オリジナル職業やオリジナルワールドアイテムなどの要素を含みますのでご注意ください。
ゲームというのは娯楽だ。
それを仕事まで昇華させるプロというのもいるが、大概は自分の気が赴くままに遊び、そして最終的には飽きたのか、それともゲームに構っている時間が取れなくなったのか。やがては起動しなくなるだろう。
また時間がたてば懐かしさに気をひかれて再びプレイするかもしれない。だが、それも新しいゲームや趣味によってすぐに終わってしまう。
1つのゲームをずっと続けることは難しい。ボスを倒し、全ての隠しコンテンツを回収したゲームからは、新たな発見が得られない。刺激を感じることができない。
ゲームに娯楽を求める者にとって、それは致命的だ。
だから、皆新しいゲームを求めて、古いゲームからは離れていく。
また、明確な終わりが設定されていないゲームにおいても、同じことがいえるだろう。
確かにクリアという文字は表示されず、エンドロールが流れることはないかもしれない。だが、結局は停滞し、刺激を感じられなくなった時点でそのゲームは終わりなのだ。
だから人は新たな刺激を求め、従来の方法とは違うやり方でゲームをプレイしたりする。
そして、やがてそれすらも尽きたゲームは....
鈴木悟の朝は早い。
会社と、ゲーム。そのどちらにもウェイトを...比較的ゲームに置くほうが重い彼には、文字通り寝る間も惜しみ、効率的に行動することが求められている。
最も、ゲームを重視するといっても、今の生活基盤を維持しつつ、ゲームにも費やせるお金を捻出するには仕事にも手を抜くことは許されない。
特に、今の彼にとっては現在の生活基盤を維持することはとても重要なことであった。
手早く顔を洗うと、水を飲みながら栄養サプリメントを摂取する。スーツに着替え、身だしなみを鏡でチェックすると、防毒マスクを被り、カバンを手に持つ。
「...ん、おにぃー?」
間延びした声が聞こえる。振り返ると、1人の少女がまだ完全に開ききっていない瞼をこすりながらこちらを見ていた。
「ああ、起こしちゃったか。ごめんな」
そう言いながら近づき、寝ぐせでボサボサの髪を撫でてやる。少女はふにゃりとした笑みを浮かべると、その手を受け入れる。
雪のように真っ白な髪に、白磁のようなシミ一つない素肌。その瞳には、見るものすべてを蠱惑させるかのような艶やかな紅を呈色している。
先天性白皮症。俗にいう、アルビノ。紫外線に対して耐性が低い少女は、本来ならば日の光が毒であったが、幸か不幸か、分厚い真っ黒なスモッグで覆われた空によって太陽から守られていた。
ふわふわのその髪から手をはなす。少女は端正な顔を歪めて、その手を名残惜しく見ていたが、手が完全に引っ込んでしまったのを確認すると、ゆったりとした動作で手を振る。
「いってらっしゃい、おにぃ」
「いってきます、
満面の笑みを浮かべる少女――鈴木花の頭をもう一度撫でると、今度こそ出発する。
鈴木花、11歳。
自分とは大きく年の離れた妹を小学校に通わせ、普通の生活を送らせること。そして、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを維持し続けること。
その2つが、今の鈴木悟にとっては自分の命よりも大事な為すべき全てだった。
「はぁ...これで今日のノルマも達成できたか」
頭から機械を取り外し、ゲームの世界から現実世界へと意識を浮上させた鈴木悟の面持ちは、いつもより悲痛な彼の想いを如実に表していた。
すでに時間は深夜1時を回っており、明日もいつも通り5時起きなため、急いで寝なければならないことは分かってはいたが、どうにも、すぐに寝付けはしなさそうだった。
「とうとうYggdrasilもサービス終了か....」
今日、ユグドラシルにログインすると、ちょうど一年後にサービスを終了させると運営からのお知らせがあった。一瞬、その文言が信じられず、手を虚空に浮かべたまま静止するという中々に間抜けな絵面を晒してしまったが、よくよく考えれば当たり前だと思った。
全盛期には数百万人近くのプレイヤーがひしめき合っていたこのユグドラシルだが、今ではもうまともにやっているプレイヤーは千人単位しかいない。
最近ではあまりできていないが、まだ少し余裕があったころには遠出したりすることも何度かあった。
しかし、その時ですら誰もログインしなくなって崩壊したギルドなどもあったのだ。
11年。来年のサービス終了で12年。
1つのオンラインゲームが終了するまでに十分な時間だろう。いや、人が少なくなってからよく持った方だとすら思える。
上位ギルドとして名を連ねるこのギルド:アインズ・ウール・ゴウンですら、ギルド長である彼を除いて、ここ1ヶ月以上誰もログインすらしていないのだ。
今や、もし仲間が帰ってきた時のためにギルドの維持費を稼ぐので手一杯であり、昔のように冒険することも、楽しいという感情を抱くことすらなくなってしまっていた。
悔しかった。
仲間との思い出のたくさん詰まったユグドラシルがサービスを終了すると聞いて。
惨めだった。
仲間が帰ってくる”いつか”の日を夢見て無意味な活動を続けていることが。
1人でよかった。たった1人でもよかった。別に41人全員が集まるとは思っていなかった。誰かが、1人でも、一緒に遊んでくれれば満足だった。
だが、ごく稀にログインする人も皆、ギルドが未だに残っていることに驚き、どんな思いでいたかも知らないで、軽く挨拶を交わすと、全てのアイテムを預けて去っていく。
離れていく仲間を引き留められず、そうして、大事な仲間に対して怒りを募らせてしまうことが苦しかった。
「おにぃー...なんかあったの?」
だから、心に限界を迎えてしまった彼は、初めて弱音を吐いた。
悔しかったこと。
惨めだったこと。
苦しかったこと。
そのすべてを黙って聞く妹に対して申し訳ない気持ちを抱きながらも、不思議と気持ちが軽くなっていくのを感じた。
全て吐き終えると、今まで黙って話を聞いてくれていた妹によって、優しく抱きしめられていた。
未だ幼い子供特有の温かな体温によって、悟は自分の中の悪感情が絆されていくのを感じた。
「じゃあさ、私が一緒にやったらおにぃは寂しくない?」
「そう....かもな」
だから、胸元から聞こえる声に、悟は甘えてしまったのだった。
やがて、明日の夜に起動準備から手伝ってくれるという約束を取り付けると、花はおやすみを告げ、自分の部屋のベッドに転がる。
そしておもむろに枕の下に手を突っ込むと、一枚の写真を取り出した。1人の男性――彼女の兄である悟が穏やかな寝顔を晒しているその写真に唇を落とすと、次第にその顔ににやつきを浮かび上げる。
「はぁ~おにぃまじすこ。うぇへへへ、これでゲーム内外でもおにぃとずっと一緒....もう夫婦じゃん....結婚したわ」
写真を見つめ、ゴロゴロと布団に絡まりながら左右に激しく転がる。もう一度、その写真に深く唇を合わせると、再び枕の下に写真を戻し、今度は目覚まし時計の下から新たな写真を取り出す。
「にしてもあの抱き着きは少し焦りすぎでしたな....結果的におにぃと肌を触れ合わせられたのは最高だったけど!!濡れないこの身体が忌々しいよ...」
随分と頭がイッてる今の彼女を見れば、いかに偉大な
兄の前ですら被っている仮面。もちろん、他の人にだって見せたことのない彼女の素顔。
鈴木花――その正体は、真摯に兄を案じる清楚な妹などでは断じてなく、ただの頭がかわいそうなクソブラコン娘だった。
リアルのお話は今回でおしまいです。