カリカリと、ペンの音が響く。
窓の外はとうに真っ暗で、そろそろ翌日を迎えようとしていた。
「はぁ…」
そして私の溜息。
周りには積み上がった書類の山。
セイレーンとの戦争に勝利し、私達軍人が暇になるかと思えば、そんなことはなかった。
いや、実際
しかし私はといえば、指揮官という肩書に付随する責務に追われ、執務室に籠り切りだった。
コンコンコン、と扉がノックされた。
「入るぞ」
聞き慣れた声だ。
私の最愛の、秘書艦の声。
「どうぞー」
ガチャリ。
声の主が入ってきた。
ジャン・バール、私と永遠の愛を誓い合った、私の伴侶だ。
「まだやってたのか」
「うん、ゆっくりやってたら終わらないしね」
私は書類の山を見やって言った。
ジャン・バールは呆れたような、ちょっと怒ったような顔をした。
「休め」
短く、強い語気でジャン・バールは言った。
「え、いやでもまだ…」
「いいから。休め。」
「はい…」
有無を言わさぬ雰囲気に押され、私は渋々ペンを置いた。
「はぁ…。ったくお前は、毎度根を詰めすぎだ。少しは休むことを覚えろ」
「う、気をつけます…」
私はジャン・バールに手を取られ、立ち上がった。
「ほら、部屋に行くぞ」
「うん」
寝ようと思えば執務室でも眠れるのだけれど。
そんなことをした日にはジャン・バールがどれだけ怒るか分からない。
私は素直に手を引かれ、二人の私室へ向かった。
「シャワー浴びてくるね」
「ああ」
もうだいぶ眠たいし、ささっと洗ってすぐに出よう。
熱いお湯が、疲れた身体に心地よかった。
「髪乾かしてやるから、こっちに来い」
シャワーから上がると、ジャン・バールがドライヤーを持って待っていた。
私はすぐにジャン・バールの前に行って座った。
ゴォォォ、とドライヤーがうなる。
「ありがとー」
「別に、これくらいいいさ」
声も手つきも優しくて、気持ちがいい。
髪が乾くころには、私は心身ともにすっかり力が抜けていた。
なんだか立ち上がる気になれなくて、身体を少し後ろに倒して、ジャン・バールにもたれかかった。
ちょうど私の後頭部をジャン・バールの胸に預けるかたちだ。
「…あまり甘えすぎんなよ」
「ちょっとだけ、いいでしょ?」
ジャン・バールは少し照れているようだった。
「ちょっとだけ、な」
ジャン・バールは私のお腹に両手を回して、抱きしめてくれた。
「明日、一緒に買い物にでも行くか」
「え、でも仕事…」
執務室には未だ書類が積み上がっている。
「お前は十分過ぎる程働いている。休んでも誰も文句は言わないし、言わせない」
「うん…」
ジャン・バールは、私の頭に手を置いて言った。
「戦争は終わったんだから、お前はもっと余裕を持て」
優しく、私の頭を撫でながら。
「お前が掴み取った平和だ。お前が享受しないでどうする」
「うん、そうだよね…」
私はまだ、スイッチを上手く切り替えられていなかったみたいだ。
「ありがとうね、ジャン・バール」
「どういたしまして。さ、そろそろ寝るぞ」
明かりを消して、二人でベッドに横になる。
「んー、じゃんばーるぅー」
ジャン・バールに抱き着いて、顔を擦り付けてグリグリした。
「やめろ」
「ぐぇ」
引き剥がされてしまった。
「甘えすぎだ」
「えー、ほら、ちょっとだけちょっとだけ」
「だめだ」
ぶぅ、とわざとらしく膨れてみせると、ジャン・バールは呆れた顔をして言った。
「まったく、はしゃいでないでさっさと寝ろ」
「はーい」
私が潔く離れると、今度はジャン・バールが私に寄ってきた。
「おやすみ」
そう言って、私の額に口づけを落とした。
「お、おやすみなさい…」
頬が熱くなって、しばらく寝付けなかった。
ジャン・バールに強めの言葉で甘やかされたい。