しばらくは亀進行ですよー
ちょっとした浮遊感を伴い迷宮の中に転移されると、既に信也や涼子のはカードの発行が終わっていて、自分のカードをじっくり見ているようだ。
今は丁度紅葉がお稲荷さんの頭に手を乗せるところだ。モニュメントは紅葉やひかりでも手の届く高さしかないので、神社なんかで見かけるのと比べると可愛く感じてしまうな。
紅葉の後はひかり、健一、雛子、恵、美咲と並んでいる順に撫でてはステータスカードを受け取って行く。
「先生、触れれば良いのですよね? なんかみんな撫でてますけど」
「はい、撫でる必要はありません。だけど、可愛いからか撫でる人が多いですね」
ならば俺は――顎の下をコショコショっとな!
「ゆ~君は何をしているのかな~?」
「キツネって猫の仲間じゃなかったっけ?」
「ざんね~ん。キツネさんは犬亜目で~す」
な、なんだってー!?
俺は長い間勘違いをしていたというのか……
「ネコ科犬亜目だから、まるっきり外れじゃないわよ?」
「肉食動物は大抵ネコ科だし」
なんてふざけていたら、お稲荷さんの足元になるカード穴からカードが排出されていた。
カードを取って明日香と場所を変わると、明日香はお稲荷さんの鼻を指先で突つき始めた。
「はい、じゃあ迷宮から出ますよ」
明日香がカードを受け取ったのを確認すると、先生は手に持っていたバインダーに何かを書き込んで迷宮の入り口に向かって歩き出した。
入ってきた時と同じように浮遊感を伴い迷宮の外に転移される。どうやらゲートよりも遠くに送られるようで、出る時にはゲートにカードをかざす必要は無いようだ。
「はい、じゃあ女子寮側から戻って事務課に向かってね」
先生の指示に従い女子寮の方へ歩き出す前に見渡すと、数十人のクラスメートが居た。いや、数十人しかいないと言うべきか。
先生が中に居る時に来たら他の迷宮前と変わらないから、分からずに離れてしまった人も居るだろうしな。
「雪君、紅葉が罠って言ってたでしょ。これは先生――学校がそう仕組んでいる事なんだからさ」
「そうだよー。向こうから行けって事は、まだ来てない人には教えるなって事だよー?」
歩き出さない俺を見てポニテコンビの雛子と恵が戻ってきて俺の手を取り歩き始めた。
他のみんなも立ち止まって俺の事見ていた。どうやら心配かけてしまったようだな。
「あ、あの雪兎さん。ぼ、僕一人だったら、多分たどり着けませんでした。ですので、えっと……きっと大丈夫です」
「ふふっ、村上さん。それは励ましにもなっていませんよ。恐らくですが、もう少し時間が過ぎたら助け船が出るのではないでしょうか」
「先生が人数と時間を確認していたからな。言っていたように数人間に合わない程度に収めるんじゃないか?」
みんなに追いつくと待っていたみんなからも声を掛けられた。
「なんか心配かけてしまったみたいだな」
みんなにお礼を言って一緒に歩きだす。
女子寮の方を見ると木々の向こうに壁が見える。視線を少し上に向けると壁が途切れているから、建物の壁ではなく塀か何かだろう。
「涼子、どうやら寮の周りは塀に囲まれて入るっぽいぞ」
「えっ、本当に? ちょっと近くに行ってみてくる!」
走っていく涼子を見送って、残りのみんなは普通に歩き続ける。塀まで行って来るだけなら、すぐに追いついて来るだろう。次の目的地の場所は知っているはずだし。
「涼子さんはどうなされたのですか?」
「寮の部屋が1階で覗かれるのが心配だとか言ってたから、塀で部屋が見えないかを確認したかったんだと思う」
「そうなのですね。ですけどあのような建物の配置ですと、隣の寮の部屋から見えてしまうのではないでしょうか?」
美咲の視線の先、寮の方向を見ると確かに6つある建物の間隔はそんなに離れていない。
「確かにそうかもねー。それに日の当たりも悪そうでいやだなー」
「日の当たりが良いのは1と6の外側と各最上階くらい? 風の通しも悪そうだね」
俺は第1だけど、部屋の配置によっては内側の可能性もあるのか。
どうせ日中は学校に居るんだし、日当たり悪くても風通しは良い方が良いなぁ。
「ゆ~君、あんまり寮の方を見ちゃだめだよ~」
「ん、下着を干している部屋もあった。気を付けるべき」
明日香とひかりの指摘を受けて、慌てて寮から視線を外した。
知り合ったばかりの女子も居るし、勘違いされるのは勘弁だ。
「ただいま。3mくらいの塀で全部が囲まれていたから良かったよ」
涼子が戻ってきて見た事を教えてくれた。変わりに居ない間に話していた事を教えながら歩いて行く。
寮を越えると校舎があり、その先に体育館と2階に上がる階段が見えた。見えたといってもまだまだ遠いんだけどな。
「うん。こう歩いてくると、校舎に入っちゃうね、これ」
「場所を調べてなかったら、俺も入っていただろうな。雪兎に感謝だぜ」
紅葉が開いている校舎の入り口を見て言うと、信也もしみじみと言う。そして並んでいた健一もコクコクと頷いている。
紅葉と健一が同じくらいの身長だから、信也を挟んで並ぶと凸なんだよな。後ろから見ていると父親が子供二人を連れて歩ているように見えなくもない。
そして校舎も越えると体育館……という名の購買があった。
体育館の扉の先には棚があり、様々な品が置かれていたのだ。外から見えているだけでも武器防具に靴や服などもあった。
「体育館とはいったい……」
「そういえば体育の授業もありませんし、式も教室でしたね」
たしかに美咲の言うように体育館を使う事が無いように思えた。
1学年1クラスで保護者が参加しないなら、入学式も卒業式も教室で済んでしまうのか。それにモニターでやるなら始業式なんかも教室で済むしな。
迷宮高校に体育館不要説濃厚だ。
2階に上がり扉をの中に入ると、廊下に奥に先に来ていたクラスメート5人が居た。
手前が購買で奥が事務課のようで購買の前を通り彼らの方に進むと、中から男子が一人出てきて代わりに一人中に入って行った。
「一度に3人までだから、後は廊下に並んで待ってろだって」
先に来ていたうちの一人が教えてくれた。
ステータスカード発行の時に入り違いになった8人だろう。中に3人居るならピッタリだし。
「おー、ありがとう。じゃあ並ぶか」
「あっ、こっちは残り二人だから。そうそっちに並んでくれれば良いよ」
信也が先頭で俺が最後になるように並ぶ。
話しかけてくれた彼は良い人っぽいけど、後から来る人に女子が絡まれるかもしれないから、一応ね。
信也、健一が入って行き、先のグループの8人目が出て来たので紅葉が事務課の部屋に入っていく。
「ここで話していると迷惑だろうし、また後でゆっくり話そうぜー」
そう言うと彼らは外へと出て行った。
「リーダーっぽい人はまともだったけど、何人かはあれかな?」
「ねちっこい視線の人が居ましたねー」
涼子の感想に恵が同意すると、他のみんなも同意していった。
「美少女揃いだし、明日香と美咲にの胸に目が行ってしまうのは、男の悲しい性なんだよ」
「まぁこの二人の胸には女の私でも目が行っちゃうからね」
美少女揃いと言われたのが嬉しいのか、雛子が楽しそうにお道化て続いてくれた。
これでちょっと嫌な雰囲気だったのが解消された。今は女の中に男一人だから、そんな雰囲気は勘弁だよ。
順調に進んで行き、最後の俺が中に入る。
壁際に機械が3つ離れて置かれていて、そのうち2か所にひかりと明日香が事務員さんと一緒に居た。
残りの場所に事務員さんだけが居たのでそこに向かう。
「探索者カードの発行は此処で宜しいのでしょうか?」
「はい。生徒カードとステータスカードを出してくださいね」
言われた通りに2枚のカードを取り出して事務員さんに渡す。
「じゃあ、この機械の上に右手を開いて乗せてください」
機会に操作しながら言ってきたので、それに従って機械の上に描かれている手のマークに合わせて手を乗せる。
1分くらいそうしていると手を離していいと言われたので機械から手を離した。それから更に1分程経つと機械からカードが出て来た。
「カードに書かれている名前を確認してくださいね」
渡されたカードには間違いなく俺の名前が書かれていた。
仮とはいえ免許だ。探索者の第一歩かと思うと感慨深いものがあるな。