どこまでも真っ直ぐでお人好しな酒場の白兎   作:花見崎

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ここは豊穣の酒場

「すみませんミアお母さん。少しお話があります。」

 

 

「どうしたんだい?改まって。まさか辞めさせてくれ。なんて言うんじゃないだろうね?」

 

 

「ち、違います!今夜、営業時間外ではあるんですが、空けさせていただきます。」

 

 

そう告げると、ミアお母さんは渋い顔をしながら

 

 

「まぁた、あの男神(ヘルメス)の差し金かい?」

 

 

「はい。」

 

 

「アンタも断ればいいものを。それでこの前なんて血だらけで帰ってきたじゃないか。アンタももうれっきとしたうちの店員なんだ、迷惑かけることは許さないよ!さっさと済ませて明日の仕込みには間に合わせな!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「ニャ!?白髪頭サボりニャ!?ズルいにゃ!白髪頭ばかりズルいのにゃ!」

 

 

「まったく・・・今日の夜、アタシとシルに用事が出来たから夜の方は閉めてアンタに見張りを頼もうとしてたんだけどねぇ。」

 

 

「面目ない・・・」

 

 

「ただし!ちゃんと()()()付けてきな。アンタを色々と嗅ぎ回っている連中も含めて落とし前付けてきなよ!」

 

 

「ベルさん、もしもの時は頼っていただいても構わないんですよ?お母さんもそうだけど、アーニャ達はとっても強いから。ちゃんと頼めば力になってくるれるよきっと。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

「さぁ!こんな不景気な話はお終いだよ!夜の分までみっちり働いてもらうからね!」

 

 

ミアお母さんの号令でそれぞれが持ち場へと戻って行った。

 

 

・・・

 

 

夜。シルとミアお母さんが酒場から出かけた後、臨時休店に歓喜したアーニャ達が小パーティを開こうとした所を開こうとしていた為に少し手荒にねむってもらった。

結構手荒だったが、ミアお母さんに怒られるよりかは多分マシだろう。

 

 

「行ってきます。」

 

 

後片付けと明日の準備を済ませた上で僕は『豊穣の女主人』を出た。

一応事情は話してるとはいえ、念の為書置きだけ残してきた。

 

 

酒場の裏口を開くと暗闇に包まれた店内に蒼い月明かりが少し漏れるて店内に差し込まれる。

まだ月が出てから幾許も経っていないこともあってかまだ家屋からも明かりが漏れている

 

 

「急ごう。」

 

 

モタモタしてしまえば任務が困難になってくる。何より、先客がそれを許してはくれまい。

そんなことをどこかへと追いやりながら歩き出そうとしたその時、視界の隅で影が動いた。

 

 

「ちょっと失礼!」

 

 

影は飛び上がり、自らの拳を掲げてこちらへと迫ってくる。

受け止めること自体は容易いものの、初見の技など喰らう余裕などありはしない。

影との距離が1Mを切ったその刹那、その拳を前に少年の体が()()()

 

 

ドゴォォォッ!

 

 

直後、破砕音が響く。

 

 

「こっわぁ・・・」

 

 

拳を振り下ろした地面が少しだけ抉れている。詠唱()は聞こえなかった。つまりは単純な筋力のみでここまでの破壊力を生み出しているのだ。

 

 

 

「本当ならもうちょっと待ちたかったんだけどね。」

 

 

立ち込める煙が晴れて引き起こした張本人の姿が顕になっていく。首に巻かれた防寒着(マフラー)、肩や胸を守る軽装、そして拳に装着された革の指抜き手袋(グローブ)。栗色の髪をなびかせている。

 

 

「不意打ちは性にあわないし、かかってきなよ。」

 

 

相手は間違いなく拳が主力武器(メインウェポン)。こちらは短剣に加えて魔法で迎撃はできる。ただ、今じゃない。

 

 

「構えなよ。私は本気だよ。」

 

 

「君は確か・・・『黒拳』。だったかな?」

 

 

これでも裏に通じてる身、少しは名の知れたそっち側の人間くらいは知っている。

 

 

「へぇ、ちゃんと知ってんじゃん。」

 

 

「『蛇の道は蛇』。多くのことに身を落としてきた。」

 

 

「お、思ってた以上にアンタも大変そうね・・・」

 

 

「あの日から僕は茨の道を突き進むことだけを選んだ。そのためならなんだってやってやるさ。」

 

 

「ま、あたしには関係無いことだけど。」

 

 

ダンッとお互いが同時に蹴ることで、2人の距離を一気にゼロへと縮める。お互いが右腕で貯めを作り、距離一Mを切った地点で解放する。

お互いが全く同じ動作を起こせばその先に待つのは単純な力比べだ。

拳どうしをかち合わせて、その後は力で吹き飛ばす。見た目以上の力で押し返されるもそのまま勢いに任せて振り切った。

 

 

ドゴォォォォォン!!

 

 

大きな衝突音と共に吹き飛ばされたルノアが離の壁に激突した。壁自体は大きく損傷していないものの、ミアお母さんに怒られるのは目に見えている。

 

 

「あちゃー・・・」

 

 

「っつぅ・・・完全に油断してたよ。敵はLv6以上の冒険者じゃん。」

 

 

立ち込める残骸と砂埃をはらいながら彼女は再び立ち上がる。先程まで以上の殺気と集中力をもって構える。

 

 

「(彼女は間違いなく僕を殺すために雇われた『賞金稼ぎ』だ。目の前にいる彼女が『黒拳』であることはまず間違いない。ただそう考えると、一つだけ違和感を感じる部分がある。)」

 

 

まるでこちらに向けられる殺意が弱いのだ。

人の恨みを買うような生き方をしていく上でそういった人達に狙われることは多かった。その誰よりも彼女の殺意は低かった。

低いと言うよりはどこか悲壮感のような、悲しみの感情の方が多かった。、

 

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 

声とともに彼女が右腕を振りかぶりながら向かってくる。最初こそ拳で相殺こそしたが、今回は受けに徹していく。

使う力は最低限。相手の拳をいなしていくだけ。まともな打ち合いは避けるよう心がける。

 

 

「守ってるだけじゃ勝てないよっ!」

 

 

左から飛んできたストレートを右手で弾き、もう一方の腕を左腕で止めた上で右腕に勢いを乗せてぶん殴るも、既のところで躱され、もう一度お互いに距離を取る。

 

 

拳を交わして、また距離を置く。お互いに決めきれないまま時間だけがすぎていく。そんな中、微かな【詠唱(うた)】が鼓膜を震わす。

 

 

「【戯れよ】」

 

 

『黒拳』から目を離さないまま、視線だけで声の主を探っていく。

そして、ルノアがもう一度、地面を蹴った時、視界の隅に捉えた影は動き出し、何かが風を斬る音は同時だった。

 

 

ルノアと少し遅れた形で地面を蹴り、ルノアの拳を弾き返し、こめかみに突き刺さる目前まで来ていた短剣を仰け反らせることで回避する。

 

 

これで全部かわせた。-と勘違いしたのが甘かった。

 

 

「・・・っ!」

 

 

影を捉えた逆の方向に同じ影が見えた。影が握るのは先まで投擲されていたはずの短剣。それを今振り下ろそうとしている。

 

 

「(足音がしなかった。それも速いっ!?)」

 

 

恐らくは投擲の後すぐ、足音も立てず、こちらに、回ったのか。間違いなく敵は【暗殺者(アサシン)】。単独(ソロ)だと言う『黒拳』とは別に雇われた口だろう。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

避けれる体勢ではない。そのため、腰に仕込んでいたナイフを掴んだまま体を捻って遠心力のまま短剣にぶつけた。

 

 

キィンと、確かな金属音と共に微かな痛みを感じながらそのままの勢いで転がっていく。

 

 

「さすがオラリオ、どいつもこいつも化け物だわ。」

 

 

月の光に照らされ、影だったシルエットが顕になっていく。編上げのブーツに、身軽さを重視した戦闘衣(バトル・クロス)、目深に被られた黒のフードに、細い尻尾をくねらせ、フードに二つの山を作る猫人(キャットピープル)の暗殺者。

 

 

「『黒猫』までお出ましとは大分豪華なことで。」

 

 

「ひっそり暗殺したかったんだけど、色々重なったせいで全てパー、ね。全く、今日はつくづく運がないわ。」

 

 

「あんたは『黒猫』?じゃあ、標的重複(ダブル・バウンティ)だ。」

 

 

吹き飛ばされていたルノアがよろよろと立ち上がり、横から割って入ってきたクロエを睨む

 

 

「まさかとは思ってたけど本当に『黒拳』とはね。」

 

 

「獲物が被った場合は早いもん勝ち・・・それがうちらの掟。どっちが仕留めても恨みっこなしね。」

 

 

「ええいっ、噂に違わぬ筋肉脳め・・・でも。」

 

 

忌々しそうに吐き捨てるクロエはすぐに小振りな唇を笑みの形に変える。

 

 

()()()()。」

 

 

クロエが持つナイフに付着した血の跡を晒す。

 

 

「『毒』、それも『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』か。」

 

 

「あら、さすが元上級冒険者。知ってたのね?」

 

 

「伊達に何度も死にかけちゃいないさ。」

 

 

「でも、流石の貴方でも特効薬なんて持ってないでしょう?」

 

 

「なに、()()()()()()

 

 

特効薬はないが、最悪の場合は()()を使えばどうにでもなるが、付随効果が今使う訳にはいかない。いくら耐異常(アビリティ)を貫通するほどの『劇毒』でも、即死でないのならいくらでもやりようはある。

 

 

「僕を殺せと雇われたな?敵はさしずめ、ブルーノ商会って所でしょうか。」

 

 

「さぁ?言うとでも思ってる?」

 

 

彼女が正直に言うとは思っていなかったものの、ベルには確信に近い何かを持っていた。

ヘルメス様にブルーノ商会の調査を依頼されたその日の夕方から彼女達の尾行は付けられていた。どうもタイミングとしても彼らが最もグレーだろう。

それでも確信には至れない。だからこそ、罠を貼ることにした。

 

 

殺し合いを餌にして食いついてきた()()を炙り出すために

 

 

「さて、邪魔が入っちゃったけど続けよっか。」

 

 

仕切り直しと言わんばかりに、拳と掌をぶつけ合うルノア。

『黒猫』の乱入はある程度想定していた。むしろ、邪魔をされなければ2対1で格上でも有利が取れる。そう考えていた。

 

 

されど、現実とは上手くは回らないものだ。『劇毒』を喰らってもなお、全く衰えないほどに彼は規格外だった。

 

 

「(このまま敵の消耗を待っている余裕はない。やはり最初から全力で叩く!)」

 

 

『黒猫』の襲撃後より様子見に徹していたルノアが動き出す。

 

 

「はあああああああ!」

 

 

中断されていた肉弾戦(タイマン)が再開される。ナイフという選択肢がある分も含めて若干ベルが有利という所だろうか。

 

 

「おーおー、脳筋どもは単純で良いニャ。二人ともミャーが横槍するのは予測してるだろうけど、無駄ニャ。ネチネチ外から攻撃して、美味しいとこをかっさらうニャ!」

 

 

そんな2人の攻防をクロエは1人、傍観している。大きく動きはしない。削り自体はルノアに任せることで、自分は最後の一撃(ラストボーナス)を狙うだけ。ベルがクロエに手を出せる状況でもなく、ほかの店員も既に眠らせている。住民達は避難を優先している。つまり、この状況下で彼女の邪魔ができる者はいない。

 

 

 

 

 

ドゴォォォォンッ!

 

 

 

 

 

バカ大きい破砕音と共に、ルノアの体が吹っ飛ばされる。

 

 

ベルが肩で息をするように切れる息を整えている。片やルノアはその場から動きそうにない。間違いなく彼の勝利であろう。

 

 

「・・・」

 

 

直後、彼は声も発さずに地面に突っ伏した。呼吸音もだいぶ小さい。酷く汗をかきすぎている。

 

 

「毒がようやく効いたようね。ほんっと、化け物しか居ないのね。オラリオって。でも、もうこれで終わり。」

 

 

指先さえピクリと動かない彼を置いて、クロエはこの場から去ろうとする。

 

 

「本当なら自分の目で確かめるのが1番なんだけど・・・『君子危うきに近寄らず』。憲兵がやってくる前に逃げるわ。」

 

 

最後まで彼から目をそらさなかったクロエでさえ気づけなかった。彼の口の動きを。

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

見えない音の衝撃がクロエを襲う。ほぼ無傷だったクロエでさえ上から叩き潰される音の暴力で戦闘不能(ノックダウン)

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・賭けだったけど何とかなったっ!」

 

 

覚束無い足取りでよろよろと立ち上がるのはベルのみ。後は【ガネーシャ・ファミリア】のホーム前にでも投げとけば、朝には2人仲良くお縄だろう。

彼にそんな力が残っていればの話だが・・・

 

 

「【我は汝を救おう】-」

 

 

残された力を振り絞りながら、ベルは1人【詠唱(うた)】を紡いでいく。

 

 

「はっはは!いい塩梅に潰しあってくれたじゃないか!」

 

 

星夜の歌声に水を差す男が数名。ゾロゾロと影から出てくる。

 

 

「へっへっへ・・・」

 

 

「逃がさねぇぜ。」

 

 

2人にベルの抹殺を命じたブルーノ商会が、3人全員を抹殺するためここまで傍観を決め込んでいたのだ。

 

 

「【鳴らせ、鐘の音を】。」

 

 

そんな彼らを気にもとめず、彼の【独唱(ソロ)】は止まらない。

 

 

「奴と戦わせることで、弱ったところを討ち取る算段だったんだが、その手間も省けた!感謝するぜ!お前を始末したあとで二人とも同じく送ってやるよ!」

 

 

『黒拳』と『黒猫』に依頼をしたのも全て3人で潰し合いを狙ったため。最初からブルーノ商会の狙いは3人だけだったのだ。

ルノアとクロエは戦闘不能。一番厄介なのはベルも毒に犯され虫の息。それいけと全員が襲いかかろうとしたその時だった

 

 

「【汝の誓いを今果たさん】【ゾオアス・アンジェラス】!」

 

 

彼の【独唱(ソロ)】が終わった。直後、大鐘楼が浮かび上がり

 

 

 

 

ゴォォォン

 

 

 

 

 

星夜のオラリオに鐘の音が響き渡る

 

 

光の粒子に一帯が包み込まれ、ベルやルノア、クロエの傷が癒えていく

 

 

「な、何だこの光は!」

 

 

「ち、力が入らねぇっ!」

 

 

これが彼の魔法の効力。味方に力を与え、敵から力を奪う鐘の音。あらゆる者の傷は癒えていき、あらゆるものは傷つける力を失っていく。

 

 

「ちょーっとおじさん達僕とお話しようか?」

 

 

「お、お助けえぇぇ!!!」

 

 

その後10分間、ブルーノ商会の悲鳴が響き渡り、直後静寂が訪れていた。

 

 

・・・

 

 

「さてと、ミアお母さんが帰ってくる前に出ないと・・・」

 

 

だいぶ疲弊してしまったが、まだ本来の目的は達成していない。最小限の被害に抑えていたつもりだったが、店にも少し被害が出てしまった。ミアお母さんの怒りは確定。その場しのぎと、ケジメとしてブルーノ商会の連中に『私がやりました』とリヴェリアさん直伝『お仕置き』として罪を被ってもらおう。

 

 

「待ちなよ。」

 

 

案内役として商会の男一人を担ぎ、その場から立ち去ろうとするベルをルノアが止めた。

 

 

「どうしてウチらを助けた?」

 

 

そんな問い掛けにベルはキョトンとした顔をして

 

 

「死にそうだったから。それだけです。」

 

 

そのまま踵を返して、立ち去る彼の背中をルノアはただ眺めているだけだった

 

 

「あぁ、それと。」

 

 

ピタリと足を止めて、彼は最後に

 

 

「あなた達がすごく悲しそうに思えた。それだけです。」

 

 

・・・

 

 

後日、1人の手によってブルーノ商会が捕まった情報がオラリオ全土に知れ渡った。

目撃者もおらず、会員は皆口を揃えて『いつの間にか捕まっていた』と言うばかり。結局、話としては【アストレア・ファミリア】か【ガネーシャ・ファミリア】が動いたんだろう。という形で幕を閉じた。

 

 

「やったニャー!人が増えたおかげで少し楽になるのニャ!」

 

 

あの後、【豊穣の女主人】に戻ってきたベルを出迎えたのはクロエとルノアだった。ミアお母さんに捕まり、流れで店員になったのだとか。

 

 

「さあ、客が来たよ!お前達、声を出しな!どんなにクソッタレな時代だろうと、ここは笑って飯を食べてもらう場所さ!」

 

 

「「「いらっしゃいませ!豊穣の女主人へようこそ!」」」

 

 

fin.


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