そういえばお気に入り1500超えてましたありがとうございます。
正直腰抜けそうになりましたわい……。
「はい、しれぇ……司令! なんでもやります! 宜しくお願いします!」
──この雪風は生きているようで死んでいる。
顔を合わせてまず最初に彼女へと抱いた認識がそれだった。
「雪風はなんでもやります」
雪風は歴戦の艦だ。
かつて大戦時においても非常に長い期間で活躍した艦だった。
そして大戦が終わり丹陽と名を変え祖国を離れることになっても、あらゆる面で活躍した経歴を持っている。
その側面が反映されてか、本来の雪風の艦娘は非常に人懐っこく寂しがり屋で、反面水上戦ではまさに「水雷屋」と謳われたかつての日本の奮迅ぶりを見せつける天性の戦闘資質はとんでもない所がある。
しかし、この雪風はどうだろうか。
戦闘に関してはまさに非の打ち所もないと言っていいだろう。
むしろ、練度や戦果だけで見るなら恐らく全ての雪風の中でもトップに挙がるだろうというのが俺の認識だ。
が、この雪風はよくみる艦娘の雪風が持っている小動物が如き甘えた気質と言える部分を全くもって見受けられない。
目は何処を見ているかも分からない程昏く、一見して快活そうな笑顔もやはり空虚を思わせる。
まるで全てを……自分さえも騙しているかのように精巧に作られている、そんな感覚であった。
「だから」
ただ、それでも俺はこの駆逐艦、雪風を不気味だとは思わなかった。
いや。むしろ俺は雪風に対して強い悲しみを抱いてしまっていた。
「皆には手を出さないでください」
この雪風は自分を理解することを諦めている。
この雪風は他者に理解されることを諦めている。
……雪風は、自分の目を、手を、足を、頭を使って生きることを諦めてしまっているのだ。
「全部、雪風にお任せください!」
そう言う雪風の目は……まさしく不安で揺れていた。
俺の考えでは、恐らく彼女の目は
それでも、多少は感情を読み取ることが出来た。
少々の悲しみと、罪悪感を。
「雪風……」
赤城の悲しげな声が届いた時、俺は気付けば雪風の前にしゃがみこんでいた。
「よくやった」
気が付けば、俺は雪風の頭に手を乗せてそんなことを言っていた。
「は……?」
いきなりのことで理解出来なかったのか、雪風はぽかんと呆然の表情でそんな声を漏らしていた。
なんだ、そんな顔も出来たんだなと俺はつい笑みを浮かべそうになったがなんとか堪え、頭を撫でる。
聞いていた通りかなりの間入渠出来ていなかったようで、髪はぼさぼさでお世辞にも臭わないとは言わない……まあ、艦娘は汗などはかかないのであくまで海の潮の香りがするだけだが。
「君は今まで自分を押し殺してまで仲間を、姉妹を護ってきたのだろう」
この雪風は間違いなく壊れかけている。
まさしく崩壊寸前と言っても良いだろう。
だが、まだ今なら間に合う。
何しろ彼女は
「私から提督としての最初の命令を出す」
そう言うと、雪風は再び真剣味を帯びながらも仄暗い表情を浮かべると共に背筋を伸ばした。
周囲の空気は一気に緊張に包まれる……が、流石の俺とてこのタイミングで上官としての命令などを出すつもりはない。
「君の好きな物を教えて欲しい」
瞬間、空気が一気に弛緩したのが分かった。
雪風なんて目を丸くしているし、大淀達も明らかに何かに安堵したような表情を浮かべているように見える……俺が何か嫌な命令を強要するとでも思ったのだろうか。
「好きな物、ですか?」
「そうだ。欲しい物ととってもらっても構わない。何か無いか?」
そう言うと、雪風は苦悶の表情を浮かべた。
微かにその目から読み取れる感情は困惑……恐らく、何故このようなことを言われているのか理解出来ていないのだろう。
何かを護るのが当然であり、また自らは何かを喪うだけの生活を続けてきたのだから、仕方のないことと言える。
「……やっぱり、雪風は要らない、です」
少しの逡巡の後、雪風はそう言った。
やっぱりそうなったか、と俺は少し残念な気持ちになる。
「けど」
ただ、それでは終わらなかった。
雪風は続けてそう呟き少し躊躇いがちに視線を移しながら。
「休みが、欲しいです。雪風だけじゃなくて、皆で……けど、雪風だけが貰うなら、やっぱり要らないです」
続く言葉に、今度は俺が驚かされる番だった。
いや、俺だけではない。
見れば大淀が、長門が、陸奥が、赤城が、加賀が。
全員がまるで見たことのないものを見たかのように驚いている。
対して雪風からは、ほんの少しの恐怖の感情が窺えた。
上官に対する陳情ともとれるこの状況に、一笑に付されてなかったことにされるか、または自分及び他の艦娘達に怒りの矛先が向かないかと勘繰っているのだろう。
俺は柔らかな笑顔を意識しながら、雪風を安心させるように言葉を返す。
「安心して欲しい。言われるまでもなく、しばらくの間は艦娘達全員に出撃させるつもりはない。もちろん雪風も含めて、な。少なくとも、1週間の間はここ周辺の海域は他の鎮守府が持ち回りで海域維持につとめてくれることを約束してもらった。その間、ゆっくりと身体を休めて貰いたい。当然だが、再び海に出るようになってもらってからもしっかりと休みは取れるようにローテーションは組む。前提督のように駆逐艦の捨て艦なんかをやるつもりはないし、そもそも私は誰一人として沈めさせない覚悟でここに臨んだつもりだ。今はまだ信じられないだろうが、今後の私の動きで信用に値するか、しっかり判断して欲しい」
「……はい。分かりました」
少し納得していないような感じで頷く雪風。
あまり好感触は得られなかったが、まあ今はこんなものだろう。
……早く、雪風の笑顔を取り戻せれば良いのだが。
「そういえば、雪風は何か用があるのだったか? 私に関係することなら、今のうちに聞くが」
「あ、な、なんでもないです! しれぇ……司令、失礼します!」
ふと気になって問いかけると、何故か雪風は少し顔を俯かせながら慌ててそう言うと、私の返事を待つことなく部屋を出ていった。
にしても雪風、さっきから誤魔化してばかりだが噛み噛みだぞ……あれでバレていないと思っているのか?
にしても、あまりにも突然雪風が居なくなってしまったことで話題が途切れてしまったな……いや、そういえばまだ聞くことがあったな。
「ところで長門に聞きたいことがあるのだが。雪風のあの目……もしや、見えていないのではないか?」
「! あれだけで気が付いたのか。そう、だな。厳密には完全には失明していないようだ。本人から直接聞いたことはないが、恐らく……いや、十中八九そうだろう」
予想していた通り、というべきか。
雪風の目ははっきり開かれてはいても焦点がふらふらとあまり定まっていなかったというのもあるが、何より俺の感情感知能力がかなり効きにくかったから、恐らくそうなのだろうとは思っていた。
俺のこの特殊能力はあくまで視力を持っている相手でないと効かないので、かなり読みとりにくかったのも頷ける。
効かない、のではなく効きにくい、だったので断定は出来なかったが。
「長門が知っているということは、他の3人も?」
「そうですね。恐らく、鎮守府で知らない艦娘はほとんど居ないと思います。ね、加賀さん?」
「ええ、そうね。雪風も隠しているつもりなのかもしれないけれど、普段の身動きですぐに分かったわ。むしろ、傍から見ていてもほとんど見えていないことが分かるのに水上ではとんでもない動きを見せるのだから不思議ね」
「そうか」
確かに、目が見えなくて射撃などはどうやっているのだろうか?
雪風にはまだ何かありそうだ……。
「……提督には、話しておきたいことがあるの」
「陸奥、まさか」
先程まで黙り込んでいた陸奥が喋り出したことに、長門が目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
それも目を見る限り、本当に今日一番の驚きに見える。
「しかし、提督はまだ今日やってきたばかり……」
「長門、これは話しておくべきだと思うの。私達の……いえ、私の罪は自分から言いたいのよ。それに、提督だってもうここの仲間よ。確かに前の提督は酷かった。けど、全ての提督がそうじゃないことくらい、私達は分かっているはずでしょう?」
「……済まない」
「いいのよ……赤城、加賀」
陸奥が赤城と加賀の方に視線を向けると、彼女達はひとつ頷いて俺の方へと視線を向けた。
「ええ、分かりました……すみません、提督。陸奥が席を外して欲しいようなので、退室しても宜しいでしょうか」
「あ、ああ。別に問題はないが」
「私達も知っている話だけど、今はまだ私達がこの話に参加するべきではないの。分かって頂戴、提督……では」
そう言って、最後に2人とも恭しくお辞儀をすると、静かに退室した。
「ねえ、提督」
「なんだ?」
今までのやり取りからしてどうやらかなり重要な話であることは読み取れた。
だからこそあえて今までは静観していたが、どうやらしっかり話してくれるようだ。
「今から話すことはここの闇よ。それも、一片に過ぎない」
「うむ。聞かせてもらおう」
タイミングからして雪風関係の話だろうな。
こちらをしっかり見つめる陸奥の目に浮かぶのは、悔やんでも悔やみきれないとばかりの後悔。
「結論から言うわね。雪風の視力の弱化……あれの原因が、私なの」
「なに?」
さしもの俺も、まさか陸奥が元凶であるとは思わなかったため、つい声をあげてしまう。
どうやら、早々に想像していた以上に厄介な案件らしい……。
「正確に言えば、私の三式弾の至近弾による炸裂焼夷攻撃ね。これが、雪風の視力をほとんど奪ってしまった要因よ。これが原因で、雪風はあの時に全身を覆うほどの大火傷と、目を奪ってしまった」
三式弾……対空専用弾か。
元々対戦闘機を要とした砲弾である三式弾の炸裂攻撃であれば確かに目など簡単に焼いてしまうだろう。
むしろ、艦娘であったからこそ大火傷で済んだと言ってもいい。
人間であれば、間違いなく身体の原型を留めることもあるまい。
「しかし、何故そのような状況に? 三式弾なぞ、普通なら狙ってもいない限りは命中するものではないと思うが」
「狙ったのよ」
「……は?」
陸奥は今、なんと言った?
「別に雪風に狙った訳ではないわ。けど、雪風に当たることは承知で狙ったのは確かね。あれは今から半年は前のこと……あの時は対地上型深海棲艦戦だった。同編隊に組み込まれていた雪風が小鬼群を引き付けてくれている間に、敵旗艦である飛行場姫を私達で倒したわ。その後のことよ。私は……小鬼群を撃沈するために、その至近距離に居る雪風に当たることを分かっていて、躊躇なく三式弾を放ったわ」
「何故だ……何故そんなことを!」
俺はつい声を荒らげて陸奥に問いかけるが、彼女は何も言わない。
ただ、相も変わらずその目は後悔と諦念で溢れていた。
なんだ、一体どういうことだ。
雪風に、俺の知らない何かがあるというのか? 雪風に何があった?
「雪風には、とある噂があったの。その内容は根拠も証拠もない、完全にでたらめの根も葉もない噂よ」
俺は黙って陸奥の言葉を聴く。
「提督は、雪風の戦いぶりを見たことはある? もちろん、ここのではなく、一般的な雪風のことよ」
「ああ。素早い動きで敵の砲撃を避けつつ、夜戦になればものの見事に魚雷を命中させてくれる。流石は幸運艦と呼ばれるだけはある」
「そうね……ここの雪風も意味合い的には概ね間違っては居ないわ。あの子も敵の攻撃は避けるし、命中もさせてくれるわ……あまりにも上手い具合にね」
「……それの何処が変なんだ?」
陸奥は俺の顔を見て、一度言葉を止めた。
「言葉だけで見るなら、確かにおかしくはないわね。でもそれなら、私はあの子が砲撃を外しているところを見たことがないし、直撃弾を浴びて帰ってきたことなんて今までに片手に収まるくらいしかなかったわ」
「待て、そんなことがあるはずは……」
「提督、確かに与太話のような話だが、本当だ。雪風は火力がそれほどではないし、主砲の取り回しもうちの吹雪ほど上手くはないからあまり対空砲などは持たずに主砲が一門だけ。それでも弾道の精密さのレベルで言うなら、私も外しているところを見たことがない」
「……信じられない。が、本当なんだろうな」
俺が信じられないとばかりに返すも、長門にまで言いくるめられる始末。
そんな話、かの最大戦力たる横須賀第一や最前線である柱島でも聞いたことはない。
絶対必中の艦娘など、いくら低火力の駆逐艦と言えど間違いなくそこかしこから争奪戦になるレベルだ。
「それに、もっとおかしいのは回避よ。いえ、あれは回避と言っていいのかしらね……雪風に迫る敵の砲弾が風もないのに勝手に逸れていくのには、もう見慣れてしまったわね」
「逸れる、だと?」
「ああ……敵の砲は間違いなく雪風の方へとしっかり向いている。雪風は動くことすらしない。だというのに、ほとんど動くこともなく弾の方が勝手に明後日の方へと飛んで行くんだ。まるで、弾の方が雪風を避けるかのように」
「それ以外にも、何故か敵が雪風に砲を向けただけでジャムを起こしたなんてこともあったわね」
長門や陸奥から語られる雪風の戦闘風景の数々は、もはやそれは戦闘なのかと勘繰ってしまうようなものばかりだった。
なるほどこれだけ不可解なことがあれば、雪風の戦いぶりが異常だと言うのも頷ける。
「その戦いぶりを知っているのは私や長門だけではないわ。駆逐艦や軽巡洋艦でも同じ艦隊に入ったもの……重巡以上であれば全員見ていると言っても間違いはないわね。だからこそ雪風に対して疑いを持つ艦娘が現れてしまった」
「疑い?」
確かに違和感はあるが……いや待て、まさか。
「提督はなんとなく分かったみたいね。そう……鎮守府にはふたつの噂が流れたの。ひとつは、雪風は深海棲艦のスパイだということ」
有り得ない、話ではない。
艦娘にだって人に恨みは持つし、極小数ではあるが人から離反する艦娘だって存在する。
けど、居ない訳ではないというだけであって、やはりその確率はほとんどないと言ってもいい。
そもそも、深海棲艦にとっても艦娘が潜在的な敵だからだ。
となると、可能性としてはこちらの方が高い。
というより、
「ふたつは、雪風は深海棲艦だということ」
どうでもいいが、対地に三式弾を特攻武器にするという考えになった理由は未だによく分からない……。