まさかここまでモチベが続くとは思ってなかった第三話。
また新たな展開が……?
どうぞ、お楽しみください。
その後、ウールーの不当飼育事件は、警察の一斉摘発という形でガラル中に報道された。用意周到に隠されていたため捜査は難航したが、匿名での情報提供があったおかげで逮捕に踏み切れたのだという。
首謀者であるアーロンは、『金の為にやった』と供述しており、その仲間である四人の男も、皆同様の自白をしているとのことで、このままいけば懲役六年と罰金一千万ポケドルは下らないとの話であった。
彼らの手持ちポケモンは、その後更生保護施設に入り、然るべき育て直しを受けた後、出所した彼らの元へ返される事になった。
この一連の報道の中に、ガラルマフィアの話はない。彼らが行った事実や記録は、一部の者を除いてそのまま闇に葬られる事となるだろう……
「暇だ」
所変わってエンジンシティのアジトでは、人間形態のペリュトンが無聊を託っていた。
「おいデビー、暇だ。暇でしょうがねぇ。なんとかしろ」
「今日は休日とはいえ、口を開けばそればかりだなお前は」
近くで本を読んでいたデビーが呆れた表情をする。
「仕方ねぇだろ、俺は刺激が欲しいんだよ。誰かをぶっ飛ばすでもいいし、そこら辺で暴れてもいい。兎に角俺は退屈してんだ!」
「ならワイルドエリアにでも行けばいいだろう。あそこなら暴れ放題じゃないか」
「あれの何処がワイルドエリアなんだよ。あそこは軟弱な奴が多すぎる。半日もかかんねぇで飽きた」
「なるほど、それならガラクと組手でもすればいい。丁度互角くらいだろ?」
「あいつとはそりが合わねぇからやだ」
「お前な……」
この言葉に、デビーは思わず溜め息を吐く。ペリュトンの我儘っぷりは見ているとは言え、これは流石に我儘が過ぎる。
少し叱ろうかと本を閉じたその時、倉庫の扉が開く音がした。
「すみません、デビーさんはいらっしゃいますか?」
多少なりとも通る少女の声が、倉庫内を反響していく。この声を聞いたペリュトンが、忌々しげに眉根を寄せた。
「この声……チッ、あのカラテバカか」
「こら、レディにそれは失礼だぞ……いらっしゃい。遠い場所からで申し訳ないですが、此方にどうぞ」
デビーがそう促すと、「分かりました」という返事と共に、足音が此方に向かってくる。
暗がりから表れたのは、褐色の肌に灰色の髪をカチューシャで纏めた少女であった。デビーと負けず劣らずの身長を持つ彼女は、デビーの顔を見るなり、ペコリと丁寧なお辞儀をした。
「やぁ、サイトウさん。改めていらっしゃい」
「デビーさん、ご無沙汰しています」
「まぁ、立ち話もなんですから、ボロいテーブルとイスでも良ければ座って話をしましょう。お茶とお菓子を用意するので、少しお待ちください」
そうしてデビーは立ち上がり、給湯室へ行ってしまった。後にはペリュトンとサイトウの二人が残される。
「……おい、何の用があって来たんだカラテバカ。ここはオメェみてぇなガキが来る所じゃねぇんだぞ」
「うるさいですね、私はもう十八歳ですから立派な大人です。それに、今日は先日のウールーの件で改めてお礼を言いに来ただけですから」
「へっ、上でふんぞり帰って何もしねぇ長官様に代わってのお礼ね。さぞお忙しいんですな、長官様って奴は」
「聞き捨てなりませんね。父はガラルカラテだけでなく、ガラル全体の未来も案じています。ただ態度が大きいだけの貴方と比べないで頂けますか?」
「言うねぇ、それなら俺らに頼らないで凶悪な犯人を捕まえてから言うんだな小娘」
「何を──」
「やんのか?」
売り言葉に買い言葉、煽りが煽りを生んでとうとう一触即発の状態になった時──
「二人とも、それまでだ」
タイミング良くデビーが戻ってきた。慣れた手つきで紅茶をカップに注いでサイトウの席へ置き、自身はそのまま自分の席へ座る。
「ペリュトン、そこまで暇を持て余しているなら、お前に任務をやる。どうやらワイルドエリアで暴れ回っているポケモンがいるらしいとさっき連絡があった。その討伐を頼む」
「マジか! そう言うのを待ってたんだよ! 他の雑魚共に先越されねぇように行ってくる!」
そのままペリュトンは、場所も聞かずに倉庫を飛び出して行った。
「全く……客人が来た時くらい、節度を持ってくれればいいのに」
溜め息を吐くデビーに対し、サイトウは申し訳なさそうにその場を取り繕う。
「ご、ごめんなさい……私も少し、頭に血が上っちゃって……」
「あぁ、気にしないで下さい。アレはアイツの性分みたいなものですから」
苦笑しつつそう言うと、紅茶を一口啜って口内を潤す。
「それで、今日はどう言ったご依頼でしょうか?」
「いえ、今日は依頼という訳ではないんです。先日のウールーの件で、お礼を言いたくて」
そのままサイトウは、ペコリと頭を下げた。
「この度の働きに、ガラル警察を代表して感謝の意を示します……本当に、ありがとうございました」
「あぁ、いや、そんな。よして下さい、仮にも貴女は──」
「確かに父は──いえ、警視総監は、貴方達ガラルマフィアにいい印象は持っていません。ですが、貴方達が人知れずガラルを護っている事に変わりはありませんから。だからこそ、デビーさんにはお礼を受け取る権利があります」
弱ったなとデビーは頭を掻いた。
ガラルマフィアとガラル警察は、犬猿の仲にある。取り込まれた元マフィア達からは上手く取り入ったと恨まれ、正義感の強い警官からはガラルの黒歴史であり、遺物認定されて目の敵にされているからだ。
特に警視総監とは、立場上の体裁という事もあってかあまりいい関係とは言い難く、チンピラが勝手に名乗っている事もあってか、顔を合わせると遠回しに嫌味を言われる事が多い。その為、時が経った現在でもお互いに不干渉を貫いている。
しかし、デビーが困っているのは立場としての問題だけでなく、もっと別の所にあった。
「ま、まぁ、サイトウさんがそこまで言うなら素直に感謝は受け取りましょう。ですが、私はサイトウさんが思っているよりも出来た人間ではありませんので……」
「何を言っているんです! デビーさんほど強くて頼りになる男性はいません!」
サイトウは強く言い切ると、目をキラキラと輝かせた。
「私が挫折し、自分の進むべき道が分からなくなった時、貴方が助けてくれたんです。あの日、ワイルドエリアで貴方に諭されて以来、私は貴方に憧れているんです。そんな人が頼りにならない筈がありません!」
デビーがサイトウにたじろぐ理由──それは、彼女の一方的な好意に戸惑っているからだった。
それは二年前、彼がファミリーを継いでから三年経ったある日の事であった。
その日はナックルシティでの定例会を終えて帰宅途中であった。本来なら空飛ぶタクシーを使って帰る筈であったが、なんとなく思い立ってワイルドエリアを歩いて帰っていた。
巨人の帽子を経由して砂塵の窪地の入り口に差し掛かった時、急に何かがぶつかって来た。
それが、当時ラテラルタウンジムリーダーに就任したばかりの、サイトウであった。
その時の彼女の傷つきぶりを心配したデビーが、手当を施そうと説得を試みたが、何かに取り憑かれたようなサイトウは聞き入れる事はしなかった。
仕方なく三対三のバトルという条件を提示してこれを了承させたが、厄介な事に彼女は格闘タイプの使い手であった。
あっという間にミナミツがやられ、マルガリタが相討ちに持って行ったものの、この時点で二対一、勝つのは絶望的な状況であった。
が、それでもデビーは辛くも勝利した。
理由は大きく分けて三つある。
一つ目は最後の手持ちがバルジーナのポポであった事。
二つ目は物理受けとして育成した為、耐久戦で持ち堪えられた事。
三つ目はサイトウが有効打となる技を持っていなかった事。
この三つが奇跡的に噛み合い、勝利したのだ。何か一つでも欠けていたら、どうなっていたか分からない。
しかし、約束は約束という事で、手頃な岩場に座って手当を始める事になった。
手当を受けながら、デビーはサイトウに何故あそこまでボロボロであったかを尋ねる。すると、サイトウは訥々と、だが少しずつ自分のことについて話し始めた。
ジムリーダーとしての責務。
両親からの期待。
慣れない学校生活。
様々な事情が交錯する中で行われたジムチャレンジで、彼女は大敗とも言うべき負けを喫してしまった。
「それで、そのチャレンジャーに言われたんです……『これじゃガラルカラテもガラル警察も終わりだな』って……」
それがどれほど悔しかったかは、硬く握られた拳が表していた。
「私、どうしたらいいか分からなくて……修行以外に何も知らないから、もっともっと修行して、強くならなくちゃって……」
それであんなにボロボロだったのかと、デビーは内心で得心した。
「……みっともないですよね、私。勝てないからってあんな風になって……これじゃ、単なる自傷行為ですよね」
「……私はそうは思わないですね」
「……えっ?」
自嘲するサイトウに、デビーはそっと言葉を掛ける。
「確かに、自分の身を犠牲にしてまで強くなる事はいけません。ですが、どんな形であれ、足掻く事はいい事です。それは、現状を変えたいという心持ちの現れですから。それをみっともないと笑う方がおかしいんですよ」
「でも……」
「私もね、家業を継いでから今日まで、悩まなかった日はありませんでした。ポケモン達はあんまり懐いてくれないし、警察との仲は悪いし、同業者からは舐められるしで、もう大変でした。けど、みっともなくとも動く事は辞めなかった。そうする事で何か見えてくるかもしれないと思ったから、諦めずに続けて来ました」
苦笑しながら、デビーはサイトウの方へ顔を向ける。
「それで……えっと……」
「サイトウです」
「ではサイトウさん、貴女が今後目指したいと思う強さを僕に教えて下さい。余程酷い物じゃない限りは、それを受け止めて尊重します」
「それって意味あるのですか……?」
「えぇ、勿論。私の祖父もよく言ってました。目標は口に出せば強くなるって」
一瞬の逡巡の後、サイトウは口を開いた。
「まずは……ジムリーダーとしての責務を全うしたいです。少なくとも、舐められないように強くなりたい。それに、両親の期待にも応えたいです」
「なるほど、いい目標ですね。では、それを実現する為には、修行以外に何が大事だと思いますか?」
これもまた少し悩んだ後に、迷うように、絞り出すように答える。
「もっと……両親とか、他の人と話した方がいいかもしれないです。それに、ポケモン達との信頼も深めていってもいいと思います」
「それが貴女の答えですね。なら大丈夫、見えない物が見えてくる時、進むべき道が分かった時、成長は目に見えて分かる筈ですからね」
最後に額に絆創膏を貼って、全ての手当が終了した。
「……ありがとうございます。胸の中のモヤモヤが、少しスッキリした気がします」
「それはよかった……うん、今の貴女、先程よりもいい目をする様になりました」
その言葉と同時に、デビーは岩から立ち上がって伸びをする。
「では、私はこれで。暫くは安静にして、もうあんな無茶しないで下さいね?」
「はい……」
「……心配しなくても、貴女のポケモン達は皆とても強くて良い目をしてらっしゃいます。きっと、愛情を持って大切に育てていたのですね。心から尊敬致します」
「えっ……」
サイトウが何か言いかける前に、デビーはそのまま歩き出した。まるで、お礼など必要ないと言いたげに。
「まっ、待ってください! 名前! 貴方の名前は……!」
「……申し訳ありません。大人の事情でそれは言えません」
デビーはそう言うと、霧が出始めたストーンズ原野の奥へと消えて行った。
「……あれから、私は頑張りました。色んな人と、ポケモンと触れ合って、両親とも沢山話しました。いつか貴方に会った時、胸を張って会えるように」
懐かしさを噛み締めるように、サイトウは言葉を紡ぐ。
「やっと再会出来た時は、それはもう飛び上がる程嬉しかったですよ……最初は自分達の立場の違いに驚きこそしましたが……それでもデビーさんに救われた事に変わりはありませんから……」
だから私は、貴方に憧れるんです。
最後に締めくくった彼女の顔は、デビーにとっては眩しいものだった。
「懐かしい話ですけど……本当に、今だから言いますが、あの時の私はかなり追い詰められてましたからね。たまたまが重なった故の勝利みたいな物ですから、あまり買い被り過ぎても……」
「もう! まだそんな事言うんですか!? 偶然とはいえ勝ちは勝ちなんですから! もっと胸張ったっていいんですよ!?」
ムッとした顔で責められても、当のデビーとしてはそう答えざるを得ない。
何故ならこの娘はガラル警察の警視総監の娘なのだ。下手な事を言ったら警察から余計な(しかも超個人的な)圧力を加えられるのが予想出来る。
何より、裏社会に生きるデビーにとって、憧れられるという事に慣れていなかった。しかもそれが、表社会で輝かしく生きている学生から熱烈に向けられているのだ。動揺しない訳がない。
「全く、本当はお礼だけのつもりだったんですが、これじゃいけませんね! デビーさん、今日は一日暇ですか?」
「え……えぇ、ペリュトンに伝えた奴は嘘ですし……」
「じゃあ、罰ゲームを受けて下さい」
「罰ゲーム?」
「はい。ここまで御自分を謙遜なさるデビーさんには罰として……」
私が帰ると言うまで私のお出かけに付き合って貰います。
部屋の音が止まった気がした。
そのうちデビーの設定を公開しようと思っている今日この頃である。