魔王の前座   作:漆黒掃除人

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♯02

ナザリック地下大墳墓、第九階層「ロイヤルスイート」。

その中の一室には、中央に大きな黒曜石の輝きを放つ円卓が鎮座していた。

現在、円卓には39もの空席があり、埋まっているその二つの席には、方や全身骨、もう一方はデロデロした漆黒の粘性体である異形の化け物の姿があった。

しかし、その両者の間にあるのは剣呑な雰囲気などではなく、友人との会話を心から楽しむ、穏やかな空気がそこには流れていた。

 

「ああ、そうだ。ちょうど一年前から俺の妹もユグドラシルを始めたんですよ」

「おおーそうだったんですか。ギルドには?」

「まだ未成年ですし、皆の承認を得てるわけでもないですしね....。メイドを見せたり、ギルド内部を案内したりはしちゃったんですけど、よかったですか?」

「全然いいですよ!!ところで、メイドには....」

「とっても可愛いって言ってましたね。行動AIも人間っぽいってはしゃいでましたよ」

「それはよかった!!こっちも頑張った甲斐があるというものです」

 

モモンガからの近況報告が終わると、今度は上司の愚痴の話になるが、それでも久しぶりに仲のいい友人と話せることで、楽しい時間が流れていく。

 

しかし、それもすぐに終わりが来る。

異形の粘性体――プレイヤー名をヘロヘロというその者は、昨日から上司に無理難題を吹っ掛けられており、ちょうど仕事が終わったのもつい先ほどの出来事だったのだ。なんとかサービスが終了する前に顔を出そうと体に鞭を打ってログインしてきたが、とうに彼は限界を迎えていた。

 

「じゃ....そろそろ睡魔がやばいので、アウトします。モモンガさん、最後にお会いできてうれしかったです。お疲れ様です」

「いえいえこちらこそ!ヘロヘロさんにお会いできてうれしかったです。お疲れ様でした」

 

そう告げて、ログアウトするヘロヘロを、全身骨の化け物――モモンガと呼ばれた男は笑顔のエモートを浮かべながら見送る。

 

 

12年続いたユグドラシルは、今日サービスの終了を迎える。

願わくば、他のみんなとも昔の思い出を語ったりしながら最後の時を過ごしたかったが、ヘロヘロを含めて3人もログインしてくれただけでも十分だと思い切ることにした。

モモンガがギルドメンバーたちと楽しく遊んだ思い出を思い起こさせる品の数々も、ただのデータとして消去されてしまうが、しかし、最期の日に、そのような悲しい感傷は似合わないと、モモンガは思いを振り切るように顔を大きく左右に振ると、円卓から立ち上がる。

 

「あ、おにぃ。ここにいた」

 

そして、それと同時に少女の声が室内に響く。

頭の上にリリィというプレイヤー名の表示された少女――現実世界では鈴木悟であるモモンガの妹の鈴木花――のアバターは、笑顔のエモートを浮かべながら近づいてきた。

 

「ん、リリィはもう十分なのか?」

「うん、花火のお礼にってワールドアイテムとか、おまけで廃課金プレイヤーの装備とかも色々と貰えたよ。アースガルズの天空城から花火を打ち上げるんだって」

「それはすごいな....」

 

くるくるとその場で踊るように回りながら話すリリィの姿を、モモンガはじっくりと眺める。

基本的な骨格は、現実世界との差異に違和感を感じないように、リアルと同じように作られており、別にそこまでは一緒にしなくていいとは思うのだが、髪の長さや色、顔のつくりなどもリアルそのままだった。

逆に、リアルとは違うのは、頭から生えている二本の角、そして新しく額から生えた三本目の角。

それと、不自然なほどに強調された胸部の大きさと、全身虎柄のオシャレとは呼べない奇妙なファッションだろうか。

いつも妹の服はモモンガが選んでいたが、この様子を見るに、妹に選ばせなくて正解だったと思わずにはいられない。

 

モモンガよりもかなり先にログインしていた彼女は、アースガルズやアルフヘイムといった他の世界を巡り、花火を配り歩いていた。

この花火は本来どこでも買える安価なものなのだが、どこぞの馬鹿どもが、ギルド資金を大量に使い買い占めたせいで、入手困難になってしまったのだ。

運営も補充すればいいものを、流石はクソ運営。花火の提供は終了しましたとのお知らせを流し、クレームの集中砲火を喰らっていた。もっとも、花火のせいでサーバーが悲鳴を上げているからコレ以上生成するなどたまったものではない!!という彼らの言い分も理解できないわけではなかったが。

 

そんなこんなで、品切れになってしまった花火だが、リリィは10000本ほど買ってゲーム内で打ち上げようとしたところ、誤って100本束のセットを10000組購入してしまっていたのだ。

到底使い切れるわけがなく、このまま腐らせておくのならば、と世界を渡り歩きながら無償で提供していたのだが、タダでもらうわけにはいかない、と逆に花火なんぞより高価なアイテムの数々を、今日で消えるデータだからと渡してきたのだ。

おかげで今のリリィは個人としてワールドアイテムを3つ保有し、アイテムボックス内は神器級の装備品や超レアアイテムなどであふれかえっていると、トッププレイヤー顔負けの有様であった。

 

「おにぃはこれからどうするの?」

「俺は、玉座の間でサービス終了を迎えることにするよ。リリィは花火でも見に行くのか?」

「うーん...いいや!!最期はおにぃといっしょにいることにするよ」

 

その言葉を聞くと、モモンガはその手にギルド武器を持ち、プレアデスとセバスを付き従えさせ、リリィと横に並んで歩みを進める。

やがて、重厚な扉を押し開け、目の前に飛び込んできた光景を前に、思わずリリィは感嘆の声を上げる。

彼女にとってこの部屋は何度も見たことのあるものだったが、それでもやはり驚きの声を上げることを止められることはできなかった。

幻想的な輝きを放つ天井からつり下がった豪華なシャンデリラに、水晶でできた巨大な玉座。まさに、魔王の居城を思わせる荘厳な有様は何度見ても足を踏み入れる者の心をつかんで離さない。

 

やがて、最奥に座す諸王の玉座の手前まで来ると、モモンガは隣に控えている女性型のNPCを見やる。

そのNPCの名は、アルベド。ナザリックにおける100レベルNPCを通称する守護者という存在全てを統括する役職、守護者統括を名乗るNPCだ。

一瞬、その手に持つワールドアイテムに対して、ギルドメンバーの身勝手な行いに多少の不快感を抱くが、それもすぐに霧散する。最期の日くらい、そのギルドメンバーの想いを汲んでやりたいという気持ちもあったし、毎日ログインしておきながら今更になって気づいたのかというモモンガ自身に対しての呆れもあったからだ。

 

ふとした興味から、アルベドの設定を開く。そこに飛び込んできたのは、圧倒的な文字の量であり、アルベドを創造したギルドメンバーが設定厨だったことを思い出す。流石に多すぎる全てを読むことはできないと、ほとんど内容を飛ばし飛ばしで読んでいくと、設定の最後の文字で一度モモンガは思考が空になる。

 

『ちなみにビッチである。』

 

「....え、なにこれ?」

「ん?どうしたのー」

「うわ、うわわ!!」

 

あまりの衝撃に軽く思考停止し、思った言葉がそのまま口に出てしまったが、それがどうやらリリィの気を引いてしまったらしく、興味を持って近づいてくる。

咄嗟にその文言を消すことで、なんとか見せずに済むことに成功したが、すると今度はそれを消去することによって空いてしまった11文字のスペースがなんだか寂しく見えてくる。

自分が消したのだから自分で埋めなければ、とモモンガは謎の正義感を振りかざし、そこに入る言葉を考える。

 

「いや、このNPCの設定を見ていたのだが、最後に11文字だけ空きがあってな。どうせだから全部埋めてやりたいと思ったんだ」

 

モモンガは、自分で消したのを内心でアルベドを創造したギルドメンバーに謝っていたが、言葉としてさも自分が今空きを見つけましたとばかりに責任を転嫁した。これはひどい。

 

「ふーん....じゃあ『モモンガを愛している。』とかでいいんじゃない?」

「え、いや....流石にそれは申し訳ないというか」

「まぁまぁ、最終日だし自分の好きにしたらいいんじゃん。それに、おにぃはこういう人、好きでしょ?」

 

え、とモモンガは自分の性癖が妹にバレていることに驚愕しながらも、時計を見ると時間がもうあまりないこともあり、それでいいや、と半ば投げやりになって、手早く文字を入力する。

改変をしたことに少し罪悪感を抱くが、最期だからと割り切ることにし、息を深く吐きながら玉座へと座った。

 

深く腰掛け、肘置きに手を置きながらゆっくりと目を瞑り、ギルドメンバー皆の名前を思い起こしながら、その人を表す旗を指さしていく。

全員を言い終わった時、サービス終了までの残り時間はすでに30秒を下回っていた。

 

ふと、横に視線を向けると、リリィが肘置きに腰掛けようとしており、慌ててモモンガは手をどける。

最終日だからいつもは厳しい運営も少しは18禁に抵触してしまいそうな行為について軽く見てくれているなどのうわさもあったが、だからといってそのようなことをして、結局最期を独房で迎えることになるなんてあってはならない。

というか、そもそも妹にそういうことをするわけがない。兄として、少しその行動に思うところはあったが、どうせそういうことを考えているわけでもないだろうし、もうゲームが終わるのにグチグチいっても仕方がないと、モモンガは黙認することにした。

 

「楽しかった...本当に楽しかった」

「そうだね、一年しかやってないけど、このゲームは面白かったよ」

「...ギルドランクが気付いたら17位まで浮上してるのも、ほとんどリリィが一緒にやってくれたからだよ。ありがとう」

 

本来、モモンガはギルドの維持費を稼ぐのに手一杯であり、ゲームを楽しむ余裕などなかったのだが、リリィが勝手に稼いではモモンガ宛に十分以上の金額を送りつけてくることもあり、最後までこの世界を満喫できたのだ。

始めて一週間と経たずして、100lvプレイヤーの仲間入りを果たし、今ではモモンガとのpvpで勝ち越せるほどの腕前を持つリリィのことを考えると、少しだけゲームに誘ってしまったことを後悔する。

あまりゲームにのめり込んで、勉強などに手がつかなくなってしまってはよろしくはないだろう。

 

しかし、それでもやはり、リリィに対しては感謝の気持ちのほうが強かった。

だから、人に面と向かって感謝を伝えるのに少しむず痒い気持ちを抱くが、それでもゲーム内で伝えておきたかったのだ。

 

23:59:57、58、59――

 

「こちらこそ、おにぃと一緒に遊べて本当に楽しかったよ」

 

リリィはその顔に満面の笑みを浮かべて、そういった。

 

 

そして、ユグドラシルはサービス終了を迎えた。

 

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