キャッスルヴァニア――運命の序曲  悪魔城伝説 un official novelize   作:ブラウン・ミンミンゼミ忠学講座次郎太

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Beginning C

 鼻から肺までを一気に蝕む強烈な腐臭。

 それが、扉をくぐったラルフがまず感じとったものだった。

 

 後ろ手に扉を閉める彼の目に見えるものは、建ち並ぶ廃屋と、物盗りですら眠るような夜だというのに明りも持たずに出歩く人々。

「なんということだ……!」

 

 もしラルフの静かな苦渋を聞く者がいれば、炎のような怒りを感じとることができただろう。

 ラルフは知っている。不快な臭いと不気味な光景は、魔の軍勢によって人の営みが貶められ、辱められた証なのだと。そして、暴威が去って尚、人々が苦しんでいることも。

 

 許せることではなく、そして人々が哀れでならなかった。その怒りと慈悲が彼に切り札を切らせた。

 胸に掲げたそれは、簡素なロザリオだった。

 

 しかし装いに反して、放たれる聖性は絶大である。それこそ、神を信じぬ者にすら、主の存在を確信させる程に。

 その存在感と静かに紡がれる聖句が、酔っ払いよりも不確かな足取りの人々を一斉にラルフへと振り向かせた。

 

 彼らは一様に瘦せぎすで、顔に全く血の気がない。それどころか、肉が削げて骨を見せている者や、眼窩から飛び出した目玉を揺らしている者までいる。明らかに死者の様相だ。

 闇の呪力というものにかかれば、鼓動を刻まぬ肉体を無理に生かし、自我を奪い、満たされることのない飢餓を刻んだゾンビと呼ばれる操り人形とするのは簡単なことなのである。

 

 街の人間のほとんどがゾンビとなっただけあり、その物量は凄まじいもので、()()()()の空腹を少しでも和らげようとラルフによたよたとにじり寄る様子は、まるで黒い森が蠢いているようにも見えた。

 

 しかし、それを目の前にしたラルフがたじろぐことはない。強い怒りと深い憐憫が勇気となって、彼に祈りを続けさせた。

 だが、ラルフとゾンビの群れとを遮るものはない。

 

 故に……ゾンビの一人が、ラルフを紫の腐腕で捕らえるまで数瞬という所まで来てしまっていた!

 ゾンビは冷たい手で、獲物を掴み、大口を開けた……瞬間、ラルフの手に握られたロザリオが砂と溶け、眩しく、しかし温かな光が辺りを包み込む。

 

 聖句が完成し、祈りが通じたのだ。

 温かな光に触れたゾンビの苦しみに凍り付いているはずの表情が、安らかにほぐれていく。そしてその骨肉は、泡が水に流れるように溶け消えた。

 

 光が過ぎ去ったあと、広場を満たしていたゾンビは、一人残らず消えていた。腐肉の体から解き放たれ、天へと昇ったのだ。

 ただ、安らかに――それを祈って、ラルフは十字を切った。

 

 ♰

 

 ラルフに投げられ放物線を描くはずだった斧は、軌道上で刃をなにかに食い込ませ、道連れにして石畳を転がった。

 手斧と言うには重厚な刃の犠牲者となったものは、兎に似た化け物だった。

 

 剣のように鋭い血濡れの前歯をかざして飛び掛かってきたので、肉食だろう。散乱する食べ跡を見れば、人喰い兎と言ったところか。

 ラルフは、頭蓋が真っ二つに割れて痙攣する化け物から斧を引き抜こうとする……が、できなかった。

 

 とてつもない熱気を感じて反射的に低い姿勢をとったので、作業が中断されてしまったのだ。

 熱気の正体はすぐに分かった。目の前に迫ってくる、人の頭ほどの火球だ。

 

 火球を鞭で掃った先に見えたのは、トカゲの頭骨だった。大鹿のような大きさなので、あるいはドラゴンと言うべきか。

 とにかく、それが柱のように積み上がってラルフを向いていた。

 

 あれがまさか――禍々しくも滑稽な魔物の有り様が疑わせた予感は正しかった。頭骨の中に、見知った明るさが(とも)り、そして膨らんでいく。

 灯火は弾けるか、という所まで膨張し……そこで火球になって吐き出された!

 

 油断なく待ち構えていたラルフは、これを危なげなく打ち散らす。

「なに……⁉」

 

 が、一つ目の火球を払った所には、既に二発目の火球が迫っていた。想定外の事態にラルフの思考と身体が一瞬硬直する。

「ぐっ⁉」

 

 その一瞬がラルフの革鎧と肉を焼き、火刑の臭いが辺りに漂う。

 直撃は避けている。避けることは叶わないと、引き延ばした鎖で火球を受けたのだ。

 

 なのでラルフに火傷を負わせたのは、散らした熱気の余波である。直撃すれば、炭となるのは免れないだろう。

 戦慄にも似た確信を得たラルフはしかし、大胆な攻めに出た。

 

「ふっ!」

 間隔を空けて吐き出された三発目を絶倫の身体能力で飛び越え、着地に襲い掛かる四発目を鞭で掃い――

 

「ぬんっ!」

 そして、人喰い兎が食い込んだままの斧を放り投げた!

 

 斧は重みが増しているだけあり常に比べてきつい放物線を描いて飛ぶが、届かぬというわけではない。

 斧と兎の重みは狙いを果たすには充分で、見事に竜の骨にひびを入れた。

 

「ふん!」

 そこにラルフの鞭が間髪入れずに叩き込まれ、竜骨の柱のひびはぴしぴしと拡がっていく。

 

 手首を利かせた戻しの追撃を受けた竜骨の柱は粉々に砕け散り、そのすべては、吐き出していたものとは違った炎に巻かれ、炭も残らなかった。

 踏み越え、ラルフは墓地への扉に手をかけるのだった。

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