転生先はブラック鎮守府の雪風でした   作:香月燈火

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き が つ け ば 2 ヶ 月 。


提督、ブラック鎮守府の現状を知る(提督side)

 なんてこった、と、俺の着任先である鎮守府の門までやってきたところでそう思った。

 

 

 大本営付きの車に乗って、俺はいよいよもってこれから長い間働くことになる()()へとやって来た。

 聞いた話によると、ここは艦娘が前任者によって相当に酷い扱いを受けていた、いわゆるブラック鎮守府と呼ばれている訳ありな場所だという。

 まさか大本営からはかなり離れているとはいえ、四大重要基地のひとつである舞鶴の第三基地を新人である俺がまとめろと言われた時は耳を疑ったが、 それを聞いてからはよもや面倒な場所を請け負ったものだと頭を抱えたくなった。

 現在大本営では「艦娘は人ではないが、軍人であって兵器ではない」と主張する親艦娘派と「艦娘は兵器であって、人権などというものは必要ない」と主張する反艦娘派の二つの派閥で割れているが、恐らく両派閥からの意図によるものなのだろう。

 親艦娘派からは俺に艦娘達への救済を、反艦娘派からは体のいい厄介払いとして。

 

 

 いよいよもって鎮守府の前までやってきた車は、俺を下ろして少しだけ挨拶をした後、すぐに去っていった。

 さて、と鎮守府の方へと向き直ってみるが、やはりというか、想像していた通り相当な大きさな門戸であった。

 かつて見た横須賀鎮守府に勝るとも劣らぬそれは、まさに重要な司令起点を担う基地なのだなと改めて理解し門のすぐ近くに存在する守衛室へと近付くと、ひとつの人影が部屋の扉の前に立っていることに気が付いた。

 影の正体は、俺も見知った姿の背の高い女性であった。

 

 

「貴方が新しい提督ですね? 私は大淀型二等巡洋艦、大淀です。前任者の頃は主に書類作成のみを任されていましたが、艦隊指揮、運営も得意です。これから、よろしくお願いします」

「ああ、私は朝倉努(あさくらつとむ)という……臨時少佐だ。急な昇進により未熟なところも多いが、よろしく頼む」

「了解しました。では、お先に執務室へとご案内させていただきます」

 

 

 大淀は挨拶をした後敬礼をとったので、俺は答礼を返した。

 それにしても一見おおよそ好意的に見える大淀だが、よく観察してみるとやはりというかなんというか、目の奥に映す警戒と怯えの色は俺にははっきりと分かってしまっていた。

 俺には特殊能力、というか、特技とも言えるひとつの能力を持っている。

 相手の目を見ることで、その目の主の抱く感情をはっきりと感じ取れるといったものだ。

 一見するとただ感情の機微がはっきりと分かるだけにしか思えないだろうが、この力は、実は俺がまだほんの小さかった5歳の頃、何故か突然に開花したのである。

 それに、()()()()からも俺の目は一般人のものとは何かが違うとのお墨付きを貰っているため、やはりこれは普通ではないらしい。

 それはともかく、やはりここは俺が聞いていた通りのことがあったことくらいははっきりと理解することが出来た。

 大淀なんて、俺の前についているというのに一切振り向きすらしていない。

 更に言うなら、その背中からはどことなく威圧しているような雰囲気すら感じる。

 とはいえ、流石にこれからは秘書艦として働いてもらう相手にこのような緊張感のある関係のままで居るというのは流石に駄目だろう。

 

 

「なあ、大淀。ここにはどれくらいの艦娘が居るんだ?」

「……ここには総勢96隻の艦娘が所属しています。内訳は戦艦12隻、重巡11隻、軽巡12隻、駆逐35隻、正規空母8隻、軽空母6隻、潜水艦3隻、海防艦3隻、水上機母艦3隻、そして工作艦が1隻と給糧艦が2隻で以上になります」

 

 

 どうやら俺が思っている以上に所属している艦娘達の数が多いようだ。

 前任者の戦闘詳報にはそれはそれは相当の数の轟沈数が書き連ねられていたらしく、特に駆逐艦を盾とした捨て艦戦法の動きが見られていると聞かされているのだが。

 それにしては気になることがあるな……。

 

 

「やたらと駆逐艦の数が多いような気がするが、前任者は捨て艦戦法を取っていたのではなかったのか?」

 

 

 そう言うと、先程から一切反応することのなかった大淀の足がぴたりと止まった。

 そして、大淀はゆっくり振り向くなり俺に剣呑な様の視線をこちらへ寄越した。

 その目に映る感情は激怒、悲哀……そして、とんでもないほどの憎悪。

 俺の今の発言は、まさに彼女の琴線にぴったり引っ掛けてしまったようだった。

 

 

「はい、前任者はそれはもう()()()()()()()()をもって私達の仲間を沈めてきました。駆逐艦は……そうですね、全部雪風のおかげですよ」

 

 

 やはり前任者は捨て艦戦法をとっていたようだ。

 これに関しては予想通りというか、むしろそうでなかったらどうやればあれほどの損失を引き起こすような無能だったのかと頭を悩ませていたところだ。

 しかし、そんなことよりも予想外な名前が出てきたことに驚いた。

 

 

「雪風だって? あの、陽炎型のか」

「はい、その雪風です。恐らく……この鎮守府において彼女に戦場で助けられていない艦娘は居ないのではないでしょうか」

「なんだと?」

 

 

 雪風……先の大戦においても数十年という長い間を生き残り、また護衛艦としても数々の武勲を立ててきた名誉の駆逐艦。

 その性能は艦娘となってもかなり高性能となっており、確かに前線に出しても見劣りしないほどの艦ではあるが……しかし、それでも駆逐艦だ。

 戦艦や空母のように単騎で大きな戦略的効果を発揮する艦ではない、はずだ。

 

 

「提督はよくご存知でしょうが、駆逐艦とは本来単騎ではそこまで有用な艦ではありません。ですが……彼女だけは違いました。雪風は……あの子が主力艦隊の護衛艦に就くようになってから、轟沈数はかつての10分の1にまで減りました。駆逐艦に至っては、ここ2年で片手に収まるほどしか沈んでいません。その轟沈のほとんども、彼女が出撃していない艦隊がほとんどです」

「そんな馬鹿なことがあるわけが……!」

 

 

 そんなことは有り得ない、と大淀を注視するが、彼女が嘘をついてるようには見えない。

 

 

「……すまない。あまりにも疑わしくてな」

「いえ、お気持ちは理解出来ます。ですが、そのせいで私達は彼女に私達とは比べ物にならないほどの重い責務を負わせてしまいました……」

 

 

 大淀の声色は、まさに罪悪感と恐怖で溢れているような、そんな感じであった。

 

 

「それは、一体?」

「……この話は後で。丁度、執務室へと到着したところなので、先に着任の挨拶を済ませてしまいましょう」

 

 

 先を促そうとするが、大淀にはぐらかされてしまい、この話は一旦打ち止めとなった。

 どうやら執務室には先客が居るようで、大淀は執務室の扉をノックすると、返事が返ってきたのを確認してから扉を開いた。

 扉を開けた先は、無駄に豪華な装飾が滅多に散りばめられていて、見ているだけで不快な部屋があった。

 その中央には執務用デスクと椅子があり、その前には4人の女性が並んでいた。

 

「長門さん、陸奥さん、赤城さん、加賀さん、ただ今戻りました。この方がこれより着任となりました新しい提督の方です。提督さん、彼女達は左から長門型戦艦2番艦の陸奥さん、そして次がそのネームシップである長門さん、そしてかの一航戦所属艦、赤城さんと加賀さんです」

 

 

「貴方が新しい提督か……私が戦艦、長門だ。一応、総旗艦と第一主力打撃部隊旗艦としての立場を担っている」

「同じく長門型戦艦の2番艦、陸奥よ。立場としては戦艦総括、部隊所属は第一主力艦隊になるわ。よろしく頼むね?」

「航空母艦、赤城です。ここでは空母のまとめ役と、第一航空機動部隊旗艦もやっています。航空戦では誰にも負けませんよ?」

「……加賀です。赤城さんと同じ第一航空戦隊に所属しています……精々、私たちを上手に使いこなすことね」

「提督。まだ他にも数隻程居ますが、概ねの重役に就いているのが彼女達です」

「ああ、紹介ありがとう。私が新しく提督として着任することになった、朝倉努だ……これから、よろしく頼む」

 

 

挨拶の感触としてはまだなんとも言えないといった感じだろうか。

大淀の話ぶりからするに実情は相当酷かったように思えたが、彼女達に関しては提督である私にも感情的になることはなく、今のところは見極めてやろうといった雰囲気を感じる。

まだ思っていたよりもスムーズな立て直しが出来そうだ……そう思っていると、長門から声を掛けられた。

 

 

「提督よ。貴方には話しておかねばならないことがある」

「……なんだ?」

 

 

そう言う長門の顔は、先程までのまさに威風堂々とした感じが消え、まるで苦虫を噛み潰したような厳しい表情へと浮かべていた。

 

 

「提督も既に理解はしているだろうが、ここでは捨て艦戦法を取っていた。私たちは基本的に護られている側であり、当然思うところはあれど、直接的な被害が少なかった分、まだ理性の面では耐えられると言える……問題は、理不尽な命令により姉妹艦を失い、そして直接の被害も大きかった駆逐艦や軽巡洋艦だろう。特に、駆逐艦に至ってはほとんどの所属艦が姉妹艦を喪った経験がある。その恨みは、私たちでは推し量ることすら出来ない」

 

 

長門の言っていることは事前知識としても理解していたつもりだったが、やはり問題は駆逐艦ら小型艦であるようだ。

それにしても、確かに駆逐艦は資材的なコストパフォーマンスにおいてはもっとも使い捨てに最適とは言えるが、人ではないと言っても感情を持つ立派な軍人。

更に幼い身である彼女達を、なんの躊躇もなく使い捨てにしようとするとは……まさに虫唾が走るとはこのことだろう。

 

 

「ここまでは、提督も覚悟のつもりで分かっていることだろう。しかし、問題はこれだけに収まらない。この鎮守府における最大の闇が残っているのだ。それが赤城の専属護衛艦であり、駆逐艦総括であり、そして()()()()()である雪風の存在だ」

 

 

その旨は理解しているつもりだ、と返そうとしようとしたところで、長門に遮られる。

そしてまたもや彼女達の口から語られる、雪風の名。

 

 

「雪風のことは、ほんの少しではあるが、大淀から聞いている。私には信じ難いが、相当な武勲艦だと」

「ああ、彼女は凄い艦だ。あの強さは、見ていない人間には分かるまい……兎も角だ。雪風はそれほどまでに異様な程強く、そして今まで数え切れない程に艦娘を護ってきた。彼女に感謝していない艦娘は、ここの所属には居ないだろう。が、それほどの強さを誇る雪風を、前提督が目をつけないはずがなかった」

 

 

そう言う長門は一度話を止め、改めて深く息を吸った。

まるで、ここからが本番だというように。

 

 

「当然、提督とて馬鹿とは言えど利を完全に理解していないほどではない。捨て艦で僅かと言えど資材を棄てるよりも雪風を利用して消費を抑えられるなら抑えた方がいいとは分かっていたようだ。ましてや、雪風は駆逐艦……沈んでしまったならそれでいいと。それならそれで、もう一度捨て艦戦法を再開してしまえばいいだけといった考えに至ったらしい。鎮守府でも人一倍心優しく、そして臆病な彼女だ。駆逐艦の仕事をほとんど全て請け負うことに従った」

 

 

駆逐艦の中でも非常に成熟した体躯と精神を持つ陽炎型だが、その中で雪風は一段と幼く、また仲間想いであることで有名だ。

まだ長門の言っていることを完全に把握はしていないが、なんとなく何故そうなったのか理解は出来た。

恐らく、雪風は人質を取られたのだろう……まさかの、自分の上司であるはずの提督から。

 

 

「それからの雪風の生活はまさに地獄だったのは、体験したわけでもない私でも分かる。それからというもの、雪風はあらゆる編成の護衛艦として引っ張りだことなった。特に、駆逐艦が出撃するような編成では必ず雪風が入る程だ。戦術論を理解している提督なら分かるだろう? 駆逐艦が入らない編成などというものはほとんど存在しない……。私が知る限り、今までの2年間、一度も出撃していなかった日はなかったはずだ。それも、1日数回、だ」

「そんなに……!?」

 

 

長門の言うことを信じるならば、雪風は建造されてから2年間、1日の休みもなく出撃し続けたということだ。

それだけの間出撃し続けて未だに轟沈していないというのもとんでもないが、それ以上に終わらない出撃により摩耗している精神が、未だに仲間を助けるという意志を持ち続けることの出来る強靭さに驚かされた。

終わらない永遠の苦痛と言ってもいいだろうに、どれだけ雪風が仲間想いであるのか、俺にすら分かってしまった。

 

 

「更に、雪風は1ヶ月に1度しか入渠の機会を与えられなかった。彼女の最大の強さは、まさにその生存能力と言っていいだろう。あれほどまでに回避に特化した艦娘を、わたしは他に知らない。そして、雪風には水上戦ではつくはずもない生傷も多かった。どうやら彼女は、本来駆逐艦達が鬱憤ばらしとして受けていた虐待もその身に受けていたようだ。最初の頃は痛みで涙を流していた雪風も、気付けばまるで痛みなんて存在していないかのように振る舞うようになった。それでも、彼女は私たちを心配させまいと気丈に笑っていた」

「ちっ、前提督め……!」

 

 

長門と聞かされているそれは、まさに地獄と言うにも生温い事実だった。

一ヶ月も入渠もなしに毎日……それも、一日に数度の出撃させられておいて轟沈しない艦娘など、私は史実を紐解いても聞いたことがない。

例え生き残ることが出来たとしても、流石に1ヶ月傷なしで済むなんてことはまず有り得ない……1ヶ月という長い間残った傷は、間違いなく想像を絶する痛みであったことだろう。

それでいて、治したとしても出撃に終わりはない。

治したところですぐ傷はつく……私は、前提督につい舌打ちが漏れてしまう程にえも言われぬ程の怒りを感じていた。

 

「だが、我らは彼女に対して最大の過ちを犯してしまった……護られているはずの私たちは、こともあろうに、彼女に対してとんでもない疑念を抱いてしまった。そしてついに、雪風は壊れてしまったのだ」

「彼女には酷い仕打ちをしてしまいました……私は、私たち艦娘は、あの時のことを悔やんでも悔やみきれません……」

「それは一体どういう……」

 

 

先程までは終始無言であった赤城までもが震える声でそんなことを言ったことに疑問を持った俺は赤城に尋ねようとしたが、それを遮るようにして執務室の扉が叩かれた。

俺は一度会話を止め、大淀に目を向けると、彼女は理解したように頷くと「どうぞ」と入室を促した。

大淀の声に反応するように「失礼します!」と何処か快活で有りながらも落ち着いたような幼い声が聴こえてくると、執務室の扉は開かれた。

 

 

入ってきた彼女の姿を視界に捉えた時、俺が真っ先に抱いた思考は「赤い」というものだった。

入室した幼い容姿の少女の着ている本来白かっただろう制服は所々が血で赤く染まっており、それが乾いて相当経っていることも容易に理解出来た。

俺はそんな少女の目を見て……一瞬にして理解する。

 

 

これは、一筋縄どころではなさそうだ、と。

 

 

「雪風です! 今日は()()()()()()()()()()()が、何かご命令はありますか?」

 

 

噂をすればとばかりに現れた件の少女は、人懐こそうな笑顔を浮かべながらも、その目は何処かおかしかった。




今後はできるだけ週一で投稿します……まあサイトがある限りはエタるつもりはないので宜しくお願いします。

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