「あはははは!!!死ね、死ね、死ね!!!あっははははは!!!」
ぐちゃぐちゃ、と肉がたたきつけられる音が静かだった森の中で断続的に響き渡る。
自然の力強さを感じさせる道端に咲いた草花はその本来の色を失って赤色を呈し、木にはもはや元の形をとどめていないただの赤黒い塊がねばっこく張り付いている。
そこより少しばかり離れた場所。この先にある村に住む少女だろうか。見れば、姉妹と思われる二人の娘が、その服に円形上に広がるシミを作りながら、抱き合うようにして気を失っていた。
大柄のローブを羽織り、謎の仮面をかぶった存在――モモンガは、地面に倒れている二人の少女に記憶処理を施しながら、今もなお笑い声をあげ、剛撃で地面を揺らす少女を遠目に眺め、深く息をつく。
「なんでこんなことに...」
きっかけはなんだったか。確か最初は、
だだっぴろい草原に、実物では見たことのなかった牛や羊などの動物たち。雲一つない晴天の青空を自由に飛び回る鳥たち。すべての光景が新鮮で、あまりの綺麗さに気分も高揚した。
しかし、たまたま人が住んでると思しき集落を見つけ、情報を集められるいい機会だと思い村を拡大してみてみれば、騎士風の姿をした者たちによる大量虐殺現場。
もはや情報など得られそうもない、何よりもリリィに嫌な場面を見せてしまったかもしれない――舌打ちと共に鏡に映す風景を変更しようと振った手を止めたのは、リリィだった。
「モモンガさん、こいつら殺そう」
モモンガは仰天した。まさか男手一つで育ててきた愛妹からそんな暴力的な言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
そして、また、それと同時にモモンガは自分がこの光景を最初に見た時、人間が虐殺されているという事態に何の感慨も抱かなかったことに気付いた。
今でこそ骨だけの身体だが、もとは人間であったはずなのに、その人間が殺されているということをただの風景の一つとして流してしまったことにモモンガは言いようのない恐怖を感じた。
だからこそ、自分が心までも化け物になってしまったのではないか?という思いを振り払うように、リリィの提案に同意する。
それにしても...とモモンガは一歩引いた状態で遠隔視の鏡を覗き見るリリィに対して言いようのない寂しさを感じた。人前では兄妹であることを隠そう、というあの提案になぜ乗っかってしまったのだろうか。
一応、モモンガと兄妹だと思われることが嫌な訳ではないということをリリィから直接聞いているので、自分が嫌われているわけではないと安心はしているのだが、やはりいつも甘えて抱き着いてきたりしてきた妹が唐突に一歩引いた姿勢をとってくるというのは兄として悲しいものがあるな、とモモンガは初めての兄離れという現象に微妙に思い悩んでいた。
「モモンガさん、どうかしました?」
「ああ、いや、なんでもないぞ」
「...にしても3Lvに、4Lv...ちょっと強くて7Lvいかないくらい。これがこの世界の平均かな、モモンガさんはどう思いますか?」
「ん?リリィはLvが分かるのか?」
「”鑑定の指輪”つけてますからね」
「...あれらが特段弱いだけで、本当の強者は隠れている可能性もあるし、自分のステータスを偽っている可能性だってある。一応用心することに越したことはないぞ」
「そうですね、最強装備でいきますよ」
リリィの左手には、花火騒動の時に貰ったと言っていた、眼の装飾の施された指輪が光っていた。
モモンガは自分がレアコレクターの側面を持つのもあり、自分の持ってないアイテムを持っているリリィに対して、内心いいなぁと呟き、最期に露店とかに顔を出しておくべきだったなと軽く後悔するが、すぐに意識を切り替え、自分も万全の準備を整える。
「お、お待ちください!至高の御方々のみで向かわれるなど、供回りをお連れください!」
慌てて、<
その言葉を聞き、確かに万全を期すと言いながら二人で行くというのもおかしな話だとモモンガは思い至らなかった自分を笑う。ユグドラシル時代の時は、リリィが前衛、モモンガが後衛を務めるだけで他の存在は二人の連携が崩れるから邪魔だと考えていたが、それは傭兵NPCや作成するアンデッドなどがピンポイントで使える特定の状況を除き、弱くて必要がなかったからなだけであり、セバスやアルベドといった守護者を連れ歩けるというのならば、それこそがまさに万全を期す上で必要だと言える。
そう考え、モモンガはセバスにナザリックの警備、アルベドへの通達、後詰の準備などを命令する。
ふと、リリィのことを見てみれば、やはり全身虎柄のクソダサコートを羽織っていた。しかも、リリィはなんとなく、その服を気に入っているようにも見える。
(...あとで適当に私服でも見繕っておいてやるか)
面と向かってファッションセンスがない、と言うのもな~と思いながら、<転移門>の魔法を唱える。
そしてそれと同時に、すぐにリリィが門に飛び込むと、モモンガも間を空けずに入る。
そして、転移して開けた視界に写ったのは、妹をかばうようにして抱きしめる姉。その背中に向かって剣を振りかぶる下卑た笑みを浮かべる騎士風の男。
そして、その振りかぶった剣を砕きながら、顔面に血に塗れた金棒をたたきつけるリリィの姿だった。
(うわ、すご)
まるでサッカーボールかのように放物線を描きながら吹き飛んでいく兜付きの人の頭。
グロテスクな首の断面からは、今更ながら首から上がなくなったことに気付いたように血が噴水のようにあふれ出し、命の絶えた肉体はふらりと前後に揺れ、地面に倒れ伏した。
「な、な...」
二人の少女を追い詰めていたもう一人の男は、突如として起きた目の前の異常事態に身体が震え、その場から動けずにいる。
庇われた少女も、一向に痛みが襲ってこない現状に疑問を覚え、恐る恐る振り向くと、リリィの足元に、首から上の無くなった人の死体があるのを見つけ、妹と同時に気を失ってしまった。
「...流石にショッキング過ぎたか?」
人の死体を見ても特に何の感情も抱かないことで、自分の心も恐らくもはや人間のものではないということをモモンガは自覚しながらも、倒れている二人の少女の下へと足を進める。
「あ、モモンガさん。今更気づいたんですけど、変装とかしたほうがいいんじゃないですか?」
「んー...あぁ、確かに俺異形だもんな。リリィはいいのか、日の光とか」
「体力は減るけど自動回復が追いついてるから問題ないですね、むしろ常にスキルの条件満たしてるから相性いいかも。角は縮めて髪に隠すから大丈夫ですよ」
金棒から血を垂れ流しながら、リリィは笑う。モモンガと違い、実際に手にかけたのに、そのことに対してまったく気にするそぶりを見せないのは、やはりリリィも精神が種族に引っ張られているからなのだろうな、とモモンガは推測する。それに、リリィの種族は特に戦闘行為を愉しむタイプだったとも思い出す。
アイテムボックスから、嫉妬マスクと呼ばれる気味の悪い仮面を取り出し、少し悩んだ後取り付ける。よくよく考えれば、別にリリィと一緒に遊べてるのだからリア充と言えるので、このマスクをつけることが他のマスク保持者に対する不義理になるのではないかと思ったが、ユグドラシルプレイヤーかどうかの判別にも使えるし、一応取り付けておこうとモモンガは判断する。
そういえば、とモモンガはリリィに提案する。
「どうせなら
(そうだ、原因俺じゃん...)
笑い声をあげながらもはやとっくに息絶えた死人の肉を何度も叩き潰すリリィ。その行動の原因が一端どころか全部自分にあることにモモンガは呆れてため息をつくことしかできない。
ふと、後ろから<転移門>を使用した形跡を確認したので振り返ってみると、全身を黒色の鎧で覆ったアルベドの姿がそこにはあった。
しかし、見ればアルベドは何やらオロオロとしている様子だった。まぁ、無理もないだろうなとモモンガは思う。上司の手伝いに来たと思えば、片方は狂ってて、もう片方は遠目にその様子を眺めているだけなのだ。どうすればいいのか分からないだろう。
「おーい、リリィ。戻ってこい」
「...ん。あ、おに...モモンガさん、どうしましたか...ってなんかすごいことになってますね、これ」
リリィは自分のした光景を見ながらうわぁ....と顔を顰める。流石に、辺りが血塗れすぎるので、モモンガが魔法で綺麗にすることになったが、あの特殊技能は安易に使わないほうがいいかもしれない、という結論に落ち着くことになる。
リリィは人間の少女二人を抱きかかえると、モモンガの隣を歩く。
そんな二人の後ろに付き従いながら、アルベドはただじっとリリィのことを見つめていた。
遠隔視の鏡
その場から動かずに情報を集められる超優秀なやつ。Yggdrasil時代は情報系魔法で簡単に隠蔽されたり、攻勢防壁で逆に攻撃食らったりとあまり日の目を見ることはなかったが、転移後は一躍ヒーローに。
鑑定の指輪
オリジナル。ゲームとかならあってもおかしくないかなって思いました。効果は単純に相手のレベルを看破するだけ。もちろん、簡単に隠蔽可能。自信満々にリリィは使ってるけど少し後に情報系魔法で反撃される危険性に気づいたモモンガ様によって使用禁止にされます。かわいそう。
転移門
超優秀な移動系最強魔法。ただの移動に使ってよし、物資輸送に使ってもよし、何に使ってもいい、1グループに1人使い手のほしい魔法。
嫉妬マスク
正式名称は嫉妬する者たちのマスク。クリスマスイブの夜のある一定の時間にログインしてるともらえるのろいのアイテム。ゲーム内カップルに対しては無力すぎて一部のプレイヤーは怒った。運営も怒った。