける。
「箒、緊張してないか? あと怖くないか?」
「うむ、問題ないぞ一夏。姉さんに怒りは感じてはいるが私は緊張などはしていない。それに恐怖もない」
一夏の気遣いに箒は嬉しく思いながら返答する。
「そうか、ならいいんだ」
以前のように自然な雰囲気で会話できていることにまずは喜ぶ一夏。そして命がけの作戦にも恐怖心を特に感じていないのを少し不気味には思うが、頼もしいという喜びも感じる。
だが、それらの喜びが一瞬で消え失せる。
「今の私には紅椿がある。お前と並び立つための力だ。そのために私は今日までお前とのつながりを断って研鑽して強さを磨いてきたんだ。紅椿は姉さんから貰った力ではあるが、私の絶対的な戦闘能力になってくれることに違いはない。見ていてくれ一夏。この力で私は銀の福音を止める」
一夏は今の箒の発言を聞いて力に飲まれていると感じた。しゃべる雰囲気に浮かれたものが混じっているのが感じ取れたからだ。
「箒、少し頭を冷や―――――」
箒を窘めようとする一夏だったが。
「そして一夏!!」
だが箒は一方的に話を続けた。
「お前は立花を好きになった理由は力強さと優しさだと言った!! 私はお前に優しさを望むのならいくらでも注げるぞ……。そして強さもまだ磨いている途中ではあるがそれでもデュノアを長時間抑え込めるほどのものはもう手にした。そして力もある。立花をはるかに上回る力だ。だから私を好きになってくれるだろう?」
一夏は絶句した。箒が自分を振り向かせるためにひたすら研鑽していたという事実に。そして箒が自分が響を好きになった強さの意味を物理的なものだと勘違いしていることに。
(嘘だろ……。箒にとって俺はこんなにも大きな存在だったのか……。振られたショックで強さとはなんなのか分からなくなって物理的なものだと解釈してしまってる。そんなになるほど俺の存在に依存してたのか!? 俺が響さんを好きになったのは精神的な強さだ。あの日の響さんが本当に響さんだったのかちょっと怪しいけれど、それでも精神的な強さ……。誰かのために優しさと勇気を振りかざせることは変わっていない。だから好きなんだ。それが好きな理由の一つなんだ)
言葉を失いどのように声をかけていいか分からない一夏に対して、一夏と再びどのように話せばいいか最初はわからないでいて不安だった箒は、一夏の無言に心の中に大きな不安をまた感じる。
「い、一夏?」
もはや不安が恐怖に変わる寸前の箒は一夏に恐る恐る問いかける。
一夏はその声を聴いて、まずは今やるべきことに箒を集中させようと考えた。
「この問題については後で話そうぜ。もう少しで銀の福音に遭遇するはずだから」
「……わかった。でも見ていてくれ一夏。私の戦いぶりを!!」
箒の返答を聞いて一夏は、この問答を後回しにするべきではないと前言を心の中で撤回した。
「箒。この戦いは命がけで、命を救うための戦いでもあるんだ。自分の強さをひけらかす場所じゃないぞ!!」
一夏が声を上げて箒を叱る。
「命がけなのは承知している!! だが、お前に見てもらって、好きになってもらわないと意味がないんだ!!!!」
『篠ノ之!! 作戦行動中だぞ!! まともな訓練を受けていないとはいえ、お前ならば今の自分の行動を顧みて、状況に相応しくない思考のもと動いていることはわかるはずだ!!』
箒の戦意やモチベーションを下げるのは得策ではないと考えていた千冬だが、今の思考の箒では銀の福音を取り逃がすどころか、一夏と箒、2人が死にかねないと判断して、花月荘の仮説指令室から口をはさむ。
「私にとっては一夏に好きになってもらうことはこの状況の中でも大切にしなければいけないことなんです千冬さん!!!!」
叫ぶ箒。
その直後、白式と紅椿からアラートが鳴った。銀の福音と間もなく接触するからだ。
『ええい!! 一夏!! 箒!! 問答は終わりだ!! 間もなく銀の福音とお前たちは交戦を開始する、どちらかのダメージレベルがCを超えた時点で撤退を選択するんだぞ!! 忘れるなよ!!』
「「了解!!」」
一夏と箒が返事をした直後、白式の追加装備である、雪片弐型を参考に作った武器。白式のコアから生成される、零落白夜の基本状態の青白い輝きのエネルギー粒子を運用して撃ち出すビームライフル。その射程に銀の福音が入った。その2秒後、紅椿の雨月と空裂の射程にも入る。
「初手から最大でぶちかます!! 零落白夜砲、発射ぁぁぁぁ!!!!」
一夏が肩部の小型レドームや頭部に追加した射撃用センサーユニットと同期した左手のビームライフルを発射。青白い極太の光線……IS1機を飲み込むよりもやや太いそれを、高速で吐き出した。